クロスケのブログ

ざんぎゃく こうい てあて

2009/10/13/ツイッターとかはじめた

◆おひさしぶりですゥ〜〜

ずっと忙しくて、ブログに手が回りませなんだ
八月は旅行に行ってて、九月はゲスト原稿にひいひい言ってた

えらくひさびさの更新です、二か月ぶりぐらいか
このブログはやってて楽しいのでもっとがんばります

ひさびさでちょっと感覚があいまい
とりあえず、ゲストのおしごとのおしらせ


◆現在発売中の
竹書房刊『まんがライフセレクション 動物のおしゃべり増刊号』にて
あたくしの『ベルとふたりで』、ゲスト参加させていただきました

前回も、『動物のおしゃべり』増刊号にはお邪魔させていただいた
動物4コマということで食い扶持かせいでおります

ところで、周知のとおり
『まんがライフオリジナル』と『まんがくらぶオリジナル』で
連載枠いただいている『ベルとふたりで』は
それぞれで登場する脇役を使い分けてます
ライオリは私生活圏で、肉親や近所の人々
くらオリは学業圏で、同級生や先生方といった顔ぶれで構成しておる次第
両方に出てるのは主人公二人とお母さんだけだ

ゲスト原稿の場合は、どうしようか、と思いましたが
せっかくの機会だから両方混ぜてみよう、ということで混ぜてます
今回はレイコや沼井のじいちゃんとかが共演しててちょいめずらしいですよ
げろこちゃんも久々登場


仕事でもうひとつ
八月は旅行に行った、とさきほど書きましたが
その旅行記を、今月発売の『まんがライフオリジナル』に掲載いただいてます

もちろん漫画
旅行行くっつったら編集さんに「じゃあそれ描いて」ゆわれたので描いた

夏の旅行は、九州に行ってまいりました
福岡でラーメン食ったり高千穂でボート乗ったりしましたが
一番の目的は、詩人北原白秋の故郷、柳川観光だった
旅行記も、柳川に絞って描いております
気が向きましたらどうぞごらんください

しかし、自画像を描くときいつも悩む
おれの顔は目つきも悪く、まあ言ってみりゃおイモなんだけども
あんまり忠実に描いてもうっとうしいだけくさい
キャラクターとして適度に可愛く描いたほうが読んでて楽しいんだろうなと思う
だけど自分を可愛く描くというのは、個人的には劇的に気恥ずかしい
結果、立ち位置のよくわからないハンパな造形になってしまう
毎回葛藤しながら描いてますよ


そんな二本が入って九月はえれー大変だった


◆まんがのしごと関係で、水面下でなにやらもぞもぞしています
さてどうなるやら


◆民主党が選挙で大勝してびっくり
暮らしやすい日本になるならどこだってよい
とにかく応援してます


◆メリケンのオバマさんにノーベル平和賞受賞
ちょっとまって、オバマさんまだ結果出してない
いろいろ盛り上げてるということ自体を
功績とみなす捉え方もあるのかもしれないけど
ノーベル賞というもんが、おれはよくわかんなくなったよ
ハッパかけるための方便?ハクつけの勲章?


◆PSPの『勇者のくせになまいきだ。』がおもしろすぎる

この年になって、テレビゲームにおける自分の好みというもんがはっきりしてきた
そのうちまとめてだべってみるさね


◆ツイッター、というもんをはじめてみた

これだな

で、これがおれのページ

あーなんだ、これはどういうものかというと
日常で思いついたつぶやきを好きに書き込めるらくがき帳みたいなもんだと
いわゆるチラシの裏ってやつ

これだけ聞くと、それがどうしたってもんだけど
登録しているおともだち(フォローする、と言う)が
そのつぶやきに反応してなんやら話しかけてくれたりするとか
ちょっとした伝言板やチャット気味に使えるわけですね

アレね、ファミレスとか自室とかで友達同士でだべってて
なんとなく話題が途切れたっていう、あの空気に近い気がします
なんか思いついたことを適当にぼそぼそ呟いてみて
この話題ならみんな食いつくかな、とかね、あんなかんじの状況を再現してるような

ネット上のつきあいツールというものもいろいろ変化してきてます
チャット、掲示板、ホームページ、ブログ、ミクシー、そしてツイッター
なんか出るたびにいちいち触ってるおれもおれだが
どんどんどんどん手軽になっていってるようにおもう

自分でデザインレイアウトしなければならなかったホームページから
最初からある程度の体裁が整ってて
文章を書き込むだけで成立するブログやミクシーに移行していった
そういう、構成上の手軽さもあるけど
人間関係というものが、どんどん手軽にカスタマイズされていく印象

顔を見せずに言葉だけのっけるネット通信自体がおてがるな話だけど
(なにを言っても殴られない、というのは大きすぎる)
ブログやミクシーのおともだち登録機能で
「こんな機能あるみたいだしとりあえずやってみましょうか」というとりあえず感覚で
人と人とがあっさりと関係性でつながるってのはすごい話だよな、と思う

で、たどりついたのがツイッター
ホームページなりブログなりミクシーなり
やるからにはなにがしかの表現ととらえられるわけで
人に見られることを大なり小なり意識せざるをえない
日記にしてもオチつけようとか、そんな構成上の気をまわしてしまうけど
ツイッターはこれもう、つぶやき、ひとりごとツールという特性を打ち出していて
構成も推敲もなにもない、つぶやきだもんね〜ということで味噌もクソもたれながし
こりゃあ、ちと悪趣味な気もするけど、おもしろいわ

ネットにおいては
人間というものが、気軽なソフトでありツールになっていっている
気に入らなかったらおともだち登録解除、かんたんなもんです
これは人間にとって進化なのか退化なのか
そんな気軽に人とつきあうことにはいくばくかのうしろめたさも感じるけど
おもしろいのはどうやらたしかだ

特におれの場合は、ほとんど耳が聞こえないので
(これそういえば今まではっきり書いてなかったっけか)
普通に人と会って話す、というのはいささか手間取るため
文字による交流ツールが発展していくのはありがたいのです

ということでツイッターだ
これ、自分も登録してしまえば
あとはフォロー機能でもって、自由に好きな人をおきにいり登録できます
これはもうおともだち登録っていうより
「この人にへばりつくよ!」というツバつけ機能だな、相手の承諾もいらん
登録した人のつぶやきは
自分のホームでリアルタイム表示されるわけですべんり!

