裏何年経ってもひきこもり

裏では主に個人的な内容です。表ではゲームの攻略情報を書いています。

家の猫が亡くなりました。
四歳でした。
早すぎますね。
今日、火葬をして骨壺に入れて家へ帰ってきました。

一昨日、突然吐き出して、大丈夫かなと思って様子を見ようと思っていた矢先、昨日のお昼頃冷たくなっていました。
食べすぎたり、異物を飲み込んで吐くことはよくしていたので、今回もその類かなと甘く見ていました。


僕は一度、一緒に暮らしていた犬の死を経験しています。
そのときは号泣したのに、今回はなんだか冷静で頭がぼーっとしてる感じです。
だからこうしてモニターに向かい、キーボードを打てているのだと思います。


あれだけ面倒に感じていたご飯や水の用意も、もうしなくて済みます。
それなのになんだか寂しいです。

もう触れることができなくなってしまいました。
肉体が消滅してしまって、記憶の中には残っても、現実の世界には小さな骨だけが残るだけです。

彼は幸せだったかなと考えます。
犬のときもそうでした。
動物は喋れないし、わかりません。

もう二度と動物とは暮らさないと思います。
またこのまま気持ちが引っ張られて底へ沈むのかなと感じます。
当たり前の日常の一部分が空白になってしまって、

病院へ連れて行けばよかったのかもしれない。
それを考えただけで、もう胃が痛くなります。
本当に苦しかったのは猫自身だったのに。

とりあえず、これで終わりです。
天国も地獄も死後の世界もあるのかはわかりませんが、彼には幸せな方向へ向かって欲しいと願います。

馬鹿な飼い主より。

今日は母の誕生日。
なので今日は自分の母のことを書こうと思う。

まず、僕は母親を家から追い出した人間である。
字面だけ見ればなんて親不孝な人間なんだ、ということになる。
ただ、ここで言い訳のようなものを書きたい。

話が細かくなるけど、父と母は離婚した後も一緒に住んでいた。

一言で言えば、母は「嘘吐き」だ。
父と結婚する際も自分に子供がいたことを隠していた。
自分に借金があることも隠していた。
借金があるのに友人に付き合って化粧品、健康食品などに散財をする。それも隠していた。
最近(といっても確か1、2年前)に発覚したこと、また隠し子がいたこと。これは、生活保護をその隠し子の男性(僕にとっては異父兄弟となる)が申請したことによって発覚した。
務めていた会社の男と不倫をしていた。

こんな嘘吐きでも母親である。
ただ、自分はこの母親に昔から傷つけられてきた。
「お前は要らなかった、お兄ちゃんとお姉ちゃんだけいればよかった」と言われたことが何度もある。

自分の借金取りの電話に代わりに出させて、居留守を使わせたこともある。
僕は仕方なく借金取りの電話に出て「お母さんは今いません」と嘘を吐いた。
すると借金取りは激昂して、「今からお前の家に行ってお前をさらってやる」と脅されたこともある。

両親が喧嘩すると「家を出ていく」と言い、僕が「僕も連れて行って」と言えば「お前には父さんがいるでしょ」と言われたこともあった。
喧嘩で不利になるとすぐに「家を出ていく」、「お前は置いていく」と。
僕は母に気に入られるために両親が喧嘩したときは必ず母の味方をしていた。どれだけ母が悪くても。

母が不倫をしているとき、朝帰りすることがあった。
そのときも僕は母をかばった。今考えると馬鹿みたいだ。
母が不倫をしている事実を父に伝えることができなかったことも辛かった。
ずっと父に嘘を吐いていたわけで。


両親が喧嘩をすると、皿が割れたりコップが割れたり、醤油がこぼれたりして、その後片付けは僕がさせられた。両親共に喧嘩後は不貞寝するからだった。

僕はとにかく母からの脅し文句が怖かった。家に置いて行かれることが怖かった。
僕は直接、母に殴られたことはない。けれど今でも傷として残っている感覚がある。
ずっと母親にいろんな場面で嘘を吐かされていたからかもしれない。

