2018年09月12日

展覧会

45年以上の交流があるお友達から展覧会のご案内をいただきました。最寄り駅から電車に乗って数駅、改札口を出て、案内状の地図を頼りに歩くこと10分、住宅街の中の、こじんまりとした展示会場に到着しました。水彩画の爽やかな絵が、お仲間達のものと一緒に展示されていました。

私が初めて彼女と出会ったのは、私が30歳代の初め頃、二人の子供達が通っていた幼稚園でのことでした。彼女のご次男と私の長女、彼女のご三男と私の長男が同じ学年でしたから、父母会のお仕事などをご一緒にしました。聡明で謙虚、誠実でお優しく、周囲の誰からも一目おかれているようなお人柄でした。保育時間外に、子供同士が一緒に遊ぶという機会はありませんでしたが、遠すぎず、近すぎず、深すぎず、浅すぎずの、とても良い関係でおつきあいをさせていただきました。

幼稚園を卒業した後も、毎年欠かさずお年賀状の交換を続けさせていただいた彼女と、私が運命的な再会をすることになったのは、卒園からちょうど10年後の一月、私が受洗をしたキリスト教会においてでした。学生時代からその教会の信徒でいらしゃった彼女と私は、40歳代となって再び、ご縁の糸で結ばれることになりました。

彼女は私より2歳お年上です。初めての出会いから45年近く、深すぎず、浅すぎずのお付き合いであった一番の理由は、私が彼女を心から尊敬していたからでした。人格的にも立派で、人間の持っている悪が微塵も感じられない彼女は、教会員としても温かく、優しく、いつも私のお手本でした。教えられるばかり、お助けいただくばかりの彼女と、唯一つ、ある一時期にだけ、立場が逆転したことがありました。義父母の介護、実母の介護、そして夫の発病と別れ、それらの体験だけは、私の方がすべて先になり、私のその時代の体験を、10年20年と遅れて同じ道を歩まれることになった彼女が一つの参考にしてくださったことでした。

58歳で寡婦となった私は、長い長い逡巡のトンネルをぬけ、65歳で運命的な出会いをしたスポーツの世界で、精神的な自立をすることが出来ました。77歳で寡婦となられた彼女は、この1年2年、教会でお目にかかっても、胸が痛くなるほどの傷心のごようすでした。高齢になられてからのご主人の介護、そして死別、それは若くしてそれを乗り越えた私の痛みや悲しみとは、まったく種類のことなるものでした。

今日、私は展覧会場で出迎えてくださった彼女を見てびっくりしました。2年前のあの頃の憔悴が消えておられたからでした。「子供の頃から描いてきた絵を、また描くようになったのよ。お仲間と一緒の写生会にも参加しているの。最後の青春、そんな気持ちで毎日を生きられるようになったの・・・全部、あなたがお手本、あなたが目標・・・最後の日まで精一杯やってみる。」という彼女の言葉を、私はし〜んとした気持ちで聞きました。


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2018年09月04日

長い一日

コースがそれたのか、今のところ風も雨もそれほどではなく、古色蒼然の我が家が吹き飛ばされなくてよかったという気持ちと、これなら午前中の練習会には行けたのになあという気持ち、そしてその気になればスポーツクラブのプールで泳げたのにという気持ちで、少し恨めしくカーテン越しに外のようすを眺めています。

アクセスがあまりよくないので、スポーツクラブまでを往復しようと思うと、毎日それなりに時間がかかります。朝のあいだに家事をすませ、夜に帰宅してから食べる夕食の支度もして、私は午後3時前後に自宅を出ることにしています。1時間ほどの自主練習、スパで入浴して、バスを乗り継いで帰宅すると、夕方の7時頃になってしまいますが、ほどよい疲労感と、良い練習が出来た時には、それなりの充実感もあって、同じことの繰り返しながら、暇人の私にとっては、今では無くてはならないトレーニングになっています。