そういうわけなので
おれのツイッター、フォロー大歓迎です
自由勝手にへばりつかれたし
おれのほうも、あたしをフォローしてる人のなかに
ゆかいな人がいたらどんどんフォローしていきます
どうぞよろしくおねがいします

どうなるかわからんが、ま、遊んでみましょうか

ブログだとある程度の分量書かなきゃとか思っちゃうから
忙しめな上に筆不精のおれはごらんのとおりの更新頻度ですが
ツイッターならけっこう毎日更新してるくさいよ!

読書感想文いろいろ

◆とつぜんですが
本ってほんとにいいですねえ

単行本作業やゲストやらなんやかやで忙しかったこのところ
時間をみての遊びは、ほとんど読書に費やされるのですが
このごろ、有名な古典にさわりはじめてて
いやあまじでおもしろいのばかりです
のめり込むほどに、文学のおもしろさに圧倒される

このところ、本屋にいくとめうつりしてかなわん
岩波文庫とかやばい
どれもこれも全部読みたいってぐらい
あれだけヒマをもてあましていた学生時代に
もっと浴びるほど読んでおかなかったことが悔やまれます、ほんとに
読むなら若いうちだ



◆ホーソーン『緋文字』


ひもんじ、とよむ

「罪」と「秘密」をいだく人間心理を描いた名作
三島由紀夫『仮面の告白』
島崎藤村『破戒』
ドストエフスキー『罪と罰』などなど
こういう題材にはとても惹かれるおれだ
『罪と罰』だけまだ読んでないけど

『緋文字』は、アメリカ植民地時代のニューイングランドの農村が舞台
宗教的戒律の厳しい時代に
姦通の罪を犯した女、ヘスター・プリンをめぐって物語は語られる

結婚という儀式をふむことなく、父親もわからぬ子をみごもり出産したへスターは
姦通を裁かれ、村の広場にある晒し台の上に立たされて恥辱を受け
衣服の胸の部分に、アルファベットの「A」をかたどった
赤い刺繍をつけることを義務付けられる
(作中では「刺繍」やら「文字」としか描かれないが
任意に取り外している様子から、ワッペンのようなものかと思われる)
赤いその緋文字は姦通の罪を表し、生涯拭えない汚辱としてへスターを苛む

罪を背負ってめいっぱい苦悶するへスター
その罪を責め立てる復讐者、ヘスターの元夫ロジャー
無作為ながら、ことあるごとに母親に罪の意識を惹起させるようなふるまいをする
姦通の結果生まれたへスターの娘パール
村人に尊敬されながら、実は姦通の相手、パールの父親であり
それをひた隠しにしている村の牧師ディムズディル
へスターの貫通という罪をめぐって渦巻く、こうした登場人物たちの鬱屈が
やたらとおもしろい

へスター・プリンは迫害され、罪の意識に苦しむ
自分を貶めながら、村人のためにかいがいしく奉仕する
罪を得たそのことによって、その人間性は輝きを帯び始めてくるようだ

へスターと通じた牧師ディムズディルは、敬虔なクリスチャンでありながら
罪を告白する勇気を持てずに苦しみつづける
そんなに敬虔ならさっさとけじめつけなさいよ、と言いたくなるその弱さは
じつに人間的で、おれなどはやけに同情してしまう

しかし、『緋文字』において描かれる最大の罪は
ヘスターや牧師におけるそれではなく
彼らの背後に立ち、秘密をほのめかしその罪を責め立てる
へスターの元夫、ロジャー・チリングワースのそれなのだ


《「許すとも、へスター」やっと牧師は、悲しみの淵から太く低く答えたが、怒りをふくんではいなかった。「もうすっかり許すよ。神様私たち二人をお許し下さい!私たちはこの世で一番の罪人ではないよ、ヘスター。この堕落した牧師よりも悪い者がいる!あの老人の復讐は私の罪よりも邪悪だ。あの男は、冷血にも、神聖な人間の心を犯したのだよ。あなたと私はね、ヘスター、決してそんなことをしなかった!」》


ロジャー・チリングワースは
元妻を汚された復讐心から、自分の素姓を偽り
牧師ディムズディルに近づいて、その罪悪感を刺激し、傷口をえぐるように振舞う
悔恨にうめく罪人に対し、被害者、断罪者という自分の立場をかさにきて
その苦痛を喜び、心を弄ぶさまは、まさに醜く苦い罪悪なのだった
罪が罪を呼ぶようだ

個人的にはそのロジャーもどうにも憎めないというか
一番居直ってて、むしろかっこいいような気がしてしまったけれど

ともあれ、ロジャーに限らず
罪人を断罪し、軽蔑し、危害を加えようとする
断罪者、審判者としての村人たちに、おれは嫌悪を感じる
その嫌悪は、現代日本に生きていても非常にしばしば感じるのだ

「罪を犯していない」という状態は、別に綺麗でもなんでもなく
何の人間性も保証していない
単にたまたま、まだ行動を起こしていないだけかもしれないのだ
自分は罪人でないというだけで、罪人を見下し、石をなげつける
そうしたふるまいは、やはり自らをも貶めるものではなかろうか

目の前にぶらさげられた「正義」に対してこそ
警戒心と慎重さをもってあたりたいとおれは思うな

ともあれ、『緋文字』の主人公たちは
その曖昧なクライマックスにおいて、たしかに勝者となる
その勝利はいささか狡猾ながら胸のすくものがある
ここにおいて、敗者はやはりロジャーなのだが
村人はカヤの外で、勝者にも敗者にもなれず
物語における、素朴ながらも鈍感な衆愚という役回りを負わされて
ただぼんやりと終幕を迎える
彼らが、罪人へスターたちよりも高い位置にいるとは
やっぱりちょっと思いたくないよな

『緋文字』、いいです



◆ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』


おれの大好きな任天堂のゲーム『MOTHER2』で
「ボルヘスの酒場」という場所が描かれてます
そこの壁にある隠し扉を通って
主人公たちは妄想と狂気の異次元「ムーンサイド」へと向かうのでありますが

それはさておき、おそらくはその名前の元ネタであろうボルヘス
読んだりました
内容は、まさに空想と思考実験の一大パノラマ遊園地であった
ミヒャエル・エンデを彷彿とさせられる

『伝奇集』は、短編集です
収録されているどれもこれもがぶっとんだお話、想像のアクロバティックなのだった


『バベルの図書館』
無限に広がるその図書館には、「すべての本」が所蔵されているという
22文字のアルファベットと句読点が
ランダムに組み合わされた本がえんえんと並んでいるのだ
それらで構成可能な、数億数兆あらゆるパターンの書物が
バベルの図書館にはあるといわれ
人間たちは本の宇宙の中で真理を求めて彷徨し、蠢く


