チンピラ☆馬鹿一代・読書ノート

アメリカン・ショートヘアーのアメジローです。☆明るいブログを日々心がけます。☆読書の書評・レビュー・感想が中心。その他、音楽や映画のレビュー・感想なども。☆「継続は力なり」で、出来る範囲で更新を目指します。

YMO伝説(7)「テクノドン」

0acc1eef.jpg今にして思えば、1990年代は現在のようにインターネット環境が整備されてなくて、ネット通販やダウンロード音源販売もなく、みんな街の輸入盤屋でCDやレコード普通に購入してたし、週末はクラブに行ったりして、ゆえに90年代はCDやレコードが異常に売れてて、クラブでDJが回すテクノのダンス・ミュージックも絶好調だった(^^)。

そんなテクノ隆盛の時代状況を背景に1990年代に「YMO」が再結成します。☆すなわち、「再生」YMOの新アルバム「テクノドン」。

アルバム「テクノドン」は、皆さんよく言われるように収録曲が全体に地味ですが(^^;)、私は好きですね。☆とにかくアナログ・シンセの音色が良くて。☆無防備に油断して聴いてると、アナログ・シンセの音色の良さに自然と身体が反応してしまう瞬間が多々ある (^^)。☆曲としては、「ビー・ア・スーパーマン」と「OK」が特に好きです。

また坂本龍一が呼んだ、いわゆる「坂本人脈」なんでしょうけど、「ニューロマンサー」のウィリアム・ギブソン(William・Gibson)と、「裸のランチ」のウィリアム・バロウズ(William・Burroughs) を連れてきて、朗読させたり作詞させたりでYMOのアルバムに参加させるアイデア、正直シビれた。☆90年代、私はハヤカワのSF文庫、愛読してて、サイバーパンクの「ニューロマンサー」とか大好きでしたから。あと巽孝之氏のSF評論とかも。☆YMO好きな方は、普通にSF好きの素養がある…というか、例えば80年代SFの名作映画「ブレードランナー」なんて、YMOファンな方なら絶対に好きでしょう。☆坂本龍一の傑作アルバム「未来派野郎」の最初の1曲目で、「ブレードランナー」のデッカードとレイチェルの劇中会話、坂本さんがサンプリングしてて、80年代これまた私はシビれてました(^^)。

さて、「再生」YMOの「テクノドン」に関しては、その制作過程で、もはやYMO名物(笑)、アルバム「BGM」以来の坂本龍一と細野晴臣とのバンド内対立・遺恨のバトルが、またまた勃発しますね(^^;)。☆「テクノドン」における、坂本と細野の対立・抗争の全貌については、おそらくは以下のようなこと。

「再生」YMOの以前より、坂本さんは東京からニューヨークに拠点を移して音楽活動してた。☆なぜかといえば、坂本龍一には当時から世界進出の念願があって(だからニューヨークに住んでる)、確かに坂本さん、「ラストエンペラー」の映画音楽でアカデミー賞・獲って「世界のサカモト」なんて呼ばれてたけど、実は海外での実績はイマイチ(^^;)。☆例えば、ビル・ラズウェル(Bill・Laswell)と一緒にやったアルバム「NEO・GEO」や、ヴァージン・レコードと契約して作ったアルバム「ハートビート」なんか世界発売してたけどセールス的に伸び悩み、またワールドツアーも実現できず、国内人気はともかく、海外進出に関しては数回トライしたが結果を出せず、坂本龍一・連戦連敗の敗北続きで負けが混んでた…。

そんな状況の中、出てきた何度目かの毎度のYMOの再結成話…今度は本当に実現するらしい。☆そこで坂本氏、「三度目の正直」くらいの再々チャレンジの「背水の陣」で、再結成のYMOに乗っかって、つまりは・かつての自身のキャリアであるYMOのネーム・バリューを再利用する、なりふり構わずの執念見せて、世界のマーケットに再度・殴り込みをかける…再び勝負に出る。☆だから「再生」YMOは、坂本龍一がいるニューヨークに細野晴臣と高橋幸宏を・わざわざ呼び寄せて、坂本さん中心の、坂本主導のプロジェクトになるわけです。

それで坂本以外のYMOメンバの細野と高橋、特に細野さんには、「再生」YMO以前に坂本さんみたいに世界進出やろうとして、いずれも失敗して挫折の焦燥とか、今度こそ世界規模で売れる悲願とか元々ないから…ね(^^;)。☆再結成YMOでアルバム「テクノドン」制作のためにニューヨークに行って、念願の世界進出のリベンジに燃えてギラギラしてる坂本龍一に、思いもかけず細野さんは再会するわけ(^^;)。☆そして案の定、世界のマーケットを強烈に意識して異様にギラギラした坂本さんと、そんな再結成YMOを世界的に売り出す意識が、もともと希薄な細野さんとの間の精神的落差の温度差が激しくて、結局・アルバム「BGM」以来の、例の坂本と細野とのバンド内対立・遺恨のバトル再勃発となる。☆だから、「再生」YMOの「テクノドン」制作時を後に振り返って坂本さん、機材の使い方一つにしても細野さんに対し、もうボロクソです(^^;)。

「僕がニューヨークにいて、細野さんはドイツのテクノが基準になっていて、その擦り合わせがあまり・うまくいかなかったと思いますね。…僕は・けっこう言ったんです、フランクに。例えば細かい話、テクノとかハウスの様式だったら、あの91、92年っていう時点だと、絶対にヤオヤ(TRー808)は使わないんです。ヤオヤを使ったらR&Rになっちゃうから。でも、平気で使うんですよ、ヤオヤを。ちょうどニューヨークに引っ越してきて2、3年のころでね。誰に聞かせるのか、どこで聞かせるのかって、マーケットの対象が、ニューヨークだとハッキリ見えるわけですよ。ハウスとかテクノっていうのも極端な話、例えばBPMをちょっと・ずらすだけで、別の名前が付くような音楽ですから。それをマーケットにいる普通の人々は、普通に聞いて・わかるわけだから。…テクノ、ハウス、ドラムン・ベースもそうですけど、雰囲気じゃないんです。コンガひとつとっても、このパターンだったら黒人マーケット、このパターンならプエルトリカンってマーケットがハッキリ決まっちゃうわけですから。…本当にニューヨークのクラブシーンで売ろうと思ったら、そういうことが必要なわけでしょ。そういう思考回路は、なかった感じでしたね」。

また「再生」YMOの前に細野さんは、「メディスン・コンピレーション」っていうアンビエント・テクノのアルバム作ってて、「ニューヨークのクラブシーンでウケるかどうか」関係なく、それとは全く無縁な所で、再結成YMOの「テクノドン」にアンビエントの新しい要素を持ち込みたい意識でやってた。

細野晴臣の「メディスン・コンピレーション」は、アンビエント・テクノの良作だとは確かに思う。☆いかにも細野さんらしい、本当に細野さんが好きそうなテクノ(笑)。☆ただ、あれがアメリカのマーケットで世界規模で売れるか…といえば、果てしなく危うくて、まさに「ドイツのテクノが基準になって」て、ヨーロッパのマニアな玄人筋を・うならせるテクノだと思う(^^;)。☆ゆえに、「本当にニューヨークのクラブシーンで売ろうと思ったら」の坂本さんから、「細野さんが『テクノドン』用に上げてくる曲は、アメリカのマーケットに乗せる商品テクノとして、ちょっと地味で病的過ぎやしませんか!?」といった、細野に対する「忠告」も出てくる(^^;)。

「実は、僕が『OK』のオケを作ってたときなんですが、教授からコミュニケーションがあったんですね。そのオケに関して忠告を受けたんです。…病的過ぎないかと言われました。ちょっと健全さに欠けるみたいなことを言われまして。教授は健康になっちゃったからね、ニューヨークで」。

ところでYMOの三人組で、「細野と高橋」、「高橋と坂本」の場合は摩擦少なく比較的・関係が安定してるのに、「細野と坂本」の組み合わせの時だけ、アルバム「BGM」や「テクノドン」制作時におけるような対立・抗争が際立ってしまうのは、なぜなんでしょうか!?☆確かに対立の表層は、「レコーディングの方法論を・めぐって」とか、「ここでヤオヤの機材を使うかどうか…」のような音楽的な枝葉な事柄ですけど、よくよく掘り下げて考えてみると、二人の対立の根本には、「細野晴臣と坂本龍一の人間的な資質の相違」の問題があると私は思う(^^;)。

昔から何となくYMOを見てきて個人的に気になるのは、坂本さんが細野さんの「オカルト好き」に嫌悪を露にする発言を、いつの時代でも一貫して・かなりの頻度で繰り返してたこと。☆「そこで、また細野さんのオカルト好きの、例の悪い癖が出てきちゃうんです」みたいな(^^;)。

なるほど、坂本龍一という人は、政治や現代思想や環境問題などへの嗜好に示されるように、ある意味、合理的で可視的なものに信頼を置く方で、かたや細野晴臣というのは、宗教や精神世界のスピリチュアルや宇宙など、安易に合理の理では割り切れない、目には見えない精神の深まりに傾倒してハマる人。☆そんな細野晴臣、「テクノドン」制作のためニューヨークへ行って、現地で改めてYMOで付き合い長いはずの坂本龍一と自らとの人間的資質の相違に今更ながらに気付き、「お互い人間的に異質であること」を痛感する(^^;)。

「ニューヨークで3人で話したとき、『怖いものは何だ?』という話になったんですよ。例えば『怖い映画は何だろう』と僕が教授に尋ねたら、彼は・いちばん怖いのは『エルム街の悪夢』だと言うんです。僕はそのとき、笑ってしまったんです。あれを本当に怖がるのは子供なんじゃないかと。よく言えばイノセントというか。無垢な教授の・そういうところをそのとき垣間見て、やっぱり・この人は脅かしてはいけないと思いましたね」。

細野さんからすれば、「坂本君、いちばん怖い映画が『エルム街の悪夢』だなんて…あんな可視的で平板なアメリカン・コミック・ホラー的なものを怖いだなんて、あまりにも子供でイノセントで無垢すぎるだろ!例えば、表面上は平和で穏やかなのに、その裏に隠された人間の底知れない不健全さに満ちた悪意だとか(ちなみに・この時、細野が『怖い映画』として挙げたのは、描写は明るいが内容は不条理で病的な『ペアレンツ』という日本未公開の作品)、目には見えない精神的な深みにハマる恐怖だとか、思い至らないのか!?やっぱり、教授と自分とは人間が違うんだな…」。☆この時、おそらくは細野晴臣、そういったことを心底・思い知らされたはずです(^^;)。

ただYMOは、「細野が年の離れた相当に老成した落ち着いた長兄で、高橋が兄の細野と弟の坂本の間に入って、いつも二人にオロオロと気遣う気弱な次兄で、坂本は常に自由奔放で・やりたい放題の、やんちゃな末弟」だから(笑)。☆長兄の細野は余裕を持って、年の離れた末弟の坂本を「子供でイノセントで無垢だなぁ」で笑って済ませられる(^^;)。☆また末弟の坂本も意外に(?)常識的で、長兄の細野との間に摩擦があっても、修復不可能な決定的な亀裂になる以前に自分から上手いこと衝突回避したりしますから、例えば殴り合いで掴み合いのケンカとか(笑)、絶縁して・もう一生口をきかない…とかには絶対ならない(^^)。

加えて、坂本と細野両氏の毎度の対立・不和の直接的原因も、あくまで音楽的なこと、いわば「ミュージシャン同士のエゴ(自我)の・ぶつかり合い」で、世間一般のロックバンドに・ありがちな、ギャラの配分をめぐる金銭的なことで揉めるとか、性格の不一致で気が合わずイライラして・いつも激突…とかじゃないので。☆やっぱYMOの坂本さんと細野さん、お二人とも・とても健全で常識人な感じ、私はする(^^)。