ずっと家にいた一日は、とても手のこんだメニューのお料理が並んだ食事をいただいて、時折携帯電話で受信したメールを読み、それ以外はずっとテレビを見てすごしました。じっとしていると血流が悪くなるので、1時間に一度くらいは、リビングでストレッチ運動をしましたが、こんなにテレビの前にいたのはひさしぶりのことです。録画していた韓国ドラマをのぞくと、どの局でも同じように報道している、スポーツ業界の出来事を、「ほお〜、そうなんだ!」「こんなことだったの!」と納得しながら、この出来事について一言語れるほどに詳しくなりました。

毎日毎日、少々泳ぎすぎの傾向があるので、ひさしぶりに静かに過ごした一日は、高齢の身体に蓄積された疲労を回復するのにとてもよかったと思います。でも、泳がないということが、こんなに寂しく、こんなに空しいことなんだと思い知らされました。果たして今夜、入眠剤を服用しても、すとんと眠れるかどうか・・・心配です。


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台風

また台風が上陸するという予報です。今日は朝一番の時間でスイムの練習会がありましたが、帰宅時間の頃から風雨が激しくなるかもしれないと、私は参加の自粛をすることにしました。交通機関が混乱する時間帯に高齢者が外出して、お若い世代のみなさんの足手まといになってはいけないと思ったからでした。

60歳で定年退職した夫と、晴れて一緒に外出が出来るようになった頃の私は、今日はあの美しい庭園に、明日は遠出をして、お隣の県まで足をのばしてみたいと、ガイドブックを片手に外出の計画を立てることに心を躍らせていました。そんな時、夫はいつも一番に、通勤や通学の人達でラッシュになる時間帯を避けて往復しようと言いました。バスも電車も、その時間帯でないと絶対に駄目だという、例えば病院の予約でもあれば仕方がないけれど、現役の方達が、まるで戦争さながらのラッシュと闘う時間帯は遠慮するべきだという考えかたでした。人は、「いつか自分にもやってくる年齢への労わり」と同時に、「自分も通りすぎてきた時代への労わり」も必要だと言うのが口癖で、ラッシュ時に健康な高齢者が優先席を利用することには批判的でした。もちろん賛否両論はありますが、暇人の私が、水泳の練習などで乗り物を利用するたびに、ふっとあの頃の夫の言葉が蘇ります。

冷蔵庫の中に食材もたっぷり備蓄出来ていたので、今日の午前中は、のんびりと家事をしたり、テレビを見たりして過ごしました。正午が近くなっても、まだ大荒れの天気にはなっていないので、これなら練習会への往復は出来たなあと、少し後悔をしていますが、ほぼ休みなく年齢不相応の自主練習をしている身体を、思いがけなく休養させることが出来ました。リビングでテレビをみていたはずが、気がつけばうとうとと、何度も眠ってしまっていました。7月、8月、長い長い猛暑の日々に溜まっていた疲れが、エアコンをつけなくても、少しひんやりとするようになった気温のおかげで、一気にあふれ出してきたのかもしれません。

またまた風雨の直撃を受けることになった地域の被害が、少しでも少ないようにと祈っています。

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2018年08月31日

走る!

4x100メートルリレーの映像を、胸を躍らせて眺めました。すばらしい!録画にしてあったので、何度も巻き返して見ました。走るって、何てすばらしいことなのでしょう。

子供の頃から運動会がとても嫌でした。物資不足だった終戦後の日本では、運動会の賞品というのは、ノートとか鉛筆などの文房具のことがありましたが、私は小学校6年間、一度もそういう賞品を手にしたことがありませんでした。走るのが遅い子供にとって、運動会ほど苦痛なものはありませんでした。

そんな私なので、結婚して子供が生まれ、足の速い息子が活躍する運動会は、まるで自分が走っているような気持ちで声援をしました。時は流れ、世代は代わって、足の速い孫達が活躍する運動会では、ばあばは、リレーを疾走する孫達の雄姿をカメラに収め、BGMつきの動画に編集し、その感動から生きる力をもらいました。走るってすばらしい!そう思いました。

もともと走力のなかった私は、年齢を重ねるにつれて、さらに走れなくなってきています。偶々晩年になってめぐりあった水泳では、加齢とは逆に、少しずつタイムをのばしていますが、走るというのは、泳ぐこととは別のことで、最近では走っているつもりなのに、人様の目には、歩いているようにしか映っていないだろうと思います。