《そのころ、「弁護の書」というものが大きな話題となった。弁明と予言の書物がそれで、宇宙の人間一人ひとりの行為を永久に弁護し、その未来のために驚くべき秘密を蔵しているものであった》


あらゆる書物が存在しうるバベルの図書館の中で見出された可能性
人間性を肯定し、未来の指針となる『弁護の書』を求めて
ほぼ無限に広がるバベルの図書館の中で、人間たちは互いに争い
絶望的な探索を続ける

しかし、すべての書物が存在しうるというなら
人間性を否定し歴史や未来の可能性を破壊するような
「断罪の書」みたいなのもあるはずなんだけど
そっちが見つかったらどうするんでしょうね

天文学的な確率と戯れるこうした思考遊戯は、とても楽しい
ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』でも
「元帝王たちの都」という場所が描かれていた
そこでは、物書きのなれの果てたちが
アルファベットの描かれたサイコロを振り続け
出た文字の連なりが勝手に物語を作り出すのを待つ
確率的には確かにありえるのだけど、しかしすごいなー


『バビロンのくじ』では
世界に起こる、無意味に思えるあらゆる可能性は
ひとつの結社の恣意的な意思によるものだとほのめかされる
すべてはくじ引きで決められるんだとか

その妄想のスケールのでかさにはひきこまれるのだった


『円環の廃墟』


《 そして彼がきみを夢みることをやめたならば…… 
                     『鏡をとおって』IV 》


『鏡をとおって』は、キャロルの『不思議の国のアリス』のこと

キャロルの引用からはじまる短編『円環の廃墟』では
一人の人間が、とある廃寺院で行う秘儀を通して
空想を具現化し、想像上の人間を現世に生み出す様が描かれる

やることがムチャなので、想像を具現化するプロセスも
いまいち具体性に欠けて要領を得ません

ただ想像するだけで新しい命を創造する、という子供っぽい発想を
大真面目に描いてしまうところがボルヘスのすごさだ


『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』では
物に名詞が存在せず、すべてを形容で表現する言語体系を持つ
別の宇宙を作りだし、考察する

『記憶の人フネス』は
忘れるということができなくなったフネスという男を描く
眼に映るものは、葉の一枚一枚や砂粒の一粒一粒にいたるまで
その位置や角度や光彩すべて、瞬間ごとにみな記憶され
フネスの脳にはおそろしく膨大な情報が収められることになる

『『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール』では
セルバンテスの原著と一字一句違わぬ『ドン・キホーテ』を書いた
ピエール・メナールという架空の作家を評論し
今日の『ドン・キホーテ』は
セルバンテスのそれよりも優れていると結論付ける

『裏切り者と英雄のテーマ』『ユダについての三つの解釈』も好き

どれもこれも、ぶっとんだ発想とひとくせふたくせある思考回路が
えらい力技でひねり出したムチャで面白い話ばっかりなのであります

ラテンアメリカ文学の旗手だとか言われるボルヘス
その発想力には圧倒されることしきり
おおいに楽しませていただきました
脳みそってのは、どこまでも使いでのあるオモチャなのであった


◆ウンベルト・エーコ『フーコーの振り子』


《「第二のセフィラーの中で、闇に包まれたA(アレフ)が光輝なアレフに変わる。その〈暗闇の点〉からトーラーの文字が、体は子音、息は母音、となって溢れ出し、それと同時に献身の賛美歌が流れる。それぞれの記号がメロディーを奏で、そのメロディーに合わせて子音と母音が動きだす。そこから沸き出す〈智性〉のセフィロトが、ホフマーなのである。これは始原の思考であり、この宝石箱のような中にこそ、すべてのものが含まれ、創造される瞬間を待っているのだ。そして、このホフマーの中にこそ、そのあとに続くすべてのものの真髄が含まれているのである……」》
 (上巻/『ホフマー』)


結論から言うと、わかりません
まるでわからん

上記のような文章がえんえん続く本で
やたらと難解な専門用語みだれうち
よっぽどの知識がないと全くついていけません

おれも、わからないわけですが
わからないのに、面白いのである
面白いというか、雰囲気がすごく好きで
その空気にひたるだけで楽しめてしまった一作


《この器の崩壊は破局(カタストロフィ)を意味する、とディオタッレーヴィは深刻な顔で説明を続けた。挫折した世界に生き残れるものは何一つない。そもそも宇宙には、最初から欠陥があったわけで、最も博学なラビたちでさえ、そのことを完全に解明することはできなかった。それに、神が息を吐き切った瞬間、最初の器に残ったのは、おそらく数滴の油と何かの物質の残滓(レシム)だけで、神はすでにこの残滓とともに己を吐露していたことになる。さらに、この最初の破壊からケリッポトが生じ、この貝殻のような外殻は、善良を装って待ち伏せているというのである。
「そのケリッポトというのは執念深い奴なんだな」とベルボ。「まるであの悪魔に魅せられたフーマンチューの手下どもみたいに……で、それから?」》
 (上巻/『ゲブラー』)


とりあえず、推理小説の形をとってる、らしい
わかんないまま読んだ身としては、そのへん推測するばかりですが

中世のテンプル騎士団の隠された秘密をめぐる話
地下組織、遺産、儀式、性愛などなど
カルト宗教関連のよもやまのえらく濃い蘊蓄がしばしば挿入される
ていうか、蘊蓄話がほとんどを占めてまして
小説としてはなっかなか話が進みません
何がどうなってるのかよくわからん
書いてあることを把握するには
歴史や宗教や風俗について、一般レベルを超えた知識が求められるようだ

こういうのがわかったら、ものすごく楽しそうだなー
そういう憧れを、強く感じながら読んだ
世界には面白いことがまだまだいっぱいあるんだな
それがたまらなくうれしい

物語は
(「物語」それ自体は、この本での最重要コンセプトではなさそうだ)
終盤になると、破滅的なクライマックスへと向かっていく

『フーコーの振り子』は、読者に対して挑戦する
物語が結末を迎えても著述は続き
この書にはあらゆる伏線とヒントがちりばめられていて
それらを解明したとき、真実が全て明かされるとのたまう

普通に読むだけでえらく苦労したのに
そんなことゆわれるともうおてあげなんだけど
その秘密の演出には、たまらなく惹かれるものを感じた
極上の「秘密」を堪能できた傑作でございます
こういうのすきなんよ、ほんとに
もっといろいろ勉強していきたい


