「いやいやいや、無理だって!」
ノアに手渡された物を握り締め、ルーファスは声を張り上げた。
しかしそれをノアは気にせず先頭へと戻っていく。
「何で俺が……」
このままじゃマズい。当然彼はそう思った。昨夜の話では各自に配られたインカムで連絡を取り合う等の指揮系統の取り決めと、切り札の紹介だけ。各自報告連絡における用語を叩き込まれはしたが、具体的にその場その場でノアが指示を出すと伝えられただけで、作戦の全容はハッキリとしていない。
そんな状態の中、主戦力にして総指揮権を生徒会長より預けられたノア・L・ベルカニカに代わって切り札を持つ等、プレッシャー以前に不可能だ。彼程の頭脳を持っていながらそんな事が分からない訳はない。
ならば何故と、ルーファスは問う。確かに彼は望んでいる事があった。特別になりたいと思っていた。
いい人でなんていたくない。
普通なのは嫌だ。
特別な存在になりたい。
誰もが一度は体験する思春期の渇望。流行り病の様なその想いはしかし時としてあらゆる行動の原動力になり得る。フォトンが想いに呼応する物であるならば尚更に。
必要なのは資質。
引き寄せるのは歩み。
与えられる物は何もなく、故に総ては手繰り寄せるしか在り得ない。
そう、これは好機。自身が特別な者になる為の。
「何でって、嫌がらせだよ。分かんないの?」
「そうですよねー」
しかし現実はいつも残酷である。
「んじゃそろそろ始めるぞー」
両陣営、準備が整った所でイザークが拡声機を使って呼びかける。その行いに皆が皆イザークへ視線を向けた。
「ルールの再確認だ。一つ、あらゆる武装の使用を許可」
ある者はその視線の脇に座る車椅子の少女に見せて恥じぬ戦いをする為に。
「二つ、総ての出場者は肩代わりするスケープドールを所持する事。紛失、蓄積ダメージによる破壊は即失格だ」
ある者はその身に巣食う者によって失ったプライドを一時だけでも取り戻す為に。
「三つ、スケープドールを破壊された者への追撃や、紛失及び破壊された者の模擬戦参加は教職員の手によって制裁を受ける」
そしてまたある者は、姉の帰る場所を護れる立場になる為に。
「最後だ。両陣営は総大将を護り、総大将に登録されたスケープドールを破壊された陣営の敗北とする。気張れよテメエ等、俺の前で情けねえ戦いしやがったらフィオナのハイレグ姿は拝めねえと思……ぐはぁッ!!?」
「模擬戦を開始します」
気合を入れてスイッチを押そうとしたイザークだったが、飛び込んで来たフィオナによる右足によって蹴り飛ばされ、彼が転がっている間にフィオナはスイッチを押しブザーが鳴った。
「ピンクは……いい」
「お前は此処で死ね」
そしてブザーよりも強烈な轟音が響き、
「総員、先の模擬戦の様に迎え撃ちますよ」
両陣営は動き出した。
かたやあらゆる銃器を取り出す戦場の乙女達。約一名、腕を組んで先方の出方を伺っている隻眼の女がいるが、鈴音の号令の下、横一列に広がった女子生徒会はその銃口を彼等に向ける。
一方で、
「総員散開しつつ後退。この戦場から離脱する」
一目散に彼等は背中を見せて逃げ出した。
「「は?」」
呆気に取られる女子生徒達。生徒会だけでなく、鈴音やイサトまでもがその暴挙に首を傾げて口を馬鹿みたいに開けていた。
「……イザーク」
「ルールにこの校庭でしか戦ってはいけない、なんてないぜ?何処に逃げても自由だ」
同じく呆気に取られたフィオナの呟きに起き上がったイザークが答える。その口元は笑みを浮かべ、颯爽と逃げていく男子生徒達に視線を向けている。
そう、確かにルールに逃走厳禁等という物はない。この模擬戦の勝敗はあくまで総大将として登録されているスケープドールの破壊のみ。
「放てッ!」
既に大半が校舎の中へと逃れた中、不意を突かれて焦った鈴音の号令が響く。そして我に返った女子生徒会が引き金を引き、銃弾の雨が彼等を追撃する。
しかし、元々向かって来る者達を迎撃する事しかなかった彼女達が、元々離れた場所にいた逃げていく彼等へ弾丸を命中させるのは難しい。
そして、
「M80からM90、煙幕だ」
未だ逃げ出さずに立ち尽くすノア・L・ベルカニカの背後、十名の男子生徒が一斉に煙幕弾を地面に発射。これにより校舎へ逃れていく男子生徒の背中も、残る十名の男子生徒の姿も完全に覆い隠される。
だが銃弾の雨は止まらない。
故に、
「十秒以内に学園を離れれない者は見捨てるからね」
ノアはその手に握る黒き直剣を薙ぎ払い続ける。狙いの悪い弾丸がいくら来ようとも、彼に当たる事はなかった。
『おやおや、してやられていますね、鈴音。摩天楼の守護を任された者として恥ずかしくないのですか?』
─……くッ!
