モダン建造物*東京都

September 03, 2017

伊東忠太の東京都慰霊堂◆ 陛豕都墨田区横網)

【 伊東忠太の東京都慰霊堂 】

の続きです。

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_外観 (2)



伊東忠太 設計の建物らしく、 東京都慰霊堂 にも

動物や妖怪が潜んでいます。



▼講堂の照明

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (3)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (5)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (4)



▼鳥いろいろ

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥1 (2)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥1 (1)



東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥2


東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥と鬼瓦 (1)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥と鬼瓦 (2)


東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥3 (3)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥3 (2)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥3 (4)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥3 (1)



▼寅

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_トラ (1)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_トラ (2)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_トラと鳥



▼その他

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_その他 (2)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_その他 (3)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_その他 (1)

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_鳥と鬼瓦 (3)





 【紅緒のデコ建マップ】 
                              

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カフヱー花園【伊東忠太】



kuroneko_studio at 19:33|Permalink

August 29, 2017

伊東忠太の東京都慰霊堂  陛豕都墨田区横網)

大正12年(1923)9月1日に発生した “関東大震災


そして、震災による遭難者(約58,000人)の御遺骨を納めるための霊堂として、

昭和5年(1930)に建てられた

【東京都慰霊堂】※


東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_外観 (2)


※当初は「震災記念堂」と名付けられましたが、

昭和20年3月10日の東京大空襲などによる犠牲者(約105,000人)の

御遺骨も併せてこの霊堂に奉安し、昭和26年9月に名称を「東京都慰霊堂」と改め、

現在約163,000体の御遺骨が安置されています。
 

都立横網町公園HPより)


東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (2)



東京市内で最も被害の大きかった被服廠跡(現:東京都横網町公園)に

建てられました。


設計は、 伊東忠太 です。




祭壇のある講堂。

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (1)


東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (8)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (7)



伊東忠太 らしい入口上部の照明

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (3)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (5)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (4)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (6)
東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_内部 (10)




講堂の裏にある三重塔。

東京都墨田区横網_東京都慰霊堂_三重塔


基部は納骨堂になっているのだそうです。


【 伊東忠太の東京都慰霊堂 へ続く 】





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カフヱー花園【伊東忠太】



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August 22, 2017

復興小学校・常盤小学校と常盤橋 (東京都中央区)

今回も昨日に引き続き、中央区の復興小学校 についてです。


【 中央区立常盤小学校 】

東京都中央区_中央区立常盤橋小学校 (2)


所在地 : 東京都中央区日本橋本石町4丁目

竣工 : 昭和4年(1929)

東京都中央区_中央区立常盤橋小学校 (3)
東京都中央区_中央区立常盤橋小学校 (1)

< 撮影:2009.09 >



常盤小学校から300m程離れたところにある

【 常盤橋 】

東京都千代田区中央区_常盤橋 (3)


所在地 :  東京都中央区日本橋本石町〜千代田区大手町

竣工 : 1926年

東京都千代田区中央区_常盤橋 (1)

東京都千代田区中央区_常盤橋 (5)
東京都千代田区中央区_常盤橋 (4)



現在、「常盤橋街区再開発プロジェクト」真っ只中だそうです。

この美しい橋のままで保存してくださると良いのですが・・・。

東京都千代田区中央区_常盤橋 (6)


< 撮影:2016.02 >


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kuroneko_studio at 21:55|Permalink

August 21, 2017

復興小学校がまたひとつ・・・ (東京都中央区)


関東大震災後に復興事業の一環として建築された “復興小学校” 

またひとつ姿を消します。



東京駅八重洲口から徒歩数分のところにあるこちらの学校です。


【 中央区立城東小学校 】(旧中央区立京橋昭和小学校)

東京都中央区八重洲2_中央区立城東小学校 (2)


所在地:東京都中央区八重洲2

竣工:昭和4年(1929)

東京都中央区八重洲2_中央区立城東小学校 (1)

東京都中央区八重洲2_中央区立城東小学校 (3)


< 撮影 : 2009.11 >


解体は来月9月以降始まるそうです。




同じく中央区にあった下記の復興小学校は

残念ながら数年前、解体されてしまいました。



【 中央区立明石小学校・旧校舎 】


東京都中央区明石町_中央区立明石小学校 (2)


竣工:大正14年(1925)

東京都中央区明石町_中央区立明石小学校 (1)
東京都中央区明石町_中央区立明石小学校 (3)


< 撮影 : 2007.05 >



【 中央区立中央小学校・旧校舎 】(旧中央区立鉄砲洲小学校)

東京都中央区湊1-4-1_旧鉄砲洲小学校 (1)


竣工 : 昭和4年(1929)

東京都中央区湊1-4-1_旧鉄砲洲小学校 (2)


