楠木新(くすのき あらた)
楠木新の自己紹介

*講演・セミナー・研修および取材などの
お問い合わせは、kusunoki224アットマークnifty.comまでお願いいたします。
※アットマークを@に代えてください

2007年03月

2007年03月31日

「得意なことに徐々に軸足を移す」(5)「こころの定年」朝日新聞be連載)

今回は連載5回目で、信用金庫の支店長から
「ユーモアコンサルタント」に転じた矢野宗宏さん。

私の初期の頃にインタビューに応じていただいた。
矢野さんは前回の亀月庵の山田さんと同じく私に大きな
インパクトを与えてくれた一人である。

年代がほぼ同じ。入社は同期となる。
40代半ばのほぼ同じ頃、会社生活をギアチェンジ。
好きなことと組織で働くことのベクトルの合わせ方に
関心がある、など共通項がある。
それに大きいのは「お笑い好き」の共通点だ。
ひよっとしたら、これが一番大きいかもしれない。

矢野さんは自分の途を見定めすでに転進していたので
私の目標のひとりでもあったわけである。

ほぼ2年前の90分ほどのインタビューの後、家に帰って
何回も矢野さんの話を反芻したことを思い出す。
実は11時位に風呂に入って湯船に浸かって2時半まで
色々考え、その日の興奮を抑えていた。

いずれにしても山田さん、矢野さんに話を聞いて
「これはいける」と感じたのは事実だ。
(何が「いける」かは、そのときには全く分かって
いなかったが)


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2007年03月30日

「朋あり遠方より来る」

今週の週末にわざわざ大学時代の友人が名古屋から
やってきた。
新聞の連載(「こころの定年」)のことを話したら
翌々日に連絡があって会おうとのことだった。

どうやら私はサラーリマンとして順調にやっていくに
違いないと思っていたらしく、そのギャップを確認
に来たとのことだった。

ベタベタに付き合った時期もあるので、話しをすると
ストーリーには納得したようだ。
ブログには書けない事も話し、お腹がよじれるほど
笑ったのは久しぶりだ。

聞くと彼もこの4月から異なる部署に行くとのこと。
自分のこととも引き合わせたのかもしれない。

「朋あり遠方より来る」
でもやはりうれしいものである。

下記の論語の最初に語られている、復習する大切さ、
友達の大切さ、そして、人が自分のことを分かって
くれなくても決して気にしない悠然さ。
この三つは、バラバラに論じられているが、
「学んでいる時には」という修飾語が全てにかかっている
ような気がする。

「『論語』 
 子(し)曰く、学んで時に之(これ)を習う。
 亦(また)説(よろこ)ばしからずや。
 朋(とも)あり遠方より来(きた)る、亦楽しからずや。
 人知らず、而(しかう)して慍(いか)らず、
 亦君子ならずや。

 まだ知らないことを学んで、ときどきそれを復習する。
 そうすると今まで分からなかったことが理解できる
 ようになる。
 それは喜ばしいことである。
 友がいて遠路はるばる訪ねてくれる、これもまた
 うれしいことである。
 人が自分のことを知らなくても、全く気にならない。
 そのような人こそ君子というものである。

 論語の最初に語られている言葉がこの文章です。
 復習の大切さ。
 友達の大切さ。
 そして、人が自分のことを分かってくれなくても
 決して気にしない悠然さ。
 当たり前のことばかりですが、はたしてそれが実際に
 できているかどうか。
 論語のすごさは一見ありふれた言動の中に人間の真実を
 語っているところだと思います。
 【参考文献】
 『論語新釈』 宇野哲人 講談社学術文庫     」



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2007年03月29日

銀行と証券会社の窓口

今週の昼休みに、所用があって妻と一緒に銀行と証券会社に
手続きに行く。大阪梅田のM銀行とN証券の二社だ。

銀行は凄く込んでいて、紙のカードを見ると30番くらい
後だった。5つあるカウンターの前には2人の女性が常に
動いていて顧客の手続きが早く進むよう色々な聞き取りも
していた。思ったよりも早くに順番が廻ってきて終了した。
時間にして20分くらいだった。

その後、少し離れたN証券に行く。
ここでも窓口は、銀行と同じ5つのカウンターで対応していた。
待ちの順番は、8番くらいだったが、なかなか廻ってこない。
時間的には銀行よりも圧倒的に多くの時間がかかった。

