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岩波新書の書評(300)立花隆「ぼくはこんな本を読んできた」

72e875bd.jpg(今回は、立花隆「ぼくはこんな本を読んできた」についての書評を特集「岩波新書の書評」ではあるが、例外的に載せます。念のため、立花「ぼくはこんな本を読んできた」は岩波新書ではありません。)

昨今では読書論や読書術の書籍が多く出ているが、私が以前に読んで印象に深く残っているのは、立花隆「ぼくはこんな本を読んできた」(1995年)だ。本書の副題は「立花式読書論、読書術、書斎術」となっている。

本書が新刊の時、書店の入り口に平積みのベストセラーで派手に陳列されて、そこそこ高価な単行本が飛ぶように次々に売れていた1990年代の状況を今でも昨日のことのように私は懐かしく思い出す。もちろん、私も新刊のハードカバーで当時、即購入して読んだ。本書初版時の1995年には私は20代で大学在学中であり、その時期「どのように本を読むべきか」自分なりの読書法を模索していた。

時はめぐって2010年代、20年近くの月日が経過して振り返ってみると、立花隆「ぼくはこんな本を読んできた」の書籍タイトルは、なかなかのものだとは思う。私は後に書評ブログをやってみて、自身のブログへのアクセス数の少なさの自分のことに引き付け痛感した次第であるが(笑)、個人の読書遍歴や直近に読了した本の履歴やそれらの感想書評を他の人に幅広く読んでもらうには、まず何よりもその人が有名人気であるとか、世間一般が当人の知的さに一目置いて尊敬ないしは憧憬されていなければならない。書評において、その記述内容は実はそこまで関係ない。人気の感想書評や文芸批評や評論は、どのような内容であるかよりは誰が書いたかで主に決まる。

立花隆「ぼくはこんな本を読んできた」は、「世の一般の人は立花隆ほどの知的人物ならば、彼が今までまたは直近でどういった本を読んできたか知りたく思うはずだ」の立花隆の人気を事前に当て込んでタイトルを付けたであろう、著者の立花隆と担当編集者の相当な自信が透けて見える著作である。同様に、本書に後続の立花隆の読書論の書籍「ぼくの血となり肉となった五00冊そして血にも肉にもならなかった一00冊」(2007年)もそのタイトルからして、「立花隆の知的創造の秘密たる彼の『血となり肉となった』書籍の読書遍歴と感想書評を、世間一般の人達は当然知りたがっているに違いない」の並々ならぬ自信に満ちあふれている。

事実、「ぼくはこんな本を読んできた」刊行時の1990年代に立花隆は人気の絶頂にあった。昔の立花は「知の巨人」と呼ばれていたほどだ(笑)。この人は大学卒業後、文藝春秋に入社して「週刊文春」の雑誌記者からプロの文筆キャリアを始めた人であった。中核派と革マルや自民党や日本共産党や農協など、既存の大型組織の「巨悪」追及の人であり、その内の自民党の田中角栄研究が当時「田中金脈問題」として跳ねて話題となり、「ジャーナリスト・立花隆」を世に知らしめ有名にした。その後も、脳死(臨死体験)やサル学(人類学)や宇宙論、天皇制と東大(官僚)など、ジャーナリズムの知的好奇心から取材した著述仕事を立花隆は多く世に出した。

さて「ぼくはこんな本を読んできた」以降も、立花隆は読書についての類書を数冊出しているが、立花の読書論や読書術に関しては本書を一読するだけで十分だと私には思える。立花「ぼくはこんな本を読んできた」は、前半の「立花式読書論・読書術・書斎術」の概説総論と、後半の「中学生・立花(橘)隆少年の読書記録」や近日の「私の読書日記」形式の短い感想書評の二部構成よりなる。前半が「立花式読書」の抽象的方法論の概論であり、後半が実際具体的な「立花式読書」の実践編ということになろうか。

そのなかでも前半の「私の読書論」にある「『実戦』に役立つ一四ヵ条」は、立花隆の書籍への向き合い方、彼の読書術の本質を凝縮し総括している本書にての最良な読み所と思えるので以下、その概要を引用してみる。

「(1)金は惜しまず本を買え。基本的に本は安い。一冊の本に含まれている情報を他の手段で入手しようと思ったら、その何十倍、何百倍のコストがかかる。(2)一つのテーマについて、一冊の本で満足せず、必ず類書を何冊か求めよ。類書を読んでみてはじめて、その本の長所が明らかになる。(3)選択の失敗を恐れるな。失敗なしには、選択能力は身につかない。選択の失敗も、選択能力を養うための授業料と思えば安いもの。(4)自分の水準に合わないものは、無理して読むな。水準が低すぎるものも、水準が高すぎるものも、読むだけ時間のムダである。(5)読みさしでやめることを決意した本についても、一応終わりまで一ページ、一ページ繰ってみよ。意外な発見をすることがある。

(6)速読術を身につけよ。できるだけ短時間のうちに、できるだけ大量の資料を渉猟するためには、速読以外にない。(7)本を読みながらノートを取るな。どうしてもノートを取りたいときには、本を読み終わってから、ノートを取るためにもう一度読み直したほうが、はるかに時間の経済になる。(8)人の意見や、ブックガイドのたぐいに惑わされるな。最近、ブックガイドが流行になっているが、お粗末なものが多い。(9)注釈を読み飛ばすな。注釈には、しばしば本文以上の情報が含まれている。(10)本を読むときには、懐疑心を忘れるな。活字になっていると、何でももっともらしく見えるが、世評に高い本にもウソ、デタラメはいくらもある。

(11)オヤと思う個所(いい意味でも、悪い意味でも)に出合ったら、必ず、この著者はこの情報をいかにして得たか、あるいは、この著者の判断の根拠はどこにあるのかと考えてみよ。(12)何かに疑いを持ったら、いつでもオリジナル・データ、生のファクトにぶちあたるまで疑いをおしすすめよ。(13)翻訳は誤訳、悪訳がきわめて多い。翻訳書でよくわからない部分に出合ったら、自分の頭を疑うより、誤訳ではないかとまず疑ってみよ。(14)大学で得た知識など、いかほどのものでもない。社会人になってから獲得し、蓄積していく知識の量と質、特に、二0代、三0代のそれが、その人のその後の人生にとって決定的に重要である。若いときは、何をさしおいても本を読む時間をつくれ」

(1)に関しては「大金を持参して神田の書店街に行き、興味ある分野や好きな著者の本を買いまくれ」とする旨の立花隆の実践アドバイスもある。「大金持参で神田の書店街に行け」というのが、まだインターネット環境が整備されていない1990年代の昔の時代を感じさせる(笑)。今日なら「Amazon(アマゾン)」か「日本の古本屋」サイトにリンクして興味のある書籍をクリックし購入しまくれ、ということになろうか。

(2)から(5)については、主に「多読のすすめ」である。他著を読んでいても分かるが、立花隆が強調する「立花式読書」の要訣は、「とりあえず質よりも量の多読に徹しろ。何よりも多くの本を読め!」の主張に尽きる。

(6)の速読術について、立花隆はどのような方法の速読法を日々実践し、また読者に薦(すす)めているのか本書だけからでは明確にならないが、「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」(2001年)など立花の他著を参照すると、目次を熟読し書籍の全体構成を把握したのち本をパラパラめくって気になる所だけ読む、ないしは各ページの各段落の頭の文章だけを主に読む、いわゆる「パラパラ読み」や「飛ばし読み」が立花隆のいう「速読術」の内実であるらしい。

