2007年05月08日
【大相撲】栃東、脳梗塞再発を懸念し引退「気力なくなった」
「気力がなくなった」−。大相撲の大関栃東(30)が7日、東京・足立区の玉ノ井部屋で引退を発表した。現役続行を希望してきたが、検査で判明した『脳梗塞の痕跡』のリスクを考え、心が折れたという。今後は年寄「栃東」として部屋の後輩を指導し、父で師匠の玉ノ井親方(62)=元関脇栃東=が定年退職する2年後に年寄名跡「玉ノ井」と部屋を継承する予定だ。心は吹っ切れていた。13台のテレビカメラ、約60人の報道陣の前に現れた栃東の顔には、笑みさえ浮かんでいた。
「相撲を取る気力がなくなり、引退することになりました。医者からも『相撲は考えられない』と言われ、どうしても前向きになれなかった」
心が折れた−。3月の春場所を高血圧症で途中休場したが、投薬の効果で体調が安定したことから、4月の春巡業に皆勤し、ぶつかりげいこで若手に胸も出した。現役続行を希望し、模索し続けたが、最後に引退へと気持ちが反転した。
決めたのは「2、3日前」だったという。肩や両ひざのけがに苦しみ、大関から関脇に2度落ちながら、史上初めて2度とも復帰したほど苦境に強い男が、つらい決断を余儀なくされた裏には、『命』というあまりに重い十字架があった。
3月に大阪、東京の病院での精密検査で、過去に脳梗塞を起こした跡が見つかった。検査を重ねるうちに主治医から「生まれつき脳の血管が細い。また詰まる可能性がある」などと指摘され、最後まで現役続行への太鼓判は得られなかった。母方の家系に同様の罹患者がいたこともあり、4月はじめには母・千夏さんに「長生きしたい」と吐露したという。
医師から食事制限と20キロ以上の減量を命じられ、ご飯も茶碗に半分程度に抑えた。これでは相撲を取ることは不可能。「けがだったら、もう一度頑張ろうと思ったけど」。生命を危険にさらすリスクの回避…出した結論が「引退」だった。
明大中野中の先輩で、憧れ続けてきた元横綱の3代目若乃花の花田勝氏と貴乃花親方に6日に電話で引退のあいさつをして、未練を捨てた。「逆に今は、(病気が)わかってよかったし、一生懸命やったので悔いはない」と静かに語った。
この日の相撲協会の臨時理事会で、大関が引退後3年間は現役名のまま親方として協会に在籍できる特権により、年寄「栃東」の襲名が承認された。将来は父の跡を継いで玉ノ井部屋の師匠となることが既定路線だ。
「気持ちで負けない、我慢強い相撲を教えていきたい」。私生活に支障はなく、今後は後進の指導に全力を傾ける。病により、惜しまれながら引退する名大関が、指導者となって、横綱の育成を目指す。
★栃東に聞く
−−相撲人生を振り返って
「若乃花、貴乃花を目標にやってきて、いい方たちに恵まれ、いい相撲人生が送れた」
−−思い出の一番は
「新三役(平成9年名古屋)で若乃花関に初めて勝ったときですね」
−−3度の優勝を誇る
「優勝できるとは思っていなかった。いろんな人の支え、ファンの声援があったからできた」
−−綱とりに挑んだ
「やはりプレッシャーが大きかった。それに負けたかな。でも挑戦できただけでもよかった」
−−現役最後(春場所11日目、上手投げで負け)の相手が朝青龍だった
「頭痛がすごくて自分の相撲が取れず、当たっていくのがこわかった」
−−今後、親方として
「外国人力士には気持ちで負けないでほしい。稀勢の里、栃煌山、豪栄道らがどんどん勝って、相撲を盛り上げていってほしい」
◆玉ノ井親方(元関脇栃東)
「入門したときは不安だったが、小さい体で精いっぱいやった。病気が分かったのは不幸中の幸いだった。本人も悔いはないと思う」
◆北の湖理事長(元横綱)
「一番残念なのは(栃東)本人でしょう。けがに悩まされたが、相撲のうまさが目立つ力士だった。大関から2度落ちても返り咲き、くじけずによく頑張った」
◆貴乃花親方(元横綱)
「ただ残念としか言いようがない。これからの人生の方が長いので、体を大事にしてもらいたい。外国勢がひしめく中で、頑張ってきた日本人の代表格が引退してしまったことは本当に寂しい」
◆花田勝氏(元横綱3代目若乃花)
「太祐らしく精いっぱいやったのではないかと思います。第二の人生はすり足のようにゆっくりと進み、じっくりと地盤を固めて頑張ってください」
◆横綱朝青龍
「優勝争いもしたライバル。まだまだ取れると思っていたのに残念です。これからは朝青龍を倒すような弟子をつくっていってください」
◆大関魁皇
「まさか俺より早く辞めるなんて。何でこんな時期にとびっくりしている。一緒に戦ってきた仲間がまた一人いなくなって寂しい」
◆栃東をよく知る野球日本代表監督・星野仙一氏
「まだ30歳か。けがならともかく、もったいないな。独特の相撲観と卓越した技術の持ち主なので、指導者として前向きに頑張ってほしい」
◆栃東と親交がある柔道の井上康生
「大関は相撲で刺激を与えることができる人だった。苦悩がある中でひた向きに相撲の道を貫いている姿を、僕自身の励みにさせていただいた」
▼脳梗塞
脳の血管が詰まることにより、脳細胞の一部が壊死してしまう病気。手足が麻痺するなどの後遺症が出る場合もある。素早く適切な処置を行えば、助かる確率も高くなる
■栃東 大裕(とちあずま・だいすけ)
本名・志賀太祐。昭和51(1976)年11月9日、東京都足立区生まれ、30歳。平成6年九州場所で初土俵を踏み、8年九州場所で新入幕。新大関となった14年初場所で初優勝を飾る。けがで2度大関から陥落したが、史上初めて2度とも復帰。優勝3回。殊勲賞3、敢闘賞2、技能賞7回。得意は左右のおっつけ、押し。通算成績は560勝317敗169休。1メートル80、155キロ。
■頭部疾患が理由で引退した名力士
明治期に大阪相撲で活躍した横綱の若島と大木戸の引退劇は衝撃的だった。若島は自転車で走行中に転倒して頭を強打、治療に努めたが完治せず、明治40年に33歳で廃業。大木戸は広島での興行中に脳出血を起こして半身不随になり、大正3年に35歳で引退した。 また、昭和の大横綱大鵬は引退から6年後に脳梗塞で倒れたが、病魔を克服して相撲協会の理事職を務めた。
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1. 歯周病学 [ 歯周病学 ] 2007年05月09日 19:51
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