2009年02月24日

ソブリン金貨

『旧ソブリン金貨と新ソブリン金貨』
1817 B1817 Aイギリス貨幣史においてソブリン金貨(Sovereign)は時代を置いて2度登場する。最初に登場するのは、1489年にヘンリー7世によって発行が開始され、1604年に製造が中止された旧ソブリン金貨。次に登場するのは、1817年にギニー金貨の製造中止(実際には1813年を最後に製造中止状態が続いていた。)を持って発行が開始され、現在も発行が続いている新ソブリン金貨である。尚、今回は特に断らない限り、この「新ソブリン金貨」についての規定である。

『概要と規格』
ソブリン金貨はイギリスの代表的な本位金貨であり、イギリス本国の経済力と流通量の多さから国際的な信用力を集め、19世紀初頭から第1次世界大戦頃まで(広く取れば、1929年の世界恐慌まで)世界の基軸通貨であった。尚、名称の「ソブリン」とは国王(君主)の事であるが、これは当初、ソブリン金貨の呼称は「1ポンド金貨」であったが、金貨のデザインに国王の肖像が用いられていた事から、「ソブリン」の愛称で呼ばれるようになった事に由来している。また、法定価値は英国1ポンド(=20シリング)であり、(ギニー金貨と違い)通用価値も概ね等価であった。

また、金貨の規格は1817年の発行開始から現在に至るまで、重量7.9881g、直径22.05mm、金品位91.67%と一定であり、ギニー金貨と違って製造年毎の差異は無い。

参考:当時のソブリン金貨(=1ポンド)の価値については色々な資料から推察されているが、(食品価格や労働者の給与など)何を基準にするかによって意見が分かれる事が多いので、一概に幾らと規定する事は難しい。ただ、大英博物館が紹介している基準では1817年(発行当初)のソブリン金貨1枚の価値が(青年)労働者の月給(現在なら15〜20万円か)に相当するとされている。また一方で、(共産主義で有名な)カール・マルクスがイギリスに亡命した頃(1850年頃)の日記や手紙には、「年収100ポンドでは中産階級としてギリギリである」との内容の記述が残されている。

『世界恐慌と金本位制の廃止』
depression1929年末にアメリカで世界恐慌が起こり、それが各国に飛び火するようになると、(国土荒廃と多額の賠償金を課せられていた)敗戦国ドイツが真っ先に影響を受ける。1931年5月11日にクレジットアンシュタルト銀行が破綻したのを皮切りに、第2、第3の銀行へと破綻が連鎖すると、ヨーロッパ各国の銀行からも金(貨)の流失が相次ぐようになる。その為、(この年の7月だけで)イギリスでは3000万ポンド(地金に換算すると約220トン)もの地金が流失してしまい、対応策として、これを防ぐべく世界恐慌中の1931年9月21日、英ポンド(紙幣)とソブリン金貨との兌換は停止され、以降は本位貨幣ではなく記念貨幣的な発行となった。尚、基軸通貨であった英ポンドが金本位制を廃止した事を受けて、ヨーロッパ各国もこれに習い、最後まで堅持していたフランスも1937年6月には金本位制を廃止している。

1911 SovereignB1911 SovereignA参考:イギリスでは(上述の通り)1931年を持って金本位制を廃止したとされるが、実際には第一次世界大戦頃から既に本国ではソブリン金貨の製造は行なわれておらず、オーストラリアやカナダなど一部の植民地で細々と製造が続けられてるような状況であった。(但し、これらの製造も1932年銘を最後に通常発行は終了している。)

一方で、イギリス首相ウィンストン・チャーチルは金本位制の維持には最後まで執心していたようであり、1925年にはイギリス本国でのソブリン金貨の製造ライン再開の為の予算承認を取り付けている。ただやはり、各省庁や政界からは「非現実的」との批判にさらされた為、僅かながらの試験鋳造を行なった段階で製造は打ち切られてしまった。尚、その後、第二次世界大戦も終結し国庫の金備蓄も安定し始めた1957年からは、再び「通貨」としての発行が再開されるが、既に時代は「アメリカ・ドル」が基軸通貨の座を占めており、政府の支払に積極的にソブリン金貨を用いるなどして復権を図ったものの、再びかつてのような人気は得られず、現在においても「記念貨幣」の枠組みからは脱する事は出来ていない。

『聖ゲオルギウス』
Stgeorge-dragonソブリン金貨の裏面デザインには、「聖ゲオルギウスの竜退治」の伝説をモチーフにしたデザインが描かれる事が多い。その概要は、ある時キリスト教の聖人の一人である聖ゲオルギウス(西暦275年もしくは285年にNicomedia(現在のトルコ国イズミット市)に生まれ、303年4月23日に没す。)が旅をしながら布教活動を行う騎士(農民兵とも)としてCappadocia(現在のアンカラ市周辺)に立ち寄ったところ、村を襲う竜が生贄として王女を差し出すようにセルビオス王に求めていたので、ゲオルギウスがこれを助けるべく闘い退治したが(一説には、この竜に首輪を付けて連れ回したとされる。)、その後、(布教活動の途中で)ローマ皇帝:ディオクレティアヌスに捕まり、異端として処刑されたとする内容である。(キリスト教は当時まだ公認されていなかった。)

もっとも、当時の言葉で「竜」とは偽政者(特に悪評高い暴君)を意味し、この伝説は、キリスト教を否定する領主(当時の教義では、キリスト教を弾圧する領主は暴君とされる。)に反して布教活動を行い殉職した宣教師の物語としても解する事が出来る。そしてこの逸話から、十字軍などでは「異教徒に抵抗した殉教者」として人気があったようである。

flag12世紀〜13世紀頃、この伝説がヨーロッパで大々的に広まるようになると(存在自体はそれ以前から認知されていた。)、イングランドは聖ゲオルギウスを国家の守護聖人に向かえ、彼の象徴である「白地に赤色十字架」(聖ゲオルギウスの十字架)をイングランド国旗に採用する。これは、(上述の理由から)当時はまだ小国であり、周辺をフランスやデンマークなどの大国に囲まれながらも独立を保つべく奮戦するイングランドを聖ゲオルギウスに例えようとした為でもあったとされる。

『現在のソブリン金貨』
2009 B2009 A2009年銘のエリザベス2世肖像。現在も英1ポンドの額面価値を有する法定貨幣であるが、額面に比べると含有する金価格の方がはるかに高く、収集用の金貨としての意味合いが強い。

『参考記事』
・ソブリン金貨(1817年〜1837年)
・ヴィクトリア女王のソブリン金貨
※2011年10月24日:第1回改訂、写真追加。

kuro_kutushita at 16:01│Comments(1)TrackBack(0)この記事をクリップ!金貨 | ソブリン金貨

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この記事へのコメント

1. Posted by 小俣悟美   2009年10月22日 02:52
5 伝統的かつ重厚な英国金貨、世界の基軸通貨だった
頃が彷彿とします。日本の通貨「円」もここらで
世界の代表となれるよう信用を得る時期に到達して
いると思われます。英国金貨の威厳には頭が下がり
ました。

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