楠木新(くすのき あらた)
楠木新の自己紹介

*講演・セミナー・研修および取材などの
お問い合わせは、kusunoki224アットマークnifty.comまでお願いいたします。
※アットマークを@に代えてください

2006年11月

2006年11月30日

「国際色豊か」(∨無旅行)

北京国際空港の入管検査に行くと驚いた。
20列くらいあるレーンが満杯で係員が整理に当たっている。
しかも国際色が非常に豊かである。
東洋人だけでなく欧州やイスラム圏からの団体も見られる。
またビジネスマンらしき人が多いことも8年前とは全然
異なる。

空港から出ると、やはり独特のほこりっぽさは以前の通り
である。目の前には「one world one doream」の
大きな看板が見える。どうやら北京オリンピックの合言葉
らしい。後日の万里の長城でも同じものがみられた。

市内に入った車窓から見る景色も8年前とは一変していた。
昔ながらの家が取り壊されている横で、大きなビルの工事
が行われている光景にいくつも出くわした。

高層のマンションも結構立っている。
値段を聞いてみると
「100m2=15-20万円が基本で、100m2が2000万円弱」との
ことである。
ほとんどのマンションにベランダがないのはやはり
「ほこり」らしい。

日本にも留学していたというガイドさんは、バスの中で
「北京は毎年毎年変わっている」

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kusunoki224 at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)新観光 | キャリア

2006年11月29日

「北京は動いている」()無旅行)

8年ぶりに北京に行ってきた。
妻が一度万里の長城をみたいという勢いもあって
家族で出かけた。

一番驚いたのは、8年前の自転車が車に変わっていたことだ。
5車線くらいある北京の環状線の道路でもラッシュの時間は
凄かった。
しかも割り込みなどは当然で、その合間から自転車が飛び出し
てくることもある。日本の調子で運転することはとても無理だ。

交通事故のことをガイドさんに聞くと、やはり多いとのことで
あった。また日本で言う車検制度があって強制保険になって
いるそうだが現実には個別に交渉・示談して当事者で解決する
ことも少なくないそうだ。
これも考えるとレンタカーを借りて回るなんてことも無理だ。

また8年前は、一人旅だったので北京市内をかなり歩いたが
昔の土塀の家がかなりなくなっていて、高層の建物が非常に
増えている。景色がまるで一変している。
またあちこちで大きな建設の工事が行われている。
これもガイドさんによると、2年後のオリンピックの一定期間
前に工事を終えないといけない期限があるとのことで今が
ピークの時期らしい。

まさに日本の高度経済成長の時期の雰囲気がある。
                   (明日に続く)



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2006年11月28日

4)私の接待

(昨日から続く)
その総合商社の課長とは、ここで書けないような面白い
所にも一緒に出かけた。
その時二人で話したのは「サラリ−マンの世界はやはり
狭いかもしれない。きっと今の収入を守ろうと無意識に
外の世界に目を転じようとしなくなっている。」
などと話して大いに盛り上がったことがある。

これ位興味のベクトルが合うと相手の要望を必死になって
叶えようとするし、しょうもないことはできないという
プレッシャーも生じる。

その総合商社に本部長の役員を伴って訪問した時のことで
ある。その課長は、私の会社の本部長に「楠木さんには、
うちのオフィスに机を置いて仕事をしてもらったほうが
よいくらいやってもらっている」と述べてくれた。
その時に私は「流石だなぁ」と少し感動させてもらった。

やはり折角、就業時間後を使ってやる接待であれば、お互い
ワクワクすることを狙ってやるべきである。

また私は、一緒に昼食をとることでよく対応した。
お昼休みとその前後の時間を使うのなら、時間的負担は
少ないし値段も安くて、ぜひお勧めである。
夜の接待とは違って仕事の延長線にあるのでビジネスライク
にやり易いこともある。




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3)私の接待

(昨日から続く)
その結果、私の接待はゲリラ的な単独行動に移っていった。
例えば私の担当企業の課長がたまたま世界チャンピオンを
生んだボクシングジムの会長の娘婿だった。

その方のご好意で後楽園ホ−ルの入場券を頂けたので、
好きな人を募って一緒に行くとか、グル−プサウンズで当時
一世を風靡したワイルドワンズのライブハウスのチケットを
苦労して入手して行くとか、
当時流行っていた大阪のお笑いの「花王名人劇場」という
当時のテレビの収録番組を新宿に一緒に観にいって私が講釈
をたれるとかをやっていった。

お互い好きなことや興味をもって経験する始めてのことが多い
ので、やはり親しくなる度合いは大きい。

また電車のつり革を眺めていて「いくら東京が国際都市だと
いってもこれほど英語学校が流行るのはおかしい」との私の疑問
に応えて、総合商社の課長と一緒に調査することにした。

「イングリシュジャ−ナル」に広告を掲載している30校ほどに
私がハガキを全部出して、二人で土曜日に各学校を廻ったことが
ある。

面白かったのは、男性の私たちが行くと多くの学校は、髪の毛の
長い、海外留学の経験のある指の細い女性が説明をしてくれる
のだが、女性の訪問者が来ると、背の高い外国人講師が日本語で
学校説明するというのが、一般であることも興味を引かれた。
                      (明日に続く)


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2006年11月27日

2)私の接待

(昨日から続く)

始めの1年はじっとしていたが、2年目からは「相手の好きなこと
を探して一緒に楽しむ」ことを中心にやろうと決意した。

企業先に行っては
「趣味は?」
「好きなことは何ですか?」
「ボクはこういうことに興味を持っているのですが」
「面白い人がいるのです(いますか?)」ということを徹底した。

