2011年03月

2011年03月30日

日本一わかりにくい、名古屋桜情報。

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(名古屋時間にして3月30日
PM16:35頃、筆者ウォーキング中にて)






桜のツボミが「ふっくら」として
まだまだ、咲かないかもしれなくもありません。

おしまい。
(う〜ん、2年ぶりのネタだ。)






・・・って、最近、記事の内容を
いっぱい書いているから「これ」で終わったら
俺、シバかれますよね?((^6^;)


まぁ、ワタクシの近況から報告させていただきますと

“某・トヨタさん”が
工場をストップしていますので
基本的には“自宅待機”な状態で

時々、自分の勤めている運送会社の恩恵で

“某・トヨタの定期便
ではないトラックの仕事”を

ちょくちょくやっていてます。


“相変わらずな感じ”で、生きています!


仕事が無い日は、ウォーキングをしたり
高校野球をテレビ観戦していたり


あ、明日は仕事だ、ありがたい!

大好きな会社、大好きな仕事
大好きなチームメイトにまた会える!

俺は、なんて幸せ者なのだろう。




がんばれ東北!がんばろう日本!
kuni1030hiko at 19:21|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2011年03月20日

つ〜わけで、3月19日、中日×東北楽天戦。

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(名古屋時間にして3月19日
PM19時12分頃、ナゴヤドームにて

4回裏、中日の攻撃、2アウト満塁
カウントは3ボール・2ストライク
守るは東北楽天のピッチャー“戸村”
がんばれ、東北!ホームベースを守れ!)









試合開始前“両チームの応援団”が


「がんばれ東北!がんばれ東北!」


と、応援を送り合う

僕も、それに合わせて手拍子を打つ…

気がついたら、涙が少し溢れていた

僕と同じような気持ちの人が
たくさんいてくれたこと

そして、その人たちと
また大好きな野球が観られることの
嬉しさ、ありがたさ。


両チームの応援団は、鳴り物の応援を自粛して
序盤は静かな流れで試合が進んでいた

僕の後ろの家族連れのお客さんは
試合を観ながら父親が子供に
野球のルールを教えていた

“こんな光景”が野球観戦をしていて
“幸せと平和”を実感する
瞬間なんだろうなぁと改めて思っていた。



そして、野球用語の“ホームベースを守る”
“ホームに帰ってくる”というフレーズからして

野球は“家族的なスポーツ”

なんだということを思い返していた
(キャッチャーのことを“恋女房”
なんて言ったりするし)


家族には、それぞれに“役割分担”があって
長所もあれば短所もある家族が
力を合わせて“家を守ったり”
“家に帰ったり”するスポーツが…野球。

家族が欠けていて成立し得ないのが…野球。



色々なことを考えながら、試合の途中で
募金所に向かう…

(もう少し用意しておけばよかった…)
と財布の中を見ながら…

“5000円札”を募金箱に入れる。

すかさず、球団職員らしき方が


「お預かり致します」


と、深々と僕に頭を下げる

嬉しい気持ちで胸があふれてくる。



再び観客席に戻り
静かな試合展開を見守っていた

“応援団の鳴り物応援自粛”は
試合の最後まで続いていた

その分、子供たちの応援の声や
選手たちの掛け声、バットがボールを
ジャストミートした時の音
ピッチャーが投げたボールが
キャッチャーミットに収まった時の音…

すべてが新鮮だった。


“そんな新鮮さ”に味を覚えてしまうと
応援団の鳴り物は、やえもすると
押し付けがましい応援のようにも思えてしまう
(日本球界にいた頃の“イチロー”も
同じようなことを言っていたと思ったが…)

応援団は応援団で、チームのことを想って
“鳴り物応援”をしているのだろうけれど

子供たちが必死で出している応援の声とか
観客の感嘆の声と
野球の生のプレイで出る音、臨場感…

きっと“そっちのほう”が
お互いに伝えたり、伝わるのではないか?
なんてことを思っていた。
(少なくとも僕は、強く“そう”思った)


…試合は結局、0対0の引き分けで終わった。


3時間程の試合時間の中で色々なことを
考えさせられる空間と時間だった。


試合後、両チームの応援団が

「がんばれ東北!がんばれ東北!」

と応援を送り合っていた


もしも世の中に神様がいるならば
その神様に今日、こうして再び
“大好きな野球を観させてくれたこと”
を感謝していた。




がんばれ!東北!



kuni1030hiko at 01:21|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2011年03月19日

あいこうかおにいさんからよいこのみんなへ。

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(あいこうかおにいさんは、ぜんぶで
“がっこうの、そつぎょうしょうしょ”を
3つ、もっているよ!)







よいこのみんなは
もう“そつぎょうしき”が、おわったかな?

あいこうかおにいさんは
“こうこうせい”だったときの
そつぎょうしきから、もうかれこれ…
「17ねん」も、すぎてしまったよ?!
(みんなには、ないしょだよ!)

がっこうを、そつぎょうしたからといって


「うっしっし!
もう“おべんきょう”しなくても
い〜んだもんね〜!」


なんてことは、あさはかもなくて

あいこうかおにいさんは
しゃかいじんになってからも
“まいにちが、おべんきょう”
だとおもっているよ!

だから、がっこうのおべんきょうがあまりできなかった
よいこのみんなは
(あいこうかおにいさんも“そう”だったけれど)
しゃかいじんになってから
たくさん“おべんきょう”をして
おりこうさんになれるように
ガンバれば、いいとおもうし

がっこうのおべんきょうが、たいへんよくできた
よいこのみんなも
さらに“ひつよういじょうに、おりこうさん”に
なれるように
しゃかいじんになってからも
おべんきょうをするようにガンバろうね!


けっきょく
“なんのために、おべんきょうをするの?”っていうのは

“じふんなり、まわりのひとたちが
しあわせになるため”だって
あいこうかおにいさんは、おもっていて

がっこうのおべんきょうは
“しゃかいじんになってから
おべんきょうをするときのための、れんしゅう”
だと、おもうんだよ。

だから、そういった
“ちしき”とか“きょうよう”っていうのは
ひとと、ひととが、たすけあって
おたがいに、しあわせになるためには
すごくだいじなことだと、おもうんだよ!


…そして、よいこのみんなも、しっているとおもうけれど
いま、“とうほくちほう”とかで
こまっているひとたちが、たくさんいるけれど

そんなときに“じぶんは、なにができるかなぁ?”
って、かんがえてみることが
おべんきょうだとおもうし

それが“みんなのしあわせ”に、つながることだと
あいこうかおにいさんはおもうよ!



だから、よいこのみんなよ!
“わしらのろうご”のことと
“にほんのしょうらい”は
わかい、おぬしたちにまかせた!
ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!
(なんで、きゅうに“とし”とったの?)


・・・(かんわきゅうだい)


というわけで、そつぎょう、おめでとう(*^▽^)/






がんばれ!とうほく!