そんな私に、ほんのちょっと変化が生まれました。あれは4月の終わり頃のことでした。偶々テレビの広告で、加齢と共に出てくる軟骨や筋肉の衰えに効果があるというサプリのことを知りました。もう77歳、いまさらという気持ちでしたが、手首、足首、膝などに感じる軟骨の衰えや、おっとっとと、踏みとどまれない足の筋肉の衰えなどに効果があるなら、寝たっきりにならないためにも試してみたいと思いました。あれから4か月、騙されたと思って飲んでいるサプリなのですが、先日、ほんのちょっと驚きの変化を感じさせられました。

スポーツクラブを出ての帰り道、7分ほど歩いて大きな道路を横断し、1,2分歩くとバスの停留所に到着します。道路横断の個所の信号は、赤が青に変わるのに少々時間がかかります。交通量が多い道路だからです。その日、目の前の信号が青に変わった瞬間、左手にお目当てのバスが見えました。長い道路を走り、バス停までダッシュ、少し長めの信号が変わってバスが発車するまでにバス停まで到着出来るでしょうか。背中のリュックを揺らしながら、77歳の猛烈ダッシュ!間に合いました!これまでは、本人は走っているつもり、でも人様の目には歩いている以外のなにものでもなく、同じ状況では、まず間に合うことはなかったのに・・・

下半身の筋肉は丈夫でいたいと思います。最後まで家族の重荷にならないよう、自分の足で歩いていたいからです。

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2018年08月29日

不死身でない私達

有名人のお人の訃報が報道されるたびに思います。「お若いのに・・・」「あんなにお元気そうだったのに・・・」そして自分の年齢を思い起こし、いつ自分にその日がやってきても不思議ではないと思いながら、私たちは不死身ではないこと、今生での「永遠」の命はないのだとあらためて悟るのです。

夫とは、想像さえしていなかった、あっという間の別れでした。やがて絶望から立ち上がった私は、彼と一緒に過ごした短い歳月を書き残し、不死身ではない人の命を納得した上で、せめて魂は永遠であることを祈りながら、彼のお墓の墓石に「永遠」の文字を刻みました。

5歳年上の夫が63歳という若さで亡くなったので、当時の私は自分もまた、夫と同じように63歳くらいで人生を生き終えるのだと思い込んでいました。生き急いでいた私は、彼と一緒にしたかったのに出来なかったことを、それからの5年間で精力的にこなしました。新幹線や飛行機を乗り継いで、日本の北から南へと、名所旧跡をたずねて一人旅を続けました。旅先では、通りすがりのお人にお願いして、美しいお花などを背景に、自分の写真をたくさん撮っていただきました。5年後にやってくる日のために、自分の遺影を準備していたのだと思います。

それなのに・・・58歳で寡婦となってから、もうかれこれ20年、私は何とか元気で毎朝目覚めることが出来ています。彼と出来なかったことを一人で二人分、その願いを胸にがんばった5年、10年、15年、20年・・・不死身ではないけれど、人の寿命もまた、誰にも予測出来ないものだと、いま痛切に思います。

昨日はレースチームのコーチに指導いただいて、2時間の練習会をこなしました。ダウンはしっかり泳いできたのに、今日はあちらにもこちらにも、かなりの筋肉痛が残っています。50代、60代のご婦人たちが主流の練習会も、どのくらいまでご一緒出来るか不安です。7月の初めに受診した住区の健康診断で、クリニックからは「異常なし」と出た影像に、ダブルチェックをしてくださった健康センターのドクターからは「CTによる精密検査」が指示されました。精密検査の結果は、「現在の時点では心配の必要はない」と判断されましたが、3ヶ月後にもういちど確認検査を受けることになっています。

夫を亡くした20年前にも、似たようなことを経験しました。たくさんの検査を受けましたが、結局あれから20年間、私の命はまだ大丈夫みたいです。不死身ではないので、その日はいつやってくるかわからないけれど、たくさんの人と心を交わし、たくさんのスイムレースに出場し、愛する家族には、してあげたいと思うことのすべてを尽くしておいてあげたいと思います。



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2018年08月22日

ファックス

世の中が8月のお盆休みに入った週、私の一番小さい孫が、私と英語のお勉強をすると言ってくれて、はるばるとバスや電車を乗り継いで我が家にやってきました。彼は中学3年生、世に言う受験生です。

