くろべぇの廃墟

廃墟や産業遺産、近代建築の探訪記

工場転用の避病院

2017年8月21日探訪。

明治20年頃この地でコレラが流行し、その対策用に建てられた避病院。
明治末期に開業したようだ。

開業した医師は昭和5年頃まで診察していたが、何らかの理由でこの地を去り、
その後は巡回の医師が交代で患者を診ていたようだ。

昭和30年半ば頃に診療所としての役目を終え、
繊維工場として2004年まで稼動し廃墟となった。


建物外観。
この外観に惹かれて行くのを楽しみにしていたのだが、夏草で全然見えん。
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リフォームすればカフェや雑貨屋にでも使えそうな素敵な外観。
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裏口付近。
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裏口から中に入ってみた。
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奥から。
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右側は休憩室のような場所。
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茶碗や茶筒が置いてある。
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ストーブ。
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廊下の奥には繊維工場時代の倉庫のような場所。
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廊下を左に向かうと広い部屋が見えてきた。

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工場跡だろう。
残念ながら医院時代の痕跡は全く無い。
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水場。
蔦に覆われているせいか差し込む光が綺麗。
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正規の入口は中から閉じられている。
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この辺りまで稼動していた様だ。
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逆から。
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奥には事務室の様な場所。
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光が入らず薄暗い廊下。
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右側には当直部屋だろうか、和室があった。
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炊事場。
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風呂もあった。
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ダイアナ研究所

2017年12月30日探訪。

心霊スポットとしてあまりにも有名な本物件。

内部に残る資料から、建てられたのは1970年代半ば頃、
廃墟になったのは1990年代半ば頃と推察される。
日帰りや宿泊も出来る福祉研修施設として使われていたようだ。

ちなみにここを運営していた団体は保育園や医療施設、老人介護施設、
果ては葬儀場と現在も近隣市町村で手広く事業を行っている。

そんな事もありこの物件も定期的に管理はされており、過去にも数回完全封鎖されたが、
その都度心霊目的のウェーイ系に破壊されるいたちごっこが続いているようだ。


道に面した部分にある門柱。
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そもそも何故ここからダイアナ研究所という名称になったのか。
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少し小高い場所にある為、坂を登る。しばらくすると建物が見えて来た。
以前はこんな落書き無かったのだが、今はフィーバーしていた。
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玄関の板張りが破壊されている。
入りやすくする為の踏み台がわりか、ご丁寧にポリタンが置いてある。
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一通り外観を見て行く。以前は外階段を使い2階から入ったようだ。
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裏側も落書きだらけ。
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中に入ると受付のような場所があった。
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入口正面にトイレと2階へ上がる階段があるのだが、何故か撮り忘れていたorz
左側に廊下がある。板張りのせいでとにかく暗い。
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会議室内部。なんか文学全集とか色々置いてあった。
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受付内部。
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施設の概要が貼ってある。
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昭和57年(1982年)の日誌。理事長が何処へ行ったとかそんなの。
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未開封の封筒が山の様に積んであったが、中身は単なる宣伝チラシだった。
あて先がいきなり朝鮮学校なので色々邪推してしまうが、欲しい人間がその層なのか、
それ以外はほぼ全て東京都内の女子高だった。
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受付の隣に応接室。
ちなみに画像下にずっと黒い影が写り込んでしまっているが、これは心霊でもなんでもなく、
単にレンズフードを外し忘れてそれが写っているだけだ。
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廊下の左右に宿泊場と思わしき部屋があるが、正直見るべき点は何もない。
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廊下の突き当たりに炊事場がある。
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ここも特に何かある訳ではない。
この部屋の隣に風呂場と思わしき場所があったが、廊下が完全に逝っていて近づけなかった。
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2階にやって来た。
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廊下にテーブル筐体が置いてある。
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1979年にリリースされた任天堂スペースフィーバーの純正筐体。
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2階は大広間になっていた。
スピーカーの上に誰かが意図的に並べた羊の置物がある。
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奥は荷物で埋め尽くされていた。
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箱の中身は全てその羊の置物だったw
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海辺の廃医院

2016年2月13日探訪。

明治時代に開業した医院。
長年地域の総合病院として機能していたが、2003年頃廃墟となった。


片田舎の一角に存在する立派な洋館医院。
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これを撮っている背後には、建物をひとつ挟み大海原が広がる。
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この日は生憎の雨だった為、機会があればまた再訪したい場所である。
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雨で外観を撮り忘れる痛恨のミス、洋館の隣には母屋となる和風建築がある。
一見現役にも見える表面だが、裏手に回ると建物は半壊している。
ウェルカムな入口から入ると小さな薬瓶の入ったケースが置いてあった。
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入った正面には物置へと通じる階段がある。
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左側には時代を感じる台所スペース。
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右側は居間や仏間、そんな感じがするが、畳が全て剥がされ家具類も片付けられている為、
正直あまり見所はない。
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そしてこの手の物件にありがちだが、当然の様に内部は真っ暗。
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奥に進むと医院部分との境辺りに医療器具の入ったケースがあった。
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その下にはこの医院を開業した初代の還暦祝い、3代目?の初節句目録があった。
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↑の場所から右手へ向かうと風呂場。
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その横から左へ入るとレトロな水場があった。
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母屋と医院を繋ぐ渡り廊下。
本来であれば医療器具のあった場所から渡り廊下に出られたはずだが、現在はこの水場の窓から一旦外に出て、渡り廊下の崩壊部分から再び入る以外医院へ行く手段がない。
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渡り廊下の先に2階へ向かう階段があった。
先に2階を見て行こう。
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入院患者が使うであろう場所なのに、非常に傾斜のキツイ階段w
古い医院の階段は幅が広く取られているケースが多いが、
これは手術室や各診察室へ移動の際に患者を担架ごと運ぶ為の配慮らしい。
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2階廊下部分。
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奥から。
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古い窓ってほんと素敵。
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病室。
この場所も片付けられていて、殺風景な光景が広がる。
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唯一残る椅子。
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窓から裏手を見てみると何かの建物があったのだろうか、
完全に瓦礫となった部分があった。
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1階へ降りて来た。
やはりここも残留物は殆ど無い。
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と思ったら、階段下の隠し扉の様な場所に薬品庫があった。


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レントゲン写真が放置してある。
大正~昭和初期生まれのモノが多かった。
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本来の入口から入った所。
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左側に受付がある。

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受付の裏には薬棚。
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ここが診察室だったのだろうか?
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受付からも2階へ行く階段があった。
↑で書いた『古い窓って~』の右側扉に通じている。
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