このような会話を続けていくと、相手のことが今までよりも
理解できたり、日常の会話や歩いているときにふいに
その人の話を思い出して、次の訪問時に会話が膨らんでいくこと
もあった。

その時に感じたのは、行動予測がつくようになった時にその人を
「わかった」という人が多いが、やはりその人の「物語」を知ら
ないと本当の理解はできないということだ。

そうしていると思いもよらぬような趣味をもっているサラリ−
マンにも出合う。
「私は物体を触らずに、そのモノを動かせます。」
なんていう上場企業の人事課長もいた(こわ〜。)
                     (明日に続く)

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2006年11月26日

1)私の接待

最近隣の同僚がゴルフ・つりにと、いわゆる接待に忙しい。

もう10年以上前の話になるが法人の営業を3年間経験した。
担当企業は、総合商社・リ−ス・住専・外国銀行などで
どちらかといえばお金の動きに関係する企業が中心だった。

経済全体がバブルの余韻があった時期で、いまから考える
と営業としては、非常に楽な時期でもあった。
企業との付き合い、接待も結構やっていた。

当時は、ゴルフ、会食が中心で担当者の私は、その諸準備で
動くことが多かった。
夜の会食では、相手の好みを聞き店の予約だけでなく、帰り
の手土産の準備、自宅の場所を事前に聞いてタクシ−の手配
などもやっていた。

これは勿論円滑に会合を進めるには当然のことであるが、
ある時気がついたことがある。
それは相手の企業の担当者だけでなく、その上司である部長
や課長も余り気が進まずに出席していることだった。

お酒や宴会が好きで楽しみにしている人もいたが、どちらか
といえば少数派だった。
担当者も忙しい時間をきりつめて準備をして会合に駆けつける。

また上司も「どっこいしょ」という感じで会食の席に来ていた。
そして大体ゴルフの話やお互いの会社、仕事の話が中心でもう
ひとつ盛り上がりに欠けることも多かった。

これは、「お互いの利益にはなっていないのではないか」
という感覚が私にはあった。

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2006年11月25日

2))「おばあちゃんの原宿」

(昨日から続く)
この光景を見ていて、マスコミ等が取り上げる老人問題などとは
違ったものがここにはあると感じた。

「21世紀の高齢化社会に向けて」等と考えると、何か新しい
社会をこれから築きあげなければならないような気になるが、
そんな難しいことを考えなくても、このおばあさんやおじいさん
から商店街の活性化のヒントをもらえば良いのではないか。

「バリアフリ−社会を」という議論も大事だが、歩いている
多くのおばあさん、おじいさんの後ろ姿を見つめることによって
具体的な対応が出てくるような気がする。

ゼミの最後にオブザ−バ−の意見として、以上のことを述べさせ
て貰った。
少しは、感じてもらえたような気がするがどうだっただろうか。

このことは、ややもすれば、総論で仕事をしがちなサラリ−マン
にとっても学ぶべきことは多いと思われる。
我々の仕事で言えば、最近の不況や業績不振等厳しい環境の原因
をいくら並べて見ても、組織や個人の成績が向上することはない。

また、頭の中で考えたことはいきおい悲観的な方向にいきがちで
ある。そのような抽象的な考えを断ち切って、日常の活動・生活に
重きをおくことにより周囲の景色が変わる経験をしたマネ-ジャ-
も多くいるだろう。

最後に、この商店街でもうひとつ気になったのは、おじいさんの
姿は少ないし、元気なのは圧倒的におばあさんでパワ−が違う。
私自身の老後のあり方、生き方に関してもここに学ぶことは多い。



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2006年11月24日

1)「おばあちゃんの原宿」

先日友人の大学教授のところに立ち寄った際に、誘われて
ゼミに参加させて貰った。
そのゼミは、マ−ケッティングを勉強しているのだが、当日
の題材は「高齢化社会の到来と商店街の活性化」という議論
だった。

実現性はともかくとして若者らしい積極的な意見がでて、
その討議を聞くだけでも何か若返るような気がした。
おおいに触発されたのであるが、少し気になったのは学生同志
の討議自体がどちらかと言えば抽象的議論が中心だったことだ。

前回東京に出かけた時に「おばあちゃんの原宿」と言われる
巣鴨の「とげ抜き地蔵」に行ってみた。
日曜日と縁日のある日が重なっていたのか、駅から地蔵へ
向かう道は年配の方で凄い人だった。

「とげ抜き地蔵」に至る商店街は多いに賑わっていたが、
その時のことを思い浮かべて見ると、歩道の両側にある店の
ほとんどは「食べるもの・着るもの・履物」など身の回りの
生活必需品が多かった。

またお客さんとの対面販売が圧倒的に多く、人が多い割には
ゆったりとしたリズムで買い物ができる感じだった。
またおばあさんが店の前で饅頭をほおばる姿もファ−スト
フ−ドの店先でハンバ−ガ−を食べている若者に比べて、
趣きがあり違和感なく感じられた。
        
「とげ抜き地蔵」では、お参りをするのに多くの人が列を
なして並んでいたが、苛立ちの雰囲気は全く無く、
むしろビジネス社会にはないある種の落ち着きが感じられた。

その中で私が興味深かったのは、とげ抜き地蔵の境内で、
お堂の階段に腰を掛けて笑顔でハ−モニカを吹いている
おじいさんだった。
演奏の横には、「無料出張演奏どこでも伺います。」との
張り紙をしていた。 
(明日に続く)


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2006年11月23日

4)「スペシャリストとプロフェショナル」」(56)一冊本を書こうよ!)