さて、「テクノドン」を作り上げて、「再生」YMOのプロジェクトを終えた後の3人といえば…。☆YMO再結成を後日・振り返って、高橋幸宏氏いわく「再生YMOはメンバーが楽しくなかった。『テクノドン』のCD自体は好きなんです、結構・僕は。ただ、あの雰囲気を思い出すのが・つらかったり、嫌だったりするんですけど。…お金は使いたい放題なんだけど、なんか虚しいっていうような。もっと小規模なところから・やれたらよかったなっていう反省が、はっきりスケッチ・ショウに反映されてますからね」。

「お金は使いたい放題なんだけど」、アメリカのマーケットでウケて世界規模で売れるテクノを作れ、だとか、東京ドームでの大規模ライヴの・お祭り騒ぎだとかに、高橋と細野の・お二人さすがに精神的に疲弊したんでしょうね(^^;)。☆「なんか虚しいっていうような。もっと小規模な所から・やれたらよかったなっていう反省」から、2人で新しく「スケッチ・ショウ」(Sketch・Show)のプロジェクト始めます。

そして他方、坂本さんは、「再生」YMOの「テクノドン」は、日本国内では好評でしたけど、やっぱり世界的な売り出しには失敗し、またまた坂本龍一・世界進出に挫折して、それ以降・坂本さん、あまり「世界のマーケットが…」とか言わなくなります。☆むしろ、一気に脱力して以前の野望・満載のギラギラ感がなくなり(笑)、普通に自然体になって、細野さんと高橋さんのスケッチ・ショウのレコーディングに飛び入り参加したりして、坂本氏の以下のような驚くべき変わりよう(^^;)。

「細野さんも幸宏も、やっぱり尊敬してるし、3人の関係も・とても大事だし、3人それぞれ才能があって、それを持ち寄ったときに、自分たちが楽しめる、いいものができるという期待がありますから。…スケッチ・ショウのレコーディングに参加してる最中も、3人でご飯食べたりしていて、すごく和んで、いい感じでね。『いいね、もう1回、再結成しちゃおうか』って。…ただし、音楽を作らない再結成。並んで、ただいるだけの再結成。それ、いいねって」。

かつて、ニューヨークにいて「テクノドン」の制作時には、「テクノとかハウスの様式だったら、絶対にヤオヤは使わないんです。でも細野さんは平気で使うんですよ、ヤオヤを」などと荒ぶって言ってた人と同一人物とは思えないほどの、変貌ぶり(笑)。

かくしてYMOは、初期のワールドツアーから帰国しての「パブリック・プレッシャー」の公的抑圧、アルバム「BGM」での細野と坂本との音楽的対立の不和、解散前の「過激なサーヴィス」強要問題、そして「再生」YMOでの再度の細野と坂本との音楽的対立の不和…といった、葛藤の激動の長い年月を経て、ようやく最後に「別に音楽なんか作らなくても3人で並んで、ただ一緒にいるだけで・すごく和んで、いい感じでね」の穏和なハッピーエンドに・たどり着く。☆文字通り「仲良し三人組」のYMOになるのでありました(^^)。

シリーズ「YMO伝説」、これにて終了の完結。

YMO伝説(6)「アフター・サーヴィス」

0acc1eef.jpg中期の傑作「BGM」と「テクノデリック」の2枚のアルバム出した後、「YMO」の音楽キャリアは一度・途切れて活動休止になり、メンバー各自がソロ活動やって、その後またYMO本体が復活して「浮気なぼくら」の歌謡曲路線やら、歌入り+コントありのアルバム「サーヴィス」と、解散コンサート(正確には「散開」)のライヴ・アルバム「アフター・サーヴィス」を発表し、第一期のYMOは終わりを告げます。

やっぱり正直、個人的な感慨として、「アルバム『浮気なぼくら』と『サーヴィス』の歌モノ路線は余計だった…『BGM』と『テクノデリック』作った後に即攻で電撃解散してたらYMOは今より・もっとレジェンドな、伝説のバンドになったろうな」と私は思う(^^;)。

結局、YMOのお三方、細野晴臣も坂本龍一も高橋幸宏も各氏、常識ある大人な方なので、「YMOで出来ること・やることは全てやったから無責任に後先考えず即解散」とは簡単にいかないわけです。☆終わり近くのYMOは一般に・かなりの人気で相当なメディア露出もあって、本業の音楽活動のアルファ・レコード以外にも、広告の電通や博報堂とか、放送のNHKとかフジテレビとか、雑誌の学研や宝島出版など、業界各社がYMOプロジェクトに深く関わってたので、ハード・ランディングで電撃的に突然・辞めるわけにはいかない。☆ゆっくりソフト・ランディングで、大きくなりすぎたYMOプロジェクトを時間かけて徐々に終息させていくしかない…。

だから、アルバム「BGM」や「テクノデリック」のテクノで前衛でトガったラディカルな音出すYMOが好きだった当時の私は、「浮気なぼくら」でシングルの「君に胸キュン」とか、「今さら歌謡曲!?何やってるの…ちょっとフザケ過ぎ」って正直・思ったし、コントありのラストのオリジナル・アルバム「サーヴィス」も、「以前のスネークマン・ショーと同じようなギャグの内輪ノリで何だか・つまらんなぁ」って感じてた(^^;)。☆即攻でYMO辞められなくて身動き取れず、「心ここにあらず」で迷いながらダラダラ続けてる感じ、ありましたね(^^;)。

さて最後の方のYMOは「サーヴィス」や「アフター・サーヴィス」など・やたら「サーヴィス連発」してますけど、なぜこのように「サーヴィス過剰」になってしまうのか、というと…。☆当時の坂本さん・いわく、

「マインド・サーカスって僕は言ってるんですけど、僕たちはいわゆる芸人なの、マインド・サーカスの。そこでレコーディングやったり、歌うたったりして曲芸を見せればお客さんも喜んでくれる。…多分、空中ブランコの曲芸を観に行く人たちの感覚の中には、『ひょっとすると落っこちるんじゃないのかな』って大前提があると思うんですよね。その大前提を持って、キャー危ないハラハラハラ、あー終わった落っこちなかった面白かった、といって刺激を充分に受け、満足して帰っていくんじゃないかな。僕たちにとって、それは・すごく過激なことなんですよね。そういうサーヴィス、きわどいところでのバランス感覚としてのサーヴィスが、サーヴィス精神を持つことも含んで、ものすごく過激なんだよ。今一番過激なのは、サーヴィスをしている事なんじゃないかな。血や暴力から完全に遠ざかったところでさ。お客さんに対して、自分なりの過激なサーヴィスをしてるんですよね」

1980年代当時、東京じゃない田舎の地方都市に住んでた学生だった私にとってYMOに関する情報収集源は、NHKのFM「サウンド・ストリート」坂本龍一・担当の火曜日と雑誌「宝島」の記事くらいでしたが、終わりの方のYMOは、「過激なサーヴィス」に関連づけてサーカスの空中ブランコ乗りの話、「宝島」のインタビューなどで熱心に繰り返し・よくしてた(^^;)。☆もともと芸能タレントで有名になりたくてYMOやってたわけじゃないのに、YMOで普通に音楽活動やってたら当初の予想と違って思いの他ミーハーな方向でYMOが売れて、世間の注目を浴びて皆からチヤホヤされるようになる…。

面も割れて顔も知られ、普通に街中歩いてても、気付かれ追いかけられてサインや握手を求められる。☆自分のプライベートが無くなる…心が休まる暇がない…いつも自分をオープンにして・さらけ出して、自身をマスに捧げる「過激なサーヴィス」を絶えず強要され続ける…それが、常に落下の危険性を匂わせ(「ひょっとすると落っこちるんじゃないのかな」)、自身の命の危険も何もかも全てを捧げて曲芸を見せて、お客さんに迎合・奉仕する「過激なサーヴィス」を強いられてる、サーカスの空中ブランコ乗りの姿と見事に重なる。

「YMOメンバー、精神的に限界近くまで来てるな」。率直に思いました(^^;)。☆細野、高橋両氏と違い、YMOに参加するまで公的なバンド活動したことなかった坂本龍一は特に、YMOで急に有名人になって・この「過激なサービス」強要に対し、精神的にダメージ受けて一時期・神経症的に病んでたらしい(^^;)。

だから、またまた坂本さん・当時のことを振り返っていわく、「僕には有名になることへの反発というか、有名になりたくてYMOをやったわけじゃないし。先進的で面白いことをやりたかったから、YMOに参加したわけで。当時、六本木に住んでたんですけど、マンションを出て歩いてたら、中学生や高校生が『あ、YMOだ』って言ってるわけ。…本当に辛くて、それが嫌でね。10ヵ月くらい、自分のマンションから出ないくらいの葛藤があったんです」。

でも、よくよく考えたら、この手の「過激なサーヴィス」強要の問題って、実は初期YMOの頃から連続して一貫してあった(^^;)。☆例えば、「パブリック・プレッシャー」。☆「パブリック・プレッシャー」といえば、言わずと知れた初期YMOワールドツアーのライヴ・アルバムのタイトルですけど、このタイトルに込められた真意について、細野さんによると…。☆「タイトルを自嘲気味に『パブリック・プレッシャー(公的抑圧)』と付けてますけど、『ライディーン』のヒットというのが、僕たちにとって予想外だったんです。実はパブリックっていうよりは、アルファ・プレッシャーというか(笑)。…『ライディーン』が売れたから、次も『ライディーン』だろうという、当時そういうプレッシャーの渦の中にいたんですね」。

思えば、YMOというバンドは「YMOとして自分たちがやりたいこと・やりたくないこと」と、「周囲の人達がYMOにやらせたいこと」との乖離が常にあって、非常に気の毒な感じ…してました(^^;)。☆そして、その乖離に細野も坂本も高橋も各氏、いつも傷ついて悩んで内向してるような…三人とも才能あふれる天才だから常に自信に満ちあふれた傍若無人なタイプかと思いきや案外、見かけによらず、意外にナイーヴで傷つきやすい繊細な人達でしたねぇ(^^;)。

ライヴ盤の「パブリック・プレッシャー」出した頃には、すでにYMOは次の新しいステージに進みたくて、「BGM」のような非商業的で地味だけど、実験的でラディカルな音楽をやりたいと思ってた。☆確実にレコードの売り上げは落ちるし、人気も下がるだろうけど、次のアルバムが・かつての「ライディーン」や「テクノポリス」のような明るい分かりやすい 楽曲が好きな「従来よりのYMOファンの壮大な切り離し作業」となることもある程度、覚悟して。☆ ところが、細野さんが言うように、所属のアルファ・レコードから「『ライディーン』が売れたから、次も『ライディーン』だろう」っていう無言の「プレッシャー」、すなわち「アルファ・プレッシャー」が(笑)。☆同様にファンの人達からも、「当然、次も『ライディーン』みたいな曲で」っていう、強力な「パブリック・プレッシャー」、まさに世間一般からの「公的抑圧」が(^^;)。

最後の方のYMO解散の事情も同様で、細野さんなんか「『BGM』と『テクノデリック』を作ってウィンター・ライヴが終わったあたりで、ある種の達成感があって、その頃、僕が最初にYMO辞めるって言い出したんです。ところが止められたんですね、当時のマネージャーに。率直に言ってYMOが売れたことで利権が発生して、ビジネスサイドの思惑が残ってましたから。だから、その時は解散じゃなくて活動休止で手を打って、とりあえずYMOは延命したんです」っていう内容の裏話、後に述べてた。

それから当人達以外の周囲の思惑で、辞めたいけど辞められなくて身動き取れず、「心ここにあらず」で迷いながらダラダラな感じでYMOを続けて、ラストのオリジナル・アルバム「サーヴィス」を作るまで行きますけど、その「サーヴィス」に関しても後日に振り返って、高橋さん「あれは惰性」ってキッパリ言ってますから…ね(^^;)。☆すなわち、「あのアルバムは『サーヴィス』って言ってるくらいだから、惰性ですよね。半分は。だいたいロックバンドの宿命って、終わるときっていうのは、ああいう感じになって終わるんです。だいたい最後のアルバムは。…ビートルズですら、最後のほうのアルバムはレコード会社主導で、アーティスト本位ではなかったですから」。

