2009年05月04日

ファビオ・ルイジ指揮 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

dresden
・R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
・R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
・ブラームス:交響曲第4番ホ短調 作品98
(アンコール)
・ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲

ファビオ・ルイジ指揮
ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
愛知県芸術劇場コンサートホール/2009年4月27日(月)


老舗の底力に仰天でした。

前回シュターツカペレ・ドレスデンを聴いたのは2004年の名古屋公演、そこでのR・シュトラウスの『英雄の生涯』で圧倒された記憶があります(指揮者はハイティンク)。今回もR・シュトラウスがあり、そして5年ぶりの名古屋公演ということで期待度100%で出かけてきました。

率直に言って、ものすごく音がデカくてやたらめったら巧かったです。フォルティッシモの音量なんか、名フィルの1.5倍以上はあるのではないだろうか。しかも、どれだけ音が大きくなっても、全体としての響きのトーンがきちんと保たれている。響きという点に関しては、あの残響の多いホールの関係上、席によってはウルサク感じられたのではないかなとも思われますが、ニ階の後方にいた私の席からはその音響のスケールと上質さのシャワーを浴びまくることができて大興奮でした。

『ドンファン』は冒頭からエンジン100%全開で始まりましたが、全員がカンペキに揃っていて驚きました。しかも集中力が全く落ちない極上のアンサンブルで、速い個所はひたすら熱く鳴りまくる一方で、テンポを落として歌う箇所はひたすらねっとり。これは『ドン・ファン』に限らないことですが、チェロ・ベースの動きが派手で、さすがはドイツオケ!と掛声をかけたくなるくらいにガシガシ鳴っていました。それにホルンもパワフルなことこのうえない。そして全体から感じられるのは、驚異のまとまり感。完全に大編成のオ−ケストラが一体となって、ひとつの楽器のように蠢く感覚はまさしく一級のオーケストラの証です。

圧巻は2曲目のティルではなかったでしょうか。
この曲でも鳴りっぷりが凄まじく(ティルの断頭台の前の盛り上がりは壮絶極まりなかった)、クラリネットを初めとする木管楽器のソロがバツグンで、本当にティルがしゃべっているかのような表現力。しかも、全体としては大音量なのにソロ楽器の音は埋もれることがなく、ちゃんと客席に届くようになっているし、技術的にも完全に安定しているから危惧を感じるような個所など微塵もなく、どっぷりと作品世界に浸ることができました。そのぜいか、1曲目よりも会場からは大きな拍手が寄せられていました。

メインはなぜかブラ4。正直、ツァラかアルペンが欲しかったが...
1楽章は音量はよく出ていましたが、テンポ的には追い込みはなく、むしろ淡々としていました。しかし2楽章は大胆にテンポが揺れまくって濃く歌いこみ、そして3楽章、テンポよりもかなり速くなり、熱い演奏になりました。これこそいつもの燃えるルイジ!といったところです。そしてアタッカ気味に4楽章に突入。ここでは感傷的な気分よりも、高まる熱情で畳みかけた、という印象。その熱い演奏に、会場から大きなブラボーがかかっていました。

紹介なしに始まったアンコールは、冒頭のホルンソロだけで『オベロン』序曲であると瞬間的にわかりました。驚いたことに、コンサート本編で聴かれた音色とアンコールの音色が明らかに違う!コンサート本編にあったような鋭いアタックはここにはなく、まさにドイツの森を思わせるような深く落ち着いた音色がアンコールで出現していました。コンサート本編はルイジが細部まで鍛え上げていた一方で、アンコールはルイジがオケに完全に主導権を預けた、ということで違いないでしょう。なぜかブラ4よりもこちらの方に感動してしまった(笑)。

終演後はルイジのサイン会があったので、長蛇の列に並んでパンフにサインをもらいました。間近で見るルイジは元気満点、コンサートではあれだけ激しく動き回っていたのにも拘わらず、上キゲンでひとりひとりにサインをしていました。きっとルイジは今が働き盛りなんだろう。ドレスデン国立歌劇場の音楽監督にしてウィーン響の首席指揮者、そして来年にはPMFの音楽監督に就任、METへのデビューへも決定と、この指揮者はその全盛期を迎えつつあるのかもしれません。

ルイジとシュターツカペレ・ドレスデンに興奮させられた一夜になりました。あー、このオケの録音をもっと聴いてみたい、と公演から一週間経過してもSKD熱に浮かされている自分がいます。

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2009年04月26日

名古屋フィルハーモニー交響楽団第357回定期演奏会 四季

357
【ハイドン没後200年記念プログラム】
・ハイドン:オラトリオ『四季』Hob.XXI-3

指揮:鈴木秀美
ソプラノ:森麻季 
テノール:櫻田亮 
バス:清水宏樹
合唱:合唱団ノース・エコー
合唱指揮:長谷順二
名古屋フィルハーモニー管弦楽団

愛知県芸術劇場コンサートホール/2009年4月25日(土)

演奏者からやる気が感じられれば、おのずと演奏会は成功へと導かれます。ハイドンの『四季』、16:00開始で19:00終演の長丁場。しかし、出演者たちのテンションは最初から最後まで落ちなかったし、こちらとしても全然飽きることはありませんでした。
正直、私は「ちょっとぐらい寝落ちしても仕方ないか」と考えてながら会場へと向かったのでしたが、演奏にはそのような隙はありませんでした(それとも、毎日ショルティ/CSOの同曲の演奏を通勤時間にipodで聴いて予習した成果かも?)。雨模様+ハイドンの有名でない方のオラトリオ、という条件にも拘わらず8.5割ほど客席が埋まっていたのは、演奏者への期待によるところが大きかったことと想像します。

公式HPのインタビューで語っていた通り、鈴木秀美の指定したオケのサイズは弦楽器10-10-8-6-4の、通常の名フィル定期からすると少ない編成。アシで入っている奏者の数がチェンバロを除けば1人しかいなかったのもあるのか、いつもよりも合奏の機能性が向上していて、軽めで明快なサウンドに仕上がっていました。ヴィブラートももちろん控えめでしたが、かけたりかけなかったりしている弦楽器奏者が混在していて、なんかよくわかりませんでした。ティンパニはその乾いた音質からしてずっとバロックティンパニだと思っていましたが、よく見るとモダンの楽器でしたね。木製の撥で叩いていたせいか、非常にバロックぽい音が響いていました。あと、ソリストに絶妙な伴奏を付けたオーボエの山本直人が光っていました。

ソリストでは森麻季が出色の出来。声の伸びなども絶好調で、「夏」の15番のアリアの技巧的な難所もカンペキに決めていました。森麻季は一年前にシュトラウスの『四つの最後の歌』を聴いたのですが、インパクトとしては今回の方が強かったです(前回は妊娠中だったということもあったのかもしれませんが)。やっぱりこのソプラノにはハイドンの明るさが先天的にハマッている。他のバスとテノールは少しムラがありましたが、全体的には大健闘でした。3人とも声質が軽めなひとに統一された人選もさすがです。
「秋」の第22番の二重唱、ここは『四季』の中で唯一ソプラノとテノールの愛を語り合う箇所ということで、二人はオペラっぽい身振りをつけていましたが、ちょっと中途半端な動きだったかな...やるならやるでもう少しはっきりとアクションを取り入れてくれた方が良かったかもしれません。

コーラスのノース・エコーは今回初めて聴いたのですが、うわさ通りのレベルの高い合唱団でした。上記のとおりの長丁場でしたが、安定感と迫力は途切れることがなかったですね。「春」「夏」「秋」「冬」の各最終曲に置かれている盛り上がりも力感に満ちていて、楽しく聴くことができました。