< 撮影 : 2009.11 >



ちなみに、昭和3年(1928)に建てられた

中央区立阪本小学校 も近いうちに建て替えが始まるそうです。




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August 19, 2017

多磨霊園付近の近代建築 (東京都府中市)

大正12年開園の “多磨霊園” の周りには

場所柄、開園当時から続く石材店や花屋など多く見受けられます。


【 石勝石材店 】

多磨霊園_石勝 (2)

多磨霊園_石勝 (1)



【 太田家 】

多磨霊園_太田屋 (1)
多磨霊園_太田屋 (2)



【 木村家裏の洋館 】

多磨霊園_木村家 (1)
多磨霊園_木村家 (2)



【 すずらん 】

多磨霊園_すずらん (5)
多磨霊園_すずらん (1)
多磨霊園_すずらん (3)


多磨霊園_すずらん (6)


< 撮影 : 2010.05 / 2017.08 >




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【多磨霊園、門と塔】

【多磨霊園の名誉霊域】




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August 17, 2017

多磨霊園の名誉霊域 (東京都府中市〜東京都小金井市)

 【 多磨霊園、門と塔 】 に引き続き、

多磨霊園のメインストリートに構える “名誉霊域” についてです。


多磨霊園_名誉霊域 (1)
多磨霊園_名誉霊域 (4)
多磨霊園_名誉霊域 (7)



名誉霊域には、歴史の教科書で目にしたことがある名だたる方々の

お墓があります。




その方の偉業を刻んだプレートや銅像があったり・・・

墓石” というよりは “モニュメント” と言った感じです。




銀座・和光の時計塔でお馴染み、旧服部時計店の創業者!

【 服部金太郎 氏 】

多磨霊園_服部金太郎 (2)
多磨霊園_服部金太郎 (3)
多磨霊園_服部金太郎 (1)




懐かしの五千円札と言えば・・・

【 新渡戸稲造氏 】

多磨霊園_新渡戸稲造 (3)
多磨霊園_新渡戸稲造 (1)




明治〜昭和初期に活躍した実業家

【 藤山雷太 氏 】

多磨霊園_藤山雷太 (1)

多磨霊園_藤山雷太 (2)
多磨霊園_藤山雷太 (3)
多磨霊園_藤山雷太 (4)



その他にもいろいろ素晴らしいものがありました。

多磨霊園_鳥居龍理




そして、一際目を引いた ピラミッド型の墓石

多磨霊園_名誉霊域 (6)



この前には、東京都から告知の看板が掲げられていました。


『墓地整理のため無縁墳墓は改葬することになったので・・・

期限までに連絡を・・・』



と書いてありました。

期限はとうに過ぎていました。

近いうちに更地になってしまうのでしょうか・・・



この看板、霊園内の至る所で見受けられました。

仕方がないかもしれないのですが、とても残念です。



< 撮影:2017.08 >


 【紅緒のデコ建マップ】 
                              

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kuroneko_studio at 21:22|Permalink

多磨霊園、門と塔 (東京都府中市〜東京都小金井市)

先日、義祖父母が眠る 多磨霊園 に行って参りました。

そのついでに戦前の面影が所かしこに残る霊園の散策も・・・


【 多磨霊園・正門 】

多磨霊園_正門 (1)

多磨霊園_正門 (2)
多磨霊園_正門 (3)



【 小金井門 】

多磨霊園_小金井門




【 旧噴水塔 】

多磨霊園_噴水塔 (4)


数年前に訪れた時は、なかった柵が取り付けられていました。

老朽化の為でしょうか・・・?

多磨霊園_噴水塔 (5)
多磨霊園_噴水塔 (1)
多磨霊園_噴水塔 (2)



【 塔 (A) 】

多磨霊園_モニュメント塔A (3)


以前は水が出ていたような形跡がありました。

元は噴水塔か水汲み場だったのでしょうか。

多磨霊園_モニュメント塔A (1)
多磨霊園_モニュメント塔A (2)



【 塔 (B) 】

多磨霊園_モニュメント塔B (2)
多磨霊園_モニュメント塔B (1)



< 撮影:2017.08 >


 【紅緒のデコ建マップ】 
                              

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June 30, 2017

昭和モダンな東京大学附属植物園本館 (東京都文京区白山)

【 東京大学附属植物園本館 / 小石川植物園本館 】

東京都文京区白山_小石川植物園 (3)


所在地:東京都文京区白山3丁目

竣工:昭和14年(1939)

設計:内田祥三

東京都文京区白山_小石川植物園 (4)

東京都文京区白山_小石川植物園 (7)
東京都文京区白山_小石川植物園 (6)
東京都文京区白山_小石川植物園 (5)



平成30年まで工事中の温室部分☟

東京都文京区白山_小石川植物園 (9)


