2007年10月13日
大学生になりました。
大学は楽しいところだと思っていました。もちろん昔の話です。
そうですね高校生の頃はそんなことをポカーンとしながら思っていました。
高校生のころはバンド活動が日課のようになっていましたから、気楽なモンです。そんな生活があと4年延長できるなんて甘い考えですから、そりゃ大学生活は楽しいはずだと幻想をいだくわけです。それに、なんか、当時の大学生の生活(今の学生もそうかな?)はなんだか、とても自由で、その自由さが永遠に続くような気がしていたからです。それにカワイイ女子とおつきあいもできそうだなんてことも妄想していましたね。
まあ、実際にはそんなわけにはいきませんよね。
そんな僕も一年の浪人生活を経てなんとか大学に入学することができました。もちろん第一志望ではありませんでした。だからでしょうか、大学生活ってもっと楽しいもんじゃなかったのか?なんて疑問が常にありました。
なんて僕の大学生活は地味なんだろうなというおぼろげなものがずっとありました。でも、じゃあ、地味じゃない学生生活ってなんなのっていわるれることも困ったものです。
だって、僕の本当にほしかった大学生活はこの大学にはなったという結論に至ってしまうわけですから・・・・。
僕のほしかった大学生活は、あの大学にあったんじゃないかということです。隣の芝生は青く、広くきれいに見えるものです。そして僕がいきたかった大学は渋谷区にある「青山学院大学」でした。
そして、今日、13日〈土曜日)、初めてその大学の学生になりました。正確には一般への公開講座としての受講生という立場でしたが、とても満足できるものでした。つたのからまるチャペル?を前にしてこの大学のキャンパスで、教室で授業を受けられることで感動に打ち震えました。
ああ、こここそが、僕が行きたかった大学なんだと・・・。
教室の窓からは秋の柔らかな日差しが降り注ぎ、鮮やかな緑の葉が風に揺らぎます。そういえば、こんな僕の通った大学もこんな景色があったなあ、と思いました。なんだかずいぶんと感傷的な気分になりましたが、過ぎ去った日々へのノスタルジーではなく、今この瞬間の刹那を感じていました。
会場には約250人ほどの年齢も性別もバラバラな受講生がギッシリです。応募者は500人以上いたらしいので僕は幸運に導かれていたようです。
今日の講座は「拡大EUの教訓と、東アジア共同体、(+上海協力機構)) 欧州統合から、われわれは何を学ぶか?」というテーマでした。
講師は青山学院大学教授 羽場久美子先生。
講義の概要としては・・・EUの成り立ちの原点は、50年代の冷戦を端に発した、対ロシア包囲網としてのフランスとドイツの連合がルーツであり、そこには政治的、制度的な統合が基本にありました。その後、徐々に加盟国が増え、東欧諸国も巻き込み、07年には27カ国がEU加盟国になりました。そして、政治的な基盤をルーツとしたものが発展し、金融制度の統合、経済制度の統合に発展をしていったという分析です。ここには徐々にアメリカを中心としたグローバリズムへの対抗軸という主旨もあったと思います。レスター・サローは「冷戦が終わってからは、経済戦争で誰がナンバー1になるかを争っている状況に陥った」といっているそうです。その歴史に流れのなかで、アジア圏がにぎやかです。人口13億人の中国の経済成長があります。かつて援助の対象であったものが脅威の対象に変わりつつあるということです。そして、その時代に流れのなかで日本のあるべき姿はどうあるべきかということが論点でした。羽場教授の東アジアの共同体を構築する努力をすべきであるということを唱えています。果たして今の日本にそれができるのでしょうか。もはやアジアの経済の中心は中国に移りました。そして日本は島国で国境という概念が存在しません。境界線をは紛争にフォルトライン〈文明の対立)きあらコンタクトゾーン(出会いの場所)にすること。一国で戦える〈経済的にも)状況ではなく、グローバリゼーションのもとでの国民国家を超えた統合の重要性が必要だということです。これは会社経営にも言えることだと思います。もはやひとつの会社でできることは限界があるのではないでしょうか?・・・。ソンボンヌ大学のR・フランク教授いわく「中国と日本が、それぞれ、南京で、靖国で抱き合い、握手できれば歴史が変わるだろ」と言ったそうです。そのためには強烈なリーダーシップや相互理解が必要でしょう。そして、東アジア連合の共同体にありかたはヨーロッパとは逆で、経済から入って、金融統合、そして政治制度的な統合により、それらは実現するのではないかということでした。