音楽的に「BGM」と「テクノデリック」でやりたいことを・やり尽くし、「ある種の達成感」があって、もう辞めたいと思ってたけど、「利権が発生して、ビジネスサイドの思惑が残って」、周囲の求めに応じて仕方なく解散せずに「半分は惰性」でYMOを続けてた…。☆しかも、YMOで売れて世間一般に顔を知られ、はからずも芸能タレントみたいな有名人になってしまって、街中で「あ、YMOだ」って指差さたりする(^^;)。☆それら全てを含めた、YMOをやり続ける限りにおいて自分たちに付いてくるマスに奉仕の不本意をメンバーは「過激なサーヴィス」って呼んで、常に落下の危険性を匂わせ、自身の命の危険も何もかも全てを捧げて曲芸を見せてお客さんに迎合・奉仕する、サーカスの空中ブランコ乗りの姿に自分らを重ね合わせてた。

だから、最後の方のアルバムは、本心は・やりたくないのに周りの要求に応えて奉仕して、半分は惰性でやってるから、「サーヴィス」やら「アフター・サーヴィス」の、やたら「サーヴィス連発」の「サーヴィス過剰」になるんですね(^^;)。☆しかも本当は、「過激なサーヴィス」・「過激なアフター・サーヴィス」なのに、わざと「過激な」を省略して、相当に強烈な皮肉を込めてメンバーは「サーヴィス」や「アフター・サーヴィス」のアルバム・タイトルにする。

でも、そんなシリアスなYMO側の事情は無視して、ビジネス利権の業界関係者はYMOを解散せずに続けてくれて内心ホッとしてるし、ファンの皆さんも「再びYMOの新譜が聴ける」で無邪気に喜んで、無自覚に「過激なサーヴィス」をYMOに要求し続ける。☆「サーヴィス」や「アフター・サーヴィス」のタイトルに秘められたメンバーの悲壮、皮肉の本意も知らず気づかずに…。☆また坂本さんが言うように、この手の「過激なサービス」は、「血や暴力から完全に遠ざかったころで」、まさに見た目はソフトに穏やかに、しかし内実は非常にエグく残酷に、無言の強制の抑圧のプレッシャーでYMOのメンバー各氏に襲いかかるわけです…相当にヤバい状況ですね(^^;)。

結局、YMOの皆さん個性が強くてアクがあって強烈で、いくら個性を隠しても、どうしても目立ってしまうから(笑)。☆最初のYMOの構想は「匿名の謎の芸術家集団」みたいな、元々メンバーも細野・坂本・高橋の3人に限定しないで、自由なプロジェクトでやるつもりだった。☆だから、最初に細野さん、横尾忠則氏をメンバーに入れようと思って、「演奏しない作詞家の第4のメンバーとしてYMOに参加して下さい」、「とりあえずYMO結成の記者会見やりますから来て下さい」って横尾さんに伝えたけど、当日たまたま横尾さんが来なかった(^^;)。☆それで、自然とYMOは細野・坂本・高橋の固定メンバーになってしまった。

やはり2枚目の「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」のアルバム・ジャケットに3人の写真が載ったことが大きかった…と思います。☆あれで「YMOは細野と坂本と高橋」って、世間一般に広く強く印象づけられたから。

でも今改めて考えると、初期に歌詞を提供してたクリス・モズデル(Chris・Mosdell)も、機材関係の裏方やってた松武秀樹氏も、「YMO第4のメンバー」といわれれば、確かに・そうだと思いますけど、なぜか異常に目立って本人達の希望とは裏腹に不本意ながら知らず知らずのうちに人気者になってしまう、あまりにも自我の個性が強烈すぎる細野と坂本と高橋の三人組トリオ(^^;)。

初期のYMOは北京交響楽団が元ネタの共産圏の均質な人民で(だから中国の人民服着てたりするわけですが)、「交響楽団の・いかにも整然とした均質な顔色つきで匿名の没個性で、汗をかかずクールに黙々とシンセサイザーで演奏する」のコンセプトから始まったはずだった…。☆しかし、解散間際のYMOは隠しても隠しきれない程に、異常にメンバー各自のキャラクターが表に・にじみ出て、ナチス親衛隊の宣伝省の役人みたいな、若者を熱狂させ引きずりこんで思想扇動するカリスマ将校の風貌に、いつの間にかなってて笑えます(^^;)。

しかも、散開コンサートを収めた映像作品のタイトルが「プロパガンダ」=政治的扇動で、そのまんま(笑)。☆細野さんも坂本さんも高橋さんも、3人ともキャラクター濃すぎるがゆえに、初期の共産圏の赤い人民服・着てた匿名左翼が、最後はナチの軍服に身を包んだファシストのカリスマ右翼に「転向」してしまう…というシャレにならない悪夢(^^;)。

ライヴ盤の「アフター・サーヴィス」は、最初の方の「東風」や「ビハインド・ザ・マスク」の坂本曲がよい、と思います。☆その他にも「音楽」など、「アフター・サーヴィス」は坂本曲の出来のよさが個人的に強く印象に残る(^^)。☆初期のライヴ盤「パブリック・プレッシャー」と比べると、最後の「アフター・サーヴィス」は、ライヴの機材とか音響技術などが格段に進歩してて、安心して聴けますね。☆「アフター・サーヴィス」のライヴは、事前録音のテープ流してて、当日メンバーは・ほとんど演奏してませんけど(^^;)。

最後の方のYMOは歌モノが多くて、YMOで声出して歌うたう人は、主に高橋幸宏さんだったので、「後期YMOの中心は高橋さん」って感じする。☆ただ…ね、幸宏さんのあの独特の・ねちっこい粘着質な歌い方が好きかどうかで、いわゆる「高橋幸宏・評価」は人によって別れる所だとは個人的に思う(^^;)。☆幸宏さん、ピーター・バラカン(Peter・Barakan)さんに会うと、「相変わらず・ねちねち歌ってる?」って、いつも聞かれるらしいですよ(笑)。☆私は幸宏さんの・ねちっこい歌い方、正直・苦手なんですけど、でも・それでも好きなのは、高橋ソロのアルバム「音楽殺人」あたりかな(^^)。

高橋幸宏さんに関しては、彼がやる音楽よりも、むしろ幸宏さんの人柄や人間性そのものが私は大好きで。☆YMOでも我のエゴの強い細野晴臣と坂本龍一の間に入って(笑)、二人を調停する幸宏さんの人当たりのよさとか、後輩ミュージシャンへの思いやり、面倒見のよさなど。☆例えば、「東京スカパラダイスオーケストラ」の元ドラマー青木さんと高橋さんの「ニュー・ウェーヴ系ドラマーの師弟愛」。☆高橋幸宏と青木達之の二人のドラマーのコンビが、私は昔から大好きでした(^^)。

幸宏さん、あの人は裕福でハイソな家庭生まれの方で、日本人にしては珍しいくらいのヨーロッパ志向、本当に洗練されたロマンチックで・お洒落な人だから。☆「やっぱ、生まれもっての高貴さ、洗練された感じ、ナイーヴな繊細さを兼ね備えた人、日本にもいるんだなぁ」と幸宏さんを見てると、いつも・つくづく思う。

そんなわけで、最後に高橋幸宏氏に関しては、彼が主演で大林宣彦さんが監督やった、日本映画にして稀に見る大人のロマンチック・コメディ「四月の魚」を私はYMOファンの方々に強くオススメしたい(^^)。

YMO伝説(5)「テクノデリック」

0acc1eef.jpg「YMO」のオリジナル・アルバムのベストを挙げるとすれば、ほとんどの人が中期YMOの「BGM」か「テクノデリック」のどちらかになると思うのですが、「どちらを選ぶか!?」で・その人の音楽的嗜好の趣味や人間性が結構、照らいなく直接的に反映されてるような気もします(^^;)。

アルバム「BGM」はジャケット色のブルーな感じからして、全体に緊張感あって楽曲群が絶対零度でクールに冷たく攻撃的に整序されてる固い感があるし、逆にアルバム「テクノデリック」になるとジャケット色のオレンジな感じから、全体にリラックスしてやや・くつろいだ、楽曲群が幾分ユーモアの余裕を持って優しく並べられてる、の印象がある。

そしてYMOのオリジナル音源のベストとして「BGM」を挙げる人と「テクノデリック」を挙げる人との間には、価値観、美意識その他もろもろで、どうしても・なかなか埋められない根本的な人間的隔たりの対人距離がある…ような気がする。☆「お互いに異質であること」を身に染みて再認識するような(^^;)。

事実、YMO中期に対立があったメンバー、細野晴臣と坂本龍一それぞれに「一番好きなYMOのアルバムは何?」って聞いたら、細野さんは「BGM」を選ぶし、坂本さんは「テクノデリック」を挙げる。☆「あー細野と坂本、やっぱ・お互いに元から人間が違うんだな。何か納得だわ」って、いつも勝手に私は思ってしまいます(笑)。

アルバム「テクノデリック」の頃になると、前作「BGM」のレコーディングでの不和の対立・緊張からメンバー各自・学習したのか、はたまた「もうYMOのプロジェクトは終わりが近い」と皆さん静かに悟っていたのか、お互いにリラックスして緊張緩和な雪溶けムードの・なごやか感、漂います。☆この頃よく使われてたYMOのロゴマークも「三人の湯けむり・のんびり温泉マーク」で、何かワケ分からんかったし(^^;)。

「YMOの時は生音は避けて、必ず電子楽器のシンセサイザー使う」とか、「なるべく歌詞なしで曲をやる、仮に歌詞があっても極力・歌詞に意味を持たせない」などの初期のバンド制約も・いつの間にかなくなって、坂本さんは「テクノデリック」の「階段」で自然にピアノも弾くし、細野さんもベースを弾く。

何よりも当時「テクノデリック」期に、「そういえば細野晴臣って、もともとベーシストだったよな。今までYMOでは鍵盤ベースばかりやってたから忘れてたけど、彼は弦楽器のベースの人だった」って、今さらながらに気づいて衝撃でした(^^;)。☆「すっかり忘れてたけど、そういえばあの人、もとはベーシストだったよな。ベース弾いてたよね」って後々になって驚きつつ思い返すのって、YMOの細野晴臣と「ドリフターズ」の・いかりや長介くらいです、私の場合(^^;)。

結局、YMOのお三方って、良い意味で楽器演奏者のアイデンティティのエゴがない、柔軟な人達なんで。☆「俺はギタリストだから必ずギター弾かなければ気がすまない」とか、「自分の受け持ち楽器演奏では誰にも負けない誇りのプロ意識」などが希薄な人達。☆もともとやりたい自分の理想の音楽があって、「楽器の選択・演奏はそのための手段」って割り切ってる人達だから、変な「楽器テクニック至上のバカテク礼賛」とかにも走らない。

例えば坂本龍一なんか、昔はギタリストの渡辺香津美と「KYLYN」で一緒にやってたけど、途中から・いつの間にか疎遠になるでしょう。☆渡辺香津美さん、ギター上手くてバカテク連発な人だからスゴいんだけど、今はなきジャズ・フュージョン系の音楽雑誌「アドリブ」の人気ギタリスト投票で渡辺さんが1位に選ばれたりすると、「あっちの方向に行っちゃって、渡辺香津美ヤバいよね」みたいに坂本さん、なるでしょう(^^;)。☆演奏楽器の選択や演奏技術テクニック云々は、あくまでも音楽体現のための一つの手段って案外、醒めた目のフラットな意識ですね。☆「楽器演奏者のアイデンティティのエゴ」は、やっぱり一種の「惑溺」でしかない…っていう(^^;)。

細野晴臣だって、(少なくとも私自身)彼がベーシストであることを途中から忘れてしまうくらい、細野さんは「自分はベース担当のミュージシャン」縛りに全く無頓着で。☆細野さんは自分がYMOの言い出しでメンバー集めたから、YMO活動時は自分独りだけ「禁欲」してなかなかソロ・アルバム作りませんでしたが、最後の方になって・やっとソロの「フィル・ハーモニー」解禁して作るでしょう。

