今回は、ボブ・ディランはどのような人物なのか、その気質であり、特殊な活動について迫っていこうと思います。

先ず、ボブ・ディランは詩人であるという評価が、今ではノーベル文学賞を受賞したことで知られるようになりました。歌詞などが一節ごとに変化していく内容で、且つ人の心、情景というものを捉えている部分が詩人に近い、もしくは詩人であるという評価に至ったのです。

この面だけでボブ・ディランを評価してしまうと、本当にボブ・ディランはアーティストであり、また詩人でもあった・・・という評価に落着してしまいます。

ですが、ボブ・ディランは正確にはマルチタレント性の強いエンターテイナーなのです。例えば、ボブ・ディランは「絵画展を開催」しているのですが、この当時はアーティストとしての活動を休止していたわけではありません。

暇を見つけては1点ずつ絵画を作成していた・・・のですが、今では絵画展を開催できるまでの点数を描き上げるにまで至ったのです。日本の画家でも、音楽、画家として一流として評価を受けている人は複数存在します。

ですが、1960年代から活動を行うようになって、テレビ、ラジオ、新聞、映画・・・といった大きなメディアにも出演し、ライブ公演を行った後は有名人との付き合いまで行っていた・・・というのですから、ボブ・ディランという人物は才能だけでなく、体力についても常人以上の人物だったと言えます。

精力的な活動が数多く見られるため、「度々、成功を納めた人物」と思われることが多いです。ですが、活動のほとんどは趣味の延長、もしくは副業に等しいものも存在しますので、これらの活動により大きな収入を得ていたわけではありません。

前述の絵画展についても、来場者数はそこそこ・・・だったのです。絵の評価についても、「絵画というより子どもが描いた絵」という評価が目立つほどでした。

このようにボブ・ディランの活動というのは、初期段階では否定されるところが多いです。というのも、ボブ・ディランの本質であり、魂に触れることができる人はそれほど多くはないからです。

現代でも、アーティストとしてのボブ・ディランは「声がダミ声なので聴き取りづらい」と言われることがあります。ですが、ボブ・ディランはそのような評価を得ていた人物なのに、一流以上の一流アーティストとして君臨することになります。

このような評価を得られるまでになった理由は、もしかすると、ボブ・ディランが一途であるからこそ、評価を得られた・・・のかも知れません。

ボブ・ディランは、どのような人物と接する際も基本的に自分というものをしっかりと主張します。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ジョン・レノンといった大物アーティストについても、ボブ・ディランと対面してから、もしくは対談の機会を得てからは、度々でボブ・ディランの元を訪れるようになっているのです。

音楽というのはメロディーが大事かも知れません。ですが、ボブ・ディランのようにあダミ声、独特な感性でもって多大な評価を得られる人物もいるのです。