残念ながら、立ち入り禁止区域で入れませんでしたが、

戦前のプランターと噴水が確認できました。


東京都文京区白山_小石川植物園 (1)
東京都文京区白山_小石川植物園 (10)
東京都文京区白山_小石川植物園 (11)
東京都文京区白山_小石川植物園 (12)





小石川植物園敷地の端っこにある建物☟

 旧東京医学校本館 】

東京都文京区白山_東京大学総合研究博物館小石川分館 (2)


明治9年(1876)に建てられた建物です。

東京都文京区白山_東京大学総合研究博物館小石川分館 (3)
東京都文京区白山_東京大学総合研究博物館小石川分館 (4)



馴染んでいますが、昭和44年、東京大学本郷キャンパスから移築されたそうです。


現在、【東京大学総合研究博物館小石川分館】として利用されています。

またゆっくり訪れたい博物館のひとつです。


東京都文京区白山_東京大学総合研究博物館小石川分館 (1)
東京都文京区白山_東京大学総合研究博物館小石川分館 (5)


< 撮影:2017.05 >


 【紅緒のデコ建マップ】 
                              

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May 14, 2017

【現存せず】渡邊ビルヂング (東京都港区浜松町)

【 渡邊ビルヂング 】 (※現存せず)

東京都港区浜松町2-4-21_渡邊ビルヂング (4)


所在地:東京都港区浜松町2-4-21

竣工:昭和6年(1931) 

設計・施工:大林組


スクラッチタイルの外観。

東京都港区浜松町2-4-21_渡邊ビルヂング (5)
東京都港区浜松町2-4-21_渡邊ビルヂング (8)



帝冠様式も見受けられます。

東京都港区浜松町2-4-21_渡邊ビルヂング (3)

東京都港区浜松町2-4-21_渡邊ビルヂング (2)



ホタルブクロの様なデザインのステンドグラス☟

東京都港区浜松町2-4-21_渡邊ビルヂング (7)
東京都港区浜松町2-4-21_渡邊ビルヂング (1)
東京都港区浜松町2-4-21_渡邊ビルヂング (9)


< 撮影:2008.09 >


浜松町駅西口開発に伴い、2015年解体されてしまいました。



 【紅緒のデコ建マップ】 
                              

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May 12, 2017

旧日本郵船(株)小樽支店 (北海道小樽市色内)

【旧日本郵船(株)小樽支店】

小樽市色内_旧日本郵船小樽支店_外観 (5)



所在地:北海道小樽市花園5丁目10番1号

竣工:明治39年(1906)

設計:佐立七次郎

施工:山口岩吉(地元の大工棟梁)


小樽市色内_旧日本郵船小樽支店_外観 (1)
小樽市色内_旧日本郵船小樽支店_外観 (8)
小樽市色内_旧日本郵船小樽支店_外観 (7)
小樽市色内_旧日本郵船小樽支店_外観 (6)
小樽市色内_旧日本郵船小樽支店_外観 (4)
小樽市色内_旧日本郵船小樽支店_外観 (3)
小樽市色内_旧日本郵船小樽支店_外観 (2)




1階部分 (客溜りと営業室など)

小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_1階 (1)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_1階 (5)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_1階 (9)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_1階 (7)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_1階 (6)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_1階 (3)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_1階 (5)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_1階 (4)


小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_階段1 (3)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_階段1 (1)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_階段1 (2)



貴賓室

小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_貴賓室 (2)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_貴賓室 (1)



小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_2階 (5)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_2階 (6)

小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_2階 (2)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_2階 (3)
小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店 (38)



会議室

小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_会議室 (2)



約60畳分の絨毯を敷きつめている会議室には柱がありません。

シャンデリアは、大正期のものだそうです。

小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_会議室 (1)


小樽市色内_旧日本郵船(株) 小樽支店_ステンドグラス窓の階段

< 撮影:2012.05 >




設計者の佐立七次郎は、明治時代に活躍した建築家です。


工部大学校(東京大学工学部の前身※)で、

ジョサイア・コンドルに学んだ第1期生です。


同期には、辰野金吾、片山東熊、曾禰達蔵がいます。

(※工部大学校は明治22年に合併し、東京大学工学部になります。)




佐立七次郎が手掛けたものが、国会議事堂近くに現存します。


こちら☟

【日本水準原点標庫】

東京都千代田区永田町1丁目1番地_日本水準原点標庫_200705 (1)


所在地:東京都千代田区永田町1丁目1番地

竣工:明治24年(1891)頃

設計:佐立七次郎

東京都千代田区永田町1丁目1番地_日本水準原点標庫_200705 (2)


< 撮影:2007.05 >



 【紅緒のデコ建マップ】 
                              

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