そんな母親も外面がよかった。世間的にはいい母親に見えたかもしれない。
だから余計に混乱したのだと思う。外では優しい母、家ではおかしい母。

いつの間にか僕は、「母がいなければ生きられない」という呪縛のようなものにかかっていたようだ。
母に見捨てられるのが怖かった。


その呪縛から解き放たれるきっかけとなったのが、母の入院だった。
母が病で入院したとき、父と二人きりになっても生活が変わらなかった。
ここで、「母がいなくても自分は生きられるんだ」と自覚できた。

ここで、母と距離を置くことを思いついた。
父は反対したが、自分の意思が固く、もしそれが叶わなければ自分が家を出ていくと言った(出ていくつもりはなかったけど)。

そして、母の退院を待って「母を家から追い出すこと」にした。
先に書いたように、僕は母から見捨てられることが怖かった。
でも、もう怖くなくなっていた。

今度は「僕が母を見捨てよう」と。
恨みを晴らす気持ちでいっぱいだった。

こうして母は家を去ることになった。
母は自分の実家に行った。

僕は今、自分のしたことに後悔はない。
もっと早くに呪縛から逃れていればよかったとすら考えている。
どれだけ親不孝と言われても僕は胸を張っていようと思う。

正月早々に書く内容でもないが、せっかくの機会だから書こうと思った。
本当はもっと細かく書きたかった。
兄と母の話を絡めればもっと細かくなってしまうので兄のことは書かなかった。
実は身体的暴力は兄に、精神的暴力は母にされていたことになる。
兄のことはまたいずれ。

今年もよろしくお願いしますm(_ _)m

新年早々に話す内容でもないのかもしれませんが、書きます。

今日気づいたのですが、優しい言葉をかけていただいていたフォロワーの方にブロックされてしまって、動揺というか悲しい気持ちになりました。多分、自分のツイートの何かが影響したのだと思います(当たり前ですが)。

昔からなのですが、自分は別れというものに慣れていなくて、結構引きずる人間です。
「嫌いだ」と言われてそれで別れるのならかまわないのですが、今回のように何も言われずに別れることになるというのが苦手で。


インターネットを始めて、初めて友人となってくれた人達とも何も言われないままに別れることになってしまった経験があります。
この時も、自分自身がいけなかったので仕方ないのですが、いまだに引きずっています。

やはり、「別れの言葉」というものが欲しいなと思ってしまいます。
こんな自分は異常なのかなとも考えます。

無自覚に人を傷つけることに異常に反応してしまうというか、境界性人格障害にいまだに怯えているというか。

「さようなら」の一言も言いたくないほどに嫌われてしまったのだなと思うと、胸が苦しくなります。
なんて被害者面していますが、悪いのは自分なのは確かで。
こうしてブログで告げ口のような形で書き連ねている時点で性格悪いなぁと思います。
ただ、溢れるもやもやを誤魔化すことができず書いてしまいました。


あ、今年の抱負について書いておこうと思います。
週二日行っている作業所について、現状維持か3日に増やすかできたらいいなと思っています。
それか自殺することです。
方法はまだわかりませんが、楽な方法が見つかればいいなと思います。
そんな都合のいい話あるわけなくて、死ぬ気なんてないんだろと言われそうですが。
たとえば、自然公園で首を吊るとか、自室を密閉して練炭で逝こうかとか考えています。

何にしても、自分には素晴らしい将来なんてありえないのだから、惰性で生きていくか死ぬかのどちらかしかないように思えます。

以上です。

支離滅裂で長いです。

今年を振り返って、まず変わったことは作業所に行き始めたこと。
週二回だけど、外に出て、作業所で作業をする。
その作業というのがちょっと精神的にきついもので、肉体的には辛さはないんだけど。
これだけでいいじゃないか、という人がいるかもしれないけど、自分は満足できなかった。

自分は就労移行支援B型というサービスを利用している。
つまり、就労するために作業所に通っているという建前だ。
けれど、自分はリハビリ程度に考えて作業所を利用している。
ここで作業所のスタッフと自分との考え方の違いが出てきていた。
それを明確に伝えられずに惰性で作業所に通っている。

変われなかったことは、自虐癖というべきもの。
その最たるものが自己否定であると思う。
何かにつけて自分ができないこと、できなかったこと、苦手なことを列挙して自分を責めて否定する。
この「変われなかったこと」という部分でもそれが出ていると思う。

