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桜の蕾がほころび始めた春うららかな日、大阪大学近くの古本屋の前を通りかかり、店先に出ているぞっき本を入れた箱を眼にしてなかをのぞいてみた。

 

唐突にイシバシのO田書店である。梅田の阪急古書のまちにも店をかまえているO田書店である。しかし問題は「店先に出ているぞっき本」の方である。手元の『新解さん』によると「ぞっき」とは「〔十把一絡げで売買する意〕きわめて格安で仕入れた品を、見切り品として売ること」とある。少なくとも私は知らなかったが、みんな知っているのだろうか、「ぞっき本」。そこはかとない教養である。

 O田書店のぞっき本の箱をのぞいた川村は、高村光太郎の詩集『大いなる日に』を見つける。

 

発行年月は昭和十七年四月、第四刷の発行年月が昭和十八年十月、その脇に(一〇、〇〇〇部)とある。驚くべきことに、一万部も発行されたようだ。

 

なにやら驚いている。「第四刷」の発行部数が10,000部ということだろうか、たしかに太平洋戦争のさなかに10,000部の詩集とは、豪勢だといってよいだろう。それにしてもそんなに驚かなくてもいいんじゃないかという気がしないでもないが、しかし『聖戦のイコノグラフィ』の発行部数と比べれば、たしかに驚くべきであろう、いや、この本が何部刷られたのかは知りませんが。

 

  古本としての値段は二百二十円でやや高いと感じたが、なにかの縁だと思って買うことにした。

 

川村は値段に着目し、「やや高い」と感じている。ここでの問題は220円なのだが、これはどうなのだ。高いのだろうか。ちなみにこのO田書店のぞっき本コーナーは220円均一である。私もときどきここで買っている。二酉堂学人『興味と教訓に基ける神様の戸籍調べ』(1918)とか、たまに心惹かれる一冊に出会うことができるのだ。ブック○フの105円均一コーナーに比べれば高いのは事実なのだが、一般的にいってけっこう安いのではないか。

 この人が、「安い古本」に並々ならぬ関心を抱いていることはたしかなのだ。ある川村ゼミOBはいっている。「ディープな川村邦光ファンならばお気付きだと思うが、この人の文章には、研究資料を古本屋でいかに安く買ったかを自慢するはなしがしばしば登場する。我々の師匠が教えてくれるのは、「金なんか使わなくても研究はできる!」ということだ」(「500円で探せ!」『イシバシ評論』http://ishibashi.hippy.jp/500en/500en.htm)。◆

やはり何が凄いかというに、安い本を買うばかりでなく、しかもそれを資料としてがっつり使い、その余勢を駆って自慢までしてしまうところがすばらしい。私も文系大学院生である以上、ブック○フの105円コーナー、とりわけ新書コーナーには少なからずお世話になっているわけだが、その読書をどこまで論文に直接活かせているか?ということになると、甚だこころもとない。「たまたま出会った安い本」にどのように向き合い、問いを膨らませていけるのか?これはなかなか深いテーマだと思う、本当に。

 

 さて、高村光太郎の『大いなる日に』には、1937年から1942年にかけて書かれた詩が収録され、「光太郎の戦争詩がいわばぎっしりと詰まっている」という。「十二月八日」という詩が引用されている。なるほど、かなりわかりやすい戦争詩である(中身は直接確認していただきたい)。そして、川村は光太郎の戦後の歩みをみつめていく。詩調の変化から、「敗戦後、戦争詩人として罵倒され続けた二年を経て、「眼からは梁が取れ」、父祖以来の現人神信仰の呪縛が解けて、脱力していったと推測できる」と記している。本人のことばに年を追って寄り添っていき、本人のことばによって本人のことばが乗り越えられていく局面をとらえようとする手法は、川村一流のものである。最近の仕事でいえば、「戦死者の亡霊と帝国主義――折口信夫の弔いの作法から」(鎌田東二編『思想の身体 霊の巻』春秋社、2007年)などにみられるが、この後がきにもそれは一貫しているといえるだろう。いい忘れていたが、『聖戦のイコノグラフィ』は、アジア・太平洋戦争期における天皇と兵士・戦死者の写真を歴史的資料として、「死へと誘う表象」として読む、という本である。当連載のルールを逸脱してしまうのでこれ以上は語らないが、「死へと誘う表象」としての戦争詩とその後を辿るという点で、この光太郎の話は本文のテーマの延長線上にある。このようなタイプの後がきを「残留思念型」と名づけておこう。

 しかし、たんにテーマを延長させるだけでは終わらないのが後がきの後がきたるゆえんである。戦後の光太郎が住んだ岩手の山小屋には、外に便所がしつらえられているといい、

 

その木の扉には、光太郎自身が鑿で「光」という文字を透かし彫りに彫っている、ということを山折哲雄さんから、おそらく酒の席で聞いたことがあった。

 

山折哲雄さんである。「おそらく酒の席」である。「おそらく」っていうか酒の席だろう、それは。そして「光」とは「光」太郎の「光」にほかならないが、邦「光」の「光」でもある。