(昨日から続く)

今までは組織の中の専門性に対して、スペシャリストと
プロフェショナルが混同して使われてきた。
しかし、今回のSさんのお話を聞いているとプロフェショナル
は社外に向かって自立してお金を稼げるレベルの人材、
スペシャリストは社内の仕事の一分野を深掘りして全体の
運営に貢献する人材と区分すべきであると感じた。
当然どちらも必要であるが、プロフェショナルを厚く処遇する
時代が来ている。

・「外で昼ごはん一回食べてきたら、何かひとつネタを
  拾ってくる」
・「百個の異なる店のシュクリームを食べると何かが見えて
  きますよ」
・「各雑誌の性格によって書く内容を変えていく必要がある」
などは、まさにプロフェショナルの発言であろう。

またSさんは自分の経歴説明の中で
「編集長と編集者は全然異なる」と述懐された。
編集長としてご苦労もあったようだ。
それほど大きくない組織の出版社にも、編集長、編集者、
ライターとそれぞれの役割がある。

そういう意味では、プロフェショナルを論ずる前に
人それぞれの向き不向きを個人と会社の双方が見極める
ことが最も大事かもしれない。


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2006年11月22日

3)相手に転ぶ」(55)一冊本を書こうよ!)

(昨日から続く)

S女史のインタビユーはもう少し続く。
「各雑誌の性格によって書く内容を変えていく必要がある」
とも発言された。
やはりいつも考え続けて、読者が喜びそうなことのほうに
すぐに転ばないとダメなのだろう。
これは「私の三部作」なんていっていたらダメだろう。

「それは自分を安易に売ることにならないのですか?」
「物書き」志望の若い男性が質問すると
「自分が対応できるぎりぎりまで相手に合わせにいくのです
。それくらい各々の読者を掴まないともったいなくて。」

つねに相手の状況を読み、今の時点の最良の判断をする。
これはすごい大事なことだ。
自分ではこれは比較的できるほうだと思うがそれを文章など
の表現に落とし込むことができない。
相手のニーズを掴むこととそれを分かって書き上げることは
別物である。
その点プロの文章はさすがであると感じる。
モノを書き始めて、プロの作家のすごさを再認識した。

過去の判断やしがらみに流されないで、いつもリアルタイム
に顧客(読者)の動向というものを見る。
そしてそれを行動に移していく。
このような姿勢は組織の中で仕事をしている私たちが
意外に忘れているものである。


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2006年11月21日

2)「シュクリームは百個」(54)一冊本を書こうよ!)

(昨日から続く)
小さい頃からシュクリームが好きで好きでたまらないので
ぜひ雑誌で特集をやりたいというライターに対して彼女は
「シュクリームは百個くらい食べてきた?」と聞くらしい。

ライターはきょとんとするらしいが、
「自分がいくら好きでも読者にはなかなか伝わらない。
百個の異なる店のシュクリームを食べると何かが見えてきま
すよ」と話したといういう。

この発言を聞いて今年の「ワタミ」の株主説明会のビデオで
焼き鳥という新たな業態に進出する責任者が「美味しいと
いわれる焼き鳥屋を百店食べに回りました。」と言っていた
のを思い出した。

自分の見方を作るのに量自体も重要であることを強調している。
標準より上か下か、右か左か、など自然と分類ができて物差し
が生まれる。

これはすごく大事なことであると思っている。私のキャリア
チェンジのインタビューでもそうだった。興味はあったが
40名位までは何も分かっていなかったが、それを越えたあたり
から私の中で化学反応が起こって少し掴めたように感じた。

きっと「百個の異なる店のシュクリーム」を食べると、また
そこから店員のサービスや店の雰囲気などにも関心が広がる
だろう。

「『シュクリーム評論家』くらいにならないと他人に伝える
ことはできないのだろう。勿論素人の域は超えられない。
日頃のパワーポイントを利用した重要な会議で、そこまで
突っ込んでやっているビジネスマンはどれくらいいるだろうか。


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2006年11月20日

1)プロフェショナルにインタビュー(53)一冊本を書こうよ!)

今回インタビューにご協力いただいたSさんは、元「Lマガジン」
の編集長で、現在はフリーランスとして関西を中心に編集、
著述で活躍されている。

彼女はライター、編集者双方の立場を経験されているが、その両者
の違いについて、
「料理店で言えば、編集者が料理の盛り付けをする人とすれば、
ライターは、にんじん一筋というか、にんじんを素材にした料理は
すべて知っている人くらいの違いがある。」と言う

一般の企業社会ではこのような役割区分はそれほど明確ではない。
というよりも「にんじん一筋」さんは評価を受けることは少なかっ
た。過去の高度経済成長期のように全員が同じ方向を向いて頑張れ
ばうまいく時代では特にそうだった。
しかし最近のように個人の知恵や知識が生産手段になってきた時代
では、個人の専門性が強く求められる。「にんじん一筋」さんが
脚光を浴びる時代が来ている。

また、Sさんはフリーランスと会社勤めとの緊張感の違いの例と
して、
「外で昼ごはん一回食べてきたら、何かひとつネタを拾ってくる」
を挙げた。昼食時に課内の同じメンバーと仕事のことしか話さない
方には驚きかも知れない。
私のキャリアインタビューで「うまい昼飯が食いたい」と言って
転進したビジネスマンがいたのを思い出した。

会社で管理的な立場になると、自分からは何も出さなくても、
上層部から方針がきて、部下の作成した資料があって、営業の
担当者がいて、自分は指図をしているだけで仕事ができてしまう、
そういうルーティンにはまっていく方も多い。
ここでいうネタを探す姿勢とは対極にあるだろう。
                    (明日に続く)