今回の演奏で個性的だったのは「秋」の第26番の狩の場面で、ここだけに用意された4本のナチュラルホルンが威勢よく鳴っていました。バルブが付いていないだけに音程はヒヤヒヤものだったのですが、当時の狩りの様子を思い起こさせるにはピッタリですよね。実際の狩りのときには美音が聞こえるわけはないですからねえ。

こうして、ハイドンの描いた四季の移りかわりをどっぷりと味わうことができました。これも鈴木秀美の解釈の巧みさのおかげか。彼がモダン楽器のオーケストラに指揮で客演していることはあまりないとは思いますが、堅実でテキパキとした指示の出し方は非常に手慣れていましたし、これからもこうした面での活躍が期待できるのかも、といったところです。是非また名フィルに客演してもらいたいな。

* * * *

最後に、個人的に残念なニュースをひとつ。
この日配布されたパンフレットによれば、クラリネット首席のティモシー・カーターが09年4月14日をもって名フィルから退いたそうです(当然今回の定期にもその姿はなし)。
彼のクラリネットを聴くのが名フィルのコンサートに行く楽しみのひとつだったのですが...若手で有能な奏者であるだけに、どこかの海外オケにでもいってしまうのかもしれません。彼がいれば名フィルのクラリネットパートは盤石だと思っていただけに、残念です。

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2009年03月15日

Gergiev can conduct 芥川也寸志

今年のNHK音楽祭も相変わらずの名曲路線まっしぐらだなあとラインナップを眺めていたら、あるところでマウスを持つ右手がピタリと止まりました。

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2009年11月30日(月)
NHK交響楽団
ワレリー・ゲルギエフ(指揮)

【曲目】
チャイコフスキー:交響曲 第6番「悲愴」

芥川也寸志:
弦楽のための三楽章「トリプティーク」  ほか

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ゲルギエフが芥川也寸志、それもトリプティークを振るんですか!

最近では芥川也寸志の作品が取り上げられることは少なく、取り上げられたとしても一部の日本人指揮者によるものばかりの状況でした。しかし芥川の没後20年目を迎えた今年、世界的なネームバリューのあるゲルギエフが作品を指揮するとなると感慨深いものを感じざるを得ません。

それに、ゲルギエフと芥川のつながりについても、あながち何の関係もない取り合わせ、というわけでもない。

芥川也寸志の作品のスコアはソ連時代からロシアでは販売されていて、実際コンドラシン&モスクワフィルが1965年の来日公演で『トリプティーク』の第3楽章をアンコール演奏したこともありました。そういえば、芥川也寸志が当時国交のなかったソ連に密入国し、ショスタコーヴィチに会って自分の作品のスコアを見せた、というエピソードも有名ですよね。
ゲルギエフは芥川也寸志のことを「私がとても尊敬する作曲家」と評しています。まあ、これは日本のマスコミへのリップサービスかもしれないのですが、実際、芥川の『オーケストラのためのラプソディ』を取り上げていたこともあるらしい(ナクソス『日本作曲家選輯』の芥川也寸志編のブックレットに片山杜秀が書いています)。

売れっ子になった現在ではゲルギエフが芥川を振ることはほぼないのだろうなあと思ってはいたのですが、芥川の没後20年ということでついに、ということですね。N響としても、芥川を演奏するのは久しぶりじゃないのかな。

しかし、プログラムの「ほか」ってのもまた気になりますね。ここはひとつ没後20年のメモリアルということで、『交響管絃楽のための音楽』をチョイスして芥川プロでいいじゃないですか?もちろん『交響三章』でも無問題。そしてNHK音楽祭ということで、全国ネットでゲルギエフ指揮の芥川也寸志が放送されるのにも注目です。

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2009年02月23日

叫びたい

NHK教育「芸術劇場」シモン・ボリバル・ユースオーケストラの来日公演。ハジケぶりという点では、のだめオーケストラは完全に超えられました。

新たな願望がひとつ増えました。彼らの公演に出かけていって、アンコールで一緒にアレを叫びたい。

さあ皆様もご一緒に!


マンボ!






2曲目のヒナステラでは後半がエライことになってますね...(笑)


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2009年02月22日

名古屋フィルハーモニー交響楽団第355回定期演奏会 未完成+巨人

meiphil355
・シューベルト:交響曲第7番ロ短調 D.759『未完成』
・藤倉大:『アンペール』ピアノと管弦楽のための協奏曲*
[委嘱新作日本初演(英フィルハーモニア管弦楽団との共同委嘱)]
・マーラー:交響曲第1番ニ長調『巨人』

指揮:ティエリー・フィッシャー
ピアノ:小川典子*
名古屋フィルハーモニー交響楽団

愛知県芸術劇場コンサートホール/2009年2月20日

土曜日の定期はとうの昔に前売り券が完売していたので、金曜日の方に行ってきました。定期で完売って快挙ではないですか。

開演前には、この日に新曲が日本初演となる藤倉大のプレトークがありました。相変わらず名フィル定期のプレトークって、会場の過大な残響と観客入場中のノイズのおかげで聴きとりづらいことこのうえない...何か対策を講じてくれないものかな。トークの内容としては新曲の解説、フィルハーモニア管弦楽団によって行われた世界初演(大雪のためにリハ時間が非常に少なかったとか)のこと、この曲をソリストの小川典子を想定して作曲したこと、今後の活動予定など。作曲家という職業は非常に苦痛なので絶対に子供には勧めません、といっていたのが妙に印象的。あとは、リハで聴く限り名フィルは非常に真面目なオケだと感じたので本番が楽しみである、というようなことを言っていました。

ところで藤倉大とは何者か?
15歳の時に単身イギリスに渡った気鋭の日本人の若手作曲家(1977年生)で、数々の著名な国際作曲コンクールを総なめにした実績をもち、特にピエール・ブーレーズに評価され、ブーレーズが彼の作品の初演を手がけたこともあるとのこと。ちょうどこの日のパンフでは、「シカゴ交響楽団が彼に新作を委嘱し、それはブーレーズ85歳記念の演奏会でブーレーズ自身の指揮で演奏される」という予定が発表されていました。日本では読響も09年4月に彼の委嘱新作を演奏するということで、まさに日本人作曲家の注目株。ということで、この藤倉大の新作の日本初演を1年くらい前から楽しみにしていました。

新曲の構成はパンフに書かれていた通りで、全体が5つの部分に分かれ、序盤ではピアニストが音を発すると、オーケストラの演奏がそれを増強(amplify)してゆき、全体としてひとつのピアノに見立てている、という内容。ピアノが「ポーン」という和音を発すれば、次にオーケストラがかなりの特殊奏法満載の演奏でそれに応えてゆく。特殊奏法としては「弓で打楽器をこする」「開放弦でピチカートwithヴィブラート」などが披露され、7月定期の『音の破片』の衝撃とはいかないまでも、非常に音色効果が多彩で飽きさせないものになっていました。シロフォン・マリンバ・ヴィブラフォンの音がピアノ(序盤以外はほぼ休みなし)をジャマする、というのも面白かったですが、極めつけはトイ・ピアノ。

toypiano文字通りのおもちゃのピアノで大きさはグランド・ピアノの10分の1くらい、それが最初からピアニストの横に置かれていて、終りの部分でピアニストがトイ・ピアノに座りこんで演奏を始めるのです。そのトイ・ピアノは倍音を整えていない鐘のような響きに調律されていて、バックのグラス・ハーモニカのフワフワーンとしたやわらかい響きと相まって、不思議な音響体が作り出されていました。こうしてこの曲は終幕。