あのアルバムも、「俺はベーシスト」云々の縛りが全くなくて、打ち込みで全部ほぼ独りで自由に自在にやってるでしょう。☆それでアルバムのライナーに普通のミュージシャンがバック・バンド紹介するように、逐一細かく使用機材の名前上げて、機材の写真もアップして擬人法(?)でメンバー紹介ならぬ、機材紹介やってて、「細野晴臣、演奏者アイデンティティの束縛がなくて、自由でクールでカッコいいなぁ」って私は思った(^^)。

個人的に細野晴臣のソロで一番好きなのは、「ボディ・スナッチャーズ」が入ってる「SFX」とか、「FOE」プロジェクトの頃ですね(^^)。☆FOEは「ミニストリー」(Ministry)みたいな圧の強い過激なインダストリアル・メタルで、細野さんの一連の仕事の中で特に好きでした。

さて、前述のようにアルバム「テクノデリック」は非常にリラックスして、やや・くつろいだ楽曲群なんだけど、その反面リラックスし過ぎて緊張感なく、ダレた内容になってるのも事実。☆何よりも似た感じの楽曲が多い。☆「新舞踊」と「京城音楽」は、何か曲の感じもリズムも似てるし、「階段」と「灰色(グレイ)の段階」は曲コンセプトが・これまた似たような「階段」と「段階」で重複するから、どちらかをボツにして外すべきだろう、と普通に思いますけど、両曲とも・そのままアルバム収録したりする…。

またラストに「前奏」と「後奏」の2曲、連続して無造作に入れてますが、アルバムの全体構成の曲順を妥当に考えたら、最初の1曲目に文字通り「プロローグ」の「前奏」を持って来て、その後で2曲目を「ジャム」にして、ラストの終わりの締めくくりで静かに「エピローグ」の「後奏」を聴かせてアルバム終わらせた方が良いのでは…私なんかは数十年来、YMOの「テクノデリック」に関し・ずっとそう思ってた(^^;)。

あと「テクノデリック」は、言わずと知れた「サンプラーを本格的に使用した世界初のアルバム」ってことになってますけど、YMOのサンプラーの使い方が玄人プロの使い方で地味すぎる(^^;)。

サンプリング音の切り貼りの使い方が、「工場ノイズのボーリング音」とかならインダストリアルで分かりやすくて良いと思うんですけど、その他「大豆缶を叩いた音や、足の関節の裏のふくらはぎを手で押さえて『プッ』って言わせる音をサンプリングして使ってます」って、後日談のインタビューで高橋幸宏さんが言ってて、サンプラーの使い方が何か地味…。☆「せっかくの新兵器のサンプラーを分かりやすく使わないYMOのサーヴィス精神の欠如…遊び心の精神的余裕のなさ…」というか。☆もう中期YMOの頃には、初期の「ライディーン」や「テクノポリス」の時のように、お三方ともマスに迎合のサーヴィス精神、あまり発揮してくれなくなってました…ね(^^;)。

そして後々になって、トレヴァー・ホーン(Trevor・Horn)の「アート・オブ・ノイズ」(Art・of・Noise)の一枚目を聴いた時、「サンプラーの使い方うまいな」って思った。☆「車のドアをバタンと閉める音」とか、「車にキー差し込んでエンジン吹かす音」など、分かりやすい派手で大きな音をサンプリングで切り取って大ざっぱに大胆に切り貼りしてるから、アート・オブ・ノイズのやつは、すごく分かりやすい。

トレヴァー・ホーンなんてZTTレーベルの人で、元々あの人はキャリア長いくせに結構いい加減で大ざっぱな人だから(^^;)、もちろんリスナーのことを考えて、素人っぽく・わざと分かりやすく大胆にサンプラー使ったわけでは絶対なくて、何も考えずに普通に彼なりに・いつも通り大ざっぱにやったら、たまたま分かりやすくなっただけのことですが(笑)。☆アート・オブ・ノイズの「誰がアート・オブ・ノイズを…」のアルバムは結果的に、衝撃的なサンプリング音を使った世界的名盤になった(^^)。

そういった玄人・地味なサンプラーの使い方もあって、YMOの「テクノデリック」が「世界初のサンプラー本格導入アルバム」とかいわれても、当時から私自身あまりピンとこなかったわけですが、でも…まぁ…しかし…高橋曲のタイトなリズムの「ジャム」もあるし、坂本曲のファンキーで明るい「体操」も入ってるし、「テクノデリック」は、やっぱり絶対に外せないYMOのアルバムですね(^^)。

YMO伝説(4)「BGM」

0acc1eef.jpg「YMO」のアルバム「BGM」。☆このアルバムは、「壮大なファン切り離し」の中期YMOの時代に突入の契機となる音源。

アルバム「BGM」と「テクノデリック」、あまりにも暗くて地味で非商業的、しかしながら密かに玄人ウケするテクノのラディカルで前衛な音に、今まで「ライディーン」や「テクノポリス」みたいな分かりやすい明るい楽曲が好きだったYMOファンの熱が一気に醒めて皆が離れていく…レコードの売り上げも一気に急降下…という(^^;)。

でも、逆にいえば、この「BGM」や後の「テクノデリック」を好きな人は、本当にYMOが好きな人。☆たぶん、後々も離れず・ずっとファンでいられる人じゃないかな…と思う。

皆さん・ご存知の通り、アルバム「BGM」の制作時にメンバーの坂本龍一と細野晴臣の仲が悪くなりますね(^^;)。☆当時の細野さんとの確執について、坂本さんは「よくレコーディングすっぽかしてた」とか、「大喧嘩になることを避けて、細野さんとは・あえて顔合わさなかったし、極力・話すのを避けてた」。

しかしながら、坂本と細野の間に入った高橋幸宏。☆幸宏さんは本当にいい人ですから(^^)、気を使って「ぜんぜん・みんな仲悪くなんてないですよ。坂本君もレコーディングすっぽかしてないですし、普通にスタジオで3人で相談しながらやってました」とかフォロー入れたりするんですけど、もう片方の当事者の細野さんが、「当時は、教授はハレモノでしたね、コミュニケーションが僕と・あまりとれてなかったから」とか、後のYMO再結成時に「昔は・あんなに反抗してた坂本君が、今ではYMOは自分の人生の中で大事な部分って言ってくれるなんて…」など案外あっさり発言したりするんで(笑)、「やっぱり坂本と細野の不和の確執は、当時あったんだな。それにしても幸宏さんの、『ぜんぜん・みんな仲悪くなんてないですよ』の、せっかくのフォローが水の泡」とか正直、思ったりした(^^;)。

坂本龍一と細野晴臣の不和の確執って、直接的には「BGM」のレコーディング方針をめぐる対立だったはずですけど、元々は主に坂本さん自身の問題というか…少なくとも以下のような理由の背景があったと思われる(^^;)。

まず、坂本龍一がYMO以前にバンドに属して音楽やる経験がないため、もともと他者との協調性に欠けていた。☆坂本さん、昔はバリバリに学生運動やってた全共闘世代の人だから、その世代の人にありがちな、個人を抑圧する集団組織に対する根源的不信感もあって、たぶん拭いきれなくて、組織に縛られたくない根っからの自由人。

例えば、細野晴臣なら「はっぴぃえんど」、高橋幸宏なら「サディスティック・ミカ・バンド」など、今までバンド活動やってきて、他の人と協調してやること知ってるのに、坂本さんだけは、これまでグループ活動経験なく、たぶんスタジオ・ミュージシャンの何でも屋のヘルプの延長でYMOやってたから、この人は当時「自分の才能がYMOのバンドに吸い取られる…」と本気で思い込んでたフシがあって(笑)。☆それで、坂本龍一はYMO本体から距離をとってバンドのチームワークとは無縁で、「BGM」当時は不安定に独りフラフラしてた(^^;)。

次にYMOで皆で「BGM」作る以前に、すでに坂本龍一だけソロ・アルバム「B-2ユニット」を作って、先取りで非商業的な実験的音楽をフライング気味に独りで早くもやってしまってた。☆坂本ソロの「B-2ユニット」は相当にトガがったラディカルな傑作アルバム。☆とくにアルバム収録の「ライオット・イン・ラゴス」は名曲で細野さんの激賞あびて、例外的にYMO本体のツアーライヴで演奏されたりしますが、「坂本!『ライオット・イン・ラゴス』級の名曲は、フライング気味にソロで一人でやるんではなく、YMO本体のアルバム『BGM』制作時に持っていって、YMO名義でアルバム『BGM』に初出で入れるべきだろ!!」と正直、私は思った(^^;)。

繰り返しますけど(^^;)、「B-2ユニット」は本当に素晴らしいとしか言いようがない、坂本龍一の全音楽キャリアの中で確実に上位に入る、後々まで残る最高アルバム。☆あそこまで根源的でラディカルで、非常にトガった非商業的な音楽を突き詰めてやってしまうと、たぶん坂本さん自身、相当に消耗しただろうし、精神が荒廃してアルバム「B-2ユニット」は・まさに「劇薬」だから、次のアルバム「左うでの夢」の頃には情緒的な揺り戻しが起きて言葉が恋しくなり、本当は歌下手なのに(^^;)、坂本さん自ら無理して歌うような、文字通り「スナオ・サカモト」で自らに歌を課すリハビリが必要になってくる。

そんなソロの「B-2ユニット」を作り終えた後の坂本氏の荒廃した精神状態で、さらにYMO本体での「BGN」の制作…。☆「坂本さん、個人仕事の『B-2ユニット』で非商業的な実験的音楽、自分だけ先取りで独りで徹底的にやり尽くし、独りで勝手に燃え尽きてて、気分的に細野・高橋両氏と一緒に『BGM』みたいなラディカルな音楽さすがに、もう作りたくない」っていう(^^;)。☆そういった「ボタンの掛け違いの精神的気分のズレ」みたいなのが坂本龍一とYMO本体、特に細野さんとの間にあったと推察される。

さらには、坂本自身の細野と高橋に対する音楽的な失望…というか。☆これは後に坂本さんが述べてて、「細野さんと直接に知り合うまでは、とにかく・ものすごく音楽のこと研究してて・よく知ってる人だろうなって思ってたんだけど、YMOで一緒にやってみたらクラッシックとかヨーロッパのテクノとか全然、聴いてなかった。細野さんって100パーセント、アメリカン・ロックが素地な人なのね」っていう結構、身も蓋もないコメントがあって(^^;)。

確かにYMO結成時の最初のコンセプト「マーティン・デニー(Martin・Denny)のエキゾチック・サウンドを電子楽器のシンセサイザーでディスコ仕様でやる」っての考えてメンバー集めたの細野さんですけど、当時・細野さんがお気に入りで好きだったのって、ジョルジオ・モロダー(Giorgio・Moroder)とかロビン・スコット(Robin・Scott)の「M」とか、どちらかといえばトホホな一発屋のディスコ・ヒットな人達でしょう(^^;)。☆「細野さんも幸宏も最初の頃はクラフトワーク(Kraftwerk)とかノイ(Neu!)とか全く知らなくて、そういったジャーマン・プログレ的なものや、スロッビング・グリッスル(Throbbing・Gristle)のような過激なパンク・ノイズの実験的な音、彼らはYMOになって僕経由で初めて聴くようになった」といった坂本さんのコメントも(確か)以前にあったはず。

坂本龍一は理論派で、あだ名が「教授」だから…ね(^^;)。☆結局、彼はクラッシックからテクノからロックまで教科書的に聴いて理論研究的に分析して音楽作ってたと思うんです。☆でも、細野さんなんか本当にナチュラルな生まれつきの音楽の天才で、海千山千の経験豊富な実用的プロのミュージシャンだから、テクノもディスコも民族音楽も自由に聴き、勘で本質つかんで・その都度アイデア借用し独自に加工して自在にやっていた…経験的に音楽作ってた…少なくともYMO活動時の坂本龍一には、そう思えた(^^;)。

