楠木新(くすのき あらた)
楠木新の自己紹介

*講演・セミナー・研修および取材などの
お問い合わせは、kusunoki224アットマークnifty.comまでお願いいたします。
※アットマークを@に代えてください

2007年01月

2007年01月31日

暁伸・ミスハワイ(神戸新開地)

中学の同窓生のNさんが言う。「K君は昔の神戸松竹座に
出ていた芸人さんのイントロを全部楽器で演奏できて
歌えるんやて」

確かに新開地の本通にあった神戸松竹座は笑いの殿堂に
ふさわしい場所だった。今は吉本が優勢であるが、
私が子供のころは松竹の方が有名な芸人さんが多く、
幅を効かせていた。

中学の同窓生のお爺さんが芸人だったり、松竹座の裏に
「花月湯」という銭湯があってレッツゴー三匹のじゅん
ちゃんにもあったことがある。

Nさんが、暁伸・ミスハワイのさわりの部分を教えてくれた。
私の深いところに寝っているものが動き出した。
当時は浪曲から転進した芸人さんも多かった。それもあって
音曲が中心だった。松竹座では「宮川左近ショー」さんが
トリだったこともある。

(暁伸・ミスハワイ)
「♪これは素敵な チョイトいかす ひとふし聞いたら
ドンピシャリ♪ 元気百倍 力出る出る 歌も出る
(アーイヤー)何が何でも このコンビ(アイーヤー)
忘れず聞きましょ 伸・ハワーアイ(アーイーヤー)
歌いまーしょ踊りまーしょ、あ,あんあああ 笑ーらい
ましょ 始めまあしょー、(アーイーヤー アーイーヤー
アーイーヤー アーイーヤー ア〜〜イヤ ア〜〜イヤ
ア〜〜イヤ...)(インターネットより)

そういえばまだまだあった。
「♪うちら陽気なかしまし娘」
「♪ハァ〜 ちゃっきりちゃっきり ちゃっきりなぁ〜 
ちゃっきり娘がぁ 飛びだ〜し〜た〜♪」
「♪歌って笑ってホットブラザーズ〜♪」
「♪毎度、皆様おなじみの」(「宮川左近ショー」)
「♪またも出ましたロマンショウ、いつもニコニコ
朗らかに…」

ツカミでは、「じゅんです、長作です、三波春夫で
ございます」も有名だ。このイメージが強いので
真ん中の正児さんの名前が思い出せない人が多いらしい。

初めてこの文章を見て理解しにくい方は、今年の1月1日
のブログをご覧ください。(余計にわからなくなります)



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2007年01月30日

薬の配達

小学校中学校のミニ同窓会では話はまだまだ続く。
当時神戸一の歓楽街新開地・福原が校区だったので
子供心にもいろいろ考えることもあった。

当時は「浮世風呂」という看板で男性が遊べる所が
多かった。桜筋、柳筋の通りだけでなく狭い道にも
そういう店が営業していた。

自然とその店の子供や同級生も多い。
私の家は薬局だったのだが、その頃は結構忙しくて
午前1時や2時ごろまで店を開けていた。

時々親が薬の配達の依頼を受けることもあった。
たまたまその時は忙しかったのだろう、母親から頼まれて
「浮世風呂」の裏口に薬を届けにいった記憶がある。
小学校の高学年くらいだったと思う。

裏口の中で、しばらく待たされている間、白い長襦袢を
羽織った女性が忙しそうに行き来するのを眺めていた記憶
がある。
私が薬を渡した女性は、小柄で丸顔の少しぽっちゃりした
女性だった。手渡ししたときに、なんともいえない、いい
香りがしたことを覚えている。
彼女はおそらく10代後半ではなかったか。

家に帰ると、父が母に「あそこに配達に行かせたんか」と
批判めいて話していた記憶がある。

小学校の友人は、普通だったら思い出せないことを呼び
起こしてくれる。

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2007年01月29日

神戸の東西問題

小学校中学校のミニ同窓会では話は途切れることはなかった。
しかも当時神戸一の歓楽街新開地が校区だったのでオモロイ
話は満載である。

その時神戸の東西問題の話が出た。
当時通っていた中学校は、生田区の西の端にあり高校の学区
で言うと第一学区で、東は芦屋や東灘であった。

「高校に行ったときに、芦屋や本山など東から来ている人は
『クラッシックやっている』とか『どこそこの美術館は?』
とか言う人もいて馴染めなかった」との発言があった。

「そうそう、向こうは『クラッシック』でこちらは『ダボ!
シバイたろか』しか知らんからな」と私が混ぜ返した。

確かにそうだ。村上春樹氏は高校の先輩に当たるが彼の
小説を読んでいたときに、高校時代に感じた『クラッシック』
の雰囲気を感じたことを思い出した。ちなみに彼は芦屋だった
と思う。

今の流行で言えば「華麗なる一族」と「淀川長治の映画」
の対照かもしれない。

私が真っ当なサラリーマンを続けられなかったのも、この頃の
経験があるからだし、今のような訳の分からないことに取り
組んで「僕らは怪しいサラリーマン」になったのも同じ
根っこである。