(7)も時間節約のための効率的な読書、広い意味での「速読術」に通じるもので、一度目はノートを取らず読むことだけに集中し重要な箇所のアタリを付けておいて、二度目にノートを取りながら読むことのすすめである。当然、二度目の方が、はるかに早く読めてノートへの記録もはかどる。とにかく本の読みっぱなしが一番良くない。読んで放置せずに、必ず書物の要点や感想や「これは名文だ」と感じた文章を書き抜いてノートを作成することが読書では大切である。

(8)から(13)は「書物を疑いながら読むこと」の重要さの指摘だ。(10)の「懐疑心」や(12)の「生のファクト(チェック)」の必要性の話は、現場取材での雑誌記者の仕事の基本のようでもあり、「さすがはジャーナリスト出身の立花隆だ」の感心の思いが私はする。特に(8)は傑作である(笑)。「人の意見やブックガイドに惑わされるな。…お粗末なものが多い」。立花隆が執筆の諸作やブックガイドにも惑わされるな。残念ながら「知の巨人」立花隆をしても、お粗末な記述はある。立花の著作も必ず疑って読め!

(14)は至言である。「蓄積していく知識の量と質、特に二0代、三0代のそれが、その人のその後の人生にとって決定的に重要である。若いときは、何をさしおいても本を読む時間をつくれ」。若い頃から鍛練を重ね修行のつもりで、地道に真面目に読書に励む最良に越したことはない。

岩波新書の書評(299)芦田愛菜「まなの本棚」

72e875bd.jpg(今回は、芦田愛菜「まなの本棚」についての書評を特集「岩波新書の書評」ではあるが、例外的に載せます。念のため、芦田「まなの本棚」は岩波新書ではありません。)

先日、芦田愛菜「まなの本棚」(2019年)を読んだ。芦田愛菜は女優、タレントである。この人は幼少の時から子役で活躍している。「まなの本棚」を執筆時は慶應義塾中等部に在学の中学生である。近年の「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」(2019年)での彼女の祝辞や公的メディアでの発言・振る舞いを視聴して、周りの大人たち(御両親、マネージャー、現場スタッフ、事務所社長ら)も含めて「芦田愛菜、この人は相当にデキる人だ」の感慨を私は持った。

「まなの本棚」は、芦田愛菜によるおすすめ図書の紹介本であり、ブックレビュー、書評の内容になっている。本書の帯には次のようにある。

「『本との出逢いは人との出逢いと同じ』年間100冊以上も読み、本について語りだしたら止まらない芦田愛菜が『秘密の約100冊』をご紹介」

またこうもある。

「世代を超えて全ての人が手に取ってみたくなる 考える力をつけたい親御さんと子供たちにも必読の書」

こうした「考える力をつけたい親御さんと子供たちにも必読の書」というコピーからして、芦田愛菜に関心があったり好感を持ったりする人には、同世代のファンもさることながら、彼女と同年代の子どもや孫がいて「自分の身内にも芦田愛菜のようになってもらいたい。例えば彼女のように礼儀正しく聡明で読書好きで、読書を通じて自然と考える力を身につけている」ような理想の中学生を望んでいる親御さん世代が多くいるに違いない。「芦田愛菜」という女優、タレントは、主にそういった好感度支持の像(イメージ)で人気で売れている人なのだと思う。

そして「考える力をつけたい親御さんと子供たちにも必読の書」というようなコピーを考え帯に付している本書の編集者は、そうした「礼儀正しく聡明で読書好きで、読書を通じて自然と考える力を身につけている理想的中学生」たる芦田の好感度人気の仕組みや売り方の方法を、あらかじめよく知っている。ゆえに本書がより爆発的に売れるよう、「考える力をつけたい親御さんと子供たちにも必読」云々の「本書を読めば芦田愛菜のように考える力が身につく。ないしは自分の子供を考える力がつく教育方向に導ける」強調の自己啓発書的売り文句をわざと帯に表記している。周りの大人たちも含めて「芦田愛菜、この人は相当にデキる人」の率直な感想だ。

さらには以下のような芦田愛菜の語りである。

「『愛菜ちゃん、何が欲しい?』と聞かれたら、小さい頃から、真っ先に『本が欲しい!』というほど、私は読書が好きな子供でした。ぬいぐるみやゲームで遊ぶのと同じ感覚で、私にとって本は、ずーっと遊んでいられる、おもちゃみたいな存在だったのかもしれません。『なんで、そんなに本が好きなの?』そう聞かれるたびに考えるのですが、きっといろんな理由がある中で、まず一つわかっていることは、ページに並んだ活字から自分の想像で物語の世界を作り上げていく楽しさです。…そしてもう一つ、私は『自分とは違う誰かの人生や心の中を知ること』に、すごく興味があるんだと思います」(「宝探しみたいに本の世界へ入っていきます」)

芦田愛菜の「私が本が好きな理由」は、「ページに並んだ活字から自分の想像で物語の世界を作り上げていく楽しさ」と「私は『自分とは違う誰かの人生や心の中を知ること』に、すごく興味があるから」の二つである。別に私はケチをつけるつもりはないが、「少しデキすぎている」とは思う。芦田愛菜の語りが優等生すぎる。異常に大人ウケが良すぎる(笑)。

私は以前に映画「日本の黒い夏・冤罪」(2001年)を鑑賞して、子役時代から活躍していた当作出演の遠野なぎこ(旧芸名・遠野凪子)に相当に感心したことがあった。遠野なぎこは同年代の女子学生と比べて非常にしっかりしている。立派である。むしろ優等生すぎる。後に成人して自身の子役時代の精神的苦悩や家庭内での不和を赤裸々に告白し、また芸能界での同業他者の醜聞や中傷話に奔放に参戦する遠野の「人としての壊れ方」を見て正直、驚いた。やはり幼少時から周囲の大人や社会に非常に気を使いすぎる「優等生的で異常に大人ウケが良い子ども」は当人の精神健康上よくないのではないか、の思いを持つ。

幼少から10代までの若者は、本当は他者との協調や社会への参加の大切さなど分かっていても、逆張りでわざと露悪的に振る舞ってみたり、周囲の大人社会の事情は看過して「自分の見られ方」よりは、自身の内的世界にひたすら浸りたい時代もあるわけで。そうした子どもの内的衝動を、もし当人にそれがあるとするなら周囲の大人や社会は抑圧・阻害してはいけないように思う。 

芦田愛菜「まなの本棚」を一読しての、山中伸弥(京都大学ips細胞研究所所長・教授)と辻村深月(作家)を対談に迎え、相手に気遣ってホストに徹する彼女の立派さ。本好きな友達との間で「芥川龍之介と太宰治、どっちが好き?」の議論によくなるといい、「どちらか好きかといえば、私は芥川龍之介派です!」「うーん、でも太宰のその面倒くさい感じも人間ぽくて、やっぱり気になっちゃうのかな…(笑い)」と太宰の全否定にならないよう「太宰治派」にも最後にさりげなく配慮を見せる彼女の周到さ。ソーシャルメディアの文法スラングで笑う所を「(笑)」とせずに「(笑い)」とあえて一貫表記して、昨今のネット上の軽い若者と自身を暗に画する彼女の慎重さ。繰り返しになるが「芦田愛菜、この人は相当にデキる人だ」の感慨である。