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2006年11月19日

高村薫さんのキャリアチェンジ(52)「1冊本を書こうよ!」)

土曜日に大阪市立図書館で、作家の高村薫さんが
出席したシンポジュウムに行ってきた。
出席者は、新潮社の出版部長で高村氏の担当の
佐藤誠一郎氏、高村氏の本の装丁を担当している
多田和博氏の3人だった。

本ができるまでの経緯を実務面を含めての話で
私も恥ずかしながら1冊本を書いているので、
自分のことにも引き直しながら話を聞くことができた。
その時は(今もだが)本の作成について何も分かって
いなかったことがよく分かった。

3人の話は、軽いタッチで進んだが大変中身の濃いもの
だった。特に高村氏の話はやはり只者ではないという
雰囲気がびんびんで会場には心地よい緊張感が漂って
いた。

最後に質問の時間があった。高村氏が会社員から作家に
転進したとの話が出たので、手を上げて作家になられた
経緯をお聞きした。
高村氏は、その回答で
「・30代半ばで、何か転職を考えたり、このままでよい
  のだろうかと思ったこと
・時代がバブル期で文学や雑誌の新人賞がものすごく
増えていたので何とかなるかもしれない
 の2つの理由でパソコンを買ったのを期に飛び出した。
 会社を辞めて3-4年はとても不安もあり大いに悩んだ。
 作家でやっていくのを決めたのはデビュー作から3年後
 の『照柿』の時だった」

回答を聞きながら高村氏も「こころの定年」到達者であり
一定のポジションを取るのに3-4年かかっているのにも
共通性があると興味深いものだった。


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2006年11月18日

4)メンタルヘルスで最もデリケートな「会社復帰場面」

(昨日から続く)
また本人が長期間休んだ場合では管理者も変わっている
場合があるが、休む前の本人の状況を知っているものが
少なくとも1名いることがのぞましい。
元気な頃の状況と比較するのは大切な視点である。

これらの点がきっちりできておれば、後は個別課題として
対応できる。主治医と産業医の見解の違いも、復帰可否の
段階では正面から本人に説明すればよいと思う
(もちろん事前に主治医の見解を面談や電話で確認しておく
ことが好ましい)。

復帰の際のリハビリ出勤についても、ある程度の柔軟な対応
が可能であるならば制度として運営するかどうかは各社の
状況で決めればよい。
ただその前提として、復帰に関してどの程度の回復を求める
のか(9割なのか,6割なのか)という会社のスタンスの問題は残る。

あとは所属長(管理者)がどこまで本人とコミュニケーションを
取れるかがポイントである。
上記に述べたように本人は通常よりもデリケートな状況にある
ということを念頭に、復帰場所、当面の業務内容などについて
より丁寧なやりとりが求められる。ケースに応じては、
家族に会うことも有効策であると思われる。


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2006年11月17日

3)メンタルヘルスで最もデリケートな「会社復帰場面」

(昨日から続く)

*組織、管理者側が取り組むべき留意点
まず最も大切なことは、産業医と産業保健スタッフ、人事部
スタッフ、所属長(管理者)各々が対応の大まかな方向性を
統一し、時宜に応じて連携することである。

「復帰支援プログラム」も関係者が共通認識を持つために
作成するものだと理解しておくべきである。
上記の三者も組織における各々の役割や経験の相違、専門家と
非専門家の違いもあってコミュニケーションを充分にとることは
それほど容易ではない。

産業医と産業保健スタッフの間でも調整を要する場合がある。
復帰対象者は、異動などに関して必要以上にナーバスになっている
ことも多い。
私も今から考えるとニュアンスの違いに過ぎないようなことでも
かなりセンシティブであったことを思い出す。

このため組織としては対応上何か課題が生じたときには、その
情報が関係者に共有されるよう連携をとる必要がある。
具体的には、復帰可否の判断の際に関係者が一堂に顔を合わせる
ような機会も大切であろう。

またその判断がデリケートであれば、様子を見るために可否の
タイミングを延ばすという選択肢もある。
(明日に続く)

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2006年11月16日

2)メンタルヘルスで最もデリケートな「会社復帰場面」

(昨日から続く)

b.今後の職場や業務についての希望は率直に産業医、
  上司に伝えることが大切。
 
復帰については、元の職場に戻るかどうかが最初の問題になる。
これは再発予防とも絡み慎重な判断が必要である。

私の場合は、統括的な職務から降りて元の職場に戻ることが
イメ−ジができなかった。さらに役職を降りて平社員になる
のならもう一度振り出しに戻ってやりたい気持ちもあったので、
職場変更の意思表示を明確にした。

それでも実際には長期間休んでいる負い目もあって、本当
言わなくてはならないことも、わがままだと考えて心の中に
溜め込んでしまいがちな気分になっていた。

勿論、慣れた職場に復帰するほうがよい場合も多いと思われる。
その場合でも自分がなぜ不調になったのか、今後どのように
仕事に取組んでいくのかの自分なりのシナリオを持っていた
ほうが、復帰してからの会社生活は円滑になる。

c. 仕事は、ステップバイステップでゆっくりと
当然ながら、段階的に仕事・役割を増していくことが必要だ。
復帰当初、仕事の量が少なくて手持ちぶさたな時もあったが、
産業医に「いきなりトップギアでなくて、ゆっくりでいいですよ」
と言われてほっとした記憶がある。
はじめは能力的な部分が欠落していないか心配だったが、時間を
かけて健康になれば必ず戻るものである。
                      (明日に続く)



