イシバシ評論研究会では、つぎのような研究集会を開催します。
報告のタイトルを眺めていただければただちにわかるように、なんらかの学問分野、あるいはテーマの共通性を前提としたものではありません。むしろ、そうしたあらかじめ期待できる先行了解を排したところに立ち現われる談論の可能性を考えることはできないか、というのが主催者としての希望であり、それぞれの仕方で「現在」と切り結ぼうとする各報告者、そして集まってくれる人たちとともに、そのような場の構築を目指したいと考えています。
とき:2014年9月20日(土)
13:30~17:30
場所:大阪大学豊中キャンパス
スチューデントコモンズ・開放型セミナー室
(来聴歓迎・事前申込不要)
報告
永岡崇(南山宗教文化研究所)
ソウルメイトは二重橋の向こうに
―辛酸なめ子における皇室とスピリチュアリティ―
荒川裕紀(北九州工業高専/大阪大学大学院)
十日戎開門神事
―90年代以降の発展とその課題―
荒川理沙(同志社大学大学院)
広島戦後復興史の再検討
―「平和」という言葉を手がかりに―
堀江有里(世界人権問題研究センター)
日本における「性の多様性」戦略への一考察
―抹消される「クィア」な政治性をめぐって―
※終了後、阪急石橋駅周辺で懇親会をおこないます。ふるってご参加ください。
永岡崇「ソウルメイトは二重橋の向こうに」
漫画家・エッセイスト辛酸なめ子の諸作品を読み解くことを通じて、現代日本における象徴天皇制やスピリチュアリティ文化と批判的に対峙する作法について思考する。なめ子は、作品のなかで、皇室やスピリチュアリティ文化を題材として積極的に取り上げ、それらを戯画化することでユーモラスな世界を創造する。彼女は独自の手法により、天皇制やスピリチュアリティに内包される権威性や差別性を機能不全に陥らせることに成功している。それは、外部者の立場から“本当のこと”を突きつけるという批判のスタイルが通用しない領域が広がっているなか、天皇制やスピリチュアリティ文化を構成する「空気」に亀裂を入れる批評の言語の可能性を示すものといえるのではないだろうか。
荒川裕紀「十日戎開門神事」
毎年1月10日早朝に西宮神社で行われる行事に1989年になって「十日戎開門神事福男選び」という語が、神社側から付与された。明治晩期に新暦の祭事として移入され昭和初期より本格化した走り参りが、1980年代から90年代にかけていかに神事として発展したのか。新聞資料・社務日誌そしてインタビュー・参与観察から読み解く。創られた伝統という文脈に注視しつつ、その中でどのような参加者がどのような動きを行っていたのかについて着目したい。その発展の過程で顕在化した問題を2004年・2005年の事例から取り上げ、現在発表者を含めた参加者がどのような取り組みを行っているのかを紹介する。
荒川理沙「広島戦後復興史の再検討」
本報告では敗戦から1950年代半ばの広島における「平和」という言葉に焦点を当てる。1956年5月、原爆ドームで1万発の閃光電球を使った夜間撮影会が行われ、その瞬きは新聞紙上で「ピカドンの面影とは逆」の「平和の光」と表現された。この催しでの「ピカ」への「平和」の託し方は、広島の人々は悲惨な原爆投下を経験したからこそ「平和」を希求したのだと説明できるかもしれない。しかし、本報告では「だからこそ」という言葉での「原爆」と「平和」の単線的な接続を一旦は保留にしておきたい。原爆によって焼け野原となった広島が再建される過程に現れる「平和」という言葉にはどのような意味が込められ、また漏れていったのか。「だからこそ」という力学が不可視化したものを確認していきたい。
堀江有里「日本における「性の多様性」戦略への一考察」
性的少数者の可視化を求める「性の多様性」戦略をマジョリティへの〈同化〉傾向という観点から批判的に検討する。日本では1990年代より同性愛者の社会運動が広がってきたが、2000年代後半より、同性間カップルの「結婚」(家族の「多様性」)や企業等の労働環境と市場の結びつき(企業社会の「多様性」)がメディア等でも取り上げられるようになった。これらは多様な生を可視化する点では有効であったが、そもそも排除側の規範についての検討が欠如したまま推進されてきた。「性の多様性」戦略で多く参照されるが捨象されることの多い合衆国の社会運動(クィア・アクティヴィズム)にあった政治性を振り返りつつ、日本での接合可能性を探ることとしたい。
主催:イシバシ評論研究会(永岡) ukon30(at)hotmail.co.jp


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