だから、アルバム「BGM」作る時でも、「たぶん細野さんはブライアン・イーノ(Brian・Eno)経由だと思うんだけど、もとを正せはエリック・サティ(Erik・Satie)の『家具の音楽』みたいなことを『BGM』のバック・グラウンド・ミュージックの環境音楽としてやりたいわけでしょう。今さらサティの真似みたいな、そんな孫引きなことやったって…」とか、細野・高橋共作の、もろ「ウルトラヴォックス」(Ultravox)な「キュー」に関し、「ここまで露骨に真似していいわけ!?」って坂本氏は、なるわけです(^^;)。

坂本龍一は、割合と醒めた目で相対的に海外の音楽聴いてて免疫あるから、細野や高橋のように「イギリスの音楽シーンと日本のシーンが見事に重なり合って、英国ニュー・ウェーヴのウルトラヴォックスに東京テクノのYMOが共鳴する…地球規模の音楽で素晴らしい同時代性の体現」といった線には安易に行かない。☆「細野さんも幸宏も『キュー』みたいな、そのまんまな曲作っちゃって、本当に勘弁してよ」っていう坂本氏ボヤキの不穏な空気がYMOのバンド内に立ち込める(笑)。

アルバム「BGM」を引っさげてのツアー「ウインター・ライヴ」の映像見てると面白いですね(^^)。☆坂本さん「キュー」が嫌いで鍵盤弾きたくないから、「ライヴで『キュー』やるなら僕にドラム叩かせてよ」って言って、「キュー」の時に「コノヤロー、チクショー」って憎しみの怒りをスティックに込めながらキレ気味に太鼓を叩く殺気立った坂本龍一の姿が↑↑。☆私なんか毎回「ウインター・ライヴ」の映像見て、「キュー」での「坂本・怒りのドラム」に大爆笑ですよ。☆あれは何度、見返しても大爆笑で笑える(^^;)。

ウルトラヴォックスといえば、私も個人的には・そんなに好きではなかった。☆だから、もちろんYMOの「キュー」の曲も、そんなに好きじゃない(^^;)。☆ただウルトラヴォックス関連では、ジョン・フォックス(Jhon・Foxx)のソロ・アルバム「メタル・ビート」。☆あれは、良かったですね。全体的に・ゆるいシンセの音色がゲイリー・ニューマン(Gary・Numan)みたいで(^^)。

さて、YMOのアルバム「BGM」肝心の中身の音楽に関しての印象は、高橋幸宏のロマンチックな甘さ、坂本龍一の冷たい攻撃性、細野晴臣の海千山千な・すっとぼけた感じ(笑)。☆中でも、やる気なくて自身の過去の楽曲に再度手を入れて、案外適当に・いい加減に提出した坂本曲が、意外に良い出来ではないですか。☆「千のナイフ」なんて、「BGM」収録の新バージョン1曲のみで、坂本ソロ・アルバムの昔の「千のナイフ」収録全曲を吹っ飛ばして打ちのめすくらい、インパクトの破壊力があると個人的には思う。☆事実、私は「BGM」収録の新しい「千のナイフ」聴いた時から、何か昔の「千のナイフ」のアルバム、もはや聴きたくなくなって、全く聴く必要なくなってた(^^;)。

あとは、これまたダブ仕様の「もう・ここいらでYMO解散させて、文字通り『ハッピー・エンド』でバンド終わらせましょうよ、細野さん」くらいの勢いの破れかぶれな坂本曲「ハッピー・エンド」か、他にはカタカタいうドラム音のテクノな「ユーティー」が、個人的に好きですね(^^)。

また「『BGM』は『バレエ』など幸宏の曲が全体にロマンチックで甘すぎる…幸宏曲がなければ、より荒廃してラディカルな、今よりもっと訳の分からない作品になってたでしょうね」っていう坂本龍一による、アルバム「BGM」評が実に的確で秀逸だと私は、いつも思う(^^)。

YMO伝説(3)「パブリック・プレッシャー」

0acc1eef.jpg「パブリック・プレッシャー」は、「イエロー・マジック・オーケストラ」(Yellow・Magic・Orchestra)、略して「YMO」の初期ワールド・ツアーのライヴ盤(^^)。

この「パブリック・プレッシャー」には、有名な話があって。☆もともと当時のワールド・ツアーはオリジナル・メンバーに加え、ギターの渡辺香津美氏に帯同してもらってYMOはライヴに臨んでた。☆なぜかといえば、YMOは本当はギターになんて興味ない、「ギターレス」の鍵盤とドラムのテクノ・バンドなのだけど、機材の調整で曲データのロードに時間がかかる。☆データのロードを、いつもライヴ中に同時進行で自転車操業的にギリギリでやる。☆だから、その間、渡辺さんに間奏のギター・ソロやってもらって時間を稼ぐ。

渡辺香津美という人は、当時から日本でも屈指なギターの上手い、バカテク連発な人で、彼が早弾きのアドリブなんかでギター・ソロやると現地では・すごいウケるんだけど、渡辺さんの長いギター・ソロがジャズのそれみたいになってしまう…。☆YMOの3人は、元々テクノやりたくてYMOからフュージョンやジャズの要素を排除したいのに、ライヴで機材調整の時間繋ぎで前に出てギター・ソロやる渡辺香津美をメンバーはステージ後ろで醒めた目で見ながら、「ジャズになってるなぁ」って(^^;)。

そしたら「パブリック・プレッシャー」の音源発売時に、レコード会社の権利関係で渡辺香津美のギター音入れられなくなって、渡辺ギターのフュージョン・ジャズ的なものが偶然にも排除され、代わりに渡辺香津美のギター部分を坂本龍一が、わざとヘタウマで稚拙にシンセで弾いて音を差し替えた。☆結果、「パブリック・プレッシャー」は、奇跡的にニュー・ウェーヴでテクノなライヴ・アルバムになる…んですね(^^)。

この話、個人的に・ものすごくよく分かる(^^)。☆渡辺香津美っていうギタリストは、偉大です。☆日本のギタリストの中で必ず上位に来るべき人。☆テクニックや出すギターの音色云々で、個人的には渡辺香津美さんと、「カシオペア」(Casiopea)の野呂一生さんは、同時代の他の人達よりも頭一つ抜けてると思います。☆渡辺香津美なら、アルバム「スパイス・オブ・ライフ」。☆野呂一生のカシオペアなら、まだ櫻井哲夫や神保彰がリズム隊だった初期カシオペアのライヴ音源「パーフェクト・ライヴ」がスゴい。

結局、渡辺香津美も野呂一生も、一小節にどれだけ多くの音を詰め込めてミスなく早弾きでスラスラ弾けるか…ギターを弾く人間の限界に挑戦するような(笑)、スポーツ選手みたいにギターと音楽に向き合う人達。☆だから、バカテクでスゴいんだけど、そこには音楽家としての作家性やオリジナリティの創造性の広がりはない…。☆ギターを持ったスポーツ選手だから(^^;)。

坂本龍一は、YMO以前に渡辺香津美と「KYLYN」とか一緒にやってて、渡辺さんの・そういった力でねじ伏せてテクニック至上に走る、「ギターの体育会系魂」に魅せられ、引きずられる渡辺香津美を前から知ってるわけでしょう。☆それで、YMOツアーでギタリストの体育会系たる渡辺香津美のギター・ソロを醒めた目で眺めて、坂本氏いわく「ジャズになってるなぁ」だと思うんですよね(^^;)。

だったら、渡辺香津美のフュージョン・ジャズ要素ではない、「いかにもYMOな、細野・坂本・高橋の公認ギタリストは一体、誰なのか?」。☆その答えは、YMOの初期ワールド・ツアーから20年以上経って2000年代の21世紀になって初めて明かされるわけです。☆すなわち、「いかにもYMOな、細野・坂本・高橋の公認ギタリスト」って、元「フリッパーズ・ギター」(Flippers・Guitar)の小山田圭吾君だった(^^)。

この話も、個人的に・ものすごくよく分かる(笑)。☆小山田君ってギタリストとしては、やっぱり渡辺香津美さんとは対極の人ですよ。☆ジャズ・フュージョン系の長いアドリブ・ギター・ソロとか好きな人でないし、ジャズ的背景の素養が希薄な人だし。☆また小山田君は、渡辺さんみたいにギター・テクニック至上主義な人でもないし。☆小山田君が「コーネリアス」(Cornelius)で「69/96」のアルバム作ってた時なんか、むしろヘビメタやハードロックのギタリストにありがちなテクニック自慢で自己陶酔なギターの伝統的様式美、馬鹿にしてパロディ化してた程の人だから(^^;)。

彼はキーボードで鍵盤叩くように、ギターの音出したり、ワンタッチで軽くギターのフレーズを曲中に入れたりすることができる人。☆そういったギター・アプローチが「いかにもYMOな感じ」、私はする。☆近年のYMO再結成や・それに類するユニット、坂本さんのソロ仕事のギターに小山田君が呼ばれるのは、そういうことだと思います。

さて、「パブリック・プレッシャー」の中身の音に関しては、1980年代リアルタイムで私は「ライディーン」の7インチ・シングルのレコード持ってて、そのB面に、後に「パブリック・プレッシャー」に収録されるライヴの「コズミック・サーフィン」が入ってた。☆それを、まず聴いて「おう!」って、当時は思いました(^^;)。☆それから「パブリック・プレッシャー」のレコード購入した。

やはり、あのライヴの「コズミック・サーフィン」は、ものすごくロック魂炸裂というか、もともと「ベンチャーズ」(Ventures)がギターで抑揚つけてノリノリで弾くような主旋律を、代わりにキーボードで「波乗りサーフィン」のように熱くやるっていうコンセプトの曲だから、ライヴ仕様の「コズミック・サーフィン」、あの熱い盛り上がり具合が良いですね(^^)。☆松武秀樹さんが「コズミック・サーフィン」の曲中でビュンビュン飛ばしまくるSEの効果音も、音数多くて音量デカい(笑)。

あと「パブリック・プレッシャー」に関し、皆さんよく言われるように、レコードの最後で「ビハインド・ザ・マスク」の頭のイントロが・かすかに入ってて、「アルファ・レコードは、まだまだワールド・ツアーのライヴ音源持ってるんだな」と当時、私も思いました(^^;)。☆事実、ワールド・ツアー終えて日本に帰ってきたら、シングルの「ライディーン」が大ヒットでYMOは人気者になってて、さらに「パブリック・プレッシャー」がオリコン第1位になって、アルファ・レコードは、蔵出しライヴの第二弾「パブリック・プレッシャー2」を出そうとしてた。

そしたら、細野さんが「ライヴの演奏状態が良くないから…」とかで、「パブリック・プレッシャー2」発売の企画を断って、「YMOは確実にキテるんだから、今なら何出したって売れる。何でもいいから、とにかくレコード出してよ」ってアルファの社長に言われ、「だったらスネークマン・ショーっていう面白コント集団がいるんですけど、彼らとコラボのミニ・アルバムでもいいですか?」みたいなことになって、「パブリック・プレッシャー」の後に、スネークマン・ショーとコラボの企画ミニ・アルバム「増殖」が出ますね(^^)。

後に・だいぶ経ってから、渡辺香津美さんのギターが入った「パブリック・プレッシャー」修正前バージョンのライヴ・アルバム「フェイカー・ホリック」、私は聴きました。☆音質、アレンジ、オリジナル曲の再現性…その他もろもろ考えて、「ライヴ盤の『パブリック・プレッシャー』は一枚で充分。パート2は出さなくて正解だったな」。☆正直、今でも私は・そう思います(^^;)。

YMO伝説(2)「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」

0acc1eef.jpg「イエロー・マジック・オーケストラ」(Yellow・Magic・Orchestra)、略して「YMO」の2枚目のアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」。