やがてノアすらも煙幕の中に消えて行く。
その中で、
「貰ってくよ。必ず勝つから、後は見ててくれ」
煙幕の中を駆けるノアがそう呟く。それは近くにいた誰かへの言葉であり、他には聞こえない。弾丸の雨の中、ノアは背後を見るのを止めて前を向き、インカムのマイクを摘まんだ。
「M36、ルーファス・アルバーンとM41からM70はポイント・ブラボーへ。以外は各自散開し、物影に潜んで指示を待て」
一方で、心の中で笑うエルフリーデに苛立ちを覚えながら鈴音は生徒達に発砲を止める様に指示を出した。
「…………イサト、何故撃たなかったのですか?」
「いや、煙幕の中は私にも見る事は出来ませんよ。その前であれば……まあ、思い切った作戦への手向けのつもりです」
「で、どうしましょう鈴音さん。まんまと逃げられちゃいましたけど」
関心した様に呆れた様に、笑って首を横に振るイサト。その背後から鈴音を覗き込むのはシープ。
そんな中、
「あ、一人倒れてる」
煙幕が晴れた校庭。校舎の前で男子生徒が一人倒れていた。様子を見に行った教職員が近付くと彼は両手を上げ、教職員が調査を始める。
「一名、脱落」
教職員のサインと共にイザークが鈴音を見ながらつまらなさそうに呟く。
おい、さっさと動けよ。つまんねえだろ、と。彼のその眼は鈴音に語っている。
「総員、具現武装の使用を許可します。戦場において恥ずべき行動に出た男子生徒達へ、己の力を示しましょう」
言われると同時に頷いた女子生徒会は各々様々な具現武装を形成する。生徒会はイサトとシープを含めて十八名。その中でイサト以外の都合十七種類の具現武装がそこにあった。
具現武装、その一つ一つが強力な武器であり、そして男子生徒側にはそれが一つしかないという彼女達の利点。それを活かさない道理はない。
そして鈴音はトラックの荷台へと足を運び、そこに置かれた無数の武器の中、刀の形状をした武装を手に取った。
日本刀ではない。それを現代で扱う為に製造された武器であり、それを左腰に装着する。
「各自、彼等を追いなさい。彼等は所詮雑魚、烏合の衆。私達に挑む愚かさを思い知らせてやりなさい」
その右手を薙ぎ払い、自身が集めた戦闘集団に指示を出す。その言葉に頷く女子生徒会は一斉に駆け出し、正門から外へと進撃する。その中で、イサトは自身の横を通り過ぎた生徒会の一人の肩に手を置いて引き止めた。
「君は私と来い。学園長、一人借りますよ」
「構いません。しかしイサト、この戦いに手加減は無用です。貴方の全力で蹴散らして見せなさい」
「御意」
言って、イサトも女子生徒一人を引き連れて正門へと駆け出した。彼女達を見送る鈴音。その中で、自身の左手を見下ろし思考する。
今、自身の中には敵がいる。そんな状況で具現武装を用いた全力戦闘を行っていい物かを考える。手の内を晒す事になるし、この模擬戦においてエルフリーデが出現して身体を操られる事はないだろう。
手の内を晒す事は良しとしないが、それは最早遅い事。そもそもエルフリーデはあの日鈴音の左手を避けていた節があった。故に最早彼女の手の内は知られているのだ。
「勝ちましょうね、鈴音さん」
そう言って右手を握り締めてくれるシープを見て、
「ええ、当然です」
鈴音は具現武装“幻想の綴り手”を形成する。彼女に勇気付けられるのはいつもの事で、そして故に負ける訳にはいかない。不安を抱えている中で、加減をしていられる心境ではないのだ。早々に、そして確実に、あの生徒会長率いる男子生徒達だけには負けたくないから。
「シープ、貴方は総大将です。……いいえ、例えそうでなくても私が必ず護ります。ですからしっかりついて来て下さい」
シープの手を引き、鈴音もまた男子生徒の待つ街へと進む。その右手に握り締める温もりを必ず護って見せると誓いながら。
「……不満そうだな」
深藍の横、教職員達の座るテントの中でイザークは彼女に声をかけた。というのも、深藍がただ誰もいなくなった校庭を見て表情を曇らせていたからだ。
「ああ、いえ。私は別に……」
彼女としてはこんな恥ずかしい恰好までしてここまで来たのに、約束相手の勇姿を見る事が出来ないのだ。当然といえば当然だった。
もっとも、具現武装を形成した女子生徒会を相手に彼が勝つ事等難しいだろうが、それとこれとは別の話。何にしても折角見に来たのだから、情けない姿だろうが惨めな姿だろうが、深藍としては何もない校庭よりも幾分マシなのだ。
「……フィオナ」
「本気ですか?」
イザークの呼びかけに、彼の眼を見たフィオナが僅かに驚いた様に眼を見開く。
「ああ、アースガイドがあんな事になっちまったし、こっちはこっちで足元を固めなきゃならねえ。……それとは別に、そろそろいいんじゃねえかと思ってたしな、いい機会だ。そして何より──」
