2007年02月07日

病気になったキッカケ

忘れもしません。2002年FIFAワールドカップで日本中が熱気の渦に巻かれていた年、私は「パニック障害」という病気になりました。

きっかけは姉の離婚です。
「え?なんでお姉さんの離婚であなたが病気になるの?」
そう思われる方も多いと思います。
実際だれかにこの話をすると必ず言われます。

姉には4年弱付き合った男性が居ました。
私が学生の頃に出会った方です。
私と姉は「私の学校が実家から遠い」
という理由で共同生活をしていました。
無事引越しも終わり、学校にも慣れ、姉ともうまくやっていけそうと思っていた
矢先の事でした。
姉から「彼氏ができた」と聞かされました。
昔から姉は私に冷たい所がありあまり遊んでもらった記憶がなかったので
一緒に住み始めてから遊ぶ事が増えたので「又お姉ちゃんと遊べなくなるや〜」
とちょっとがっかりしていました。
彼氏も家に遊びにくる様になり、私なりに応援していました。
「お姉ちゃんが幸せならいいや」

言えない事もそんな風に考え、自己処理していました。

姉の選んだ人は6歳下のバンドマン。メジャーデビューを目指しているギタリストでした。
そんな夢を抱いて頑張っている人は五万といる。
私は心でそう思いながらも陰で2人を応援していました。

2年後無事学校を卒業し、私は実家に戻り姉達は私の抜けたアパートにそのまま「同棲」する事になりました。

うちの両親は北海道の田舎で育ったせいか頭が固い所があります。
「結婚するならきちんとした収入の安定した人と」

これが大人になった私達への口癖でした。

しかし姉の夫になる男性は音楽でご飯を食べていきたい という夢があり、姉もそれを必死に応援していました。
両親がそんな男性を認めるはずもありません。
私ですら反対したのですから・・・。

しかし姉は昔から家族の言う事など耳に入れません。
姉は姉なりに家庭環境を恨んでいたのでしょう。
だから両親の言う事など聞きもしませんでした。

籍を入れたいと姉から言われた両親は落胆しました。
落胆、という言葉ではすまされないくらい・・・。

「やっぱりK君じゃなきゃだめなのか・・・?」
何度も説得しました。
特に母は昔父のギャンブルで何千万という借金に苦しんだ為、音楽を優先にして定職に就かずフリーターでいる男性の所へ嫁にはやりたくなかったんだと思います。
自分がお金で苦労したから娘にはそんな思いはさせたくない・・・。
当たり前だと思います。妹の私だってそう思ったのですから。

ですが姉は結婚を諦めませんでした。


つづく・・・。

kumaosan1 at 03:57 この記事をクリップ!