上巻の冒頭、そして下巻の巻末に記される一文の
においたつ秘儀の蠱惑よ


《 わたしが『振り子』を見たのはあの時だった。 》



◆ヨースタイン・ゴルデル『カードミステリー 忘れられた魔法の島』


ヨースタイン・ゴルデルといえば『ソフィーの世界』
十年以上前にベストセラーになっていた本ですが
おれはこれがかなり好きで、三回は読みました
記憶力がかわいそうな人なので
哲学講義部分は、すごく楽しく読んでたくせにいまいち頭に入ってないのだけど

『カードミステリー 忘れられた魔法の島』も
初心者向けの哲学講義が大部分を占めています
やっぱりおもしろい

この物語の中では
哲学者という人種が、トランプのジョーカーに例えられる
どこにも属さないつまはじき者
世界のしくみや成り立ちに疑問を投げかけ、考える人々
一般的には「当たり前のことだ」と済まされているような常識を
定義からまぜっかえし、しくみを解き明かそうとする哲学者たちは
めんどくさい厄介者であり、世界を切り拓いてくれる智者でもある

唐突ですが、トランプはお好きでしょうか
自分、トランプゲーム自体はあまりやらないですが
トランプのデザインの美しさにはつねづね感嘆しておる次第です

4つのマーク、1〜10の数字
兵士(ジャック)、女王(クイーン)、王(キング)
そしてジョーカー
たったこれだけの情報からなる53枚のカード
そのシンプルなデザインと
アイデア次第で無数のゲームに発展していく柔軟性が
アイテムとして、ゲームとして美しすぎると思うのだ
完成されきった芸術であることだなあ

この物語において哲学講義を担当する主人公の父親は
トランプのカード、それもジョーカーだけを集めるという趣味を持っている
旅先の道すがら、トランプに興じる行きずりの人々に頼んで
たいていのトランプに予備として二枚入っているジョーカーのうち
一枚をゆずりうける、ということをしていた
すごく楽しそうでいい趣味です、マネすっかな

『カードミステリー 忘れられた魔法の島』では
そのトランプから始まる一大奇談が語られる
とある無人島に漂着した男が
無聊をもてあまし、トランプを使って始めた手遊びが
その後子孫の何代にもわたって課せられていく不思議な宿命の始まりとなる
小さな出会いが百年の運命につながっていく描写が痛快だ

おれにとって、哲学は娯楽の範疇ですが
ヨースタイン・ゴルデルの本は娯楽としての哲学の一面を追及していて
とても楽しいのです



◆アラン・シリトー『長距離走者の孤独』


カミュ『異邦人』
アベ・プレヴォ『マノン・レスコー』
スタンダール『赤と黒』などなど
若者の体制、権力、大人に対する反抗が描かれた作品が
おれはとても好き
主人公の若さを、バカだなあと思いつつ
その前にしたり顔で立ちはだかるあつかましい大人たちが嫌いだ

若者に正義はなく、何をするにも傲慢さが先に立つけど
それでも訳知り顔で、結論の出た問題しか扱わない説教者よりは
自分を矢面にさらして戦いを挑むバカな若者が好き

イギリスの作家アラン・シリトー、初めて読んだけど
そんな若者たちの良識への反抗を描く
おれの好きなタイプの作家でした

短編集
表題作『長距離走者の孤独』では
盗みを働いて感化院にぶち込まれている少年が主役
感化院の中で、主人公は健脚を買われて
院代表の長距離ランナーとしてトレーニングを重ね、大会に出場する
院長たちが自分の選手に金を賭け、成り行きに注目する状況下
主人公の少年はかねてより予定していた反逆を決行する

犯罪少年たちを管理、教育しようとする大人に対し
反抗しようとする少年の独白型小説
少年のシニカルな視点と皮肉な語り口が、おれには痛快だった
人によっては苛立つかもしれません

この短編においては、「誠実」が重要なキーワードとなる


《もしおれが支配者なら、わざわざこんな建て物をおったてて、ポリ公や院長やめかしこんだ女どもやブン屋や軍人や議員なんかを入れる面倒はしやしない――そうとも、おれなら奴らを壁の前に立たせて、ダダダダッと一斉射撃だ、むかしなら奴らがおれたちみたいな連中にやったと同じに。つまり、誠実ということの意味が奴らにほんとうにわかったらそうなるんだ。だけと奴らにはわかっちゃいないし、これからだってわかりっこないんだ、まったくの話が。》


「太鼓腹の出目金院長」と描写される、感化院の院長は
少年たちに対し、誠実を求める
誠実な勤勉さを求める
しかし少年のほうでは
院長が求めているのは誠実ではなく服従であると解釈している

相容れない者に対しての最も誠実な姿勢とは何かといえば
この短編を解釈しておれ思うに、おそらくは闘争だ
互いの信念をいっさい曲げずにすむ交流の方法といったら
それしか思いつかない
勝敗が決まれば負けたほうは死ぬなり退場するなりするだけで済む
財産を奪われはしても、人格の否定までされることはない

勝った負けたの対等な奪い合いをしているかぎりは
いわゆる「教育者」から、一方的な断罪と命令を受け
自己の信念を相手の望むようにねじ曲げられ蹂躙されるような
残酷な憂き目に遭わされることはないのだ

もちろん、この前提に立つとしても
誠実が最優先事項と主張するわけじゃないけれど
このことは心の片隅に置いておきたいと思うのです

ともあれ
「自分がしていることは善意の施しである」という安全地帯から
一方的に相手を断罪し矯正してはばからない大人が
おれは子供のころから大嫌いだった
三十も近くなった今でもそれは変わらず
アラン・シリトーの作品はものすごく胸のすく思いで読んだのだった


この短編集のほかの作品も
大人、良識への反抗のにおいに満ちている


『アーネストおじさん』

断罪される善意、牙をむく社会正義


『土曜の午後』

《彼は身体ごと窓ガラスにぶつかり、石のように下の道路へ落ちたのだ。ある意味で、ぼくはとうとうやってのけたあの男をかわいそうに思ったが、またある意味ではうれしかった。なぜなら彼はポリ公やみんなに、はたしてそれが彼の命かどうかを証明してみせたからだ。》


『ジム・スカーフィディルの屈辱』

母親にすべてを管理された男のいきつく果て


『フランキー・ブラーの没落』

大人たちに蹂躙され矯正される子供たちの憧れ、炭坑と森の世界


繰り返しになるけど、ここに整理された正義の理論があるわけではない
社会的な視点からの、システムの是正案ではなく
管理される側の感情的な鬱屈の叫びでしかない

それらを、「子供のわがまま」で片付け無視するのも
「真実の声」として無批判に持ち上げるのも、たぶん違う

大人と子供は、おそらく、誠実に闘いあうべきなのだ
勝利するのはつねに大人だとしても
その勝負はやはり、反抗に苛立ちながらの教育でなく
誠実な闘争であってほしいとおれはおもうのです



