自転車トレーニング入門

ロードレースに向けてのトレーニングを綴るブログ

あくまでも私の感覚なので、その程度の事として読んでください。

■カタチAを保ち、上から踏むことが大事

自転車に乗らず、普通に地面を、つま先というか母指球の辺りで思いっきり踏み込んだとき(カカトが少し上がり地面をギュッと踏みつけている感じ)の

「母指球」
「ヒザ」
「股間というか脚の付け根」

の位置関係を仮に「カタチA」とし、これをペダリングの踏み込むカタチと考えてみる。ペダリングではこのカタチAを保ち、上から踏み込むという感覚が大事である。


つづく

はじめに言っておきますが、私はダイエットについて詳しいわけではないので、まあ、素人の話として読んでください。

自転車ロードレースは体重が軽いほうが有利なため、私は現役の頃、目標のレースに向けてダイエットをしてました。
当時はカロリー計算をしながらのダイエットで、結果食べる量を減らすこととなり、精神的にきついもので、佳境に入ってくると、日常生活においてイライラを感じやすくなるといったこともありましたし、筋力が落ちるという副作用?がありました。

競技をやめて時は過ぎ、仕事が忙しくなり運動習慣が無くなってきたところで、少しずつ体重が増えてきていることに気が付きました。まあ、ある日突然気が付いたのではなく、リアルタイムに「あれ、また増えてる」ぐらいのことは当然認識してましたが。

ふと、部屋の鏡を見れば現役の頃と比べ、筋肉は無いのに体重はプラス10キロ。かなり残念な体形となった自分がそこにいました。
「このまま老いたくない」との思いから、本来の自分(私の中ではいまだに、現役の頃の自分が本来の自分であるという感覚がある)を取り戻すため、10年振りにダイエットすることを決意しました。それが今年の2月頃です。

食事の量を減らし始め、減量とのキツイ闘いを覚悟してたところ、たまたまコンビニの雑誌コーナーで目に入ってきた言葉が「低炭水化物ダイエット」でした。私は何の気なしにその雑誌を買って読み、内容についてまあまあ納得した私は、とりあえずそのダイエット法を試してみることにしました。

つづく

自転車ロードレースにおいて「疲労」の原因は

―杜蓮幣紊蟶筺
空気抵抗
スピードの変化

の3つであると思う(それ以外ないでしょう?)。
逆に言えば、上り坂でなく、空気抵抗がなく、スピードの変化もなければ、疲れずに高速で走り続けることができるということである。
実際、トラックをオートバイの後ろをついて走り続ける練習があるが、そこでは、かなりのスピードで走り続けることができる。

私が選手として走っていたころ、レース中先頭を(自分にとっては結構速いペースで)引き続けていると、先輩の選手から「タイムトライアルやってんじゃねえんだぞ!」と発破をかけられたものだが(私はトライアスロン出身だった)、それはロードレースでは一定のペースで走るということはあまり良くないことだからである。
なぜよくないかというと、後ろを走る選手は、オートバイについていくのと同じでまったく疲れないので試合にならないからである。
一方ヒルクライムなどのタイムトライアルでは一定のペース(心拍数)で走るのがセオリーだろう。

つまり、タイムトライアルとロードレースでは、いろいろと考え方が違うということである。
また、ヒルクライムもタイムトライアルだし、単独でどこかを走るのもタイムトライアルと同視して考える。

ポジションとペダリングの違いについてざっくり書くと
【タイムトライアル】
・ポジション
自分の好きなポジションでいい。前乗りでもいい。ワンポジションでいい。
・ペダリング
自分にとって効率のいいペダリングでいい。
高回転しなくていい。
ダンシングの必要性はあまりない。