カーテンコールでは客席から藤倉大がステージに上ってきましたが、気がつけば彼のシャツの色は赤、小川典子のドレスも赤、トイピアノも赤と、ちゃんと統一されていたのですね。はっきりとしたメロディのないゲンダイオンガクでしたが、5つの部分の性格が明確でわかりやすかったせいか、大きな拍手で迎えられていました。名フィルも、この曲の途方もなく複雑と思われるスコアを立派に弾きこなしてましたと思います。名フィルで新作を委嘱するのは12年ぶりだとか事務局のインタビュアーが言っていましたが、長期にわたってご無沙汰だった意欲的な試みは成功に終わったと見てよいのではないでしょうか。この作曲家の他の作品ももっと聴いてみたいものです。

しかしあの真っ赤なトイ・ピアノ、どこに売ってるんだろうな。赤ちゃんが大きくなったら与えてみようかな。
* * * * *

さて演奏会の表題曲である『未完成』と『巨人』はどうであったかというと。

『未完成』はその繊細な表情付けとバランスへの配慮に思わず引き込まれました。ビブラートを少なめにして響きを抑制しているため、少しのミスでも目立ってしまう状況で弾く方としてはかなりの緊張を強いられるものと思われましたが、オケはうまく弾きこなしていました。開放された強音部との対比も明確で良かったです。

メインの『巨人』は、粘らないテンポでスイスイ進んでいった演奏。私の前の席の観客が「快速特急」と評しているのが聞こえてきましたが、まさしくそのとおり。フィッシャー特有のテンポの軽快さを併せ持った熱い演奏でした。名フィルで『巨人』を聴くのはかれこれ4回目くらい(去年のシリーズでもアツモンの指揮でやってたし)で、今回はいつもの名フィルの「地」が出たところもありながらも、フィッシャーが独自の爽快な解釈で巧くまとめ上げたような印象を受けました。

フィッシャーは1楽章の終盤で早めのテンポの上に猛烈なアッチェルランドをかけるなど、かなりオケをあおるような指揮。そのような解釈のためにいくつかソロの乱れなどもあり、オケもタテが崩れかけながらもギリギリのところでアンサンブルを保っていたように感じました。うまく乗り切れたのはこの日のコンマスを務めた植村太郎によるところ大なのではないかな。大太鼓とシンバルの音量は名フィルの常として大迫力で、4楽章は最後まで怒涛の熱い演奏でした。参考データとしては、3楽章冒頭のコントラバスはソロではなくトゥッティで(最近この版が多くなってきましたね)、4楽章終盤で起立したのはホルンパートだけでした(やっぱり金管を全員起立させるのはコバケンのみ)。

奏者ではクラリネットのティモシー・カーターとオーボエの寺島陽介のソロの見事さが目立っていました。ここのところ出番の増えてきた植村太郎と合わせ、これからの彼らの演奏には期待してゆきたいものです。

カーテンコールではブラボーも盛大で、シーズン1年目のフィッシャーの仕事がうまく納まったという感がありました。ちょうどこの日のパンフレットで「フィッシャーの名フィル常任指揮者としての契約期間が1年間延長された」との発表もあり、来シーズン、そのまた来々シーズンへと期待がますます高まるような雰囲気を感じました。きっと土曜の定期も満員の観客で盛り上がったことでしょうね。

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2009年02月12日

トム・クルーズ≠ヴォータン

wotan?

名駅を歩いていてこのポスターを見た瞬間、「え、トム・クルーズがヴォータンやるの?」と勘違い。

これは3月に公開される新作映画で、魔の炎の音楽とか死の告知とか、そういう物語ではないんですよ。

クルーズが演じるのは、ヒトラー暗殺計画を実行したシュタウフェンベルク将校、ということだとか。実在の人物を描いているうえに、実際に「ワルキューレ計画」という作戦名がつけられていたそうだから、あながち無節操なタイトルでもないようです。

しかしこのポスターからは、ワグネリアンを映画館に引き込んで興行成績を上げようとする魂胆が見え隠れする...わけないか。

ちなみに、トム・クルーズをワーグナーの方の「ワルキューレ」に出演させるとしたら(なんだかものすごい仮定だ)、彼はヴォータン役というよりは圧倒的にジークムント役でしょうね。ほら、目を閉じればノートゥングを引き抜く彼の姿が見える!(たぶん)。

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2009年02月08日

ハイティンクとシカゴ響は遠くにありて

haitink-bru7

・ブルックナー:交響曲第7番ホ長調
 
ベルナルド・ハイティンク指揮
シカゴ交響楽団
2007年5月10、11、12、15日(ライヴ)シカゴ、シンフォニーセンター、オーケストラ・ホール
Cso Resound CSOR901706

2日ほど前、赤ちゃんを抱きながらテレビ愛知(テレビ東京系)の「ワールドビジネスサテライト」を観ていたら、トリのニュースでハイティンク/シカゴ交響楽団の来日公演が取り上げられていました。

世界同時不況によってカーネギーなどのメジャーなホールが公演数を削減するなか、古参のアメオケであるシカゴ響の取り組みは?、という切り口。シカゴ響の年間収入6100万ドルのうち3割は個人からの寄付によるものだが、その金額は今後減少するという見込み。対策として、その個人の寄付者とのつながりを強くすることでそれを乗り切ろう、というシカゴ響のプレジデントのインタビューが放映され、同時にハイティンク/シカゴ響のサントリーホール公演の映像が流れました。ブル7を指揮するハイティンクやホルンを吹くクレヴェンジャーの姿を見ると、行きたかったなーとい思いに今更ながら駆られます。

ハイティンクもシカゴ響も、過去にそれぞれ1度だけ体験した実演があまりにも素晴らしかったので、自分の「来日したら必ず行くリスト」の常に上位にある存在。しかもそれがコンビで演奏してくれるってことで、サントリーだろうがみなとみらいだろうが関係なしと意気込んでいたのですが、現在の自分はなかなか出かける状況にはなく...ということで、それについて書かれたレポートをただ指をくわえて読んでいるのみ。

このライブ録音で聴くブル7は、ハイティンクらしい自然な流れの指揮が、シカゴ響から抑制された美しさを引き出した演奏です。確かにテンポはゆったりめではあるけれどただ遅いだけじゃなく微細で自然なテンポ変化があるから、まだるっこしく感じられることは微塵もない。その中でも全開するシカゴ響のブラス軍団は、もちろん存在感タップリ。他の録音では聞こえてこないような金管のフレーズや低音ブラスをはっきりと聞かせてくれるのは微笑ましくもあり。シカゴ響のサウンドは若々しく、ハイティンクのくせのない解釈とも相まって、飽きさせない録音に仕上がっています。...でもシカゴ響のあのダイナミック・レンジは、生演奏でしか体感できないものですよね。

シカゴ響が次に来日するのは5年以上先かなあ。前回来日したのが03年だったし。しかしそれ以上に、ハイティンクが次に来日するのはいつなんだろう?シカゴ響のシェフには2010年からムーティが就任するので、ハイティンクが新たなポストに就かなければ来日のチャンスは少ないのではないだろうか、と危惧しております。今年で80を迎える年齢からすると、まさかまたPMFやスーパーワールドオーケストラでひょっこりとやってくるとも思えないし。頼みの綱はロンドン響への客演としてぐらいかなあ。