このセカンド・アルバムのジャケットに細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏の3人が載ったことは、やはり大きかったと思います。☆これで「YMOは細野と坂本と高橋」って、世間一般に広く強く印象づけられたから(^^)。

同様に、次の企画ミニ・アルバム「増殖」でも3人のマネキンが、たくさん立ち並んで「増殖」。☆もともとYMOコンセプトのネタ元が北京交響楽団で、共産圏の均質な人民で(だから中国の人民服着てたりするわけですが)、「交響楽団風の・いかにもな整然とした均質な顔つきで個性を出さずに、汗をかかずクールに黙々とシンセサイザーで演奏する」だった。

均質、没個性、共通規格、大量生産…はテクノ音楽のパブリック・イメージとして普通にあって、だから「増殖」も細胞分裂で同格同種な人物マネキンが、どんどん増えていく…案外ベタで定番なテクノのイメージなタイトルとジャケットですね…アルバム「増殖」っていうのは(^^;)。

さて、「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」までのYMOの音楽は、といえば、これは以前に「電気グルーヴ」の石野卓球氏が見事に喝破したように、「初期のYMOはテクノではなく、ただのシンセ・バンド」。☆なるほど、「初期のYMOは、ただのシンセ・バンド」(笑)。☆よくよく考えたら「YMOの最初の1曲目」といえば、マーティン・デニー(Martin・Denny)の「ファイアークラッカー」なわけです。☆あの曲をシンセサイザーの電子楽器でやるのが、そもそもの始まり。☆例の有名なYMOの結成話で、細野が坂本と高橋を自宅に招いてYMOに勧誘。☆おにぎり食べながらノート見せて、「富士山が爆発して400万枚」っていうやつね(^^;)。

マーティン・デニーの「ファイアークラッカー」なんて、いわゆる「エキゾチック・サウンド」で、大人がリビングでソファーに座ってワインでも飲みながら高級オーディオ装置で聴くような、実は相当に保守的でコンサバな音楽。☆正直、若者向けのテクノや後々のニュー・ウェーヴとは明らかに違う気がする(^^;)。

YMOが在籍の「アルファ・レコード」の社長も、当時はテクノなんていうジャンルの音楽知らなくて、最初から「YMOはフュージョンのバンド」って認識で、後に発売のファースト・アルバムの海外盤(US版)も、確か米国のフュージョン専門レーベルから出てたはず。☆当時、アルファ・レコードには野呂一生氏率いる、フュージョン・バンドの「カシオペア」(Casiopea)がいたので、「そのカシオペアと同列ジャンルの音楽でYMO」っていうアルファの会社関係者の認識。

しかし、当のYMOのメンバーは実は志高く、細野さんを始めとして皆が、「クラフトワーク」(Kraftwerk)が「アウトバーン」で全世界で売れたようなテクノなバンドのイメージでの海外市場での売れ方を密かに狙っていた…という(^^)。

だがしかし、例えば「コズミック・サーフィン」なんか、昔に細野さんがクロスオーバーとかいって、もろフュージョン音楽やってた時に作った既出曲だし、曲自体は普通のフュージョンなんだけど、ただ表面の音色がコンピューターの音になってるだけで、あれはテクノじゃない…ですね(^^;)。☆同様に「マッド・ピエロ」なんかもピュン・ピュンやたらコンピューター音を飛ばしてるけど、テクノじゃない…表層の音色に騙されてはいけません(^^;)。☆その他、「ライディーン」は普通のディスコ曲。☆「ビハンド・ザ・マスク」も、シンセサイザーの美しい音色を前面に出したシンセ・ミュージックな曲。

だったら、「どんな曲がテクノなの?」、「そもそもテクノって何?」、「YMOの中でテクノな曲は何ですか?」ってなりますね(^^;)。☆絶対に必ず異論反論・噴出と思いますが(笑)、私が個人的に考えるテクノの定義は、以下のようなもの。

「シンセサイザーやリズムボックスの電子楽器を使うの前提で、良い意味で音楽自体がアマチュアリズム、曲そのものが完成されてない、解体芸の要素があって革新的な新しい音楽」。

ただ単に電子楽器のシンセサイザー積み上げて、サンプラーも使って…云々はテクノじゃない。☆名指しで失礼で誠に申し訳ないですが(^^;)、例えば冨田勲氏とか喜多郎さんとか、確かにシンセ使ってるけど、ただ電子の音色ってだけで、やってる音楽自体は普通の曲、むしろ異常に保守的な音楽(だと少なくとも私は思う)。☆「YMOの第四のメンバー」といわれた松武秀樹氏の「ロジック・システム」(Logic・System)も、電子の音色は抜群なのに案外、曲自体は無難で常識的。☆松武さんは富田氏の弟子だし、彼はミュージシャンというよりは、どちらかといえばエンジニアの技術屋に近い人だと思う。☆「やっぱ、シンセやコンピューター使ってピコピコな音を鳴らしてるだけじゃ必ずしもテクノにならないんだな…」っていう(^^;)。

よくテクノの文脈で言われるのは、コンピューターが出てきたおかげで、プログラミングのデータ打ち込みで機械を通じて譜面の音楽が再現・演奏できて、従来の音楽家みたいに楽器演奏の技術習得の鍛錬が要らなくなったこと。☆ゆえにテクノは、アマチュアリズムの音楽っていう。☆YMOのアルバム「BGM」収録の坂本曲に「音楽の計画」というのが、あります。☆「ただ音楽的感性のセンスがあって、当人の頭の中で音が鳴って『音楽の計画』ができていれば、そのまま機械を介して実際に曲ができてしまう」っていう意味の歌詞。☆電子機器を使ったら、楽器演奏の熟練技術は、もう要らない。☆楽器練習の修行時代を経なくてもよい。☆「良い意味で音楽自体がアマチュアリズム」。

あとテクノって、これはダンス・ミュージックも同じだと思うんですけど、聞き手を・うならせる何か一つの必殺のフレーズとか、特徴的なリズムがあれば、あとはそれをループの反復で延々と繰り返して楽勝で・すぐに一曲完成みたいな、非常にチープで・ちゃちな音楽だと思うんです。☆「チープで・ちゃちな音楽」とかいうと、何だかよく考えられてない、作り込まれてない粗悪品の音楽みたいにマイナスに思われがちですけど、テクノなんて明らかに高度資本主義の消費社会にて流通するサブカルチャー文脈の身軽な音楽で、伝統的なクラッシックや声楽オペラとは対極にある軽さ、まさに「ポップ」な音楽ですよ(^^)。

それで何か耳に残る必殺のフレーズやら、変則的リズムを一つ思いついたら、もしくは魅力的なメロディーを見つけたらサンプリングで流用しコラージュ的に別文脈解釈で重ねて・つなぎ合わせたりして、それだけで・もう曲ができてしまう。☆従来型の音楽のように、しっかりした曲構成や曲展開、Aメロ、Bメロやサビなどの曲パーツ一式揃いの必要性はない。☆ただ一つの特徴的な優れたメロディーやリズムを反復で、ひたすら繰り返せばよい。☆特出した未完成の部分パーツが、ごろっと剥き出しで単独で単体であって、きちんとした曲構成を成して完結してない、いわゆる「解体芸の新しさ」として革新的で非常に魅力的な音楽。☆それこそが、テクノ(^^)。

では、「YMOの中でテクノな曲は何ですか?」。☆私は、アルバム「BGM」収録の「ユーティー」と、アルバム「テクノデリック」収録の「ジャム」の2曲を「YMOの中で・これこそテクノな楽曲」として挙げたい。☆実際に、この2曲は個人的に・かなり好きですし(^^)。

「ユーティー」は、常にカタカタ鳴る、非常に耳に残るトリッキーなドラム、あれを思いついた時点で「ユーティー」っていう曲は完成ですから(笑)。☆全体の曲展開とか曲構成とか関係なくて、あの変則ドラムなリズム音素材があるだけで、もう立派なテクノ。☆あのカタカタいうドラムは、以前に作ったCM曲「開け心・磁性紀のテーマ」の時からあって、そのまま使い回し…ですね(^^;)。

もう一つの「ジャム」なら同様に、最初から最後まで繰り返されてる「レ、ファ、レ、ファ」の鍵盤ループ。☆あれを思いついて繰り返し反復した時点で「ジャム」は、テクノです。☆「ジャム」に関して、よく言われるような「歌い出しがビートルズの『ペイパーバック・ライター』のようだ」とか、「高橋幸宏のジャムについての歌詞世界がシュール」なんていうのは、枝葉な話で・あまり重要じゃないと私は思います。☆「ジャム」は、「レ、ファ、レ、ファ」フレーズの鍵盤ループを思いついて繰り返した時点で決まりな、テクノ曲ですので(^^)。

以上のようなテクノの定義でいうと、YMO以外の海外バンドでは、やはりクラフトワークがやってる音楽が、「電子楽器でアマチュアリズムで解体芸で革新的」で、あれこそテクノといえるのではないでしょうか(^^)。☆クラフトワークはベテランで、古くから電子楽器使って音楽やってるので、昔は電子楽器の性能が・かなり良くなくて、音を・たくさん出すとボロが出るから、わざと音数を減らすっていうの彼らは意識的にやってた思うんですけど、機材が良くなった近年でもクラフトワークは、比較的・音数が少ない。☆音数少ないから一つ一つの音が重くて広がりの余韻があって、「テクノ本領の解体芸の極致」な感じ、私はする。☆機材が良くなっても、あえて音を重ねて入れない、過剰にクドくしない適度な空白が、彼らが志向する「レトロ・フューチャー」の原始未来のテクノなイメージに・ぴったり合致する、という(^^)。

クラフトワークのアルバムなら、「コンピューター・ワールド」か「人間解体」あたりが、ベストなテクノ。☆また近年のアルバム「ツール・ド・フランス」も、一つの音ネタで強引に一曲作り上げる手法が・まさにテクノ。☆「クラフトワークは相当に上手いなぁ」と個人的に思います(^^)。

とにかくYMOでいえば、例えば「東風」なんていうのは、明らかにテクノじゃないです。☆あの曲は、テクノにするには・もったいない位、よく出来てます。☆メロディーがよくて、曲の各パーツも揃ってて作りが重厚で・しっかりしてて、完成してる。☆テクノよりかは、むしろクラッシックで本物のオーケストラでやったり、ピアノ単曲で弾きまくる名曲だと思います。☆とりあえず、「東風」はテクノには、もったいない程よく考えて作られた良曲(^^)。

坂本作の「東風」は色々なバージョンありますけど、1980年代の「音楽図鑑」制作時の坂本龍一を追跡したフランスのドキュメント「トーキョー・メロディー」の中で、坂本さんが矢野顕子さんと2人並んで座って連弾する、ピアノ・バージョンの「東風」が私は昔から好きですね(^^)。

YMO伝説(1)「イエロー・マジック・オーケストラ」

0acc1eef.jpg今回から数回に渡り、「イエロー・マジック・オーケストラ」(Yellow・Magic・Orchestra)、略して「YMO」の特集やりましょう。☆題して「YMO伝説」。

ただ・あらかじめ最初に述べておくと、私はYMOに関して、そんなに詳しくないので(^^;)。☆確かに、以前から何となくYMO周辺のテクノな音楽が好きですけど、実はそんなに熱烈なYMOファンだった…というわけではない。

前にYMO好きな方と話してて何気に「YMOが解散」って言ったら、「解散じゃなくて散開だろ!」とか訂正されて、もちろんYMOの場合は普通の「解散」ではなくて軍隊用語の「散開」使うの私も知ってましたけど、「あー筋金入りのYMOファンな方は、いちいち理屈っぽくて面倒くさいなぁ」って正直、思った(^^;)。

だいたいテクノ好きな方は文化系で教養あって普段から本なんかも・たくさん読んでて、音楽もよく聴いてて映画にも詳しいし、色々なこと・ご存知な方が多いので。☆何かハード・ロックやヘビメタ好きの、体育会系勢いのガテン系とは系統が明らかに違う「知識ある理屈っぽい人」が多いような気がする…。