彼の父親である私の息子から、「一緒に英語の勉強をお願いしてもよいかな。」という連絡があったのは昨年の秋、学習塾にも行っているけれど、英語だけを個人的に補充勉強させたいという要望がありました。45歳から65歳までの20年間、自宅で主宰していた英語のお教室に幕をおろしてから、思えばもう12年もの月日が流れ、今ではマスターズスイマーとして、日々泳ぐことだけに邁進している私です。大丈夫かな、と少し心配しましたが、あの日、ひさしぶりに孫と勉強してみて、20年間の経験が100%記憶として残っていたことに驚きました。


中学2年生だった昨年は、息子と嫁が交代で送り迎えをしてやってくれましたが、この夏はもう中学三年生なので、三度ほどの学習日は、自宅と我が家を一人で往復させてみようという話になりました。息子の住まいと我が家は、バス、電車、バスと乗り継いでおよそ1時間と少々かかります。初日の日は、嫁のxxちゃんとばあばの間に、まるでテレビ番組の、あの「はじめてのおつかい」のような、ハラハラドキドキの連絡メールが往来しました。詳しく書いてあげた道案内をたよりに、無事に彼がチャイムを押した時には、本当に安心してしまいました。中学三年生と言えば、一人で飛行機にも新幹線にも乗って親戚を訪ねる子もいますが、彼はよい意味で、とても大事に育てられてきたのだと思いました。

通っている学習塾がお盆休みになった1週間、彼は三度我が家にやってきて、私と二人で、一日およそ6時間近くの英語の勉強に没頭しました。四人の孫のなかで、一番最後に生まれた孫である彼とは、ここまでにふれあった時間も一番短いわけで、この夏休みの三日間は、私にすばらしい思い出を残してくれました。集中して頑張った勉強の時間も、一緒に食べた昼食や、お茶の時間のアイスクリームなども、彼の笑顔と共に、すべて私の心に深く残りました。貴重な思い出になりました。

夏休みが終わって、いつもの生活がはじまってしまうと、簡単に我が家にやってくる時間がない彼のために、私はファックスを利用しての勉強を続けてあげることにしました。このファックス勉強、思えば遠い遠い昔、娘の子供達がまだ小学生、中学生だった頃に、10数年間も楽しんだことがありました。それは国語だったり、算数だったり、でもほとんどは英語でした。勉強という雰囲気はなく、特に学習塾に行っていなかった二人が、ばあばと交流することを楽しんでくれていたのでした。今では21歳と19歳の大学生になった彼らと、さんざん酷使した我が家のファックスは、数年前に壊れて送受信が出来なくなり、もう固定電話も使わないだろうと、長いあいだそのままになっていたのですが・・・この夏、私は一番小さい孫のために、当時のものよりずっと機能がよくなった電話機を新しく購入したのです!今日までに何度か、中学生の孫とばあばの家を往来した原稿、昔よりも静かに軽やかに、英語の練習問題が送受信されています。この作業、77歳のばあばには、きっと人生最後のお仕事になることでしょう。

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2018年08月20日

病院の待合室で

先日、検査の結果を聞きに行ったクリニックで、予想もしていなかったハプニングが起こりました。その日はどういうわけか大変な混雑で、待合室は椅子に座りきれなくて立っているお人もあったほどでした。私自身も予約していた時間から1時間半以上も待ったくらいです。

1時間ほど待った頃、少し離れた診察室の方から、突然異様な騒ぎの物音が聞こえてきました。数人のお医者様の声、看護婦さん達の声、普通ではない出来事らしいと感じました。看護婦さんが電話をなさっている声、やがてクリニックの前に救急車が到着したようすで、それと同時に、婦長さんらしいお方が、待合室を埋め尽くしている人に挨拶をされました。

「本日はこのように多くのみなさんをお待たせしておりまして申しわけありません。実はただいま検査室内にて、緊急事態に陥られた患者様がおられます。これより救急隊が、患者様を玄関に待機中の救急車に運びますので、待合室にそのためのスペースを作ります。みなさまには、どうか瞬時ご協力をいただきますよう、よろしくお願いいたします。」

