2006年05月

マイ・フェイバリット・アンノウン・ワールド

邦画で今一番他国と張れるジャンルは、賛否両論あると思いますが僕は、アニメとホラーだと思います。他のジャンルは残念ながら、とてもかなわない。アニメというジャンルはそれ自体日本で発達したものらしいので当然といえば当然。ホラーは、日本古来からの恐いものの流れが他国には珍しいんじゃないでしょうか?
前にタイトルの話で、人は訳が分からないものにひかれると言いました。ホラーでも同じこと、正体不明のものに興味をひきつけられるのだと思います。ホラーでは一概に恐怖の対象がよくわからないもの、です。うまいですよねえ。タイトル忘れましたが、スティーブン・キングの2巻づくりの長い映画では、『次元を食べてしまう、モンスターのような、バグのようなよくわからないもの』が登場します。『キューブ』という映画では、相手が誰かすらわからない。気付いたら仲間に恐怖してます。ホラーというジャンルはこのテクニックを応用しやすいのでしょう。サスペンスとかでも使われますね。アニメにしても、宮崎監督の『千と千尋〜』『もののけ姫』でよくわからないものがでてきますね。
やはり正体が明かされる明かされないに関わらず、よくわからないものに集中するということです。うまく見せて正体を明かせば納得させられるし、明かさなければいい感じに不快感を残すこともできる。周りがリアルであれば集中倍率ドン、さらに倍。
でも意外とジャンル問わず使えると思うんですが。客を『ん?』と思わせておいてバーンと事件きて…何となく作り手側の思惑が読めるようになってきたような?…セイセイセイ、気のせい気のせい。三谷幸喜さんの作品でも見てもっとテク勉強しないとな。

自虐バイブル

僕は初対面の人が苦手です。というよりも嫌いに近いかも知れません。相手の人がどうであれ、往々にして彼らは第一印象で判断し性格までも決め付ける。初めて会う人に対し誰しも少なからず緊張はあり、本来の性格が出る可能性は高いとは限らないのにも関わらず。とはいえ初見では仕方のないことではあるけれども。しかし僕みたいなあまりにも突っ込まない人はまずいない(表現がおかしいが)。僕が他人とひどく違っている(変わっている)と思われる理由の一つです。
僕は懐疑主義者で慎重派、むしろ過剰確認症だと自覚している。石橋を大金槌でヒビ入るまでぶったたいて、いざ渡ってずっこけるタイプです(;_;)それが一歩踏み出す勇気を引き留めていることも重々承知である。それを差し引いても、軽率な人が多すぎると声を大にして言いたい。初対面で単にすぐに仲良くなる、とはまた別の話ですよね?
そういう中にも、うまく立ち回れる器用な人がいる。昨日お会いしたのはそういう人でした。バランスがよいのですね。人徳を感じます。嫌い嫌いっていっておいて、自分が彼らになっていないことを珍しく信じ、ついていってみようと思った。
最後になるが、芝居は規定時間内に登場人物の行動がどうであったか伝わらなくてはならない。故に初見の印象がズレれば、上映・上演中に修正するのは不可能に近い。演技でも大きな要素は抑えられるが、それから考えれば、ビジュアルが非常に重要であることはわかる。もはや一種の如何ともしがたい才能である。我々は別のベクトルで勝負しなければならないのだ。それはビジュアルというグラフのままか。あるいは…。

兵どもが夢の跡

一つのことが終わると、次が始まるまでほんと淋しいですね。無駄に時間を過ごしてしまいます。昨日は一日寝ていました。体調が芳しくなかったこともありますが。下っぱということを盾に普段生意気な事を言い放っている僕も妙に謙虚になりますm(__)mいつもそうしろよ、と思います。すいません
夜の演劇空間4『旅芸人の夜』が終了しました。見にきてくださった方々、共に芝居をつくっていった仲間には本当に感謝いたします。ありがとうございました!一日たって、終わったのだと実感しはじめました。反省することは多くありますが、それは語りません。出来は全てお客さまが判断してくださると思います。
何にしろ、これからも芝居には関わっていきます。おかしな監督映画祭、Vシネマの制作。その他に全く新しい関係の中へ飛び込めるお話も頂きました。有り難いことです。次の作品に関われるときのこのドキドキの感覚、いいっすね!やってやろうという気になります。
いつもより広く感じる部屋で、いつもよりポジティブなしんでした。

