他のスタジオ・アルバムとは違った状況で生み出されたものに、「インフィデル」というスタジオ・アルバムがあります。

また、これはボブ・ディラン自身が通常とは違った様子で、インフィデルというスタジオ・アルバムをリリースした・・・という意味ではありません。なぜ、他のスタジオ・アルバムに比べて違っているのか?というと、インフィデルは後になってあれこれと改善点が見つかったスタジオ・アルバムの1つなので、他とは違うアルバムとして知られているのです。

インフィデルは、「1983年にリリース」されました。ボブ・ディランは数多くのスタジオ・アルバムをリリースしておりますので、「22枚目のスタジオ・アルバム」としても知られているアルバムです。また、改善点が多く見つかったスタジオ・アルバムでもありますが、実績に関しては低くありません。

例えば、「ビルボード200チャートで20位」を記録し、「全英アルバム・チャートでは9位」を記録しているからです。今までに世に放たれたスタジオ・アルバムの実績では、中の上といった良い実績を残しているスタジオ・アルバムでもあります。

また、インフィデルはRIAAから「ゴールド・ディスク認定」を受けていますので、数多くのボブ・ディランのアルバムと同程度の認定も受けています。

ですが、インフィデルは最初から最後まで定まった人物(プロデューサーなど)が、リリースに関する対応を取っていた・・・というわけではありません。そのため、インフィデルは特殊なアルバムの1つとして知られるようになったのです。

では、どのようにしてリリースしたのか?というと、インフィデルは「一部をボブ・ディランが手がける」という形でリリースされました。先ほどのプロデューサーについては、手がけていられない事態(ノップラーがバンドツアーに戻らざるを得ない状況)になり、結果的に完成していないテープが残ってしまうのです。

このような流れで、インフィデルはリリースされるためにボブ・ディランが一部を手がける・・・という流れになりましたが、プロデューサー(ノップラー)は、リリース後に「あのアルバムを自分が手掛ければもっと良くなった」というコメントを残しています。

このようなコメントを残しているので、そのような気持ちを持っているのであれば最後まで手掛ければ・・・と思ってしまいますが、当時のバンドツアーというのはまったく空きがない状態で活動を行っていたため、このようなトラブルについては他のバンド、アルバムのリリースでも見られる問題の1つだったのです。

今まで、ボブ・ディランのアルバムではこのようなトラブルが少なく、むしろ有名なバンドがカバーとして収録曲の1曲を歌ってくれる・・・という珍事までありました。そのように「恵まれている環境にあった」ボブ・ディランにしては珍しく、運に見放されてしまった・・・という流れになっているため、スタジオ・アルバム「インフィデル」は、これほどまでに珍重されているのです。