私は彼女とは性別も世代も違うから愛読の書物も違う。芦田がおすすめのローリング「ハリー・ポッター」シリーズを読んだことはないし、彼女がファンの辻村深月の小説も知らない。しかし、芦田愛菜が「おすすめの本」として挙げているものの中で既読であったり、同様に私も好きな書籍も数多くあった。

「まなの本棚84冊リスト」にある、例えば百田尚樹「永遠の0」(2006年)についての彼女の感想書評は上手いと思う。百田「永遠の0」は、一読「反戦平和を希求している」小説のように思えて、「最終的には一周まわって」の戦地への若者の特攻隊動員の感傷的な正当美化と顕彰の褒め称えの、右派・保守・歴史修正主義者による従来型のつまらない戦争小説だと私は思ったし、またマスコミやソーシャルメディアを通して繰り返す、左派論壇や在日外国人や近隣東アジア諸国に対する過激で敵対的な昨今の百田尚樹の言動を見るにつけ、この人は相当にインチキな人である。芦田による「永遠の0」への感想推薦文は、そうした百田尚樹のデタラメさにあえて触れず回避して無難に感想書評をまとめている所に、「ヤバい人とは積極的に関係を持たない。こちらが被害の損害を受けないよう適当に軽くいなして無難に相手する」大人の処世術を、彼女は若くしてすでに身に付けている。「芦田愛菜は聡明な人であり、実に立派だ」と私は感心した。

またドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズについての、芦田の以下のような感想に正直、私は参った。

「探偵小説も昔から大好きで、『シャーロック・ホームズ』シリーズは、小学校の図書館にそろっていて、何作品も読みました。ホームズとワトソンの信頼し合っている関係性がいいですよね。江戸川乱歩の『少年探偵団』に憧れるのと同じように、相棒や仲間と協力し合って謎を解いていくお話が好きです」

私も昔から探偵小説が好きでドイル「シャーロック・ホームズ」の諸作は繰り返し何度となく愛読してきたけれど、私の場合は「探偵小説における謎解きのトリック重視」の読みであり、芦田愛菜のように「ホームズとワトソンの信頼し合っている関係性がいいですよね」というような、「相棒や仲間と協力し合って謎を解いていくお話」の観点から今まで一度もホームズ作品を読んだことがなかったからだ。

自分が既読や愛読の書籍に対して「他の人が読むとこういった異なる読み方、理解の仕方もあるのか!」と新たに気付かせてくれるところに、ブックレビューや書評の面白さが確実にある。

岩波新書の書評(298)奥村正二「火縄銃から黒船まで」

72e875bd.jpg私は高校卒業後に普通自動車第一種運転免許の四輪を取得したら、原動機付自転車の二輪免許も自動的に付いてきたので、10代の頃から原付二輪に乗っていた。昔から乗り続けて今でも乗っている。私の場合、原付の車種は昔から「ホンダ・カブ」一択で、カブを乗り換えて今乗っているジョルカブで、これまで乗り継いできたカブは2台目になる。平均一台のカブでも15年以上、数万キロは乗った。

ホンダのカブは1952年から生産されている本田技研工業のオートバイであり、高性能で耐久性と経済性に優れ、発売開始後50年以上を経ても継続して生産販売され、日本国内のみならず世界各国でも広く愛用されている。何しろホンダのカブは、「ストップ・ゴー」を日常的に頻繁に繰り返す郵便や新聞配達の業務用バイクに採用されるくらい故障が少なくエンジンが強く、総走行距離もかなり長くまで行けて末永く乗れる日本の原付バイクの圧倒的名機なのであった。

そうしたホンダのカブに象徴されるような、日本人の技術的優秀さの伝統を江戸時代にまで遡(さかのぼ)り具体的に明らかにしたものが、岩波新書の青、奥村正二「火縄銃から黒船まで・江戸時代技術史」(1970年)である。本新書には続編もあって、同じく岩波新書の青、奥村「小判・生糸・和鉄・続江戸時代技術史」(1973年)も後に出ている。

「西欧近代機械技術と出会うまで、日本人はいかなる技術水準にあったのだろうか。火縄銃が伝来した十六世紀半ばから黒船が来航してきた幕末までの時代、日本人は如何にさまざまな技術をとらえ、伝え、応用していたのかを、具体的に検証する。銃砲・火薬類、造船と航海の技術、金銀銅の鉱山技術、からくりや歯車などを解明して興味深い」(表紙カバー裏解説)

著者は「江戸時代技術史」について、江戸時代の技術を振り返ることは、必ずしも懐古趣味を意味するものではないという。かつ、一般に江戸時代の技術は後の明治の時代や同時代の西洋のそれと比較して極めて程度の低いものだったと信じられているけれど、しかしそうではないともいう。つまりは、江戸時代の技術には今日に連なる独自の発展を遂げた当時の技術者による工夫の優れたものが多くあった。著者によれば、「技術水準を決める二つの要素」があるとする。第一は顕在的な技術力、すなわち現実にこれまで存在した伝統的技術である。第二は技術ポテンシャル、すなわち新しい技術を受け入れ、あるいは創造する潜在的な力である。新しい先進技術の導入・定着は、第一の既存技術を踏み台の基礎にして、第二の技術ポテンシャルが新技術の受容基盤となる。

例えば、全く同一の先進技術を導入した二つの国(地域)があるとして、一方はこれを十分に消化し自分のものとして発展させていくのに、他方は切り花同様に立ち枯らせてしまう事例はよくある。そしてこの両者の先進技術定着の成否は、第一の元々の既存技術の体力と、第二の新たな技術を受容し定着させて生かせる技術ポテンシャルにより決定されるのであった。

さらにそれら既存技術と技術ポテンシャルの問題に加えて、技術者人材育成の制度(日本の江戸時代の場合は、各藩の藩校におけるエリート教育と寺子屋にての庶民教育がその主な役割を果たしたと本書では説明されている)と、新たな人材や技術を生み出そうとする当時の社会のエネルギーの問題があると著者は指摘する。

岩波新書「火縄銃から黒船まで・江戸時代技術史」では、冒頭に「Ⅰ・江戸時代を見る眼」の序論の総論を置き、続いて「Ⅱ・火縄銃・大筒・焔硝」「Ⅲ・御朱印船・千石船・黒船」「Ⅳ・金銀銅の鉱山」「Ⅴ・歯車とからくり─水車・和時計・ろくろなど」の4つの章よりなる。

特に「Ⅱ・火縄銃・大筒・焔硝」の章での「鉄砲伝来と普及の影響」に関する、西洋技術者による鉄砲製造の直接の指導教授がなくても、「種子島での鉄砲伝来」の実物を数丁入手し分解して構造的に精密に研究したのち、短期間で鉄砲の国内量産にまでこぎ着けた当時の日本人の技術受容の適応力の高さ、独自の研鑽(けんさん)工夫の日本人の「ものづくりの底力」には、実に感服するべきものがある。さらには鉄砲本体だけでなく、付属消耗品の鉛玉や火薬の生産改良についても完全国内生産にて誠に優れた技術があったことが本書を読めば分かる。

その他、「Ⅴ・歯車とからくり─水車・和時計・ろくろなど」の章での、からくり細工の仕組みがイラスト図解を介して本書では詳しく説明されている。その「歯車とからくり」の精巧さも江戸時代の日本の技術力の高さを示す。まさに本新書の読み所といえる。