何も言葉にしていないのにも関わらず、イザークの意図を感じ取るフィオナ。当然その意図は他の誰もが首を傾げ、当人達以外にそれを察するに至る情報もない。
それは深藍も同じであり、彼女も首を傾げていたがその肩をイザークに抱き寄せられ、深藍は顔を赤くして気を動転させた。
「俺が女との約束を守らなかった事があるか?」
「……了解しました。しかしその手はさっさと放しなさい。彼女はまだ学生で、それ以上は犯罪です」










「じゃあ次、結城君。読んでくれ」
摩天楼、星鈴館学院女子高等学校。財団都合による欠席者が多い中、ランスロットはいつも通り防守騎士として数学の授業を行っていた。
黒板の前に立つ彼が指名したのは、普段鈴音が座っている廊下側の窓際の席の最後尾に座る女子生徒、結城由宇。今日は欠席してる咎崎深藍の席とは反対側に位置するその席で、ハムスターを頭の上に乗せたまま彼女は立ち上がった。
「鳴かぬなら、鳴かせて見せようホトトギ──」
「頼むから数学を、先生と一緒に数学の勉強をしような」
繰り返すが今は数学の授業だ。
教卓で何やら涙ぐみながら由宇に訴えているが、彼女は眠そうな半開きの瞳を彼に向けた後、ゆっくりと鞄を机の上に置き、ガサゴソと中身を漁り始める。そうして数秒後、
「先生、数学の教科書」
「おう、どうした」
「忘れた」
「そもそも今日は歴史の授業ないからな!ないからな!」
と、ランスロットが拳を握り締めたその時だ。突如教室の液晶テレビが起動した。
「ん?何だ?」
『第三学園都市摩天楼、星鈴館学院女子高等学校に通う総ての者に突然だが発表がある』
そこに写し出されているのは第三学園都市代表であり、そして彼の有名なヴィクトーリア財団の会長、イザーク・F・ヴィクトーリア。彼の口振り的にはこの番組は星鈴館学院にのみの放送であり、第三学園都市全域、県外には放送されていないのだろう。
いつも突拍子のない事をする会長として有名な彼だったが、
「なん……だと」
次に表示された映像にランスロットは口を開けてただただ驚愕した。
「何あれ、CG?」
「すっごい迫力ねー」
そこに写し出された物は、第三学園都市に攻め入っている幻想種。当然、それは秘匿されている物のハズであり、この様にテレビ放送等以ての外である。
『こういうのはゲームやアニメの世界、現実じゃねえ。そう思う奴が殆どだろうが、よーく見ろ。これは現実だ。世界各地で未確認生物なり目撃情報はいくらでもあるが、断言しよう。そのほぼ総てがこういう獰猛生物だ』
「え……?」
「ちょっと、これマジ?」
生徒達が騒ぎ始める中、未だランスロットは口を開けたまま。されど映像は様々な幻想種を写し出していく。
ラスベガス上空に現れるUFO。日本海に現れる巨大戦艦。スフィンクスに跨る自由の女神や様々な新幹線が集い交じり合った三つ首の竜。
どれもこれもが現実離れしているが、寧ろそれ故にリアリティのある映像だった。
『怖い?結構。そいつは人として当然だ。だがな、これはずっと昔から出現していた化け物だ。が、殆どの者が目にした事がないだろう。何故だか分かるか?』
彼の話が本当なら確かに奇妙な話だった。これを見ている者の最初の反応は決まって「CGか何か?」という物。しかしそれが昔からいたのなら、寧ろここでわざわざ発表する事でもないし、もっと馴染みがあったハズだ。
『それはこのヴィクトーリア財団が秘密裏にあの化け物達を倒し、退ける事の出来る精鋭を集めて、戦っているからに他ならない』
アークスの事もアースガイドの事も伏せ、彼はそう断言する。
『しかし研究が進むにつれてある程度、この化け物達が狙う者の特徴が判明した。それは皆の知るエーテルを体内で多く保有する者達、つまりはこの第三学園都市に住む者達だ。故に、それを守護する精鋭をこの第三学園都市に集め、化け物──幻想種達に対し、西日本のみ安全を確立させる事に成功した』
「な、ななな何を言ってるんだろうな、理事長は」
慌てて、ランスロットは大声を上げ始める。
「先生、これどういう事?」
「じゃあ今も私達危険なの?」
そう、普通はこうなる。
この第三学園都市を囮にして西日本の平和を維持している。イザークはそう言ったし、それが事実であるから。
ランスロットはそれを聞いた時、護る場所を一点にするのは効率がいいし、この案を実行したのはいい手腕だと評価した。
しかしそれは秘密裏に行っていたからだ。
こうして公にしてしまえばパニックになる。それは誰でも考え付く事であり、故に今まで秘匿していたハズなのだ。
だが、
「ねえ、あれ見てよ」
「ちょ、何これ」
「戦ってる」
次の映像が流れた途端、女子生徒達の表情から次々と不安は消えて行った。