当然、各カウンターの一つにかける時間が長いからそうなるの
であるが,なぜかと思ってみてみると、
・まず、服装が背広やネクタイの人はほとんどいない。
・年配の方が圧倒的に多い。
・夫婦で来ている人も多い。
・時間に急いでいる感じは全くない。
これらが銀行の待合との違いである。

雰囲気も若い証券会社の女性と話すこと自体が楽しそうでもある。
「ゆっくり異なる世代の人と話せる機会はないのじゃないの」
という妻の発言をなるほどという思いで聞いていた。

60才を越えても、色々な世代の価値観の異なる人々と付き合える
ようになりたいとなぜか強く思った。

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2007年03月28日

植木等さんを悼む

植木等さんが亡くなった。
私が中学生のころ新開地には20を超える映画館が並んで
でいたが、おそらく3館くらいで植木さんが登場していた
時もあったのではないか。両手を広げた映画ポスターが
記憶にある。

その神戸新開地の映画館に通った淀川長治さんのモノマネ
を得意にしていたのが植木さんの付き人兼マネジャーだった
小松政夫さんである。
小松さんは、イッセー尾形氏とも共通する日常の人の面白さを
演出できる数少ない芸人さんだと思っている。

小松さんから見た植木さんに対するコメントを並べる。

小松「最初、何と呼んだらいいのか悩みましたが“師匠”
“先生”どれもおかしい。すると植木さんが“君は父親を早く
亡くしたようだから父と思ってくれ”と言ってくれた。
だから、最初からオヤジさんと呼んでいました」
(スポニチ)

小松「一番の思い出は付き人卒業かな。植木さんを乗せて
運転していたら『(渡邊晋)社長に(小松が)タレントが
できるように言っておいた。マネジャーもつけたから、
明日から来なくていいよ』といわれ、うれしくて涙が
こぼれて運転できなくなったんです。車を止めて、私が
泣きやむまで待ってくれて。優しい父親のような人でした」
(サンケイスポーツ)

植木等の代表的なギャグである「お呼びでない」が生まれる
きっかけを作ったのも、この小松政夫。
植木等の付き人時代、植木が出演していた生放送の
「シャボン玉ホリデー」でのショートコントの最中、勘違い
して出番前ではないのに「出番です」と植木に言ってしまい、
植木がつい出てしまった。当然周囲は植木の登場に唖然とした
が、その瞬間に植木は機転を利かせて
「お呼びでない・・・こりゃまた失礼致しました」とアドリブ
を放った。傍で見ていたプロデューサーは大爆笑し、以後、
毎回のように使われるようになった。
(ウィキペディア(Wikipedia)から)



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kusunoki224 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)訃報 | 生老病死

2007年03月27日

「大学院の卒業式」

先々週は、大学院の卒業旅行について書いたが、先週は
卒業式が行われた。
およそ30名の一人一人に「学位記」が渡された。
考えてみれば卒業式は、およそ30年振りである。
「名刺を作るための」不逞な院生であってもやはり感慨もある。

学部長からの祝辞で印象に残ったことは二つ。
・独立行政法人になったが、大学院の運営のうち授業料で
 賄われているのは、約3割。後は地方公共団体、国から
 援助を受けている。
 それは皆さんに対する「先行投資」である。
・これだけ国民の税金で援助を受けているのだから
 「世のため、国のため」貢献しなければならない。

とても良い言葉だと心が動いた。
おそらく20代前半の大学卒業の時には、同じ言葉を聴いても
理解できなかっただろう。
今では、「先行投資」:そうだ。まだまだこれから。
「世のため、国のため」:本心からそう思っている。

担当の先生には本当に世話になった。
大学時代と異なり、同学年のゼミ生が二人でマンツーマンで
指導いただいた。
加えて、大学院とは直接関係のない拙文にまで目を通して
意見まで頂戴していた。本当に頭が下がる。
やはりその意味でも不逞な学生であった。    

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2007年03月26日

「捨てるのは戦略」(4)「こころの定年」朝日新聞be連載)