ただし、それら江戸時代の技術も特定一家の世襲の家産や厳しい徒弟制度にて独占秘密主義の「一子相伝の秘伝」として閉鎖的に伝えられ、またそうした優れた技術の社会的使われ方も、軍事や殖産の幕府や各藩の富国強兵政策に奉仕するもの、ないしは特権的な封建権力者にとっての奢侈(しゃし・「ぜいたく」の意味)・娯楽として主に利用されていたこと。総じて江戸時代の技術は、それらを作り出す職人や技術者が封建的従属関係の支配下にあったために、広く社会に開かれ民衆一般のために活用されなかったこと。伝統的な日本人のものづくりの優秀さへの浮き足だった礼賛に終始せず、他方で、そういった江戸時代技術史の限界の問題点を冷静に押さえておくことも必要である。

(※岩波新書の青、奥村正二「火縄銃から黒船まで・江戸時代技術史」は近年、「岩波新書の江戸時代」として改訂版(1993年)が復刻・復刊されています。)

岩波新書の書評(297)柄谷行人「世界史の実験」

72e875bd.jpg文芸批評家の柄谷行人の岩波新書での仕事は「世界共和国へ」(2006年)と「憲法の無意識」(2016年)と「世界史の実験」(2019年)の3冊がある。最初の「世界共和国へ」は岩波新書の1001点目に当たり、岩波新書は本書から装丁がリニューアルされた。

もともと夏目漱石論から文芸評論家として活動を始めた柄谷行人であったが、「日本近代文学の起源」(1980年)は今読み返しても当時のポストモダン批評として傑作だと私は思う。「風景と内面の発見」とか「告白という制度」など、こういう関係論から人間主体にとっての実体存在を疑い転倒させる柄谷の文芸批評は、従来型の漱石論の江藤淳らには到底、書けないものであった。

その後の柄谷行人は文芸評論だけでなく、世界史理解を介した社会理論に及んだ。岩波新書「世界共和国へ」以降の「岩波新書三部作」とも称するべき柄谷の一連の仕事には、「資本=ネーション=国家」の三位構造をいかに相対化し揚棄するかにあった。ここでの三位構造は「商品交換・市場=互酬=略取・再分配」と言い換えてもよい。例えば「資本」は商品交換と市場原理万能主義の現代のグローバル経済でありネオリベラリズムであり、「国家」は昔から略取と再分配の帝国主義的システムなのであって、左端の「資本」と右端の「国家」がイコールで結ばれているのは、今日の2000年代以降の日本にて国家が資本と結託しグローバル経済構築と新自由主義的改革に奔走する現状を顧みるにつけ、「なるほど」と感得されるところである。

柄谷「世界共和国へ」以降の著作は、これらグローバリズム、ネオリベラリズム、ナショナリズムの広義の「帝国」を超える対抗言説としてある。一冊目の「世界共和国へ」は西洋哲学のカント論であり、二冊目の「憲法の無意識」は日本の戦後民主主義の憲法学であり、三冊目の「世界史の実験」は民俗学の柳田国男論であった。そうして、その場合には柄谷のいつもの論じ方であるのだが、必ず「帝国」への対抗に無意味なものを横目に置いて、それらの現実的無効性や理論破綻を指摘し批判して嘲笑(ちょうしょう)し斬り捨てながら、柄谷行人は傍若無人に高踏余裕で語る(笑)。「世界共和国へ」にて主に槍玉(やりだま)に上げられているのはマルクス主義であり、「憲法の無意識」では従来型の戦後民主主義と戦前復古への反動思想が、「世界史の実験」では一国民俗学や国家神道、国学・皇学者流の偏狭なナショナリズムが柄谷により批判されていた。

しかしながら、岩波新書「世界共和国へ」を始めとする柄谷のカント論、「実践理性批判」(1788年)における「目的の王国」理解も「永久平和のために」(1795年)から後の国連構想を引き出す考察の手際も「本当にそうなのか!?」と読んで私は思わず半畳を入れたくなる。最新著「世界史の実験」における柄谷による柳田国男の読み直しも一読して、「本当なのか!?」のツッコミどころが満載だ。

例えば柳田国男が模索したという「世界史の実験」に関する、以下のような柄谷行人の語りである。

「もちろん、柳田が九条について言及したという資料はありませんが、彼が『新たな社会組織』を考える上で、戦争における死者を念頭においていたのは確実です。彼にとって、憲法九条は、過去および未来の死者にかかわるものであったはずです。この憲法は、西洋におけるカント的な理念に発するものであり、もっと遡(さかのぼ)っていえば、アウグスティヌスの『神の国』に発するものです。しかし、柳田はそれとは別の観点から、やはり『神の国』について考えていた、ということができます。…柳田にとって、外地で戦死した若者をどうするかが、何よりも大事でした。それはまた、二度とこのようなことを起こさない、という『社会組織』を作ることにもなるでしょう。それが憲法九条です。しかも、これは柳田にとって、日本を『神の国』にすることを意味したのです。この意味での『神国日本』は、『神国日本』を唱えて帝国主義的膨張政策を強行した連中が消えてしまう戦後にこそ可能である。柳田はそう考えたのではないかと、私は思います。これは宣長のいう『古道』の回復と同じことです。ただ、それを宣長のようにたんに文献によってではなく、また、篤胤のような理論的独断によってでもなく、『実験』によって示すことです」(「第1部・実験の史学をめぐって」88─91ページ)

あえて図式化するとすれば次のようになろうか。「柳田国男の『一国民俗学』=外地で戦死した若者の追悼=憲法九条の不戦の誓い=カント『永久平和』とアウグスティヌス『神の国』の理念=戦後における『神国日本』の実践=柳田による『世界史の実験』」

柄谷行人、この人はキリスト教の世界宗教(カント、アウグイスティヌス)と、国学・神道の民族宗教(本居宣長、平田篤胤)の区別もついていない。近年の加藤典洋「敗戦後論」(1997年)の一連の論争(戦没兵士追悼の「ねじれ」と日本国憲法の「けがれ」をめぐる議論)も踏まえていない。

岩波新書の赤、柄谷行人「世界史の実験」は一読して相当に残念な読後の感想が私には残る。

「大勢の死者が出た東北大震災の後、著者は柳田国男が戦争末期に書いた『先祖の話』を読み返す。外地で戦死した若者たちの霊を思う柳田にとって『神国日本』とは、世界人類史の痕跡を留める『歴史の実験』場だった。柳田の思考の『方法』を見極め、ジャレド・ダイアモンド、エマニュエル・トッドらを援用した卓抜な世界史次元での『文学』と『日本』批評がここに」(表紙カバー裏解説)

岩波新書の書評(296)佐久間充「ああダンプ街道」

72e875bd.jpg岩波新書の黄、佐久間充「ああダンプ街道」(1984年)の概要はこうだ。

「建築資材や埋立てに使われる山砂の主産地、千葉県君津市ではこの二十年、丘陵が次々に削られ、一日に四千台も通るダンプカーが沿道住民に騒音、振動、交通災害や粉じんによる健康破壊をひき起こしている。その実態を精力的な調査によって初めて明らかにするとともに、合計千キロ以上の同乗によって聞き出した運転手たちのホンネを伝える」