例えばYMOの各氏同様、日本のテクノ界の偉大な先人、「Pモデル」(P-Model)の平沢進氏。☆彼が執筆のCDのライナーノーツ読んでると、非常に賢くて頭のキレる知性あふれる方で、平沢氏の前で生半可にテクノを語るとダメ出しされて怒られそうな怖イメージ、個人的にある(^^;)。

ちなみに、平沢氏のPモデルでの最良のアルバムといえば、ハイテンションなテクノの名曲「美術館で会った人だろ」を含む、ある意味パンクなファーストの「イン・ア・モデル・ルーム」と、「凍結」を経て「解凍」後の1990年代にに発表の、それまでの独り考え過ぎて自滅してた・いつもの理屈っぽさが抜けて、「テクノは原始の音楽だ。ただピコピコなるシンセの音色あれば楽しいから・それで良し!」って完全に吹っ切れた、すがすがしい平沢節・全開の2枚のアルバム「P-MODEL」と「Big・Body」で決まりでしょう。

そんなわけでYMOに関し、正確でないことや記憶違い、間違い記述あるかもしれませんが、そこはご勘弁頂き、とりあえずは・やりましょう(^^;)。

さて、YMOのデビュー・アルバムのファースト「イエロー・マジック・オーケストラ」。☆これには、国内盤と米国発売の海外盤(US版)があります。☆アルバム・ジャケットのイラストの派手さや、「東風」に吉田美奈子ヴォイスが入ってることから、海外盤の方をオススメしたい。☆このファーストの海外盤、昔のレコードの帯には「クラフトワークが脱帽し、ディーボが絶賛したイエロー・マジック・オーケストラ。全世界発売盤新装登場!」っていうコピーがあった(^^)。

ファースト・アルバムの楽曲で個人的に好きなのは、ミニマム音仕様な「コズミック・サーフィン」。☆後は、昔のレコードでいう怒涛のB面、いわゆる「ゴダール3部作」のノンストップ・シリーズですか…ね(^^)。☆「東風」から始まって、「中国女」から「ブリッジ・オーバー・トラブルド・ミュージック」を途中に・はさんで、「マッド・ピエロ」へ。☆ゴダールの映画で「中国女」と「気狂いピエロ」は何度も観たけど、「東風」だけは、なぜか機会なくて私は未見です(^^;)。

なぜヌーヴェルヴァーグのゴダール(Godard)かというと、、もともとテクノなバンドといえば、例えば「クラフトワーク」(Kraftwerk)みたいに無機質なマネキンのように、例えばゲイリー・ニューマン(Gary・Numan)みたいに感情なくしたアンドロイドのように、例えば「ディーヴォ」(Devo)みたいに皆が同じユニフォームの均質の没個性でやりたいYMOのテクノなバンド・イメージが最初にあって、共産圏の北京交響楽団のコンサートを・たまたま細野、坂本、高橋の3人で見た時、ああいう「交響楽団風の・いかにもな整然とした均質な顔つきで個性を出さずに、汗をかかずクールに黙々とシンセサイザーで演奏する」っていうアイデアが出てきて、だから「イエロー・マジック・オーケストラ」。☆「北京」が、「イエロー・マジック」の東洋魔術で、ゆえに中国の人民服なんか着て、「交響楽団」は・そのまま「オーケストラ」なわけね…たぶん(^^;)。

それで、その北京交響楽団からヌーヴェルヴァーグのゴダールにつながって行く。☆というのも、ゴダールは一時期、中国共産党の毛沢東主義に傾倒して「中国女」なんて映画、撮ったりしてたから。

特に坂本龍一と高橋幸宏が、ゴダールにハマってたらしい。☆坂本さん、新宿高校出身で昔は激しく学生運動やってた人なので、ヌーヴェルヴァーグ、まさに映画の「新しい波」で、撮影クルーが皆対等で上下の階層序列なく、それぞれが自分の役割をやる…加えて俳優も裏方スタッフも垣根なく平等で、機材撤収を俳優も協力して手伝う…みたいな、いかにもなフランスの共和政的伝統、そういったヌーヴェルヴァーグ文脈での激しい民主政、新しい映画制作集団の思想、坂本龍一は明らかに好きでしょう。

多分、そういった役割分担のみの過激な民主政をYMOのバンドに取り入れてやりたいわけ…ね…坂本さんは(^^;)。☆普通のロックバンドのように、ヴォーカルやギターの花形中心のスターがいて、ベースやドラムやキーボードは、あからさまに格下メンバー扱いのスター・システムは嫌で。

かたや高橋さん、あの人は裕福でハイソな家庭生まれの方で、日本人にしては珍しいくらいのヨーロッパ志向、本当に洗練されたロマンチックで・お洒落な人だから(^^;)。☆ヌーヴェルヴァーグの劇中、カラーの極彩色を使いまくりなファッションとか、高級な調度品や家具など好きだと思う。☆あと映画なのに、なぜか画面いっぱいに文字が出てきて文章読ませる、ゴダールの思弁的で知的な映画趣向とかも。☆とにかく高橋幸宏は、ヨーロッパ志向ですよ、幸宏さんにアメリカのヤンキー文化は似合わない(^^;)。☆幸宏さんは、普通にファスト・フードのハンバーガーは食べないし、アメリカのハリウッド映画は絶対に観ない…と思う…たぶん(笑)。

それで、まずは坂本龍一が「東風」を作り、高橋幸宏が「中国女」を作り、細野晴臣が坂本と高橋に引きずられて、それならと「気狂いピエロ」の「マッド・ピエロ」を最後に作る。

よくよく考えたらYMOのファースト・アルバムのプロデューサーは細野さんなんですよ…坂本や高橋と共同プロデュースじゃなくて(^^;)。☆YMOのコンセプト考えてメンバーを集めたのも細野さんだし、彼がバンド・マスターで初期YMOのプロデューサー「ハリー細野」だった。☆にもかかわらず、プロデューサーで年長の細野がイニシアチィブの主導権取らず、やんちゃで若い坂本と高橋の「ゴダール3部作」アイデアに引っ張られて、本当はヌーヴェルヴァーグなんて・あまり興味ないのに(笑)、付き合いで最後に「マッド・ピエロ」を仕上げる、細野晴臣の人の良さ(^^;)。

細野さん、見た目と同じく案外ボーっとしてて、のんびりで寛容な人だから。☆彼はYMOの主宰のリーダーでプロデューサーで、後に判明したように実は細野さんだけ、YMOに相当な私財つぎ込んで自身を賭けてYMOプロジェクト背水で始めてるんだけど、案外、坂本と高橋に好き勝手やらせる…細野さんが年長の年上で一応はリーダーなんだけど、先輩指導の強力なリーダーシップ発揮とかじゃなくて(^^;)、若い年下の坂本と高橋に本当に自由に、のびのびと勝手にやらせてた。

細野の・おっとりした人柄ゆえ、奇しくもヌーヴェルヴァーグの制作クルーみたいな3人対等のバンド内民主政の下で、坂本と高橋が、特に坂本龍一が自由勝手にやりたい放題やるわけ(笑)。☆それを、細野晴臣が寛容の精神発揮して黙認。☆しかし、高橋幸宏は坂本と違って、節度と協調性あるバランス取れた人だから、YMO内にてミュージシャンのエゴで突っ走る坂本の暴走に途中で気づき、細野さんに気を使って案外オロオロしたりする(^^;)。

後にアルバム「BGM」制作をめぐって坂本と細野が・とうとう険悪になって、二人が上手く行かなった時に高橋さんが気を使って坂本と細野の間に・わざと入ったりする。☆幸宏さんは、本当にバランスとれた、これまた寛容な良い人で、「いやぁ、僕はドラム担当なだけに坂本・細野両氏の太鼓持ちですから」とか、「ビートルズでいえば、坂本君と細野さんは2人とも才能あるポールとジョンで時に・ぶつかって、僕は間に入る・おもしろ担当のリンゴ」とか、あえて自分を落として軽く言ったりできる人(^^)。

YMOのお三方は、結局は仲良くて、1984年の最初の「散開」(「解散」じゃなくて「散開」ね)以降もよくYMOを再結成したり、別ユニットで3人でやったりしてます。☆細野、坂本、高橋のトリオが何度も・いつまでも一緒にやれるのは、時にやりたい放題の坂本、それを自由にやらせる細野。そして、空気読んで坂本と細野の間に上手い具合に入る高橋。☆対等で三者三様、役割分担が・しっかりしてて各自のキャラクターが安定してるからだと思う。

そういうのって、ファースト・アルバムの「ゴダール3部作」で、若い坂本と高橋がゴダールに・はまって、まず「東風」を作り「中国女」作って、そしたら少し大人な細野が遅れて、「しょうがないなぁ」って思いながら2人に合わせて「マッド・ピエロ」作って、途中で高橋が坂本と突っ走ってた我に気づいて、そっと細野にフォロー入れる…みたいな(^^;)。

後々まで続くYMOの人間関係の原型が、あのB面の「ゴダール3部作」にはあると思いますよ。☆だから、私はファースト・アルバムの「東風」以降の流れ、「いかにもYMOの三人らしい感じ」がして何か昔から好きなんですよね(^^)。

江戸川乱歩「世界短編傑作集5」

3ce0692e.jpg江戸川乱歩・編さん「世界短編傑作集」全5巻。☆結局5冊で完結というのが、ちょうどよい冊数だと思う(^^)。

よくあるセレクションの上・中・下の全3巻だと、何となく読み足りない気がする…。☆かといって、全集で・みっちり10巻まであったりすると、一気に10冊読むのは正直・疲れて飽きる。☆だから、「世界短編傑作集」全5巻で完結というのは、なかなか理想の巻数ではないか、と(^^)。

以下、収録短編についての軽い感想など。☆すみません↓↓。話の筋やトリックに触れた「ネタばれ」になっています。

まず、ベイリー「黄色いなめくじ」。☆「世界短編傑作」といいながら、これ例外的に長いです。☆80ページくらいある「中編」です。☆その分、「子どもの異常心理」も書いてて、読後にズシリと重厚な感触を与える作品になってます。☆個人的感想としては、並の普通(^^;)。

ディクスン「見知らぬ部屋の犯罪」。☆これは正統派の好作。☆カーター・ディクスン(もしくはディクスン・カー)、この人は上手いです。☆彼の短編集「不可能犯罪捜査課」を以前に読みましたけど、本当に粒ぞろいの本格短編連発で(^^)。☆短編って難しいと思うんです。☆字数少ないし、その中で犯罪の謎を提示して、最後の解決まで持っていかなければならないし、短い枚数でインパクトのある謎や事件、トリックを考えなくてはならないし。☆この「見知らぬ部屋の犯罪」は、部屋の作りや家具、備え付けの絵画が統一・指定されてる似たような部屋が、たくさんあるアパートで「部屋の一室が消失する話」。☆要するに、初めて部屋に入る人の・その部屋の状態の「初期条件」如何で皆が、それぞれ錯覚を起こして、あたかも「部屋が消失してしまう」ように見えるトリック。☆短編なのに堂々たる本格だ(^^)。

コリアー「クリスマスに帰る」。☆完全犯罪の完璧殺人の計画を練って・せっせと一生懸命やったのに、最後の最後で全ての努力が徒労の水の泡で、「お疲れさん・ご苦労さん・ご愁傷さま」っていう話。☆アイリッシュの「爪」。☆私は、こういうブラックなユーモア話、好きですね(^^)。☆一度読むと、これからレストランでシチュー食べるとき、必ず絶対に思い出します(笑)。

パトリック「ある殺人者の肖像」。☆父親が自分の息子に・おとしいれられ殺されるのだけど、息子のこと思って最期に・その犯行跡を消して静かに亡くなる「完全」犯罪もので、多少・ナニワ節っぽい話。☆学生時代、「ある殺人者の肖像」たる友人の屋敷に遊びに行って滞在し、友人の犯罪を目の当たりにした書き手の回想形式な展開記述も良い(^^)。

