9月2日(日)に東京ホテルオークラで開催された『尾崎紀世彦さんを「しのぶ会」』の御報告をします。
harumiさん始め皆さんと私の写真を合わせて「しのぶ会」の様子を書きました。

では、皆さんと御一緒に「しのぶ会」に出かけましょう。
会場入り口手前左側に並ぶ花。
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会場内の花。入り口にボーイさんがズラ〜ッと並んで次々に来場する客に飲み物を手渡している。
入り口を入って右側にマスコミのカメラがたくさん並んでいて、ちょっと緊張。花の右奥にテーブルや椅子が。
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入り口の一番手前に研究室の花が。(1番左) ボンちゃんが作ってくださった。

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アップしたくなるのがファン心理。上記のパネル写真を1枚ずつ撮影するが照明の関係でうまく撮れない。
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左は古いパネル。この他に1970年代の雑誌記事を貼った特大スクラップブックが4冊くらい開いて置いてあり圧倒される。
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ヒロ・ハワイアンズのプロク゜ラムなど。
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「サマータイム」 の歌がフルコーラス流れる。
(猪俣猛さんのドラムと共に。「The Men」コンサートでの録音)

チャチャチャッ・チャチャチャッ・チャチャチャンチャンの手拍子から勇ましい掛け声と共に神輿担ぎがスタート。
あれっ、どこかで見た写真。
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司会のはたけんじ氏の挨拶。
『本日は尾崎紀世彦を「しのぶ会」にご参列いただきましてありがとうございます。 ただいまより開催いたします。今、キヨが帰って来ました。ここでキヨに黙祷を捧げたいと思います。・・・黙祷・・・』

全員で黙祷

献花台に花束やプレゼントを次々に供える。
左のスクリーンの前がステージ。
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発起人の今井直次氏がステージへ。
『今井先生は日本照明界の代表的な重鎮でもあり、キヨのステージの照明を長年担当していただきました。』と、はた氏が今井氏を紹介。

今井直次氏のコメント
『どうも皆様、私、発起人のひとりとしてご挨拶いたします御無礼をお許しくださいませ。立秋、処暑と暦の上では秋の訪れですけれども今年の猛暑の中、キヨのために皆様お暑い中をお集まりいただきましてありがとうございました。 今、キヨが帰ってまいりました。私達キヨの突然の別れに茫然としておりましたけれども、今私達の目の前でキヨがあのような姿で戻ってまいりました。ご存知のように「偲ぶ会」ということは、にんべんに思うと書きますね。ですから人を思うということが偲ぶことで、皆様ひとりひとりが今日はキヨの事を色々な思いにふけって、今帰って来たキヨに話しかけていらっしゃると思います。そしてキヨもまた今ここから皆様に色々な思いを伝えて、色々な気持ちを伝えたいと思っていると思います。そういう意味で今日少しの時間ですけれどもキヨを囲んでキヨのためには楽しい会になりますように心から願っております。本日はありがとうございました。』

発起人のひとり猪俣猛氏の献杯の音頭
『久し振りにキヨに会って相変わらずあの悪ガキは、と思っています。そのキヨが帰ってきましたんで、みんなで献杯をしたいと思います。キヨのためにみんなで楽しい献杯をやってください。キヨ、帰ってきたぞ〜。乾杯。』

全員で乾杯

バイキングで歓談   「珊瑚礁の娘」 が流れる
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「おまえと夕陽」 が流れる
♪俺は行く 行くのさどこまでも 海と空の出逢う 出逢う道を〜♪