より詳細に言って、本新書刊行時の1980年代から高層ビル建設や道路敷設の大土木工事増加のコンクリート使用にともない、多量に必要とされるのが「砂」である。コンクリートの成分をみると65から70パーセントは砂、砂利、または砕石の、いわゆる「骨材」と呼ばれるものである。したがって首都圏においても膨大な量の砂が必要とされてきた。そうして砂の大半を供給してきたのは、千葉県君津市を中心とする一帯であった。この地方では山砂の採掘により丘陵が次々に姿を消した。

問題は、その山砂の輸送の仕方である。馬車が通っていた狭い砂利道にダンプカーが走り出した頃、住民は物珍しさも手伝って見守っていたが、いつのまにか交通量は1日4000台にもなっていた。沿道の所々には民家や商店が密集している。ダンプカーが巻き上げる砂ほこりで民家もダンプカーも見えなくなり、日中でもダンプはライトをつけ住民は戸を閉めて電灯をともす日々が続いた。後に道路はようやく舗装されたが、今度はダンプカーの荷台からこぼれ落ち、そのタイヤで細かく摩(す)りつぶされた山砂の粉じんや排気ガスによる黒い粉じんが、ダンプ通過の激しい風圧をともなって沿道を覆うという状態が続いている。アルミサッシ戸が役に立たず粉じんは屋内に入り、ついにはタンスの中まで汚れる家もあるという。

そこで著者は現地の実態調査(全世帯訪問調査)に乗り出し報告をまとめている。その内容は、「二・ダンプ公害を検証する」「四・舞う粉じん、住民の肺へ」「五・深刻な被害が浮き彫りに」の各章にてダンプ公害による住民被害として詳しく紹介されている。騒音、振動、粉じん、泥はね、じん肺(粉じんを吸入することで肺に生じる繊維増殖性変化を主体とする疾病)、交通事故(家屋破壊、負傷、れき死)などである。それら環境・健康被害が「ダンプ街道」沿道にて日常的にある。

本新書には文章だけでなく写真掲載もある。未読な方に「ダンプに飛び込まれた佐宗商店」(131ページ)や「狭い道路をわがもの顔で走るダンプにおびえる子ども」(191ページ)の実態被害の写真を、ぜひ本書を手に取って見てもらいたい。

加えて、本書の出色はそうした街道住民の被害以外にもダンプカー運転手らの言い分に触れているところである。「三・『ダンプ野郎』たちの言い分」の章がそれに当たる。著者は合計1000キロ以上、複数のダンプカーに同乗し運転手たちから彼らの言い分も聞き出してルポに収めていく。

「ダンプ野郎」について、ある山砂の採取業者が言う、「ダンプの運転手というのは、タクシーも、平ボテつまり普通の大型トラックもつとまらない者が多い。計算がにが手で、月々の売上げも満足に把握していない者もいる。そのうえ過当競争で、自分のことばかり考えるから買いたたかれてしまう」。

ダンプカー運転手には採取場から港まで1日に何度も往復輸送する「船積み」と、時に過積載の違反承知で積めるだけ積んで東京方面に遠乗りし1日「一発」(一往復)で稼ぐ「一発屋」があるという。これら「船積み」も「一発屋」も出稼ぎダンプの車体持ち込みの個人事業主が主で、白ダンプの無許可事業者の新規参入も多い。ダンプ運転手の労働組合も大して機能せず、どんどん安値で輸送を受け過当なダンピング(安値)競争となり結果、業界運転手の皆が貧しくなってしまう。

安価な輸送運賃では燃料費やトラック車体購入のローン返済もできないから、「船積み」では、より安価な発注を受け入れて往復輸送の量をこなさなければならなくなる。早朝から夕方まで、確実な安全輸送よりも出来るだけ多くの回数をこなすために、沿道で交通事故の危険を伴う高速運転を強いられての採取場と現場の往復である。そして、深夜には東京方面への「一発屋」もやる。こうした過当競争と低賃金と長時間労働。それによるダンプ運転手を取り巻く安月給、借金体質、超過勤務、健康被害、危険運転。取材を受けたダンプ運転手いわく、「もうからないどころか、赤字にしないだけで精一杯だ」。

見えてくるのは、「ダンプ野郎」の彼らも現場での末端の労働者であるということだ。「ダンプ街道」にて確かに被害者は沿道住民であり、住民は日々昼夜を問わず騒音、振動、交通災害や粉じんによる健康被害に悩まされ苦しめられている。だが、他方で現場の加害者であるダンプ運転手らも沿道住民への公害を気にするどころか、皆が赤字の脅威におびえ借金で破産寸前、身体を壊しながら日々稼働する苦境の中にあった。

「路面での取締りも不可欠であろう。しかし、問題の根源は山砂の生産、輸送、消費のしくみそのものにあり、ダンプ公害もそこから副産物として発生している。したがって問題を本質的に解決するためには、山砂の需要供給体制についての全般的な再検討が必要なのである」(「山砂の需給体制にメスを」)

このような著者による問題提起が、本書の中で再三に渡り繰り返し述べられている。路上現場でのダンプのスピード規制や過積載の取り締まり、公害防止協定の法規制の場当たり的な対応以外のこと。すなわち、無理な開発計画、低予算での施工、早計な工事日程、それによる末端現場のダンプカー運転手らの苦境と疲弊。そうして副次的にそこから発生する「ダンプ街道」住民のダンプ公害の全体構造が、本書では明らかにされている。本新書刊行時の1980年代には、羽田空港拡張埋め立て工事や東京湾横断道路計画や横浜「みなとみらい」計画ら、大量のコンクリートを必要とする数多くの都市開発プロジェクトが目白押しであった。

また著者は、千葉県君津市にて「山砂採取業者と国会議員、県会議員、市会議員との関係は密接である」という。君津の市会議員には山砂採取会社の経営者や役員が多くいて、議会における山砂関係の勢力は強い。他地域と異なり、千葉の自治体がダンプ公害に対し、過度で低予算で早急な無理筋の「開発そのものの是非」や「ダンプ輸送の根本的あり方」にメスを入れず本腰を上げずに、その場しのぎの場当たり的対応で済ましている現状に、「山砂採取業者と国会議員、県会議員、市会議員との関係は密接である」とする癒着(ゆちゃく)の構図を指摘する最終章での「業者と政治家と住民と」の記述が、岩波新書の黄、佐久間充「ああダンプ街道」は公害問題告発のルポとして特に優れている。

岩波新書の書評(295)松村一人「弁証法とはどういうものか」

72e875bd.jpgマルクスの著作ないしはその思想を読む際には、さまざまな読み方があるに違いない。

マルクス「資本論」(1867年)に関して、マルクスの資本主義批判を好意的に理解し読み込もうとする共産主義者でも、またマルクスを批判し躍起になって否定しようとする反共論者でも、双方ともに「資本論」にての「商品」や「労働力」や「労働日」など概念理論的なことばかりに気を取られ、ともすればそれら抽象的事柄ばかりを熱心に読み解こうとするけれど、実際にマルクス「資本論」の原著を無心に読んでみると、それら理論抽象的な事だけでなく、当時の先端資本主義の産業資本下の工場現場にて、「洪水は我れ亡きあとに来たれ!」式に資本家から、婦人と児童の非熟練労働者が機械の前で長時間かつ強度に過酷に使い倒されている当時の生々しいルポ報告引用記述によっても「資本論」は成り立っていることに気付く。