先週の土曜日、朝日の連載に登場いただいた亀月庵に
1時半頃昼食に立ち寄る。

店に入るとご主人と奥さんが迎えてくれて店の壁には、
すでに掲載された新聞記事が貼られていた。
コラム欄だけではなく,新聞全体が貼られており
柔道の井上康生選手の大きな写真の下で私のコラム欄
が枠囲みになっていた。

「わぁ、うれしいですね」ということから、話は始まる。
そば定食はやはり美味しい。
山菜のてんぷら、ご飯、そば、小鉢もの、が揃って945円。
いつもどおり美味しい。
ここのご主人山田さんの職人気質は、かなり筋金入りである。

ランチタイムが終わり、ご夫婦といろいろな話をした。
その中で、ご主人が「引き際が難しい」。
蕎麦屋もせいぜい70才まで。その後のことも考えてはいるが
いつ店を撤退させるかがポイントだと思っているとのこと。

株式投資でも売り時が難しいのはみなが思っている。
引き際は、捨てることにも繋がる。
インタビューに応じていただいたある経営者は、
「捨てることは戦略、積み上げることは戦術」と話していた。
バブルから再生した実感として、撤退は本当に難しいと語った。

私もサラリーマンのカサブタを捨てなければ今のことに
出会えなかった。後ろの扉を閉めなければ前の扉は開かない。
でも自分で意識して行動することはやはり難しい。




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2007年03月25日

「短くて説得力のある文章の書き方」(59)一冊本を書こうよ!)

最近、朝日新聞でコラムの連載を始めたので「文章の書き方」
についての本を数冊読んでみた。

コラムで要求されると思われる「短くて説得力のある」が
題名になっている中谷彰宏氏の上記題名の本を紹介する
(ダイヤモンド社刊)。
まず驚いたのは、読みやすく半日もあれば簡単に1冊が終ることだ。

気になった項目を挙げると
・「面白いこと、一番話したいことは最初に言わなければ
  ならない。」
  なるほど最近意識し始めている。

・「盛り合わせの文書」は、読んでもらえない。
  コラムは一つのことしか書けない事を最近実感。

・「〜しなければならない」という文章は読んでもらえない。
  例:「文章は短く欠かなければならない」は、
    「文章は短く書けばいい」と書く。
     これも、なるほど。

・一つのことをどれだけ分かりやすくいえるかで、その人の
 持つ言葉の豊富さが分かります。
 全くそうだ。私はここはかなり遅れていると思っている。
 どうしても文章が難しくなりがちだ。
 
・文章の最後は「具体的な行動」に結びつくことを、書こう。
 コラムを書く目的は、こうでありたい。

文書を書くのはノウハウではないだろうが、読んで自分の
頭を整理することも大切だ。

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2007年03月24日

「5年、10年先を考えて」(4)「こころの定年」朝日新聞be連載)

今回で朝日新聞の連載も4回目になった。
一回一回掲載されるたびに、各々の方との出会いが
思い出されて感慨深い。
同時に、1週間ごとに一つ貯めた原稿が減っていく。
週刊の連載は結構大変だ。

今回登場いただいた山田さんは阪神西宮近くで蕎麦店
「亀月庵」と営んでいる。

きっかけは、妻の友人が美味しいお蕎麦屋さんが
あるという話から。
家族で行くと、鉄鋼会社から転進した雑誌の切り抜き
が店の壁に貼られていた。
娘が見て、「ここは対象だよ」と言ってくれた。

インタビユーは店が終った後、夫婦一緒に応じてくれた。
まだ初期の頃で全体感もなかったが話を聞く面白さを感じた。
それからはラジオのインタビユーにも協力いただいた。
以後10回くらいは話を伺っている。

初めのインタビユーの数日後、会社から帰ると玄関に
奥さんからハガキが届いていた。
その最後には、次のように書かれていた。
「やりたいことを責任を持ってやれることが幸せかと
思います。どうぞ思いっきりやってくださいませ」
ありがたいことである。

店も夫婦での協力で営まれているのはいうまでもない。




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*5年、10年先を思い描き働く(朝日新聞be「こころの定年」)

今回は、私がインタビューを始めた頃からお世話になっている
のそば店「亀月庵」のご主人、山田隆生さんに登場いただいた。
奥さんとともに、折に触れて色々お話を伺っている。
お店で美味しいそばをいただくのも10回は超えている。
ありがたいことです。

