72e875bd.jpgジャン=リュック・ゴダール監督、イヴ・モンタン、ジェーン・フォンダ出演の「万事快調」。☆冒頭、フランス国旗の青・白・赤のトリコロール配色の字幕デザインに観劇テンションが、ます上がる(^^)。

俗っぽい低俗・悪趣味な商業映画でないものを撮るということは、見せかけの資本主義的繁栄、つまりは比較的全てが・うまく行ってる、事が・うまく運んでる見かけの表層な「万事快調」に騙されず、そういった資本主義下の俗っぽい商業主義な映画を観客に観せるのではなく、階級社会の政治運動の人間疎外の現状の本質を実際に映画の観客に観せること。

その意味で、前半の二階家の食肉工場オフィスの広大・輪切りなセット、各部屋に社長や労働組合や新左翼がいて、各部屋独自に集まる人間達の・それぞれの階級的立場の思惑の要求、つまりは党派性があり、しかもセットの輪切りでそれらを総体的に俯瞰的に映すことで、実は当人達が「これしかない!これこそが真理であり、理論であり実践」と信じて疑わない階級党派に基づく政治的思想や立場や行動は、俯瞰して見れば所詮、個々の党派の利害関心要求でしかなく、全体を構成する部分の細胞でしかないのだ…と映画を観る者に悟らせる、あの演出は秀逸(^^)。

その分、セット内撮影では映画の時間がもたないと判断したのか…後半では屋外の野外ロケに転じて、官による労働者運動の暴動鎮圧や若い学生の死や、建設現場を背景に語るイヴ・モンタン、大型スーパーマーケットのレジと客…など、現代社会の人間の疎外状況を幅広く映し、セット内の密室劇に徹しきれていないのが、やや残念(^^;)。

しかし、大型スーパーマーケットのレジ横移動のみのカメラ長回しで、黙々と作業するレジ打ち労働者と、黙って精算を待っ客との何ら会話もない機械的無機質な、人間関係の疎外を映し続ける映画の画力は後々まで強く印象に残る(^^)。

イヴ・モンタンとジェーン・フォンダのカメラに向け直に観客に語りかける長台詞は、あらかじめの一字一句指定な厳密な脚本の台本あるのか、それともある程度のユルい台本の流れあるのみで、比較的自由にアドリブありで喋らせてるのか、個人的には知りたい所。

この映画の撮影制作の背景になってる1968年のフランス五月革命と、それに端を発するゴダールの「商業映画との決別宣言」などの時事的・政治的なこと、私は詳しく分かりません(^^;)。

ただ冒頭で「映画を作ろう」云々で出演俳優の相談から、セット、エキストラ、保険などの各方面へのオファーの請求書を画面にわざわざ映して、映画を始める。☆普通なら完成した本編映像のみ見せるのに、そういった映画の企画立ち上げの段階からメタで見せるアイディア。☆またセットの赤や青の原色壁紙の鮮やかさ、おしゃれな・いかにもなフランス映画な雰囲気にハマる(^^)。

ゴダールによる本作「万事快調」や、その他「ウィークエンド」など、日本のロックバンド、おしゃれでハイセンスな小西陽康さんがやってたピチカート・ファイヴにてタイトル流用してます。☆事実、ピチカートの楽曲に「万事快調」っていう何のヒネリもない・そのまんまな曲、実際ありますし(^^;)。☆90年代の・いわゆる「渋谷系」と呼ばれた、ハイセンスなイカしたバンドが曲タイトルやPV撮影で、ゴダールなど昔のヌーヴェルヴァーグ流れのフランス映画を元ネタの参考にしてたのは、有名な話。

そして、小西を始め当時の渋谷系の面々にとって、映画や音楽は単なる娯楽の・おしゃれの楽しみであり、それらが資本主義下の商業主義への奉仕、商品の消費財に成り下がってしまうゴダールの嘆きの本意を何ら理解していないし、彼の映画の本意を全く汲んでいない、表層ファッションのみの軽薄パロデイに終始なわけですが(^^;)、そういった後世の様々な見方、解釈の併存もありうる…ゆえに本作「万事快調」は必見です(^^)。

そんなわけで「万事快調」(1972年)は☆3つ。