でも僕は西で良かったと心から思っている。

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2007年01月28日

親に似てくる

小学校中学校のミニ同窓会は、土曜日の18時からはじめて
23時までやはり途切れることなく続いた。途中の打ち切り
を入れなければ、ずっと続いていただろう。

高校の同窓会と違って、皆が親や兄弟も知っていることだ。
話の広がり方が異なる。しかも当時神戸一の歓楽街の
ど真ん中で育ったので物語りも多い。

ある女性の話で、「皆が、当時のお父ちゃん、お母ちゃん
に似てきている」という話になった。
DNAが同じなので当然といえば当然である。
繁華街を歩いている女性の親子が同じ顔をしていることは
よく見かける。

旧姓Nさんが言う「でも親に似ているというのも少し
いやなところもない?」即座に私も同意した。

私自身は父親との関係はずっとよくなかったが、最近
「似てきている」と親族に言われるようになった。
この前は、娘にも指摘された。
実は自分でもそれを感じている。亡くなって7年だが
最近特にそう思う。

反発していたのは、その似ている部分を相手に投影させて
いたからかも知れない。
深くは話さなかったが、Nさんと私は近いことを感じていた
のではないかと思っている。

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2007年01月27日

伊東に行かなくても「はとや」

正月1月3日の同窓会の続きとして小学校、中学時代の
有志5人で、昔の地元の新開地近くの店で鍋を突いた。

昔の新開地のモニュメント聚楽館の跡地に出来た建物に
集合した。男性二名に、女性三名。女性が美味しいお鍋を
探してくれていて、福原の柳筋にある「はとや」という
お店に行った。

ここらあたりは私が小、中学校時代住んでいたところの
一本だけ西になる通りで、昔の「浮世風呂」が今は多くが
ソープランドになっている歓楽街である。

そこの通り沿いにあるお店「はとや」で鍋を突く。
私は、その屋号と中華スープの出汁を飲みながら昔この柳筋で
美味しい中華そばを食べてその屋号が「はとや」だったような
気がした。
親が薬局をしていて人通りが多いので毎日休まずに午前2時頃
まで商売していたので外食することも多かった。

友人に話すと聞いてみたらと言われて、店の若い人に言うと
奥からご主人が現れた。
昔の記憶を話すと、先代が昭和31年から4席の小さな中華
料理店をしていたそうだ。小学生のときに食べた記憶が
戻ってくるのもその頃の友人と一緒だからかもしれない。

ご主人の話によると、今は息子さんであるご主人が継いで
いるとのことだった。
当時は小さい店だったが今は立派な4階建てのビルの1,2
階で商売をしている。

このやり取りだけで何かとても幸せな気分になれた。
「伊東に行かなくても『はとや』」というと
「オヤジギャグ」と同級生の女の子?に返された。
でもとてもうれしいのです。

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2007年01月26日

映画「戦艦ポチョムキン」

先日、あるセミナーで映画「戦艦ポチョムキン」をみた。
昔大学に入学した頃、先輩に誘われて教室に張った
スクリーンでみた記憶がある。

映画の技法モンタージュ(Montage)を確立した映画と
言われている。複数のカットを組み合わせて新しい意味を
生み出す技法のことだ。
(モンタージュ写真というのが昔犯罪捜査でよく使われて
いたようだが今はどうなのだろう)
元々はフランス語で「編集」という意味らしい。

この技法を使った「オデッサの階段」シーンは、やはり迫力
がある。「映画史上最も有名な6分間」と言われている。
撃たれた母親の手を離れた乳母車が階段を落ちていく
シーンは圧巻で、ケビンコスナーの『アンタッチャブル』
でも引用されている。

私の記憶では「火曜日の女」というサスペンス番組が昔
あったが、その中でブレーキが効かなくなった車椅子の
大塚何某という女優が演じる女性が坂道を落ちていくシーン
で息を呑んだことを覚えている。
それも、この「オデッサの階段」を引用していたのだと思う。

これからも昔の映画を見る機会を持ちたい。



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kusunoki224 at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)映画 | 日々の雑感

2007年01月25日

6)「メンタルヘルスとリスクマネジメント」

(昨日からの続き)
自分のこれまでの生き方に関係付けながら現在の自分を
振り返ってみる。過去のできごとのほうが、時間に
洗われて物事の意味がはっきりと見えてくることがある。

このように時間軸を通して自分のキャリアを眺めた時、
会社本位の働き方から少し離れることができる。
これが職場におけるメンタルヘルスの予防・回復にも
大きな力を持つ。
ちなみに私の回復の過程で有効だったのは「子どもの頃の
好きなこと」と「家族との関係」であった。

現状は、定年まであまり時間的余裕がない段階で、セカンド
キャリア研修が実施されている。しかしキャリアをどのように
積むかを個人に引き直して考える時、若さ自体が重要な資源
である。
新しく戦略を立てるには早いほど効果は大きい。

これらはリストラと絡めて行うべきでないのは当然であるし、
正面から取り組めば組織内のメンバーにとってモチベーション
を高める結果にもなると思われる。

このように一見遠回りに見えても、経営全体、人材開発の
あり方も勘案した上で、福利厚生なり人事部門の施策として
取り組むことが結果としてメンタルヘルスに対する有効な
リスクマネジメントにつながると考える。
                  

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2007年01月24日

5)「メンタルヘルスとリスクマネジメント」

2)キャリア的セーフティネット
これから注力すべきなのはこちらである。
本稿で何度も述べてきた通りメンタルヘルスの予防や
回復には個人のキャリア見直しやライフプランとの関係が
不可分である。