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2009年01月31日

にんななんな

komoriuta《大作曲家の子守歌》
・ショパン:子守歌 変ニ長調作品57
・ブラームス:子守歌 作品49-4
・シューマン:小さな子守歌 作品124-6 
・シューベルト:子守歌 作品90-2
・フォーレ:子守歌 ニ長調作品16
・ヴォルフ:夏の子守歌
・メンデルスゾーン:子守歌 作品67-6
・シューベルト:子守歌 作品105
・シューマン:眠りの歌 作品121-16
・ヴォルフ:冬の子守歌 
・ラヴェル:ガブリエル・フォーレの名による子守歌
・リヒャルト・シュトラウス:子守唄 作品41-1
・グリーグ:子守歌 ト長調 作品38-1
・モンサルパーシェ:黒人の子守歌
・ストラヴィンスキー:「火の鳥」より 子守唄
・ファリャ:子守歌
・ドビュッシー:象の子守歌
・ベルク:眠れ、眠れ、ただ眠れ 作品2-1
・シマノフスキ:アイタホ・エニアの子守歌 作品52

ジャンヌ・マリー・ピマ(ソプラノ)
マッシミリアーノ・ダメリーニ(ピアノ)
ゲオルク・メンヒ(ヴァイオリン)

1987年【FREQUENZ/CBL 1】

中古CD屋で巡り合った渡りに船的なディスク。演奏者名もレーベル名も初めて目にしますが、これが今の私には重宝しています。

果たして子守唄がひとつの音楽ジャンルとして成り立っているのがどうかについてはさっぱりわからないのですが、こうして同趣旨の曲を続けるとそれぞれの個性の違いがはっきりと聴き取れるのが面白いですね。なかでも秀逸だったはラヴェルの「ガブリエル・フォーレの名による子守歌」。GABURIELFAUREになぞった音名で作られたメロディ、ということで聴こえてくるは「♪ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉にとまれ」に似た旋律。ヴァイオリンとピアノによるこの曲の演奏を聴き、心を安らかにしています。

ヴォルフの歌曲って意外にいいなあ、などという発見もありましたが、ベルクの曲が「眠れ、眠れ、ただ眠れ」というタイトルに相反して、全く眠れそうにないようなおどろおどろしい曲調なのが笑えました。ていうか、これはそもそも子守歌ではないでしょうw

しかしまあ、赤ちゃんというのは泣きやまないものですね。オムツを変えたばかりでも、母乳をさっき飲んだばかりでも、泣きやまない時は徹底して泣きやまない。そして朝夜関係なく一定の時間おきに発せられる泣き声に、疲労感の漂う両親。そんなときには子守歌を聴くと本当に心が休まります。

...子守歌って親のためのものだったのか。

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2009年01月17日

夜も昼も

gulda
《フリードリヒ・グルダ/モーツァルト・アーカイヴ》
モーツァルト:ピアノソナタ第1〜4、5、9、10、12、13、15番、幻想曲ハ短調
フリードリヒ・グルダ(ピアノ)
1980年オーストリア【DG/UCCG 1288/90】

退院してからというもの、ひたすら赤ちゃんの「お腹空いた〜」「オムツ替えろ〜」の泣き声に振り回されっぱなしの我が家。時間軸は全て赤ちゃんが握っているので、何の遠慮もなく夜中に叩き起こされます。これが噂に聞いた洗礼か…文句も言わずに授乳を続ける妻にはほとほと頭が下がります。

でも赤ちゃんは本当に可愛いですね。新生児期はすぐに過ぎ去るともいいますし、今の時間を大切に子育てを続けています。

さて赤ちゃんが家にいると、オーディオにかけるディスクも自然と限られてきますね。不協和音と突発的に盛り上がる曲は選曲不可能ということを受けて、ヘビーローテーションとなったディスクがこれ。

ここに聴くグルダの演奏は繊細で自由で、全然聴き飽きない。カセットテープから起こした音だというのが、このディスクの個性をますます強くしているような気がします。昼に普通の音量で聴けば溌剌さが、夜にググっとボリュームを絞ればその優しさが、一層感じ取れてくるのです。赤ちゃんがモーツァルトを聴いている一方で、私はグルダのセンス溢れる演奏に舌を巻く。


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2009年01月01日

謹賀新年

みなさま、明けましておめでとうございます。

新年早々になりますが、ここでひとつご報告を。

去年の年末(つまり数日前)に、私に第一子が誕生しました。

myson

陣痛の苦しみに耐えてくれた妻に感謝しつつ、可愛い赤ちゃんの顔を見つつ、父親になった実感をひしひしと感じているところです。

今年は子育てがメインということで、生演奏に接する時間は最小限にはなりそうですが、その分CD感想をアップできればな、と思っています。
その前に08年の総括もまだ出来ていませんが...それは追々ということで。
とりあえず、本日のウィーンフィルのニューイヤーコンサート生中継は、病室で赤ちゃんとともに見届ける予定です。

09年も一層波乱の年になるかと感じていますが、親になった責任を胸に、何事にも臆することなくぶつかってゆきたいと思います。

それでは本年もよろしくお願い申し上げます。

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2008年11月29日

マリス・ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

jansons-concerghebou
ブラームス:交響曲第3番ヘ長調op.90
ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」
(アンコール)ブラームス:ハンガリー舞曲第1番

マリス・ヤンソンス 指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

愛知県芸術劇場コンサートホール/2008年11月16日

 マリス・ヤンソンスのライヴに行くのはもう4回目になります。毎年恒例のヤンソンスの日本参り、今回はコンセルトヘボウとの来日です。
 会場口で「チケット1枚求む」と書いた画用紙を掲げてるひとがいたことからも、ヤンソンス/コンセルトヘボウの人気の高さを感じました。やはりチケットは前売りで完売していたとか。

 コンセルトヘボウの奏者たちがステージに登場するだけで、場内は大拍手。それは全員が入場し終わるまで続きます。ちなみにこの演奏会の観客たちのマナーは総じて良く、オケ好きの人たちが集まっているんだなあという感じがしました。そしてヤンソンスが登場すれば場内は一層の大拍手、さらには早くも「ブラボー!」と叫んでいる観客がいたり。おかげでこの日は、国内オケの演奏会でたまに出くわすような一部の観客のマナーの悪さを感じることはほとんどありませんでした。

 前プロはブラ3。こちらが驚くほどに集中力のある演奏で、素直に感動しました。
 コンセルトヘボウのサウンドを評する言葉として使われる「ビロード」、これって本当にピッタリの言葉だよなあと演奏を聴きながら何度も思っていました。CDじゃなくて、ナマで聞くとよくそれがわかる。特に今回はチェロとコンバスが良く鳴っていて、国内オケではまずありえないようなサウンド構成の綾を味わいました。さらには、コンセルトヘボウのメンツからはものすごい一体感が感じられます。100人演奏者がいたって、それぞれが自分の役割をよくわかっているから、まさにオケ全体がひとつの楽器のように鳴る。このブラ3だって、異なるパート間でのメロディの受け渡しがほぼカンペキだった。

 特に3・4楽章が素晴らしくて涙腺が弛みました。3楽章はチェロの音色が素晴らしいのは言わずもがな、特筆すべきは後半のホルンソロ!これは完全に涙腺刺激ポイントでしたね。もちろん、このホルン奏者は演奏終了後には真っ先に立たされて、観客から喝采をもらっていました。
 4楽章は、あの情熱的な前半が良かった。もうこれ以上のレベルが想像できないくらいに良かった。

 実は、このブラ3って、この演奏会の3日前のFMで彼らの演奏が生放送されているのを聴いているんですよ(NHK音楽祭)。だからどういう演奏になるかは大体わかっていたのだけれど、それでも、これまでに聴いたどのブラ3よりも感動させられました。まさにライヴの魔力ですね。

