チンピラ☆馬鹿一代・読書ノート

アメリカン・ショートヘアーのアメジローです。☆明るいブログを日々心がけます。☆読書の書評・レビュー・感想が中心。その他、音楽や映画のレビュー・感想なども。☆「継続は力なり」で、出来る範囲で更新を目指します。

映画採点(21)「万事快調」(1972年)☆3つ

72e875bd.jpgジャン=リュック・ゴダール監督、イヴ・モンタン、ジェーン・フォンダ出演の「万事快調」。☆冒頭、フランス国旗の青・白・赤のトリコロール配色の字幕デザインに観劇テンションが、ます上がる(^^)。

俗っぽい低俗・悪趣味な商業映画でないものを撮るということは、見せかけの資本主義的繁栄、つまりは比較的全てが・うまく行ってる、事が・うまく運んでる見かけの表層な「万事快調」に騙されず、そういった資本主義下の俗っぽい商業主義な映画を観客に観せるのではなく、階級社会の政治運動の人間疎外の現状の本質を実際に映画の観客に観せること。

その意味で、前半の二階家の食肉工場オフィスの広大・輪切りなセット、各部屋に社長や労働組合や新左翼がいて、各部屋独自に集まる人間達の・それぞれの階級的立場の思惑の要求、つまりは党派性があり、しかもセットの輪切りでそれらを総体的に俯瞰的に映すことで、実は当人達が「これしかない!これこそが真理であり、理論であり実践」と信じて疑わない階級党派に基づく政治的思想や立場や行動は、俯瞰して見れば所詮、個々の党派の利害関心要求でしかなく、全体を構成する部分の細胞でしかないのだ…と映画を観る者に悟らせる、あの演出は秀逸(^^)。

その分、セット内撮影では映画の時間がもたないと判断したのか…後半では屋外の野外ロケに転じて、官による労働者運動の暴動鎮圧や若い学生の死や、建設現場を背景に語るイヴ・モンタン、大型スーパーマーケットのレジと客…など、現代社会の人間の疎外状況を幅広く映し、セット内の密室劇に徹しきれていないのが、やや残念(^^;)。

しかし、大型スーパーマーケットのレジ横移動のみのカメラ長回しで、黙々と作業するレジ打ち労働者と、黙って精算を待っ客との何ら会話もない機械的無機質な、人間関係の疎外を映し続ける映画の画力は後々まで強く印象に残る(^^)。

イヴ・モンタンとジェーン・フォンダのカメラに向け直に観客に語りかける長台詞は、あらかじめの一字一句指定な厳密な脚本の台本あるのか、それともある程度のユルい台本の流れあるのみで、比較的自由にアドリブありで喋らせてるのか、個人的には知りたい所。

この映画の撮影制作の背景になってる1968年のフランス五月革命と、それに端を発するゴダールの「商業映画との決別宣言」などの時事的・政治的なこと、私は詳しく分かりません(^^;)。

ただ冒頭で「映画を作ろう」云々で出演俳優の相談から、セット、エキストラ、保険などの各方面へのオファーの請求書を画面にわざわざ映して、映画を始める。☆普通なら完成した本編映像のみ見せるのに、そういった映画の企画立ち上げの段階からメタで見せるアイディア。☆またセットの赤や青の原色壁紙の鮮やかさ、おしゃれな・いかにもなフランス映画な雰囲気にハマる(^^)。

ゴダールによる本作「万事快調」や、その他「ウィークエンド」など、日本のロックバンド、おしゃれでハイセンスな小西陽康さんがやってたピチカート・ファイヴにてタイトル流用してます。☆事実、ピチカートの楽曲に「万事快調」っていう何のヒネリもない・そのまんまな曲、実際ありますし(^^;)。☆90年代の・いわゆる「渋谷系」と呼ばれた、ハイセンスなイカしたバンドが曲タイトルやPV撮影で、ゴダールなど昔のヌーヴェルヴァーグ流れのフランス映画を元ネタの参考にしてたのは、有名な話。

