2016年10月02日

許す

IMG_0434放牧地の草の伸びは既に落ちているのに

道端の草は物凄い勢いで伸びて居て うんざりする

牧場全体が草に埋もれそうだ。

セイタカアワダチソウの花も色付き始め

秋の草の勢いは 夏に負けるとも劣らない


ようやく雨が収まって 昨日から堆肥の運搬を開始

日誌を見ると 昨年よりずいぶん遅れて居て 焦りは隠せない

機械を故障させない様に 

淡々と出来る仕事を 出来る時にこなす以外に無い。


人と人が狭い処で長年関わって居れば

思いもしない事で 恨まれたり 妬まれたり やっかまれたり

人は一人では生きて行けないと解って居ながら

人とは厄介な生き物だとつくづく思う


全て回避する事は難しい 全ての誤解を解く事も

受けた念に対して出来る事は 

多分 許し しかない

「 許す 」と口に出さなくても 思う それだけでいい


田舎の付き合いは生涯に及ぶ

無視する事も 全てを受け留めてしまう事も出来ない

その事を 悲しむのでも 哀れむのでもなく   

許し そして 自分も救われる
 








 





kurumiruku2009 at 06:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)牧場よもやま話 | 社会と農業について

2016年09月26日

憐れ

IMG_0444

ようやく雨が一休みしてくれたものの

連日の雨で たっぷり水を含んで居る為

畑の作業は未だ中断中 

水が切れた頃 また降りはしないか 週間予報から目が離せない。


終戦後の農地解放によって 農民は 狭いながらも等しく地主になった。 

横一線の再出発と 人口増加・食料不足需要も在り 


農民は嬉々として 技術や収量を競い合ってきた。

しかし 時代は巡り 事情は逆転する 

人口減少・食糧飽和となり 

近年 農業の価値や農地の価値は急速に失われつつある。


多くの農民が農業を離れ 残った農民に農地が集約され始めている。

この事は 残念ながら仕方が無い事だろう。

農地が安くなり 集約出来れば 色々な方法で生産コストを圧縮もできる

その能力のある人間でなければ 農業経営者として生きてはいけない

残念ながら 誰でもが農民で居られる時代は 終焉を迎えつつある。


ただ

農業と云う仕事 土地と云う 資産に人生を掛けてきた世代に

この現実は厳し過ぎる

先代から引き継ぎ 一生懸命働いて 守り 育て

あるいは此処の様に 開拓し創り出した土地は

きっと 子供の様に 愛おしいに違いない

何時の間にやら 時代が変わり 経済構造が変わり 仕事の意味が変わリ

『 この子は 用無しだ 役立たずだ 』 と言われ始めたとして

『 その通り 』 と云う親が居るだろうか

例えそうであっても 自分の生涯を愛情を 否定する事に

何の疑問も無い人間は居ない筈だ。


今を生きて行くぼく等と 過去に生きる老人達とは 確かに違う

違うが 同じように 農業を愛し 土を愛した人間として 

老農夫達が憐れでならない


出来るだけ その気持ちに沿いながら土地を守ってあげたい

無理の無い範囲で 話を聞いてあげたい 

嬉しかった事 哀しかった事 聞いて記憶如預かりたい。そう思っている。


けれどそれは 見ようによっては 

土地欲しさに老人達に 媚びているとも見えるらしい

農業を 地域を 先人を 大切にする 大切に想う 

そう云う気持ちを持てなくなってしまった時代を 

哀しみ 哀れむべきなのだろうか

それとも

身に余る哀れを わざわざ拾おうとしている自分を

哀しみ 呆れるべきなのだろうか


此の混迷の時代 ぼく等は どう在るべきなのだろうか 

しばし天を仰ぐ
 

 



kurumiruku2009 at 16:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)社会と農業について | 牛と生きるということ

2016年09月24日

今を生きる

IMG_0872秋分の日を過ぎ 昼間の時間が ツツッと短くなる

雨が続く今年は 尚の事 陽が恋しい

一雨ごとに秋が深まる と言われるこの時期

晴れ間が戻った時は 初冬になって居やしないか

そんな恐怖すら感じる。


台風の通り道になる以外 気象的にはまぁまぁ 穏やかな此処も

農地としては厳しい 

海抜0メートル は水が豊か過ぎるが

河床砂で干拓開拓した土地は 水が抜けやすく 

湿害と干ばつが 表裏一体に存在する

砂土壌は 肥料分を蓄え難く 

水位の高さから 植物の多くは根を深く下ろせない。


緯度が暖地と寒地の境界にあり

いわゆる永年牧草と言われる 越夏出来る牧草が無いため

毎年 全ての農地に牧草の種を播くが

冬には 乾燥した北西風が強く為

きちんと耕起をして播種が遅れると 表土が飛ばされ 砂漠の様になる

その時は 風紋の出来た畑を 茫然と見て居るしかない


畑を深く耕起する 土創りの常識はここでは通じづ

畑を起さないで利用する 常識破りと

輸入乾牧草全盛の中

立ち上げ間もないコントラクターから 

地元産のロールサイレージを購入する非常識を重ね

ようやく収入が安定し始めた。


更に 牛乳を 今年より来年 来年より再来年 

毎年増やし続けなければ破綻する

それが常識の酪農界で 

牛の長命連産と 事故率の低下で経営を安定させ

2006年 徐々に上がり始めた穀物値上がりから逃れる為 

非常識にも放牧を開始 乳量を犠牲にしたが

結果 2008年の穀物高騰の回避と云う おまけ付きの 

常識破り3連単が大当たりして現在が在る


先人はコメを諦め 酪農を興し

ぼくは耕起を諦め 乳量を諦め 放牧を興した


今思えば あんな勝負師の様な経営は御免被りたいが

当時は必死だったし 勝負している気もしていなかったと思う

正しい事は正しいと確信が在ったし 

過去の常識は 何時までも常識とは限らない。


ぼく等は 未来の為に 

何時でも今を生きなければならないのだから









kurumiruku2009 at 13:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)放牧よもやま話 | 牛と生きるということ