 メインは、ムソルグスキーの展覧会の絵。
 と、ここで冒頭のソロトランペットがこける!前半のオケの出来が素晴らしかっただけに、このミスはかなり痛く聞こえてしまった。するとそれが波及したのか、「ビドロ」でのテューバソロにもあやふやな部分が出現。しかし、ここで全体のフォルムまでは崩れていかないのはコンセルトヘボウが一流オケである証拠。中盤以降はまた驚異的な合奏力が戻ってきていました。

 全体としては、荒々しい曲がものすごかったですね。最上の出来は「バーバ・ヤーガの小屋」でしょう。盛り上げ好きなヤンソンスにピッタリはまる曲で、それはそれは圧倒的なもの。あとは「ビドロ」や「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」も良かった。やっぱり低音がガンガンなっていたからかなあ。
 この曲でのヤンソンスの指揮がはかにも楽しそう。ブラ3の時よりもオーバーアクション気味の指揮で、性格の違う10曲を楽しく聴かせてくれました。こういうキャラ立ちした各曲を実に巧く聴かせてくれるのは、ヤンソンスの魅力のひとつですね。それにラヴェル編曲だけあって、コンセルトヘボウが擁する木管陣の美しい活躍ぶりも印象的でした。

 ところでヤンソンスのアイデアなのか、今回の展覧会の絵には通常とは異なる打楽器パートが追加されていました。「カタコンブ」の和音に銅鑼や大太鼓が重ねられていたり、予想もしないところでシンバルや鉄琴がなったり、「キエフの大門」の冒頭ではティンパニが動いていたりと意外な補強がされていました。強烈だったのは「キエフの大門」のクライマックスで登場した正面視長方形上の「鐘」(だったのか?)。なんか鉄の板のように見えましたが、その大音量が見事に会場を包み、メイン終了。フィナーレはヤンソンスにしてはあまり盛り上げず、サウンドの美しさ、輝かしさという点が強調されていたように感じました。

 満場一致の大拍手の中でノリノりで演奏されたアンコールは、ブラームスのハンガリー舞曲第1番。この曲をアンコールでやると絶対に盛り上がりますね。まさに鉄板だ。

 演奏会の後に楽屋口に行ってサインをしてもらったとき、ヤンソンスはかなり調子の悪そうな表情をしていました。日本人スタッフの話だと、ヤンソンスは風邪をひいていて体調が悪いらしい。そういえば、楽章間で咳き込んだりしていたからなあ...
 でも、そんな中でも快くサインに応じてくれたヤンソンス。これが、ヤンソンスが日本で支持されている理由のひとつなのかもしれません。

 こうして、ヤンソンスとコンセルトヘボウのアジアツアーは無事最終日を終えたのでした。また2年後も名古屋に来てくれるかなあ。


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2008年11月16日

マリス・ヤンソンス/レニングラードフィルのプロコフィエフ交響曲第5番

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プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調作品100

マリス・ヤンソンス 指揮
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
1987年10月15日 ダブリン、ナショナル・コンサートホール(live)

 先月下旬に放送された「思い出の名演奏」、HDで録画してあったのをやっと観ました。マリス・ヤンソンス/レニングラードフィルの1986年日本公演で、曲目はショスタコーヴィチの交響曲第5番とチャイコフスキーの交響曲第4番でした。

 しかしまあ、この「思い出の名演奏」、まだ番組として存在していたんですね...以前放送されていたワクで「オーケストラの森」が始まってからというもの、消息不明になった感の強いこの番組。しかし、昨年の土曜の昼間にゲルギエフ&マリインスキー劇場管の初来日公演の放送で突如出現、そうしたら今年になって先月の土曜日にまた放送されていました(もしかしたら知らないところで放送があったのかもしれないけれど、私が追えているのはこれだけ)。

 番組内容としては、レニングラードフィルがもの凄いオケであったことがよく伝わってくるものでした。1986年といえばムラヴィンスキーは引退直前だけれどもまだ存命の時期で、ムラヴィンスキー本人はいなくともあちこちにムラヴィンスキーの解釈(両曲の、特に速い部分でのテンポ設定はヤンソンスというよりはほぼムラヴィンスキーのものが染み渡っていたと思う)が現われてくるような演奏でした。これを平然とした表情で、重量感タップリに完璧に弾きこなしてしまうレニングラードフィルはやはり超絶オケだ。それに、まだテミルカーノフが就任する前なので、奏者は年季の入ったひとばかり。ムラヴィンスキーの下で何十年も演奏を行ってきた面子ですね。

 まだ40代前半のマリス・ヤンソンス、かなり熱くストレートな指揮です。でも現在のマリス・ヤンソンスの方がカッコよく見えるのは、この指揮者が良い年齢の重ね方をしてきたの証拠なのか。ともかく、レニングラードフィルにとってはムラヴィンスキー抜きには考えられないこの曲を小細工なしにガンガン鳴らしていた印象でした。ただ、オケの存在感が強すぎて、ヤンソンスの個性まではちょっとわからない。
 
 番組を観終わった後、このコンビのCDを持っていたことを思い出して、押入れの奥から上記のCDを引っぱり出してきました。これがこのプロコフィエフの5番。おそらくイギリスへ演奏旅行に行ったときのライヴでしょう。

 これも、基本的にヤンソンスとオケの関係は同じですね。ともかくオケが超絶で、テンポがやたら速い(全曲で38分)上に重量感最強、全くミスというものがない。ヤンソンスは自分の個性を出すというよりも、オケの演奏を邪魔せずに全開させている。久しぶりに聴いてみたこのCDですが、昔聞いた印象以上にもの凄い演奏だということがわかりました。特に第1楽章の巨大さなんて、現代のオケではまず考えられないくらいの水準であると思う。

 ムラヴィンスキーとレニングラードフィルは、プロコフィエフの5番は数回しか演奏しなかったはずです。その録音が収録されたCD(Russian Disc)はとっくの昔に廃盤になっているので、veneziaレーベルあたりが復刻してくれないものかと期待しています。

※裏ジャケの若きマリス・ヤンソンス
 jansons

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2008年11月04日

ジャン・フルネ死去

TK逮捕よりも、バルトリ来日中止よりも、今日はこのニュースだろう。

「ジャン・フルネ死去」
http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY200811040102.html

ジャン・フルネ、ついにその姿を見ることができないまま逝ってしまった。

一度だけ、名フィルの定期演奏会にオール・フランス・プログラムで登場することが発表されたことあったけれど、結局はキャンセルに。代役はなぜかミシェル・プラッソンの息子だった。
フルネを聞けそうだったのは、後にも先にもこのときだけ。惜しいと言えば、あまりにも惜しい...

追悼曲として、フルネの振るペレアスとメリザンドとトゥーランガリラ交響曲をかけることにします。

合掌。


※フルネ指揮のメシアン:トゥーランガリラ交響曲が収録されたオランダ放送響録音BOX
box

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2008年11月02日

Trouble follows me

 しばらくネットから離脱していましたが、やっと復帰できました。
 実は最近、仕事の方でちょっとしたことが複数あって、それが私のミスが絡んだの絡んでないのとかで(ニュアンスのみ読み取ってください^^;)、対処に時間の大半を割かれている始末。それに精神的な疲労も感じたりで、予定をしてた演奏会も見送ったりと、少しばかりツラい状況になっていたりします。
 
 しかし、これも身から出たサビ。仕事をちゃんと処理できていれば、音楽を聞く時間も増えているはず。余暇を侵食されたくなければ仕事をやり終えねばならないのです。ここは割り切って自分の責任を果たすしかないな、と。
 
 というわけで束の間の、そして待望の三連休にやっと逃げ込みました。今日は家に訪問客があったので、その対応などで一日中家にいて身体と脳細胞を休めていました。溜まってきたネタもちゃんとUPなければなあ。

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2008年10月18日

出た!名フィル次回の定期ラインナップ!