そこに写し出されたのは紛れもなく、この第三学園都市の平和を護っていた者達の一部、星鈴館学院の男子高等学校の生徒達と、女子生徒会の実際に幻想種を討伐している姿。
『能力が強く数が少ない女子生徒会は摩天楼を護り、能力に遅れを取るも数で勝る男子生徒が第三学園都市の守護を司る。そして一部の教職員もまた、皆を護る力がある。奴等がいる限り皆に被害が行く事はけしてない』
歓声が上がる。
嫌な予感がしたランスロットは背後のモニターに視線を投げて、そこに写し出される山奥を駆ける男子生徒達。
その光景は、彼に覚えがあった。
まるでそれは津波。
掛け声を上げる怒涛の波を前にするのは、デッキブラシを振り回して立ちはだかる大男。
先程まで幻想種を一掃していた男子生徒達の波の三分の一を、そのデッキブラシの一振りで吹き飛ばし、それでも止まらぬ者達の前に立ち塞がるその姿は正に武神。
過ぎ去ろうとする者は弾き返され、彼を狙う一撃は総てそのデッキブラシによって絡め取られ、逞しいその腕が彼等を掴み、その腕の一薙ぎによって周囲諸共を巻き込んで後方へと投げ飛ばす。
『そして御覧の通り、教職員もが君達を護る』
「騎士公が本当に騎士様!?」
そのツッコミが教室に響くのは当然。そこに写し出されていたのはかつて合宿時に群がる男共の女湯への侵攻を阻んでいた防守騎士の語られる事のなかった姿であったから。
それは最早大人と子供の差。それは体格もそうであるが、数で勝る彼等にランスロットはデッキブラシ一つで立ち向かい、退く事を一度もしていない。それは力量以上に、場数の差。経験の差が絶大な壁となって男子生徒の行方を阻むのだ。
自身が定めた防衛ライン。それを確実に護り抜き、故に怨嗟の如き雄叫びを上げる彼等は彼を飲み込み、その先へ至る事が出来ない。唸る鉄拳。
収縮する上腕二頭筋。
彼の鋼の肉体を傷付ける事すら出来ず、笑みと汗を零すランスロットの勇姿に鼻血を出して注目する生徒もチラホラと。
『そして皆もまた、隣の者を護る力がある。しかし君達は学生だ。無理強いする事はしないし、恐怖に去る事を考える者もいるだろう。……けどな、それを選ぶ前にこれを見て欲しい』
そして写し出されるのは、男子生徒を追う具現武装を持った女子生徒の姿だった。










「……何の茶番だこれは」
真っ白な部屋。そこに突如天井から降りて来た巨大モニターを眺めながら咎崎乃愛は一人呟いた。
当然ながらそこには誰もおらず、紅い瞳は特に他に何も見る物がないその空間故にその茶番と称した物を見続けた。
『くそ、しつこいぞ!可愛い女の子に追いかけられるのは悪くないけどッ!!』
『うっさい!ちょろちょろ逃げてないで戦いなさい!』
男子生徒を追いかける女子生徒。その手に具現武装を有している事から、何をしているかは明白だったが、いったい何故戦っているのかは不明だった。
『男子九十一名対女子生徒会+学園長。これは第三学園都市防衛に携わる現生徒総員での模擬戦だ。これを見て、改めて決めて欲しい。自身も第三学園都市の防衛に加わるのか、応援するのか。また第三学園都市から退避するのかを』
イザークの声が聞こえ、納得する。これは何らかの理由で隠し切れる物ではなくなった事を敢えて公開する事で恐怖心を拭い去ろうとするイザークの計らいであると。
しかし、男子対女子?
まがなりにも自身を破ったシープ、鈴音がいる女子生徒会相手に男子学生が戦える物だろうか。
そう思案した時に、画面は模擬戦参加者のリストと模擬戦ルールに切り替わった。
そこに、自身がつけた名を見つける。
ノア・L・ベルカニカ。
その名前を目にして、咎崎乃愛は唇の端を僅かに尖らせる。
「お前は居場所を見つけたか」
未だ何処にあるのか知らない物。
自身が必要とされている場所がある事は知っている。しかしそこで自身が行える事等贖罪しかなく、自身が生きている実感は得られない。彼女にとって生きる事は贖罪でしかなかったから、何をすればいいのか分からない。
それを考える為にも、この何もない空間は居心地のいい物だった。ただ、それでも思うのはここがその居場所ではないという事実。
何処かへ行かねばならない。
自身が自身の存在故に辿り着き、そこにいたいと思える場所に。










「さて、ルーファス。これでようやく切り札の完成だ」
通信で伝えた通りの場所、学生寮の屋上で待っていたノアは、その周囲を外敵の接近を見張る三十名の男子生徒に囲まれている中で、現れたルーファスに対して先程拾った物を手渡した。
「本当に僕がやるのか?そもそも予防策としても予定通り君が持った方がいいハズだ」