 

冬場には雪が吹き込んできただろうが、陽差しのあるときには、便所に入ってかがむと「光」の字が眼前に現れてきたことだろう。光太郎はこの「光」の字を見ながら、智恵子の魂に語りかけ、聖戦を想起しながら、来し方行く末に思いを巡らしていたのではなかろうか。いつかこの便所を訪ねてみようと思っているが、いまだ果たしていない。

 

この後がき中、おそらくもっともしみじみした一節である。たぶんまだ訪ねていないと思うのだが、川村邦光がこの便所にかがんで「光」の字をみながら何を思うのか、きわめて興味深いところである。

 

 テーマを構想したきっかけが語られるのも、後がきの魅力のひとつである。

 

聖戦と称されたこの国のアジア・太平洋戦争を兵士と天皇の図像から考えてみようと思った。昭和天皇の写真は戦後も数多く出回った。軍服を脱いだ背広姿である。戦死した兵士に、戦後はなかった。写真は戦中のものだけしかない。笑顔のない、こわばった真剣な表情の写真だけだ。不公平だと誰しも思うだろう。このようなところが私の出発点だった。

 

誰しも思うかどうかはわからないが、たしかに不公平である。それにしてもこの、

 

「不公平」

 

ということばの響きはどうだ。胸をえぐられるような懐かしさがあるではないか。少なくとも私は、給食のパンを机に一ヶ月ぐらい放置して青く黴させていた級友の顔を思い出すが、どうだろう。後がきの中心にどっかりと据えられたこのことばに、私は魅せられる。

 

 この後がきにも、もちろん謝辞はある。しかし、前回必要以上に謝辞を持ち上げた手前いいにくいのだが、いざとなると、謝辞ってべつにコメントするポイントがない。ないこともないのだが、いろいろと差し支える気がする。とくにこの本の場合大部分が知り合いだし。今後謝辞を批評するスタイルを模索していきたいと思うが、今回はヴィトゲンシュタイン流に沈黙を守ろう。

 しかし、川村邦光作品である以上、猫への謝辞に言及しないわけにはいかないだろう。

 

最後に、闇の彼方から瞳を凝らしてたえず見守ってくれている猫の小太郎、小次郎、三太郎にもありがとうと言っておこう。

 

猫への謝辞は自分が切り開いた分野なのだと、本人からおそらく酒の席で聞いたことがあった。たぶんその分野はほとんど浸透していないが。わずかに、中世文学の田中貴子さんがやっているようだ。これまでの著作からも、猫への謝辞を拾ってみよう。

 

やや場違いかもしれないが、澱んだ思考の流れを中断させようとして、遊びに誘ってくれた猫の小太郎にも感謝しておこう。

(『幻視する近代空間』青弓社、1990年)

 

しなやかな姿態をみせて、しなやかな思考をするようにとたえずいざなっている、猫の小太郎にも感謝しておこう。

(『巫女の民俗学』青弓社、1991年)

 

そして最後に、これまで夜の歩みをともにしてくれた、猫の小太郎に、ありがとうといっておこう。

(『オトメの祈り』紀伊国屋書店、1993年)

 

そして最後に、ふとしたえにしによって、同じ生き物として暮らしをともにしている、猫の小太郎と小次郎に、ありがとうといっておこう。

(『オトメの身体』紀伊国屋書店、1994年)

 

最後に、粗暴ながらも憎めない“招き猫”になっている小太郎と小次郎に、ありがとうといっておこう。

(『民俗空間の近代』情況出版、1996年)

 

最後に、いつでも深夜の友でありつづけてくれている、猫の小太郎と小次郎にも、ありがとうといっておこう。

(『憑依の視座』青弓社、1997年)

 

最後に、深夜、机のうえに坐り、もうひとつの世界を垣間見させてくれている、猫の小太郎と小次郎にありがとうといっておこう。

(『地獄めぐり』ちくま新書、2000年)

 

最後に、闇の彼方から瞳を光らせて、たえず見つめてくれている、猫の小太郎と小次郎にありがとうといっておこう。

(『オトメの行方』紀伊国屋書店、2003年)

 

最後に、闇のなかから瞳を光らせて、絶えず見守ってくれている、猫の小太郎と小次郎にも、ありがとうといっておこう。

(『ヒミコの系譜と祭祀』学生社、2005年)

 

最後に、遥かな闇から眼を光らせて見守ってくれている、猫の小太郎、小次郎、三太郎、そして我が物顔に部屋のなかを闊歩して、たえず思索を更新してくれている菊五郎に、ありがとうといっておこう。

(『写真で読むニッポンの光景100』青弓社、2010年)

 

前からうすうす感じてはいたが、改めて書きだしてみると、この人は恐ろしいほどの律儀さで猫に謝意を表している。じつに、単著のほとんどすべてに記されているのだ。そして、注目すべきはやはり「闇の彼方」「遥かな闇」である。それは川村にとって死者のおもむく場所、他界といってよいのだろうが、それがどのような場所なのか、とても気になっている。