2016年06月27日

やさしさ

086ぼくの住む集落は 戦後の開拓地だ

初代の男性のルーツは 旧満州からの引揚者で

山形、長野の農家の次三男と云う人が多く

女性の多くは 男性の出身地の近くの村から来た人が多いようだ


この地方の近隣農村は 古くからの米の大産地であり 

利根川流域の水運により 昭和まで江戸(東京)との結びつきも強い

古くから豊かな地域 

日本中が貧しい時代ではあったものの

豊なコメ産地の只中での貧乏開拓者の生活は 

近隣が豊であった故に 鮮やかな貧乏であり

貧しさと云う語句に 初代、2代目達は 今でも異様に反応する    


開拓に入った年から 今年70年目に入る

「 何かお祝いは出来ないか 」と相談した2代目達からは

その必要はないと言われた。

高度成長期 貧しい生活を嫌った2代目と

沼から基礎を築いた 叩き上げの開拓者である初代達が衝突し

協同農場は解散した。その遺恨は未だ根強く残っている


過去の「 貧しさ 」が未だ尾を引いている

豊かさを求め入植し 貧しさを経て目指していた豊さに到達した筈だが

過去の貧しさの呪縛から 初代も2代目も放たれて居ない様に

3代目のぼくには見れるのだが 真相はもっと複雑なのかもしれない

絡み合った 兄弟のように関わってきた 30人の初代と2代目達の 

複雑に絡まった感情の糸を解す事はぼくに出来る筈も無い


数回に渡り 初代達と相談して出た答えは

何時もの普通の年寄りのお茶会に

ぼくの伯母を連れて来て 昔話がしたい それでいい 

大袈裟な事はしなくても良い しないでくれ と・・・・

4時間余りの尽きる事の無い昔話に同席した

ぼくは何かが出来たのだろうか? 此れで良かったのだろうか?

その最中もつい数日前まで ずっと考えて居た


何かをする 言葉に出す それだけでは無い何かが在る と感じた時  

初代達がとても優しく 大きく 暖かい事に改めて気づかされた

特別な事をしようとしたぼくは 

何もさせない事で 初代達に護ってもらったのかも知れない。そう感じている。

老人達は多くは語らない。

語らないが その皺が目が雄弁に語っていた気がする。

ありがたいことだと思う。



kurumiruku2009 at 06:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)牧場よもやま話 | 社会と農業について

2016年06月25日

大根二本

IMG_1360怒涛の 作業と用事が詰め込まれ過ぎの10日間終了まで

今日を入れて後2日 乗り切らなければならない。


17日に残りの2番草3haを全て刈り&テッタ―&レーキ

18日にベール&ラップ

19日は集落のお婆さん達と開拓70年のささやかなお祝い

20日機械の掃除をしながら 夜は検定

21日腰の違和感を感じ整体院に行った後 機械の整備と格納

22日は排水路周りの草刈りを50mほどした後 翌日の廃ポリ回収の準備

23日は廃ポリ回収所に 1年分の廃ラップフィルム持ち込みの後 BBQの御呼ばれ

24日は排水路周りの草刈り100メートルと尿汲み取り 全て終わったと思ったら

逆子の分娩 蚊に刺されまくりながら哺乳して帰宅

25日は共同作業の排水路の泥さらい 終わってから育成舎の掃除予定

26日は仲間とBBQで10日間のロードは完了予定
 

牧草の収穫は天気次第で急に始まるし 

終了後は直ぐに整備しないと機械が傷む

そのタイミングで お弔いの都合で押していた共同作業が入り込んだ為

水路の草刈りがギリギリになった事が忙しくした原因


ただ、裏を返すと借地が増え続け 

管理する排水路の総延長も比例して増えている

排水路掃除の共同作業が 未だ行われている事はせめてもの救いだけれど

牧草の収穫作業も 排水路の総延長も増え続ける事は 宿命とせざる負えない


世界を見れば 英国のEU離脱 急激な円高 株安 

世界からご近所問題まで あらゆる現実を受け止めつつ

其れでも此処で生き残らなければならない事 これも宿命


水路の草刈り中 近所の爺さんに呼止められて 大きな大根を2本貰った

どんなに忙しくても しんどくても

これがずっと続けば良いのと思わずには居られなかった。






kurumiruku2009 at 06:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)牧場よもやま話 | 牧場の四季

2016年06月20日

懸ける人 掛ける人

IMG_1367人には 命を懸けている人 と 命を掛けている人 が居る

言葉面は似ているが 人間像としてまるで違う


同じ人物であっても 

命を懸けているのか 掛かっているのかで

生き方として大きな違いを産む

しかし そう云った差を意識している人 あるいは持ち続けている人は 実に少ない

恐らく 無い人 持ち続けられない人 が大多数だろう


掛けている人は 

掛けるのを止める事が出来る人であり

懸けている人は 

懸ける事を止めることの出来ない 何らかの矜持を持っている人の事


ぼくは牧場に懸ける人(本気の人)しか寄せるつもりが無い

目標は 掛けるだけの人が 居辛い 居たたまれなくなる そんな牧場

懸ける人だけが集れば 最強のチームが出来るし

最高に尖がった牧場になる事を確信している。


不特定多数の人を寄せれば その空気は壊れる

だから 気軽に立ち寄れる牧場作りはしない

書いていて 偏屈だなと自分でも思う

けれど この位しないと 放牧牧場を関東で続けているという

先尖さが間違いなく無くなる
 

誤解されやすい経営と云う意味で 

あらゆる農業・農法の中でも

極め付けの脆刃の刃が放牧酪農なのだ。


あなたは懸ける人ですか? 掛ける人ですか? 







kurumiruku2009 at 06:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)社会と農業について | 牛乳の未来