2011年4月30日探訪。
1931年、東海紙料(現在は特種東海ホールディングスに吸収合併)により建てられた水力発電所。
1959年まで稼動していたそうだ。
この発電所は、そこへ至るルートが全くない川の中州のような場所にある。
辿り着く為には川原に下りられる1キロほど下流から遡るしかないうえに、
途中2回の川越えを余儀なくされる。
が、この場所には辿り着くアクセス路が無いにも拘らず、手入れされた茶畑が存在し、
ここを訪れた際にも畑の持ち主の翁が畑仕事をしていた。
どうも川の対岸から掛かるロープで行き来しているようだ。
声をかけて許可を取った上の合法探索と相成った。
対岸の川から見る全景。
この撮影ポイントは郊外の幹線道路をイメージしていたのだが、思いの他狭い山道だった。

広い川幅を蛇行しながら流れる為、2回の川越えを余儀なくされる。
浅そうに見えるが、177cmある自分でも太もも辺りまで水に浸かった。(足が短いだけとか言うなよ!w)

帰りに教えてもらったが、正面右隅に降りられる道が出来ている。
が、最初はそれに気が付かず、3mはあろうかという石垣を強引によじ登り、ようやく到達。

とりあえず外観を見て行く。

右上に見えるのが全景を撮影した道路である。
30mはあろうかという断崖なので、ここを降りるのは不可能である。

やけに黒ずんだ外壁。
時代が古いのもあるだろうが、戦前の建築にありがちな迷彩模様の跡かもしれない。

裏側。
この右側の山から2本の水圧鉄管が下りて来たようだ。
鉄管そのものは失われていたが、斜面にコンクリートの土台が残っていた。

門柱の跡だろうか?3本のコンクリート支柱が立っている。
そろそろ中へ入ってみよう。

入口横の窓から。
入ってすぐ正面の部屋は、茶畑で使われる農機具や農薬などの倉庫になっていた。

階段を上がると、発電機が設置してあったであろう広い空間。
丸太が敷き詰められているところには、かなり深い大穴が開いている。
この光景、どこかで見たことがある。

そう、岩手の和賀川発電所だ。
建築年代が近いせいだろう。規模は小さいが、かなり似通った設計になっている。

中央に舞台のようなフロアがある。


ここには変電設備があったのだろう。
奥の2部屋も茶畑用の器具が置かれていた。

こういう古いタイプの窓枠が大好きなので、意味もなく何枚も撮ってしまうw


モノクロも雰囲気が出ると思う。
寄り添う自転車。
錆び付いた窓枠。

窓枠と蔦。

差し込む光もなんだかカッコイイw
古い歯車。

ここは廃墟を始めた時からずっと行きたかった場所。ようやく念願が叶った。
想像よりも小さい建物だったが、暖かい日差しの中いつまでも居たいと思う場所だった。
(道中考えると、帰るのが面倒くさいともいうw)







すべての畑が放棄されていました