2017年09月17日

農民で無ければ

IMG_0830ぼくの甲斐は 故郷(ふるさと)を守る事

そしてそれを 次代に繋ぐ事

その為にどうしても 

新しい潮流を創り 仲間を集わなければならない。

そう思っています


先日参加した研修会場に集まった

多くの仲間の話を聞く中で 薄々気付いて居たけれど

確信するに至る事が在りました。


米農家なら普通に30ha、どうかすると100ha

ぼくの様な 放牧酪農なら40頭牛が居れば 40haもの土地が必要になります。

その面積は、集落1つあるいは2つ以上の農地を

1人ないし数人で耕作する事を意味します。

と云う事は 農業人口は効率化すればするほど減り続け

農村を維持すると云う事は 農民を増やす事では無く

何が何でも故郷を守ると決めた農民に 

速やかに農地を集約する事 住民が農村の未来を託す決断をする事

もう 其れ以外には無いのだなと。


以前から 農民は農業に集中するべきで

加工の様な部門は 技術の在る人間を地域に招き入れ

新しい産業を興し 分業するべきだと考えて居ました。

その人達と共に 農村を農村らしく維持する事が必要且つ 最も合理的で

其れによって外部に流出し続ける 農村の金の流れを 地域で循環させる 

あるいは外部の金を集め農村を維持する以外に無いと云う考えに

確信も持てました。


何が何でも故郷を守ると決めた農民は 

農民として優秀で在ると同時に 地域のマネジメントをする事が

今後必ず必要になる。


その地域が 或はその県が もしかしたら世界が 農業と云う産業が

今後どうなって行くのかと云う 100年単位の想定を立て

それに沿った 行動をし続けるのが地域マネジメントであり

現状に対する対処法だけでは あらゆる事が もはやどうにもならない

そんな閉塞感に満ち満ちている現代に

在るべき未来を設定し 其れに向って行動し 

力や信念や地道な積み重ねを 続けられるのは 政治では無く

農民だから 農民でなければと 思うに至ったのでした。


kurumiruku2009 at 06:58|PermalinkComments(2)社会と農業について | 牧場の夢

2017年09月13日

深く冷静に

IMG_1440酪農と云う仕事には

” 何か ”の甲斐が無くてはならないと書いた。

仕事の対価としての 金銭

それに相反し 一般労働者で言う処の 権利を放棄するに見合う程の 甲斐

その両方が無ければ 現代社会で酪農は存在し得ないとも


近年 永く日本人が大切にして来た 美徳や篤が失われつつある

一生懸命 額に汗して働く事が尊ばれず
 
休みの無い事が 忌み嫌われる社会情勢の中

我々には 低乳価のまま 牛を飼い続け 乳を搾り続け 

清く美しく 甲斐を追い求め 変わらないで居て欲しいと言う・・・・・・


ぼく自身 甲斐が必要と言いながら 今の時代を生き無ければ為らない

この仕事を 次代に繋げなければならない 

その事に 矛盾を感じ 葛藤する


そして その状況を 打開する方法として

多くの農民が 機械化や大規模化し 工場化して行き

其れに踏み切らない 踏み切れない多くの農民が廃業して行く

綺麗事では生きられず 金銭に重きを置かざる負えない 

此れが現実なのだ・・・・・・


こうなってしまった 理由の一つは明らかに

酪農を取り巻くシステムが 綻び始めている事にある

けれど 其れを理由に

我々がバラバラになって 内部で崩壊する事が 今一番危険であり

其れを煽理崩壊させることで

肥える人々が居ると言う事を 自覚しなければならない。

困った事に 煽る圧力を利用して 

システムを維持する事だけが目的化している人もまた多く居て

その事も 内部分裂の引き金になっているのだが・・・・・・

簡素かつ 農民相互を思いやれる 新しいシステムや組織が 

今急激に必要とされていると感じる。


そう云った組織の過渡期の中 

ぼく等自身がどう生き どう行動するかもまた

最前線の実践家として問われている事を自覚しなければならない


この仕事をする理由 その根源を深く そして冷静に考え続ける事 

今 我々小さな牧場にとって それが一番重要な気がする。


kurumiruku2009 at 07:17|PermalinkComments(0)牛乳の未来 | 社会と農業について

2017年09月07日

奇跡

IMG_0665酪農と云う仕事は

時間当たりの収益率で決して有利では無い

寧ろ不利な仕事だと言う事を紹介した。

牛乳は出来るだけ安く安定して供給されるべき食料だ

とも書いた。

その狭間で 酪農家が減り続け

若者が将来を掛けて就く仕事として選ばれなくなって来ている。とも書いた。

               ******

週休2日で無ければ 労働時間が8時間でなければ 社会保障が無ければ

福利厚生が充実して居なければ ならない上に それなりの収入が欲しい

そう云う牧場でならば 仕事がしたい 

そう云う要望に応えようと 或は そう云う経営をしたいと考えると 

牧場はやがて『 工場 』になならざる負えなくなる。

その流れは止められない。他産業との労働者の取り合えば 

条件競争になるのは当たり前だと思う

その競争や 一般的と言われる条件を追い求めるの時

人は何を感じるのだろうか 増々燃えるのだろうか 其れとも虚無なのだろうか


条件競争に加わらないのならば 自分と家族で営む以外には無い

けれど 暮らしに(人により相当幅が有る)困らないだけの収入は必要だし

普通の労働者の様な権利を あえて放棄するに値する” 何か ”が必要だろう

その” 何か ”が曖昧だと 恐らくは途中で脱落せざる負えなくなる

揺るぎ無い その人 その家族にとっての ” 何か ”甲斐が在る事は

其れだけで 既に幸せなのではないかとすら思う。


酪農と云う仕事が好き 牛や家畜が好き ” 何か ”の甲斐が在る

この条件が整い 経営を上手く回す事が出来る資質が有る人が

現代社会で家族経営の牧場を回す事が出来るのだとしたら

それは天文学的に低い確率なのでは無いのかな


今ですら 日本人口1億2677万人に対して酪農家戸数は16.400戸

7.729人に1戸しかない 

正に奇跡的


kurumiruku2009 at 21:46|PermalinkComments(2)牛乳の未来 | 社会と農業について