そして、小西を始め当時の渋谷系の面々にとって、映画や音楽は単なる娯楽の・おしゃれの楽しみであり、それらが資本主義下の商業主義への奉仕、商品の消費財に成り下がってしまうゴダールの嘆きの本意を何ら理解していないし、彼の映画の本意を全く汲んでいない、表層ファッションのみの軽薄パロデイに終始なわけですが(^^;)、そういった後世の様々な見方、解釈の併存もありうる…ゆえに本作「万事快調」は必見です(^^)。

そんなわけで「万事快調」(1972年)は☆3つ。

映画採点(20)「ダーティハリー5」(1988年)☆4つ

72e875bd.jpgクリント・イーストウッド主演のダーティハリー・シリーズの最終作、「ダーティハリー5」。☆80年代ダーティハリーでは「4」に続く「5」で二作目。

80年代ダーティハリーは、画の絵が細かく密でアクションなども精密丁寧な作りで良い。☆70年代ダーティハリーの、どこか・のんびりした牧歌的な刑事アクションとは確実に一線を画する。

話の内容も「死亡予想ゲーム」(デッド・プール)という有名人の殺人予想当てクイズ、それに群がる映画制作関係者と連続殺人報道に過熱するマスコミ関係者のセンセーショナリズムに対する強い批判を絡めて、劇中にてクリント・イーストウッドに一刀両断、強く批判させる話で濃い内容。☆犯人の精神異常性も現代社会の病理の象徴で、シリアスで現実味がある。☆また本編にてダーティハリーの相棒役をつとめる、中国系刑事の印象も大変に良い(^^)。

死亡予想ゲームでの殺害候補のリストにハリー・キャラハンことダーティハリーが載っており、いくつかの連続殺人が起きた後に、最後クリント・イーストウッド自身が殺人犯に狙われる後半・徐々に盛り上がって行って、ラストに連続犯との直接対決にてストーリーを昇華させる脚本の手際も見事。

爆薬仕掛けの小型のラジコンカーが、実物本物の大型な自動車を追いかけて、サンフランシスコの坂の街をカーチェイスするアイディアには実に感心し、正直・参った(^^;)。

ダーティハリー・シリーズは、パート1から・ずっと楽しみにして時代順にその都度、連続して観てるので、クリント・イーストウッド演ずるハリー・キャラハンのダーティハリーに対する個人的な思い入れが強い。☆実際に会ったことないし、映画上の架空のキャラなのだけれど、何だか実在人物で昔から知り合いのような親近感が(^^;)。

「ダーティハリー5」は、ポリス・アクションの一つの時代、刑事映画の基本の雛形を作った、いわゆる「よくわかってる」こなれたスタッフとキャストによる老練熟成した作りの刑事アクション映画。☆そして、シリーズは本作で残念ながら終わり…。☆クリント・イーストウッド、お疲れ様でした。☆ダーティハリー・シリーズで今まで楽しませてくれて、ありがとう(^^)。

そんなわけで「ダーティハリー5」(1988年)は☆4つ。

映画採点(19)「修羅雪姫 怨み恋歌」(1974年)☆4つ

72e875bd.jpg藤田敏八監督、梶芽衣子主演「修羅雪姫」に続く第二弾「修羅雪姫・怨み恋歌」。小池一夫原作、上村一夫劇画の映画化。

小説アニメの映画実写化の類いで、梶の「修羅雪姫」ほど実写イメージに失敗なし、むしろ大成功な事例を私は知りません(^^;)。☆梶芽衣子の鹿島雪の姿佇まいが、本当にの劇画イメージそのままで、顔つき風貌が上村一夫の劇画世界から、そのままスクリーンに現れたみたいで。

また無口で無愛想な凛とした主人公は、時代や社会に媚びない強い女主人公で間違いなくウケる。☆イケてる映画主人公は劇中にて決して、しゃべり過ぎてはいけない…軽薄で俗っぽい・おしゃべり主人公はダメた(^^;)。

話の内容は一作目より、むしろ・この「怨み恋歌」の方が好きかも。☆「私的」な怨念復讐ではなく、国家の思想統制で弾圧される社会主義者、無政府主義者や貧民街の住民らに対する「公的」正義の義憤の共感に「修羅雪姫」の雪が最後に乗る話。