「君を選んだのはあくまで嫌がらせだけど、それでも僕が持つより効果は大きい。どっちが壊れるか運次第だし、それならどっちが壊れても問題ない人が持つべきさ」
『M30より報告。現在予定通りF17を引き連れて南下中』
そう言って笑いながら去るノアの耳にセットされたインカムに報告が届く。
「M0了解。すぐに向かう。なるべく挑発しながら誘導する様に」
『了解』
『M0へ、周囲にドローンを確認した。撃ち落としますか?』
「……ドローン?」
報告を聞いて歩き出したノアの足が止まる。ふと空を見上げて探し、こちらにカメラを向けている小型の飛行物体を見つける。
「M34へ、これは何だい?」
『あー、はいはい。……えー、こちらM34。どうやら模擬戦を学内ネット経由で星鈴館学院に生中継してるみたいだ。今送信したアドレスに飛べば見れる』
ノアの問いに答える通信を聞き、ルーファスはスマホを操作してリンクを開き、そのスマホの画面をノアに向けた。
「アニキがやってるんだろうね」
「なるほど」
言って、自身が写っているスマホの画面から、それを撮っているであろうドローンのカメラに視線を向けると、不敵に笑って軽く右手を振るノア。それは当然咎崎乃愛が見ている可能性があったからだが、それを見ている大半は彼を見るのは初で、そしてその美少年のその振る舞いに星鈴館学院の女子が何やら違う盛り上がりを見せたが、彼は知る由もない。
「さて、やるよみんな。気合を入れないと全女子生徒に馬鹿にされるだけだよ」
その一言に、武御雷や摩天楼に散らばった九十名の男子生徒が雄叫びを上げる。隠れている者もいたハズだが、どうにも抑えが効かなかった様だ。










「ちょろまかとッ!!」
「うおッ!!」
大剣を振るう女子生徒。それはただの大剣ではなく、当然彼女固有の具現武装であるから、通常武器しか持たない男子生徒が受け止めるには流石に力負けするだろう。
故にその背中に襲い来る大剣を横に飛んで躱し、アスファルトを転がった後で体勢を素早く立て直して、
「見えそうッ!」
「最っ低!」
ノアに言われた通り見えもしないのにローアングルだった故に適当に相手を挑発する。そして女子生徒はスカートの裾を片手で掴んで、逆の手の大剣をやたらめったらと振り回す。
しかしそれは総て躱される。再び走り出す男子生徒を、顔を真っ赤にしながら女子生徒は追う。
─……アイツ、怖いわ。
心の中でそう呟く。彼が言うアイツとは今彼を追い回す女子生徒の事ではない。
それはノア・L・ベルカニカ。彼が調べ上げて書き記したプロファイル。それは個人個人の性格からその性格の物が“こういう局面ならこうする”という明確な答えまで記されており、それ故に今彼は挑発しながらある程度余裕を持って攻撃を回避出来ているのだ。
その人間の思考パターン、行動、言動に至るまで、無意識化に行われる癖までも、ノアはあの短期間の調査で済ませた。それに恐怖心を抱いたのだ。ノアの逆鱗、強いてはアイツの姉二人には絶対手を出さないでおこうと固く誓いながら、彼は走る。
そんな時だった。
『御苦労、M30。次の交差点を左に曲がってそのまま走り抜けてくれ』
彼のインカムに聞こえて来るノアの声。それに心の中で返事をして、
「チッ、タイミング悪いなッ!」
赤になった走行先の信号を見上げ、ワザとらしく舌を鳴らして左に曲がる。
「生憎そっちは行き止ま──」
そしてそれを追う彼女も左に曲がるが、
「でも、引き返す時間なんてあげないよ」
その視界に飛び込んでくる銀髪の少年。彼が速過ぎるのもあったが、一瞬前まで曲がり角の先等見えていなかったのだ。そんな状況で彼の速さに対し構える事すら出来はしない。
彼の疾走はまるで風の如く彼女を通り過ぎ、擦れ違い様に振るった剣が彼女の具現武装を弾き飛ばす。
その姿、まるで烈風の如く。
強風に見舞われた少女がまるで傘を奪われるかの様に、その武装を剝がされて、
「でも、まだ──」
まだやれると感じるも、その手に身を護る物はない。故に、曲がり角の先で待ち構えていた十人の男子生徒の銃口から放たれる弾丸の雨にその身を晒す。
雨の中で踊る女子生徒のしなやかな手足。やがてそのスケープドールが砕け散り、彼女はやっと強いられたダンスを止めてアスファルトに膝を着く。
何が起きたのか理解すら出来ない程の一瞬で敗北し、まだその事実が分からずただ茫然と自身の膝の上にある手に視線を落としていた。
『こちらM41からM50、作戦成功。別命あるまで屋内に退避する』
「了解。索敵班、状況報告」
『こちらM12、ポイント・ノベンバーでF13からF16、F8とF5を確認した。密集して周囲を警戒している』
「了解。M12はそのまま潜伏して監視。M61からM70まで、ポイント・ノベンバーへ散開しながら進攻開始。大通りは避けて取り囲む」