ブログですべてを論じるつもりもありませんし、もっと深い論旨があったと思います。
講義開始すぐは、もしかしたら途中で寝ちゃうかもしんまいなぁーとか思っていた公開講座の授業でしたが、最後まで緊張の糸が切れることなく、拝聴することができました。そして、とても勉強になりました。勉強するって、新しい知識を得ることって本当に楽しいことだと思いました。
講座の最後に「では質問がありましたらどうぞ」ということだったので、またしても先日の泉谷先生の占いのときとおなじく「はい!」」と挙手しました。僕の質問は「日本が東アジア共同体に主権として参加するために残された時間はどのくらいでしょうか?」というようなものでした。羽場教授からとても丁寧な回答をいただきました。
そこには非常に充実感にあふれた僕がいました。う〜ん、ずいぶんと遅くなってしまったけど僕の大学生生活も悪くない・・・と思いました。でも、あのころの大学生活をしたいとかいうような浮ついた気持ちではありません。
憧れの大学、憧れの教室。そして・・・。
大学はどこでもよかったんでしょう。でもそんなことに気がつかなかったのが若さと愚かさというものでしょう。
来週もこのキャンパスで、同じ教室で受講します。ほんのちょっとのことですが人間は変わることができるということを体感してきます。
追伸:建築家の黒川紀章さんがお亡くなりになりましたね。黒川さんが若尾文子さんに最後に言った言葉が印象的でした。
「そんなこと、そんなこと、本当に好きだったんだから」と言ったそうです。人を愛することって本当に単純な理由なんだろうと思いました。短いセンテンスですが、思わず涙があふれそうなほど、すべての気持ちがこもっているような気がしました。
そうですね高校生の頃はそんなことをポカーンとしながら思っていました。
高校生のころはバンド活動が日課のようになっていましたから、気楽なモンです。そんな生活があと4年延長できるなんて甘い考えですから、そりゃ大学生活は楽しいはずだと幻想をいだくわけです。それに、なんか、当時の大学生の生活(今の学生もそうかな?)はなんだか、とても自由で、その自由さが永遠に続くような気がしていたからです。それにカワイイ女子とおつきあいもできそうだなんてことも妄想していましたね。
まあ、実際にはそんなわけにはいきませんよね。
そんな僕も一年の浪人生活を経てなんとか大学に入学することができました。もちろん第一志望ではありませんでした。だからでしょうか、大学生活ってもっと楽しいもんじゃなかったのか?なんて疑問が常にありました。
なんて僕の大学生活は地味なんだろうなというおぼろげなものがずっとありました。でも、じゃあ、地味じゃない学生生活ってなんなのっていわるれることも困ったものです。
だって、僕の本当にほしかった大学生活はこの大学にはなったという結論に至ってしまうわけですから・・・・。
僕のほしかった大学生活は、あの大学にあったんじゃないかということです。隣の芝生は青く、広くきれいに見えるものです。そして僕がいきたかった大学は渋谷区にある「青山学院大学」でした。
そして、今日、13日〈土曜日)、初めてその大学の学生になりました。正確には一般への公開講座としての受講生という立場でしたが、とても満足できるものでした。つたのからまるチャペル?を前にしてこの大学のキャンパスで、教室で授業を受けられることで感動に打ち震えました。
ああ、こここそが、僕が行きたかった大学なんだと・・・。
教室の窓からは秋の柔らかな日差しが降り注ぎ、鮮やかな緑の葉が風に揺らぎます。そういえば、こんな僕の通った大学もこんな景色があったなあ、と思いました。なんだかずいぶんと感傷的な気分になりましたが、過ぎ去った日々へのノスタルジーではなく、今この瞬間の刹那を感じていました。
