2007年02月21日

AI5

AI






仕事で長時間、車で移動する事が多いので
常に車にはDVDソフトを何本か積んであります。

で・・・久々なんですが、
スピルバーグ監督のAIを観ました。

2001年に公開された作品ですが、
今観ても、全然色あせていません。

公開当初から現在に至るまでもこの作品は、
あまり高い評価を得ていませんが、
私は素晴らしい作品だと思っています。

「大金かけて作って、話がピノキオかよ」と
罵られた、某オカマ映画評論家もいらっしゃいましたが、
企画段階からキューブリックが出したアイデアですから
そりゃ〜〜アタリマエの事であって、
仮にも映画評論家などと肩書き付けるならば、
「観る前に勉強しろよ」と言いたい。

この作品ですが、観る人によって意見が全然変わります。
私の考えから意見の分かれ目をおおざっぱに言うと、
主人公のディビットの目線で観れるか、観れないか・・・

この部分については子育ての経験があれば、
かなりの人が、その目線で観ると思いますし、
スピルバーグのような童心を持つ人も
その目線で観る事が出来るでしょう。

よく聞くハナシで主人公のディビットは
愛情を求めすぎ・・・怖いくらいで一方的と言われますが、
そりゃ〜〜子供なんだから、当然なんです。

親は子供が愛情を求める事によって、
自然に愛情をもらってます。
愛情がギブ&テイクでなければ成立しないならば、
こんな事しか書けません。

さて、この作品はスピルバークとキューブリックという
一見、正反対の体質の監督2人の共同作品ですが、
作品自体を観ると、完全にスピルバーグの物です。
ETなどに通じる部分もありますが、
作品自体は「未知との遭遇」に似ているテイストです。

不幸にして親に捨てられてしまったディビットは
再びママに会いたいが為に、ママが読み聞かせてくれた
ピノキオの物語の中に出てくる妖精を探す旅に出ます。

「自分がメカだから、ママは愛してくれないんだ。
 人間になれれば、ママはきっと僕を愛してくれる」

そう信じて旅をするディビットが出会う出来事を通して、
じゃあ人間って言うのは、なんなんだろう・・・と
観る者に問いかけます。

最後の15分間に関しては、特に必要が無いと言われますが、
あの15分が無いと、この問いかけについての答えを
作者自身が応えていない事になってしまって、
不完全なモノになってしまったでしょう。

「蘇らせる事が出来ても、たったの一日なんだよ」

いかにも大人が子供に諭す言葉にディビットは答えます。

「もし一日でも、それはヘリの中で過ごした
 永遠の一日と同じになるかもしれない」

蘇ったママと人生の中で一番幸せな一日を過ごして
たくさんの幸せを胸に抱いたまま二人はベッドに入り、
「愛しているわ」と言葉をかわしたママは永遠の眠りにつきます。
そしてディビットも思い出を胸に最初で最後の眠りにつくのです。

はっきり言って、何度観ても「こうなんだ」という
結論が出ないラストなのですが、
はっきりしているのは、ディビットにとって人間になるという事は
ママに愛されたいから・・・愛したいから・・・の為であって、
願いは叶ったんだって事です。


ディビットは人間になれたんでしょうか?


それはさほど重要な事ではなかったのかもしれません。





kussy0066funfly at 10:30│Comments(0)TrackBack(0)映画 

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