主人公は護衛艦「ふぶき」の艦長となった結城武。その着任から離艦までを、習熟訓練、艦隊訓練、遭難救助、ドイツ海軍を迎えるホストシップ任務等々、各イベントを通して艦長任務とは何かを描いた作品です。
「ふぶき」という護衛艦は実際には存在しないのでしょうが、作中には「ゆき型護衛艦」とありますので、いわゆる「はつゆき型護衛艦」が舞台となっているようですね。この「はつゆき型護衛艦」、現在では退役が進みつつあるようですが、作中では最新鋭のシステム艦として描かれていますので、年代としては1980年代半ばくらいと推測されます。
このシステム艦という言葉、本作のキーワードになります。ちょっとウィキペディアから流用致しますと、この「はつゆき型護衛艦」、「本型は海上自衛隊のワークホースとして初めてセンサー・武器を戦術情報処理装置と連接し、戦闘システムを構築したシステム艦とされており、極めてエポックメイキングな艦である。」とのことで、簡単に言ってしまえば戦闘の主役が艦長の存在する艦橋から戦闘指揮室へと移ってしまっているということのようです。
本作でも、シーマンシップの基本である操艦などにこだわる艦長に対し、それに反発する副長の姿などが描かれており、新世代vs旧世代の対立、といった要素も冒頭には見て取れる場面が出てきます。それに対し艦長である武は、愚直に任務を遂行し、艦を纏め上げる、というのが全体の大きなあらすじになるかと思います。
そうです、舞台が1980年代ともなると、この世界ではもはや古典の話になるかと思うのですが、いかにコンピュータ化、システム化しようとも船は船、いったん海に出てしまえば艦長が全ての指揮と責任を持って任務を遂行するという、古来からのシーマンシップは不変なのです。いかにハイテク化しようとも、操作を行うのは所詮は人。その人材の大切さを示唆している本書は、決して古典では無く現代においても普遍的に通用する内容なのではないでしょうか。
こんな風に感じることが出来たのも、筆者の抑揚の効いた、しかし詳細で臨場感あふれる文体のおかげであるように思います。さすがに元艦長だけあって、感情に流されること無く、正確無比に文章をつづり、その上で人間味溢れる人柄まで行間ににじみ出ている、そんな印象を持ちました。さすが艦をまとめあげただけの人ですよね、と思わず感服です。
そしてそれは決して退屈な記録、というものではありません。初めて乗艦した際の不安、顔見知りに出会った安堵、艦長として徐々に自信をつけていく様子、これら喜怒哀楽を決して勢いで描写しているのではなく、言葉を吟味して使用しているのが読んでいるこちらにも伝わってくる点にも好感を持ちました。
筆者の作品は、ほかにも時系列的に2作品あるようですので、こちらも機会があればぜひ読んでみたいと思いました。