大連

October 30, 2017

旧遼東ホテル(大連飯店)


【旧遼東ホテル(大連飯店)】

大連_大連飯店_旧遼東ホテル (3)


竣工:昭和5年(1930)

設計:横井謙介(小野木横井事務所)


大連_大連飯店_旧遼東ホテル (1)
大連_大連飯店_旧遼東ホテル (2)


< 撮影:2012.06 >



竣工当時は6階建だったようです☟

戦前絵葉書_遼東ホテル_大連 (1)

戦前絵葉書_遼東ホテル_大連 (3)



間もなく7階建になったようです。☟

戦前絵葉書_遼東ホテル_大連 (2)




こちらの絵葉書のタイトルは “遼東ホテル” ではなく、

“遼東百貨店” 
となっています☟



旧遼東ホテル(大連飯店)(4)



【紅緒のデコ建マップ(海外編)】

検索 → 大連飯店(旧遼東ホテル)


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June 25, 2017

大連・満鉄関連の近代建築 (満鉄中央試験所と満鉄集合社宅)

【 旧満鉄中央試験所 】 ( 現:大連化学物理研究所 )

旧満鉄集合住宅 (8)


設計 :  安井武雄(満鉄技師)

旧満鉄集合住宅 (5)
旧満鉄集合住宅 (7)




【 旧満鉄集合社宅・関東館 】

旧満鉄集合住宅 (2)

旧満鉄集合住宅 (4)
旧満鉄集合住宅 (1)
旧満鉄集合住宅 (3)


(※5階部分は増築のようです。)



<撮影:2012.6>



【紅緒のデコ建マップ(海外編)】


検索 → 旧満鉄本社本館

検索 → 旧満鉄集合社宅・関東館



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カフヱー花園 【 満鉄 


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June 23, 2017

大連・満鉄関連の近代建築 (満鉄本社本館と満鉄図書館)

【 旧満鉄本社本館 】

旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (5)


日本統治下の南満州鉄道(満鉄)本社本館です。


旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (2)
旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (1)
旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (6)
旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (3)



日露戦争が勃発する前に、

ロシアが学校建築として着手していた建物を改築し、

1908年(明治41年)完成させた建物だそうです。

旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (7)
旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (4)



旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (9)
旧満鉄本社本館_南満州鉄道 (8)



昔の絵葉書☟

旧満鉄本社本館_戦前絵葉書






【 旧満鉄大連図書館 】

旧満鉄図書館_南満州鉄道



<撮影:2012.6>


【紅緒のデコ建マップ(海外編)】


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May 25, 2016

東洋一ノ満鉄大連病院

大連都心部にある【旧満鉄大連医院

大連医院_戦前絵葉書 (1)


竣工は、1925年です。(開業は1926年)

約9万平方メートルもの広大な敷地に建つ、立派な病院は

東洋一の病院と謳われておりました。


大連医院 (10)


現在は『大連大学付属中山医院』『大連鉄路医院』などと

呼ばれているそうです。

大連医院 (9)

大連医院 (11)

大連医院 (7)

大連医院 (4)
大連医院 (6)

大連医院 (5)



戦前の絵ハガキと比べると、少々乱雑な部分もありますが、コンクリート階段や照明、

ファザード部分などは当時と殆ど変わりません。

大連医院_戦前絵葉書 (2)



病院の裏側☟

大連医院 (13)

大連医院 (12)

大連医院 (1)



大連医院 (3)

大連医院 (2)


大連医院 (8)


                                        <撮影:2012.06>


【紅緒のデコ建マップ(海外編)】


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January 26, 2016

小樽・昭和モダンな駅と庁舎と商工会議所

【小樽駅】

小樽市稲穂_小樽駅 (4)


所在地:小樽市稲穂2-22-15

竣工:昭和9年(1934) (※2012年4月改修工事完了)


小樽市稲穂_小樽駅 (1)

小樽市稲穂_小樽駅 (5)

小樽市稲穂_小樽駅 (2)

小樽駅



こちらの駅舎は3代目。

【上野駅】をモデルに作られたそうです。




【上野駅】

上野駅


竣工:昭和7年(1932)

設計:酒見佐市(鉄道省技師)ほか十数名の技術者

施工:鹿島組




【大連駅】 も 

【小樽駅】 同様、モデルは【上野駅】です。


【大連駅】

大連_大連駅 (1)



竣工:竣工:昭和12年(1937)