担架に乗せられたお方は、ご高齢の男性でいらっしゃいました。酸素マスクがあてがわれたお顔から、私よりもかなりご高齢でいらっしゃるとお見受けました。検査着のままでいらっしゃったので、何かの検査中の出来事だったのでしょう。サイレンを鳴らして走り行く救急車、待合室の私たちは、唯々びっくりしているばかりでした。

この日、私は結局2時間近くを待ちました。やがて自分の順番がまわってきましたが、内科の診察室に入ってから、結局2,3分で用事はすみました。住区の長寿検診において、胸のレントゲン検査に、「異常なし」と判定されたクリニックのお医者さまでしたが、ダブルチェックをしてくださった住区の保健センターでは、「CTによる精密検査」をもとめられ、その検査結果を聞きにいったのが用事でした。

最終的には、「現在の段階では心配がないが、念のために3ヶ月後にもう一度CT検査をうける」という結論になりました。何があってもおかしくない年齢です。今に問題がなくても、明日のことはわかりません。精一杯に現在を生きる、何があっても平静にうけとめる、それをモットーにしている私です。今日、待合室を騒然とさせた一つの事件も、明日は我が身かもしれません。

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2018年08月12日

リニューアル

7月から8月にかけて、およそ2週間、会員になっているスポーツクラブが休館になりました。施設の改装のためでした。ほとんど毎日泳ぎに行っていた私にとって、この2週間は大変な苦労でした。その間、系列店舗の施設は無料で使用することが保証されていましたが、出来ることなら、そのために交通費を使うことなく、シルバーパスを上手に使って利用したいと思ったため、私が足を運んだ店舗は限られていました。

2週間は、住区の公営プール、お隣の区の公営プールなど、4か所を転々と利用して歩きました。ちょうど学校が夏休みに入り、朝も昼間もプールは子供達で超満員、その中を泳ぐのには、それなりのテクニックが必要でした。昼間が駄目でも夜ならばと、8時頃に入館してみたこともありましたが、フリーゾーンは、小さいお子さんを遊ばせていらっしゃるお父さんお母さんで溢れていました。観測記録上、最高温度も発表された時期のことですから、寝る前に少し疲れさせて、子供をベッドに入れたいというお母さんのお気持ちもよくわかりました。偶々訪れた系列店舗で、ばったりと顔を合わせたクラブの会員とは、開口一番、「あと・・・日だよね!早く戻れるとよいね!」の言葉を交わしました。

2週間が過ぎて、昨日はリニューアルオープンとなったクラブに行ってきました。キョロキョロしてしまうほど、本当に綺麗に改装されていました。玄関から更衣室へと足を運ぶと、そこには全体に落ち着いた品の良い色調に変わった空間が待っていました。水着に着替え、パウダールームの前を通り、スパルームの前を通り、プールへとつながるスペースを行くと、床が張り替えられ、天井や壁も塗り替えられた懐かしい景色が広がりました。

別世界のように変身した施設で過ごした3時間弱の時間、久しぶりにのびのびと泳ぐことが出来たくつろぎタイム、私は身も心も軽やかに帰路につきました。たかがスポーツクラブなどと言えないほど、私の生活のほとんどすべてを占めてしまうようになった、水泳というスポーツやそのための施設の存在を、あらためてかみしめました。

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2018年08月05日

花マル先生

一か月前に受診をした住区の健康検査に、すべての結果が出たというお知らせをいただいたので、受診をしたクリニックに行ってきました。2年ほど前までおいでになった内科担当の老先生は、ひょっとしてもうご引退なさったのでしょうか、昨年、今年と、新しくお若い先生が診察室で迎えてくださるようになりました。

去年も感じたことでしたが、今年は特に「なんと良い先生なんだろう。最近お世話になるようになった、さまざまの科のお医者様のなかでも、この先生には、特別にぴかぴかの『花マル』をお贈りしたい!」と、そんなことをこの高齢者に感じさせた、本当にすばらしいものをお持ちのお医者様でした。