このため従来の階層別研修や職務開発のプログラムから
切り離して、より早い段階から個人が自らライフプラン設計
を行う機会を提供することを検討すべきである。

私が続けているキャリアチェンジのインタビューからいうと
、30歳代の後半から40歳の中ごろまでにこれまでの自分の
キャリア形成の見直しを図ることは有効である。

在籍企業の枠を超えても通用する職務能力の開発が可能か
どうかを検討させ、同時に自分の中高年以降のライフ
スタイルに合った生き方を立ち止まって考える機会を
提供するのである。

忙しい日常の中で仕事をしていると、どうしても現時点での
他人との比較によって自己評価をしていることが多い。
これは競争的な評価であり、他人のものさしによるものである。
(明日に続く)




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2007年01月23日

4)「メンタルヘルスとリスクマネジメント」

再びメンタルヘルスの続きに戻ります。
1/20からの続きです。

1)経済的セーフティネット
これは各種の年金、保険関係、医療保険補助など多くの
企業で取り組んでいるものである。

実際に休職状態に陥ると、個人は必要以上に経済的な
不安が頭をよぎる。それ故ある程度の安心感を与える
ことは有効である。
メンタルヘルスに関しては長期障害所得補償保険がある。
これは傷病などで働けなくなった従業員について、
その所得を一定時期まで補償する制度である。

アメリカの大企業では、非常にポピュラーなもので日本でも
普及が進んでいる。また健康保険組合や労働組合が会社の
保障に加えて補填しているところもある。

これらを今一度メンタルヘルスのセーフティネットの立場から
見直すことは大切である。筆者が知っている例でも、
休職者が増加して補填している労働組合の財政が厳しく
なっている会社もある。
そのような場合は、労使でセーフティネット(福利厚生)を
見直すチャンスでもある。
                   (明日に続く)


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2007年01月22日

2)(突然ですが)修士論文を提出しました

論文の内容は、キャリアチェンジされた方83名の分析を
中心にした。また内容は折に触れて書いていきたいが、
各人がキャリアチェンジしたプロセスを3つのフェーズから
解析してみた。
第一フェーズ:各人の「きっかけ」について。
       全体をSPSSを活用して6つのグループに分けた。
第二フェーズ:各人のプロセスの具体的事実を
       「行動」と「人的ネットワークの変化」から
       細かく見ていった。
       その際に
        崚梢覆料択肢を模索する段階」
       ◆崚梢覆料択肢を絞り込む段階」
       「選択したものを実践していく段階」
              3つの各段階ごとに整理した。
       「きっかけ」は各人多様であるがプロセスの
       「行動」や「人的ネットワークの変化」には
        共通項も多い。
第三フェーズ:「キャリアチェンジで変化したもの」を各人の
       発言から拾い出した。なかなか興味ある結果が
       出た。

以上が分析の概略である。
これで1枚1500字で、100枚少しの量になった。
楽しく意味を感じて取り組んだが最後にへとへとになったのは
昨日書いたとおりである。
いろいろ首を突っ込みすぎて自分で苦しくした部分もある。
                    

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2007年01月21日

1)(突然ですが)修士論文を提出しました

「メンタルヘルス」を書いている途中ですが、昨日
修士論文を提出しました。

題名は「職場的自律性と会社本位スタイル
ーキャリアチェンジインタビューからー」


昨日の土曜日午後5時が最終締め切りだった。
私は添付する要旨を朝から書いて教室に持ち込んだ
のは午後3時頃だった。
もうかなりフラフラだった。
前日の金曜日は、書き上げた論文4セットを午後10時
までかかってコピーを揃えた。

到着すると、第三セクターから来て学んでいる「同級生」
が論文を教室でセットしていた。
「へとへとですよ。」と言いながら穴あけをしていた。
最後は休暇をとって纏め上げたかったようだが、仕事
の関係でできなかったらしい。

今年還暦を迎える「同級生」が一生懸命コピーした用紙
を並べている。論文のページ番号が、なぜか消えていて
もう一度コピーを取り直したらしい。

その後同級生の女性が「仕事を始めてから完全徹夜した
のは初めて」と言いながらやってきた。

その後はメーカーに勤める「同級生」が全部を揃えて持ち
込んだ。「いやぁ、大変でした。なかなか担当教授の
OKが出なくて、今日もやり取りをしていた。」
私も金曜日の夕刻、7時頃に携帯で論文を片手に担当の
先生からの修正を赤字で書き込んだ。
でもありがたいものである。

社会人の論文締め切りには、大きな連帯感がある。
午後4時に何とか修士論文を提出した。
少し感慨深いものがある。

締め切りが近づいて、教授が受付の女性に未提出状況を
確認している。まだ数人が未提出のことである。
きっとギリギリにやってくるのだろう、それぞれの物語
を持った「同志」が。

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2007年01月20日

3)「メンタルヘルスとリスクマネジメント」

*組織におけるセーフティネットの観点

実際に企業でマネジメントを進める場合に、メンタルヘルス
自体に重点を置くことはなかなか難しい。もちろん従業員の
個性を尊重するような取り組みが大切なのはいうまでも
ないが、現実は一筋縄ではいかない。

そこでリスクマネジメントの一視点として、組織のセーフ
ティネットをどのように整備するかもポイントになろう。
基本はメンタルヘルスだけを取り出して対応するのではなく
、経営や日常の人事マネジメントとの整合性の中で取組む
ことが大事である。実際の運用では、やはり福利厚生との
関係が中心となる。