*5年、10年先を思い描き働く
兵庫県西宮市のそば店「亀月庵」のご主人、山田隆生さん(60)は
大手鉄鋼会社で33年間働き、51歳で早期退職。そば打ち職人に
なった。

山田さんは、一貫して工場で製鉄の仕事に取り組んだ。オイル
ショック後は仕事の効率化も求められた。だが、職人的な仕事が
好きだったので、あまりストレスは感じず働き続けた。
ただオフの時は、意識して社外の人と付き合ったという。

転進のきっかけは阪神大震災。被災直後は工場に泊まり、釜を
守った。抜け落ちた工場の天井から夜空を見上げ「十年後、
60歳になった姿が全く見えない」と強く感じた。

その後、山田さんは早期退職を前提とした1年間の「生涯設計
休暇」を取得。自分探しを始めた。好きなそばを食べた有名店
の味が、あまり美味しく感じかれず、「これなら、自分で工夫
すればもっとうまいものがつくれるのでは」と思った。

山田さんは、自分の年齢を絶えず意識して「次にできること」を
考え続けている。先日会ったら、今度は「そば屋ができるのも、
せいぜい70才まで。今は次のステップを考えています」と語り、
具体的な計画をすでに頭の中に描いているようだった。

組織で働いていると、短い時間の幅でしか物事を見なくなり
がちだ。いったいどれくらいの人が、自分の5年後の姿を思い
描いて働いているのだろうか。いい顔で働き続けるためには、
時には慌しい日常からちょっと離れ、自分の年齢を意識して、
今からできることを見直してみることが必要だ。



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2007年03月23日

「神戸新聞会館」

大学院の卒業旅行で淡路島に行くのに高速バスの三宮バス
ターミナルに行くと昔の新聞会館前にあった。

昨年の秋に「ミント神戸(M-INT KOBE)」として、再建
されたのは聞いていたが、初めてマジかに見た。
「神戸新聞会館」はビルの正式名称としてはそのまま
引き継がれている。

昔、北側の壁面には、富士山が描かれた山一證券の巨大
広告があり、阪急電車からいつも見ていた。
今は富士山も山一證券もなくなっている。

バスの出発まで時間があったので中で昼食をとった。
地上18階、地下1階には阪神百貨店の食品売り場が入っている。
グルメや映画館など多くの店が入っていて土曜日でもあり
午後2時でも食堂街はにぎわっていた。

この「新聞会館」は、昔の神戸のモニュメント的なビルで
最も先進的なビルでもあった。
ラジオの深夜放送で紹介された映画を見に若者が集まったり
もした。中学生のときに「ローズマリーの赤ちゃん」を
見るために階段つたいに並んだことを今でも覚えている。
実は、はじめてのデートで見たのもこの新聞会館で
「小さな恋のメロディ」だった。

神戸新開地から三宮あたりの地域を調べることを
次のライフワークにしたいと考えているが
そろそろ動き出さないといけない。

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2007年03月22日

大学院の卒業旅行

教育サポーターの仲島正教さんの『元気が一番』塾
に参加した後、三宮に向かう。
大学院の卒業旅行に向かうためだ。

参加者は30名中19名。
三宮から皆さんと一緒に淡路島の洲本までバスで渡る。

同級生は皆元気だ。
2次会、3次会でも年齢を忘れて吼えている人もいる。
会社の中のトーンとかなり違う。

色々な職種の人が集っていることもある。
学校の教師、中小企業経営者、医師、税理士を目指す人、
主婦、定年退職した方、社会保険労務士、
組織で働いている人でも、公務員、製薬会社、保険会社
病院、第三セクターなど多様だ。

元気な理由は、予選を通過した人であるからだ。
多くの人は、違う世界への憧れや環境を変えたいとの
思いは持っている。
でもなかなか初めの一歩を踏み出す人は多くない。

社会人大学院の募集広告を地下鉄のつり革広告で見て
興味を持つ人は少なくない。
でも学校に問い合わせ、仕事との調整を頭に描き、
募集要項を取り寄せ、研究報告書を書き、受験して
、授業料を払い、場合によっては上司のOKを取り、
仕事の後学校に通う。
このプロセス(予選)を経てきた人達が元気でない
はずはない。

