2016年10月20日

いじめの心

 前の投稿に書いた

誰もが持ついじめてやろう心

子どものいじめ
その中身は大人が思うほど
単純じゃない

単に弱い者にあたる
そんな単純なことではないと思う。

いじめてやろうの心
僕にもありますし
自分で いじめだと自覚する
行動、はっきり覚えていることがあります。

彼とは家も近く
一緒に遊ぶことも多かったのですが
ちょくちょく悪さをする。
悪さとは いじめ
怪我をさせるような激しい暴力はないですが 誰かと口を聞かないようにしむけるなどの。

小学6年生、
プールの記憶があるから
1学期かな、転校生が来ました。
彼には格好のターゲット

転校生の彼と喋らないようにをはじめ
様々な。

僕は転校生の彼とはごく自然に
接し
僕はぼくで影響力あると思っていたので
彼を恐れて転校生の彼と交わろうとしない子が同じようにしてくれないかなと。
それが僕のやり方だと思うのと同時に
彼に今までとは違う感情を持ちました。

1人、2人と転校生の彼と話す子が増え
クラスに馴染んでいきました。

6年生ですから
卒業です。

彼は学区の中学とは違う中学に行くことになっていました。
彼に会うことはもうない
そうでなければしなかったかもしれない

卒業前の遠足で
遠足で彼と一緒しないように
僕はクラスの数人に持ちかけました。

ぼくが彼に直接嫌がらせをされることはありませんでしたし
恨みがあるわけでもない
懲らしめてやろうとか
される側の気持ちを知らしめてやろうなどということでもない

興味があった
それを持ちかけられた
クラスの子の反応が

やろう!と積極的な子もいた
どんな心情にせよ
持ちかけた全員がそれを承諾した。

遠足の先で
誰も一緒してくれず
何が起こってるかわからず
呆然とする彼
泣いて『どうして?』とぼくに
詰めよってきました。

ぼくは何も言わず
みんなに
一緒に遊ぼうと仕草で。

なにかスッキリしたわけでもなく
なにか解決したわけでもなく
ぼくにとっては実験のようなものだった。

それはやめようよ、とは
誰も言わなかった。
彼が泣いたのは反省や後悔などではなかったと思う。

最後の遠足
ぼくは楽しく過ごした。
彼とも一緒に遊んだ
でも後味はわるく。

彼には心の傷になっているだろうか
ぼくはそんなことは忘れて過ごしてる。









kuro_b at 10:52|Permalink

2016年10月19日

そこじゃない

結果を見て

世の中がそう動いていて
そう言うのはカンタンだ。

たぶん

どちらにしても
何かしら起こったと思う。

そのまま受賞ならそれは それでとやかく言う人がいる。

その立場だったら
みんながみんな
事情を踏まえた上での
受賞を通せただろうか。 

こうなったら
なったで
写真に写ってるいる女の子、
その家族、カメラマンにとってどうするのが一番よいのか
そっちだけを考えたい。

相手に非がある
相手の分がわるい
多くの人がそう思う状況で
さらにその相手を非難していくのは
それは誰もが持つ
イジメてやろう心
が動いているんじゃないか。

言ったら
関係ないじゃないか
関係ないけど
その女の子、その家族、
カメラマンを想うと
と言うなら
怒りを主催側へぶつけるより
考えることがあるんじゃないか

この追い込み方が
写真の女の子にとって
望ましいことなんでしょうか

主催側とは
なんらかの形で手打ちして
円満に
誰もが苦しむことなく
哀しい気持ちの中ではなく
写真が多くの人の目に触れることが一番なんじゃないのか。

でもわからないですよ
女の子がどう思っているか。
それは誰にもわからない。
一番長く時間を過ごした人が
一番近くの人が
きっとこうだろうと想像して
信じるしかない。



http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20161019-00000069-jnn-soci




kuro_b at 15:12|Permalink

2016年10月17日

そんな理屈とおってはいけない

 よく言う
隙があるから被害にあう
みたいなこと。

隙があるというか
被害を予測しないことが落ち度となるなんて
そんな理屈とおってたまるか

加害者がすべてわるい

とはいえ
気を付けないといけない
何を言っても被害にはあいたくない


外国人が起こすトラブル
そんなことをテレビでやっていた

理由のひとつに
日本はセキュリティhが甘いし
人が優しい


でも多くの日本人には
それで成り立っていて
保たれている

そのセキュリティの甘さを
ただすべきなのか
寛容は混み民政をあらためるべきなのか
冗談じゃない

文化や慣習が違う
それは互いに認め合わなければいけない
こっちに居てむこうの文化に指図するようなことはない
出向いた側がその先での文化慣習に反れるようなことはしない
これが当然だと考える。

