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アカデミー賞ってほどでもないんじゃないか?と思いつつ、映画「アルゴ」そこそこ面白かったなー



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2012年公開のアカデミー賞受賞作品「アルゴ」を、やっと観た。

史実と謳いつつ史実とは異なるノンフィクションの部分も多々ある映画と、ネットで批評を調べるとでておりましたが、まあ、いいと。

何故ならこちとら無知ゆえ、実際にイラン革命が起き、アメリカ大使館が占拠された事件時(1979~1980)、ばりばりの若き蒼き青年でしたけど、なんだかニュースでパーレビ国王だのホメイニ師だの名前はよく耳にしてましたが、今よりも更に!イランもイラクも何も知らなかったから、、、

更には!こちらの事件より、ソ連がアフガニスタンに1979年末に侵攻、アメリカに追随して日本も翌年のモスクワオリンピックをボイコットした方が、それを楽しみにしてたノー天気でバカな青年だったボクにとっては事件だったので、、、

「アルゴ」で恥ずかしながら、当時のイランでのアメリカ大使館占領&人質事件、いい年して勉強させてもらったので、この映画は面白かった。

まあ、パーレビ国王とホメイニ師の話しを書いてると、もの凄く長くなるし、実際それほど詳しくもないのでボロもでるので、それはやめておくとして、バカはバカなりに、イランとアメリカの関係が、決定的に悪くなったのが、この映画の事件だったんだなーって、なんとなーくわかる。

で、アメリカ大使館襲撃占領事件が起きた1979年、イラクではフセインがトップに就任してるのも、歴史ってーのは本当に残酷なものだな〜と思う次第、、、。

極端な反米になるイランに対し、当時のフセインは親米。

だから、この後のイランイラク戦争時、アメリカはフセインのイラクを支援してた。

だからフセインがブッシュJr.に一方的に宣戦布告をうけ猛攻撃をくらった後、反フセイン勢力によって処刑される時、フセインはアメリカを裏切り者呼ばわりして死んでいったわけで、ソ連のアフガニスタン侵攻も、親米路線にいったアフガニスタンのアミンを、ソ連のブレジネフが裏切り者と決めつけて起きたソレだったから、、、

ボク等が極東の島国で、バカ面してアメリカの軍事力の傘の下にいる、アメリカの保護領、属国のくせに生意気に、憲法9条があるから日本は平和で、いつか世界も必ず平和になるなんて夢想したり、自衛隊は違憲と謳い続けた社会党が、やたらとオツムの弱い「なんちゃってサヨク」に支持されてた、リアルタイム当時の日本人と混乱の世界のギャップ、今更ながら痛感しますね。

というわけで、それほど劇的に面白い映画ってわけでもなかったけど、こちら「アルゴ」、バカはバカなりに考えさせてくれた映画でした。



まあ、この映画で監督主演をやったベン・アフレックって「アルマゲドン」とか「パールハーバー」で観たけど、私的にはいまいちの俳優さんで(映画も)、すっかり忘れ去ってたし、「アルゴ」も史実とはいえ、映画は娯楽ゆえ、かなり話しを「もってる」らしいけど(笑)、、、

ありがちな若き頃の成功で、富と名声を得て助平三昧(実に羨ましい。笑)、アル中、ギャンブル依存症に陥ったベン・アフレックの復活、お見事ですねー。

 

「ブラッド・ダイヤモンド」の頃のレオナルド・ディカプリオ、なかなか良いなー♪



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日本公開2007年の「ブラッド・ダイヤモンド」、長い映画だったけど良い映画でしたねー。

 主演のレオナルド・ディカプリオ、ここ数年「良い役者になったなー」なんて思ってましたけど、約10年強前のこの映画あたりが、彼も転機だったのかしらねー。

近年は流石に「白人のおっさん」臭くなってきたけど、まだこの頃は「タイタニック」の頃のような紅顔の美少年の面影が残ってて(笑)、ディカプリオも良かった。 

監督のエドワード・ズウィックは「ブラッド・ダイヤモンド」の前は、あの!トム・クルーズと渡辺謙氏の競演「ラスト・サムライ」を撮ってるから、彼の名前を知らない人でも「あーあーあの映画の」とわかる人、日本人は多いでしょう。

舞台はアフリカ、、、

中東もしかりだけど、アフリカの内戦や紛争って、本当にいい年して恥ずかしいけど、まったく詳しくない。というか、アフリカって何処にどんな国があるのかすら、全くわからない無知だし、、、

詳しくないけど、やっぱり嫌だねーアフリカの戦場も。地獄絵図だなー。 

亡くなられた星野仙一氏の、プロ入団1年目は、それほどじゃなかったのを思い出すなー

 


23勝24敗

明治大時代の、亡くなられた星野仙一氏の通算成績です。

星野仙一氏ファンの方には申し訳ないですが、プロ入りする東京六大学出身のドラフト1位投手の成績にしては、法政大の山中正竹氏の通算48勝13敗、同じく法政大の江川卓氏の通算47勝12敗は別格にしても、近年でも早大の斎藤佑樹氏の31勝15敗と比べても、23勝というのはその後の「漢!星野これにあり」を思うと、意外と勝ち数が少ない。