70年代の学生運動、労働運動、被差別部落問題などを意識した話の流れか。☆もしくは「怨み恋歌」の恋の怨みとは、無政府主義者の活動家、伊丹十三と、その弟の貧民街の医者、原田芳雄に対する梶の恋ゆえの「怨みはらします」なのか…。

悪役大臣の安部徹、秘密警察の岸田森、殺し屋の南原宏治のトリオのうち、岸田が「いかにも」な勧善懲悪図式に乗っ取った、自己の台詞回しに陶酔するキザな悪役で、岸田が実際に力入れてやってた子ども向け変身特撮ヒーローの悪役雰囲気を本作に無遠慮に持ち込んで、ややマイナス。☆他方、南原は・いつもながらの天性の悪役で安心して観られる。

言うまでもなく、本作タイトル及び主演キャラクター名の「修羅雪姫」とは、童話「白雪姫」のもじり。☆劇中、岸田も伊丹も梶のことを普通にと何度も「修羅雪姫」と呼んでるけど、本作設定の明治時代の日露戦争終わった辺りの実際の日本人は当時、西洋メルヘン童話の元ネタ「白雪姫」の話、普通に知ってたのかな(^^;)。

冒頭、墓参り参道にての殺陣と海の浜辺の格闘場面まで、出演者クレジットが出るまでの出だしの映像が素晴らしい。☆人物所作、背景の具合、光の加減…始まりから数分の・ここまでは映画として作りが完璧(^^)。

そんなわけで「修羅雪姫・怨み恋歌」(1974年)は☆4つ。

映画採点(18)「ドク・ハリウッド」(1991年)☆4つ

72e875bd.jpg映画「ドク・ハリウッド」。☆田舎嫌いのプライド高い、やや性格に難ありなワシントンの救急救命医が、都会のビバリーヒルズの高給セレブな美容整形医に転職しようと面接に向かう中途で、南部の田舎町で足止めをくらい、ひょんなことから地方の医者不足の町にて医療従事するはめに…。

最初は地方の田舎を馬鹿にしていたが、素朴で善良な町の人々と触れあい、次第に温かい心が蘇生回復していく話。

マイケル・J・フォックス主演の映画ですが、この人は、いつ見ても・どんな作品に出ても小柄で、ハイスクールのティーン・エイジャーにしか見えないなぁ(笑)。

田舎町にてマイケルに接する登場人物塑形も、子持ちのヒロインの彼女、陽気な町長、その町長のセクシーな娘、大柄マッチョな力自慢の保険屋でマイケルの恋のライバル、老齢で頑固な主治医…など、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズでの人物キャラ設定の基本の王道を行く。

結局、マイケルは大都会ハリウッドに行って念願の高給セレブな美容整形医になるのか…それとも田舎の町に、そのままとどまって地方医療に従事するのか。☆次いでヒロインの彼女との恋の成就は!?というのが見所。

マイケルが、いよいよ町を出て行く際の町の人々による総出の温かい見送りシーンが非常に泣ける。☆この場面は冒頭、ワシントンの救急病院を辞める際、同僚医者や看護師らのマイケルに対する、あからさまなに冷たい態度の見送り挨拶、かつてのマイケルの人望のなさの・それとの対比で観ましょう。

あとマイケル・J・フォックスの劇中での服装ファッションが、いかにも80年代ぽくて好感度が上がる…しかし、本作は厳密には1991年公開作(^^;)。

そんなわけで「ドク・ハリウッド」(1991年)は☆4つ。

映画採点(17)「ダイ・ハード2」(1990年)☆2つ

72e875bd.jpgブルース・ウィリス主演ヒット作「ダイ・ハード」の続編、「ダイ・ハード2」。☆懐かしい映画です。☆当時、封切り公開時に劇場に見に行った(^^)。

しかし映画評としては「ダイ・ハード2」、個人的には・ちょっと…という微妙な続編の感じ(^^;)。☆まず、前作の超高層ビルのように隔離された密閉な舞台設定ではない。☆マクレーンがストレス・フリーに空港敷地内を自由奔放に行動バトルしてて緊張感なく、何か萎える(^^;)。