国はもちろん
地域にだって
隣町にだってそれぞれ違う文化慣習がある
出向く側にはそれを理解して従う義務があると思う。
その義務を果たそうという気持ちがあって初めて
受け入れられてできる限り譲りを受ける資格が
あると思う。

日本のセキュリティが甘いから
外国人がトラブルを起こす
そんな理屈通ってたまるか。

それは油断しているから
犯罪の被害にあう
と同じ理屈だ。













kuro_b at 10:35|Permalink

2016年09月09日

ふつーだと思う

上司の上から目線 笑

だって上司だからな!

あとね
お役所の事務的な対応

だって事務だもん
接客を売ってるわけではなくて事務作業を請け負っているわけで
その事務作業をきちんとこなしてくれたら
それ以上は求めないなー

kuro_b at 15:47|Permalink

2016年07月27日

印籠だし杉

水戸黄門

好きですよね。

水戸黄門好きな割合と
現れたはなから
威厳威光をちらつかせようとしない割合は
理屈でいったら
一致していくものだと思うのですがそーぢゃない気がする。



OBという立場で

知った顔ならともかく
面識ないとこまで
通用すると思ってるやつ
すごいヤダ。

関係ないとは言わないけど
そこに籍がない以上は
外部の人だから。

でも水戸黄門がウケるなら
最初は素性知られず
後から
『し、失礼しますた、、』
て言われたほうが気持ちイイんぢゃないの?

裸の大将みたいに
立ち去ったあとに
素性わかるのが好きだな〜

kuro_b at 11:55|Permalink

2016年07月26日

夏休み

虫かごをさげて
タモを持ったお父さんと出かける子ども

夏休みらしい姿

◯⚪️離れ
を語るときは
じゃあ離れた人がどこにいったかを
添えないとぜんぜん意味のない
投げかけのように思う。

クリマ離れ
野球離れ
さもそれが悪しきことのように。

クルマや野球は
長らく産業、娯楽を牽引してきたもので
それを崇めその位置を確立していたいという心情もわからないでもない。
でもかつてクルマや野球が全盛だったころにはそのカケラも見当たらなかったことが
世の中に溢れているわけで。

お父さんと一緒に
ポケモン捕まえに街に行く。
それが夏休みの楽しみになったって
いいと思う。

必ずしも
山中の生きたクワガタ<街でのゲーム
とは言い切れない

過ごし方
街を一緒に歩きながら
いろんな話をしたり
それがツールのひとつとなって
新しい接し方ができるとしたら
良いんじゃないかなー


kuro_b at 12:32|Permalink

2016年05月21日

やり場のない

未成年はもちろん
成人でも様々な理由で
加害者の氏名が公表されない場合もある。

被害者
それが女性で性的な被害が
疑わしい場合は
氏名を公表しないルールには
できないものだろうか。
被害者の氏名を公表するのは
必要なのか。
性別、おおよその年齢だけでいいんじゃないか。

小学3年生のときに
起きた誘拐殺人
誘拐され
木曽川で遺体で発見された
女性のお名前を今でも覚えています。

事件を風化させないようには
遺族もそう願っているとは
限らない。

被害者、遺族を
これ以上傷つけないための
配慮を全力でするべきだ。
報道機関には大きな責任がある。
視聴率だったり部数だったりのためをまっとうしてる
自分の仕事をまっとうしてるとしたらそれを求める側に
も問題がある。