会場には約250人ほどの年齢も性別もバラバラな受講生がギッシリです。応募者は500人以上いたらしいので僕は幸運に導かれていたようです。
今日の講座は「拡大EUの教訓と、東アジア共同体、(+上海協力機構)) 欧州統合から、われわれは何を学ぶか?」というテーマでした。
講師は青山学院大学教授 羽場久美子先生。
講義の概要としては・・・EUの成り立ちの原点は、50年代の冷戦を端に発した、対ロシア包囲網としてのフランスとドイツの連合がルーツであり、そこには政治的、制度的な統合が基本にありました。その後、徐々に加盟国が増え、東欧諸国も巻き込み、07年には27カ国がEU加盟国になりました。そして、政治的な基盤をルーツとしたものが発展し、金融制度の統合、経済制度の統合に発展をしていったという分析です。ここには徐々にアメリカを中心としたグローバリズムへの対抗軸という主旨もあったと思います。レスター・サローは「冷戦が終わってからは、経済戦争で誰がナンバー1になるかを争っている状況に陥った」といっているそうです。その歴史に流れのなかで、アジア圏がにぎやかです。人口13億人の中国の経済成長があります。かつて援助の対象であったものが脅威の対象に変わりつつあるということです。そして、その時代に流れのなかで日本のあるべき姿はどうあるべきかということが論点でした。羽場教授の東アジアの共同体を構築する努力をすべきであるということを唱えています。果たして今の日本にそれができるのでしょうか。もはやアジアの経済の中心は中国に移りました。そして日本は島国で国境という概念が存在しません。境界線をは紛争にフォルトライン〈文明の対立)きあらコンタクトゾーン(出会いの場所)にすること。一国で戦える〈経済的にも)状況ではなく、グローバリゼーションのもとでの国民国家を超えた統合の重要性が必要だということです。これは会社経営にも言えることだと思います。もはやひとつの会社でできることは限界があるのではないでしょうか?・・・。ソンボンヌ大学のR・フランク教授いわく「中国と日本が、それぞれ、南京で、靖国で抱き合い、握手できれば歴史が変わるだろ」と言ったそうです。そのためには強烈なリーダーシップや相互理解が必要でしょう。そして、東アジア連合の共同体にありかたはヨーロッパとは逆で、経済から入って、金融統合、そして政治制度的な統合により、それらは実現するのではないかということでした。
ブログですべてを論じるつもりもありませんし、もっと深い論旨があったと思います。
講義開始すぐは、もしかしたら途中で寝ちゃうかもしんまいなぁーとか思っていた公開講座の授業でしたが、最後まで緊張の糸が切れることなく、拝聴することができました。そして、とても勉強になりました。勉強するって、新しい知識を得ることって本当に楽しいことだと思いました。
講座の最後に「では質問がありましたらどうぞ」ということだったので、またしても先日の泉谷先生の占いのときとおなじく「はい!」」と挙手しました。僕の質問は「日本が東アジア共同体に主権として参加するために残された時間はどのくらいでしょうか?」というようなものでした。羽場教授からとても丁寧な回答をいただきました。
そこには非常に充実感にあふれた僕がいました。う〜ん、ずいぶんと遅くなってしまったけど僕の大学生生活も悪くない・・・と思いました。でも、あのころの大学生活をしたいとかいうような浮ついた気持ちではありません。
憧れの大学、憧れの教室。そして・・・。
大学はどこでもよかったんでしょう。でもそんなことに気がつかなかったのが若さと愚かさというものでしょう。
来週もこのキャンパスで、同じ教室で受講します。ほんのちょっとのことですが人間は変わることができるということを体感してきます。
追伸:建築家の黒川紀章さんがお亡くなりになりましたね。黒川さんが若尾文子さんに最後に言った言葉が印象的でした。
「そんなこと、そんなこと、本当に好きだったんだから」と言ったそうです。人を愛することって本当に単純な理由なんだろうと思いました。短いセンテンスですが、思わず涙があふれそうなほど、すべての気持ちがこもっているような気がしました。