(大連駅・戦前の絵葉書☟)

大連駅







【小樽市庁舎】

小樽市庁舎 (3)


所在地:小樽市花園2-12-1

竣工:昭和8年(1933)

設計:小樽市建築課長・成田幸一郎と建築課スタッフ

    設計には土肥秀二も設計に関わっているそうです。


小樽市庁舎 (5)

小樽市庁舎 (6)

小樽市庁舎 (4)



外壁はタイル張り。

正面入口の車寄せ部分とその周辺は、茨城産花崗岩積みを用いています。


小樽市庁舎 (2)

小樽市庁舎 (8)

小樽市庁舎 (7)

小樽市庁舎 (10)



内部中央階段の正面部分は、ステンドグラスで彩られています。

小樽市庁舎 (9)

小樽市庁舎 (11)




【小樽市庁舎】の設計には土肥秀二も設計に関わっているそうです。

その土肥秀二が手掛けた



【旧小樽商工会議所】

_旧小樽商工会議所 (3)


所在地:小樽市色内1-6-32

竣工:昭和8年(1933)

設計:土肥秀二

施工:萬組


_旧小樽商工会議所 (2)

_旧小樽商工会議所 (4)

_旧小樽商工会議所 (1)



彫刻が施された外壁は石川県産千歳石で、

正面玄関には土佐産の大理石を用いたそうです。

(探訪当時(2012.05)、グリーンネットで覆われていたので今後が気になります。)



 【紅緒のデコ建マップ】 


検索→ 小樽駅

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検索→ 小樽市庁舎

検索→ 旧小樽商工会議所



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January 24, 2016

東洋一の商店街・連鎖街 (大連連鎖商店街)

上野駅を模したと言われる、【大連駅】

大連_大連駅 (1)


竣工:昭和12年(1937)

大連駅




朝の駅前広場では、デパートの店員さんたちが陽気な音楽に合わせ

開店前のエクササイズをやっていました。

大連_大連駅 (3)



この駅前広場のすぐ隣には、かつて“東洋一”と呼ばれた商店街、

 【連鎖街】 が今も残っています。



約200店舗が軒を連ねる巨大ショッピングモール【連鎖街】が誕生したのは、

昭和4年(1929)。



日本人の商店関係者のみならず、満鉄までもが

協力したという商店街は、

1階を店舗、2~3階を住宅にした建物で、商店街の中には洋品店や書店、

カフヱーや食堂などはもちろん、映画館や公衆浴場、遊園地までもが

あったというから驚きです!


また、大連初のセントラルヒーティングに加え、全戸水洗トイレが完備されていたそうです。

連鎖街に店を設けることは人々の憧れだったに違いありません。


連鎖街2

連鎖街1



戦後、日本人が離れた連鎖街は荒廃し、華やかな面影はなくなってしまったようです。

現在は電子部品などを扱っているようなお店が点在しておりました。

大連_連鎖街 (8)
大連_連鎖街 (9)
大連_連鎖街 (5)
大連_連鎖街 (4)
大連_連鎖街 (7)
大連_連鎖街 (6)
大連_連鎖街 (3)
大連_連鎖街 (2)
大連_連鎖街 (1)
大連_連鎖街 (10)
大連_連鎖街 (11)
大連_連鎖街 (12)
大連_連鎖街 (13)
大連_連鎖街 (14)
大連_連鎖街 (15)
大連_連鎖街 (16)
大連_連鎖街 (17)
大連_連鎖街 (18)
大連_連鎖街 (19)
大連_連鎖街 (20)
大連_連鎖街 (21)
大連_連鎖街 (22)
大連_連鎖街 (23)
大連_連鎖街 (24)
大連_連鎖街 (25)
大連_連鎖街 (26)
大連_連鎖街 (27)
大連_連鎖街 (28)
大連_連鎖街 (29)
大連_連鎖街 (30)
大連_連鎖街 (31)
大連_連鎖街 (32)
大連_連鎖街 (34)
大連_連鎖街 (35)
大連_連鎖街 (36)
大連_連鎖街 (38)
大連_連鎖街 (39)
大連_連鎖街 (40)


<撮影日:2012.06>                                 




残念ながら、 【連鎖街】・【東関街☟】共に大連の再開発対象地区だそうです。


【大連の路面電車と東関街(小崗子・中国人街)    