さらに非番でクリスマス休暇のジョン・マクレーン刑事が、なぜか・またまた運悪く(笑)お約束で事件に巻き込まれる展開ですけど、今回は・お節介にもマクレーン自身が事件に自発的に介入し勝手に単独行動して、たまたま運悪く無理矢理しょうがなく事件に巻き込まれてボヤきながら、しかし敵と戦わざるを得ない話では決してない。☆「たまたま事件に巻き込まれた、またまた運の悪い奴」の味が薄い(^^;)。

今回はテロリストによる空港システム妨害で滑走路着陸誘導装置がダメになり、空港上空で多数の飛行機が着陸できず長時間旋回…ヤバイもう燃料がない…お願いだから緊急着陸させてで、それら飛行機群の一機にマクレーンの妻が搭乗してるという危機的テロ状況なわけですけど、結果うち一機の飛行機がクラッシュ大破して大勢の乗客が亡くなります↓↓。

その飛行機爆破を目の当たりにしブルース・ウィリスのマクレーンの野郎(笑)、ショックで少し泣きますが、すぐに回復してラストはテロリストを倒し無事に妻を助けて、定番のクリスマス・ソング流れる中、笑顔で帰っていきます。

今回の空港でのテロリスト制圧の任務は飛行機一機クラッシュさせて死者の犠牲者を多数出してるから、明らかにミッション失敗だろ(怒)。☆ハッピーエンドにはならないだろう。☆脚本がよく練れてなくて、内容が甘いと個人的に思いますが(^^;)。

ただテロリスト搭乗の飛行機の航空燃料が漏れて、それにマクレーンがジッポで火をつけ、その炎が導火線式に滑走路の着陸誘導灯になり…云々のアクションのアイディア、冒頭での駐車違反切符云々の伏線をラストの場面で、そつなく回収させる脚本の手際などは前作同様、実に見事(^^)。

シリーズ全体で見た場合、本作「ダイ・ハード2」は比較的低調な悪印象が、やや残る。

そんなわけで「ダイ・ハード2」(1990年)は☆2つ。

映画採点(16)「キャバレー」(1986年)☆1つ

72e875bd.jpg栗本薫の同名ハードボイルド小説の映画化「キャバレー」。☆監督は角川春樹、主演は野村宏伸、その他出演は、鹿賀丈史、倍賞美津子、三原じゅん子…など。

昭和の場末の「キャバレー」を舞台にジャズと酒と男と女とヤクザと夜の霧。☆それなりにハードボイルドな雰囲気あって観る前から相当に期待させるが、いざ蓋を開けて観てみたら内容は今一つ(^^;)。

監督は角川春樹で、おそらくは同監督が大藪春彦の同名小説の映画化「汚れた英雄」を草刈正雄主演で撮った時と同じ手法で、たいした話の筋がなく、仮にあったとしても台詞回しなどで過剰にクドく丁寧に説明せず、極力台詞を削って・ひたすら印象的なフィルム画を撮って無愛想に重ね不親切に流し、それとなく雰囲気で映像を見せて結果、観客に魅せるタイプの映画かと。

映画「汚れた英雄」の如く大成功で大傑作になる可能性がある反面、この「キャバレー」のように、いかにも「らしい」ハードボイルドな大人な雰囲気あるけど、(少なくとも私には)意味不明なポカーンの訳わからない作品で終わる危険性も大いにあるわけで、改めて「映画は難しい」と痛感(^^;)。

栗本薫の原作小説「キャバレー」を私は未読なので、「読んでから見るか、見てから読むか」の角川文庫の広告コピーではないけれど、大藪春彦「汚れた英雄」や北方謙三「友よ、静かに瞑れ」の小説映画化の時のように、あらかじめ原作を読んだ上で本編を観ると、また違った印象になって、お気に入りの映画になるのかもしれません。

まだ当時は新人であったろう、劇中サックスで「レフト・アローン」を何度も吹きまくる若い野村宏伸はよいとして、もう一人の中心人物、鹿賀丈史を私は・そんなに好きではい…俳優として・あまり興味ない…正直よく知らない。☆鹿賀さんの映画仕事で個人的に印象深いのは「麻雀放浪記」でのドサ健か、「疑惑」での桃井かおりのヒモのチンピラ証人の役柄くらい。☆鹿賀さんは良くも悪くもテレビ的な人で、ハードボイルドな映画には似合わない個人的偏見の思い込みが(^^;)。