『了解』
『こちらM16、ポイント・チャーリーにF0及びF1を確認』
「F2はどうした?」
『姿が見えません』
「……了解。広場を避けつつ尾行してくれ」
次々と来る報告に指示を出し、その中にあった報告の一つにノアは思考しながら車より速く疾走する。
「第一目標発見、尾行し──」
「悪いけど見え見えだよ」
徐に腕輪で通信した者を擦れ違い様に斬り捨て、更に速度を上げる。
第一目標、と聞こえた。当然ノアが指揮を取っている事はバレている、という事。それはノアの思い通りなのだが、肝心の者の発見報告がない。
彼等が通信で使っているFとは女性の意味。同じく男性はMであり、続く数字で個人を示している。故に先程あった報告で黒乃鈴音と白乃花音、F0とF1が一緒に行動している事は分かった。ポイント・アルファは模擬戦を開始した星鈴館学院男子高等学校周辺であり、ブラボーは男子寮。そしてそれに続くチャーリーに彼女達二人がいるという事は、模擬戦開始からそれ程移動していないという事。散歩でもしているつもりだろうか。
しかしそんな事よりもF2、イサト・マーゲイの姿がない。索敵班には鈴音達周辺かそれを眺める事が出来る高所を重点的に警戒する事を伝えている。にも関わらず彼女の姿がないという事は、今は身を潜めて機会を伺っているのか、それとも計略を企んでいるのか。
攻勢に出ている線も考えられるが、被害報告は一切ないし、何度かチェックしている生中継でもイサトは写っていない。
「ポイント・ビクター、M51からM60へ。準備は?」
『オッケーだ、いつでも逃げ込めクソガキ』
「……君は後で囮に使うよ」
言いながらノアは路地裏へと入る。そこはかつてイサトと戦った場所。その先がフェンスで行き止まりなのは知っている。
故にどこかに行く為にそこに入ったのではない。
「第一目標発見しました、場所は川周辺の路地裏です」
言いながら現れたのは六人の女子生徒。フェンスの前で立ち止まったノアの背中を見つめながら、
「さあ、追い詰めたわよ!」
等と指差して笑っている。そんな彼女にノアはただ溜息を吐き、その黒い直剣を地面に突き刺した。
「あらあら降参?そうよねー、この人数相手にどうするって話よねー」
「馬鹿だなぁ。そんな人数でこの狭い路地裏に入って何するんだい?」
大きな得物を手にしていながら、それを振り回した経験もなく、そして追い詰めているのか追い詰められたのか、それを理解出来る程の実戦回数もない。
故に二列に並んだその女子生徒会は互いに顔を見合わせて首を傾げ、その光景を見てノアは再び溜息を吐いて頭上を指差した。
見上げる女子生徒。建物の屋上付近からドローンが自身達を見下ろしていた。
「あのドローンの方が君達より頭がいいよ」
「アンタ調子に乗って──」
「調子に乗っているのは君達だ」
遮り、地面に刺した剣の柄に片手を置いた。それを合図にその路地裏で一斉に窓が開く。左右五つずつの窓から彼女達を見下ろす男子生徒。その手にはかつて彼女達が彼等に浴びせた弾丸を放つ銃器が握られていた。
「ひぃッ!?」
短い悲鳴。
涙ぐむ者。
肩を強張らせる者。
足を震わせる者。
身を屈める者。
逃げ出す者。
友の影に隠れる者。
六人共が別々の行動を取り、総てが共通した過ちを犯す。それはその手に持った心像武器、具現武装を手放す事。
いかに大きな夢を持とうとも、どれだけ優れた未来を描こうとも、彼女達のその手はそれを手放したのだ。
夢を、未来を、その手にある武器を手放す者に、
「撃て」
戦の神は微笑む事はない。そしてこの場において戦神とは彼の事。その無慈悲な言葉は投げ放ち、彼女達を見下ろす銃口が一斉に花を咲かせる。
壊れた人形の様に踊り狂い、地に倒れ伏す。
ノアの号令と共にその銃弾の雨は止み、彼女達の倒れるその場所を、砕け散ったスケープドールの欠片を踏み砕きながらノアは歩き出す。
「アンタなんか、学園長が絶対倒すんだから」
擦れ違う彼へ、痛みに顔を歪めた女子生徒が呟く。
立ち止まり、それを見下ろし、ノアは笑みを浮かべる。先程まで息巻いていた彼女が、今は負け犬の遠吠えにしかならぬ言葉を投げかけて来るだけ。
それがどうしても微笑ましくて、普段無表情で、意図的に相手を挑発する時しか笑わない彼が、どうしてもその笑みを抑える事が出来なかった。
勝利する。
彼はただひたすらに勝利を願う者。
例え他者から誹謗中傷、罵声を浴びせられようとも、彼はただ只管に勝利に酔う者。その想い、その願い、狂気に満ちたその笑みを以って完遂する。戦場、総ての状況を理解し、敵を蹂躙するのがこれ程までに楽しい事なのかと。
「例え君達の懐に勝利があったとしても、僕はそれを奪って勝ちは貰う」
