2000年07月27日

新天地での修行が始まる (9月第1週)

「集合してください」
「あっ、あんたは……!」

シーズン最初のミーティングで俺の前に現れたのは、数日前、アガホワと魂の競争をしたときのゴールに立っていた人だった。

そしてその人は、なんと俺が今年から所属することになったモンペリエの監督だった。

「今年も新シーズンが始まります。今年の目標は、昨年と同じく1部リーグ残留です」

監督は言った。
スペイン時代1〜2年目と同じように、フランスに来たばかりでフランス語がまったく喋れない俺は例によってヴィンセントの通訳つきである。
そして。

「ここにいる君たちは、このチームに骨をうずめるつもりなどなく、修行のつもりで在籍している人が多いでしょう」

周りを見ると、たしかに若い。
見たところ、20代後半の選手は数名だろう。30才近いと見受けられる者はそれこそ1人か2人である。

「それはそれで結構なことだ。このモンペリエの『卒業生』がビッククラブで名声を得ることは君たちにとっても、またモンペリエにとっても喜ばしいことです」

たしかに、モンペリエ出身の選手がバロンドールなりワールドカップ得点王なりを取れば、その翌年にはフランス中から、いや世界中から才能のある選手の卵たちが集まることだろう。
そしてその循環は、クラブに多大な名誉と金を落とすに違いない。

「だが、勘違いしてはいけない。ここモンペリエは君たちにとっては実力を磨き名声を高める場所かもしれない。しかし、それだけではない。君たちはプロだ。ユース選手とは違う。自分の評価ばかりに気をとられていいはずがない」

「…………」

『何を当たり前のことを言っている』とか、『ああそうだったな、忘れていたよ』とか。選手それぞれの気持ちは様々であろうが、皆一様にその演説に聞き入っていた。

「試合に勝ちなさい。そして、チャンピオンズリーグ出場を、優勝を狙いなさい。ゴールを何十本決めたとかセーブを何回したとか、そういったものを誇るより、勝利を狙いなさい。フランスのリーグで得点を何点か取ったり連続無失点試合を数試合続けるよりも、チャンピオンズリーグに出て1点取ったり1試合だけでもいいから完封したりすることを狙いなさい。
個人の記録の結果で得た物よりも、チームの勝利で得られるものこそが、若い君たちにとってはるかに大きな経験となり、また名声も高めるでしょう」

そこまで一気に、だがゆっくりとした口調で言って、監督はにっこり微笑んだ。

「少々長くなりましたが、要するに、『試合に勝て』ということです。そして私にトロフィーをプレゼントしてください。私も君たちと同じで、モンペリエの監督で終わるつもりはありませんから」

ドッ、と笑いがおこった。

ちくしょう。
ヴィンセントが通訳する時間の間があるため、俺は笑うタイミングを逃してしまったorz

「それでは最後に、今年から新加入の二人を紹介しておきましょう。一人はマサ。スペインの一部リーグ、リーガ・エスパニョーラでも数試合出場経験のある19才です」

みんなの視線がいきなり俺に向いた。
げっ、挨拶の言葉なんて考えてねーよ!

しかし漢として、ここで何も言わないわけにはいかない。
俺はとっさに言った!







「め、メルシー!








……笑いとため息が聞こえてきた!
笑いは周りの選手監督が、ため息はヴィンセントと広山先生が漏らしていた。

いかん、何か間違ったのか!?

そう直感的に閃いた俺は叫んでいた。







ジュテーーーーーーーム!!!






何故かさらに笑いが大きくなってしまった!

しかも、何故か尻穴を押さえているやつもいるではないか!





……後からヴィンセントと広山先生から聞いたことだが。
『メルシー』とはフランス語で『ありがとう』、『ジュ テーム』とはフランス語で『愛してる』らしい。












ともかく。

こうして俺の新天地での生活は始まったのだった。

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