◆ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』


すげー恋愛小説

冒頭では、ニーチェの思想「永劫回帰」がいきなり言及される


《われわれの人生の一瞬一瞬が限りなく繰り返されるのであれば、われわれは十字架の上のキリストのように永遠というものに釘づけにされていることになる。このような想像は恐ろしい。永劫回帰の世界ではわれわれの一つ一つの動きに耐えがたい責任の重さがある。これがニーチェが永劫回帰という考えをもっとも重い荷物(das schwerste Gewicht)と呼んだ理由である。
 もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況の下では素晴しい軽さとして現われうるのである。
 だが重さは本当に恐ろしいことで、軽さは素晴しいことであろうか?》


永劫回帰については、いまちょっと勉強してます
『ツァラトゥストラはこう言った』を読むかぎり
けっこう好きな考え方


《Einmal ist keinmal(アインマル イスト カインマル/一度は数のうちに入らない)と、トマーシュはドイツの諺をつぶやく。一度だけおこることは、一度もおこらなかったようなものだ。人がただ一つの人生を生きうるとすれば、それはまったく生きなかったようなものなのである。》


タイトル『存在の耐えられない軽さ』というのは、要するにそういう意味らしい

トマーシュとテレザ、フランツとサビナ
主にこの四人の男女の恋愛関係の変遷をたどっていく恋愛小説

 第1部 軽さと重さ
 第2部 心と身体
 第3部 理解されなかったことば
 第4部 心と身体
 第5部 軽さと重さ
 第6部 大行進
 第7部 カレーニンの微笑

以上の七部構成となっているのだけど
章ごとに主人公が変わり、それぞれの視点から語られる恋愛観が
とてもおもしろい

その面白さが端的に描かれているのが
第3部『理解されなかったことば』だ
サビナとフランツという愛人関係の中で交わされ取り沙汰されたかずかずの言葉
「ニューヨークの美しさ」「墓地」「アムステルダムの古い教会」などなどについて
それぞれの思い入れが対比されるように解説され
そこからくるすれ違いが語られる


第1部、第4部『軽さと重さ』ではトマーシュが主役
このトマーシュ、えらい女たらしで
愛人のテレザを愛しながら、毎日他の大勢の女と関係しないではいられない男だ

第2部、第3部『心と身体』ではトマーシュの愛人テレザが主役
トマーシュの浮気に苦しみながらトマーシュを愛し続けている

恋人関係においては普通のことだけれど
二人の間では常に「責任」のやりとりが交わされている
あなたのためにしたこと、あなたが決めたこと
いくつもの決定と施しが、互いに重荷を交換し合う
そこには不思議なくらいに憎悪は入り込まないが
その重荷によってトマーシュたちは煩悶する

大勢の女と関係しつづけるトマーシュは
テレザ一人を選ぶことによって自由を失うことを恐れ
テレザはそんなトマーシュを愛しながら許せない自分を嫌悪する

すごい真面目な人たちです
現代日本人としては、ふつー若い恋人の間でこういうこと言ってたら
「考えすぎ」「ウザい」とかゆわれて片付けられるきがしますね


4人の恋愛関係をとおして描かれる、人生の軽さと重さ
他人の目を気にして生ずる責任感は重荷としてのしかかり
同時に人は誰かに見られることを求める
他人の要求や期待に応えようとする動きは
「キッチュ(俗悪なもの)」として俎上にあげられ、終盤で長々と論じられる

おれも作家のはしくれというものになってしまいましたが
「俗悪」という言葉はとても気になっています
どこまで読み手の期待に応えるべきか
どこからが陳腐で低俗なのか、誰が決めるのか
おそらくは一生の課題でしょう

ひどく真面目に、ある種シニカルな視点で
徹底的に人間関係を描いたこの作品はおそろしく読み応えがあった
恋愛ものはそんなに関心はなかったけど
いやあ、いいものはいいもんです
いーなー



◆ジェイムズ・ジョイス『若い芸術家の肖像』


ジョイスといったら、もうあれです
『ユリシーズ』と『フィネガンズ・ウェイク』
二十世紀文学の最高峰だか金字塔なんてよく言われる有名な作品

大きな書店ならだいたいおいてあると思うので
いっぺん手に取ってみてください、すごいから
おれはまず、1ページめからもうお手上げ
翻訳不可能、とよく言われる本で
丸谷才一他、訳者のかたがたの努力にはあたまがさがります
一見ふざけた文体ながら
文学にそうとう通暁していないと楽しめないらしい
とりあえず、せめて
ホメロスの『オデュッセイア』ぐらいは読んでからのほうがいいみたい

それはさておき
『若い芸術家の肖像』は、ふつーに読めた、おもしろかった

タイトル通り、芸術家肌の若者の煩悶
ジョイス自身が投影されてるとみるのが普通かな

もう、典型的な思春期青春期で
身につまされる表現が多く、こっちが赤面してしまう
周囲に溶け込めない孤独、自らを孤独ととらえるその傲慢
なにかとえらそーで大上段に構えた物言い
級友の無神経に対し、怒りよりも分析を行う主人公
その青臭さにはいちいち共感してしまうよ

あと、宗教関連の描写が面白かった

宗教というものにはかねてから非常に興味を持っておるので
宗教に接する青年の心情が微細に描写されているこの本は
とても面白かった
信仰にいたるまでの心情ってこんなんなってるのかー

主人公は若さゆえの情欲にかられ
商売女と穢れた行為におよぶ
その罪悪感に苦しみ、懺悔を繰り返し、信仰の道を志す

作中では牧師の説教が長々と描写される
『神の大いなる栄光のために(アド・マヨーレム・デイ・グローリアム)』
主人公は圧倒され、信心し、そしてやがて情熱が冷め、信仰を離れる

まさに熱病にうかされるかのようなその罪悪感との対話の一部始終
人間が人間に対して真摯であろうとするその姿勢は悲しいほどに滑稽で尊い


さて、『フィネガンズ・ウェイク』なんかとは
形式そのものが違うし、あれに比べればぜんぜん読みやすいのですが
それでも、ジョイスならではの独特な文体が
ちょっとした幻惑的な効果を醸し出してます

回想や所感、会話や叙述などがはっきりと区分けされておらず
あれれ、これ誰のセリフだ、なんて思うことがしばしば
筒井康隆の『虚航船団』なんかとちょっと似てるかもしれない
文章のおもしろさに触れられる快作



◆今日はここまで!