言い残して、その場を去る。最早敗者に用はない。それ故、彼は次の戦場へ赴く為に歩みを進める。










「何なの、あの人」
暗がりの中、怯える様に彼女は呟いた。
数分前。
模擬戦に参加して、いつの間にか皆と逸れて路地裏に入り、周囲を見渡してもそこが何処なのか分からない。所謂迷子になった自身の愚かさに頭を悩ませるのも束の間、彼に出逢った。
曲がりくねった黒い髪の間から覗く金色の瞳はまるで黒猫。彼は路地裏でノートパソコンを開いていた。彼が模擬戦に参加している事は制服で分かっていた。サボっているのだろう、そう思った彼女は好機と見て彼に襲いかかったのだが、それが間違いだった。
彼女の具現武装は鞭。能力は痛みの増幅。打ち付けられた鞭はそれによって生じる痛みを増幅させ、フォトン耐性の低い普通の人間ならその痛みに耐えれず気絶する代物。
見た所、彼は耐性所か適性その物が低い様に感じられた。故に一撃じゃなくとも二撃程で気絶させられる、そう思った。気絶した彼からスケープドールを奪い、それを直接壊そうと思った。
だが、その鞭を左腕に受けた彼は、平然とノートパソコンを閉じてから立ち上がって来た。
当たり所が悪かったのかともう一度当てたが、全くの無反応。
『なあ、見た?』
『な、何を……?』
『パソコン』
問われた事に首を左右に振り、彼女は後退る。この人は何かおかしい、そう思ったから。
見た目はモデルの様な顔付きと体型。黄色人種にしては白い肌。見た目的には人が寄り付く様な人だろう。しかし彼女はそう思わなかった。それは彼の眼が同じ人間に向けられるべき物ではなかったから。
見下す様な瞳、というのはよくドラマや小説で表現される物。彼はそもそも長身であるからして、女子生徒を見下ろすのは当然の事。しかし、違う。違っている。彼はそもそも彼女等見ていない。
彼女の瞳の先、その言葉に偽りがあるかどうか。
事実見ていないのだから、その疑いに正面から彼の瞳を睨み返す。
『まあいいや。で、何これ?』
そうして信じて貰ったのか、彼は自分の左腕を見下ろした。そこは先程彼女が鞭を当てた場所であり、そして今も尚痛みを増幅して骨が折れている程の痛みを与えている場所である。
『え、だって模擬戦じゃないですか?』
再び後退る彼女を見て、
『……ああ、そうだった』
彼は制服の上着からナイフを取り出した。しかしその右手を鞭で打ち付け、そのナイフを地面に落とさせる。
だが、
『あれ、戦うんじゃないの?』
彼は平然とそれを拾い上げ、身構える。それは奇妙な事であった。痛みを増幅する具現武装。その力を用いて両腕が折れた痛みを与えているハズなのに、彼はナイフが落ちた事に対して片眉を上げただけで、気絶どころか痛みに顔を歪める事すらなかったから。
当たっていなかったのか?
答えは否。確かに彼の右手に当てた。
彼女の具現武装は痛覚を司る物であり、それ故に打撃力自体は女性の打ち付ける鞭の威力のみ。それ故にスケープドールを破壊するに至るダメージを蓄積させるには不向きな力。
だからそれ故に、怯んでくれなければ、気絶して貰わなければ何も出来ず、
『じゃあ、次は僕の番だ』
そう言って逆の手にハンドガンを引き抜いた彼にむやみやたらと鞭を打ち付ける。
一。
二。
三。
四。
五。
六。
七。
路地裏に響くその高音。幾度も、幾重に及び鞭を打ち付ける。一撃で人間を気絶させる程痛みを増幅出来る鞭が、まるで嵐の様に打ち付け、我を忘れて一心不乱に鞭を振り続ける。
戦いの場で我を忘れる事程愚かな事はない。
が、この時に置いて我を忘れた彼女を正気に戻させたのは、皮肉にも彼の握り締めるハンドガンの発砲音。そしてその痛みだ。
鞭を持つ右腕のその上、肩を撃たれてその痛みに悲鳴を上げて倒れ込む。スケープドールは所持者に外傷を与えない。しかし痛みは別である。そして致命的な攻撃及び気絶する程の蓄積ダメージを判定し、限界を超えると砕け散る。
故に肩を撃たれただけでは砕けない。
彼女はそれを幸運と僅かでも感じた。
自身はまだ戦える。生徒会の一員として憧れの学園長の為に働ける。涙は出るけど、それも仕方ない。ずっと前に出て戦う時は学園長である鈴音と生徒会長と生徒会副会長の三人だけで行っていた。自身もその横に並びたいと思っていたから、この痛みの経験は無駄にならない。
……そう思った。
『あれ、痛いの?』
目の前の彼は意味の分からない事を言い出した。
『ふーん、痛いのか』
そう言って自身の持つ銃を見定める様に眺め、もう一度彼女に銃口を向けた。
『ごめんね。次はちゃんと頭を撃つから』
苦痛に涙ぐんでいる女子生徒に対して微笑みかけ、男子生徒はそのやる気の欠片もない瞳で彼女を見据える。