【ロードレース】
・ポジション
集団内での微妙な位置調整ができるよう、バランスがいいポジションであることが必要。
例えば、コーナーの連続する下り坂を、時速60キロ且つダンゴ状態(肩が触れ合うぐらいの密度)で下ることもあるが、前走者との間隔をせめて20センチ程度に保っていないと下手な選手と見なされ、他の選手に強引に横入りされる原因となる。
また、疲れを分散させることが大切なため、ワンポジションでずっとというわけにはいかない。
・ペダリング
自分にとって効率のいいペダリングはもちろんだが、急加速に対応するため高回転、ダンシングは必要。
踏み込んだり回したり、色んなペダリングができると疲れが分散できて良い。
私が感じるタイムトライアルとの一番の違いは、ロードレースの場合、試合中自分にとって快適な回転数で回せるわけでなく、集団によって決められた回転数で回さなければならないということである。

つまりまあ何が言いたいかというと、ポジションにしろペダリングにしろ、色んな考えがあり、答えは一つではないということである。(なので、前提となる条件を何もつけず「正解はこれ!」と言い切る人の理論理屈は、私は好きではない)

冒頭で、疲れる原因を挙げたが
ロードレースは´↓についての対策が必要であり
タイムトライアルでは、主に,梁从だけが必要となるところも、結構大きな違いである。

以前このブログで、引き脚について

C.引き脚は推進力となる
D.引き脚は推進力にはならない

については、ちょっと考えるところである。
なぜなら、選手の間でも意見が分かれるところだからだ
引き脚を積極的に使っている選手もいれば、そうでもない選手もいる。
(ちなみに、今中さんは本の中で『プロライダーはエスケープなどでは踏み脚と引き脚を5分5分で使うこともある。』と書いている)

と書いたが、誤解のないように補足すると
当たり前すぎることだが、引き脚が推進力にならないわけはない。

トラック競技でスタートが大事な種目では、スタートのときガンガン引き脚を使って加速している。(私は、トラックを走る時でもトークリップではなく、ロード用のビンディングペダルを使っていたためスタートは苦手だった)
また、ロードでも、スプリント時は引き脚をガンガン使っていて、練習でもスプリントのときは引き脚を意識した練習していた。

ただ、ロードでは引き脚が微妙だと考えるのにはいろいろ理由があって
引き脚は対費用効果が悪い場合があるというか、結構練習しないと「踏み足だけで走るレベル」を超えられないのではないか?
という事や、ヒルクライムなどスピードの変化があまりない場合、踏み足だけでも結構速いという事(実際そういう選手がいた)など、
あと、ロードは「いかに疲れずに走るか」を考えるのが基本だと思うが、引き脚に限らず雑誌で見かける筋肉の使い方などにも通ずるところで、そりゃたくさんの筋肉を使えば速くなるのは当たり前だけど疲れるよという、つまり

たくさんの筋肉を使う → 速い が疲れる
引き脚使う → 速い が疲れる

ということもある。

私は競技をやっていた当時、スプリントがかなり強かったが、いっしょに走っていたトップクラスの先輩が
「俺はスプリントが得意と思われてるけど、今(お互い疲れていない状態で)おまえとスプリントで競争したら勝てないよ」
「俺はゴール前で、みんなと比べて疲れてないから勝てる」
というようなことを言っていた。いかにフレッシュな状態でゴールまでたどり着くかが
スプリントで決着をつける際のカギとなるということである。

チームプレイの場合、アシストは自分の勝ち負けでない部分で脚を使うが
個人での競技の場合「疲れずに走る」というのはロードの基本であると思う。

最近雑誌などに、骨盤を立てるとか背中のアーチを意識するとかいう話が出ている。それについて勝手に思うところを書いてみたい。ちなみに私自身実際に骨盤がどうなっているのかはよくわからない。アーチと言われればそういうイメージでペダルを踏んでいる時もある。また、医学的なことはよくわからずに書いてます。


・骨盤を立てるとか背中にアーチをつくるといった、単純にその部分だけの話には違和感がある。

・あたりまえの事だが、骨盤を立てる事や背中にアーチをつくることが目的なわけではない。

・目的は、自転車で速く走るということであり、考え方は次のようになる。

・速くなりたい→○○なペダリングがいい→そのペダリング効率よく行うには骨盤を立てたり、背中にアーチをつくるのがいい。

・なぜ「速くなりたい」の次にペダリングがくるかというと、結局のところ、進むチカラが加えられるところはペダルしかないからである。自転車で中心に置かなければならない事はペダリングだと思う。

