11月の初めごろだったと思う。

肌寒くなった季節の、辺りはもうすっかり暗くなった仕事帰りである。

電車を足早に降りて、改札に向かう足取りは皆一様に、何かに急き立てられてでもいるかのようで、私一人ぽつねんゆったりと、それが邪魔者でもあるかのように人々はすれすれに追い抜いてゆく。

小さな赤鬼、青鬼が後ろのほうで金棒でも振り回してでもいるのじゃないかしら、とふと振り返ったが、そんなものがいるわけなく、それはいたずら好きの精霊が追い風を起こしてむりくりに背中を押しているせい?なのかもしれない、などときまぐれの空想に耽ってみる。

やがて私の視界は前方の一点だけに淡くぼやけて円形に縁取られるようになった。

気忙しい足音や物音、アナウンス、そんなあくせくした空間の窮屈とは無縁の、確かな一歩一歩を歩む男性と盲導犬に。

誰もが彼らを避け、興味で振り返る青年、女子高生も、ある。

黒のラブラドールの盲導犬はキョロキョロすることもなく、しかし、その群れに一種の戸惑いや恐怖の少しもないわけのないだろう、ただご主人の無事に歩かせること、誘導すること、それだけを遂行するために懸命に一歩一歩を着実に踏んでいる。

私はその様子をずっとうしろで眺め遣っていたのだった。

しばらく行って、信号待ちになった。白杖を右手に携えたおじさんとその左隣りで、おとなしくちゃんこしている盲導犬の、そのうしろ姿を見つめながら、あの犬は今何をかんがえているのだろう?この感傷や物悲しさに浸りはじめた私の煩悩とはかけ離れた、『使命』だけがそのこころにあるのだろうか?……ぼんやりそんな想念を掛け巡らしていると、十字路の横の横断歩道からこちらに近づいてくる、甲高い声に、吻っと気をとられた。

5歳くらいのピンクのジャンパーを着た女の子と、その弟であろうまだ3歳くらいのこちらはブルーのジャンパーを着た男の子が、お母さんと左右それぞれ手をつないで、楽しそうに、跳ねて、こちらに向かって来ている。

お母さんが、

「あの犬はおりこうさんなんよ。」

おねえちゃんの女の子がきゃっきゃっと笑いながら(それは実に楽しそうに)、「そうなん!」

と元気よく発すると、小さな弟の方も目を真ん丸くして犬の方を見つめながら、私のうしろを通りすぎて行った。

それはほんの束の間の出来事であった。が、私のこころをほっこりさせるには十分すぎるほど、ああ、なんとも幸福な、この一瞬間が永遠になれば、それはあらゆる人の幸いであるかもしれないのに、と直観した。


やがて歩行者信号が青になると、『故郷の空』の音響が辺りに谺した。

渡り切るとその角にはスーパーがあり、やはり私は彼らのうしろについて、しかしおじさんは右に曲がろうとする犬に訝しげながら、奥の入り口の方に行こうとしている。「えっ、こっち?」杖であちこち地面を探りながら、それらしいものがないので、犬の手綱を引き締め、「こっちやろうもん。」と点字ブロックの誘導するまま、こちら側から来た人では、少し遠回りになる入り口の方へと(そちらがスーパー正面の入口になっていた。)、杖をカチャカチャ云わせながら歩いて行った。「やっぱりこっちやったなぁ。」と腰をかがめ、犬に話し掛けていた。

犬は一番近い入り口を知っていて、誘導していた。が、一旦ご主人の歩きだすと、そちらの入り口をやはり先導したのだった。

間違っていたかのように叱られてしまった犬の、ご主人を見上げていた時の、あの健気で愛くるしい目が、未だに私の目に焼きついている。




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