オー・マー・シーというスタジオ・アルバムに収録されている1曲に、「自惚れの病」という楽曲があります。

こちらは、ボブ・ディランらしい表現が多く用いられているだけでなく、内容が難しくない楽曲なので、今でも多くの人が知っているボブ・ディランの楽曲として有名です。なので今回は歌詞と併せて、ボブ・ディラン流の自惚れの病について検証を行っていこうかと思います。

まず、自惚れの病とは「今夜のうぬぼれの病に苦しむ人々」について歌っているという特徴があります。タイトルの通りであれば、個人の自惚れの病について歌っているもの・・・というふうに考えてしまいますが、あくまでも大勢の人が病んでしまう心の病に「自惚れの病がある」ということを、ボブ・ディランは歌の中で教えてくれるわけです。

自惚(うぬぼ)れというと、自尊心の高い人物が舞い上がって自惚れるもの・・・と思ってしまいますが、そのようなことをボブ・ディランは歌っているわけではありません。

歌を聴いているとわかりますが、段々と音楽が盛り上がっていく内容になっていきますので、実際に自惚れの病にかかってしまうような気持ちを、楽曲の中で体験できる・・・という風変わりな1曲になっているのです。そのため、歌詞の中にも「今夜も戦っている人々」という全体像であり、自惚れの病にかかってしまっている人物(楽曲内の人物)だけでなく、自惚れの病に悩んでしまうかもしれない人々(楽曲を聞いている人々)のような、ボブ・ディランにしては珍しく説教臭い表現が何度も使われているのです。

もしかすると、自惚れの病というタイトルでごまかしているだけで、ボブ・ディランにも自惚れの病にかかってしまい困ったことが何度もあった・・・のかも知れません。そのまま歌ってしまうと、恥ずかしい気持ちになってしまうという繊細な気持ちを、自惚れの病というタイトル、自惚れの病に登場する歌詞でごまかしているだけ・・・と考えると、なんとも温かみのある1曲として、自惚れの病を聴くことができます。

また、ボブ・ディランの心も表現しているのか、自惚れの病のことを「それは甘いものです」という歌詞も何度か登場します。陶酔してしまうことを甘いと表現しているのかも知れませんが、このような気持ちを持ち続けると心がダメになってしまう・・・という表現まで取り入れられています。

先ほどの甘いから、いきなりダメになるという明確な表現への切り替わり、ボブ・ディラン流の説教と考えると、なんとも上手な訴えかけ・・・と感じるところが随所に見られるわけです。そのため、自惚れの病には難しい表現がまったく登場しません。

人物についても、まったく登場しない内容となっているので、自惚れの病にかかってしまったキャラクターを思い描くのも勝手ですし、自分にが自惚れの病にかかった場合を想定するのも良いでしょう。このように自由な心、自惚れの病を結び付けられるところが、ボブ・ディランの凄いところなのです。