・また、単純に「速くなりたい」といっても、いろいろな「速さ」がある。200メートルを速くなりたいのと10キロを速くなりたいのでは速くなる道筋が全然違う。

・要するに「速さ」にはいろいろな速さがあり、それに対応するためのいろいろな「ペダリング」があり、そのいろいろなペダリングを効率よく行うために、いろいろなポジションや筋肉の使い方などがあるということである。

・その骨盤を立てるとか、背中のアーチを意識するとかいうのは、いろいろなペダリングの中の「あるペダリングをする時の心得」みたいなものであり、自転車選手の全てがその「あるペダリング」ばかりをしているわけではない。骨盤を立てたり背中のアーチをあまり意識してない選手もいるということである。

・こう書くと、私がその「あるペダリング」に否定的であるように見えるかもしれないが、実は私の最終目標もその「あるペダリング」がうまくできるようになることである。

・その「あるペダリング」はロード選手の間では主流なのではないかと思う。(「いろんなペダリング」と書いたが、基本的なところ、それほど多くのペダリングがあるわけではないが)

・その「あるペダリング」の名前を知らない(というか選手のそれに対する認識自体私にはわからないので・・・アレだが)ので説明調に書くと「あるペダリング」とは「なるべく早く踏み始めることにチカラを注ぐペダリング」である。

・「なるべく早く踏み始める」ということは、ペダリングを時計回りで12時から踏み始めるということである。そうすると、脚を下方向ではなく前方向に蹴りだす(私の感覚は蹴りだすというより、踏み出すという感じ)ことになる。

・そしてここから骨盤が関係してくるのだが、ヒトの骨盤の自然な角度(自然なというか、チカラを出したり受け止めたりし易い角度)が地面に立ったり歩いたり走ったりする時の角度だとすると、自転車に乗って脚を前に蹴りだすというのは、ヒトの立ったり歩いたりといった動作のときの角度と比べて少し角度がつくのではないかと思う。自転車にまたがりそのままの角度(おそらく自転車にまたがった時の骨盤の角度というのは大抵の人にとって地面に立った時の角度とさほど変わりないと思う)では前方に蹴りだす動作の際、骨盤の性能を十分に発揮できないので角度を修正する。というのが、骨盤を立てるという言葉の意味ではないかと思う。

・簡単に書くと、地面に立った時の骨盤は真下方向のチカラの出入力に強いが、前方向へ蹴りだすペダリングは斜め前へのチカラの出入力となるため、骨盤の角度に修正が必要となる。というようなことである。


「ポジションとは何か2」のつづきです。
(「ポジションとは何か2」が長くなりそうだったので分けました)


■ポジションを変えて、劇的に速くなることはまず無い

前と少し被るような話だが、サドルとかハンドルとかのポジションを少しずらしたからといって、劇的に「速くなる」ということはないと思う。
もし、劇的に速くなったと感じるならば、その理由は次のようなことかと思う。

1 今までのポジションが相当マズかった
2 ポジションの変化により、今までとは違う筋肉が使われるようになったためそう感じる
3 何かとトレードオフしている
4 部分的に速くなった

2について、今までと違う筋肉を使うとなぜ速くなったような気がするかというと、今までとは違う筋肉というのはその時点においては疲れていない筋肉だからである。

極端に例えると、スーパーから買い物の帰り道、右手に持っていた買い物袋を左手に持ち替えたらラクになったという話である。いずれは左手も疲れ、また右手に戻るわけだが。(右手→今まで使っていた筋肉 左手→今までとは違う筋肉)

自転車競技はそのように疲れを分散させるテクニックが非常に重要な競技なので、使う筋肉を自在に変えることができるとすれば悪い話ではない。が、それはポジションを変えなくても意識すればできることである。
また(例え話でいう)左手が疲れればまた右手に戻らざるえないので、ポジション変えてすぐは速くなったと感じても、実際はすぐに元に戻ると思う。