それに比べると、キャリアインタビューのために
「大学院でのキャリア研究」を名刺に刷り込む目的で
受験した私などは不逞の学生そのものだ。
まぁ、21世紀枠での選抜といえよう。

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2007年03月21日

2)「若手教師の学級」に参加しました

昨日の『元気が一番』塾の話を続ける。

二人の先生の実践発表。
一人は男性の先生で「養護学校での学び」を発表、
もう一人は新任2年目の女性教師が、保護者との懇談会
で工夫した取り組みの発表。

女性教師は、保護者に1年間の子どもの成長記録を映像で
紹介した。
子供の学校での色々な場面が写されており、階段を手を
つないで降りてゆく後姿を取ったグッドなショットも
あった。

BGMが流れる中、子どもの笑顔が映し出される。
最後には、ひとりひとりの名前とその子の「いい所」が
白い文字で一言書かれている。
これでは、保護者は食い入るように見つめただろうと感じた。
素晴らしかった。
最近はソフトを使えば映像はそれほど難しくないらしい。

私にはその後の言葉で、こころが動いた。
「クラスの全員を写したつもりだったが38名の生徒のうち
数名が見えていないことが分かった」との発言だ。

ぼんやり見ていては、何も見ないのと同じになる。
一人を深く見ることで全体が分かることは多い。
狭く深く見ることが全体を把握できるのはビジネスも同じだ
思っている。


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2007年03月20日

1)「若手教師の学級」に参加しました

先週の土曜日、元教師で現在は教育サポーターとして独立して
活躍されている仲島正教さんが、立ち上げた『元気が一番』塾
を見学させてもらった。
若手教師を育てる私的な勉強会だ。

西宮の公民館には、定刻の10時前に若い先生を中心として続々と
人が集まる。数えてみると50人を超えていた。

初めは二人の先生の実践発表から始まる。
・「養護学校での学び」を語る男性の先生、
・ 保護者との懇談会で実践した内容を発表する新任2年目の
  女性教師。

後半は仲島さんが「4月、学級開きをどうするか」というテーマ
で研修をした。
一つ一つが具体例で紹介されるのでつい引き込まれた。
特に、子どもたちとの 「いいお別れ」と 「いい出会い」の話は
私の現在の主要テーマなので興味深く聞いた。
また、かつての文集の中に仲島さんが、「いい顔」を主題に書いて
いたことにも驚いた。
(私の朝日新聞の連載の主題は「いい顔で働き続けるためのヒント」)

現在独立して2年目であるが、益々発展されることは間違いない。
若手の先生のためにもそう願っている。



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2007年03月19日

第九回キャリアチェンジ研究会が行われました

先週の15日(木)に、キャリアチェンジ研究会を開催
今回のゲストスピーカーは、私、楠木新が担当した。
題名は「なぜ転進者は人に偶然出会うのか?」。

参加者は、20名を越え、新に参加した方も8名となかなか
盛況だった。
話の内容は別に触れるとして、このような全く見知らぬ
人が「何かこんなことをしている」ということで集まる
機会は結構重要ではないかと考えている。

公務員、サラリーマン、独立したICの方、大学院生、
臨床心理士、キャリアコンサルタント、コーチなど
各人さんの自己紹介やその後の喫茶店での話で気づか
されることも多い。

朝日新聞の連載では、先週の吉岡さんを初め、この
研究会のゲストスピーカーで登場いただいた方が続く。
どれ位の文章が書けるかが具体的に判定されるので
気が抜けないとも思っている。

次回の研究会は4月18日(水)に、いつもの産業創造館で、
鉄鋼商社の役員から転じてメンタルヘルス、キャリアの
研修や講演で活躍されている中本渉さんを迎えて行います。

多くの方の参加を期待しています。
(具体的な案内は、後日メール、ブログで連絡します)


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働き方の柔軟性(朝日新聞be「こころの定年」)

昨日、紹介した井口さんは、もしも育児中に、ある程度勤務
時間の融通がきく部署にいれば、転身はしなかっただろう
とも語っていた。

インタビュー終了後も、井口さんの自宅で奥様も一緒に
この課題に付いて話した。

「最近は企業も多様な働き方を認める方向にあるが、
そうそう柔軟な対応をしてくれる企業は多くはない」
と〆たが、管理的な色彩が強いマネジメントを改定する
ことで「働き方の多様性」を認めることが大切である。