司会のはたけんじ氏が改めて自己紹介と挨拶。

スクリーンには最初はこの写真が。
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キヨの生い立ちストーリー(スクリーンの写真を、はた氏が1枚ずつ紹介。)
祖父のヘンリー・ルーカスさんと祖母の尾崎さん
キヨのお祖父様
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キヨのパパとママ
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右側は弟さん
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はた氏 『お父様に買ってもらった大事なウクレレだそうです。楽しそうに。ここから多分出発したのだと思います。』 中学時代
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ヒロ・ハワイアンズの石塚孝夫氏(写真の1番右)のコメント   
『(別のグループで歌っていたが)「うまいのがいるぞ。ひっぱっちゃおう。」と。それが17歳でしたっけね。それからヒロがスタートしたわけなんですけれども。』 下段左側の写真はホテル小涌園。『夏は(仕事で)2ヶ月くらい泊まりっぱなしでだいぶ悪さをしました記憶がありますけれど。この顔つきでしたからもててね。強羅の芸者さんでしょ、、、まあいいや。この顔つきですから、いい男であるので、どうしても女性的にもてるのはキヨがまず第1。』 
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ハワイアンの南かおる氏のコメント
『10代からよく存じておりまして兄弟のように思っておりましたから。甘えん坊でした。一番好きな音楽がハワイアンだったと今でも思っています。私はキヨちゃんのお父さんのファンでした。キヨちゃと日劇を観ていて「あなたのお父さんは偉大だね。ああいうふうになってほしいね」って言っていたので仲良くなりました。祈りの歌をとても好きでした。ただふざけているんじゃなくて心の歌を魂をこめて歌っていましたよ。』

ザ・ワンダースのメンバー、朝コータロー氏と小栗敏夫氏のコメント
軍歌をレコーディングした24歳の時のジャケット写真。このレコードは現在お二人とも持っていない。最初は3人でフォーク系だったがGSブームだったのでGS系にチェンジした。
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この他のシングルレコードやCDの写真も映った。
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トロフィーを親族の方が見つけた。今日のために。「全部ダンボールにつめてどっかいっちゃった。」とキヨが言っていた。まだたくさんあるはず。
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はた氏 『たぶん本人が気にいっていたお写真のなかだと思うんですけれども。』
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はた氏 『この歌うときのダイナミックさに私もいつも感銘しておりましたけれども。ヘアスタイルが独特でね。』
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尾藤イサオ氏のコメント
はた氏に「性格とか明るさとか似ていませんか?」と聞かれて尾藤氏は「あれほどオチャメじゃないですよね。」と。
『いつもキヨは僕にイタズラすることばっかり考えてね、2回公演があると、
「イサオ、俺夜はテンガロン・ハットで行くから。」って。ああそうかウエスタンで夜は来るのかなと思って出て来たらテンガロンではなくてバンダナをしてきて、「テンガロンどうしたんだよ。」って聞いたら「いい晩だな(バンダナ)」ってね(笑)。キヨはサプライズが好き。
沖縄でミュージカル開演5分前に「イサオ、イサオ。俺だよ。おまえのステージ見に来たんだ。」と現れた。(中略)
皆さんたくさん集まっていただいて本当に大喜びですよ。もう今日は良かった。おめでとう!』
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ハワイ  昨年6月19日
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弔電披露

「ムーンライト・ソナタ」の歌  (前田憲男さんのピアノ伴奏。「The Men」コンサートの録音) 
山川啓介作詞 前田憲男作曲  キヨのために作った作品
はた氏 『本日の発起人でもあります前田憲男さんはキヨのこの歌に大きな思い入れがあった。残念ながら本日は所用のためご参列いただけませんでしたがメッセージが届いております。』

前田憲男氏のコメント(録音の音声)
『ただでさえ住みにくい芸能界に染まることなく、歴代のマネージャーを徹底的に悩まし続けた天下の自由人、尾崎紀世彦殿。やっと天国に移り住むことが決定し誠におめでとうございます。そちらの環境は酒はうまいし姉ちゃんは綺麗だという、まるで天国のようなところだと伺っております。今日は「お別れの会」となっておりますが誰も「お別れの会」とは思っていません。すべての参列者が少なくとも数十年以内にはそちらで再会することになっております。その節はよろしくということで今日お目にかかりに来ております。それまではマイペースでお過ごしください。では、ごきげんよう。前田憲男』