 ついに発表!名フィル2009年定期のプログラム!

https://www.nagoya-phil.or.jp/concerts/2009/2009list.html

 次期定期のテーマは、「四季」。なじみやすいテーマのせいか、今年よりもわかりやすい曲が並んだかのような印象を受けます(各回にその月の季節を表す曲が配置されているのが特徴)。でも、その選曲と組み合わせはかなり独特ですなあ。作曲年代が20世紀の曲がなんと多いことw
 
 軸となるのは、フィッシャーが振るストラヴィンスキーの三大バレエ。ただ、ペトルーシュカもハルサイもここ1,2年の定期で取り上げていたため新鮮味という点では少し薄いですね。ここは演奏の質で勝負というところでしょうか。

 フィッシャーの指揮する回はどれも注目ですが(特にパユの登場する12月定期は完全なるフィッシャーワールド!)、その他では以前に少し触れたイラン・ヴォルコフがグラズノフの春・シベリウスのVn協・ドビュッシーの映像を振る5月定期、ハインツ・ホリガー登場(!)の2月定期が個人的に大注目です。

 2008年度のプログラムと比べるとショッキング度が中和されているのは、革新派と穏健派のせめぎあいの結果なのだろうか...フィッシャーが得意とするところのメシアンもショスタコーヴィチもプロコフィエフも無いので。しかし、ベートーヴェンもブラームスもブルックナーもマーラーもあえて外してきているところに、挑戦的な姿勢が見え隠れします。こうなると、市民会館シリーズのプログラムも待ち遠しいですね。

 といったところで、明日は名フィルに行ってきます。告別、告別♪

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2008年10月05日

【DVD】ヴェルザー=メスト/クリーヴランド管のブルックナー9番

most
ブルックナー:交響曲第9番ニ短調WAB109

フランツ・ヴェルザー=メスト 指揮
クリーヴランド管弦楽団

2007年10月31日、ウィーン、ムジークフェライン大ホール(ライヴ)
 
※特典映像:ヴェルザー=メストによるイントロダクション

Medici Arts/2056848

 個人的なことにはなりますが、気がついてみれば昨年のドイツ=オーストリア旅行からちょうど1年が経過していたのでありました。思いかえすはあの素晴らしき思い出...と、ムジークフェラインの映像を観ながら自分が足を踏み入れたこのホールの記憶をたどる。

 このヴェルザー=メストとクリーヴランド管のウィーン公演は私のウィーン訪問の一ヶ月後に行われたもので、ムジークフェラインのスケジュールに彼らの4日連続公演が組まれていたことは覚えていました。なんせ、日本には全くやってこないクリーヴランド管ですからね(その反面か、ヨーロッパ公演には力を入れているようで、今年のザルツブルク音楽祭にも出演していたそうです)。

 で、私の思いを誘ったのは、日時が近かったせいだけではなく、この映像に惜しげもなくムジークフェライン大ホールの金ピカの内部が映し出されているからなのです。このような映像って、意外に現在入手可能な映像では少ないように思う。ニューイヤーコンサートは花が盛大に飾られているので「日常」のムジークフェラインとは異なる雰囲気だし、バーンスタインやカラヤンの映像だと古めのフィルム撮影でまた微妙に雰囲気が違う。そうだなあ、夜のムジークフェラインってこんなんだったな。

 演奏はというと、緊張感あふれる中に鮮烈なトゥッティが響き渡る迫力満点の内容。サウンドが明るめで各パートの分離がよくクリアに聞こえるのはこのコンビのイメージ通りだけれど、非常な緊張感が漂っているのが特徴的。ムジークフェラインで耳の肥えたウィーンの観衆の前で演奏するというのは、やはり非ドイツ系のオーケストラにとっては気の抜くことのできない大舞台なのでしょうね。

* * * * *

 訪問の時に会場でもらったムジークフェラインのフリーペーパー「MUSIKFREUNDE」によると、このときのクリーヴランド管は以下のような日程で、同じムジークフェライン大ホールにて4日連続の演奏会を行っていたのでした。

2007年10月30日 モーツァルト:交響曲第28番、ドビュッシー:イベリア、ベートーヴェン:交響曲第7番
2007年10月31日 ジョン・アダムス:Guide to strange places、ブルックナー:交響曲第9番
2007年11月1日 ジョン・アダムス:Guide to strange places、ブルックナー:交響曲第9番
2007年11月2日 マーラー:交響曲第2番『復活』

 ブル9の日が2日あるので、もしかしたら2日間の演奏を編集したものかもしれない。しかし演奏後の楽員の表情すらも一様にカタイので、一日のみの収録でやり直しが利かないプレッシャーによる緊張感なのかなあ、とも思えてきます。

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2008年09月28日

ニューヨークフィルハーモニック 08/09シーズン オープニング・ガラコンサート

ny NYフィルの2008/2009シーズンが開幕していますが、その開幕記念のガラ・コンサートの映像が公式HPにて配信されています。プログラムは、マゼールの指揮によるベルリオーズのローマの謝肉祭序曲、ジェームズ・ゴールウェイの独奏でイベールのフルート協奏曲、チャイ4。

http://nyphil.org/concertsTicks/openingNight.cfm

 この映像は一夜のコンサートを完全収録している上に画質が非常に高く、オーケストラのWeb配信という分野に関しては珍しいくらいの高いクオリティになっています。高画質であるがゆえにおなじみのNYフィルの首席奏者たちがしっかりと映し出されていて、Tpのフィリップ・スミス、Hrのフィリップ・マイヤース、Tbのジョゼフ・アレッシ、コンマスのグレン・ディレクトロウなどの顔がはっきりとわかります(さすがにフィリップ・スミスの顔には年季が入ってきましたね...)。インジケーターも凝っていて、ちゃんと楽章ごとに頭出しができるようになっています。これは便利。
 配信は10月16日までということなので、興味のある方はお早めにチェックしてみてはどうでしょうか。

 ところで、今期はロリン・マゼールの音楽監督退任記念シーズンということで、プログラムやゲストなどがものすごいことになっています。
 まず目を引くのが、下記のプログラム。

マーラー:交響曲第10番より「アダージョ」
マゼール:フルートのための音楽
ブーレーズ:プリ・スロン・プリより「マラルメによる即興供
バーンスタイン:交響曲第2番「不安の時代」

 NYフィルの歴代音楽監督の自作曲集(!)。まさにNYフィルならでは、というよりもこんなプログラムを組めるのは世界でもNYフィルだけしかしない。ていうか、マゼールにブーレーズを振るイメージなんかないぞ。
 他にもR・シュトラウスの「エレクトラ」演奏会形式や、シーズン全体にわたってバッハのブランデンブルク協奏曲を取り上げるなど、なかなか意欲に満ちた選曲。
 そしてゲストも豪華で、ドゥダメルのマーラー5番やキャプランのマーラー「復活」、次期音楽監督アラン・ギルバートのオール・バーンスタイン・プログラムやマーラーの1番など。さらに主だった客演指揮者ではエッシェンバッハ、コープマン、デュトワ、ムーティ、メータ、サロネン、ソリストではブロンフマン、ラン・ラン、ギル・シャハム、ズーカーマン、ルプー、ムター、内田光子、テツラフなど。さらに世界初演が5曲。やっぱり世界的にネームバリューのあるオケは違うな、と。

 シーズン最後の09年6月にはマゼールは4種類のコンサートに出演し、ブリテンの戦争レクイエムやマゼールの自作曲2曲(farewellという題名もふるっている)にシベ2などを振り、最後の演奏会はマーラーの千人の交響曲!

