スウィートハートという心は誰にでもあります。ですが、ボブ・ディランがスウィートハートについて歌うと、一変して一般の人が知らないような世界観まで描いてしまうのです。

実際に、スウィートハートと聴くと「恋愛」のような感情を楽曲にまとめている・・・と思ってしまいますが、ボブ・ディランの場合は、さらに大きな展開図を元にしてスウィートハートを歌っています。というのも、歌詞の中にはスウィートハート?と思ってしまうような内容が多く詰め込まれているからです。

例えば、「心を煩わすことはない」という表現が冒頭で使われています。その後に、「ボス」という存在が出てくるのです。一見すると誰かが心をやきもきしているのを、ボブ・ディランがスウィートハートと表現しているのでは?と思ってしまいますが、タイトルとは違って内容はかなりハードとなっています。

つまり、ボスという存在のせいで気持ちをやすめることができない人物、それがスウィートハートの主人公なのです。

主人公は気が病んでいます、疲れきっているわけではなく、安住の地を探しているような一面があり、また虚栄心についても持っているため、自分の心に対してスウィートハート(優しい気持ち)を持てずにいるのです。すでにお分かりかと存じますが、恋心ではなく「人の優しさ」に触れることのない主人公、それと環境の変化を歌っている楽曲がスウィートハートなのです。

歌詞についても、「北に行く、しばらくはいない」というように、点々とした逃亡生活を行っている主人公が北へ、北へ・・・と逃れていくわけです。しかし、虚栄心もあるので出会う人の中には親睦を深めてしまう人物もいます。

そして、「君に似ている人を知っている」という一節へと話は進展していきます。スウィートハートを未だ知らない虚栄心が、人との親睦を深めていく・・・というのは、なんだかハートフルな内容となっていますが、そのような関係も長く続きません。

なので、スウィートハートという楽曲の中では、主人公の思いが何度も変化するという特徴のある1曲となっています。虚栄心だけでは人は生きていけない、ましてやスウィートハートを知らないようでは、人に対して情けをかけるのは難しい・・・、そのような心の中にできてしまった矛盾(断ち切れない過去)が、主人公を責め立てていくわけです。

ボブ・ディランにしてみると、人との付き合いであり出会いというのは宝物なのかも知れません。そのため、人との付き合いが発展していくと、家族のように相手のことを好きになれるよ、それがスウィートハート・・・というように、歌詞の中にも、出会う人は恋人のように、昔から知っている幼なじみのように歌っている一節まで登場するのです。

そのため、歌詞の中には「君のような素敵な人、こんなところで何をしている」のような歌詞まで登場します。相手を思いやる心、そして気遣う様までもがスウィートハートとして描かれているため、主人公は段々と人らしさ、生活の余裕のようなものを取り返していく・・・という流れで、スウィートハートは終わりを得るという楽曲になっているのです。