彼女の足は自然と駆け出した。
怖かった。
恐ろしかった。
戦えなくなる事が、あの三人の横で並び立って戦いたいから、この模擬戦で負けたくなかった。
走り、逃げ込んだ先の廃工場。その物置の中に入って扉を閉める。荒い息を落ち着かせ、そして現在に至る。
あの男は何なのだ。何故かおかしい、何かがおかしい。あれは少し、いや少しと言わず恐ろしく、自分の知っている“男の子”という概念とは違う。
けれど覚えがあった。
ああいう物を見た事がある。
そう、彼女が嫌う女子生徒。花音を痛めつけ、憧れの鈴音に歯向かったあの白い獣。
咎崎乃愛。
彼女もまた自身の身体の痛み等意に介す事なく暴れ、破壊を撒き散らす嵐の様な存在だった。それに比べて彼は大人しいが、あの雰囲気は彼女にそっくりだった。
そう、端的に言って、恐ろしい。
彼も彼女も狂犬であり、その微笑みに背筋が凍り付く。相対して分かる。あれは狂っている、と。故に今自身は怯え、狭い物置の中で震えているのだ。
助けを呼びたいが声を出せば気付かれる。
相手が狂っているだけで、ここをやり過ごせばいくらでも役に立てる場面もあるだろう。だから息を殺せ、荒い息を吐き出す自身の唇を両手で覆い尽し、涙を拭うのはやり過ごした後でいい。
そう思い、実行し、近付いて来る足音が気になって、老朽化した扉の隙間から外を覗き込む。
黄昏。
神々しく、煌びやかな光がそこにあった。もうそんなに時間が経ったのだろうか。いつの間に夕方になったのだろう。
そう感じたのも束の間、その黄昏……黄金色の光が明滅した。
否、それは瞬きだ。
光が瞬いたのではない。それは生物が行う行動であり、それはつまり、
「ひッ!?」
黄昏を覗き込む彼女は、逆にその黄金色の瞳に覗き込まれていたという事。
狭い物置、逃げ場等ない。その中で出来る身動き等、今やったばかりの後退って壁に背中を打ち付ける程度の事。
無理だ。
逃げられない。
もう終わってしまう。
何の役にも立ててない。
どうして自分は弱いのだ。
恐怖によってとめどなく溢れていた涙が加速する。後悔しかない。どうして逸れてしまったのだろう。我先にと駆け出した大剣持ちの友人は勇ましく戦っているだろうに、何故私はこんなにも見っとも無く終わってしまうのだ、と。
……しかし、一向に扉は開かない。引き金も引かれない。
何故?
そう感じた彼女がゆっくりと先程の穴から外の世界を覗き込むと、少し離れた所に彼はいた。壁にもたれ掛かり、こちらを眺めて座っている。
何故?
最早考えても判らない。ここにいる事は確実にバレている。だというのに何故撃たない。何故開けない。
警戒しているのだろうか?
泣いている女相手に?
在り得ない。しかし考えても判らない。
そんな時だった。
聞こえて来る騒音に彼は空を見上げ、そしてその瞬間轟音と共に彼の身体は浮き上がった。
否、正確には天より降り注いだ“何か”によって地面に叩き付けられ、跳ね上がったのだ。
「何が……」
物置より出る女子生徒。しかし状況が判らない。彼女には“それ”が見えていないから。
「……こちらM34、夜坂葵。やられた」
『は?』
「ついでに追伸、空を見ろ。F2がそこにいる」
そして彼はムクりと起き上がり、砕け散った自身のスケープドールを眺めながらインカムを耳から外した。










「おいM34、どういう事だ!?」
ノアが叫び、同様に他の者も騒ぎ始める。
空を見ろ?
広場を一望出来るビルの屋上は既に抑えている。イサトがどれ程強くとも、どれ程優れた狙撃手だろうと見えなければ撃つ事は出来ない。故の作戦だ。
彼は総大将のシープを倒す為にもまずは邪魔な狙撃手を探していた。しかし、先程まで何処にも目撃情報はなかった。
であるにも関わらず、だ。
「おい、夜坂が負けたのか」
「いや、でも相手軍人だろ?」
夜坂葵。彼は近接格闘技においては優秀な男子学生だ。成績が中間に位置しているのは彼にはフォトン適正が劣り、そして授業にもあまり出ないから。
事実、接近戦であるなら男子生徒最強である生徒会長も夜坂には勝てないと彼自身が言う程の生徒だ。尤も、生徒会長自体が接近戦に不向きなだけでもあるのだが。
しかし生徒達が騒いでいるがそういう話ではない。問題は彼がどこでどうやって敗北したか、だ。
彼の最後の言葉である空を見上げるノア。
そこにあるのは澄み切った青空と雲。見渡す限りそれだけであり、後は鳥とドローンと……。
ハザマガタリ第26話
「総員、屋内に退避!急げ!」
『は?何──』
通信が途切れる。その瞬間、空に浮かぶ鉄の要塞が瞬いた。
ノアは確信する。夜坂葵の残した言葉もある。
「イサト・マーゲイ……ッ!」
宿敵の参戦に、ノアは拳を握り締めて空を睨み上げた。