 マゼールの退任記念で、シーズンラインナップからも怖いくらいの気合が伝わってくるNYフィル。そして通年でマーラーの交響曲を5曲も取り上げる大盤振る舞い。こんなオケがわが街にあったら夢のようだなあ。てか、一度でいいからニューヨークに住んでみたいな。

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2008年09月21日

ブーレーズ/アンテルコンタンポランのモーツァルトとベルク

morzart-boulezモーツァルト:セレナード第10番変ロ長調 K.361《グラン・パルティータ》
ベルク:ピアノ、ヴァイオリンと13の管楽器のための室内協奏曲(*)

内田光子(ピアノ)(*)
クリスティアン・テツラフ(ヴァイオリン)(*)

指揮:ピエール・ブーレーズ
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
2008年3月19日-21日 パリ、IRCAM
DECCA/UCCD-1215

 「ブーレーズ初のモーツァルト録音」と銘打たれたこのCD。ブーレーズのモーツァルトといえば、ベルリンフィルのヨーロッパコンサート2003でピリスと共演したピアノ協奏曲第20番があったはず。だけど、あれはライヴを映像化したものであるし、ブーレーズ自身「気晴らし」であるかのような発言をしていたので、純粋な?意味でのスタジオ録音はこれが最初ということか。

 それにしても、これほど精妙な「グラン・パルティータ」は初めて聴きました。
 13人の管楽器奏者のみで演奏されるよう指定がされているということで指揮者なしの管楽アンサンブルとしても演奏される曲ですが、そのような演奏とは一線を画し、ブーレーズのコントロールがビッシリと効いた精緻な演奏なのです。この曲でこれほど各楽器の音の粒立ちが揃っていて、管楽器特有の「フワフワ感」が注意深く避けられているのは稀有だと思います。
 最も、私は今までにそれほど「グラン・パルティータ」を聴きこんでいるわけではないですが(7楽章形式で50分という尺が長いので...)、アンサンブル・アンテルコンタンポランの技術の高さは一目瞭然。巧すぎてMIDIのように聞こえてくるところもあるくらい(相変わらずブーレーズはテンポを全く揺らしてこないし)。でも、無味乾燥には聞こえてこないのが不思議。
 ブーレーズは、ひたすら各楽器の音色の特性とそのブレンド具合に配慮していて、テンポ的にそっけがなくても、そこから絶妙な美しさが生まれてくる。そして第7楽章に代表されるように、アンサンブル・アンテルコンテンポランの演奏がいかにも楽しげな表情をたたえているのが印象的!≪グラン・パルティータ≫のセカンド・チョイスかサード・チョイスになるのに十分な豊かさのある内容です。このコンビでモーツァルトの名演が生まれるってのは意外だ。

 この《グラン・パルティータ》に併録されているのが、ベルクの室内協奏曲。同じ13人の管楽器に、内田光子のピアノとテツラフのヴァイオリンがフューチャーされています。しかし、なんでこの顔ぶれで何故DECCAレーベルから発売されたのだろうか。

 モーツァルトと同様、各楽器の音色が非常に良いです。そしてモーツァルトとは性格の違うベルクの曲だけに、音色になんともいえない色気が漂います。都会の夜って感じですね。やはりブーレーズは響きに対する感性は、他のどの指揮者とも異なっています。

 テクニカル的に恐ろしく難しいはずなのに、アンサンブル・アンテルコンタンポランは怖いくらいにスムーズ。そして、内田のロマンティックなピアノとテツラフの正確無比なヴァイオリンの絡み合いの面白さ。ブックレットに収録されている座談会で内田光子が嘆いているように、確かにテツラフのソロが一番「おいしい」。だからといってヴァイオリン協奏曲のようにはならず、各楽器が均等に聞こえてくるのはやはりブーレーズのバランス感覚によるものでしょう。
 ちなみに、このブックレットの座談会はブーレーズ、テツラフ、内田光子にインタビュアーが質問を投げかけるというスタイルですが、いつもの口調で自論をブチまける内田光子が相当面白いです(笑)。このブックレットが読めるという意味で、買うなら国内盤をお勧めします。

 しかしこの曲は難しいなあ。ピアノと管楽器による第1楽章、ヴァイオリンと管楽器による第2楽章、そして全員による第3楽章とがアタッカでつながれるという構成ですが、それ以上の構成が私にはなかなか掴めません。この文章を書く前に10回くらい聴いているんだけどなあ。
 でも、なんといってもあの終わり方がステキですね。これでフライングブラボーができる観客は皆無でしょうw

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2008年09月13日

BBCプロムス2008、いよいよクライマックス

http://www.bbc.co.uk/proms/2008/whatson/season/printer.shtml

 7月中旬から9月上旬にかけて開催されているイギリス最大のクラシック音楽の祭典「BBCプロムス2008」。もう最近はCDじゃなくて、ずっと上記のサイトからプロムスのネット配信ばかり聴いています。

 この3日と4日にはラトル/ベルリンフィルが登場し、ワーグナーのトリスタンとイゾルデの前奏曲と愛の死&メシアンのトゥーランガリラと、ブラ3&ショスタコ10番のプロがありました。ショスタコ10番も壮絶でもの凄かったけれど、メシアンのトゥーランガリラ交響曲が最強の演奏でした。高速テンポと高機動性で走り回るラトル/ベルリンフィルの横でピエール=ローラン・エマールの変幻自在のピアノが駆け回る。これだけ進化したトゥーランガリラは、このコンビ以外ではまずありえないだろうと思わされるくらいのインパクトがありました。これ、来日公演でやればいいのになあ。でもチケット取れなかったから関係ないや。

 他にもマゼール&NYPのマンダリンとハルサイのサービスタップリ演奏や(チャイ4の後のアンコール3連発には正直笑えました)、ガッティ/ロイヤルフィルの熱い熱いチャイ5、コリン・ディヴィス/GMJOの壮大なシベ2などが印象深かった。配信は演奏会の日の後の7日間のみですが、今聴ける演奏で注目なのはハイティンク/シカゴ響のマラ6(Prom 71)やショスタコ4番(Prom 72)、エッシェンバッハ&パリ管のマーラー1番(Prom 74)、次回の名フィル定期に登場するマーティン・ブラビンス&BBC響の惑星(Prom 73)など。あと、面白いところではメッツマッハー指揮のメシアン「アッシジの聖フランチェスコ」(Prom 70)も聴けます(午後4時に始まった演奏会が終わったのは午後10時だったとか...)。いやー、いくら時間があっても足りません。