雨ならシャボンに 包まれたいね 〜

明日、演劇空間の第四回、『旅芸人の夜』の公演当日です。前日というのはなぜいつもこう落ち着かないのでしょうか?相変わらず体調は悪いですが、はは、はあ(T_T)今日はほんとに徒然です。うーん、こういうときはむしろ関係ないことを書こう\(^O^)/
落ち着くといえば、僕はこうしてゆっくり考えるのが好きで、それがたまたま雨の日が多かったので、雨好きになりました。まあ雨の日はなかなか外に出られないので、当然といえば当然ですが。そういえば花札やったときに何故か雨札ばかり無駄に集まったりしたなあ…(・・;)
雨を綺麗に撮るのは、なかなか難しいんでしょうか?好きな割に、あまり印象に残る映画がありません。舞台では難しいし。僕個人のリアリティ観から究極的に言わせてもらえば『偶然そうであった、そうなってしまった』という場面が理想で、それがない、ということか。そういう意味で、シチュエーションコメディは素晴らしいと思います。
あれ?雨の話と関係ないな。やっぱダメですね、考えて書かないと。考えずして考えた文を書けるようになりたいものです。
あ、雨の話はまた書きますよ、懲りずに。好きですから(^!^)y~

アクト思春期: 力と信仰のツープラトン

ある舞台の仕込みの手伝いへ行って、芝居を見させてもらいました。芝居の稽古をしたり観劇したりしたときにいつも思うのは、こうやったらいいのに、と何度も思ってるのに、いざ自分がやるとうまくいかないジレンマです。情けないことです。見るはやすく、行なうはかたし。偉大なる先人はよくいったもんです。
考えられるのは、自分の芝居、というより行動を自分で把握できてないのが原因です。思ったようにできるのならば、こんな問題は起こらないはず。デクスティリティの高さが重要、という話にもつながりますが、要は表情、言動、行動が思考とどれだけ一致するか、です。ズレるのは仕方ないですから。言葉の限界にはもう、前から失望してますからー(>_<)。
僕の場合さらに『普段から自分の感情が表に出ていない』という問題もあります。自分の意思とは真逆にとられて怒られたり、笑われたり。気付いたのは二十歳をこえてから。遅すぎ〜(T_T)でも結構いるんじゃないすか?こういう病気のひと。ただ前の話でいうと、ソレが個性にもなりうるんですけど。
『人が想像できることは起こり得ることである』とノーベルだったかエジソンだったかは言ったそうです。ダヴィンチだったかな。まあ誰が言ったかはともかく、『想像できることは演技でき得ることである』ともとれるんじゃないでしょか?』誰も想像できないような芝居を考え付く能力も必要ですが、体現する能力がついてこなければ意味がない。まずは思ったことをある程度伝わるようにすること、そこからですねえ、はあ|(-_-)|

横たわるのは肉と豚

土日で演劇空間の稽古が進み、ある程度形にはなりました。やっと僕も成果が出だしたらしく、みんなに追い付いてきたと言われました。とりあえずは方向が合っていただけでもよかったです。しかしこれではいけない。自分が客を魅了するためには、みんなに埋もれていてはいけないです。
先日の公演後、ある先輩に『前はひとり浮いていたけど、今は溶けこめている』と評されました。嬉しい半分、何か違うな、と複雑な気持ちになりました。役者ならそりゃあそうですね。先輩はそういうつもりで僕に言われた訳ではないかもしれませんが、少し悔しい感じが残りました。ただ僕はこういう気持ちでやれてるので、上を見られるという気もします。まだ、まだです。
しかし僕のスロースターター度合いは如何ともしがたいものがある。どうしたらよいものか!この間の野球も、四球・投ゴロ・三振・投ゴロ・内野安打・三塁打の順でした。気持ちが乗ってると最初から飛ばせるんですが。早くから来てやるとか、イメトレしてくるとか、そういうものとも違うもの。ステージに立った時のあの違和感をいかに早く消せるか、ということなのかな。こうしたモチベーションの問題解決も課題ですね。
と、色々考え、身になった(のか!?)稽古でした。

