2018年07月17日

農民也

画像 003放牧の最大のメリットは

農地面積によって『 飼える頭数に制限がある 』事と思っている。

今の日本の酪農界の常識は

『 飼える頭数は飼えるだけ 』から考えると

非常識な考えであり 向上心の無い やる気を疑われる農法でもある。


牛の頭数と投下労働時間は 手作業で在れば比例するが

省力機械化により 反比例させる事は出来る

けれど 機械化はお金が掛かる 

全収入中の 支出に占める割合で考えると

餌代は減らせない 手間で稼ぐ事が出来ないとなれば

薄い収入幅を 増頭で補う以外に無くなる。

『 飼えるだけ飼う 』と云う今の常識の裏には

止むにやまれぬ事情がある。 

同じ酪農家として 此れは不幸な事ではないかと ぼくは考える。


ならばいっそ 『 頭数の制限がある 』のだからこそ

農地を 牛一頭を 丁寧に扱い 

それぞれから 丁寧に利益を抽出する方が

外部要因による不安定さのから解放され

農地特性 地域特性を生かした経営に発展する工夫の甲斐が有り

農民らしい 喜びを見出す事が出来ると思っている。

勿論 程々の収入を伴って・・・・・・

程々の収入と云う処も 肝では在るのだけれど 

其れは又 回を変えて考えたいと思う。


此の考えを羨ましいと 先日友人のコメ農家に言われた。

放牧は 農地と牛の密接な関係から生まれる 収益システムとも言え

その事が 農民に 在る意味欲望への歯止めをかける結果になる。

労力的にも 家族経営で出来る範囲に収める事が容易でもあり

過剰な投資や 無制限の規模拡大に陥らず 

過剰労働にもなり難い特性が有る。

自然に程々の処に落ち着く農法。


他の多くの農業は 農地が増えれば増える程 生産コストが落ちる

勢い 農地は増え それに見合った大型機械を導入し

また農地が増える。

営農意欲のある若手に農地が集約され始めている。

条件の良い農地も集まり始めている。

何処かで歯止めを掛けないとならないと危機を感じながらも

地域を護る為には 受けざるを負えない。

意欲と能力のある農民が少な過ぎるという 

哀しくも厳しい現実がちらつく・・・・・・


規模拡大を続け 法人化 従業員を雇用し

地域の担い手となり 経営者として 農業ビジネスの世界を切り拓く

恐らく国は そう云う農業者を探して居る。

居るだろうし そう云うやり方もあると思う。

けれど 羨ましいと言った彼は なんかしっくり来ていないのだろうし

その気持ちが 解る気がするのだ。


そのやり方は 経営者が農民である必要が無い

現場の人間は 労働者だし 

其れも機械化やIOT化でシステマチックに運営されるだろう。

現場の工夫 農民の悦びはそこには無い気がする。

農業が好きだ 地域を護りたい 純粋なこの気持ちを大切にしながら

放牧の様に 程々の処に落ち着ける方法は無いのだろうか。

地域の期待も在る 彼の気持ちも大切 


日本全国できっと起こっているこの状況に

今の処解決策は無い。

『 ただの農民で居たい 』其れを望む事は出来なのだろうか・・・・・・




kurumiruku2009 at 06:37|PermalinkComments(0) 社会と農業について | 牛と生きるということ

2018年07月13日

愚直

CIMG0556全国の豪雨被害に遭われた地域に お見舞い申し上げます。

多くの人命を呑み込んだ山津波の陰に

きっと多くの家畜達も居たのだろうと思います。

人の魂と共に 牛達の冥福も祈ります。

そして 再興出来る事を 心よりお祈りします。


日本は 小さな国なのに 北は亜寒帯から南は亜熱帯

降雨が多く 背骨の様な山脈から海までは短距離で 平地は少ない

この2行だけ読んでも この国には 多様な気候・地域が存在する事が解る。


そう云った 地理的背景により 日本の農業は

県、あるいは町村単位 もしかしたらもっと小さな地域・集落ごとに

同じ作物 家畜であっても 一括りで語る事は出来ないと思うのだ

其処が工業とは違う 面白さと 難しさを孕み 

複雑さが増すわけだけれど・・・・・・