と、ここまでの説明で違和感を感じた人もいるのではないか?そもそも新しい筋肉を使えるようになったのだから、今までの筋肉と合わせて使えばよりチカラを出せるのではないかという考えもあるからだ。しかし、次のような理由から、それは違うと私は考えている。

それは「筋肉を連動させて使えるようになるには時間がかかる」、要するに、練習が必要なのですぐには速くならないということである。
また、「たくさんの筋肉を使えば、より疲れやすくなる」ということもある。

自転車の雑誌を見ると、カタログ的に筋肉の使い方(ペダリング方法など)を紹介している記事が目につく。それ自体はまっっったく悪い事ではない(むしろ私にとっては喜ばしい)が、ひとつ判っていたいのは、筋肉の使い方についての記事の内容1つをマスターするのに3ヶ月から1年はかかるということである。仮に半年かかるとすれば6つの記事の内容をマスターするのに、そればかりをやったとして3年かかるわけである。
最近の記事は、選手の動作の感覚的な部分を見事に文や写真で可視化しており、ある程度の選手にとっては生唾ものだが、あまり練習時間の取れないホビーレーサーにとっては雑学以上の意味がないものもあるように見える。初心者のうちは、そういうことにあまり振り回されないことも大事だと思う。



いちおう「ポジションとは何か1」のつづきです。


■ベストポジションだからカッコよく見えるというわけではない

前回「ポジションは見た目だ」と書いたが、それは「カッコいい」という事とは異なる。
キチンとポジションを出し、それに乗った自分の見た目がカッコいいかどうかは、単純にその人の体形や柔軟性によってカッコ見えることもあれば、そうはならないこともあるというだけである。これは初心者でもトップクラスの選手でもかわりなく言えることだと思う。
自転車を始めて1、2ヵ月で、パッと見カッコよく見える人もいれば、3年乗ってもカッコよくない人もいる。
まあ、よく見れば「1、2ヶ月」は、やはり1、2ヶ月でしかなく、「3年」は3年分の何かがあるものだが。

また、「カッコいい=速い」というわけでもない。が、たくさん自転車に乗っていると、無駄な肉が無くなり、自転車選手としてつくべき所に筋肉がつくのでカッコよく見えやすくなるということはある。また、身のこなしが尋常ではなくなり、大げさに言うと凄味のようなものが出てくる場合もあるので、そういう意味で「カッコいい人は速い」とは言えると思う。まあ一般の人から見れば、微妙な違いでしかないとは思う。

(身のこなしといえば、私の感覚だが、空気自転車というか自転車に乗っているけど感覚的に自転車はなくて、自分だけが走っているように感じたり、ダンシングでもがく時なんかは、自分が4本足で走っているような感覚を感じたりする時がある。また、平地を一定の速度で走っている時は、逆に自転車が勝手に走っていて自分はそれにまたがっているだけという感覚の時もある。私がそのような感覚で乗っているとき他人から見てどう見えるかはよくわからないが。)


■ポジションとカラダの使い方

今やるべきこと


自転車のポジションは、手、足、尻の位置関係でしかないので、それをどう動かすかということも、ポジションと同時に考えなければならないことだと思う。人それぞれ状況によって考えるべき、やるべきことは違うんじゃないかと思ったので、それを図にしてみた。

簡単に説明すると、ポジションへの適応レベルとは、カラダの柔軟性のことであり、カラダの使い方の未熟、熟練とはペダリングがキチンとできてるか、筋肉がついているかということである。要するに

・カラダが硬く、ペダリングができない人は → とにかく乗る
・カラダが硬く、ペダリングがうまい人は → ポジションを少しづつ理想へ近づけていく
・カラダが柔らかく、ペダリングができない人は → ペダリングを意識して練習する
・カラダが柔らかく、ペダリングがうまい人は → 自分の自転車に乗る目的を考える

ということになる。

「自転車に乗る目的を考える」というのは、ポジションやペダリングに最終型というものがあるとすれば、それは目的によって変わってくるということである。具体的に言えば、ツーリングとヒルクライムとロードレースでは違うだろうし、ロードレースの中でも自分の立ち位置(逃げ重視とか、アタック重視とか、スプリント重視とか)によっても変わってくる。話せば長い。