書きたい本の半分もかけなかったよ

書きたいのはほかにもいろいろあります

トーベ・ヤンソン『誠実な詐欺師』
フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』
ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
椎名誠『砲艦銀鼠号』
司馬遼太郎『人斬り以蔵』
ミヒャエル・エンデ『自由の牢獄』などなど

あと、読みたいものいっぱい
忘れないようにメモっとく

ウンベルト・エーコ『美の歴史』『薔薇の名前』
レッシング『ラオコオン 絵画と文学との限界について』
ジョルジュ・バタイユ『眼球譚』
ガルシア・マルケス『百年の孤独』
ホメロス『イリアス』『オデュッセイア』
ベケット『ゴドーを待ちながら』
トーマス・マン『魔の山』
ドストエフスキー『罪と罰』『悪霊』『白痴』
エドマンド・スペンサー『妖精の女王』
大江健三郎『同時代ゲーム』
色川武大『狂人日記』

とりあえず、ウンベルト・エーコの『美の歴史』が
いま読みたくてしゃあない
8000円とかするよ!


本の話はたのしいなあ

『ベルとふたりで』単行本発売の辞/お仕事情報

◆いよいよでございます

一年前に竹書房様の4コマ新人賞で大賞をいただき
しょっぱなから二誌連載で始まった拙著『ベルとふたりで』の単行本第一巻が
本日七月十六日(仏滅)、全国の書店にて発売のはこびとなります

めでたい

皆様どうぞよろしくお願いいたします

ぶっちゃけこの初単行本の売り上げ如何によっては
自分の今後の漫画家活動がどうにもしょぼくれた事になりかねないので
ひっし
まどうてくださいまどうてください

おれんとこには昨日とどきました、どかっと十五冊
こんなにもらってもちょっと困ってしまうが
折にふれ知人にでも配ってみようかしら

単行本発売にあたり、表紙やカバーイラストもろもろ描く
本文はおまけまんがとあとがきで計2ページの描き下ろしとなりました
もっと数かきたかったけど時間がなかった

描いた絵を装丁してもらう、ということはほとんど初めてのことで
なんだかどきどきしてしまった
いい本になりました、デザイナー様ありがとう

畑違いながら、南伸坊や祖父江慎なんかが好きで
デザインというお仕事には常々いくばくかの興味を抱いてます
今回自分の絵をデザインしてもらえて楽しかった

余談ですが、おれの兄もデザイナーやってます

ともあれ初単行本、重ねてよろしくお願いいたしますよ
わたしに印税生活を満喫させてください


◆ちょろちょろとお仕事情報をば


先日発売された『まんがライフオリジナル』にて
九名の作家の方々が一挙二本立てで執筆という
えらくふとっぱらな企画が行われています

それに自分も一枚かませていただきました

二本立て、初めてやりましたが、なかなか疲れました
他の仕事もろもろと並行してたのでたいへん
けれど今回の二本はとても気に入ってます

うっかり一本だけ読んで二本目見逃したりなさらないようご留意ください


このところウェブ上で
『まんがライフWIN』なるものが配信されております
ネット上で無料で読める4コマ漫画コンテンツです

ネット上での漫画コンテンツに関しては
かなり興味をもって眺めている自分です
講談社のほうでも『モーニング・ツー』を全ページウェブで無料公開という
チャレンジャブルなことが行われたりなどしていた
このあたりの流れは面白い
漫画は衰退していくのか過渡期にあるのか

ともあれ、自分もその『ライフWIN』に掲載していただきました

まず、一年前に4コマ漫画大賞を取った投稿作品が掲載されております
ひゃくまんえんをゲットしたくだんのブツが見られるレアな機会ですぞー
単行本にもコレは収録されておりませんぞ

そして、新たにここ用に一本描き下ろしました
現在掲載中なので是非どうぞ

一年半前に描いた投稿作品と
最新の描き下ろしを見比べると、当然のことながらいろいろ違ってて大変面白い
投稿作品の時点でひかる君や竜などがいたりしますが
細かい設定は、連載にあたってやっぱりいろいろ変更してます

うまくなってんのかどうかは、よくわからない


これらの読み切りと単行本作業がかさなって
なにしろひいこらいっていたのでした
終わってみれば、こんなもんかなという気分
もっとがんばりたいものです


◆ともかく、一番忙しい時期は乗り越え
また新たな活動に手を出そうとかしています

4コマ以外の漫画製作にも挑戦してみたい
果たしてできるものかどうか

今後ともどうぞよろしくおねがいします

武富健治の漫画『鈴木先生』がおもしろすぎてまいる。

お仕事情報/ちょろちょろ雑記

◆忙しくて更新もできませんが、みなさまお元気でしょうか
これもはや決まり文句になりつつある

あわただしく、お仕事情報です


◆現在竹書房から
『まんがライフセレクション むんこスペシャル』という
増刊号が刊行されております
発売はけっこう前ですが、まだお近くにございますでしょうか

むんこ先生の『がんばれ!メメ子ちゃん』という作品の総集編ですが
それに併録の形で、数名の作家の方々が掲載されています
その中に、自分もまぎれこませていただいております

過去の話を四話分再録する、という形ですが
1ページだけ、紹介ページというものを描き下ろさせていただきました
たいしたことないページですが
興味がわきましたらどうぞ手に取って、お鼻でお笑いください

『ベルとふたりで』の作品コンセプトがついに明かされるッッッ


◆芳文社様から発売の『まんがタイムファミリー』七月号にて
拙著『橘さんのトリセツ』がまたゲスト掲載となっています

隔月掲載の形で、三回分お邪魔させていただきましたが
これでひとまずおひらきです
ありがとうございました

これまで、バラのネタで勝負してきましたが
編集サイドとの協議の結果
三回目は、『ベルとふたりで』と同じく、ストーリー形式の構成にしてみました
ひとあじちがう橘さんをどうぞ

橘さんの今後の予定は未定
いろいろと事情がこみいっていて、先が見通せない状態です
ともあれ、お世話になりました

橘さん、かわいいキャラになったと思ったな


◆現在、単行本の描き下ろし作業が始まったところですが
他にもまだまだいろいろ、イレギュラーの仕事が溜まってるんです
また近いうちにまとめて情報発表します

ああもう死ぬ

いいかげん取りかかりたい件もあるのだけど
まだ手をつけられずにいます
どうもすみません


◆今月発売の月刊コミックビームで
丸尾末広『芋虫』という作品が連載はじまりました
これがすげえ

原作は江戸川乱歩の短編小説『芋虫』

戦時中の負傷によって
両手両足を失い聾唖になった夫を
その妻が世話し、虐待する話
原作を読んだときはその迫力に唸った、江戸川乱歩の傑作です

江戸川乱歩はすげーのいっぱいあって好き

おそろしく緻密で繊細な丸尾末広の描線で描かれる
『芋虫』の世界はすさまじいのだった
映像表現において、読者の想像力の後押しを得られる小説のほうが
漫画よりおおむね優れてるんじゃないかという印象があったけど
ここまでの作品を見ると、いちがいに言えないなと思えます