猪俣猛氏のコメント
『キヨとのつきあいは30年以上になるんじゃないですかね。たしか「また逢う日まで」のバック、あれは僕がやっているはずなんですよ。それから日生劇場でやってからのつきあいなんで30数年になると思いますね。ステージでは一番一緒にやったのは僕じゃないかな。で最も嫌われたのも僕じゃないかと思っています。次から次へとあの曲覚えろ、この曲覚えろと。あいつは覚えるのが遅い男なんです。あいつに向く曲がいっぱいあるわけですよ。でも全然覚えないですよ。紙を見ていいから置いとけというと「嫌だ。」と変なとこ、カッコつけるわけね。』
『キヨまたな。宿題いっぱい預けるからな。』

茨城県の町の歌 「十王音頭」 の歌(ワンコーラス)が流れる。 猪俣猛氏が作曲して前田憲男氏がアレンジ。
猪俣氏がこの曲の由来を説明。十王町のお寺で10年間音楽をしていた。前田憲男氏、荒川康男氏も一緒に。その時にキヨがゲスト出演して気に入って町の歌を作ろうということになった。今も盆踊りで使っている。

続・猪俣猛氏のコメント
熊本に行った時に馬刺しを食べたら馬が大好きなキヨがものすごく怒った。
『キヨは徹底して自分のポリシーを貫き通す。』

スクリーンで1971年レコード大賞受賞の映像 (周囲の人が皆泣いていた)

出席者がステージへ集合して、ひとりずつコメント。

つのだ☆ひろ氏
『尾崎紀世彦、僕の敬愛する先輩ですし、歌の世界では国宝だと思います。本当に惜しい方が逝ってしまわれたと思います。残念です。心から本当に哀悼の意を表したいと思います。』

平浩二氏
『キヨさんの「また逢う日まで」と私の「バスストップ」が同じ生みの親なんです。プロデューサーが同じで。そういう縁でもう41年ずっとおつきあいさせていただいたんですけれども、僕の顔見ますとね「おお、バスストップ。(笑)性格わかるでしょ。名前呼ばないんです。バスストップってこれです。彼の歌が大好きで日劇にも何度か足を運んだ尾崎紀世彦ファンのひとりでございます。今日は皆さんとお会いできて大変嬉しく思います。ありがとうございました。』

ペドロ梅村氏(ペドロ&カプリシャス)
『僕が1971年に「別れの朝」でデビューした時は、ちょうどキヨがレコード大賞、歌謡大賞とりましたね。その翌年からずっとキヨとコンサートで全日本まわっていたんです。これだけの素晴らしい歌手が早く逝っちゃうんなんてもったいないなあと思って。本当に残念です。皆さん、いつもキヨの事思ってください。よろしくお願いします。』

ジェリー藤尾氏
『残念です。』

錦野旦氏
『レコード大賞を尾崎さんがいただいた時に僕は「空に太陽があるかぎり」を出した時なんですけれど、尾崎さんが出た時には凄い人が出たなあと。もう尾崎さんの前では正直言って歌えなかったです。あれだけの歌唱力のある方。今本当に残念だなと思います。尾崎さんの「また逢う日まで」そしてスローテンポのソフトな歌も非常にすばらしい歌もあります。本当に今残念に思っているわけでございますけれどね。そういうことでございまして、今日は今から「また逢う日まで」を歌うわけなんですけれど・・・はい、ということでございまして(笑)え〜ここで尾藤さんが早くやれということでございまして(笑)尾藤さん、どうぞ。』

はた氏『尾藤さん、さっき(スピーチ)いただいたからアキラちゃん。島田さんに。』

島田祐子氏
『前田さんのコンサートでご一緒させていただいた事がよくありまして、私はクラシックを歌って、そしてまだ夜行列車の時、コンサートが終わって帰る時に、席につかないで連結のところでお酒飲みながらふたりで話したんですね。よく話して。クラシックもポップスも何も一緒だよね〜いい歌はいい歌だよね〜っていう話をして。本当にいい男でした(笑)。もういい男がどんどんいなくなっちゃうので寂しいわ。みんな長生きしてね。(笑)』