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2006年11月15日

1)メンタルヘルスで最もデリケートな「会社復帰場面」

最もデリケートな「会社復帰場面」

10月の末には、メンタル不全で休んだ場合の対応を中心に
述べたが、今回は休職後に会社復帰する場面での個人と
組織の関係について述べてみたい。

この段階に進んでくると、組織として対応すべきことが
具体的になり、メンタルヘルスにかかわる関係者の連携も
必要かつ重要になってくる。
この復帰のタイミングは、全体の回復プロセスの中でも
最もデリケートで重要なポイントである。
まず個人の側の留意すべき点から見ていこう。

a.自分でもよくなったと実感出きるまで、焦らずに休む
  ことが大切である。
 

 再発して、すぐまた休むということになれば、健康面でも
大きく自信を失うだろうし、会社にも迷惑をかける。また
ストレスのある仕事は与えられないと判断され、復帰へのま
なざしも以前より厳しくなる。

睡眠もある程度順調で集中力も出て「日常生活が問題なく
できる」というのが最低限必要であろう。
過去にやったことがある軽い運動等の爽快感で測るのも一つ
の手である。
また復帰の直前には、起床と就寝の時間を決めて生活のリズム
をつけることも大切である。

本人からすれば復帰が大丈夫かどうかは、概ねわかるものだ。
ただ冷静な判断ができるかどうかはまた別問題である。
私の場合も、役を免じられること等が気になって、無理しても
出勤した方がよいのではないかと思った時期もあった。

また、職場復帰の判定では、治療にあたった主治医の判断のみ
ならず、職場環境を把握している産業医の見解がポイントになる。
就業規則に盛り込んでいる会社も多いだろうが、本人が十分理解
していないこともありうる。
                    (明日に続く)
 


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2006年11月14日

2)ある社労士独立開業総合講座

「でも、最終回の合格者懇親会の時に『私、独立して開業する
ことに決めました。会社にも退職届を出しました。』
と聞いて本当に驚きました。」 
彼は「講義を受けているうちに、自然と独立志向が高まったの
でしょう。」と話していた。
 
私はその損保会社の部長さんの気持ちはよく分かる。初めは、
自分の勉強と興味で講座に参加したのだろう。
しかし、講師の話を聞いたり、受講生と付き合っているうちに、
何か此方の方に大事なものがあると感じたのではないだろうか。

また、自分の力で他人に貢献できることをもっと明確に感じた
かったのではないか。
もちろん独立する方が経済的には失うものは多いのだろうが。

私の頭には、数年前テレビで見た一人のサラリ−マンの姿が
浮かんだ。
会社に10数年勤めていた時に社内にリストラの話が出た。
異なる部署への配置転換の話が出たが、肌合いの合わない仕事
に疑問を感じ会社を退職して、忘年会や送別会の時によく披露
していて自分が心から好きだった「南京玉すだれ」のプロに
なろうと思い立った。

イベントホ−ルや公園など人が集まるところで、自分の前に
缶詰の缶を置いてそこに入るテラ銭で食べていくことにした姿
をルポしていた。
家族には反対されたらしいが、そのサラリ−マンのすがすが
しい笑顔が忘れられない。

画面ではサラーリマン出身の作家が、
「ぜひ頑張って欲しいですね」まったく同感だった。

数年前からこういうことに私はコミットしたかったのだろう

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2006年11月13日

1)ある社労士独立開業総合講座

ある日会合までに時間があったので、資格学校の新聞広告に
出ていた「社労士独立開業総合講座」の無料説明会に足を運んだ。

結構人が多く来ていて、今年社会保険労務士試験を合格した
人が大半だったとのことだった。

今回の講師の一人である若い社労士が「自分の一週間」という
題材で話していた。

話しぶりもはつらつとしていて、現在の中小企業の社長が人事で
悩む姿がリアルに感じられる大変面白いものだった。
バリバリのIT企業の経営者が講師のメ−ルでの回答を信じな
くて「FAXで送付してくれ」と言われて驚いた話なども織り
交ぜながら、2時間があっという間に終わった。

受講者の顔からは、普段の知識の授与だけの講義ではみられない
ような真剣さを感じた(「開業」講座である)。
その講師が、最後の部分で「試験勉強の知識だけでは独立して
もうまくいきませんよ。やっぱりお客さんの求めているものを
察して自分から打って出ないと誰も助けてくれません。

私も初めは社内のキャリアアップのために勉強を始めたが結局
独立しました。だって面白いですもん。
一緒にこの開業講座を受けていた損保会社の部長さんは、
年収が1500万円ですよ。1500万円。その部長は、第一ク−ルの
懇親会の時には
『私は、自動車事故に関する基本知識を得るために、この講座を
受けていて独立するつもりはありませんよ』といっていた。
                     (明日に続く)


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2006年11月12日

最近はすぐに眠る。

最近は修士論文をドンドン書かないといけない時期になっていて
忙しいといえば忙しい。
昨日の休日も久しぶりにネットカフェで考えを書いていった。

実は初めて5時間パックなるものを頼んだ。
書きたいこと整理したいことが一杯あってとにかくまとまった
時間が欲しいという状況だ。

でもやり終えた後は全然熟睡できる。
これは大切な指標だろうと思う。
価値観や動機が矛盾してなければ、いくらやっても疲れないし、
よく眠れる。

好きなことは、自分がどのように見られているかを超えてやって
いるからだろう。
キャリアチェンジのインタビューに協力いただいた方の多くが
「意味あることに一生懸命」であるのも同じだと思う。