しかも、通算で1つ負け越してます。

更に当時の東京六大学は、田淵幸一氏、山本浩二氏、富田勝氏の「法政三羽がらす」の法政大の黄金時代で、星野氏の1つ下になる谷沢健一氏、荒川尭氏等の早大も強かったので、星野氏は明治大在学中、優勝経験なし。

だから、、、

1968年に星野氏が中日ドラゴンズにドラフト1位指名された時は、2年前に慶大で通算22勝19敗のエースとして南海ホークスにドラフト1位指名されるも入団拒否、社会人野球にすすみ、そこでも優勝投手になり、優秀選手にも選ばれ、あらためて産経アトムズに再びドラフト1位指名された藤原真氏の方が、評価が高かったような記憶がボクは残ってます。

で、、、

この年のドラフトの目玉は、何と言っても!通算本塁打22本という、当時の東京六大学記録をうちたてた法政大の田淵幸一氏(高橋由伸氏に23本で、後にぬかれました)で、すったもんだの末、阪神タイガースに入団した田淵幸一氏は当然!ダントツの新人王候補でしたが、オープン戦ではプロの投手の球が全く打てず、開幕戦も代打出場のみ(大洋のエース、平松投手相手に三球三振)。

一方、藤原氏は前評判通り、対読売ジャイアンツとの開幕戦でリリーフ登板、そのまま勝利投手になる華々しいデビューを飾り、開幕4月の藤原氏は無傷の3連勝!。

更には当時の阪神タイガースには、通称「ひげ辻」=辻佳紀氏、通称「ダンプさん」=辻恭彦氏の、二人の優秀なキャッチャーがいたうえ、そのキャッチングが投手陣にも好評だったので、なかなかゴールデンルーキー田淵幸一氏も正捕手の座を獲得できず、新人王はもーう藤原真投手で決定だってな空気が、あの時点ではあったと記憶してますが、、、

プロの打者が馴れてきてから、藤原氏だんだん勝てなくなり、結局シーズンを終ってみれば勝ち星は伸びず9勝。

一方シーズン後半になって、やっと本領を発揮、22本塁打を放った田淵幸一氏が新人王を獲得しましたが、一方の星野仙一投手は49登板16先発と、32登板15先発の藤原投手より登板数も先発数も多い8勝をあげましたが、藤原投手が9勝8敗だったのに対し、やっぱり星野投手は8勝9敗と、1つ負け数が勝ち星よりも多かった。

 

で、この年の中日ドラゴンズには20勝12敗の小川健太郎投手と13勝12敗の小野正一投手の、二人の二桁勝利ピッチャーがいましたから、新人の星野仙一投手は、例えば後の近鉄ヴァファローズの野茂英雄氏や、読売ジャイアンツの上原浩治投手のように、快刀乱麻のピッチングで、プロ入り後いきなり20勝の大活躍、いきなりエースって事もなかったんですねー。

更に意外に思われる方も多いと思いますが、星野仙一投手がチームの勝ち頭になるのは、プロ入り5年目の1973年、読売ジャイアンツV9最後の年の16勝11敗が最初で、ソレ以前の4年間で二桁勝利は2年目の10勝14敗だけで、一度もチームの勝ち頭になっておらず、星野仙一投手がエースと呼ばれるようになるのは、この5年目あたりからで、けっこう大卒選手にしては遅い。

で、勝ち頭になった翌年、読売ジャイアンツがV10を逃した年の星野仙一投手は先発抑えとフル回転、15勝9敗10セーブの好成績を残し、20勝でチーム勝ち頭の松本幸行氏と共に、中日ドラゴンズ優勝に貢献。

ここで星野仙一投手は「中日のエース」の名を、確固たるものにしたわけですが、入団3~4年目迄の星野投手は主に中継ぎ抑え投手で、1972年の読売ジャイアンツV8の年は先発0。

当時は今と違い中継ぎ抑え投手の評価は低かったので、中継ぎ抑え投手をエースとは呼ばなかったですから、先発0の星野仙一投手を「中日のエース」とは、当時は誰も呼んでなかったですし、そんなに後世に伝わるほど、V9全盛時代のON砲と、真っ向勝負で戦いあったって記憶、、、

ボクは、阪神タイガースの江夏豊投手、大洋ホエールズの平松政次投手、或いは広島カープの外木場義郎投手と違って、全く星野仙一投手にはないんですよね。

更に星野仙一投手が、中日のエースと呼ばれるようになった読売ジャイアンツV9の年、V10を逸した年は、もうN砲=長嶋茂雄氏は晩年で、あんまり打ってなかったし、南海ホークスからトレードで獲得した富田氏と、長嶋氏は現役最後の年は川上監督に途中交代させられる事、多かったからねー。

星野仙一氏の対ジャイアンツ戦の勝利数が凄いという、数字はわかりますが、、、

マスメディアが騒いでるような、「ON時代のジャイアンツと対戦して」というのは、ボクは間違ってると思いますね。

まあ、しかし享年70歳、、、

今、日本人男性の平均健康寿命は71歳。平均寿命はもっと上ですから、ちょっと早かったですね。心より星野仙一氏のご冥福をお祈りいたします。 
ギャラリー
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