従業員を丸抱えで面倒を見ようとしていた時代は、福利厚生
のメインは、社宅や保養所であった。
しかし新たな「個人と組織の関係」が模索されている中では
メンタルヘルスの優先順位は高いと思われる。
以後には、経済的なものとキャリア的なものに分けて
ポイントだけを述べてみたいと思う。
                  (明日に続く)

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2007年01月19日

2)「メンタルヘルスとリスクマネジメント」

*安全配慮義務を負うのは誰か。
安全配慮義務を負うのは当然ながら企業であり、休職・復職
にしても最終的に判断するのは主治医でも産業医でもなくて
会社である。

またリスクマネジメントの面からいえば、所属での労働時間
管理と本人を取り巻く環境の変化に留意することがポイント
になる。そう考えると当然ながら、日常の管理者である上司が
その役割の中心になる。

昨日の判例にもあるように、現場の管理者の判断・指示は
会社のそれとして認識される。そういう意味でも管理者の責任
は重大である。
いままで、このブログでも管理者のコミュニケーションに
ついて繰り返し強調してきたのもこのためである。 

ところが、各企業の取り組みの具体例を見ると産業医などの
専門家が中心になっている例が多い。
もっと人事担当者、管理者なりが主導権をとるべきである。

管理者に対する研修は「傾聴訓練」で足りるのか、日常の業務
運営と研修の内容はフィットしたものか。あるいは産業医や
産業保険スタッフの労働衛生に関する意図が本当に従業員に
届いているかなどなど。

要は、研修などの実施が、単なるアリバイ作りになっては
いけない。同時にメンタルヘルス対策それ自体に焦点を
当てすぎると、従業員が先読みをして、逆に問題を裏に
隠したりする恐れがないともいえない。

またリスクマネジメントからみると管理者などの人的対応
だけでは限界があるのも事実である。
                   (明日に続く)
 


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2007年01月18日

1)「メンタルヘルスとリスクマネジメント」

「メンタルヘルスとリスクマネジメント」

本日から数回は、「メンタルヘルスとリスクマネジメント」
について書いてみたい。

*判例の流れ
ある日、検察事務官を名乗る人物から電話がかかる。
「念のために地検までお越しいただけませんか。
先日過労死された部下のAさんの件です。」
仕事のスケジュールがあるからと迷っていると
「Bさん、あなたは被疑者ですよ」。

刑事事件は極端であるにしても、民事の判例では
「精神疾患による自殺につき会社及び上司は損害賠償を
負うとした判決」が地裁・高裁で確定している(注1)。
また労務請負会社の従業員のうつ病自殺について、
就労を受け入れていた会社に対しても安全配慮義務を
認める判決も最近出ている(注2)。

安全配慮義務に関する判例としては、電通事件が余りにも
有名である(注3)。最高裁が初めて正面から判断した
ものであり、かつ1億円を超える最高の賠償額である
ことからまさにリーディング事例である。
ただそればかりが取り上げられていて、判例の最近の
流れを十分に理解していない人事担当者や所属長も多い。
会社や労務関係の顧問弁護士も通常の労働問題に比べて
総じて意識は低いように見える。

(注1)三洋電機サービス事件(浦和地裁判決 平成13.02.02)
    同事件(東京高裁判決 平成14.07.23)
(注2)アテスト事件(東京地裁判決 平成17.03.31)
(注3)最高裁第二小法廷判決 平成12.03.24

(明日に続く)


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2007年01月17日

12年前になりました。

また今年も1月17日になった。
今でもこの日は1年の内で最も印象の強い日だ。

12年前はどうだっただろう。

・朝7時のテレビ・ラジオのニュースは平静だったが
 ラジオ関西(神戸)だけは、長田の火事で、家の
 下敷きに なった家族を置いて逃げざるを得なか
 った人の話を伝えていた。
・山の方では煙のようなものが立ち上っていたが、
 後にがけ崩れと分かり、娘の同級生が亡くなった。
・神戸の両親への電話が繋がらなかった。
・電車が泊まり、歩いて親族のところを廻った。
・電気もつかず、学校に避難するかどうか迷った。
・ローソンのレジで若い二人がてきぱきと顧客に対応し
 それに影響を受けて皆が二列にきちんと並んでいた。
・マンションの水飲み場で「水道代がかかるから」と
 皆に水を分けるのを渋っていたおじさんがいた。
・テレビに流れる死亡者と病院に搬送された方の
 テロップ をじっと見ていた。
・明かりもなく、水も確保できない中で、夜を迎えた。

神戸出身の私には忘れられない日になった。
組織で働くことでよいのかとの「きっかけ」になった
日でもある。

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2007年01月15日

「東京のネットカフェ」

9/13のブログで「新橋のネットカフェはサラーリマンで一杯
(γ戮げ撞戮漾法廚鮟颪い拭

東京の新橋でインタビューの予定があったので、合間の時間
を有効に使おうと雑居ビルのエレベーターに乗って9階に
上がった。ドアが開くと、なんとサラーリマンがあふれて
受付の前で数名が席が空くのを待っていた。
黒いかばんを持った営業の外回りと思われるサラーリマン
が多かった。(昼食時にお茶や弁当を食べるために来ている
のではないとみた)。

「『彼らは何のために来ているのだろうか』が疑問だった。
私はPCにも本当に疎いのでわからないが、IT起業を
目論んだりネットオークションやネットでの株投資などを
やっている人も多いのではないか。」と書いた。