ただ本編にて、丹波哲郎を頭とする千葉真一、渡瀬恒彦ら一同が整然とスーツ姿で整列し、車も・ずらり並べて、機動隊も多数待機のシーンの画は圧倒的に美しい。☆そこに鹿賀が単身乗り込んでいく、あの場面の絵は良かった。

あと真田広之、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子…角川映画・主役級のカメオ出演のチョイ役出まくりが、角川春樹による「現場の仲間達と仲良し内輪ノリ演出」の悪趣味で鼻につく(^^;)。

そんなわけで「キャバレー」(1986年)は☆1つ。最低点です。この映画ファン並びに関係者の皆さん、ごめんなさい。


映画採点(15)「マイ・フェア・レディ」(1964年)☆2つ

72e875bd.jpg映画「マイ・フェア・レディ」はオードリー・ヘプバーン主演のミュージカル映画。

話の内容は、花売りの野卑な下町娘のイライザに扮するオードリーが、言語学者のヒギンズ教授の仲間内での私的な遊びの賭け事にて、ひょんなことから教授の英才教育を受け見事・社交界デヒューを果たし、心身ともに美しいレディに生まれ変わり、しかし当の教授は偏屈な独身主義者で最初は賭けのためにレディ教育やってただけなのに、最後は教授がオードリーへの愛に気付いて求愛し、二人は恋に落ち・めでたく結ばれる典型的なシンデレラ・ストーリー。☆絶対に必ず一般ウケする王道で鉄板な話(^^)。

事実、この「マイ・フェア・レディ」はブロードウェイの人気ミュージカルで本作は、その映画化。☆元がミュージカル脚本の台本なので、舞台上での歌と踊りが主で、それゆえ・ひねって練った脚本工夫や考え抜いたカメラアングルなど・あまりなく、ミュージカル舞台観劇にて演者らと、その場を共有し同空間で楽しむ分には、おそらく・その場での直の歌とダンスに圧倒され興奮満足な感動体験になるのだろうけど、フィルムに焼き付け撮って後日、ミュージカル・スターとは別空間の別時間で距離を置いて・やや客観的に、ともすれば冷静に観るミュージカル映画は、正直いって個人的に醒める(^^;)。

この辺りのことですね…劇場に直接、足を運んで出掛けずにテレビ・モニターの舞台中継で済ませたり、ミュージカルを映画にして、画面を通じて間接的にミュージカル(の映画)を観ることの難点…というのは。

ただ映画「マイ・フェア・レディ」のオードリーは・いつもの通り美しくて素晴らしいし、衣装もアクセも豪華で華麗で観ていて・それなりに楽しいけど、本作での歌はおそらくは吹き替え…オードリーの肉声ではない↓↓。☆本編ミュージカルの歌の部分のみ、いつもの彼女のハスキーな声でないから。

オードリー主演のミュージカル映画なら「マイ・フェア・レディ」よりも、歌吹き替えなしの彼女の肉声が聴ける「ファニー・フェイス」な「パリの恋人」の方が断然、私は好き。☆ゆえに「マイ・フェア・レディ」より「パリの恋人」の方を個人的には、お勧めしたい(^^)。

そんなわけで「マイ・フェア・レディ」(1964年)は☆2つ。

映画採点(14)「舞妓はレディ」(2014年)☆5つ

72e875bd.jpg周防正行監督作品のコメディ映画「舞妓はレディ」。☆舞妓を夢見て京都の架空の花街、上七軒ならぬ「下八軒」に(笑)飛び込み、立派な舞妓を目指して主演の上白石萌音が成長する話。

本編中、和服姿で・いきなり歌って踊り出したりしてド肝を抜かれる和製ミュージカルになっており、そんなミュージカルな歌や踊りに関し、本映画評にて文句いう人・時々いますけど、「舞妓はレディ」の・もじりタイトルからして明白なように本作はオードリー・ヘプバーン主演の「マイ・フェア・レディ」のアメリカ、ミュージカル映画のパロディなので、本作も同様にミュージカル仕様になってしまうのは致し方ない(^^;)。

