金ケ崎城は二度 歴史を動かす合戦が行われたそうです。

一度目は南北朝時代に足利尊氏擁する光明天皇(北朝)と新田義貞擁する後醍醐天皇(南朝)との戦い。

そして二度目が戦国時代「金ケ崎の退き口」と呼ばれる織田信長の撤退戦。

詳細は省きますが、朝倉義景討伐のために越前侵攻した信長軍はここ金ヶ崎城を攻め落とし、修築して朝倉攻めの拠点としたのですが、義弟の浅井長政の寝返りにより撤退を余儀なくされました。
敗走の危険な最後尾を木下藤吉郎(豊臣秀吉)が務め、被害を最小限に防ぎその名を上げたとか。

しんがりを秀吉が務めたというのは後の作り話という説もありますが、自分としてはその現場に一度行ってみたいと思っていたので、願いがかないました(^^)v


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城跡として遺構はほとんど残っておらずに「普通の小さい山」です(^^;
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金ヶ崎城址碑
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古戦場跡
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山の頂上から若狭湾を見渡す
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信長が再びこの敦賀に来るのは 3年後の1573年。朝倉を滅ぼす年です。


なんの変哲も無い地域の小さい山に神社がある場所ですが、この地でかつて新田義貞が、秀吉が、光秀が、信長が、、、命を懸けた戦いをしたと思うと感慨深いものがあります。

立派な天守閣も良いですが、こういう古戦場跡は大好物です\(^o^)/


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