2017年03月21日

恐怖

IMG_0566牧場の仕事は 全てが繋がっている

昨日の仕事は今日に 

今日の仕事は明日に

去年の仕事は今年に 

3年前の仕事は今日に 全て繋がって居て 

一つとして取りこぼしが在っては成らない

此の連続性を面白いと取るか 難しくキツイと取るか

酪農に関わらづ 農業と云う仕事の時間軸の長さは 

当世に中々合わない

合わないが 必要で 且つ 代替えが効き難く 誠に厄介である。


去年作った ある圃場の草を食わし始めたら

分娩前後の牛がバタバタと病気になった こんな経験は初めて

昨日までに4頭が倒れ 内2頭が死んだ


思い当たる事が確かにある 

昨年春の追肥の量を間違え 草の品質の問題を放置していた

ラボに分析に出すべきだったし 全ての草の分析値を知るべきだった


自分で造った草は厄介だ クレームを付ける訳にも行かない

草は草としてそこに存在して居て 見た目にはそう悪くない 生産コストは同じ

牛達は喜んで食べ 寧ろ乳量は出ていた。

今迄 多少の問題は在っても こう云った急激な悪循環に入った事は無かった

そう云う驕りも在ったと思う。

26年やっっていても初めての事は在るモノだと驚くと共に

1つのつまずきが 連鎖的に被害が拡大する

牧場が転覆するかもしれない そう云う恐怖に駆られた


一人の人間が長期間 あらゆるリスクを避け続けられる確率は

そう高い訳は無い。一定確率でリスクを引き受けながら

安定の確率を なるべく高位置で維持する

今日の仕事は 1年後 3年後 5年後の奇数年に帰って来るように思う。


死なせずに済んだはずの牛達を 2頭も死なせ

今年の淘汰予定頭数は既に使い果たした。

今年はもう牛を減らせない 此処をどう乗り切るかがカギになる。


ただ、牛の頭数が減った事によって

1頭当たりの草地面積が増えた この事がどう作用するのか

牛を減らす恐怖に負けて出来なかった事が 出来る

酪農と云う仕事は 多様であるし柔軟だとつくづく思う 楽観的過ぎるか?


kurumiruku2009 at 06:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)牛と生きるということ | 放牧よもやま話

2017年03月13日

本・主流

IMG_1424柏木哲夫さんと云う 

ターミナルケア―の専門医の話をラジオで聞いた。

ターミナルケア―はいわゆる終末医療のこと

沢山の著書もある様で 是非読んでみなければ。

印象的だった言葉を 忘備録的に書く。


医療には 本流と主流 が有ると仰る。

ぼくは 改めて辞書を引いてみる

本流と主流の違いは殆ど無い 殆ど同じ意味だ


主流は 主(しゅ)な流れであり 病気を治す 悪い部位を摘出したり治療する医療
 
ぼくの解釈は 先端医療や延命療法もこの中に入るかと思う

本流は 本(もと)の流れ 患者から痛みや苦痛から解放する医療と仰る。

原始的で根源的と云う意味だろうとぼくは受けた。

現代では 緩和医療やホスピス


そして、現場はえてして 本流を忘れ 主流だけになりがちだとも

治療しながら 痛みや苦痛から解放する その両方が

そして患者に寄り添う姿勢が必要だと仰る。


我々動物と暮らす農民は 生業として命を預かり 糧を得ている

だが最近 主流ばかりに偏り過ぎてはいないだろうか?

それで良しと云う空気が満ち満ちてはいないだろうか?

我々も苦しいのだ 努力はしているのだ 

従業員の為 家族の為 頑張っている

本流を気にしては居られない 寧ろそれは負けの思考だ

そんな雰囲気は無いだろうか?


本流を 太く 強く持てるか 持ち続けられるか

主流の務め 本流の務め を自分の良識の中で如何に両立させるか 

自戒を込めて 忘備録

 


kurumiruku2009 at 06:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)牛と生きるということ | 社会と農業について

2017年03月06日

CIMG0494癸隠械気亘萋休みなく 

餌を食い 乳を出し 糞をする

発情を見せ 精を受け 子を宿し 産む


何時もと変わらない牧場で 

ある朝 癸隠械気病気になっても 死んでも 

牧場は 何も変わらづ 

餌をやり 乳を搾り 糞をさらい 発情を見つけ 種付けをして 仔を取る


牧場と癸隠械気寮源爐蓮,泙襪粘悗錣蠅無いかのように

牧場は乳を生み出し 社会に供給し続ける


癸隠械気蓮)匸譴砲箸辰堂燭覆里世蹐Α

社会にとって癸隠械気浪燭覆里世蹐Α


沢山の中の135 収益に駒に過ぎない  

必要ならば代わりを 買って来れば良い


今 色々な事情で

生乳需要を満たせなくなりつつある酪農界に求められているのは

少しでも多く生乳を社会に供給する事

収支が合うのなら 乳成分がクリアーして居るなら 

今の乳価なら 仔牛価格なら 今の為替と穀物相場ならば

今より少しでも乳量を増やし 今より少し餌のコストを落とせば

平均産次数と云う 『 命 』 の数字を1.5産まで落としても儲けは出る


でもそうなのか?

我々の仕事は 牛と云う 『 命 』 を見守る仕事では無かったか?

癸隠械機.魯覆箸いμ樵阿竜蹐死んだ理由は 

今日より明日 去年より今年 数字を追い 拡大し続けなければならないと焦る

人の思い込みと 根拠の無い不安 

そして、其れを煽る社会や企業の犠牲では無いのか?


行き過ぎた 規模拡大や効率化と云う美名の下

牛と云う酪農界全体の共通資源を 浪費 消耗 する一部の動きは

酪農界にとって非常に危機的な結末を産む危険性が有る

癸隠械気任鰐気 ハナと云う名前の 

『 命 』を見守る産業に 少し戻る必要がありはしないか

解決策は 初任牛の輸入では無いし

其れに補助金を付ける事でもない。

一人一人、それぞれの牧場が

少し牛に慈しみを取り戻す事でしか解決しないと思うのだ。 




kurumiruku2009 at 06:19|PermalinkComments(8)TrackBack(0)牛と生きるということ | 社会と農業について