しかし、話の設定も映画の背景や小道具も本家「マイ・フェア・レディ」をよく観て大変仔細に研究しパロディ化しており、非常に面白い。☆ゆえに「舞妓はレディ」を存分に楽しむには、以前にオードリー主演の「マイ・フェア・レディ」を観たことがあり内容を・よく知ってる、もしくは未観な方なら「舞妓はレディ」観る前に万全を期し・あらかじめパロディ元ネタの「マイ・フェア・レディ」を観てから本作に臨むのがベストかと(^^)。

「マイ・フェア・レディ」は、野卑な花売りの下町娘を教育してレディに仕立て社交界デヒューさせることが出来るか否か、言語学者のヒギンズ教授が大佐と賭けの勝負をし、言語学者だけにオードリーの言葉遣いの発音、矯正訓練から始め、結果オードリーは見違えるほど見事なレディに変貌し社交界デヒューを果たし、教授は賭けに勝ち、ヒギンズ教授とレディに生まれ変わったオードリーが、最後は・めでたく恋に落ちる、タイトル通り「私の」美しいレディになる「マイ・フェア・レディ」といった話。

同様に「舞妓はレディ」は、舞妓志願の津軽弁と鹿児島弁のバイリンガル(笑)、ミックス訛りが・ひどい田舎娘を見事、一人前の舞妓に仕立て花街デヒューさせることが出来るか否か、京都の大学の言語学教授の「センセ」の長谷川博己が、馴染みの旦那の岸部一徳と賭けの勝負をし、これまた本家同様・言語学者だけに(笑)、上白石の訛り矯正訓練、京言葉の練習から始め結果、上白石は見違えるほど見事な舞妓に成長し、花街デヒューを果たし、センセの長谷川は賭けに勝つという、本家「マイ・フェア・レディ」を基本そのまま踏襲したようなパロディ話(^^;)。

センセの研究室の壁一面の中階ありの本棚体裁とか、発音練習のオシログラフ波形の録音分析器材など、ヒギンズ教授の・それとほぼ同じで大爆笑(^^)。☆ただし、元ネタ「マイ・フェア・レディ」のオードリーと教授の二人が最後は恋に落ちるような、上白石とセンセの間の恋愛話な展開は「舞妓はレディ」にはない…。☆ラストで周防さん、舞妓になった上白石さんに「そやかて、うちセンセのこと好きや」的な台詞、叫ばせてますが(^^;)。

その代わり本家「マイ・フェア・レディ」にはない、目標のレディならぬ舞妓になる中途での挫折の声トラブルの困難克服や、「そもそも・なぜ上白石は京都に行き舞妓になりたいと思ったのか…」、彼女の出自に絡めた舞妓志願の根本動機の理由が、しっかりあるわけです。☆事実、本編にて・そのことは彼女の食の好みの嗜好や、女将が語る昔話などで便宜、何度か伏線が巧妙に張られてる。☆「なるほど、ラストまで観て今にして思えば、あの場面やあの台詞には・そういう役割の、そういった裏の意味があったのか!」って納得して思わず膝を打つ、最後の伏線回収に向けての絶妙な仕掛け(^^)。

そして、そのことを劇中の彼女の周りの人達は実は知っていて、しかし・あえて気付かないふりをし、また上白石本人も周囲に「どうしても自分が舞妓になりたい志願動機の本当の事情」を、決して口外しないから、そのこと知らないのは映画観てる私たち観客と、劇中では・せいぜい出入りの旦那の岸部一徳くらいなので(笑)、その他お茶屋の女将の富司純子も、センセの長谷川博己も、芸子の草刈民代も男衆の竹中直人も皆、実は知っているので、ラストで「練りに練ってひねった伏線脚本の見事さに・まんまとしてやられた感」の爽快さ、観劇後のさわやかな余韻が後々まで残る。☆映画を作り慣れた周防さんの手並みの鮮やかさが素晴らしい、としか言いようがない(^^)。