そうした生々しい過酷な労働現場実態の当時の具体的告発の時事論からもマルクスの著作は構成されており、それら状況論も当然読まれるべきであると私は思うが、やはり定番のマルクス主義における理論概念の詰め方の徹底した論じ方、資本主義のみならず従来の古典経済学を批判し乗り越えるマルクス「経済学批判」の思想には誠に読むべきものが、昔の時代から変わらず現在でもある。そして、そういった理論抽象的なマルクスの読み方の最たるものとして、マルクスの思想から具体的時事論の経済や歴史や社会すらも捨象し、マルクスの哲学的な物の考え方の原理を学ぶというマルクス主義近接への読解方法があった。それら読み方のマルクス解説には「弁証法的唯物論とは何か」の「入門」とか「講座」のタイトル書籍が多い。

岩波新書の青、松村一人「弁証法とはどういうものか」(1950年)も、そうしたマルクスの哲学的な物の考え方を「弁証法」と規定し、その思考原理を学ぶアプローチの新書である。松村一人といえば、マルクス主義の哲学者でシュヴェーグラー「西洋哲学史」上下巻(1939年)の日本語訳をした人でもあった。シュヴェーグラーの「西洋哲学史」は誠にオーソドックスな基本の西洋哲学通史とも言える定番書籍であり、この翻訳仕事をなした松村一人の業績は今でも称賛されるべきものがある。その他、マルクス以外にも、松村一人の仕事としてヘーゲル、フォイエルバッハ、エンゲルス、レーニン、毛沢東らに関する数多くの著作と翻訳がある。

岩波新書「弁証法とはどういうものか」の「まえがき」にて、著書の松村一人は次のように述べている。   

「わたしがこの本でくわだてたのは、日本の現在の弁証法の理論、理解のうえに立って、誤ったもの、不十分なものなどと対決しながら、真の弁証法の姿をあきらかにすることです。弁証法は、別に神秘的なものでもなく、また人をめんくらわせる逆説でもなく、また人にみせびらかすための飾りものでもありません。それはわれわれが現実を正しく認識し、正しい認識のうえにたってわれわれの態度をきめるもっとも進んだ科学的方法にすぎません。そのためには弁証法の理論自身ができるだけ正しく理解される必要があります。ですから、この理論をできるだけ正しい形で述べるのが、わたしのできるかぎりめざしたところです」

松村一人「弁証法とはどういうものか」の他にも私が知る限り、柳田謙十郎「弁証法入門」(1958年)や三浦つとむ「弁証法はどういう科学か」(1968年)がマルクスの唯物論的弁証法の入門解説書として優れている。いずれの著書でも弁証法は、「(1)対立物の相互浸透、(2)量質転化、(3)否定の否定」の三大公式にてまとめられている。

実は、生前にマルクス自身が「唯物論的弁証法といえば以下の三大法則」というような概要で明確に公式化したわけではない。これはマルクスの没後に旧ソ連でマルクス・レーニン主義をソビエト共産党が人民一般に「哲学的真理」として教育注入する際にテキストが公的に作成され、その時に「正統なマルクス主義」として教科書的に三大公式化されたものであった。よって三浦つとむ「弁証法はどういう科学か」などは、当時のソ連の公的テキストを参照し、それを相当参考にして「唯物論的弁証法科学」の入門概説が執筆されているフシは感じられる。

マルクス・レーニン主義の唯物論的弁証法について、ここでその概要を詳細に述べる字数も力量も私にはない。いま手元にあるモーリス・コーンフォース「弁証法的唯物論入門」シリーズの「唯物論と弁証法」(1960年)の中から、「(1)対立物の相互浸透、(2)量質転化、(3)否定の否定」の三大公式について簡潔にまとめられている解説文「マルクス主義の弁証法的方法の基本的特徴」を最後に要約しておく。コーンフォースは英国のマルクス主義哲学者である。これによれば、マルクス主義の弁証法とは、

(1)すべてのものは絶対にそれ自体完結し孤立してあり得ず、物事相互との関係性を持ち、かつそれが有限である限り、必ずそれ自身の中にみずからを否定する矛盾を持つ。(2)すべてのものは必ず対立する他者の存在を前提とするため、他のものと相互に暫定的に関係しあい、ゆえに恒久的・究極的で不変な事物など、そもそも存在しない。あらゆる事物には生成と消滅たる変化がある。(3)したがって、万物はすべて連続的な発展・生成の中にあるとする弁証法的な考え方において、世界とは対立・矛盾の否定的媒介の統一を通して、その都度ジグザグに漸次的に例外を漏(も)らすことなく徐々に発現される、人間主体にとっての体系的理解のそれである。

の3つの要訣にて成り立っているといえる。

岩波新書の書評(294)中村雄二郎「哲学の現在」

72e875bd.jpg岩波新書は赤版、青版、黄版、新赤版とこれまでに4度カラーを変えている。青版を衣替えしての黄版の出発は1977年であった。新装黄版の発刊にあたり、岩波新書編集部は「岩波新書新版の発足に際して」の各冊巻末に収められる文章にて「戦後はすでに終焉を見た」の文言を掲げた。

戦前の赤版では「戦争への抵抗」が岩波新書の暗黙のモチーフをなしていた。戦時体制で国家の戦争遂行の国策を正面から堂々と批判できない言論弾圧の検閲監視下にて当時の赤版の岩波新書には、検閲に引っ掛からない程度の暗に国家を批判する言外の叙述の工夫を読んで見つけ、それとなく慰(なぐさ)められる読書の楽しみがあった。戦後の青版には、敗戦を経ての「日本の再生」という確固たる目標があった。戦後の混乱という書籍と知識の物心両面での絶対的欠乏のなかで、岩波新書の青版には現代の幅広い知識や教養の提供という出版事業者としての社会的使命があったのだ。

そうして1970年代後半から80年代後半にかけての黄版の時代は、もはや「戦時」でも「戦後」でもなくなっていた。まさに「戦後はすでに終焉を見た」のであり、岩波新書の黄版は、一応に戦後を経過して物質的に日本社会は豊かになり、「経済大国」や「政治大国」や「生活大国」の勇ましい現状肯定のかけ声が響き、書籍も知識もあふれかえるなかで、そうした情報の洪水から本当の人間価値や社会の真の豊かさや望ましい国家像の新たな練り直しが潜在的に希求されていた。戦時の赤版での「戦争抵抗」や戦後の青版での「知識・教養啓蒙」の単調さではなくて、より複雑で洗練されたものが黄版の時代には望まれた。

岩波新書の黄版の時代にて、例えば、江藤淳「成熟と喪失」(1967年)や山崎正和「柔らかい個人主義の誕生」(1984年)ら、日本社会での「成熟」や「柔らかい個人主義」の新たな理念が望ましいものと目され、やがて広く議論され始めたのは決して偶然ではない。それは倫理的悪や不正や権力に対する従来の直線的な対抗、各人への普遍的権利の通り一辺倒の保障とは明らかに思考を異にしていた。

岩波新書の黄、中村雄二郎「哲学の現在」(1977年)は新装黄版の第一回配本にあたる。本新書は「黄版・2」のシリアルナンバーである。ゆえに中村「哲学の現在」も、岩波新書の黄版の「戦後はすでに終焉を見た」の宣言を受けて、旧来の赤版や青版のように単に「現時点での最新の哲学の様相を無難に概観する」ような哲学概論ないしは時事的な哲学読み物ではなくて、既存の哲学の解体と新たな哲学の再生の役割記述を強力に担わされた新書であった。

「哲学の現在」を上梓の時点で執筆の中村雄二郎の著述家としてのキャリアは、なかなかのものがある。すでに刊行した書籍数も多い。中村は本作の「あとがき」にて以下のように書いている。

