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    「この騒動と謝罪会見によって、SMAPというグループは『死んだ』のです。会見の進行をしていた女性アナウンサーの雰囲気や口調も、
    葬式の司会をしているようにしか見えませんでした。冒頭でファンのメッセージを読み上げるなど、演出も陳腐で酷すぎた。

    彼らは今回、自分たちの『裏側』を曝け出してしまったのです。これから先、ドラマや映画でどんな役に扮しても、視聴者は感情移入しにくい。
    まさに『公開処刑』でした」(ノンフィクション作家の岩切徹氏)

    いつもは5人の真ん中に立ち、仕切り役を務めてきた中居正広(43歳)が端に追いやられ、中央には木村拓哉(43歳)が陣取る。
    全員が黒のスーツ姿だが、中居を含む、独立を画策したという草彅剛(41歳)、稲垣吾郎(42歳)、香取慎吾(38歳)の4人は
    ネクタイも黒系に統一した喪服のようなスタイル。これに対し、キムタクのみが、白銀に輝くネクタイを締めていたのも印象的だ。

    「有罪と無罪」
    ジャニーズ事務所のシナリオに従って行われたSMAPの「お詫び会見」は、それを全国民に知らしめるための「見せしめ」だったと言える。

    「中居は、『すみませんでした』と頭を下げましたが、不本意だったのは明らかです。
    ネット上では心の葛藤を抑えるかのように自分の左手で右手をつねるような仕草が話題になっていました。

    また草彅が『ジャニーさんに謝る機会を木村君が作ってくれた』と言っていましたが、あれは実は中居が言うはずだったんです。
    でも中居がそれを『できない』と断ったと聞いています。ジャニーズ残留を決断していた木村と独立に動いた中居ら4人では、
    当日の楽屋も1対4に分かれていました」(スポーツ紙芸能担当記者)

    世間を騒がせた「SMAP解散騒動」は、育ての親とされる飯島三智マネジャー(58歳)と共に独立を企てた4人が、
    ジャニー喜多川社長(84歳)とメリー喜多川副社長(89歳)に謝罪することでひとまず収束した。

    だが、よく考えるまでもなく、これは異様だ。

    アイドルとはいえ四十路を迎えた大の男たちが、自らの意思で進退を決めることもままならず、公共の電波を使って強制的に「騒動のお詫び」をさせられる。
    スポーツ紙には誰の意向か出所不明な、素人目にも偏った情報が垂れ流され、「叛逆者」は吊し上げられた。

    そして、それに同調せず、結果として仲間を「売った」者が、あたかも「ヒーロー」のように祭り上げられる……。

    まさに芸能界の「闇」が凝縮されたような騒動だと言えるが、クーデターに失敗し、会見で苦悶の表情を浮かべる中居正広の姿を見て、
    15年ほど前に政界で起きた、ある事件を思い出した人も多いのではないか。

    '00年、第二次森喜朗内閣当時。衆議院本会議に向けて野党が内閣不信任案を提出する動きを見せると、
    自民党の加藤紘一元幹事長は、それに同調することを表明し、森政権に反旗を翻した。いわゆる「加藤の乱」だ。

    だが、このクーデターは、当時幹事長を務めていた野中広務氏による党内引き締めにより失敗に終わる。敗北を悟った加藤氏は派閥総会を開き、
    「この上は自分だけでも不信任案に賛成を」と訴えたが、側近の谷垣禎一氏(現自民党幹事長)から「加藤先生は大将なんだから!
    独りで突撃なんてダメですよ!」と慰留され、涙ながらに造反を諦めたのである。

    「加藤の乱とSMAP解散騒動は確かに似ていますね」と語るのは、政治評論家の鈴木哲夫氏だ。

    「政界と芸能界はまったく違うようでいて、実は似たところがあります。どちらも閉鎖された社会であり、独特のしきたりが残っている。
    よく『永田町の常識は世間の非常識』と言いますが、芸能界も同じところがあるということでしょう。

    そのしきたりを破った加藤さんは、その後、政治家としての輝きをすっかり失ってしまいました。加藤さんに限らず、政党を飛び出したり、
    飛び出そうとして出戻りした人たちの大半は、その後冷や飯を食わされている。中居さんの場合も、同じような境遇に陥る可能性はあるでしょうね」
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47611

    加藤氏の失敗は、一度は「王」(当時なら森総理や自民党の中枢部)に反旗を翻す決意を下しながら、
    形勢が悪くなった途端、いきなり腰砕けになったことである。

    加藤氏に相応の覚悟があれば、たとえそのクーデターが未遂となっても、自民党を飛び出して裸一貫からやり直し、筋を通す道を選んだはずだ。

    ところが加藤氏はそうしなかった。「周りに説得された」という体をとり、要するに日和ってしまったのである。
    あの日の目を潤ませた加藤氏の姿は、まさしく今の中居の姿と重なる。実に悲惨だ。

    だが、そんな目に遭わされて生き恥を晒すくらいなら、なぜ「独立する」という初心を貫かなかったのか。

    同志も世間も失望させた加藤氏は、政治家としての信望とカリスマ性を一夜にして失い、「敗残者」という汚名だけが残った。
    中居も、そしてSMAPというグループ自体もまた、「偶像」としての魅力を一瞬にして失った。

    今後、バラエティー番組で中居らがいくら愛想を振りまいても、そこには痛々しさと哀しみが漂う。
    20年以上も芸能界のトップランナーとして君臨してきたSMAPは、確かにこれで事実上、「死んだ」のである。

    恐るべきは、自らの支配下にあるとはいえ、SMAPほどの人気グループを、その一存であっという間に捻り潰した「女帝」の存在だ。
    前出のジャニーズ事務所副社長で、創業者・ジャニー氏の姉、メリー氏である。

    「中居ら4人の独立計画を主導していた飯島女史は、そもそもメリーさんが抜擢した人物です。
    その飯島女史がSMAPを人気グループに育て上げ、ジャニーズ事務所も巨大な利益を得てきたわけですが、彼女がこれ以上増長することを、メリーさんは許さなかった。

    あんな異様な会見を強行すればSMAP自体の人気が暴落し、事務所の大損害になることはメリーさんも十分に分かっていたはず。
    それでも彼女は、彼らを公開処刑することで、叛逆者がどうなるかを一発で世間と芸能界に示したのです」(民放キー局の構成作家)

    芸能界、そしてテレビ業界では、ジャニーズ事務所の実質的な社長が、弟のジャニー氏ではなく、メリー氏であることはよく知られていたという。

    「ジャニーさんはどんなタレントが売れるか、といった現場的な嗅覚は凄い。でも、経営者として事務所を運営していたのはメリーさんです。
    ジャニーズ事務所と、その所属タレントと仕事をせざるを得ないテレビマンにとって、メリーさんの意向は『絶対』です。
    あの人が赤だと言えば、黒いものも赤になる。誰も、面と向かって異など唱えられない。正真正銘の『女帝』なのです」(民放キー局ディレクター)

    女帝は、子飼いの一スタッフに噛みつかれたことを許さず、裏切り者として、彼女が手掛けたグループごと断罪した。
    女帝の逆鱗に触れることを怖れ、キムタクは他の4人のメンバーを裏切り、いわば「ユダ」となることで身の安全を図った。
    当てが外れた中居たちには、反乱しながら、最後は女帝の靴を舐めて許しを請うた愚か者という烙印だけが残った—。

    こんな茶番につき合わされた国民の多くが、SMAPへの興味を失う日も近いだろう。




    艦隊これくしょん ‐艦これ‐ 艦娘型録
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