かなり以前から感じていたことですが、最近ではどの科の診察室に入っていっても、昔とは異なって、先生は患者のカルテと照らし合わせつつ、まず机の上に置かれたパソコンの操作を開始なさることが多くなりました。初診の場合なら、まずカルテの情報を入力、そして再診の場合なら、前回の記録や、すでに検査を終えたデータをパソコン上で検索なさりながら、患者である私と会話をなさいますので、私は先生の横顔に向かって自分の症状をお話しすることがほとんどなのです。私の記憶を辿るならば、十数分の診察時間中に、一度も私の顔を正面からご覧になることなく、「それではお大事に。」とおっしゃった先生さえおいでになったくらいです。ところが今回の「花マル先生」は、診察室に入室していった私を、まず真正面から対座して迎えてくださいました。そして「おはようございます。xxさんでいらっしゃいますね。それでは先日受診をいただいた健康検査の結果についてご説明いたします。」という笑顔の挨拶からご報告が開始したのでした。


先日の検査結果には、大きな問題点は何もありませんでした。血液検査の数値も、心電図も、昨年ご注意があった眼科の検査も問題はありませんでしたが、検査当日の血圧測定数値だけが高めだったことに触れられたので、私から「血圧の数値についてご相談したかったので、ほぼ一か月間、朝、夜、昼間と、自宅の計測器で計測した数値をノートに記録してまいりました。」と申し上げると、「それはよいものをお持ちいただきましたね。」と言って、丁寧に読んでくださり、「これを拝見した限りでは問題にするところはありませんね。」とおっしゃり、回転椅子をまわして私の方を直視なさると、「このまま記録をお続けください。とてもよい資料になると思いますよ。」とおっしゃいました。

私が今回、「花マル先生」などと感動の評価をさせていただいているお医者様は、一昔前なら、お医者様のごく当たり前のお姿だったのかもしれませんが、きっと、診察室のIT化によって、情報の言葉があれば、そしてデータの数値がありさえすれば、患者の心配とか、患者の苦痛などの原因のほとんどは、およその推察が出来るという時代になったことがこの変化の理由なのかもしれません。

でもでも、昔人間の私などは、この日クリニックからの帰り道に、あの「花マル先生」が、私に向けてくださった穏やかな眼差しや、血圧を記録したノートを返してくださった時の先生の大きな手のひらや、そして「この数値なら大丈夫!」と言ってくださった言葉だけで、もうすっかり元気になったのでした。


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2018年07月30日

ほどほどがない夏

植物も人も、もうこれ以上は無理!と悲鳴をあげていた猛暑のなか、台風が大雨まで運んできた日本列島、災害の上に災害が重なってしまった被災地のみなさんのことを思うと本当に心が痛みます。暑さも雨も、ほとほどということがなかった7月、気がつけば明日でもうこの月が終わりです。赤マジックペンで書かれたスケジュールの記載で、空白なく埋め尽くされていた7月が、あっという間に過ぎてしまいました。

7月下旬から8月上旬にかけての二週間、メンバーになっているスポーツクラブが、施設改装工事のためにお休みになりました。毎日水泳練習のためのプールをもとめて、あちらこちらへ流浪の旅をしています。私鉄沿線にいくつもある系列の店舗は、無料での利用が保証されていますので、出来ることなら交通費を使うことなく、シルバーパスを有効に利用して往復したいと、連日無い知恵をしぼっています。

初日は住区の長水路プールで練習した後、施設のすぐ近くから出発するバスに乗り、そのバスの終点にある系列店舗に立ち寄って、のびのびとスパを満喫した後、またまたそちらの駅前からシルバーパスを利用して自宅近くまでバスで帰りました。

翌日は、我が家から歩いて7,8分、お隣りの区立プールで泳ぎ、さらにその翌日は、バス乗車時間は20分強で、前日のプールよりは遠いけれど、昔から通いなれた隣区のプールへ行って、たっぷり1時間の練習が確保出来ました。

学校が夏休みに入った7月、8月、公営プールの一番の悩みは、プールがお子さん達の水遊びの場になってしまうために、大人が水泳の泳ぎ込みをするスペースがなくなってしまうことですが、利用時間帯などを、いろいろさまざまに工夫をしています。アクセスが悪いと不平をもらしたこともあるクラブですが、一日千秋の想いでリニューアルの日を待っています。

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