かつては、会社では、終身雇用と年功序列という求心力
があったが、それらが消滅しかけている状況では、会社
は新たな求心力のあるものを社員の前に提示しなければ
ならないが、これが難しいので、組織の停滞を生んで
いる面がある。

求心力の一つは、自分らしいキャリアや生活ができる機会
が作れる、または、そのために働き方を変えることが出来る
制度が求められているのではないか。

働き方の柔軟性確保の大切さは、組織から外れて見ないと
分からない。そういう意味では、私はいい経験をしたと
いえる。

今回のようなインタビューができることもつながっている。

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2007年03月18日

「となりのコラム」(3)「こころの定年」朝日新聞be連載)

昨日の「弱音を吐いてもいいのです」(3)朝日新聞be連載)
に登場いただいた吉岡さんからメールをいただいた。

その中で「隣にあるコラムとうまくマッチしているのが絶妙
ですね。」と書かれていた。

読んでみると、なるほどと思った。
「I always liked differennt」(「ハッピーフィート」)
現在公開しているペンギンの成長と冒険を描くミュージカル
アニメの一節だそうだ。
「変わり者のペンギン」に対して、母親が考えや個性を認め
合おうと「変わっているほうが素敵よ」と言うらしい。

コラムでは、個性や個人の意見を尊重する表現を映画学専攻の
教授が紹介している。

最後は「Don't be afraid to be yourself」
(ありのままの自分でいることを恐れないで)

横の私のコラムは「弱音を吐いてもいいんです」
吉岡さんの言うように興味ある符合だ。

また自分のコラムだけ見ているのでは、読者を捉えられないとの
私への警句でもあるようだ。

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2007年03月17日

下)娘が私の会社にやってきた!(父と娘の就活日誌)

(昨日から続く)

娘と話しながら、30年前の自分の就活を思い出した。
就職協定が守られて5日間で終了したのだが、それでも結構
ドラマがあった。金融関係の3社が残ったが、最後の決め手
になったのは、娘が感じたのと全く同じ理由だった。

日本の産業金融のトップランナーを自認していた会社や、
バリバリ仕事をやる雰囲気の銀行ではなく、人間臭さがあっ
て、一番友達が作れそうだと感じたからだ。ひょっとしたら
、娘と同じDNAが働いていたのかもしれない。
それを再確認できたのは私にとって嬉しいことだった。
 
当時と比較して感じるのは、私と娘の働くことに対する
「リアルさ」の違いである。私は、庶民的な商店街で育った
ので、一応「商売感覚」を肌で感じていた。

サラリーマンだと仕事場と家庭が切り離されているので、
どうしても働くことが別世界のことになる。娘とコミュニケ
ーションを怠っていた私の責任でもあるが、現実には、サラ
リーマン家庭で、子どもが働くことの実感を持つのは難しい。

親の働く姿を子どもに見せるために「会社参観日」を実施して
いる企業もある。その企画目的を確認すると下記の3つだ。
1つひとつが、家庭における親の責任を示している。

(1)次世代育成に向けた社会的責任を果たす
(2)家庭におけるコミュニケーションの活性化を促す
(3)(親の)仕事と家庭の両立を支援する

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「弱音を吐いてもいいのです」(3)「こころの定年」朝日新聞be連載)

朝日新聞be(土曜版)「こころの定年」の第三回目が掲載された。
第一回目は、私のインタビューを始めるきっかけを述べて
「こころの定年」の考え方を説明した。
第二回は、先週紹介した「日本一明るい経済新聞」の竹原さん。
これからしばらく具体的な転進者のキャリアプロセスを紹介する。

