ボブ・ディランの楽曲の中には、「BalladOfHollisBrown」のような楽曲も存在します。

こちらは、以下のような悲しい内容の歌詞が多く含まれているので、ボブ・ディランがどうしてプロテストソングで有名であったのか、その理由を解き明かす際には分かりやすい内容の歌詞となっています。BalladOfHollisBrownは、そもそも農民の心、もしくは農民の中でも家族を持っている農夫を歌っている内容として知られています。

補足となりますが、ボブ・ディランは自身の楽曲に対して細かい説明を行うことはありません。なので、BalladOfHollisBrownについても、「農民の心を表す」のような解説が設けられている以外では、具体的にどのような歌なのかが不透明なのです。

このように、人間の心理であり学ぼうとする姿勢をボブ・ディランは邪魔しません。ハッキリとした説明が見える歌詞では、聴いた人はそのような歌なのか・・・と理解してしまい、それ以上の想像を自主的に行わないという懸念が生じます。

近年でも、海外の有名なアーティストの中には、自分が作曲しているものの幾つかは、ボブ・ディランの真似をしているものと答える人もいます。ボブ・ディランのスタイルそのものを真似している人(ジョン・レノンなど)も存在するため、過去のように独自の感性で作られた音楽ではなく、ボブ・ディランは自分の思想を押し付けるのではなく、多くの人に知ってもらいたいという意思で作曲を行っていることも、今では良く知られるようになりました。

そして、BalladOfHollisBrownの歌詞について案内させていただきますが、特にどのような内容なのか分かりやすい部分のみ抽出して案内させていただきます。

まず、「草は枯れ果て、井戸は干上がっちまう、草は枯れ果て、井戸は干上がっちまう」というように、ボブ・ディランは、歌詞の中に繰り返すような歌詞を置くことが多いです。理由ですが、実を言うと特に大きな理由があるわけではありません。

ボブ・ディランの心の叫びと捉えるのも良いですし、歌の中に登場する人物の嘆きでも良いかと存じます。ただ、歌によっては2回ではなく、4回も同じ歌詞を繰り返すところも出てきますので、ボブ・ディランがどれほど感情を込めているのか・・・を、このような歌詞から汲み取ることはできます。

そして、次に「最後の1ドルをはたいて、7個の弾丸を手に入れた、遠くの荒野でコヨーテが冷たく泣いている、ショットガンに目が釘付けになる」という歌詞に続くのですが、農民の居ても立ってもいられない・・・という感情が込められています。

ショットガンに目が釘付けになっているというところは、ショットガンの使用を落ち着いて検討しているのではなく、すぐにでも使ってしまいたい・・・という衝動に駆られているのでしょう。

そのため、続いて「そよ風が7回吹いた、小屋の扉の周りで、そよ風が7回吹いた、小屋の扉の周りで、7つの銃声が鳴り渡ったと続きます。場面が大きく変化していく内容であることが、そよ風に良く表れています。

何もないような場面から、心機一転で動き出す人物、手にはショットガンが握られ、コヨーテの存在を注視している・・・、そしてショットガンが鳴り響き、無くなる生命、生まれてくる生命・・・というように、、BalladOfHollisBrownは悲しみだけでなく、人が生まれ死んでいく、その生命も継がれていく様を多くの角度から歌っている楽曲なのです。