ディーリアス:組曲《フロリダ》
フロリダ。スペイン語で「花の饗宴」を意味するアメリカ最南端のこの土地に、ディーリアスが故郷のイギリスからやってきたのは1884年、彼が22歳の時だった。父親の命令で、イギリスから農場経営の勉強でフロリダにやってきたディーリアスであったが、肝心の勉強はそっちのけで、近くの町の音楽教師の影響もあって音楽三昧の生活を送り始める。たまに農場に帰ってきたかと思うと、農場労働者の黒人達が歌うのをずっと聴いていたりで、まったく役に立たなかった。あきらめた父親は、今度は彼をドイツのライプツィヒにやり、音楽の勉強をさせることにした。こうして1886年6月、ディーリアスはアメリカを離れることとなった。
この作品は、アメリカを去り、ドイツ・ライプツィヒに着いたディーリアスが、かつて暮らしたフロリダの印象を音にしたもので、初演はライプツィヒの地下のビアホール。聴衆は、友人の作曲家グリーグとディーリアスの二人だけであった。オーケストラへの支払は、お金ではなくビールだったという。陽光降り注ぐフロリダを描いたこの作品の初演が、バッハゆかりの厳粛な雰囲気漂うドイツの大学町、ライプツィヒというのもなんとなく歴史の織り成す綾を感じさせる。
組曲は、4つの曲で構成されており、それぞれ「朝」、「昼」、「夕方」、そして「夜」というようにフロリダの1日を描いている。以下、それぞれの曲を点描風に追ってみたい。
第1曲:夜明け~踊り
朝もやを思わせる弦楽器のトレモロと夜明けを告げるオーボエのメロディーによってこの組曲は始まる。あたりは次第に明るさをまし、やがて南国の太陽が昇ってくる。早起きの小鳥たちがさえずりを始め、あちこちで生命のいとなみが輝き始める。そして、「踊り」(これはいのちの踊りであろうか)と題された、より生き生きとした音楽が続く。フロリダの一日が始まる。
第2曲:河畔にて
作曲者は、ゆるやかな河の流れを見つめながら何を想っていたのだろうか。ゆっくりとたゆとう最初の主題が去ったあと、ヴィオラで奏でられる郷愁に満ちた主題は、一度聴いたら二度と忘れられない美しい旋律であり、その旋律が少しずつ楽器を重ねながら広がっていくさまもまた深く印象に残る。ディーリアスが遺した数々の美しい旋律の中でもひときわ輝く一項である。
第3曲:夕暮れ~農場のそばで
夕暮れを表す翳りをおびたチェロの旋律は、次第にその輪郭をあいまいにして、南国の夕方のけだるい気分を表出する。しばらくすると、一日の仕事を終えた農場の労働者たちが、焚火を囲んで静かに踊り始める。踊りは次第に激しさを増し、ついには熱狂的なクライマックスを迎える。そして踊りの終わった後の農園には再び静寂が訪れ、漆黒の闇に包まれる。
第4曲:夜に
再び、静寂が訪れた夜。第1曲冒頭のオーボエの旋律が帰ってくる。ホルンの吹奏に導かれて、あたりに夜の気配がたちこめる。そして第2曲の美しい旋律が奏され、今日一日の出来事が、まるで夢のようであったかのように、すべてが夜のしじまの中に溶け込んでいく。こうして南国の平和な一日がまるでおとぎ話の本を閉じるようなハープのアルペジオで終わる。
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