そしてこれはきっとライフワークとも結びついている。
そこにはどうやら年収や肩書きは存在しないようだ。
「会社本位スタイル」の中での競争モードではなくて、
各自の「自分史」を時間軸で編む作業かもしれない。

とにかく熟睡はできる。
しかし朝遅くまでは眠ることはできない。
これは老化の兆しがよりはっきりしてきたせいに違いない。

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2006年11月11日

登録商標でコメントをいただきました。

先日書いた私の登録商標の件で、大学院の同級生でラジオ関西の
インタビューにもご協力いただいた木村勝男さんからこのブログ
にコメントをいただいた。

「昨日はありがとうございました。私も楠木さんに見習って
商標登録の申請を済ませました。
これからの1年間が楽しみです。
商標登録後のプランやアイデアも湧いてきます。
ヒントをいただき感謝しています。おおきに。」

木村さんは、現役の会社会長でありながら自ら経営研究会を主宰
されるとともに、中小企業の経営者向けの講演やセミナーでも
全国を飛び回って活躍されている。
また自己の体験に基づく著書も書かれている。

お年を感じさせないエネルギッシュな生き方は、いつも私の奥の
方にあるものを呼び起こさせてくれる方だ。

もう早速「商標登録の申請を済ませました」とのことである。
行動も早い。

前にも述べたが、会社の商標ではなくて、自分の登録商標を持つ
というのは、結構大事ではないかと思っている。

キャリアチェンジのインタビューをしていて思うのは、皆さん
自分なりのアイデティティや「大義名分」を持っている方が多い
ことだ。むしろそういうものがないと「新しい自分」は描けない
のだろう。
それを自分の商標にして持つことも面白いのではないかと思う。

木村さんは、ご自身の体験から出た経営哲学を商標申請された
とのことである。
この年になっても「同級生」から受ける刺激は大きい。

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2006年11月10日

4)「こころの定年」グループ(10)楠木新 涙の修士論文作成日記)

(昨日から続く)
要約するとドラッカーの主張は下記の通りのとおりである。

(米国での)「第二の人生」は3つの方法によって解決できる。
(源とおり第二の人生を持つこと    
・仕事があまりかわらない場合の例―大企業の経理責任者が
 病院の経理部長になる。    
・全く仕事が変わる場合の例―企業で成功して聖職に入る、
 ロースクールに入る

▲僖薀譽襯ャリア(第二の仕事を持つこと)
すなわちもう一つの世界を持つことである。
20年、25年やっている仕事は続けて、あえてパートタイムに
なったり、コンサルタント的な契約社員となる。
そしてパラレルキャリアを持つ。たとえば、教会の運営を
引き受ける、ガールスカウトの会長を引き受ける。
夫の暴力から逃れてきた女性のための保護施設を設ける、
地元の図書館でパートの司書としてこども達を担当する。
地元で教育委員会の委員になる。などの例を挙げる。

ソーシャル・アントレプレナー(篤志家)になること。
成功した人たちで、仕事は好きだが、もはや心躍るものでは
ない。プロテスタント教会に手を貸す、私立学校の設立に
奮闘する。

私のインタビューは,中心といえようか。
△蓮△い錣罎襦崙鸞の草鞋」であるが日本の場合は会社への
コミットメント要求が強いのか、周りを気にしすぎるからか
かなり難しい場合も多い。
「少年野球の監督をしている」銀行員もそれを会社では話さない
。また自分のキャリアとは分離されたところやっている人も多い。

この後、ドラッカーは、こうも言い切っている。
「勿論誰もが、第二の人生を持てるわけではない。そのまま
仕事を続けて退屈しきって定年の日を待つ人たちのほうが多い。
しかし、模範となるべきは、彼らのような数の少ない方の人たち
である。かれらこそ成功者として位置づける人たちである。」
(「明日を支配するもの」)と述べている。

私が没頭していることを鳥瞰図として理解している感じである。
やはり彼はすごい。


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2006年11月09日

3)「こころの定年」グループ(9)楠木新 涙の修士論文作成日記)

(昨日からの続き)

米国での「第二の人生」については、ドラッカーも
「既にアメリカでは、組織から組織へ動くことは一般化した
慣行である。しかし、そのアメリカでさえ、働くものが組織
より長命であって、したがって「第二の人生」が必要などと
いうことは、誰にも心構えができていない革命的な変化で
ある。退職制度を含め、既存のいかなる制度も想定していな
かった事態である。」と述べている(「明日を支配するもの」
P.F.ドラッカー1993/03ダイヤモンド社)

さらにドラッカーは、アメリカの組織人でも「中年の危機」
があると指摘する。
「30年間組織が存続しているとは言い切れない。そのうえ、
ほとんどの人間にとって、同じ仕事を続けるには40年、50年は
長すぎる。飽きてくる。面白くなる。惰性になる。 
耐えられなくなる。周りのものも迷惑する。ごくわずかの
芸術家は別として、45歳にもなれば全盛期に達したことを知る。
同じことを20年も続けていれば、仕事はお手のものである。
学ぶことは残っていない。仕事に心躍ることはない。」

これは私がインタビューした方々の「こころの定年」グループ
にも多くの場合当てはまる。
就業規則上の60歳定年の前に「こころの定年」ともよぶべき
状態に達する方は多い。
・「このまま組織にいても成長できない」
・「やっていることが誰の役に立っているのか実感できない」
・「残りの人生が短くなる中で、このままで良いのだろうか」
と自問している。
それでは、どうすればよいのか。

この点でもドラッカーはきっちり見解を展開している。
                 (明日に続く)


