時にボブ・ディランの曲は、一部の世代に対して強烈な力を授けることがあります。

その中でも有名な曲に、「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」という曲が存在します。サブタレニアン・ホームシック・ブルースは、ヒッピーから強く迎え入れられた曲としても有名なのですが、多くの人に対して反体制の心を宿すことに成功した曲でもあります。

なので、サブタレニアン・ホームシック・ブルースは、音楽としての評価よりも、時代に強い影響を与えた・・・という評価で語られることが多いです。

なぜ、サブタレニアン・ホームシック・ブルースはヒッピー文化に強い影響を与えたのか?というと、それはボブ・ディランそのものが反体制の人物だったからです。そのような組織ばかりを立ち上げたわけではありません。

ですが、ボブ・ディランの生き方そのものがロックである(自由である)という評判が存在していたため、サブタレニアン・ホームシック・ブルースの影響力は凄まじいものとなったのです。そもそも、ロック界の重鎮とされる大物もボブ・ディランを尊敬、もしくはボブ・ディランの作曲センスを真似たという背景がありますので、ロック界の中で大物といえる人物であったのは確かでしょう。

また、ボブ・ディランはどんな時でも自分を貫く姿勢でいたため、味方も作れば敵も作るといった人生を送っていたのです。この姿は、がむしゃらに世の中に対して訴えを起こしている若者・・・に酷似するため、こんな世間的に知られている人まで、自分(若者)たちの訴えを音楽に変えてくれている・・・という一面が、サブタレニアン・ホームシック・ブルースの中には多く存在します。

例えば、「金がない」、「お前も懲りずに同じようなことをしてはいけない」というのは、どことなく弱い側の人物を諭すだけでなく、説教するような内容でもあります。ですが、実際にボブ・ディランは活動を通じて批評されることも多い人生でした。

つまり、人生そのものが歌詞に込められているので、余計にロックというのがヒッピー文化にとっては根強く残るものであることを、世間に知らしめたわけです。

サブタレニアン・ホームシック・ブルースは、1965年にリリースされた曲でもあります。当時は歌詞の内容が過激すぎるので、内容について批評されることも多くありました。

ですが、ボブ・ディランはそんな批評の中でも自分の歌を、多くの人に聞いてもらったという逸話があります。このように、ボブ・ディランは自分というものを声高に主張するようなタイプではなく、どちらかと言うと、人の心を汲んで音楽の中にフレーズとして残すようなしみじみとした人です。

また、当時について歌っている曲でもあるので、歴史的資料としての一面もありますし、なによりサブタレニアン・ホームシック・ブルースはラップの先駆と言われることもあります。ラップのように駆け走るようなスピードで歌っていく歌なので、斬新な曲としても語られることがある名曲なのです。