先日、東京でフリーライター(女性)と話していたら、
若者で住み着いている人が多いという話を聞いて驚いた。
昼と夜では客層も違うのかも知れない。

彼女の話によると就職氷河期で、就職できなかった若者が
バイト暮らしをしながら一番安く寝床を確保できる
ネットカフェで夜を過ごすのだそうだ。

そういえば正月にそのような記事を見た記憶がある。
彼女は、彼らの取材をしようと考えたこともあるとのこと
であった。
よくわからない世界であるが、東京は他都市と趣が相当
違っているのではないか。

この後、大手のビジネス出版社の人材開発担当の方と話した。

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2007年01月14日

続「同級生はなぜ全てわかるのか」

1月3日の高校の学年同窓会では多くの人と話した。
昨日、紹介したT君との2次会での話の補足をする。

私のキャリアチェンジのインタビューの話では
彼の発する質問の深さ・ポイントを突いたツッコミ
に驚いた。

ボクシングで言うと、正確なジャブを決められて、
「郡司さんの採点では、5対4で、T君」という感じだ。
(ふる〜ぅ)

でも私のカウンターが、彼のアゴにヒットしたこともある。
「20数年間の会社での『人のつながり』よりも、
この3年間の新たな『人との出会い』の方が
豊かであるような気がする。」との私の発言である。

「会社の仕事を優先にして、残りの時間で何かやると
いうのでは、なかなか『人が出会う交差点に立てない』
と思う。」と続けた。

冷静な彼が、唯一揺らいだのはこの瞬間だけだ。
これが私の得意のパンチかも知れない。

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2007年01月13日

「同級生はなぜ全てわかるのか」

1月3日の高校の学年同窓会では多くの人と話した。
昼の12時から始まって2次会を終えたのが5時だったが
その間,間断なく誰かと話していた。

高校一年生のときに一緒だったT君と2次会で話した。
彼とは大学も学部も一緒である。
たまたま二人になったので、お互いの最近の話になった。

彼は鉄鋼会社の現役のライン部長であり、役員もどうかと
いう位置ではないかと推測された。
そういう意味でも、私の変遷に興味を持ったようで自然と
インタビューの話になった。

話してみて驚いたのは、彼の質問が全てポイントを突いて
いて私が大事であると思っていることに、ことごとく
コミットしてきた。

転進する際の家族や経済的課題との関係、年齢の与える限界、
会社への帰属感の理解、偶然性が与える大きさ、
インタビューの限界等等。

初めは、彼と私が同質の(少なくとも40歳半ばまで)サラーリ
マン生活を送ってきたからと思っていたが途中で違うことに
気がついた。

いつもは、こんなにスムースに話は流れない。
きっと彼が私の15歳の頃を知っているからだ。
私が高校生のノリでインタビューしているからかもしれない。
確かに昔から、人の物語を聞くのは好きだった。

今やっていることを15歳の時の友人に話して、すぐに理解
してくれるようであれば、グッドという基準があるかも
しれない。

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2007年01月12日

「中日新聞」「東京新聞」に取り上げられました」(57)一冊本を書こうよ!)。

昨日の1月11日の「中日新聞」「東京新聞」の朝刊に
「組織に縛られずに輝こう」の主題で、私の話が紹介
されました。

実は関西在住のため紙面自体はまだ見ていません。
おそらく、「暮らし」「生活」面で紹介されているものと
思います。ブログのアクセスが午後を中心に300人くらい
あって驚いています。

知人がその部分だけFAXで知らせてくれたのですが、
イラストと写真も込みで4段での記事ですので
比較的大きく取り上げられています。

「組織に縛られずに輝こう」との表題で「兵庫の会社員
体験基に提言活動」と書かれています。

「こころの定年/評論家」「転進者170名へのインタビュー」
「インタビュー対象者例」「転進してうまくいく方の共通点」
「キャリアチェンジ研究会の紹介」「色々な物差しや価値観」
など私が話したことをうまくまとめてもらっています。

これも機会に「mixi」にて「こころの定年」研究会を
コミュニティで立ち上げました。
関心のある方は是非いらしてください。
(ただ私は、今年に入って「mixi」に加入したので全くの
 初心者です。)

よろしくお願いいたします。


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2007年01月11日

「楠木クン、ええ奥さんもぉたねぇ」

新年の1月3日に高校の学年同窓会があった。
100名をかなり超える参加があった。確か当時450名いたと
思うので3分の1位が参加していることになる。
かなりの確率だ。これも年を経ていることが関係している
のかもしれない。

私のクラスは、芸術クラスだったので、書道や音楽、美術を
やる人もいて女性が中心だった。
そのせいかクラス単位の同窓会はまったく行われず、数年に
一回の学年同窓会に参加している。

印象を言うと
・女性のほうが圧倒的に元気
・女性は面影のある人が多いが、男性は「一体誰や?」
 という人がちらほらいる。
・当時の先生はすごく年配だと思ったが、10歳程度しか
 変わらない人が多く驚いた。
・男女とも年相応になってきたとも感じる。
 郷ひろみ、明石家さんまさんがいたら、やはり浮くだろう。

幹事をしてくれたOさんが私に言った。
「連絡で家に電話したけど、楠木クンの奥さんの対応
 すごく良かったわぁ。ええ奥さんもぉたねぇ」。
男性は奥さんが電話で感じが良いかどうかは余り
関心はないと思う。
ここでも男女は違う。