「ギブス」というのは、自転車に乗って間もない人やカラダが硬い人にとってポジションとは、現在のベストと感じる手足尻の位置ではなく、少し将来というか理想寄りにシフトした位置であって、窮屈というかその反対の、まあ極端に言えば伸ばしすぎて苦しいものだと思う。

ちなみに私の場合、サドルの高さでいうと

1 はじめはサドル低い
2 徐々に高くしていく(ギブス)
3 高くしすぎてしまう
4 それに気が付きちょっと戻す

のような感じで、2〜4を何度も繰り返し、今のポジションに収まっている。

これはサドルの高さに限らず、サドルの前後位置やハンドルの位置にも、まあ、いえることである。ただ、サドルの前後位置やハンドルの位置は、サドルの高さほどの変化はない人もいるかもしれない。遠ければいいというもんでもない。

あと、カラダが柔らかいからといって、すぐに高く遠いポジションにしてよいかというのは微妙なところである。
前にも書いたようなことだが、初心者がなぜサドルを低くしたがるかというと、サドルが高いと踏めない回せないからであると思う。(サドルが高いと怖いからというのもあるのかもしれないが)逆に言えばサドルが低ければ多少なりとも踏む感覚を持てるということである。踏む感覚を持てるということは、そこにそのような筋肉があるということである。今ある筋肉を生かす(その方がとりあえずは速く走れるし、楽しいだろう)という方向でいくとするならば、はじめはサドルが低くてもいいような気がする。その後、徐々に上げていくことは必要である。

ただし、そこでの踏む感覚というのは、ロードレースのために身につけるべき踏む感覚とはおそらく違うと思うので、そのはじめの踏む感覚をひきずったまま練習を続けると、ペダリングスキルが頭打ちになってしまう可能性もある。が、普通の社会人がその頭打ちのレベルまで到達するのかというとこれまた微妙なところである。(その頭打ちのレベルというのは人によっては結構高いんではないかと思う。ホビーレースで優勝できるレベルとか)

関連して、私が選手を引退して考えるようになったことの一つに「回転力は必要なのか?」ということがある。が、ポジションとあまり関係ないので、今度書くことにする。


あまり雑誌などに書いていない(書けない)マニアックな仮説を適当に書いてみる。
私は難しいことが言えないので「感覚的な説明」になってしまうので、あらかじめ。


■初心者は踏み込むスピードが間違っている

ペダリングで大事なわりに、あまり言われていないのが「踏み込むスピード」だと思う。


■回っているクランクのスピードは、すぐには変わらない

例えば10のスピードで回っているクランクに90の力を加えたからといって次の瞬間クランクのスピードが100になるわけではない。
踏み込んでいる間に変化するスピードには限りがあるからだ。

仮に自転車のスピードを上げようとして、クランクの1時の位置から5時の位置まで踏み込んだとしても、そのとき変化する(速くなる)スピードには限度がある。
その「変化するスピード」の限度が50だとしたら、50の力を加えるのが自転車のスピードを上げる最も効率的な踏み込みといえるのではないかと思う。

もしその時、100の力を加えてしまった場合、50を超えた部分の力はクランクを曲げたり、フレームを曲げたり、チェーンを伸ばしたり、タイヤをスリップさせたり、自分のヒザを痛くしたりする力となっているんだと思う。(要するに前に進む力にはなっていないということ)

なので、これはよく言われることだが
・じわっと踏み込む。
・脚に引っかかるぐらいのギアを選び回し続けることにより、薄く力を加え続けることを覚える。
を意識した練習を取り入れ、無駄に踏み込むクセ(力とその方向)をなくすことが大事だと思う。

