2008年9月13日、11月22日、2009年1月2日、10月13日、
2011年10月10日、2013年10月12日、2014年10月29日探訪。
※2022年4月に解体されました。
大正4年、足尾銅山の非常用電力供給設備として設置された重油発電所。
水枯れが起きる冬期、近隣の細尾発電所や上の代発電所の出力が落ちた際に稼動し、
不足電力を補っていたようだ。
出力1000kwは当時国内の油力発電としては最大規模だった。
昭和29年に廃止され、その後は隣接する通洞動力所と共に足尾機械株式会社
(現足尾さく岩機株式会社)の通洞工場として機能していたようだが、こちらの廃止時期は不明。
※2022年3月~6月の工期で解体されました。
廃墟に興味を持った頃、このインパクトのある外観に惹かれた。

初めて見て以来すっかり虜になってしまい何度も通った。

以前は建物間近まで行けたのだが、現在は柵が設置され手前までしか行けなくなった。

戦中に施された迷彩模様は年々薄くなっている気がする。

裏側。
木に隠れてしまっているが、緑十字の保安マークが付いている。

裏側下にある当時の入口。
撮影ポイント後には通洞動力所の入口があり、相互に行き来出来るようになっている。

割れ窓から覗いた内部。
ジブクレーンと天井クレーンが設置してある。

大正4年に造られた東京石川島造船所製10トンクレーン。

入れる入口のある建物サイドへ向かう。
途中にスバル360のスクラップがあった。

どうすればこんな状態になるんだろう・・・。

震災の影響だろうか、天井の一部が崩落していた。
この窓枠が大好き。

内部に潜入。

瓦礫が散乱し、The廃墟といった趣がある。



お洒落なランプ装飾。

中2階があるが床が腐敗し上れるような状態ではなかった。


隣のフロア。

お祭りで使うような山車が置いてある。


うっすらと軌道跡があった。

整備場のような所に続いていた。

道路に面した側はトタンで塞がれていた。

近年多くの施設が解体されている足尾。ここもその噂がある。
貴重な大正時代のRC建築だけに是非とも遺して欲しい建物ではあるが・・・。



ついにここも無くなってしまいますね。昨日見てきましたが、川側の壁のみになっていました。