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kusunoki224 at 07:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日々の雑感 | 訃報

2007年01月10日

3)「ビジネスウイーク」の記事から

そういう風に考えてみると、気になるのは大企業の多くで
兼務社員が増加しているということだ。
役付者の名簿を見て気になっている方もいるかもしれない。

以前日経新聞が取り上げていた。
「増える兼務社員―仕事の進め方 見直す時 松下電工の
社内電話帳を開くと兼務者の名前がずらり。
3部署の兼務の例。
日立製作所―情報通信グループの部長職は、4枚の名刺を
持っている。」―(日経新聞2005/10/24) 

トピックス的に取り上げられているだけなので、この記者
は、サービス化の流れとと組織・システムの齟齬の課題に
までは気がついていないようだ。。

いずれにしても、内部指向の仕事が増えているので、実際の
定年以前に「こころの定年」に陥る方も多い。
「このまま組織にいても成長できない」
「やっていることが誰の役に立っているのか実感できない」
「残りの人生が短くなる中で、このままで良いのだろうか」
との私のインタビューでの自問の原因のひとつには、
こういう流れもあるのかもしれない。

そういう時代の「人事部のあり方」を近いうちに書いてみる。

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2007年01月09日

2)「ビジネスウイーク」の記事から

この「ビジネスウイーク」の記事では、昨日書いたように個人が
いかに電子メールや会議、電話に時間をとられて疲弊しているか
を述べた上で、米国では
「社内ネットワークを分析して問題を特定して改善する方向」への
取り組みが行われる端緒が見られるとして、具体的な企業名を
挙げて書かれている。

・米インテルは、チーム作業にかかる時間を減らす技術に商機を
見出している。研究員や幹部が感心を持っている分野を、各自の
メールの表題や検索内容に基ついて、自動的に検索する
「ダイナミックスプロファイリング」という技術。定期的に更新
される人事情報によって、事業に必要な人材、協力相手を探す
手間が省ける。

・「イー・ライリは、社内外のネットワークの運営援助に力を
入れている。人のネットワークを管理する部署を設ける。
社内の技術者と外部パートナーとのコミュニケーションを管理
している。」

これらを紹介した上で
・「工業化時代の経営手法は、なかなか消えない。いまだに
成果だけではなく、会社に何時間いたかで評価されている
(バブソン大のダベンポート氏)」
→アメリカでも、まだこういうことも言われているのだ。

・「大規模な人事部を構えている所は多いが、コラボレーション
担当部署を設けている所は少ない。」と書いている。

これらの課題意識は、「人事部の機能がそのままでは持たない」
ことを示しているようにも思える。
                    (明日に続く)


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2007年01月08日

1)「ビジネスウイーク」の記事から

正月明け早々、「なぜ最近はこんなに忙しくなったのだろう。
昔は、1月4日、5日といえばお屠蘇を飲んで半ドンだったのに」
と同僚から聞かれた。
偶々それに結びつく「ビジネスウイーク」の記事を思い出した。

おそらくサービス化が進んでいるため 新たな製品やサービス
を展開する場合には、、従来に比べて部門や会社の枠を超えた
共同作業(コミュニケーション、コラボレーション)が
加速度的に増えているのではないか。

これはかなり本質的な問題である。
しかし企業組織や内部体制は旧来のままなので、その調整に
驚くほど多くの手間を要する。

電子メールや会議、電話に時間をとられて疲弊する。
就業規則上の労働時間は別としても、仕事から完全に離れる
ことのできる時間は急速に減っている。
これは日本だけの例でないことが、「ビジネスウイーク」を
読めばわかる。
でも、課題意識がはっきりしているだけ米国の方が
進んでいそうだ。

最近、米国においても同様な事例が紹介されている。
「M.Mandel, “Why Americans are working too hard....”,
Business Week , October, 3. 2005 」
                    (明日に続く)

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2007年01月07日

3)「4つのケアと家族」(メンタルヘルス)

3.予防に向けて
人事担当者には、「家族との対応にまで踏み込むのか」という
議論もあろうが、家族との連携は、前述のように組織・個人の
双方にとってメンタル不全の各場面で有益である。

さらに次号以降に触れることになるが、リスクマネジメントの
面からも重要なポイントである。(「過労死」事件の裁判事例を
丹念に読むと、家族の果たしている役割の大きさに驚く)。
 また個人側のことを考えても、私が取り組んでいるインタ
ビューでも「自分の好きなことを思い切ってやりたいが、
家族(住宅ロ−ン、子供の教育、娘の結婚)のことを考えると
なかなかできない」という方は多い。

でもよく考えると、家族の責任やリスクを自分ひとりで背負い
込む必要はない。私が長期に休職した場面でも家族は各々の
立場でしっかり考えて行動していた。
働いているものにとって、また家族にとっても、普段から
「家では仕事の話はしない」のではなくて、ライフプランを
一緒に共有していく姿勢が大切であろう。
 
そのことが個人の予防に大きな力を持つし、万一メンタル不全
に陥ったとしても、時間の経過を味方にして、次に新しい扉を
開くことにつながる可能性も大きくなる。
 
おそらく、今後会社のコミュニティとしての機能は更に弱く
なっていくだろう。結局、自分の最後の寄り所は家族という方
も多いのではないか。
そうであれば、家庭をどのように運営していくかは目を
そらすことのできない重要な課題である.
「仕事の話は家族と共有する」ことがメンタルヘルスにおいて
リスクヘッジになる時代なのだろう。