「『古い革嚢(かわぶくろ)に新しい酒を盛って欲しい』という難題が、この本を書くにあたって編集部から与えられた。難題であるだけでなく無理難題でもあるように思われた。が、いまになって考えてみると、うまい挑発だったようだ。まことに取組み甲斐のある難題だったからである。新書という枠のなかであるだけに、かえって工夫をこらす愉しみもある」

執筆の1970年代時点での「哲学の現在」を書くにあたり、「古い革嚢(かわぶくろ)に新しい酒を盛る」ような、相当に厳しい注文が新装黄版を新たに始める岩波新書編集部から著書の中村雄二郎に対しあったことが読み取れる。

私が本新書を読む限りでは、本書は200ページ強だが、最初の「哲学の現在」の章の40ページほどの小論と、残りの160ページほどの各章の二部構成の内容になっている。

もちろん読み所は新書タイトルと同じ「哲学の現在」の第一章の部分であり、この章はさらに「生きること考えること」と「知識と知恵の分裂」と「ことばの相のもとに」の3つの節からなる。これら3つの節は哲学的真理のドグマ化(秘教的専門化)たる知恵の硬直化と、哲学知識のあまりにも状況的で合理的な実用主義化といった、観念的抽象論への凝固と実用的功利化への上滑(うわすべ)りの現状を両端ともに批判する内容である。さらに知識の肥大化(単に「たくさん知っていること」の弊害)の戒(いまし)め、ことばへの配慮の必要性(なぜなら、ことばは哲学の知を現前化させるために不可欠なものであり、「ことばは思考の肉体」であるから)が説かれている。

これら第一章「哲学の現在」の内容こそが、岩波新書の新装黄版を再出発させるにあたり、「古い革嚢(かわぶくろ)に新しい酒を盛って欲しい」とする編集部からの難題に対応し答えてみせた、中村雄二郎による既存の哲学の解体と新たな哲学の再生の役割記述の内実であった。

続く第二章以降ではデカルトからカント、ヘーゲルとマルクスの近代哲学、さらにはフッサールやハイデッガー、レヴィ・ストロースらの現代思想を哲学の専門用語を使わずに平易な言葉で解説している。

改めて今読み返してみると岩波新書の黄、中村雄二郎「哲学の現在」は、大学受験の現代文の入試問題に採用されそうな「いかにも」な硬質で模範的な哲学的文章ではある。そのまま10代の若い学生に読ませたいような(笑)。私は迂闊(うかつ)にも学生時代に気づかなかったが、どうやら中村雄二郎「哲学の現在」の本文は長い間、高校の国語教科書に掲載されていたらしい。

「現代人は知識の巨大な集積に押しつぶされ、それを活用する知恵を失っているのではないだろうか。本書は、生きることとは何か、考えるとはどういうことかを、原点に立ち戻ってとらえ直す。平易な言葉で、現在の哲学が取り組んでいる諸問題を一つずつ吟味していき、知恵と知識の全体的な再統一をめざす試み」(表紙カバー裏解説)

岩波新書の書評(293)宮城音弥「性格」

72e875bd.jpg岩波新書の青、宮城音弥「性格」(1960年)は、紙面にて著者の宮城が自ら言うように本新書は「性格学概論」ともいうべき内容である。著者は心理学における性格の研究を踏まえて、性格学にての各種の性格類型を紹介し、その概要を解説する形で本論は進む。

例えば「気質の先天性」について、生まれつきの気質と体型に関係があるとするクレッチマーの三類型の分析が一般的に有名だ。クレッチマーは歴史人物の肖像画の分析を通して三つの類型を導き出したのであったが、本書にもその概要が説明されてある。

「やせ型─分裂質(非社交的、無口、敏感で鈍感、心に内と外がある)、肥り型─躁鬱質(社交的、融通がきく、物にこだわらない、愉快な時と憂鬱な時が周期的にくる)、筋骨型─テンカン質(固く几帳面、きれい好き、丁寧だが時に激怒する、義理堅い)」

こうしたクレッチマーによる「内因性精神病と体型の関係」についての考察を見るにつけ、心理学や精神分析というのは、個別の具体的病状や個人の性格心理に類型概念を与え、それに振り分ける分析学であるのだということを私は痛感する。もちろん、本新書での宮城音弥を始めとして精神医学に従事の専門家は、それら類型があくまでも便宜のものであり、全ての患者や症例に必ずしもそのまま適合するものではないことを知っているし(例えば「肥り体型であっても非社交的で無口な人」もいる」)、宮城もそのことを本論にて断っている。

臨床医学の人間の異常人格の診断以外にも、社会参加を果たし価値形成をしていく正常な人格の類型に関する、シュプランガーの六つの価値分類の解説が本書にある。シュプランガーによれば、人間の文化的価値の内実は以下の六つの観点から考えられ、この六つの価値類型で全ての人間が分類できるという。すなわち理論型、経済型、審美型、権力型、宗教型、社会型である。

ただ、それぞれの型はあくまでも理念的な典型モデルなのであって、一人の人物がすべて、例えば「理論型だけ」の価値追求で性格形成されているわけではないし、一つの型でその人の性格を規定し全体を説明できるわけでもない。ある人物は、例えば「理論型と権力型の複合」であり、ないしはその他の型も混じる混合の場合もあって、しかも個人によりそれぞれの型の割合に濃淡もある。「理論型と経済型と社会型の複合であるが、なかでも理論型重視の性格要素がかなり強い」個人もいるわけである。また各型の複合以外にも、例えば「意識的で表面的な言動は経済型の価値規範志向であっても、内心の無意識の衝動には権力型への渇望を隠し持っている」潜在のパターンもありうる。

さて、岩波新書「性格」ではクレッチマーやシュプランガーらの性格類型の分類が数多く紹介されており、さらには個人だけでなく民族性や国民性の歴史的・文化的な人間集団に関する「性格」についても詳しく言及されている。なかでもそれら考察の土台となる、そもそもの「性格とは何か」について最後にまとめておこう。

著者の宮城音弥によれば、人間個人の性格は以下の4つの階層からなるという。ここでも「性格」の内実は、心理学や精神分析にての常套(じょうとう)の手法、個別の具体的現象に類型概念を与え振り分ける分析学のそれに依拠した説明になるのであった。

人間の性格の構造は、先天的で固定的な気質を中心として、そこに後天的で変化しやすい各層が同心円状に加わってできると考えられる。(1)内部の心の深層(コア)に中心的にあるのは「気質・体質」である。これは個人にとって「生まれ持った個性の人間的資質」とでもいうべきもので、先天的で固定的であり変えることはできない。(2)次に、気質を中心として環境の影響で次第に後天的な行動様式が作られていく。これが「狭義の性格」であり、また道徳的、社会的な意味をもつ「人格」である。(3)さらにその外側に後天的な社会条件下で形成される「習慣的性格」があるとされる。ある事物に対する好き嫌いといった「態度(行動の準備状態)」も後天的に作られる精神的傾向であり、これは習慣的性格に近い。(4)そうして性格構造の一番外側の周縁にあるのが、極めて後天的で社会的に作られた「役割性格」になる。これは、ある社会的場面に結び付いたものであり、例えば「教師が教師らしく行動し、部下は部下らしく行動すること」を指す。