また周防監督作品に常連の周防組、竹中直人、渡辺えり、田口浩正…ら各俳優の怪演、チョイ役も嬉しい限り。

そんなわけで「舞妓はレディ」(2014年)は☆5つ。満点です。

映画採点(13)「ローマの休日」(1953年)☆5つ

c550f4b8.jpgオードリー・ヘプバーン主演の「ローマの休日」。☆今さら本作品の・あらすじや見所の魅力を、いちいち逐一語るのは野暮なくらい定番で名作な映画。

普通に何度、繰り返し観ても毎回楽しめる、劇中でのアン王女のオードリーの自由奔放で可憐な美しさ。☆いまだ「ローマの休日」を未見な方は、とりあえず観た方が良いですよ…確実に人生損してますから(^^;)。

私は昔からオードリーが好きなのですが、彼女の作品なら・この「ローマの休日」以外にも、「麗しのサブリナ」、「パリの恋人」、「おしゃれ泥棒」、「尼僧物語」あたり。☆彼女が小娘キャラで比較的・若い、まだ人妻役でない頃の作品が特に好きですねぇ(^^)。

それにしても「ローマの休日」も「麗しのサブリナ」も、なぜモノクロの白黒でカラーでないのかか…とても残念だ。

そんなわけで「ローマの休日」(1953年)は☆5つ。満点です。

映画採点(12)「黒いドレスの女」(1987年)☆3つ

72e875bd.jpg崔洋一監督、原田知世主演「黒いドレスの女」。北方謙三の同名小説の映画化、☆80年代の角川映画。

何となくハードボイルドな雰囲気漂う映画ですが、実の所、そんなにハードボイルドでもありません。☆またノワールフィルムでもない。☆公開当時のポスターやパンフで黒いドレス着た、まさに「黒いドレスの女」な原田知世が、拳銃構えてる写真ありますが、映画本編にて原田さん確かに護身用のピストル持ってますけど、彼女は一切・銃口を人に向け構えて威嚇したり、発砲したりなんかしません…映画中で・むしろ、そんな損な汚れ役やらされるのは藤真利子の方(^^;)。

本編が原田知世・本位な話の展開で、映画全体が全力で「過剰な原田擁護の原田びいき」に走ってる悪印象を観る者に少なからず与える(^^;)。

内容は、父親、バーテンダー、ヤクザ、チンピラ、会社員、警察…馬鹿な大人の男逹が激しく殴りあってドス刺しあってピストルで撃たれて勝手に死んで自滅して、「かわいそう…」って言いながら、「バカみたい」って内心・思いながら、最後に原田知世が一億円の現ナマ手にして消える、彼女だけが抜け目なく賢く出し抜く話。

「ここいらで、そろそろ大人な女性の原田知世の映画を見たい」とかで当時、原田を強く推してた角川書店の社長の角川春樹が崔洋一に頼んで、北方謙三原作の「黒いドレスの女」を角川映画で原田主演の、ごり押しで作ったみたいな制作裏話が公開当初から・それとなく何となく流布してましたけど、そういった「脱アイドルで大人な女性の原田知世」の先入観を持って期待して本作を観ると、たぶん相当な確率で失望すると思う(^^;)。

本編での原田知世さんは、無邪気で清純で美しく賢くて健康的で魅力的。☆「黒いドレスの女」は、決して大人な男を惑わせる悪徳で魔性の謎の女ではない。☆本作でも原田知世は、「天国にいちばん近い島」、「早春物語」などでヒロインだった普通の十代の女性です。☆そして話は、そこそこ面白い(^^)。

脇を固める東映組の菅原文太、成田三樹夫、室田日出男の存在感が、やはり凄い。☆その分、準主役の永島敏行はハードボイルド気どりの台詞回しだが、明らかに永島本人の身の丈に合わず、背伸びして無理して演じてる観ありありで、海千山千、ハードボイルド的演技も・そつなくこなす、ベテランの菅原と成田と室田と同じスクリーン上にいて常に比べられるので永島敏行、明らかに分が悪く何だか気の毒(^^;)。

最後に、恩人の相手をドスで刺す時は、そのまま刺して決して・えぐらないようにしましょう(笑)。

そんなわけで「黒いドレスの女」(1987年)は☆3つ。


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