松本大洋やマイク・ミニョーラなどなど
漫画の擁する才能は豊潤なのである

ちなみに、その号には
鬼才、杉浦茂の読み切り作品が再録されていた
すごいすごいと聞いてはいたけど、杉浦茂の漫画を読んだのは初めてでしたが
すげえ
すげえというしかねえ

ここまで不快な漫画を読んだのは生まれてはじめてかもしれない
その描線や構図が、おれの目にはおそろしくおぞましい
これほどまでに不快感をかきたてられる
圧倒的なエネルギーにはひれ伏すしかないのである

不快感をかきたてられる漫画といえば
おれの場合、横山裕一『ニュー土木』もそうだった
あの不安感、おぞましさはもはや恐怖感といいかえてもいい

人間ってやっぱりすげえのです


◆北朝鮮がこのところ不穏な動き
四月にミサイルだなんだと大騒ぎして
政府がミス発表で、また大騒ぎ
最近またなんかやりだしたらしいです

都市部にミサイルが落ちてくるかもしれない、という可能性を
国民のみんなはどの程度真剣に受け止めていたのか
現実さえも、もはや陳腐なフィクションとして批評されて終わるしかないんだろか

現代日本の危機管理意識および能力の危うさも露呈してしまった

システムの不備はまだしも
それをフォローできる人間力があるかどうかを自問してみたい
一番守りたいものは何か、安全管理意識が問われますね
守りたいものがはたしてあるかどうかというのも、切実な問題かもしれない

一番の問題は
率先して動くことの精神的リスクが大きくなりすぎたことのように思う

危ないという情報を受けて、都市部からあわてて逃げだして
もし誤報だったら、情報に踊らされたトンチキとして笑いものになってしまう
情報の氾濫する現代社会下でのそうした風潮は
もしかしたら取り返しのつかない事態につながるんじゃないかと、どうも不安だ
動かないやつがエラいみたいなとこあるよな、いま

誤報だったら帰ってくればいいんだから、別にいいじゃんねえ
おれはいざとなったらなりふりかまわず逐電するからよろしくね!
あ、原稿は郵便で送ります


◆本を読むのが楽しい

仕事の合間の娯楽といったら、やっぱり読書
いいです本は

最近よんでおもしろかったのは
アラン・シリトー『長距離走者の孤独』
ジェイムズ・ジョイス『若い芸術家の肖像』
筒井康隆『男たちのかいた絵』
牧野信一『ゼーロン』
レイモンド・ブリッグス『風が吹くとき』
ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』
他もろもろ

本の感想いっぱいたまってるので
近いうちにまとめてブログにかきたいです

マジック:ザ・ギャザリング『アラーラ再誕』

◆毎度恒例、カードゲームのおはなし

『マジック:ザ=ギャザリング』の最新セット
『アラーラ再誕』がはつばいされました

『アラーラの断片』『コンフラックス』『アラーラ再誕』の三部作で
アラーラブロックは完結となるようです
前回のローウィンブロックは
『ローウィン』『モーニングタイド』『シャドウムーア』『イーブンタイド』と
ストーリー的には四部作だったけれど
また三部作にもどったのか
いろいろ忙しく変わってます

『アラーラ再誕』の特徴は
すべてが多色カード、というもの
土地以外のすべてのカード、アーティファクトさえもが複数の色を持ち
金色の枠におさまっている

ここまでくると、アーティファクトの存在意義がよくわからなくなってくるな
コストは割高ながら、色を要求しないためにあらゆるデッキで使える
それがアーティファクトのコンセプトじゃなかったんか

全部金色枠というのも、見た目変化に乏しくてちょっと寂しいかもしれない
まあいいかしら

もう一つの特徴として、1マナのカードがまったくない、ということがある
混成マナシンボルを使えば、多色の1マナだって可能なのだけど
これはどういうことか
とことん展開を遅くしたいのであろうか

いろいろと意欲作な『アラーラ再誕』
多色セットのトリを飾るエキスパンション、けっこう楽しいぞ


◆まず最初に、あきらかに強いカードをかたづけておきたい

《終止》
《大渦の脈動》

改めて語るのも馬鹿らしいくらい、こいつらは強い
前回登場してからさっそく猛威をふるっている《流刑への道》ともども
環境をひっかきまわしてくれそうです
《大渦の脈動》などは
かつての馬鹿カード《名誉回復》と比べても遜色がない性能だ
《復讐の亜神》対策としては最上級

つえーなー、しか言うことがなくてつまらん

どうも、除去呪文というのは
単純に強いカードはかんたんに出てくるけど
面白い除去、というのはあまり見ないな
やることは邪魔者をどかすだけで、勝利に直結しないから
面白くしようがないってことなのかしら

やっぱり主役はクリーチャーなのだ


《翻弄する魔道士》

手札にあったらとかライブラリーから探してとか墓地のカードから選んでとか
しちめんどくさい制約なしで、とにかく出すだけで好きなカードを禁止するアホカード

特定のカードに頼るコンボデッキが戦々恐々としそうなかんじだ
しかし、どう考えても2マナの強さじゃないよな


《戦争のアスラ、ジェナーラ》

神話レアの中では随一の安定度
特別えげつないことは書いてないけれど
3マナ3/3飛行に加え、マナを注ぐだけで際限なく膨れ上がっていく
「ふつーに強い」の権化だ

伝説ルールがあるから、4枚積みってこともなさそうだけど
色が合えば、とりあえず何枚か入れておきたい安定カードです

アスラってのは、ちょっと調べてみたけど
インド神話やバラモン教における悪魔や天使の総称だとか
神性の象徴かしらね
日本語の「阿修羅」は、当て字らしい


確実に使われるだろうなあという安定カードは、これぐらいかしら?


◆『アラーラ』セットのカードはどれもこれも大振りで
ハマれば一瞬で終わらせられるけど、うまくハマらなければうんこの役にもたたない
そんなメジャーリーガー仕様のカードが主流をなしている印象です

そんな面白ステキな面々をみてみたい!