第三回目は、損害保険会社から大阪市から委託されたカウンセラー、
イラストレイター、主夫の3役をこなしている吉岡俊介さんに
登場いただいた。

吉岡さんは、40才半ばまで「会社中心の働き方」でやってきて、
そこから転進された。色々大変な場面もあったが今はとても
「いい顔」で活躍されている。

吉岡さんの転進のタイミングは、丁度私がターンするのと同じ
年齢だったのでやはり近いものがあったのかと感じることがある。

ラジオ関西にも登場いただいたので、ブログの「ラジオ関西」を
見ていただければ、もう少し詳しいことがわかります。

こういうご協力いただく方で連載が成り立っていると改めて
感じています。



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2007年03月16日

テレビ番組「小椋桂」

昨日、「船場カリー」ですじチーズを食べていると、横の
サラリーマンの二人組みが、テレビ番組、小椋桂の特集の
話をしていた。

私の世代だと「さらば青春」、テレビの「俺たちの旅」の主題歌
布施明の「シクラメンのかほり」などが頭に浮かぶが、
美空ひばりの「愛燦燦」などは、その音楽の幅の広さをうかがわせる。

また大学卒業後、日本勧業銀行(現 みずほ銀行)の銀行マンでの
エリートサラリーマンの印象も強い。
50才前に銀行を退職し東大文学部哲学科に学士入学。
歌手活動と並行して6年間にわたり学業に励む姿も紹介されていた。

また息子さんが若い時に脳梗塞になって長い闘病生活を送っている
のをサポートしていた事ははじめて知った。
それから息子さんは、国内でも数少ない琵琶製作者になり、それが
縁で琵琶などの伝統楽器とのコラボレーションをする姿も写されて
いた。

番組の中で小椋氏が「この100年の中で一人だけ歌手を挙げれば、
美空ひばり」と言われていたのは印象的だった。
同感である。
私より少し年齢の上の女性が、カラオケでいかに美空ひばりの歌に
自分の人生を写していたかを痛いほど感じている私には、昔を思い
出させる発言であった。





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2007年03月15日

「松下、5000人削減」(朝日新聞朝刊)

「松下電器、5000人規模削減 海外生産にシフト」
土曜日の朝日の一面の記事である。

「松下電器産業が、グループ企業も含め5000人規模の
人員削減を計画していることが9日明らかになった。
コスト削減のために、利益率が低い製品を人件費が安い中国
など海外生産にシフトしており、人員の余剰感が高まっていた。
早期退職の希望者を募ることで削減するが、
<中略>
たとえばデジタル家電部門の場合、勤続10年以上が対象で、
年齢により最大47カ月分の基準内賃金を「転身支援金」として
退職金に上乗せする。 」

一方、3・9の別の記事では、
「大手電機メーカーの08年度新卒採用計画は、大幅に採用を
増やした07年度をさらに上回る計画が目立つ。
技術系を中心に優秀な人材の確保を急いでいる。」

「松下電器も、一方で08年度に800人を採用する(7%増)
予定だが、若い世代に入れ替えて早めに最先端技術を学ばせる
狙いもある。」(朝日新聞)

こうしてみると、単に人間の頭数のリストラではなくて、必要な
技能(若さも含めて)がより意識されてきたのだろう。



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2007年03月14日

『ゼミナ〜ル』での感想をいただきました

先週、あるゼミナールで話す機会をいただいた。
その感想をゼミの主宰者のブログで紹介いただいた。

「キャリアチェンジを行なう行動・姿勢・思考特性
本日の講師は楠木新さん、日本で唯一の“こころの定年評論家”。

“こころの定年”とは働き盛りに働く意味に悩む状態に陥る、
定年まで勤め上げねばと思う半面、「このまま働き続けていて
よいのだろうか?」と感じる、このような状態をいう。

確かにそう感じている方が結構多いのではないだろうか。
楠木氏は170名のキャリアチェンジした人たちにインタビュー
して共通項をいくつか発見。
その一つにキャリアチェンジを行なう行動・姿勢・思考特性を
見出す。
^嫐あることに一生懸命取組む、
⊆匆馘な要請に応えようとする姿勢を持つ、
まず、行動する、
ぜ発的な行動をとる、
テ整嬖野に資源(時間・能力)を集中する、などだ。
説得力もありうなづける。大いに参考となる。 」

どうもありがとうございました。



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2007年03月13日

ボンバルディアDHC-8-400

下記の通り、先月高知に出張に行った時の、同じ曜日、
同じ時間の同じ飛行機の前輪が出ない。
無事の結果は分かっていたが、それでもドキドキ
しながらテレビニュースを見ていた。

