January 18, 2007

あれがパパの浮気相手よ。

父方の祖父のお葬式の時に
母親が言った一言でした。

私は当時中学三年生だったと思います。
父方の祖母は私が小さいときに亡くなっているので
全く記憶がありません。

祖父は、ガンを患って病院で亡くなりました。

母は、祖父の事があまり好きではなかったようです。

ギャンブルが好きで、タバコが好きで、
貧乏だった父の実家は
借金があったりと、とても苦労していたそうです。
父も、中学浪人をして職業学校に通っていたそうです。

うちの家は、もともと母方の祖父母の社宅で
私が生まれる頃に、
母方の祖父母は、長男とともに海の近くへ引越し、
家を買う余裕がなかった両親は
そこへ引っ越してきたそうです。

父と母は、私が小さい頃は「ケンカばかりでした。

母親一人で実家に帰ってしまったときもあったし、
私と姉を連れていくこともありました。

原因は、父の会社の倒産だったのか
父の浮気だったのか、そのときによったのかもしれません。

けれど
どうしても埋められない溝がいつも両親にはありました。

父に女の人がいることに
うすうす私が感じはじめたのは
幼稚園か小学校の低学年頃だったと思います。

ある時、いつものように両親がケンカをしていると
母の暴言に怒った父が
私たちの大好きなオセロを投げつけました。

ばらばらだった家族の一番の楽しみだったオセロが
私たち家族のようにバラバラに散りました。

私は、その時父が嫌いになりました。

それから私は、父を好きになれません。
家族内で普通に話しても、どうしても好きになれません。

そして、あの母の言葉でした。

その言葉を聞いた時、私はどう思ったのか正直覚えていません。
ただ、ふとオセロの事を思い出した気がします。

それから何年かたって
姉は23歳で結婚しました。

「契約」が欲しかった。
と姉は言いました。

結局は、「結婚」という法律で結ばれているほうが
色々な意味でいいという結論だったようです。

私は、逆でした。
妻子ある人とばかり付き合いました。

それが、父に対する復讐・・・なんてそこまで考えずに
ただ
壊れるものならば、壊すほうがいい
と思っていました。

誰かを信じる
ということが極端に怖かったんだと思います。
そして、傷つくのが。

その後、今の父と母はとても仲良く暮らしています。

私はといえば、
今でも父が好きになれません。

あれから、家族になにかあった時、
父の怒りの矛先はすべて私に来ました。

お嫁に行った姉、
頭があがらない母親。

母方の祖母が急になくなり
母が精神的に不安定になったとき、
父は仕事を理由に毎日帰るのが遅くなりました。

私は仕事を切り上げて、毎日3時間母に付き合いました。
3時間母は泣き、何度も同じ事を繰り返しました。
私は、泣く事を許されなかった。

限界で逃げた私に代わって
母に付き合うようになったのはもちろん父で
イラつく父が電話で私に言いました。

「全部お前のせいだ。」

どうして?って思いました。
私だって泣きたかった。
私だって悲しかった。
大好きだったおばあちゃん。
私だって母の気持ちはわかります。
でも私だって仕事をしていました。
仕事終わりに3時間毎日付き合いました。
泣く母をなだめ、私は泣かずに付き合いました。
帰ってこない父の代わりに、手をにぎって寝るまで付き添いました。
私だって精一杯やりました。

でも、私は泣きたかった。
悲しい気持ちを発散しないと
おかしくなりそうでした。


最初に逃げたのは父でした。
でも私は父を責めなかったでしょう?
ひたすら付き合ったでしょう?
逃げてしまったけど
どうしてすべて私のせいなの?

私は、もう父を信じられない。

その時に確信しました。

溝、というほどではないかもしれない。
毎日表面的には仲良くしている。
でも私は
父と話すことを避けています。

最近は母親との会話に入ってくると
嫌味しか言わない父親。

いつか、
分かり合える日がくるのでしょうか。

kuminacchi at 17:21│Comments(0)TrackBack(0)clip!日常 

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