活ける伝承は人を呼ぶ

映画祭の打ち合せがありました。いずれ公式発表されるとますが、過去三回の映画祭の作品をまた見たいという方もいらっしゃるのでは?という話をもとに、全ての作品は無理ですが、もう一度過去の作品を上映する方向で考えてます。今回より参加の監督も参考になるとおもいますよ。見逃した方には朗報ですね!十月後半辺りに予定しているので、是非見にきてください!近くなったらまた告知いまします。よろしくですね。

アクト思春期:ワンサイドゲーム

映画でも演劇でも芝居の感想で『あの人は芝居がうまい』という言葉を耳にします。これはどういう人のことを指すのか?凄いアバウトな言い方で、定義が難しいです。言い換えるならば、『芝居中の行動、台詞回しがリアルである、ウソっぽくない』ということでは?そしてそう感じるのは見ている側の主観で判断されるので、客の好みで評価が分かれるところです。ウソ臭い芝居が好きな人も数多くいる。
…それじゃ絶対評価じゃないから、みんながみんなうまいって思えないじゃん。
たまたま、表情とか自然にころころ変わって感情変化がわかりやすい人もいる。それがうまいってことで、また才能があるってことになるのか?表情薄い人、あまり動かない人の中にも味のある面白い演技をしてる人はいる。僕は疑問が残ります。
それとも、僕のこうした考えを超えたところの話なのだろうか。みなさんはどうですか?

アクト思春期:ゼロは下らない

今日は野球をしてきました。久しぶりにスポーツをやってやっぱり思ったのは、みんな得意不得意がある、個人差がある、個性がある。芝居と違ってデータが出る分明確すぎるけど、この間言ったことも同じですね。打撃や投球のフォームなら適度に曖昧でわかりやすいですかね。やっぱり僕は、個性についてもっと考えていきたいと思います。
あともうひとつ、個人的なばかり言っても面白くないので、テーマについて考えようと思います。映画と舞台では、同じ芝居をみせるのに、大きく違う。両方のジャンルをみたことのある人なら、『これは舞台じゃなくて映画向きの話じゃないのか?』と思ったこともあるはず。逆も然りです。
映画でしか、また舞台でしかできないことがあるはずだ!…と、思います。
やってる人達はそれぞれの利点をどううまくつかって、…まあ当たり前の話なんですが、当たり前なことは置いといてちょと突っ込んだ話をしてゆこうかと。
また例によって思いついた時に書きます。これでちょっとは面白くなるかな。

ジンジャーエールは気が抜けて

abfdc4f8.jpg雨の日は憂欝、なんて言う人も多いですが、僕はそうでもありません。一年のうちで今が一番心地よく降ってくれるので、よいですね。特にそう強くない、柔らかい雨が好きです。そういう日に紅茶片手に窓の外を眺めて…な〜んてやったことないですけど(>_<)
でも雨の日にぼうっとするのは好きですよ。長いこと電車に乗るときとか、悪天候の空をずうっと見てたこともあります。ここはBGMは坂本龍一でタイトルは『rain』…そのまんまですな。でもよい曲なので一度は聞いてみてください。
春もおわり、夏が間近になるからかな、この焦燥感めいた、でもそれほど激しくない何とも言えない感じ。これも何とか表現できないかな〜と思ってます。何だかいつかやりたいとばかり言ってますが。今つくろうとするとフランス映画のまね失敗したみたいになりそうですね…。
雨はそのキーワードのような気がしますが…ちょっとまとまらなくてすみません。また書きますね。
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