暗い夜道を一人で、
なんてことを言うけど
そうかもしれないけど
決してそうじゃない。
被害を受けた側に
落ち度があるなんて
そんな理屈が通るのが
間違ってる。

加害者への非難
憎め憎めがまた売れる。
その度に被害者の名前と
被害が報じらる。

被害者を守る新しいルールを
つくろうって人はいないのか


























kuro_b at 10:52|Permalink

2016年05月11日

色が与える印象てすごい。

同じカタチでも
うんと違うものになったり

むかし
緑色のワゴン車にも乗っていたことがあるのですが
ケロたんと並ぶ二台を見て
近所のご老人

まあ似たような車を
2台も持ってるんだな

カタチの共通点といったら
タイヤが4個ついているぐらいです。
ご年配とはいえ
そう思わせてしまうほど
印象にのこる 色

花だったり鳥だったり熱帯魚だったり
すごい色してるのいますが
それを見せる相手には
その色が見えてるってこと
ですよね。

知らない色もいっぱいあります。
日本の色辞典みたいなの見ると銀色周辺だけで
クラクラしてくる程すてき。

視覚で認識できるものだけとは限らず
人それぞれ感じ方
思い描き方が違う色もあって
そんな色を巧みに操る
松本隆の世界がとても好き☆



kuro_b at 13:28|Permalink

2016年04月09日

ポスト

うぃきぺであによると
「郵便受け」は

配達された郵便物や新聞などを受け取るための装置

とされている。

この 新聞など をどう解釈するか

一方的なお知らせをバラ撒く類のものも含まれるのか。
確かに3ヵ月に一度ぐらいは
「ををっ これは耳寄りな情報だ」
なんてこともある
けど ここに金塊が埋まっています
のようなことでもなく
実際それで行動するかといったら
一年に一回あるかないかぐらいで
そのために一方的なお知らせを受け取り続け
捨て続けなければいけないのか。

一方的なお知らせお断り
の意思を明確にするのは
郵便受けを設置する側の務めなのか

一方的なお知らせを
投函した側は
回収の申し出があったら
回収の義務があるのか

捨てればいい
いやしかしどうして
一方的かつ執拗なお知らせに大して
毎度毎度ゴミ箱の蓋をあける作業をしなくてはいけないのか

「チラシお断り」など
郵便受けに表示するのもスマートではないし
かといってどうして
こちらからそんなことを連絡するのも
嫌だ。
そちらから 郵便受けに一方的なお知らせを投函したいのですが
いかがなものでしょうか
とお伺いに来てほしい。
断るけど

そんな些細なことで
こんなにも考えるほど
”一日でこんなに入ってるのか??
ぐらい郵便受けが一方的なお知らせいっぱいになってることが
ある。
間に大事なものが挟まってるかもしれないので
一枚ずつ確認しないといけないし
いっそのこと

郵便物

郵便物以外の一方的なお知らせ

と表示した2つを設置しようかとか。

きょうのたわ言

kuro_b at 10:15|Permalink

2016年02月26日

硝子体手術 術後

硝子体手術後

硝子体手術後の記述は
経過がよくない場合が多く
これから手術を受けられる方はそれらを閲覧して大変不安を感じると思いますが
私のように出血も少なく再手術も必要なく
2週間程で日常生活に支障がないまでに回復することもあります。


術後の痛みは
さほどなし

手術翌日
眼帯が外される。

濃いグレーの霧のような視界
所々に明るい隙間がありそこから僅かにモノが見える。

術後3日
明るい部分が広がり
2時ー4時部分は
物が認識できる程度までになる。

術後5日
右半分はかなり明るくなり大きな文字の認識ができる程度に。
ただし右眼と左眼のピントが合わず物が二重に見える

術後7日
9時部分あたりに
曇りがあるが全体的に明るく矯正視力で
0.3程度(出血前0.5)

術後8日
退院
左に比べて全体的に
暗いというかコントラストが強い感じでは有るが曇りはほぼなくなっている。
テレビを見るぐらいの距離であれば
左右のピントは合っていきている。

少し右眼のほうが小さく見えるため
本を読むぐらいの距離ではまだ左右のピントがあわない。

術後2週間
主観では
出血前の80%ほどの視界に。
矯正視力0.4
手元はまだ左右のピントが合わず二重に見える。



現在経過良好
1日4回の点眼は継続。

kuro_b at 12:28|Permalink