もうひとつは死にたいという気持ち。
生と死はバランスの上に成り立っているって誰かが言っていたけど、そうなのかわからなくなっている。
ツイッターでは「死にたいなんて考えたこともない」という人がいることを知った。
自分は、死にたい9割、生きたい1割であったり、死にたい4割、生きたい6割といったように生と死はバランスで決まるものだと思っていたからだ。
毎日死にたいと思いながら生きている自分にとって、「死にたいなんて考えたこともない人」の存在が信じられない。けれど実際に存在しているらしい。
そういった人がただただ羨ましい。

また、他人と自分を比べる癖も変われなかった。これはもう産まれ持ったものとして諦めるほかないのかとも思っている。
健常者と自分を比べることに意味なんてない。人はそれぞれ違う。それはどこかでわかっていても比べてしまう。そして落ち込み、自虐する。他人と比べることと自虐する癖はワンセットなのかもしれない。

他には、ツイッターではなるべくフォロワーを増やそうと考えたりしたものの、自分からはフォローできずに、毎回フォローしてもらってから挨拶するということ繰り返している。
そもそもフォロワーを増やすことに意味があるのかということも考えたのだけど。
いいねがいっぱいもらえたり、リツイートされると嬉しくなったりするし、フォロワーが増えるとその分いいねやリツイートされる可能性が高くなるから、増やそうという下心で。
いいねやリツイートは他者からの肯定と受け止めているから、自己肯定感が一時的に高まる。
一時的と言うのがネックで薬みたいなものだと思う。

ツイキャスも始めた。以前にあったこえ部に似た感覚で始められるものだと知った。
ただ、見に来てくれる人によってスムーズに進んだり、参加者依存型のサービスだなと思った。


相変わらず眠れないし、気分の波も激しいし、これももう変われない部分なのかと諦めている。
苦しくても独りで生きていくしかない。
孤独は嫌だ嫌だと言いながら、孤独から抜け出す術もわからない。
現実社会では友人を作る場所なんてないし、ネット上でも人が怖くて仲良くするにも難しい。
忘れていた。コミュ障だったんだな自分は。
歌の歌詞に「独りで生きていけるよ・人は独りで生きていける」っていうのが入っている曲を聴きながらこの文章を書いている。

ある人に、サトシとピカチュウのようなパートナー関係があればいいのにといったようなことを言われたのを思い出した。

少し下ネタのようなものになってしまうけど、僕はセックスがしたいという願望はない。
ただ寂しさ、楽しさを共有できる相手がいればいいと願っている。
けれど、ここでも自虐癖が抜けなくて、自分なんて人に迷惑をかけるだけの人間なのだから、そんな相手を求めてはいけない、そんな資格などないと考えてしまう。
最終的には自分の持つ障害を理由にしてそんな考えを肯定してしまっている。


障害を持ちながらも彼氏・彼女、夫・妻といったような関係性を持っている人が羨ましい。
そういう人が弱音や死にたいなんて言っていると、自分よりマシじゃないかなんて酷く妬ましく思うことも正直に言えばある。


「人は一人 逃れようもなく だから先生 クスリをもっとくれよ」っていうのはsyrup16gの曲にある歌詞。
この歌詞を胸に刻んで生きている。死にたいと思いながら。


孤独でいながら生きていくことに意味があるのかと思うこともある。
何のために生きているのかわからない。
特に最近は生きる希望であったゲームすら手につかない。
眠れずにただベッドに横になっているだけ。
誰かのため、何かのために生きたいという気持ちと、そんなもんどうでもいい(手に入らない)のだから死んでしまったほうがいいなんていう気持ちの二つ。

練炭がいいとか首吊りがいいとか、そんなことを考えながら実行に移せず、道具すら用意できずに。
口ばっかりで何もできない。
結局、自分は何もできない、何の価値もない人間なのだと自覚する。

自己否定でしか自分を慰められない本当に寂しい人間だ。

以上。

今日はひきこもりの子供を持つ親の方々との懇談会に参加してきました。
懇談会と言っても、一方的に自分が用意した原稿を読むだけって感じだったのですが。
今日、話を聞いてくれた方々の中から、1人でも自分の言葉の何かにひっかかってくれる人がいてくれたらいいなと。

そんな中でも死にたい気持ちは強くて、何かぼーっとしてしまうことが多かったです。
座っているだけだったので疲れはないはずなのですが、何かだるいです。
そしてやはり死にたいです。

以上です。

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