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2006年11月08日

第七回「キャリアチェンジ研究会」感想をいただきました。

第七回「キャリアチェンジ研究会」を11/08に行いました。

今回のゲストスピーカーは、人材コンサルタント、社会保険
労務士の高橋貞夫(たかはし さだお)さんです。 

高橋さんは大学卒業後百貨店のそごうに入社され、神戸店一筋
に勤められて、阪神大震災の後に店長を拝命されました。
その後、残念なことに再建型倒産に遭遇されました。
この時は加古川店は閉鎖、全員解雇。神戸店でも200数十名の
解雇に立ち会うなどつらい場面に遭遇されて、ご自身も大変
残念な気持ちで退社されたご経験をお持ちです。

今回は、百貨店の店長から、独立して活躍されるまでの経緯を
中心にお話をいただきました。
(当日のレジメを下記に添付しています)

当日の参加者から感想がきていますので紹介します。

「高橋様のナマの体験談には感動しました。
初めて聞いた「掟の門」の話は我が身の状態そのものです。
また、参加させてもらいますのでよろしくお願いします。」
(男性)

「元そごうの店長さんのお話し大変興味深く聞かせて頂き
ました。大変、良い経験になりました。有り難うございました」
(男性)

「昨日の研究会は,私にとって大変印象深いものでした。
ゲストで来て頂いた高橋さまのお話の内容もさることながら,
60歳で退職された直後とは思えないくらい,穏やかに,
なんのしがらみも無いようにさっぱりと,いい顔をされて
座っておられた姿に,とても感銘しました。
もちろん心中は,色々なことを思いめぐらされているとは思い
ますが,真に自分のありのままを,さらけ出し,現実のままを
受け止められている姿に,私自身の心が,浄化されるような気分
を味わいました。」(女性)

いい顔」は大事ですよね。
私もそれに出会うためにインタビューを続けています。

<レジメ>
*人生の踊り場を迎えたらどうするか?
1.平成17.01.17 阪神淡路大震災から私の人生は長い踊り場
2.復興・パートタイマーと労使紛争・倒産・解雇・お詫び・
転職・異文化。
  32年間の「茹でガエル」、5年間の「宇宙生活」で学んだこと
3.名刺の呪縛・専用車はない・ネクタイのない私・全てがない私
<プライドを捨てられない?リセットできない?自立できない?>
4.「踊り場」を意識した私
/型生佑涼浪偲瓦ら新幹線への階段を見た時
⊇膓の時の踊り場
5婉の時の踊り場
5.「踊り場」で考えたこと
 〆までの生き方で良いのか?
 △海譴らは肩の力を抜けばもっと良い上り方があるのでは?
 主語は「自分は」であり、他ではない。
6.カフカの「掟の門」に感銘
7.実践することの大切さ
                  平成18年11月8日(水)
                    高橋 貞夫



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2006年11月07日

2)「こころの定年」グループ(8)楠木新 涙の修士論文作成日記)

(昨日から続く)
「こころの定年」グループに入る方々についてもう少し説明
する。

 ただ彼らは必ずしも組織での立場が悪いとか、人間関係や
経済的課題に直面しているわけでもなく、外見からは組織に
よく適応している人々も多い。

たとえば以前にラジオのインタビューにもご協力いただいた
「日本一明るい経済新聞」の竹原氏も日本工業新聞の大阪の
経済部長を立派に務めていた人物であり組織にも適応していた。
それが「こころの定年」による水位が上がっていたときに、
東京への異動内示をきっかけとして転進を決めた。

このグループの方々の役職を見ても、若いうちはむしろ組織の
中で順調に昇進していった人も多い。
・旅行会社次長職、
・商社監査役、
・信用金庫支店長、
・損害保険会社事務センター課長、
・機械メーカー常務、
・一部上場会社、
・市民病院・部長、
・家電販売店店長など

組織の中でキャリアを積みながら一定の評価を得てきたが、
経年劣化というか、「飽きてきた」中で、組織で働きことの意味
合いを得られなくなったタイプであるともいえる。

これについてはドラッカーが興味ある発言をしている。
                      (明日に続く)

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2006年11月06日

「こころの定年」グループ(7)楠木新の涙の修士論文作成日記)

83名のキャリアチェンジした方々が、転進した
「きっかけ」について分類し、その特徴を見ていき
下記の命名を行った。

第一グループ(26名);「こころの定年」
第二グループ(24名):「偶発的事象」
第三グループ(24名):「キャリアの積み上げ」
第四グループ」(9名):「若いころからの好きなこと」

この「こころの定年」グループがインタビューで話される
ことを集約すると下記の3つの言葉になる。

 屬海里泙涸反イ砲い討眄長できない」
◆屬笋辰討い襪海箸誰の役に立っているのか実感できない」
「残りの人生が短くなる中で、このままで良いのだろうか」
と自問している。
これは私がインタビューした方々にも多くの場合当てはまる。

ある意味、就業規則上の60歳定年の前に「こころの定年」とも
よぶべき状態に達しているともいえよう。

自分の中にわだかまりができ始めると当然ながら組織に対しても
反応が出てくる。組織の人間関係や、経営に対する疑問などの
割合も非常に高い。

ただこのグループは、企業への適応がしんどい方が多いかといえば
必ずしもそうではない。

次回にもう少し考えてみたい。


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2006年11月05日

「数学者はすべてギャンブラー」6)(楠木新の涙の修士論文作成日記)

(昨日から続く)
というわけでその83名をSPSSというソフトで持って解析
というものに取り組んだ。

話は少しそれるがたまたま紀伊国屋で本を見ていると
「心理学におけるSPSSの活用」なる本も平積みされていた
ので結構ポピュラーなのかもしれない。
私はほとんど何も分かっていないが。