露木茂氏
『私とキヨの初めての出会いは彼が17歳、私が19歳、ヒロハワイアンズのメンバーとしてホテル小涌園で歌っていた時から一昨年の秋のおつきあいまで、ちょうど50年おつきあいをしました。本当に残念な男だったなの思います。亡くなって本当に残念です。』

渡辺真知子氏
『スキューバーダイビングなどで妹分みたいな形で、こうファミリーな雰囲気でもってとても可愛がっていただきました。そして歌になるとウクレレを持ったりいろんなのを持ってハモレって。色々とハモらしていただきましていい時間を過ごさせてもらったんですけれども。その中で私がせがんだんですね。デュエットをしてくれる人が私にとっていなくて、それで本当に尾崎さんしかいないのでデュエットしてくれってプロポーズしたことがあったんです。そうしたら黙って笑って、そのうちに二人で作るんだったらスマイルだなって。よってその曲ができてこういう事になったのでとても私は辛いです。でも歌っていきますから。もう尾崎さんのぶんまで。まだ未来に続きますよ〜。』

大橋純子氏
『私が初めてこの業界にデビューしまして初めて御世話になった事務所が何と尾崎さんのオフィスMという。ほんの1年間だったんですが。私はまだ駆け出しの歌手で、まだ本当に売れない無名でした。尾崎さんは「また逢う日まで」の翌年でしたから、もう本当に超大スターで尾崎さんのコンサートで私は1部と2部の合間で2,3曲歌わせていただくっていうんで、そういうのでずいぶん尾崎さんと一緒にステージまわらせていだたいて、そういう時に、とにかく尾崎さんは超一流だし、その時のバンドが猪俣猛&サウンドリミテッド、その当時のスーパーバンドだわ、アレンジは前田憲男先生だわってんで、すべてが一線のスーパースターの方々の中で1番無名の私が本当にドキドキしながらやらせていただいたんですが本当に妹分のように可愛がっていただいて。今でも尾崎さんは不死身だっていうふうに私は思っていましたんで本当に今信じられない感じです。』

国分弘子氏
『皆さんの中では一番最後に尾崎さんとご一緒した者だと思います。5年前、6年前、7年前ぐらいにピアノのコンサート、ジャズのコンサートに尾崎さんがゲストで何度か来ていただいて、もうとにかく盛り上がりました。プログラムにない「ハワイアン・ウエディングソング」を突然歌ってくださって、「ジャンル超えてこれからも一緒にやろうな。俺を呼びたければ電話より伝書鳩を飛ばせよ。」って言ってくださったので、これからも天国に伝書鳩を飛ばしたいと思います。本当にお世話になりました。』

会場の全員で「また逢う日まで」を合唱  (ピアノは田中和音氏&国府弘子氏)

神輿担ぎ

担ぎ手が全員しゃがんで会場が暗くなる。

雷鳴がとどろく。

「ケカリネイアウ(ハワイアン・ウエディングソング)」   アカペラ

拍手。
神輿担ぎが再び始まる。
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キモちゃんが神輿を担いでいる。
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はた氏  『皆さん、これでキヨが帰って行きます。大きな掛け声と御一緒にどうぞお見送りしましょう。』

神輿を担いでいるグループ名を紹介。キヨが作った「神輿の会 紀の字」も。

はた氏 『お客様で一緒に担がれる方、どうぞ参加してください。担いでキヨを楽しませてやってください。靴はぬいで下さい。』

『長時間にわたりまして色々おつきあいをいただきましてありがとうございました。 ここでそれでは親族を代表いたしまして尾崎家長男であります尾崎彰彦より皆様方へご挨拶を申し上げます。改めまして拍手でお迎えをお願い申し上げます。』