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2007年01月06日

2)「4つのケアと家族」(メンタルヘルス)

2.各場面における家族の大切さ
私が、早期に回復したのは、家族が程よい距離感で対応して
くれたことが大きい。もし、単身赴任だったらと考えると
正直いってぞっとする。おそらくもっとヒドイ状態になるまで
病院に行くことは無かっただろうし、夜中に一人だけで過ごす
ことをイメ−ジすることは怖くてできない。

メンタルヘルスの各場面での家族の役割を考えてみると、
・早期対応の面―本人が自分の状況を明確に自覚していない
 場合もある。メンタル不全が具体的に外に現れるサインは、
 睡眠と食事であろう。これらは、一緒に住んでいる家族が
 最初に気づきやすい。
 私も病気の認識がなく、妻に勧められて心療内科を受診した。
 また本人に精神科や心療内科へ行くことに抵抗がある場合は、
 管理職が本人に知られずに家族にその状況を伝えて診察を
 うけるように勧めてもらうなどの連携の仕方もありうるだろう。

・休職している間―一番ありがたいことは、安心感を与え、
 感情を共にする人が傍らにいて見守ってくれることだ。
 そのとき余り神経質になられるとまた負担になる。
 云いかえれば、自分を無条件にかつ気楽に応援してくれる人が
 近くにいてくれることが大きな力になる。
 これには家族の力が非常に大きい。
 私の場合も極悪期のダラダラした愚痴を面倒がらずに聞いて
 くれたのは妻や母だった。

・会社復帰の場面―先月の本稿にも書いたが、デリケートなこの
 時期には、組織側も家族との連携によって円滑な職場復帰を
 目指すことも考慮に入れておくべきである。

・復帰後の対応―本来の回復のためには、多かれ少なかれ、
 本人に「心構えや姿勢を切り替えること」が求められるが、
 その際に家族の助けが必要な方は多いのではないかと思われる。
                     (明日に続く)


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2007年01月05日

1)「4つのケアと家族」(メンタルヘルス)

「企業と人材」(産労研究所)に書いたメンタルヘルス
の原稿を紹介します。

「4つのケアと家族」
1.4つのケア
組織におけるメンタルヘルス対策の概要を示したものとして、
厚生労働省の「事業場における労働者の心の健康づくりのた
めの指針」(平成12年8月)がある。
一般に「4つのケア」とよばれている。
この4月に一部改定が行われたが、基本の内容は変わって
いない。

この指針は事業場におけるメンタルヘルスに関してよく
整理されており、予防的な対応の際にも考慮に入れておく
べき内容である。
大きな企業では、自社やその付属施設の病院や診療所で、
従業員に対するメンタルヘルスの治療行為を行う会社もある。
いわば「4つのケア」全てを自社内で対応している。

私の経験から類推すれば、従業員、会社双方の立場からも
治療的行為は外部機関の方が好ましいと思う。

しかしこのセルフケア、ラインによるケア、事業場内産業
保健スタッフによるケアの3つの内部ケアが充実・連携して
初めて外部での治療が生きてくるとの理解が重要である
(外部機関の対応だけで解決するのは無理である)。
この意味でも「4つのケア」を統括する人事担当者の
役割は大きい。

 ただこの指針の中には「家族」についての記載がまったく
ない。本当の意味でメンタル不全者に対応するため、または
その予防のためには家族との協力は不可欠である。

厚生労働省の調査でも相談相手別の割合では、産業医・
産業医以外の医師・看護士・保健士を合わせた相談割合
(複数回答)が8.2%であるのに対し、家族・友人は79.8%ある
(ちなみに上司・同僚は60.6%)。
家族の割合だけを抜き出すことはできないが、その関係の
大きさには留意を要する。
                   (明日に続く)


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2007年01月04日

日野原重明先生は凄い

妻が「凄いから見てごらん」と言われてテレビの前に行くと
その画面に吸い寄せられてしまった。

1月3日のNHKのホットモーニングの特別番組で日野原重明先生
を取り上げていた。
それはソフトボールでバットをスイングする姿だった。
私も少年野球からやっているので、格好を見ればどのレベル
かは大体わかる。とても95才の老人には思えない。

先生は、1911年の山口県生まれで、37年に京都帝国大学医学部
卒業して、聖路加国際病院に長く勤め現在も理事長だそうだ。
いまだに現役の医師としても活動を続けている。画面から
見ると名誉職ではないようだ。人に対する思いやり、後輩の
指導、医療を変えたい思い、驚きの連続だった。
まだまだやりたいことが多く100才までにはとても終わらない
との発言に家族中で笑った。

何よりも聞き手の二人のアナウンサーに対する回答の間の取り方
、説得力はとても90才を越えたものとは思えなかった。

私に引きなおすと、まだ50年間位やれることになる。
何かそれだけで嬉しくなってくる。これ以上の「生涯現役」
はないだろう。

そのヒントを画面で追ったが、やはり「意味あることに
一生懸命」であることが必要だろう。「相手に役立つ」との
気持ちも大事であるようだ。
また食事はやはり小食である。これはいつも家族から注意を
受けている。

