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「朝の雨」は、ボブ・ディランにしては珍しく内容がわかりやすい楽曲になっています。

タイトルについても短く朝の雨と簡素にまとまっています。また、どのようなテーマの音楽なのか?というと、朝の雨は男性と女性の別れを男性視点で描いている楽曲となっていますので、恋愛をテーマにした楽曲と見て良いでしょう。

歌詞についても、「朝早く」という始まりから「雨の中」へと続いていくわけです。そして、男性(主人公)は「わずかのお金」を握りしめて雨の中に佇んでいます。

雰囲気だけであればドラマのワンシーンのように思ってしまいますが、朝の雨では女性視点のストーリーはまったく出てきません。つまり、男性が解決しない問題(恋愛事情)について悔やんでいる・・・とも取れる作品なのです。

基本的に、ボブ・ディランは自分の楽曲について、細かい場面の説明はあっても、具体的にどのような楽曲であるのか・・・という説明を、楽曲の説明部分で行っていません。つまり、「自分で考えて欲しい、想像して欲しい」という狙いが、ボブ・ディランの朝の雨であり、ボブ・ディランが作曲した音楽には数多く含まれているのです。

朝の雨についても、場面が切り替わってからは「ポケットには砂をかむような思い出が一杯」というフレーズが登場するようになります。悲しみにくれている・・・というより、思いでにひたっている主人公がポケットの思いでを、大事に思っているところが良く出ていますが、その次には「故郷を遠く離れて愛する人」というフレーズが登場するようになるのです。

そして、冒頭の「朝早く」、「雨にぬれて」というシーンへと巻き戻ってしまいます。要するに、思いに焦がれている時は周りのことなんてなにも気にならない・・・、しかし、そんな思いも過ぎ去ってしまうと雨に濡れている自分がいるという、悲痛な気持ちが巻き起こってくるわけです。

当然ながら、このような場面が何度も登場してからは、「冷たい風」、「僕は立ちつくす」といったフレーズも良く出てくるようになります。長く思い悩んでいた主人公も、とうとうその場で立ちつくしているのが辛くなった・・・のでしょう。

ボブ・ディランの描く恋愛というのは、音楽であっても男性のほうが優位であったりします。そのため、最終的に男性と女性が元の関係に戻る、もしくは女性のほうが男性に対して思い入れしている・・・という内容が目立ちます。

朝の雨については、ボブ・ディランが今まで打ち出したことのない画期的な作曲であり、また恋愛の中ではあっても不思議ではない現実的な恋愛でもあります。

このように悲しげな考えを元にして作られている・・・と思ってしまうのですが、彼女はなにも男性を嫌っているから別れたわけではありません。他の人もなにかの事情でこの土地を後にするのです。

つまり、人々が出て行ってしまうような土地に残っている主人公が、朝の雨に打たれながら佇み、そして、特に色濃く残っている思いでに対して、感傷的になっている様子を朝の雨では歌っている・・・というわけです。