結局、推理ミステリーって読んで、その場で「あー楽しかった。面白かった」の即興の読み捨てで終わるのではなく、後々も読んだことや・その話の内容を思い出すような読後の印象の付け方、それが大切だと思うんです。☆そうでないと小説を読んで、すぐに忘れて、さらに別の作品たくさん読んで…の虚無的流れ作業になってしまうから。☆しかしながら、この「ある殺人者の肖像」などは読後にも強い印象や、ある種の感慨深さを引きずって、読み手の心に強く残るので、そういう意味では「安易に読み捨てられない、何かしら・ずっと読後も印象に残る」。☆「読者との戦いにおいて小説が勝っている幸運な例」だと思う。

探偵推理ミステリーに限らず、文学と呼ばれるものは、いずれも「簡単に読み捨てられずに、読者の心に後々まで心の爪あとの残す真剣勝負を堂々と読み手に仕掛けるもの」と私は思います(^^)。

ヘクト「十五人の殺人者たち」。☆これは医者たちが集まって、今まで「治療」と称してやった完全犯罪の殺人を、それぞれが告白するといった内容。☆しかし、最後はなぜか話が・さわやかな正義のほうに行く(^^;)。☆皆で集まって、これまでやった完全殺人を、互いに打ち明けて告白し合う話…私は、いつも江戸川乱歩「赤い部屋」を思い出す。

ブラウン「危険な連中」。☆これは短すぎて、何だかショートコントみたいな感じ。☆スタウト「証拠のかわりに」。それなりに面白いとは思うんですが、私は安楽椅子探偵のアームチェア・ディテクティブが好きではないので、イマイチ楽しめない(^^;)。☆現場には行かず、書斎の安楽椅子に座って関係者から話を聞いただけで、事件の重要ポイントやら解決の糸口やら果ては犯人まで、たちどころに分かってしまうって何か馴染まない。☆「探偵なら現場行けよ!ついで格闘アクションとかも、やれよ!」とか、つい思ってしまう…だから、ごめんなさい。

「世界短編傑作集」第5巻。☆この巻で完結なので、巻末にクィーンの「黄金の二十」のベスト選出の評論が、ついてます。☆最後に全巻振り返ってみて、「そういえば、チェスタトンのブラウン神父、乱歩はセレクト・チョイスしてなかったな」って何となく思った。☆しかしながら、何はともあれ、創元推理文庫、江戸川乱歩・編さん「世界短編傑作集」全5巻。文庫でコンパクトだし安価だし、内容充実、基本の基本でハズレなし!☆かなりの良書だと思います(^^)。

「世界短編傑作集」を1から5まで五冊続けてやって、しつこくて・すみませんでした。ごめんなさい(^^;)。

世界短編傑作集 5 (創元推理文庫 100-5)
世界短編傑作集 5 (創元推理文庫 100-5)
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江戸川乱歩「世界短編傑作集4」

4467545a.jpg何度も・しつこくて、すみません(^^;)。またまた江戸川乱歩・編さん「世界短編傑作集」。今回は第4巻です。☆例によって軽く感想を述べるにあたり、話の筋やトリックに触れた「ネタばれ」になっております。ご注意ください(^^;)。

最初の、ヘミングウェイ「殺人者」。☆これは簡潔な文体、本格にありがちな説明じみたクドい記述はなし。☆ハードボイルドの走りで、イントロみたいな短編。☆続いてハメット「スペードという男」は、主人公の私立探偵、サム・スペードの魅力的なキャラクターに惹き付けられる。☆サム・スペードが活躍する長編「マルタの鷹」も是非、読んでみたい。

フィルポッツの「三死人」。☆この人、長編「赤毛のレドメイン家」を書いた人でもあります。☆「赤毛のレドメイン家」といえば、戦前日本の貴重な本格作家・蒼井雄が「船富家の惨劇」において、犯人が探偵役の推理小説マニアに事前に「レドメイン家」の本を贈って読ませといて、それから事件起こして、推理を誘導し混乱させる、あの・あざやかな小道具の使い方が、個人的に強く心に残ります(^^)。☆そして、この「三死人」は、ていねいな人間観察(性格分析!)が解く殺人事件の謎。☆最後の「当事者の性格さえ研究すれば…」云々の、探偵捜査に関する口上に思わず納得(^^)。

クィーンの「は茶め茶会の冒険」。☆やっぱりエラリー・クィーン上手いです。☆これは「不思議の国のアリス」を踏まえた、いわゆる「見立て殺人」なのだけど、殺人犯が遺体を見立てて、わざわざ皆に発見させるのではなく、逆に犯人を追及する探偵役のクィーンや刑事らが手を加えて「不思議の国のアリス」の物語に添うよう、わざわざ死体に細工をする、すると実際に殺人に手を染めた犯人は、「自分は遺体に見立ての細工をした覚えないのに…なぜ!?」で、混乱してパニックになって思わず犯行を自白してしまうという策略。

だから、見立て殺人をやるのが殺した犯人ではなくて、その犯人を追及して自白させようとする探偵や刑事たちが、裏方でせっせと・やってる…っていう、「見立てをやる主体が逆パターン」な話。☆エラリー・クィーンは古今の様々な探偵推理を知ってるから、逆発想とか盲点の逆パターン突くのが非常に上手い。☆ついで、名探偵のクィーン君が活躍する「エラリー・クィーンの冒険」と「新冒険」は、本当にスマートで珠玉な短編の宝庫。☆私は、かなり好きです(^^)。

探偵推理の定番テクニックに、「ミスディレクションで読み手の誤読を誘う」っていうの、あります。☆作者が作中の、ある特定人物に対し「この人が果てしなく怪しい…多分・こいつが犯人」っていう状況証拠や不審な行動記述を散々重ね、「やっぱり、彼が・彼女が犯人に違いない」と読み手に思い込ませてミスディレクションで「誤読」を誘っておいて、しかし最後の最後で読者が今まで全くノーマークだった意外な人物を真犯人として明かし読み手を驚かせる手法。

セイヤーズの「疑惑」なんか、ミスディレクションの基本中の基本で、お手本みたいな短編。☆「いつも密かに少しずつ食事にヒ素を混入」の犯人がいて、話の最初から読者に「ミスディレクション」かまして飛ばす、飛ばす(笑)。☆読み手を散々「誤読」で引っ張り、特定の人物に「疑惑」の目を・ずっと振り向けといて、しかしラストで意外な全く別の真犯人を提示する。☆最後の・たった4行、あの破壊力ときたら…面白い(^^)。

コップ「信・望・愛」は、一言でいえば「因果応報な話」。☆脱獄3人衆のそれぞれの「因果応報な」運命。☆ウォルポール「銀の仮面」は、「軒先の廂(ひさし)を貸したら母家を取られる」恐怖な話。もしくは、ミステリー推理で・よくいわれる「奇妙な味」の好短編。☆ともに読後にも印象を引きずって、味わい深い。

第4巻の目玉は、何と言ってもバークの「オッターモール氏の手」。☆これは以前、作家や評論家たちが「世界ベスト短編選出」の投票やったとき、ポオの「盗まれた手紙」、ドイルの「赤髪連盟」を抜いて堂々の第1位に輝いたそうです。☆まさに「世界短編傑作」だ。☆エラリー・クィーンも、本作を激賞してるらしいです。

それで、読んでみて激しく納得。☆話は何てことない連続通り魔絞殺事件で、意外な犯人が・わかるラストも、「オッターモール氏の人格ではなくて、彼の手にだけ悪魔が宿る」っていうプロットも、普通なんですが、何といっても書き方が↑↑。☆もったいつけた、時に大袈裟とも思える・いかにもな書きっぷり…話自体は何てことないのに、作者の筆の力でグイグイ引っ張って行く…ホント評判通りの「世界短編傑作」ですよ。

そんなわけで、前評判と全く違わない、全然期待を裏切らない「オッターモール氏の手」、さらにはエラリー・クィーン、ダシール・ハメットなどアメリカの作家たちの活躍が、ひときわ目立つ感のある「世界短編傑作集」第4巻(^^)。

世界短編傑作集 4 (創元推理文庫 100-4)
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江戸川乱歩「世界短編傑作集3」

93df949c.jpg時代順に海外の傑作短編を並べていくアンソロジー、江戸川乱歩・編さん「世界短編傑作集」。☆第3巻あたりになると探偵推理、ミステリーが一つの分野として確立していく感じ、第1巻から連続して読み続けてるとあります。☆収録作品が充実してる。

すみません↓↓。以下、軽い感想とともにトリックや大まかな話の筋に触れた「ネタばれ」です。☆本書を未読の方が目を通すと、読む楽しみが半減してしまうかもしれませんので、ご注意ください(^^;)。

ウインの「キプロスの蜂」。☆これは殺人方法の斬新さ。蜂に刺されるアレルギー利用した殺人事件。☆ただタイトルが「キプロスの蜂」ですから、読む前から「蜂を使う」っていうのが分かってて、作品タイトルから・すでに半分ネタばれ(^^;)。☆そこが、何か惜しいような気がする。

バークリー「偶然の審判」。☆これ、長編「毒入りチョコレート事件」の原型の短編だそうです。☆犯人が、あらかじめ殺害したい人物がいて、しかし自身に疑惑が生じないよう先の先まで周到に読んでやる殺人。☆先の先の先の…どこまでも先を読んで予測して犯行に乗り出す、詰め将棋のような話かと(^^)。☆ジェプスン他、共作による「茶の葉」。☆簡単にいうと、凶器消失の話。☆こういうのも探偵推理としては一興で、悪くはない(^^)。

ロバーツ「イギリス製濾過器」。密室殺人です。☆この作品では作者が何気に、しかし実は密かに力を入れて書いてる記述がある。☆途中、主人公らが容疑者の犯人を評する会話。☆「頭脳明晰にして発明の才ある人物だ。欠点があるとすれば、性急に結論を出そうとする傾向だろうな。ながい辛苦を必要とする方法を使うべきところに、一気に結果への近道をたどろうとする傾向だろうな」。☆この人物評の部分が、事件総括の話の最後に効いてくる。☆著者が力を入れて、さりげなく書いてる・この部分が、まさに犯罪の全体像を示していて読後に思わず、うなります。

クリスティの「夜鵞荘」。☆紙の上に文字で書かれた小説なのだけど、何か映像作品のように鮮明に絵が目の前に浮かんでくるミステリー。☆殺人鬼の前で、彼に気づかれないよう肉屋に電話かけるふりして、助けを求める主人公・女性の機転の効いた電話操作の場面が読み所。☆やっぱアガサ・クリスティ、多作で上手い。☆横溝正史じゃないけど、「せめてなりたや、クリスティ」。

この第3巻で個人的にヤられるのは、ノックス「密室の行者」と、ダンセイニ「二壜(びん)のソース」。☆前者の「密室の行者」は、ズバリ密室殺人。☆密室については、これまでたくさんの作品があって多くの作家が挑戦して書いてますが、ノックスの本作は密室トリックのインパクトが大。☆一度読んだら忘れられません。☆まだ「密室の行者」未読でトリック知らない方は、この先・読んで知る楽しみがあって幸せですね(^^)。

他方、「二壜(びん)のソース」は、いわゆる「奇妙な味」っていうんですか、最後の一文のセリフで、もう完全にノックアウト(笑)。☆うれしくなって、ここで思わず本投げます。☆ブラックユーモアというか…あー内容書きたい…でも、ネタばれになるからガマンしよう(^^;)。

「世界短編傑作集」の第3巻は、なぜか密室殺人が多いです、第2巻で機械トリックが多かったのとは対照的に。☆やはり時代的な流行とかあって、この第3巻の時代には密室が流行ってたのか、それとも乱歩のセレクト・チョイスで、単に第3巻に「密室もの」固めて収録してるだけなのか、よくわかりませんが、個人的な印象では「世界短編傑作集3」は「密室が面白い」です(^^)。

世界短編傑作集 3 (創元推理文庫 100-3)
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