2016年12月02日

未来

IMG_0782師走を迎えてしまった。

今年も 畑が終わらないままの師走だ

雨続きの先週は 腰痛治療の為に消費し

明日くらいから復帰しようかと思っている処。


放牧開始10年目の今年も11月初旬にシーズンを終え

今年のデータを基に一般社団法人 草地畜産種子協会による

『 放牧畜産実践牧場認証 』に申請して

先月認証され認証証が送られてきた。

多分 茨城酪農界では唯一

関東でも個人では数人目だと思う。

此れによって ぼくの牧場の生乳や牛の肉で 加工品を作った場合

協会認証の「放牧認証シール」を使えたり 

放牧乳製品や肉製品を名乗る事が出来る。

また、放牧農場として 

適正な牛の頭数と放牧地を有している事を 公に認証してくれるという

2つの意味を持つことになる。


放牧は低コストで 良質な生乳を社会に提供しながら

農地や農村を維持する事が出来

農地に対する 適正な頭数を守ることで

人は過度な労働 牛は過度な搾取から解放し

生きる事の意味 価値を根底から考えさせる

可能性の大きい農法であると この10年で実感している。


農場の 可能性と未来は 放牧によって既に開けた。

次のステージとして

その生産物である 生乳や肉を 

社会にどう提供するかを考え 悩み 

3年前に 世界農業ドリームプランプレゼン大会に出場。

「 生産者であるぼくは 何もしてはいけない。」と云う思いに至り

この考えに共感した 仲間を募り 

牧場内で加工をしてもらうというプランを発表して大賞を受賞。


ぼく等の考えに共感し感動してくれた人に 

特別な商品として理解して買ってもらう事で

集落に 仕事を創り 仲間を増やし 農村を豊かに美しく護り 祭りを開く

そして この地に 稼げる農業と云う既存の価値観では無く 

豊かで柔軟で強い農業を構築したいと考えて居る。


先月、いよいよ加工してくれる仲間が移住

加工場の建設に向かって動き出した。

来年中には加工場が完成し 試験操業が始まる目算が立ちつつある。


ようやくドリームプランが動き出した。





























kurumiruku2009 at 16:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)牧場の夢 | 牛乳の未来

2016年11月28日

緊張感

IMG_1391大方の予想を覆し 

トランプ氏が次期アメリカ大統領になる事がほぼ決まり

為替も株価も、日本国政府も大混乱をしている。


就任早々にTPPへの参加を見送ると宣言したトランプ発言は

事実上 TPPの”地均し”だった 農協改革や規制改革会議の方向性に

影響を与えるのか否か 興味を持って注視して居る。


ただ、TPPは無くなっても FTAが貿易交渉の中心になれば

アメリカから むしろ厳しい条件を突き付けられる事は必至で 

今まで以上に 政府の交渉力が問われる事になるだろう

と同時に 

手を伸ばして貰える品物は どんなものなのかを

考えて生産する想像力が 今まで以上に農民側に求められるかもしれない。

そしてそれは 酪農も例外では無くなるかもしれない。


今は 脂肪分 無脂乳固形分 蛋白質 体細胞 細菌数等

数値が満たされていれば 指定団体に必ず買ってもらえる。

他農産物と比較しても生産コストが膨大な酪農家が 

安心して生産できる仕組み メーカーと交渉力を持つ為の仕組みとして

指定団体制度は有効だとしても

今のままでは 国産である以外 

関税撤廃に近くなった場合 違いを出せない可能性はどうしても残る。

対 海外生産国に備えが出来るかどうかを 

我々生産者は会員として 団体に対して求めて行く必要がある。

と同時に農民側にも『 手を伸ばして貰える牛乳・乳製品とは何なのか 』を

ごまかさないで 真剣に考える必要がある。

もう 国産に甘えては居られない時代が

そこまで来ている緊張感を持たなければならないだろう。




kurumiruku2009 at 22:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)牛乳の未来 | 社会と農業について

2016年11月23日

芸術

IMG_0434もう亡くなりましたが 親父の古くからの牛飼い友人Yさんは

『 改良は芸術だ 』 と言っていました。


改良とは当然牛の品種改良の事です。

酪農家はかつて 自分好みの牛に 

血統や体系あるいは能力を吟味した雄牛を交配し

自慢の牛群を作る事が大きな目標でした。

牛を自分で改良すると言う事は一大事業であったし

生涯を賭すに値する仕事として その牧場の大きな評価基準でした。


限られた頭数の中から 此れは!と思う牛を探し出し

吟味した交配で出来た牛を2年育て 結果を見てまた交配を吟味する。

膨大な時間と 牛を健康に永く飼い続ける高い技術と 知識と忍耐

その結実である牛と牛群は ある時期までは 正に家宝だったのです。


牛が消耗品の様に浪費されるようになったのは 

規模拡大 生産量拡大 が言われ 牛舎がどんどん大きくなるて云った

30年位前からでしょうか 

乳価が下がり始め 牛肉輸入自由化が始まり

副収入源であった 牛の肉値も下がり

誰もが搾る事に夢中だった時代 

人々は競って 長く飼える牛よりも 稼げる牛

乳の出る牛と 出す技術に夢中になって居ました。

アメリカの飼料計算と 輸入粗飼料と 飼養方法が

成功の絶対三種の神器に祭り上げられていましたが

当のアメリカは 乳価こそ安いものの 

そもそも物価も安く 当たり前ですが餌も安く 

更には牛の価格も当時は10万円程 日本の4分の一以下である事実は

殆ど知られていなかったのは何故だったのでしょう?

何の疑いも無く アメリカのコピー農法で 米国産の餌と牛肉を買いまくり

日本の平均産次数は2.8産前後で推移するに至り

上がる気配は無く 牛の資源が枯渇しかかって居ます。


アメリカ いや寧ろ 経済界と日本政府に

良いようにやられ続け

結果 酪農界は国内需要を満たせるギリギリのレベルまで生産力が衰退 

乳価が上がり 肉価格も高騰を続けるというバブルがここ数年続いていますが

『 一時の春を謳歌しているに過ぎない 』 とぼくは考えて居ます。

完全に需要を満たせなくなった時 どうなるのか 

想像するのも恐ろしい事態が待っているような気がします。


牛群改良が芸術だったころの

牛も人も社会も 今より余程幸福だったあの頃の様に

戻れる農場は 戻る必要が有る気がしてならないのです。 




kurumiruku2009 at 23:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)牛と生きるということ | 牛乳の未来