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北野たけし監督の「アウトレイジ」「アウトレイジ ビヨンド」の完結編「アウトレイジ最終章」が今秋、公開される!




K-UNITバンマスも、か〜なり好きな映画、北野たけし監督の「アウトレイジ」「アウトレイジ ビヨンド」に続く、シリーズ完結編「アウトレイジ最終章」が、今秋公開されるらしいので、今から楽しみにしてます。

ちなみに映画「新宿スワンⅡ」、、、

「アウトレイジ」「アウトレイジ ビヨンド」で893役やってた椎名桔平氏と中野英雄氏が、かーなり重要で強力な役どころで出てたけど、監督の園子温氏は「アウトレイジ」「アウトレイジ ビヨンド」観て、お二人を選んだのかな?なーんて思ったりしました、、、。

まあ、「アウトレイジ」「アウトレイジ ビヨンド」はバイオレンス、893映画で、出てくるのも殆ど!男ばっかり、、、

同じ893映画でも、その昔の東映実録路線によくあった、男女の仲のせつない物語もないに等しく、唯々全編!893の騙し合い、そそのかしあい、裏切り謀略の中、ひたすらバイオレンス、殺戮の連続。

しかも台詞は「てめー!」「バカ野郎!」の怒声、罵声の雨霰、、、

まあ〜嫌いな人は嫌いでしょうし、特に女の人は、あまり観たい映画ではないでしょうが、893に限らず男の世界って、、、女の人の世界もそれはそれで、とても怖いとよく女の人から聞きますが(笑)、こういう事ってよくある事だよね、男の世界ってけっこう嫌だよね〜的にボクは観れるので、この手の映画、ボクは大好き。

「アウトレイジ」で、最初の抗争になるとっかかりの、暴力BARのぽん引き役の塚本高史氏、かーなりの狂犬ぶりを演じた椎名桔平氏、共にありがちな893でござい的な風貌じゃないのに、やっぱりヤバい奴に見えたから、役者さんてーのは凄いもんだなと思いますね〜。
 

テンプテーションズのオリジナルメンバーが諸々あった1970年代初頭、踊り場ヒットさせた元テンプテーションズのエディ・ケンドリックスの「ブギー・ダウン」




ザ・テンプテーションズから離れソロになったエディ・ケンドリックスが、1972年、全米1位の「キープオン・トラッキン」(Keep On Truckin')に続き、1974年、全米ビルボードチャート最高位2位!、黒人音楽が今のように浸透していなかった日本では、未だ未だ踊り場レベルでしたがヒットさせた「ブギー・ダウン」(Boogie Down)。

有名な「マイガール」(1964年)で、リードボーカルを担当していたデヴィッド・ラフィンが1968年にグループを脱退。

その後も後にザ・ローリング・ストーンズがカヴァーしたのでロックファンにも有名な、「ジャスト・マイ・イマジネイション」も1971年全米1位にしたザ・テンプテーションズですが、更にオリジナルメンバーのエディ・ケンドリックスがグループを脱退。

デヴィッド・ラフィンとエディ・ケンドリックス居ないザ・テンプテーションズなれど、電子楽器を使いファンクとロックの融合(フュージョン)を図っていたスライストーンに感化されていた、モータウン・レコードのエンジニア、プロデューサーのノーマン・ホイットフィールド色強い!「パパ・ワズ・ア・ローリン・ストーン」で、グループは翌1972年、再び!全米1位を獲得するのですから、当時のモータウン・レコードは凄いもんであります。

更には!そんな70年代に入っても絶好調だったザ・テンプテーションズの、エディ同様もう一人のオリジナルメンバー、ポール・ウィリアムスは1973年、拳銃自殺。

エディ・ケンドリックスの「ブギー・ダウン」(Boogie Down)は、そんな時代背景に踊り場でヒットした、こちらもR&Bからニューソウル、ニューファンク、そしてこれからディスコサウンドに流れる「時代の分岐点」の楽曲なのであります。

1970年代の洋楽好き少年達に、圧倒的人気を誇っていた女性ロッカーは、スージー・クアトロだった



あなたのサイトのURL、そろそろスリムにしませんか?

いやー!何時観ても聴いても、ス−ジー・クアトロはカッコいい!! 何時も思うのですが日本人受けする白人女性のフェイスって、あると思うんです。

スージー・クアトロとランナウエイズのシェリー・カーリーはその典型で、共に本国アメリカではそれほど売れなかったけれど(スージー・クアトロはイギリスはじめ欧州では売れた)、日本ではバカ売れした共通点もあります。

「キャン・ザ・キャン」(Can The Can)は、この後、Tレックスと匹敵するぐらいの日本のポップチャート、ヒットチャートではヒット曲の常連だったスージー・クアトロの名を、一躍!日本で知らしめた、一連のヒット曲連発の第一弾(日本では)、1973年のヒット曲でした。

アメリカの当時のヒットチャートを調べてみると、ニューソウル、ニューファンクとシンガーソングライターが圧倒的に強く、日本は逆にシンガーソングライターはウケましたが(日本も空前の和製ふぉーくブームのとっかかりの頃でしたので)、ニューソウル、ニューソウルはそうでもなく、逆にアメリカではウケなかったスージー・クアトロやTレックスのR&Rは、イギリスと同じようにバカ売れだったという、各国の微妙な好みの差があります。

レザーの上下に身を包みベースを抱え腰を引きながらシャウトするスージー・クアトロの姿は、リアルタイム、同じくレザーの上下でベースを抱え腰を引きシャウトする日本のキャロルの矢沢永吉氏にも通じるものがなきにしもあらずの想い出が、当サイト運営者が今もあります。

スージー・クアトロは親日家でも知られており、当時バック・バンドのギタリストと結婚した時は(後に離婚)日本で着物を着て和式の結婚式を行ったのは、当時、雑誌「ミュージックライフ」でも紹介されているたので、古のロック、洋楽ファンなら見た記憶があると思われます。

子供二人を育てたスージー・クアトロは、近年もイギリスとドイツで暮らし、BBCラジオ2で毎週ロック・プログラムのDJを務め、ミュージッシャンとしてのツアーも継続しているようで、若くして死ぬのもロッカーとしては伝説になってカッコいいですし、引退して静かに暮らすのも素敵だと思いますが、ママさんロッカーとして生き続けるスージー・クアトロの人生も、これもまた!ロックなのではないか?なんて思ったりしております。



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  • 2017年現在、還暦前後のギター弾き&元ギター弾きで、グランドファンクの「孤独の叫び」をコピーした事ない人って、信用できない(笑)
  • 思春期の頃、レッド・ツエッペリンの「アキレス最後の戦い」は最新のかっちょいいロックだったけど、もう既にあれから41年かー
  • 50'sと言えば=ツイストイメージが強いですが、ツイストは1960年代になってから流行ったステップ
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