2021年09月27日

決意が見えない国で

IMG_3707台風が接近しています。

牧場の周りの稲刈りはほぼ終了。

台風前に一度耕起してなければ

稲わらが浮いて隅に寄ってしまったり 用水路に流れ込んで詰まったり

今年は稲刈りが遅れ気味だったので コンバインをトラクターに乗り換え

どんどん耕起作業が進みます。

一面の黄金色が 藁色に変わり 次は土の色に変わっていく様は壮観です。

ただ 今年の米価や高齢化、資材の高騰は深刻で

農家の顔色は冴えない。この傾向が何時まで続くのか予想が付かない事もその原因・・・・・・


デフレが長く続いているこの国は コロナ渦で更に苦境に落ち

普通に考えれば世界的にだぶついてもおかしくない

” 材料・資材 ” が次々に値を上げ 苦境に苦境を重ねている。

これは モノの値段が上がったというよりは 

『 円の価値が落ちたから 』 が原因な気がしてならない。

ぼく等の円が 世界から見限られているのかもしれない。


加工食品の場合(多くの農産物も飼料や肥料や種や燃料等 多くの資材を輸入に依存している)

多くは高騰する輸入資材を使い国内で加工製造し販売していて 

価格は同じでも内容量が減っている、実質値上げという小手先対応が続いている。

安い輸入資材で 安くて良質の加工品を製造販売するという

長く続いたビジネスモデルは 既に破綻している・・・・・・

輸入加工品は勿論 原材料も高く その傾向は今後も続くと仮定して

今のこの状況への小手先対応は 

その対策や転換シナリオを研究していた企業が 無かった証拠なのではないのか?

国内資材で全てを補う事は不可能だとして 

せめて どの位置き換えが可能なのかを 検証して居る企業や研究機関はあるのだろうか?


国内で代替品を生産するとして これから国や産業界は 

生産基盤を愚直に守り続けた人々に対して 

輸入品並みに安く資材を提供しろと言うのだろうか?

それとも 

輸入品並みか それ以上の価格で国産品を生産させ 

今までの儲けを次の時代の為に投資するのだろうか?


技術的にも 構造的にも 急転換は難しい。

食料の値上げは生活者を圧迫する場面もきっと出るだろう。

難しいが、今迄幾らでも転換する機会はあった筈。

それをせず 先送りにして来たのは 

政治の無策なのか 産業界の要請だったのか そんな事は解らないけれど

国民を護る為 食料を何としても確保する 国民を絶対飢えさせない

その決意が見えない今の国の状況が 国の内外から見て人々を不安にしているのだとしたら

それは この国の将来にとって最悪に不幸な事だと思う。

kurumiruku2009 at 07:56|PermalinkComments(0) 社会と農業について | 牛乳の未来

2021年09月20日

理想は捨てない

IMG_3797今回の台風は 思いの外被害が無くホッとしています。

空気が一気に入れ替わり 朝晩は寒い位の気温 

空は高くうろこ雲が広がって秋本番

昼休み返上でいそいそと栗拾いに行く今日この頃です。


ここの処 御縁で牧場に人を迎える機会が多くありました。

農業に造詣が深い方は勿論 今まで牧場に来たことも無かった方達が

昼に夜に 牧場をそれぞれの感覚で楽しむことが出来るのは 放牧ならではだと思っています。

『 素人も玄人も 感動させられる牧場 』 は予てよりの目標でもあり

先ずは其処には たどり着いたかなと最近は思っています。

なので今回は 最近の新しいの目標について書こうと思います。


ぼくは 放牧は一つの手段=技術だと思っています。

生まれた家が たまたま酪農家で 30数年前就農 

収納した途端に どんどん売り物の値が下がり(最安時 乳価\79/キロ ♂子牛\5,000)

けれど 牛に草を与え、出た糞尿を肥料とし 草を育てて牛に与える という理想を捨てられず 

理想と生活を同時に護りたくて 放牧に辿り着いた。いや流れ着いたのは15年程前でした。 

溺れる者は藁にも縋る 縋った藁が放牧だったのです。


ギリギリの生活であっても 護りたかった酪農の理想は 自然を生かした高効率の循環です。


ただ高効率循環を維持するには 自然相手だけに新しい縛りも同時に生まれます。

けれど 我々の営みを 新しい縛りを理解しそれに合わせて営むことが出来れば 

今迄に無かったような 好循環社会が形創る可能性が生まれます。

それを高度に達成できるのが 放牧なのです。


だから 畜産の一技術でしかない放牧を

ことさら美化したり 神棚に上げるだけで留まるようなことはしたく無い

そう思っています。


今迄の ” 人間の為だけの効率や価値 ”から少し距離を置き 

環境と共に在る農業の 一技術が生む高効率の循環が 

小さくはあるけれど 好ましい社会を作る可能性のある事を 実現してみたい

最近そう思っています。


少し大げさな話に聞こえるかもしれませんが

此れって 国や巨大企業がみんなが苦心していて ちっとも進まない

SDG’sそのものだと思いませんか?

なんか ワクワクするでしょ!

kurumiruku2009 at 07:43|PermalinkComments(0) 牧場の夢 | 社会と農業について

2021年09月13日

掴む人は・・・・・・

IMG_3623金木犀の香りが漂い 曼殊沙華が赤い蕾をもたげ始め

朝晩は寒い位の気温になり 秋の気配を濃厚に感じる

何時の時代も 人の喜怒哀楽とは関係なく 日は昇り沈み 季節は廻る 

当たり前だけどね。


悠久の流れに在って 人の生涯 

まして今年 この秋 この時は 刹那でしかないと 時々思います。

昨日に悔いはなかったか? 今日を如何に生きる? 時々に希望を持とうと思いながら。 

現実には 地を這うように生き のた打ち回るの人生で 

何を想い 感じ 或いは 感じないのか 人はそれぞれ生きている。


人は 運不運とよく言う けれど 運を掴む才能のある人は

決して自分を不運だと思わない人の事を言うのだと思う。

地を這い 血反吐を履きながら その事を肥やしにできる人が運を掴む

そう思います。そうありたいとも。


今秋は 農民が寄ると集まると 資材は上がり 売り物の値は上がらないと言います。

今年は 去年から続くコロナ過の影響が本格的に噴出し始め 

来年以降の見通しが立たない中 不安が世間を覆い尽くそうとしています。 

でも 口々に巡り合わせを呪いながら 皆が同じ事に何処か安堵もしている・・・・・・


此処を「 皆同じ 」と考えるか「 次 」を考えるかで

その後の展開は 間違いなく大きく変わる。 

時は公平に巡り しかも事態も公平に悪い。

攻めるか護るか それぞれの判断ではあるが 

次の展開を 地を這い のた打ち回り 不運と思わず考えたい。

kurumiruku2009 at 05:41|PermalinkComments(0) 社会と農業について | 牛乳の未来