《ドラゴンの大母》

本来なら、これがトップレアの一角だったんじゃないかな、と思う

《新緑の魔力》《曇り鏡のメロク》を彷彿とさせる
圧倒的なペースで自軍を膨れ上がらせるトークン製造機
1ターンに1/1飛行トークンを二体
1ターンに3/3飛行トークンを一体
どっちにせよ怪物級の能力だ
ひどすぎる

ところが、《ドラゴンの大母》はメタゲームに殺されてしまった

《大渦の脈動》という、トークンを一発で掃除する除去があるのも痛いが
この環境で、ドラゴンは生きづらいのよなあ


《ジャンドの暴君、カーサス》

それもこれもみんなこいつのせい

7マナ7/7飛行&速攻持ち
結論から言うと、この程度では構築戦レベルにはお呼びがかからない
それなのに、なんということであろうか
ドラゴンを全部奪い取る能力のせいで
ドラゴンカードの価値を軒並み低下させてしまった罪深い一枚だ
こういうこともあるんだなあ

なんだかんだいって7マナ、出されることはそうそうないだろうけど
それでも「万が一」がある、というのはマジック構築では致命的だ
結局、ドラゴンは使われなくなるんじゃないかと思う

自身が使われるわけでもないのに、他のカードの採用率を邪魔する
そんな非常に迷惑なメタカードが、マジックには往々にしてありますが
《ジャンドの暴君、カーサス》も、そんな嫌われ者になりそうだ
キャラには合ってるな

近頃活躍していた《若き群れのドラゴン》
さっさとベンチ入りすることになってしまうのだろうか
さりげなく《カメレオンの巨像》も射程範囲に入ってます

えらいことになったもんだ

それはともかく、《ジャンドの暴君、カーサス》のイラストはとてもかっこいい
この色合い、大好きです


《スラクジムンダール》

攻撃するだけで《残酷な布告》がおまけでついてくる素敵ゾンビ
速攻がついているのがさりげなくありがたい

しかしすごい名前ですね


《新たなアラーラの騎士》
《魂の汚染者》

どちらも今セットのコンセプトにふさわしく
全力で多色カードを応援するカード
《新たなアラーラの騎士》は、あまりにもろすぎるのが気になるが
《魂の汚染者》はなかなかウキウキさせてくれます
6マナというのはなかなか話のわかるコストや


◆個人的趣味で、今回のステキカードをベスト5でランキングしてみます


5:《盲信的迫害》

書いてることは一見地味だけど
冷静に考えると相当とんでもないことが書いてある
たった2マナでトークンを全部ブッ飛ばせるのは、すごすぎだ
コンバットトリックとしても大いに使いでがあります
仮に一対一のクリーチャー戦で使ったとしても
その影響は測り知れない
名前どおり、ひどい迫害なのである


4:《失われたアラーラの君主》

なんかどっかしらトボけたイラストが実に憎めない
ご先祖様が天国から見守ってらっしゃる

いま組み合わせるとしたら、やっぱり《霧を歩むもの、ウリル》かな


3:《絶滅の王》

昨今、クリーチャーサイズもだいぶ安価になった感がある
《長毛のソクター》が3マナで5/4を達成したかと思ったら
今度はこれだ

5マナで10/10は当たり前や
《地ならし屋》が草場の蔭で泣いております

言い換えれば、一定のマナ域以上であれば
どれだけ大きくしてもゲームバランスは壊れないってことでもある
前回登場してちょっと騒がれた《大祖始》も
最強のプロテクション持ってながら、結局活躍してないのだった


2:《徹底した天啓》

名前とイラストが秀逸
なにもかも破壊してもたらされる天啓、たしかに徹底しとる

要するに、手札を全部捨ててカードを4枚引くカード
ただ4枚引くだけなら《連絡》でいいわけなので
これを選ぶ以上は、墓地に大量のカードを捨てる点に着目するんだろう
「蘇生」か「フラッシュバック」か「マッドネス」か
なんにせよ工夫次第でいろいろ楽しめそうですてき


1:《メイエルのアリア》

おれの中では断然トップのステキカード

《機知の戦い》(デッキ枚数200枚以上で勝ち)
《忍耐の試練》(ライフ50点以上で勝ち)
《死闘》(自分の墓地のクリーチャー20枚以上で勝ち)
《らせんの円錐》(カウンター100個載せれば勝ち)
《不毛の栄光》(自分がこれ以外パーマネントも手札もなにも持ってなければ勝ち)
「この条件を満たせば勝ち」なエンチャントは
これまでにもいくつか作られてきたし
それらは普通に勝つよりよっぽどキツい条件ばかりの、いわばお遊びカードでした
《不毛の栄光》とか、ひどい

これらの弱点は
条件が満たせなければただの紙クズとしてデッキを圧迫してしまうことだった

最新作《メイエルのアリア》は、実用度増加を試みた意欲作
パワー5をコントロールしていれば自軍強化
パワー10ならライフ増加、パワー20で勝利と
段階式のご褒美を設定することで
勝利条件追加だけでなく、ゲーム進行をも手助けしてくれる優しいカードだ
こりゃ便利
コストも3マナで、無理なくデッキに入れられそう

構築戦に潜り込むには、正直パンチに欠けるところはあるけど
これだけやってくれるなら、意地になって使ってみたくなります
相棒候補は
《絶滅の王》《戦争のアスラ、ジェナーラ》《黙示録のハイドラ》《刃の翼タロックス》
あたりかしらん

こういうカードが出てくるから、マジックは目が離せないのです


◆『アラーラの断片』シリーズも、今回無事に終わりました

多色をフィーチャーするセットというのは
『インベイジョン』シリーズや『ラヴニカ』シリーズ
直前の『ローウィン』シリーズとやってきて
今はそれほど珍しくない印象だけど
全カード多色、というのは初めての試みですごい
究極の多色セットを実現して
これで多色セットはひとまず打ち止め、ということかな

今回注目したいのは、何度も言ってるけど
多色セットでありながら、たやすく複数の色が出せるレア土地がないこと
やたら重いカードが増えたことと相まって
ゲームの展開スピードを抑えるという方向性を強く感じる
除去カードが強い、というのも
エンドクリーチャーを出してもすぐ終わるとは限らない、という観点からすると
「ゲームを遅くする」というコンセプトで一貫しているのかもしれない

無駄カードを別のカードに変える「サイクリング」能力が多いのも
『アラーラ再誕』の特徴
最初の手札でつまづいてるとたちまち終わらされる
そんな運否天賦の要素を極力緩和したい、という意図を
おれとしては読み取りたいのだけどどうかな

今後のマジックにも注目していきたいおもいます
やっぱりカードゲームはおもしれい
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