尾崎彰彦氏の挨拶
『どうも皆さん。今日はこんなに大勢の方お集まりいただきまして本当にありがとうございます。 紀世彦もお神輿にあんなに担いでいただいて天にも昇る気持ちではなかったかなと思います。今日の「しのぶ会」を考えていただいた今井先生、舞台の照明家の第一人者でいらして。実は私の親父がバレエを踊っておりました。その時に親父が舞台照明のお世話になった先生です。それから私が長男の甚六でバレエをやりまして今井先生にお世話になって次に紀世彦がまたコンサートなどでお世話になって親子3人が今井先生にお世話になりました。前田先生は残念ながら体調をくずされたようですけれども、猪俣先生と大変元気によく今日の会をしていただきました。本当に発起人の方々、筒美先生もそうですね、本当にありがとうございました。そしてもうお二人、私が感謝をしなきゃいけないんですが、今日のこの会を見事にプロデュースしていただいた藤野さん。藤野さんはどこにいらっしゃいますか?藤野さんはキヨの持っているルーカスというヨットを北からキヨと一緒にずっと神奈川県の江ノ島まで持ってきた人です。藤野さん、本当にどうもありがとうございました。 それからもうひとり、キヨの最後のマネージャーだった佐藤さんです。佐藤さんのアイデアがこの今日のお神輿を生みました。おかげさまでキヨは、もう何ていうんでしょう、天上の人の気分だったと思います。このお二人に改めて御礼を申し上げます。本当にどうもありがとうございました。 それでは、もうひとつ。キヨが残した宝物を紹介したいと思います。娘と息子です。キモはいますか?そしてラナもいますか?いたらここへ来てください。』

(拍手と共に、ラナちゃんとキモちゃんがステージへ。)
『キヨが残した大切な宝物です。尾崎ラナです。(拍手)そして息子はキモといいますが実は尾崎紀世彦ジュニアといいます。(拍手)ふたりはハワイに住んでいます。ハワイにいらした時は是非ふたりに声をかけてやってください。もうひとり私に弟がいるんです。これが今お神輿を担いでいた仲間のひとりなんですがユキはいますか?尾崎征彦です。テレビで時々おじゃましていると思いますけれども、神奈川県の茅ヶ崎で「繁や」というステーキハウスをやっています。茅ヶ崎にいらした時は是非お立ち寄りください。(拍手)それで私は今鹿児島でバレエの先生をやっています。鹿児島にいらした時は是非おもてなしはできませんがバレエを教えることはできます。是非バレエをやってください。肝心なのは紀世彦です。紀世彦は天国にいるのか地獄にいるのか(笑)ちょっとよく分かりませんけれども、たぶん皆様の心の中にいると思います。(拍手)今日はありがとうございました。 こんなにしていただくと帰るに帰れないというのが紀世彦の本当の気持ちだと思います。何度も申し上げます。お神輿の皆さんも本当にどうもどうもありがとうございました。』

はたけんじ氏の閉会の辞
『本日は尾崎紀世彦をしのぶ会にご参列くださいましてありがとうございました。 これにて終了させていただきます。最後まで皆様のお力を借りて司会をさせていただきました、はたけんじ皆様に心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。 なお、お帰りに子供達からのプレゼントといたしましてキヨのライブ録音した歌の3曲入っているCDを皆様方にお持ち帰りをいただくことになっております。すみません。ひとりひとつです。両手を出さないようにくれぐれも。そして記念品でございます。また自分がちょっと悩んだりちょっと沈んだ時にまたキヨの歌を聴いてください。是非皆様方の心に残っていることだと思います。そしてまた皆様方も元気でそして力強くこの猛暑を残り少ないですけれど乗り越えていただきたいと思います。どうぞ気を付けて本日お帰りいただきたいと思います。本日は長い間おつきあいをいただきましてありがとうございました。』

「さよならをもう一度」 が流れて閉会。

帰りに会場出口で配られたプレゼントのCDにはキヨが撮影したハワイの海の写真がありました。
表

中1

中2

CD

裏

収録曲は(株)創樹社が企画制作した「THE MEN」のコンサート音源からの3曲ですが、全曲のCD化を現在検討中だそうです。

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