昨日は実は嵐山町へも行ってました。アラシヤマではなく、ランザンと読みます。
稲荷塚古墳を見るためです。
胴張りのある石室の実物を、まだ見たことがなかったもので。
見事に丸いんですね〜! 天井に向かってドーム状になってるのも面白いです。
ムービーも撮って来てみましたが…石室の中は、もっと強力な照明がないと撮影はできませんね。あの懐中電灯は車の中に常備しているものなんですが、光が弱すぎです。ほとんど何も見えてない暗闇映像になってしまいました。
隣りが中学校なので、外で部活をやってる女子中学生の掛け声とか入っちゃってます。案内板の文字は薄くて読みにくい…私、読み上げたほうがよかったんでしょうか。
羨道は完全に失われていて、前室と玄室が残ります。
築造は7世紀後半ころとのこと。
玄門石・天井石・奥壁に大型の石が使われ、他の部分は平な割石を積み上げて作られています。
巨石のみ、小さな割石のみ、の石室よりも、お洒落な印象です。
この古墳を知ったのは物怪守屋さんのページを拝見してでした。
「大倭穴友会」内「傑穴拝見」、「原色日本石室図鑑 関東・甲信・東北地方」
私の下手な写真では満足できない方、是非アクセスください。広角レンズで撮られていて迫力あります。
レンズとか道具以前に、撮影者の腕がいいのですが!
▽入り口正面から。

▽奥壁。

▽玄室の壁。南側の玄門寄り。

▽玄室の壁。北側の奥壁寄り(下のほう)

▽玄室の壁。北側の奥壁寄り(上のほう)

▽天井。
この天井画像を撮るために、石室の真ん中で寝そべりました…早くから開口していたために、副葬品などは何も残っていなかったそうですが、同じ場所に被葬者も眠っていたと思うと不思議な気分です。

稲荷塚古墳を見るためです。
胴張りのある石室の実物を、まだ見たことがなかったもので。
見事に丸いんですね〜! 天井に向かってドーム状になってるのも面白いです。
ムービーも撮って来てみましたが…石室の中は、もっと強力な照明がないと撮影はできませんね。あの懐中電灯は車の中に常備しているものなんですが、光が弱すぎです。ほとんど何も見えてない暗闇映像になってしまいました。
隣りが中学校なので、外で部活をやってる女子中学生の掛け声とか入っちゃってます。案内板の文字は薄くて読みにくい…私、読み上げたほうがよかったんでしょうか。
羨道は完全に失われていて、前室と玄室が残ります。
築造は7世紀後半ころとのこと。
玄門石・天井石・奥壁に大型の石が使われ、他の部分は平な割石を積み上げて作られています。
巨石のみ、小さな割石のみ、の石室よりも、お洒落な印象です。
この古墳を知ったのは物怪守屋さんのページを拝見してでした。
「大倭穴友会」内「傑穴拝見」、「原色日本石室図鑑 関東・甲信・東北地方」
私の下手な写真では満足できない方、是非アクセスください。広角レンズで撮られていて迫力あります。
レンズとか道具以前に、撮影者の腕がいいのですが!
▽入り口正面から。

▽奥壁。

▽玄室の壁。南側の玄門寄り。

▽玄室の壁。北側の奥壁寄り(下のほう)

▽玄室の壁。北側の奥壁寄り(上のほう)

▽天井。
この天井画像を撮るために、石室の真ん中で寝そべりました…早くから開口していたために、副葬品などは何も残っていなかったそうですが、同じ場所に被葬者も眠っていたと思うと不思議な気分です。

▽玄室内から前室方向。民家のすぐ裏にあるのです。

▽前室の壁。

車は254号線を挟んだところにある、嵐山史跡の博物館の駐車場に停めて古墳を見てました。す、すみません;
この博物館、戦国時代の平城「菅谷館」の址に建っているんですね。
企画展示で「後北条氏の城」というのが開催中でした。小田原城や八王子城のほか、地元埼玉の城所縁の出土品・伝世品を見ることができました。
が、この博物館、かなり小さいんです。常設展示を全部片づけて、企画展示を開いているという…
いつもなら、畠山重忠ロボットとかいう怪しげなものが置いてあるらしいです。会えなくて残念。
普段、中世の城郭には興味ないのですが、たまに見ると面白いです。
土塁と堀がしっかり残っていたり…

畠山重忠の像もありました!
吾妻鏡にある、「小衾(男衾)郡菅谷館」も、ここにあったと考えられています。
元久二年六月十九日、鎌倉に異変あり、との急報に接した重忠は、百三十四騎の配下を率いて菅谷館を後にし、
そして二度と戻ることはありませんでした。
同月二十二日、二俣川で北条氏に討たれたからです。

▽前室の壁。

車は254号線を挟んだところにある、嵐山史跡の博物館の駐車場に停めて古墳を見てました。す、すみません;
この博物館、戦国時代の平城「菅谷館」の址に建っているんですね。
企画展示で「後北条氏の城」というのが開催中でした。小田原城や八王子城のほか、地元埼玉の城所縁の出土品・伝世品を見ることができました。
が、この博物館、かなり小さいんです。常設展示を全部片づけて、企画展示を開いているという…
いつもなら、畠山重忠ロボットとかいう怪しげなものが置いてあるらしいです。会えなくて残念。
普段、中世の城郭には興味ないのですが、たまに見ると面白いです。
土塁と堀がしっかり残っていたり…

畠山重忠の像もありました!
吾妻鏡にある、「小衾(男衾)郡菅谷館」も、ここにあったと考えられています。
元久二年六月十九日、鎌倉に異変あり、との急報に接した重忠は、百三十四騎の配下を率いて菅谷館を後にし、
そして二度と戻ることはありませんでした。
同月二十二日、二俣川で北条氏に討たれたからです。