また「自分の踏み込んだ力は、前に進む力以外に使われていないか」を常に確認(感覚的に)するとよいと思う。


■一定の速度で走る場合

ペダリングの基本はクランク(ペダル)の動きに合わせて脚を回すことであると思う。
もちろんクランクの動きに脚を合わせるといっても脚を浮かせる必要はない(結果的にそうなることはあるが)。踏み込む時には脚の重さをペダルにのせ、引き上げる時には軽く引っ掛ける程度(これは難しい)で引き上げる。
このとき、向かい風やちょっとした上りでスピードが下がってきたら「薄く力を加え」てスピードを維持するのである。


■引き脚について
引き脚についてはいろいろ考え方があると思う。まずは

A.引き脚は大事だ
B.引き脚は大事ではない

で、意見が分かれるところだが、私は引き脚は大事だと思う。
まあ、ペダリングの半分を占めるので、大事でないわけはないだろう。しかし次の

C.引き脚は推進力となる
D.引き脚は推進力にはならない

については、ちょっと考えるところである。
なぜなら、選手の間でも意見が分かれるところだからだ
引き脚を積極的に使っている選手もいれば、そうでもない選手もいる。
(ちなみに、今中さんは本の中で『プロライダーはエスケープなどでは踏み脚と引き脚を5分5分で使うこともある。』と書いている)

ただ次の

E.引き脚が踏み脚の抵抗になってはいけない

というのは、そのとおりである思う。
初心者でも結構自転車に乗っている人でも、引き脚が抵抗になっている人は多いと思う。具体的には、引く時にただペダルに足を乗せているだけといった状態である。
そんなことはないと思っていても、実際に片脚でペダリングしてみて違和感がある場合、引き脚が抵抗になっている可能性が高いと思う。

両脚でペダリングしているときは引き脚を使っていなくても反対側の脚(踏み脚)がそれをカバーしているので違和感は感じないが(というかその感覚があたりまえになっている)、片脚でペダリングしてみると、引いていないのが露呈してしまい違和感を感じるのである。
重いギアで引けないのは仕方がないが、すごく軽いギアでもスムーズに引けない場合は、引き脚がうまくいっていないということだ。

また、すごく軽いギアで、片脚ペダリングの最高回転数を計ってみると、どの時点(回転数)で引き足が抵抗になっているのかがわかる。
たとえば、片脚ペダリングの最高回転数が110だとすると、両脚でペダリングしたとき、その回転数が110を超えると引き脚が抵抗になってくるということである。
要するに、脚を引くスピード(引き脚の回転数)は110を超えられないので、両脚でそれを超える回転数を出したとき、引き脚の部分が抵抗になるということである。

実際のペダリングでは、ペダリングのスピードを微調整できないといけないので、引き脚での最高回転数が110だとしても、その付近のペダリングは不安定になっているはずなので、実際に抵抗なく回せる回転数はもっと下がる(110より下がる)と思われる。

回転数を上げてもスピードが伸びないという場合は、引き脚が抵抗になっているのかもしれない。


リディアードのランニング・バイブル


自分の人生を変えた本と言ってもいいぐらいの本です。

実は陸上競技の経験もある私ですが
この本に出会ったのは、挫折感を残したまま陸上競技をやめた後でした。
陸上をやっている頃にこの本に出会っていれば、
競技生活も相当変わっていたのではないかと思います。

自転車競技を始めてからは、この本の内容を自転車競技に変換して使っていました。

「カラダのエンジン部分の基本」について、かなりわかりやすく書かれており
いろんなスポーツに変換、応用できるのではないかと思います。

古い本ですが、あまり古さを感じさせない内容だと思います。

自転車のポジションについては、いろいろな考え方があると思う。

ポジションを出す具体的な方法については、雑誌や本などによく載っているが、その「基本的な考え方」について書いてあるのはあまり見たことがない。

単純に「趣味としての自転車」ということで考えれば、「ポジション論」みたいなことに興味がある人があまりいないので、そのような記事など無いんだろう。
まあ、キチンと書こうと思えば「面倒くさく」(その事柄について、裏付を取らなければいけないため)、なお且つ「興味のある人もあまりいない」ような事を記事にする理由もないとは思う。

雑誌や本などに「ポジションとは何か」についてキチンと書くことは、なにかと難しいと思うが、私(や、他の誰か)が思ったことをブログなどに書くことは、次の点から簡単だ。