高校野球のトーナメント表のような図を見ながら区分する
場所を考えて4つの区分の度数で見た。

そうしてその人達の転進した「きっかけ」を見ながら
特徴を見ていき下記の命名を行った。

第一グループ(26名);「こころの定年」
第二グループ(24名):「偶発的事象」
第三グループ(24名):「キャリアの積み上げ」
第四グループ」(9名):「若いころからの好きなこと」

各々はまた説明するが、これがなかなかうまく整理されて
いるように思えるのだ。
ソフトは内容までは立ち入れないので、その3つの回答の
傾向を数学的に算出しているわけであるが。

ここで感じるのは、やはり偶然性や確率という不思議さで
ある。私はギャンブルはだめだが、周りで競馬や野球賭博
に一生懸命な人をずっと見てきたので余計にそう感じる。
ルネッサンスの頃からの数学者はすべてギャンブラー
だったと植島啓司(元関大教授)さんの説明もうなづける。
第7回「キャリアチェンジ研究会」ご案内
11月8日(水)18:30〜20:45(大阪産業創造館)
(10/26のブログ参照)ご参加の方は楠木まで。



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2006年11月04日

「転進者の内容 」5)(楠木新の涙の修士論文作成日記)

「きっかけ」の場合分けの前に、対象の転進者83名の内容と
内訳について簡単に示すと下記のとおりである。
ー会社等の比較的大きな組織(300名程度以上)に在籍して
 いた経験があり、
ーその勤務が、13年程度を超えて、かつその後組織から離れて
ー「雇われない立場」の新たなキャリア(起業、開業、転進など)
  にチェンジして
ー現在、いい顔(満足度高く)で新たな仕事に取り組まれている方

*「行き先」(複数回答あり)
・起業された方―25名
・コンサルタントで独立した方―24名
・資格を活用して、独立された方―9名
・NPO活動などに取組まれる方―10名
・教える立場または学ぶ立場から、教育の場に向われた方―9名
・市会議員など政治、地域活動の世界に携わられる方―2名
・「コーチング」に取組む方―2名
・そのほか―14名

*男女
男:78名
女: 5名

*学歴         
大卒文系 49(名)
大卒理系 10
高卒 15
中卒 2
院文系 4
院理系 3

*勤務年数
-10年 ー5(名)
10ー15 ー8
15-20 ー15
20-25 ー14
25-30 ー17
30-35 ー18
35- ー6

*転進年齢
(年)(名)
>35 :6
35-40 :13
40-45 :13
45-50 :12
50-55 :28
55-60 :8
60< :3

*従業員数
(名) (名)
>100 :8
100-300 :6
300-500 :6
500-1000 :11
1000< :52
第7回「キャリアチェンジ研究会」ご案内
11月8日(水)18:30〜20:45(大阪産業創造館)
(10/26のブログ参照)ご参加の方は楠木まで。


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2006年11月03日

転進者の「きっかけ」による場合分け4)(楠木新の涙の修士論文作成日記)

昨日の転進「きっかけ」の23項目で自分が当てはまりそうな
項目はありますか。

インタビューに協力いただいた方に上位の3つに該当する
ものをチェックしてエクセルでシートを作ります。
それをSPSSという統計解析ソフトが入っているPCに
入れ込むのですがボタン一つでできます。

前述の「クラスター分析」でやりますと「デンドロム」と
いうクロス集計表が出てきます。
これは丁度高校野球のトーナメント表のようなもので
関係するグループに分けてくれるわけです。

小さく分けることもできるし、まとめることもできる
分けです。私の場合には一応大きく4つに分けました。
(2つでも、6つにも可能です)

その各々の人を見ながらグループの特徴を抽出します。

また23項目のそれぞれの各グループごとの集計(クロス表)
も出ています。

こうして4つのグループに分けて命名作業をしました。
                (明日に続く)
第7回「キャリアチェンジ研究会」ご案内
11月8日(水)18:30〜20:45(大阪産業創造館)
(10/26のブログ参照)ご参加の方は楠木まで。


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2006年11月02日

「人はどういうことがきっかけで転進するのか」3)(楠木新の涙の修士論文作成日記)

ー人はどういうことがきっかけで転進するのかー

私の170名の長時間のインタビューのご協力いただいた方の
うち、実際に転進された83名を解析対象にした。

まず各人の転進する「きっかけ」を整理してみた。
2人以上が「きっかけ」としたのは下記の23項目だ。
一般の転職研究などと異なっていると感じる方も多いと思う。

―各人の上位3つから。
1) 阪神大震災
2) 会社破綻・合併
3) 自分の病気
4) 異動内示
5) リストラされて
6) リストラする立場で
7) この組織で成長できない
8) 誰の役に立っているのか分からない
9) このまま組織で働いてよいのか
10)定年まじか
11)計画立てて・組織内キャリア
12)計画立てて・組織外キャリア
13)若い頃の好きなこと
14)早期退職制度の選択
15)出世の遅れ
16)組織内の人間関係
17)会社の経営に対する疑問
18)そもそも組織への帰属が弱い
19)次のステップがはっきりしているから
20)家族との関係を重視して
21)友人・先輩の死
22)独身で身軽
23)経済的課題が整理できたから

条件などの詳細は省くが、35歳以降に転進した方の
「きっかけ」だと理解してもらえばよい。
長く一つの会社にいる人は、高い専門性をつけて転進して
いくと思いがちだが、偶発的な事象や「こころの定年」から
転進される方が多い。
これらの「きっかけ」を昨日書いたSPSSで解析してみた。

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