昭和55年はまさしく新人アイドルの活躍した年です。中でも同期の田原俊彦と新人賞を争った松田聖子は、今までのアイドル路線を塗り替える存在になりました。

聖子がデビューする前は、山口百恵、桜田淳子、岩崎宏美、石野真子、榊原郁恵、大場久美子などロングヘアもいればショートヘアもいるかわいい系、愛嬌がある、歌が上手など色々特徴はありましたが、聖子の場合は今までのアイドルの歴史を全部1人で変えてしまった、と私は思います。

聖子はデビュー同時、「聖子ちゃんカット」と呼ばれる独自のヘアースタイルで出ていました。この「聖子ちゃんカット」はたちまち社会現象となり、彼女の髪型を真似する若い女性が多かったのです。

「聖子ちゃんカット」の大きな特徴は「段カット」です。横の髪を流れるようなウエーブを付けるのが「聖子ちゃんカット」の元祖です。以後この段カットは今でもパーマで用いられています。

聖子は昭和55年4月「裸足の季節」でデビュー。これは元々えくぼのCMソングとして使われていましたが、最初はCMに出ている女性が聖子かと勘違いしていました。曲のサビの部分で「えくぼの秘密あげたいわ~」があるのは皆さんご存知かと思いますが、肝心の聖子はえくぼがなかったんですね。

2曲目の「青い珊瑚礁」で聖子の人気は急上昇しました。この時は「ウソ泣き聖子」とか「ぶりっ子」だとか色々言われた彼女です。

NHKの「レッツゴーヤング」ではトシちゃんと共に「サンデーズ」としても活躍しました。後には司会者もするなど、聖子のアイドル路線はますます熱が入っていきました。

「夏の扉」「白いパラソル」「風立ちぬ」などまさしくアイドルらしいぶりぶりのドレスを着て歌う彼女はたちまち他の女性アイドルを陰に潜めてしまいました。

「赤いスイートピー」を出した時に、今までの「聖子ちゃんカット」を卒業してショートヘアになりました。この曲を出したのをきっかけに、聖子は女性ファンがどんどん増えて行きました。

聖子は松任谷由実(ユーミン)が提供する曲に恵まれていました。「赤いスイートピー」がそうですし、後の「小麦色のマーメイド」「瞳はダイアモンド」どれも素晴らしい曲ばかりです!

またアルバムでも「SEIKO TRAIN」のタイトルでユーミン作曲の歌収録を出しています。シングルだけでなく、カップリングやアルバムの曲でもユーミン作曲のものはどれもいいものばかりです。

シングルでは「風は秋色」~「旅立ちはフリージア」まで連続1位を獲得する実績を残し、山口百恵引退後の「ポスト百恵」と言われてもおかしくないくらいの聖子のアイドル路線は衰えることがありませんでした。

聖子は郷ひろみとの恋愛説がよくテレビで放送されていました。この噂にものすごく火が付き始めたのは、昭和59年あたりでしょうか。ワイドショーでちまたに聖子に対して郷ひろみとの交際を頻繁に聞かれていましたから。

でもその恋愛説も終わってしまい、聖子は映画で共演した神田正輝と婚約、結婚し、1人娘の沙也加を授かります。その後も彼女は引退することはせず、一時的休養後も今度は「ママドル」=ママになったアイドルとして活躍します。

ママドルのなった後も聖子はスキャンダルにもひるむことなく、ドラマやコンサート、歌でも活躍します。1996年(平成8年)「あなたに逢いたくて~Missing You~」が大ヒットし、今でもコンサートで歌い続けています。

愛娘を思って自作で発表した「私だけの天使~Angel~」は同じ娘を持つ母親から反響を呼ぶヒットとなりました。

そして聖子は2度の離婚を経て3度目の結婚をしました。ママドル聖子は恋多き人です。