歌謡曲全盛期時代は、テレビやラジオでランキング形式の番組が非常に多かったです。毎週のレコード売り上げ、ハガキリクエスト、有線放送などでその歌手の曲が何位なのかを決める順位です。

テレビでは毎週月曜日には日本テレビの「ザ・トップテン」、そして毎週木曜日の「ザ・ベストテン」が放送されていました。この2番組が当時の歌謡曲のランキング形式の目玉だったのです。

まず月曜日に放送された「ザ・トップテン」ですが、これは前番組の「紅白歌のベストテン」の後番組として登場し、司会者は堺正章と榊原郁恵がしていました。生放送でした。
放送開始は1981年(昭和56年)4月6日で、終了が1986年(昭和61年)3月31日でした。

トップ10入りした曲と歌手名を紹介する際に、コンピューターにサルの顔が画面に出て、ランクが上がれば笑い顔、下がると泣き顔になるといった、ユニークな演出でした。

そしてエレベーターに乗って歌手が登場する形でした。ランクに初登場した歌手には写真撮影を行い、壁に飾ることもしていました。何しろ好きな歌手、歌謡曲のランクが毎週変わりますから、気になって気になって毎週欠かさず見ていたものです。

司会をしていたマチャアキと郁恵ちゃんコンビもピッタリで、面白かったですね。でもザ・トップテンは昭和56年放送開始ですから、当時の流行歌も大分変わってきたんですね。山口百恵はもう引退してましたから、アイドル歌手といえば、松田聖子、田原俊彦、近藤真彦がいつもランクインしており、上位を独占していました。

常に公開生放送でしたので、修学旅行中の中高生が観客席で見ていたケースが多かったです。それは何ともうらやましい!と思っていました。

そして2つ目の目玉は何といっても「ザ・ベストテン」。司会は久米宏と黒柳徹子の名コンビでしたね。1978年(昭和53年)1月放送開始後、常に高視聴率を保っていました。木曜日の午後9時からの生放送で、ミラーゲートで登場する歌手を「いいな~、かっこいいなぁ!」と思っていました。また外からの生中継では「追っかけマン」と呼ばれるアナウンサーが歌手と短時間で話して、曲を紹介する演出は何とも大変そうに感じました。

そういえば昭和55年松田聖子と田原俊彦がデビューした時に、2人の名前を新聞では並べて載せるなとか、スタジオ内では2人並んで座らせるなとか、色々ファンからの苦情が殺到していました。

グリコでのCMで聖子とトシちゃんは仲睦まじい場面が多く、手をつないで自転車に乗る所を見たファンが嫉妬して、ファンレターにカミソリを入れるなどの嫌がらせをしていたのです。

確かにお似合いのカップルには見えましたが、結局2人はデビューの同期生、そして仲の良い友人として割り切っていましたので、その後は全然噂になることはありませんでした。でも司会者の2人は聖子とトシちゃんを並べないように気を使っていたんですね。(笑)

ザ・ベストテンでは歴史に残る満点を獲得したアイドル歌手がいます。それは西城秀樹で、「Young Man」で満点の9999点を出しました。その他に満点を出したアイドル歌手は誰もいません。

ザ・ベストテンは色んなハプニングや歴史を残した番組でした。

そしてラジオでは「不二家歌謡ベストテン」、FM放送では「コーセー化粧品歌謡ベストテン」など週末に放送されていました。おのおのの番組ではハガキリクエストが順位を左右し、テレビのランキングとは少し違った形で決められていました。

「不二家歌謡ベストテン」の最初のDJは男性外国人でしたが、堪能な日本語と味のある声でリスナーを楽しませてくれました。

あの頃よかったです!