・面倒くさくない
→雑誌や本に比べ、書いたことに対する責任がアレだし(そのかわり信用もアレだが)、経験から思うことを書く分には、特に裏付をとらなくてもいい(ように思う)。ただ、トンデモと言われる可能性はあるが。

・興味のある人があまりいなくても関係ない
→全くいなければちょっと問題だが、ゼロでなければ「誰かの何かになる(かもしれない)」ので意味はあると思う。また、書くことで自分自身も次の事を考えることができる。


「ポジションとは何か」について考えることは、一般的な方法で出したポジションを、自分仕様に微調整するときの指針となってくれるものだと思う。

最近は、自分のポジションの事さえあまり考えることがなくなってきている私だが、備忘録を兼ねて考えを整理してみたい。


■ポジションは「見た目」である

とりあえず、乗り始めの頃のポジションは「見た目」であると思う。
まだ距離をこなしていない時期に、自分の感覚で細部にこだわるのはあまり意味がないような気がする。

例えば、クルマの免許をとって間もない人間が「フィーリングが合わない」と言ってハンドルやシートやホイールを替えたり、こまごまとポジションを変えるのはちょっと違うだろう。自転車はクルマに比べ、そういったパーツを替えやすかったり(値段的に安いので)するので、細部にこだわりがちになってしまうが、それは大きな目で見るとあまり意味のないことであると思う。


細部にこだわない「見た目のポジション」を決めるのも実は簡単ではない。他人の目で見てもらったり、鏡により自分で確認したりしなければいけないからだ。

この「見た目のポジション」が、この先にある「自分なりのポジション探し」と決定的に違うのは「他人の感覚(アドバイス)」で決定できるというところである。
要するに、自分の感覚に頼らず、他人もしくはハウツー本の情報のみで作れる(作らなくてはいけない)ということである。もちろんこれは「真のポジション」ではないが。

また、人によっては、この段階でポジション探しは終了してしまうことも在り得る。なぜなら、ポジション探しとは「練習」を伴うものだからだ。

見た目のポジション →→→→→→ 練習の壁 →→→→→→ 自分なりのポジション

というように、練習がないと「見た目」の段階から先にはいけない。

「ラクなポジションでラクに走る」とよく言われるが、その「ラクなポジション」を身につけるためには練習が必要であり、その練習はラクではないということである。


■ポジションとは「出力」「空気抵抗」「重量配分」

あくまでも私の考えだが、ポジションは「出力」「空気抵抗」「重量配分」の3つに分けて考えると良いと思う。

出力とは「踏みやすさみたいな」ことである。はっきり「踏みやすさ」と書かないのは、ペダリングは「踏む」だけではないからだ。踏みやすさだけを考えたポジションでは、なかなかアレなんじゃないかと思う。(このことについては長くなるので、とりあえず省略)

空気抵抗とはその通り、乗車中に受ける風の抵抗のことで、これは少ないほうがよい。が、体形により、そのような姿勢を保てるか(保ちやすいか)どうかには個人差があるので、「出力のしやすさ」を犠牲にしてまで空気抵抗が少ないポジションにしたほうが良いか?については考えるべきことである。

例えば、ヒルクライムでは「空気抵抗」より「出力」を優先させるべきだし、上体をある程度起こしたままでも前走者にすっぽり収まるようなカラダの小さい選手は、独走で勝負をするのでない限りやはり「出力」を優先させるべきかもしれない。
まあ、空気抵抗の少ないポジションは理想であるので、できる範囲で少しずつそれを目指すのは当然ではあると思う。

重量配分とは、乗車時に「車体+自分」の重心がどこにあるか?ということである。これについて私はあまり詳しくはない。標準的な体格であればあまり考える必要のないことかもしれない。

大事なことは、この3つを同時に満たそうとすると訳がわからなくなるので、一つずつ分けて考え、解決していくことである。


■とりあえず「出力」を固める

先ほどの3つの中で、まず大事な要素は「出力」である。
きちんとマニュアル通りに「見た目のポジション」をつくっていれば、他の2つ(「空気抵抗」と「重量配分」)については当分考えなくても良いと思う。