【 東関街(小崗子・中国人街)◆ 




【紅緒のデコ建マップ(海外編)】


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June 22, 2015

東関街(小崗子・中国人街)

【大連の路面電車と東関街(小崗子・中国人街) の続き☟


今回は、東関街の住宅街の様子です。


東関街 (5)

東関街 (4)

東関街 (7)

東関街 (8)

東関街 (9)
東関街 (10)

東関街 (11)

東関街 (12)

東関街 (1)

東関街 (2)

東関街 (13)

東関街 (14)

東関街 (15)

東関街 (19)

東関街 (20)

東関街 (21)

東関街 (22)

東関街 (23)

東関街 (24)

東関街 (25)

東関街 (26)

東関街 (27)

東関街 (28)

東関街 (30)

東関街 (31)

東関街 (32)

東関街 (33)

東関街 (34)
東関街 (35)

東関街 (36)

東関街 (37)

東関街 (38)
東関街 (39)

東関街 (40)




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大連の路面電車と東関街(小崗子・中国人街)

3年前(2012年6月)訪れた大連の様子。


市内を走る路面電車は1909年に開通。

日本統治時代に作られました。



車両は2色、赤と緑がありました。


大連の路面電車 (2)



日本統治時代、この2色の車両はこんな風に区別されていたそうです。



緑の車両は日本人と一部の中国人しか乗れない電車。

路面電車

大連の路面電車 (1)



赤の車両は中国人専用・・・。

大連の路面電車 (3)

大連の路面電車 (4)





路面電車201路「東関街」下車。

路面電車と東関街 (19)


現在“東関街”と呼ばれるこの場所は、ロシア〜日本の統治時代、“小崗子”と呼ばれる

中国人街だったそうです。



再開発の手が及んでいなかったこの一角は、まるで映画のセットの様でした。



画像の数が多いので、先ずは「東関街」の駅周辺の建築から。

路面電車と東関街 (15)

路面電車と東関街 (14)

路面電車と東関街 (13)

路面電車と東関街 (16)

路面電車と東関街 (17)

路面電車と東関街 (18)

路面電車と東関街 (20)

路面電車と東関街 (11)

路面電車と東関街 (10)

路面電車と東関街 (9)

路面電車と東関街 (8)

路面電車と東関街 (7)

路面電車と東関街 (5)

路面電車と東関街 (6)
路面電車と東関街 (3)

路面電車と東関街 (4)



次回はいよいよ東関街の内部へ。


【小崗子・中国人街◆へ続く・・・




kuroneko_studio at 22:43|Permalink

July 30, 2013

旧大連ヤマトホテル(大連賓館)

満鉄(南満州鉄道株式会社)

経営していた旧大連ヤマトホテル


初代は満鉄の設立から間もない1907年、旧ダーリニーホテル

改装して開業したそうです。



2代目は1909年〜。

旧ダーリニー市庁舎(旧満鉄本社跡)を改修して

ホテルとして使用したそうです。↓

ab872322


1909年、夏目漱石が初めて大連を訪れて泊まったのが、

こちらの2代目だそうです。

大連_ダーリニー市役所



ちなみに、漱石はこの2代目に対してかなり辛口批評をしていたそうで・・・

じゃらんのクチコミ総合で言ったら、2.0★★☆☆☆ ぐらいでしょうか?



現存する旧大連ヤマトホテルは1914年〜で、3代目となります。

201206大連_ヤマトホテル (4)



エントランスロビー

201206大連_ヤマトホテル (6)
201206大連_ヤマトホテル (5)
201206大連_ヤマトホテル (2)



裏側

201206大連_ヤマトホテル (3)
201206大連_ヤマトホテル (1)


< 撮影:2012/06 >



戦前絵葉書

ヤマトホテル2




【紅緒のデコ建マップ(海外編)】


【紅緒のデコ建マップ(海外編)】


検索 → ダーリニー市役所旧址

検索 → 大連賓館



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カフヱー花園 【 満鉄 



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December 10, 2012

満鉄大連埠頭事務所(大連港集団)

1926年竣工の満鉄大連埠頭事務所。

当時は大連で最も高層の建物だったそうです。

満鉄大連埠頭事務所 (4)
満鉄大連埠頭事務所 (3)
満鉄大連埠頭事務所 (1)


現在も港湾局の事務所として使われています。



本物の戦前絵葉書↓

満鉄大連埠頭事務所 (2)




【紅緒のデコ建マップ(海外編)】


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