酪農は戦後 政治的背景による食文化の変化も在って 急激に普及

只、新しい産業の上 大きな投資が必要な事も在り 

生産者の不慣れによる家畜の事故や 初期投資を緩和する為 

国が補助や保険制度を 手厚くした経緯がある。


けれど戦後70年を経て 

未だその保護や補助の系譜が引き継がれており

本来 地域ごと 農家ごとに 年月を掛け 繰り返し考え続け 

独自の持続性の有る農法への移行への

創意工夫を 阻害してしまっているとぼくは感じる。


国として 減り続ける農家数に危機感もあり 

補助や保護をする姿勢は解らなくもない 

しかし その為に他産業経営者に比べ 経営への緊張感 

自ら問題解決して行く行動力 強い意志が 

育っていない現実も ありはしないだろうか


補助・保護頼り あるいはそれを上手に利用する技術に長けた牧場が

結果 短期的な収益を伸ばし 其れを範とする農場が出始めて居る事に

産業としての酪農の 地力低下と将来への危機感を覚える。


戦後70年を経て

そろそろ 産業として独り立ちしなければならない時期に

我々は 来ては居ないだろうか?

購入飼料の高騰への対策が 規模拡大しかない様な

セイフティーネットの無いやり方に 

国が補助を出す。補助が有るから 工夫も考えも無く拡大する。

其処に出口戦略も 持続可能性も 

用意はされていない事に 経営者ならば気付くべきだ。


『 今儲かるのならそれでいい 』 

そう云う考えは商業・工業ならばあるかも知れない。

けれど我々の仕事は どんなに時代が変わっても 

未来に引き継ぐ使命と責任がある。 


食料には代替え品は無く 

作物の収穫には1年以上必要で 

優良農地は数世代を経て造られる。

未来にそれが テクノロジーで解消されるのかも知れないとして

しかし今 現実としてその事実は存在する。

遠い未来の話で お茶を濁している場合では無い。


だから今出来る事 持続させる 維持する 其れを愚直に繰り返す

『 今儲からなくても 未来の為に 』 

農業とはそう云う産業なのだ。

農民も国も 改めて

其処に回帰する時期に来ては居ないだろうか・・・・・・




kurumiruku2009 at 07:06|PermalinkComments(2) 社会と農業について | 牛乳の未来

2018年07月07日

誰が・・・

写真 - コピー『 誰が中国を養うのか?』レスター・R・ブラウン著 

1995年 ダイヤモンド社 を読み

輸入穀物穀物依存の脆弱性を知り 

2005年に放牧に転換した。 

穀物飼料を減らし、乳量を減らすぼくを見て 

周りは 狂ったと思ったろうし 直ぐに倒産すると思ったと思う。

放牧を実践したり研究したりしている人以外は・・・・・・


2008年に北米政府のバイオエタノール政策によって

シカゴ穀物市場は最高値を更新 食糧危機と云う現実を目の当たりにし

一瞬 ほんの一瞬 輸入飼料依存の脆弱性が問題として取り上げられたものの

喉元過ぎれば熱さ忘れ 

足りない乳量を補う為に 依存を加速し続けて居る。  


バイオエタノール政策は 「誰が・・・」の本命の

中国をはじめとする新興国の経済発展に伴う 

穀物需要の増大が背景では無く

アメリカ政府の気まぐれに過ぎない

本命の予測は 2030年であり今もカウントダウンは続いている。

23年前の予測だけに 多少の情勢変化は在るだろうが 

食糧への需要は 確実に増え続けて居て

今後もずっと変わらない


出版時の1995年から見れば 

2030年は 35年先の遠い未来の話で在った筈だが

2018年の今 12年先のすぐ其処に在る問題として

そこに横たわっている。しかもその傾向は 明らかに出始めている。

23年の間何も備えず 危機から目をそむけ続けていた報いは

『 誰が 』受ける事になるのだろうか・・・・・・

そもそも その備えは 『 誰が 』 するべきなのだろう・・・・・・


残された時間はそう長くは無い。




kurumiruku2009 at 06:42|PermalinkComments(2) 社会と農業について | 牛乳の未来