「出力」を固める際に重要なのは「サドルの高さ」と「サドルの前後位置」である。
ちなみに、サドルの角度は水平にする。水平にして尻が落ち着かないときでも、すぐにサドルの角度を変えたりはせず、どこか他に原因がないか探したほうがよいと思う。
「明らかに前下がり又は前上がりに見えるサドル」に乗る選手はほとんどいない。


■ハンドル位置について

サドルの位置が重要だと書いたが、ではハンドル位置についてはどうだろうか?私なりにだが考えてみた。

まず、「出力」を固める際に重要なのは「サドルの高さ」と「サドルの前後位置」であるので、その2点に神経を集中させ、ハンドル位置については無視すればよい。気にならない人は、まったく気にならないものだろう。

とはいえ、気になる人もいるかもしれない。まあ実は私にもハンドルの位置について、考え始めるとキリがない時期があった。1センチ上げたとか下げたとか、コラム切り過ぎたとかステムを買わなきゃいかんとか。(今になって思えば「出力」が固まっていないので、ハンドルの方に気がいっていたんじゃないかと思う)

だが、ハンドル位置について極端に言えば「どうでもいい事」である。
「ハンドル位置」と書くと間接的なので、もっと具体的に書くと「手の位置」はどうでもいいという事だ。

例えば、床の上に立って自転車に乗っているポーズをとってみた時(もちろん自転車には乗らず、自分の脚で床の上に立っているだけ。ヒザを曲げ、背中を丸め、手を前に出してみる)、前に出した手の位置を1センチ上げたり下げたりしてみて、何か足腰の感覚が変わるだろうか、または、変わりそうだろうか?

想像してみると、特に変わり無さそうである。手がどの位置にあろうと「出力」自体にはあまり関係ないように思える。
では、ハンドルの位置(手の位置)とは何なんだろうか?

簡単に言うと、ハンドルの位置(手の位置)は、どの程度の体重が手に掛かるかということと関係がある。ハンドルの位置が遠いほど手に体重が掛かるとか、そういうことである。

ここでちょっとイメージの確認をしておく。
自転車とそれに乗る自分を考えた場合、自転車に触れている部分というのは3箇所ある。ペダルとサドルとハンドルである。(イメージしやすく言うと「足の裏」と「お尻」と「手のひら」。ちなみに私の感覚は「お尻」というか「股間」というか微妙なところである。人によって違うのではないかと思う)
言い方をかえると、この3点のみで自分の体重を支えていることになる。

3点のうち、ペダルについては、チカラを入れて漕いでいるとき以外はあまり体重が掛かっていない(実際乗ってみればわかる)ので、体重が掛かる部分は主に「手のひら」と「お尻」ということになる。この2箇所に掛かる重さは、ハンドルの位置により変化する。

ハンドルを近くしていく → 「お尻」に体重が掛かるようになる
ハンドルを遠くしていく → 「手のひら」に体重が掛かるようになる

要するにハンドル位置とは単純に「手のひらに、どのぐらいの体重を載せるか」ということである。
初めのうちは、腹筋とか背筋とかの話はとりあえず置いておいて、まずは自分がまともにペダリングできるぐらいの近さにハンドルをもってくるといいと思う。

ハンドルの位置とは、このようなことであるが、関連して、あまり雑誌などでは書かれていなくて、私が大事だと思うことがある。それは

「上半身(ヘソ辺りから上)が重い人は、より「手のひら」に体重が掛かりやすい」

ということである。
マニュアルどおりのセッティングをしたのに、不自然なくらい手のひらに体重が掛かるときは、ハンドル位置を少し近くしたほうがいいだろう。

雑誌などで、個々の体型の違いによるベストポジションの違いについてあまり言われていないのは、教える側に、いろんな体型の人がいないからではないかと思う。

BR-1で活躍するような選手の体型はみな上半身は引き締まって、腰周りから太ももにかけてキッチリと筋肉がついたような体型である。


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