以上をまとめると「人間の性格」とは同心円状で4層になっており、中心から外縁まで(1)気質・体質、(2)狭義の性格・人格、(3)習慣的性格・態度、(4)役割性格の各層により構成されている。(1)の円の中心に行けば行くほど先天的で変えようがなく、当人にとり深層の核心であり本質的な性格要因となる。いわゆる「その人らしさ」というか、その人独自の資質や個性といえる。そうして(4)の同心円の周辺に行けば行くほど後天的で変えることもできる精神的傾向であり、当人にとっては表層の比較的重要ではない性格要素となる。

だから、もしある人が当人の性格により、母子間や夫婦間や家庭内で良好な人間関係を構築できない、もしくは学校や職場や地域にて適切な社会参加が出来ない不適応の問題を抱えていて、そのために当人の性格改善が必要な場合、その改善アプローチは先の「性格の構造」の4つの階層のうち、一番周辺の後天的で変えることが比較的容易である(4)の「役割性格」の再検討から進めていくべきだ。例えば、現在の仕事が相当に精神的につらい場合には、本人の性格に会わないのだから、とりあえずその職業の性格役割を変更する、つまりは転職するとか。例えば家庭内での母子間での人間関係がうまくいかない時には、一時的に母親の役割を降りて白紙にする。その間、夫に父親の役割遂行やその他の家族・親族に子育てを補完してもらうといった方策が考えられる。

さらには(3)の習慣的性格・態度も考慮し、自身の物の考え方の傾向や癖、行動に至るまでの準備状態たる日常的態度を客観視して再検討することも性格改善には有効だ。つまりは、後天的な社会条件たる自分の習慣や態度そのものを変える。さらには習慣・態度を変えるために自身を取り巻く環境そのものを変えてみる。日常生活にてのルーティン(常同行動)の変更、イレギュラー(突発的で不規則)な行動とか。例えば、長期休暇をとったり他地域への転居という方法が考えられる。

他方で個人の性格構造において、先天的で変えようがなく、当人にとり深層の核心であり本質的な性格要因となる「その人らしさ」ともいえる、その人独自の資質や個性に該当の(1)の気質・体質や(2)の狭義の性格・人格は、基本的に変えられないものであるから、いくら性格改善とはいえ、それらを改変しようとしたりはしないほうがよい。当人の性格としてそのまま肯定するのがよい。これらを無理にいじると、その人に対しての性格否定や人格毀損になってしまうからだ。最悪、当人の性格が破綻してしまう。性格の深層の核にあるそれら気質・体質や狭義の性格・人格は生まれ持っての先天的なものであり、その人個人の本質的なものであって、もはや変更など出来ないのだから、これら性格の中心的構造部分は肯定で認めて「その人らしさの長所の美点」として褒(ほ)めて伸ばすか、多少の問題があったとしても割り切って一生付き合っていくしかない。

以上の「性格改善」の話は、岩波新書の青、宮城音弥「性格」に直接に書かれてはいないが、自分の人生経験からしても私は切にそう思う。

私がよく行く飲み屋に10代学生の双子の男性アルバイトがいる。私は毎回、酒を飲みながらそれとなく観察しているが、一卵性双生児なので顔も背丈も非常によく似ている。ほぼ同じである。ただし兄と弟で明白に体格が違う。それは双子特有の母胎内にいる時の母親からの栄養摂取の偏(かたよ)りであると思う。兄は骨格がガッチリしていて、弟は兄と比べて明らかに細く、まだ身体が出来ていない印象を受ける。双子の兄の方は体格がガッチリしているためか、動作が大きく男らしく無愛想であるけれど仕事が早くミスも少ない。店内での接客の声も大きくハキハキしていて、店長や社員からのウケがよい。他方、双子の弟の方は細くてまだ身体が出来ていないためか、どちらかといえば内気で声も小さく仕事が遅くてよくミスをする。しかし、接客が非常に細やかで愛想がよく、毎回、私が好きでよく頼むメニューをあらかじめ覚えていたりで、常連客へのウケが大変によい。

双子というのは希(まれ)な事例であって、前述の性格構成のうちの後天的な(3)から(4)の各層は衣食住のこれまでの生育環境が二人ともほぼ同じであるだろうから、双子の兄弟でここまで性格が対照するのは、もう先天的で固定的な生まれ持っての(1)の気質・体質の違いに由来しているとしか考えられない。そうして先天的で固定的な気質・体質は、すでにその人の変更できない個性的性格であるのだから、この双子の場合、例えば兄の方に、弟のようにもっと細やかな気の付く接客をしろとか、逆に弟の方に、兄のようにもっと素早くテキパキと作業しろなどと第三者の店長や客が指導・要求しても、それは性格の構造上おそらくは無理である。

双子で容姿はほぼ同じでそっくり似ているにもかかわらず、双子の兄にも弟にも双方に生まれ持っての気質・体質から来る性格の、各人の「人としてのよさ」が個別にあるのだから双方の性格長所を認め、かつ性格短所は暗に見逃して、それぞれに人格尊重していくことが最善だと思える。

岩波新書の書評(292)小長谷正明「医学探偵の歴史事件簿」

72e875bd.jpg先日、岩波新書の赤、小長谷正明「医学探偵の歴史事件簿」(2014年)を読んでみた。

「歴史上の人物の行動には病気が深く関わっていた。遺伝子鑑定や歴史記録の解読を通じて、その真相を推理する。病気持ちの大統領や独裁者、王様たちが歴史をどう変えたか。ツタンカーメンやロマノフ家の家系の事実とは?二・二六事件、第二次大戦末期の反乱事件などの歴史を変えた事件や、医学の革新者たちの逸話も紹介」(表紙カバー裏解説)

本書は、まず何よりも「医学探偵の歴史事件簿」という切り口のアイデアが優れている。病気と医学の観点から歴史上の人物や歴史的事件を推理して科学的に斬るというのが面白い。本新書は読者にもかなり好評で売れたに違いない。同じ著者による続編「医学探偵の歴史事件簿・ファイル2」(2015年)も後に出ている。

ただし一冊目の「医学探偵の歴史事件簿」に関する限り、あまりに多くの歴史上の人物や事件を雑多に次々に取り上げ過ぎて、実は本格的な病名の解明や死因の推理や斬新な新解釈を厳選してやるわけではないので、案外とりとめがない。一つのトピックに関し、数ページのわずかな記述しかなく内容が薄い。冒頭からアメリカ大統領ケネディの腰痛とか、レーガン大統領のアルツハイマー病とか、ナチスドイツのヒトラーのパーキンソン病とか次々に書いている。世界史だけではなく日本史に関するものもある。首相の浜口雄幸の東京駅での射殺未遂事件直後の輸血の裏話とか、源頼朝の落馬による死因の特定だとか。

どちらかと言えば「医学観点からする軽い歴史コラム集」のような感触であり、本書をして「医学探偵による歴史の本格推理」とまで行かないのが、内容に読みごたえがなく読んで正直つらい感じもする。

もともと「医学探偵の歴史事件簿」というのは、人文科学や社会科学の正統な歴史研究にはなり得ない。「学問としての歴史」ではない。こういうのは飲み屋で話して間違いなく盛り上がる必殺ネタの与太話のようなものでしかなく、話の内容もやがてはすぐに忘れてしまうが、その場では確実に皆が楽しんで盛り上がれる。岩波新書の赤、小長谷正明「医学探偵の歴史事件簿」も一読の間は、それなりに面白いけれど、ただそれだけの新書のように私には思えた。

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