2017年07月22日

IMG_0918毎年ながら 夏は牛にとって厳しい季節

この時期のお産は乳量も伸びず 命の危機すらあるので

出来れば避けたいのだけれど

なかなか思うようにコントロール出来て居ないのが現実。

毎年1~2頭この時期になってしまう。

此処での季節繁殖への道は 未だ半ば

けど、クリアーすべき課題がまだ在る事は 楽しくもある。


春先から初夏まで イタリアンライグラス、シロクローバーが主だった放牧地は

夏の草に切り替わって センチピードやバヒア等の放牧専用種の他

キシュウスズメノヒエ イヌビエ チカラシバ コウライシバ などに覆われる

柔らかいイタリアンに比べ 夏の草は繊維質が多い為 消化が悪く固い   

春と同じ飼い方では どうしても放牧地での採食量が落ちてしまう。

そこで 牛舎で与える草飼料を半減させ 放牧地での採食量を維持

そうする事で放牧地をきちんと維持しながら 生産コストも落とす。

人が関わり コントロールする事で 季節の移り変わりを味方に付け 

放牧地を維持し 牛の健康を護り 人も糧を得る事が出来ている。


放牧と云う技術は 他の農業に比べ 環境に左右される部分が多く 

環境任せで 時間が掛かり 見掛けの収益率が低く見える

しかし 辛抱強く取り組み 上手に季節や環境を取り込み

環境や草や牛や人が 一体となった時 

他の農法 農業に無い強さを発揮する


放牧と云う技術は真に自然に抗わず 環境と渾然一体で在ってこその技術

そう考えると 

既に農業ですらなく 空気の様な 

ソヨソヨとふく 柔らかい風の様な そんな技術な気がするのだ 。 
















kurumiruku2009 at 06:45|PermalinkComments(0)放牧よもやま話 | 牛と生きるということ

2017年07月20日

成長

2010-7-29羽田空港 038雨がほとんど降らないまま

梅雨が逝って 夏が始まってしまった


地形的に雷雨が中々やって来ないこの地域は

此れからの雨の降り方で 天国と地獄を往ったり来たりする。

晴れが続けば干ばつ 放牧地での草収量がびっくりする位減るが

程好く降った場合は 驚くほど収量が増える

其れによって 牛舎内で与えるサイレージの量が変わる コストが変わる

放牧地での採食量が多ければ 消化が早く高たんぱくな生草の影響で

乳量が増えたり 暑熱への対策にもなり 収入が増え 事故率も減る


ただ 放牧を始めて10年を経て 

放牧地の様子も変わってきている。

地表を覆う草の密度は 

2年前に放牧地に転換した畑と比較すると全く違う事に驚く

10年を経た畑たちは 土が殆ど見えない。

2年目の畑は草丈は在るが地面が見える


また 数年前に導入した

センチピードグラスとバヒアグラスの占有率も上がっており

干ばつへのリスクが下がり 干ばつ後のリカバーも早まったと感じている。


その地域の気象条件や土質に合わせて

数年あるいは数十年掛けて 放牧地が育つ

リスクに対して 対処しようと草達は頑張り 牛の採食と気象により選抜が進む

そこで生きられる草が残り 

草を育むために土も育ち

其れを食べる事で牛も育つ

人はそれを手助けし 適正規模を維持するだけで良く

年を追うごとに 土壌は改良され 草の生育は良くなり 蓄養力が上がり

最終的には どんな気象条件でも揺るがない草地が出来上がるのだろう


酪農と云う産業にとって 進歩や成長が必要だとは良く言われる

それは一体どう云う事なのだろうかと いつも考える


最新の牛舎を建て 最新の機械を導入し 数億の借り入れをしながら

30%以上の更新率で牛を買い導入し続け

牛の頭数を毎年増やし 出荷乳量が毎年増える事なのだろうか


其れとも

草が選抜され強くなり 土が強く育ち 

牛も長命連産する事で数世代を経て選抜され

その地域に特化した形で強くなり続け 

毎年 僅かながらだけれど 確実に成長し続ける事なのだろうか


注:このブログは 

次の生産方法に悩む若者に向け 判断材料を提供するつもりで書いて居ます。

大規模経営とそのメリットも理解しているつもりですし

其れを批判する意思も在りません。


kurumiruku2009 at 06:53|PermalinkComments(0)放牧よもやま話 | 牛と生きるということ

2017年07月18日

IMG_1444週末 旧友の依頼で講演をして来た。


農ドリプレゼンをした後 其れに至る過程と背景を話し

その後 今 思う事などを話させてもらい 

持ち時間を何とか埋めてきた感じ


農ドリプレゼンを使わない予定だったのだけれど

今の自分の軸になっている想いを 

短時間かつ的確に表現することは 至難の業と痛感した次第。

講演日の2日前にそれまでの資料を捨てた為

講演の出来としてはお粗末だったものの

言いたい事だけは どうやら伝わった様で先ずは安心


その講演会の資料作りに手間取っていた他にも

幾つか ややこしい問題が起こり 気持ち的にも沈みがちだったのだけれど

仕方が無いと思う以外に方法は無さそうだし 

少なくとも僕の落ち度は無いと思う事にして 

放っておくことに決めて 気は楽になったけど 

小さな棘は刺さったままの感じ。


資料作りの中 そして最近思う事 そしてややこしい問題に

共通なのは 継続させることの 重要さと その難しさ

農業も 土地を護る事も 地域を護る事も

『 継続 』 在っての事だけれど 

『 経済 』と云う指標だけで考えると

其れがとても難しくなる。

農業や農地 それにまつわる文化や風習はとても大切

けれど 現実には それを護る為の工夫や努力は農村任せ

多くの農村の衰弱は止まらづ 加速している

教育も社会も 効率の良さと収益性の高さばかりを追求させ 

農業や文化は非効率と 直接言わないまでも 黙殺している感じ


経済で農業や農村を護ろうとして

幾らお金をつぎ込んでも根本的な解決には成らない気がする

経済や貨幣以外の 例えば教育のうちでも篤の様なものの 復権無くしては

この状態の打開は難しい気がするのは悲観し過ぎだろうか。


ただ、日本の人口がこのまま縮小し続け

経済大国の看板を下げた時 

それが 終わりの始まりの そのまた始まりなのかもしれない

そんな妄想をしてしまうのだ。  






kurumiruku2009 at 15:18|PermalinkComments(0)社会と農業について | 牧場よもやま話