今年はそれにあやかれるようやっていきたい。

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2007年01月03日

吉野屋事件

12月下旬に東京で宿泊したときに、朝御飯のためにY駅の
吉野屋に入った。6時前だったので周りも真っ暗だった。
それでも駅前では結構人が入っている。

注文を聞いている若い男性が、新人で慣れないせいか
カウンターの中でまごついていた。
名札を見ると中国名だった。
私の対面にいた若いグループの5人づれが、その男性に
いろいろ注文をつけていた。
それは何か「いじめ」を連想させるような気分のよいもの
ではなかった。

私は「朝定食」を注文していたのだが、彼は慌ててしまって
忘れているようだった。
「注文は通っている?」と私が聞いたときに、気がついて
厨房のほうにもう一度注文を入れた。

その時に5人組のリーダー格の男性が
「お客さんを待たせちゃいけないよ」と口を挟んだ。
「私はゆっくりでいいよ」ちょっと挑戦的な物言いをした。

彼が、私をにらんだ瞬間、
「この兄さんが、ゆっくりでいいって言ってんだから、
いいんだよ!」と横にいたジャンパーを着ている男性が
タンカを切った。
ジャンパーのネームには「OOサービス」と入っていた。
5人組に対して、彼も相当頭にきていたのだろう。

それでその場は終わった。
私は助け舟を出されたような形になった。
タンカの切り方は関西よりも東京の方が短く切り上げる
には似合っている。


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2007年01月02日

今年の目標

今年の抱負を並べてみよう。
_搬欧澆鵑覆燃擇靴やる
 →これが一番大事であるような気がする

△海離屮蹈阿鮑鯒に引き続き毎日書いていく
 →今年も続けていきたい。文章力アップも目標。

「キャリアチェンジインタビュー」を今年も続ける
 (年末累計200名目標)
 →現在170名。今後は自分の課題に沿って絞って
  やっていきたい。

ぐ貳未諒向けの発信する場を確保して役立ちを狙いたい。
 →昨年の「企業と人材」(産労総合研究所)の連載は終了した。

執筆の幅を広げて、2冊めの著作につなげる
 →これは今年真剣に考える。

Ч岷蕁Ε札潺福爾硫鷽瑤鯀やす
 →こういう場で自分の考え方の整理をするとともに
  出会いを増やす。

┘瓮鵐織襯悒襯絞野のお役立ちにも取り組む
 →今年も引き続き取り組む

「キャリアチェンジ研究会」の運営
 →少し内容を変えて取り組みたい。
 →キャリアチェンジした方との交流会なども考えてみたい。

大学院の修士論文を完成
(主題は、もちろん「キャリアチェンジインタビュー」)
 →現在、取り組み中。締め切りは1月19日ですよ。


大学院の博士課程後期に挑戦
 →どうしようか。
 →課題は「なぜ、人は偶然に出会うのか」

きっちりと会社の仕事をやる
 →まずまず、きっちりやったのではないか

今年も元気にやろう。インタビユーで協力いただいた木村さんは
「5年後の自分」を毎年書き換えているとのこと。
それもかんがてもいいなぁ。

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2007年01月01日

新年事始

あけましておめでとうごいざいます。

「今年も大学院と会社に、いくよくるよ、
みなさんのお顔が、いとしこいし、
大晦日に行った梅田の百貨店は、ダイマルラケット、
大丸は、たかしひろし、
横のヨドバシカメラは、やすしきよし、やすこけいこ、やすよともこ
買ったのは、カウス・ボタン、とハイヒール、
西宮の、どんきほ〜ては、本当に、安田ダイサーカス、
未知やすえやすよ、ビルは綺麗で、非常階段、あり,
でも問題は、外側ではなくて、中川家、
蕎麦屋は、てんやわんや、スタバのコーヒー、ブラックマヨネーズ、

外は、さゆみかつみ、サブロー・シロー、
少し風邪気味で、はな寛太・いま寛大
早く風呂に入って、シャンプーハット、
昨年の反省は中途半端で、チャランポラン
紅白は、白組が、かつみ・さゆり、
川中みゆきは、今年の鳳(おおとり)啓介・京唄子、
流れる、ツービート
時計が、チックタック、除夜の鐘が、ぼん・はやと、ひびき・こだま
昨年は、三球・照代、嫌なことは今日で、捨丸・春代、


新年の敏江・令二で、気分は、ちゃっきり娘、 周囲は新助・竜介
天気も、雨上がり決死隊で、凧が、大空テント、
この気持ちを、南都裕二・ミヤコ蝶々、今年も、のりおよしお、
テレビ番組は、コメディNo.1、フットボールアワー、
雑煮は、やはり日本の、アジアン、
年をとっても、Wヤング、ゆーとぴあ、をみたい。
コタツを囲んで遊ぶのは、トミーズの、オセロ、ゲーム、

友達が、洋介・今喜多代、一緒に初詣に、レッツゴー3匹、
行ってき、ますだ・おかだ、
神社の前は、かしまし娘で、鈴を鳴らすと、こだまひびき
参道で食べた、こん松・せいべい 、おぎやはぎ、ざぼんち、あげ
、なすなかにし、とろサーモン、天津あまぐり、横山プリン、笑い飯
子供は、かける・めぐる、前のおじさん、千鳥あし、で、
ダウンタウン直前、歌うは、大阪、ベイブルース、

今年もこんなしょうもないことを、南海キャンディーズ、
チュートリヤル、もうこのへんで、エンタツアチャコ。
今年も、人生幸朗・生恵幸子、で行きたい。」
今年は本気で芸人目指して頑張ります。
十八番の芸は「こころの定年」
よろしくお願い致します。

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