 そして千秋楽の「ラスト・ナイト」はイギリス時間の13日午後8時から行われます。指揮は、ロジャー・ノリントン。音楽雑誌でも報道されている「ノン・ヴィブラート論争」が気になりますね。果たしてノン・ヴィブラートによるエルガーの『希望と栄光の国』とはどんなものか?
 ここで今回の「ノンヴィブラート論争」について解説をしておきますと(あくまで受け売りでしかありませんが)、さかのぼることプロムス序盤の7月22日、Prom 7においてノリントンはシュトゥットガルト放送響とともにエルガーの交響曲第1番をノンヴィブラート奏法で演奏。演奏内容自体は良かったようだが、観客の反応は悪かったらしく、後日イギリスの評論家たちから一斉に「エルガーにはヴィブラートが必要だ」との批判を食らう羽目となった。しかし、ノリントンは全く動じず、「ラスト・ナイト」のクライマックスで観客全員が合唱に加わるエルガーの『希望と栄光の国』をノン・ヴィブラートで演奏すると宣言している、というもの。
 いったいどのような「ラスト・ナイト」になるのか注目です。『希望と栄光の国』がプロムス113年の歴史上初めての響きになるのは、確実視されているとか。それを観客は例年通りの大盛り上がりで迎えるのか?それより、こんな大舞台に登場するノリントンがどんな指揮を行うかも見もの。こういうガラ・コンサート的なステージは似合わなさそうなひとだからなあ。「ラスト・ナイト」でもあのフツーの真っ黒のシャツで登場するんかな。注目。


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2008年09月08日

名古屋フィルハーモニー交響楽団第350回定期演奏会 ツァラトゥストラ5 −学問の拒絶

meifil350
メシアン:キリストの昇天<生誕100年記念>
武満徹:ファンタズマ/カントス*
ラヴェル:バレエ『ダフニスとクロエ』全曲**

指揮:ティエリー・フィッシャー
クラリネット:亀井良信(*)
合唱:グリーン・エコー(**)
合唱指揮:荻野砂和子(**)
名古屋フィルハーモニー交響楽団

愛知県芸術劇場コンサートホール

 先週の市民会館から一週間も間をおかずに芸文に行ってみたら、なぜか非常に安心しました。

 メシアンの『キリストの昇天』は、オープニングながら30分程度の長さを持つ重量級の選曲。しかし、名フィルとフィッシャーの演奏には恐ろしいくらいの集中力が感じられ、中だるみというものがカケラもなかった。
 1楽章から金管の緊張感がすごい。この楽章は金管合奏のみですが、トランペットソロとそれにハーモニーを合わせる金管の歯車がガッチリとかみ合っていました。最近の名フィルのブラスの向上ぶりには驚かされます。
 第2楽章も、今日のブラスなら安心して聴いていられる、と思わされたほどの安定感。あとイングリッシュ・ホルンの響きも美しくて「おおっ」と耳をそばだてられました。面白かったのは、後半で主旋律が復帰するときに出てきた弦楽器の音量。普通の演奏ならサラサラと風のように演奏されるものですが、フィッシャーはメロディと同じくらいの音量で強調していました。隠し味というよりは、副旋律か。
 第3楽章でテンポ指示がvif et joyeux(活き活きと陽気に)となり、やっとこの曲で初めて速いテンポの部分が出現。ここでの統率されたアンサンブルも気持ちよい。そしてそれとは対照的に遅いテンポで瞑想的な第4楽章では、透明感のある宗教的なサウンドを作り出されていました。
 この4楽章は弦楽合奏のみですが、弦の人数はフィッシャーの指示で大胆に減らされ、1stヴァイオリンが全員弾いているのに対して2ndヴァイオリンがその半分、ヴィオラが6人、チェロが2人だけという人数コントロールがされていました。きっとこのメンバーで何度も練習したんだろうなあ。ともかく、全てのパートが素晴らしかった。
 メシアンといえば、沼尻竜典が常任指揮者の時代にトゥーランガリラ交響曲を弾きまくっていたことがありましたが(定期で取り上げ、東欧ツアーで各地で演奏し、その前の壮行演奏会でも弾いていた)、やはり名フィルにとってメシアンは比較的馴染みのある作曲家なのでしょう。それが、今回の名演につながった、と(たぶん)。名フィルにとっては珍しいくらいの色彩感のある演奏でした。

 2曲目は、クラリネットソロを従えた武満の『ファンタズマ/カントス』。この演奏精度はメシアンを上回るくらいでした。
 この曲、クラリネットソロの方が正統的タケミツ・ワールドなのですね...と演奏を聴きながらしみじみ思いました。というのも、普段私が慣れ親しんでいるのは『ファンタズマ/カントス供戞2燭違うかというと、こちらの方はソロがトロンボーンなのです。トロンボーンの場合、バックのオーケストラのサウンドとは異なる音色になるのでより協奏曲っぽくなります。それは、この曲の編成にはトロンボーンが入っていないという理由もあります。ところが、『機戮諒にはオケにはクラリネットが入っている上、クラリネットの音量の関係上、それほどソロが前面に出てこないところがあります。すると、『機戮諒は協奏曲という要素は薄れて、ソロもサウンド的にオケの一員となるところが多くなる。その調和のためか、『機戮諒がよりタケミツっぽく感じられてくる。と、そんなことを考えながら聴いていました。
 この曲は「日本庭園を歩きながら、小道に沿って、あちこちと立ち止まりながら瞑想する情景」というイメージで作曲されたとのことですが、フィッシャーの指揮はこの場面分けを明確に表現しようとするものでした。やはり、この指揮者には茫洋とした曲でも展開をはっきりと聴かせようという志向があるようです。この思索的でゆったりめな雰囲気を緊張感でつなぐ集中力とそのサウンド、そこから感じられる色彩感には、1曲目以上にうならされました。亀井良信のソロも、精度の高さと多様な音色が良かったです。

 しかしこの選曲は巧いなあ。メシアンと武満は似てるといえば似てますけど、こうして続けて聴かされると本当に完全に同一線上にある曲であることが理解できます。そして、これらのゆったりとして瞑想的・思索的な前半の雰囲気は、『ダフニスのクロエ』の圧倒的な音響と熱狂的な踊りによって解放される。これがサブタイトルの「学問の拒絶」の意味かな?

 その『ダフニスとクロエ』。合唱が加わる全曲版は初めてなので、前半のレベルの高さもあって非常に期待していました。
 ところが、100人の合唱団が加わったせいなのか、序盤から演奏が大味に...前半はあれほど好演を展開していた金管パートも、なぜか別人のようにアラが見えてくる。合唱も少し単調というべきか、音量の段階分けの「段」が少ない。しかも、合唱のみで演奏される『間奏曲』になぜかカットがあったりと不可解な面もあり、少し拍子抜け...
 しかし、やっぱり私はこのダフクロという曲が好きなんですよ。後半に進むにつれて、演奏の些細なキズは気にならなくなりました。「夜明け」の部分も、合唱付きで聴くと本当に感動的なのです。その前に登場するウィンドマシンには、ああやって音色を変えているんだ!との面白い発見もありました。そして「全員の踊り」では、フィッシャーの威勢よく振り回される左腕と共にヌケのいい音響が連発。快感!でした。

 メインの曲での乱れが惜しまれますが、前半の2曲は、選曲・演奏ともにプロのオーケストラにしかできない領域にあったと思います。フィッシャー効果はどんどん名フィルの中で大きくなっていますね。次の2月の定期が待ち遠しい。あと、来年でも再来年でもいいから、フィッシャー&名フィルでトゥーランガリラ交響曲をやってくれないものかな。きっと沼尻時代を超えてくれますよ。

*****

 と書いたところで、金・土と定期の両日を聴いたというSonnenfleckさんのエントリを読むと、「ダフクロは金曜の方にはアラがあったけれど、土曜の方ではずっと改善されていた」とあるのではないですか(私が行ったのは金曜日のみ)!エエエェェェ...゚(゚´Д`゚)

 だけど、まあ、1日目だからといって荒れた演奏をしてしまう名フィルの方が悪いんだ、ということにしておこう(でもなんかショックだなあ)。

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