取引先の常務で、飛行機に絶対乗らない人がいる。
大阪から宮崎の里帰りにも全て電車だそうだ。
その気持ちが少し理解できた。

2/4のブログ
「先日、高知への出張で伊丹空港から龍馬高知空港まで飛び、
その後電車で四万十市に入った。

行き帰りとも全日空のプロペラ機だった。
ジャンボに比べるとやはり小さい。
機種はボンバルディアDHC-8-400で、全部で72人乗りである。
長さ32m、幅28m、高さ8mである。
ちなみにジャンボは、
長さ70m、幅64m、高さ19mである。乗客は、569人乗りある。

機種の大きさは、いずれも2倍強、ジェットの形は大体
決まっているのだろう。
乗員は、縦×横×高さで、2の3乗で、8倍。計算はあう。

でも安定感はかなり違う。
車でも1500ccと2500ccではずいぶん違うのと同じか。
行きは好天でまったく揺れずに40分、帰りは寒波襲来で
相当揺れた。

まぁ、これだけ飛んでも落ちたという話はめったにないから
と自分を納得させながらプロペラを眺めていた。 」



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2007年03月12日

日本で最もしゃべりなインド人

昨日の、「たかじんの『そこまで言って委員会』」の番組に
「クンナ」さんがいきなり出てきたので驚いた。

中国とインドとどちらが好きかという質問の脈絡の中で
登場した。

「クンナ」さんは「サンタナ」というインド料理店を難波で
経営している。
数年前に場所は少し変わったが、もう結構長い。

前の店のときに、不意に2階の店に入ってから時々行っている。
拙著にも登場いただいている。

「呼吸法に行った後ナンバの「サンタナ」というインド料理の
店に立ち寄る。私が、勝手に「日本で最もしゃべりなインド人」
と名づけたクンナさんがいる。
店に入ると、クンナさんの妹とおぼしき若い女性がウェイタ−を
やっていた。(以前に、この妹さんの就職先がないかを頼まれて、
写真と履歴書を一方的にみせられたことがあった)。
 しばらくすると、クンナさんが帰ってきて、
「ナマステ。元気!」。
「こんにちは、妹さんですよね。前に履歴書をみせてもらった。」
「そうですよ。よく覚えているね。今は堺で仕事してるよ。
あなたは問題ない?」
「いつもとおり、NO Problemですよ。」
(問題は、一杯あったような。でもクンナさんを見れば何もな
かったと言うほうが正解のような)
「それは良かった。チャイのサ−ビスするね。ゆっくりして
いってよ。」
 ここにも僕のサポ−タ−はいたのだ。嬉しい。」
(拙著「ビジネスマン『うつ』からの脱出」)

確かによくしゃべる。
評論家の三宅久之氏からは、「あなたの話すことの何割が本当
であると思えばよいのか?」と質問されていた。
私はずっと笑いっぱなしだった。

昨日の「のど自慢」といい、この週末のテレビは面白かった。


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2007年03月11日

NHKのど自慢

「NHKのど自慢」は私の好きな番組の一つである。
毎週日曜日の番組を見ているとなぜか感動してしまう。

これは僕だけなのかしら。おそらく家族のつながりが
歌を通して垣間見えるからなのだろう。
昔はそうでも無かったが、最近は頓に心が動く。

土曜日は、「チャンピオン大会」の特別番組だった。
家族の絆が見れるのはいつも通りだったが、特別出演の
3組は最高であった。

 屮┘◆璽ターの女性二人組の『チャンピオン』」、
◆峩箙坩の支店長代理のタンバリンを叩く『マリリン』」
「養老の幸ちゃんの『いいわけ』」

あとの二つ(△鉢)は特に笑った。

∋拇皇溝緲が真面目な顔で、タンバリンを自由に操る落差。
「つんく」の「いいわけ」を奇妙に自分でアレンジして歌う
幸ちゃん。彼は私の好きなテレビ番組「ナイトスクープ」にも
登場した。

石川さゆりが感想を求められて
「世の中には、いろいろな人がいるんですねぇ」(笑)

私は、それを感じたくて、この番組を見ているのかもしれない。



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2007年03月10日

「自分の気持ちに忠実に働く」(2)「こころの定年」朝日新聞be連載)

朝日新聞be(土曜版)「こころの定年」の第二回目が掲載された。
先週の第一回目は、私がインタビューに取り組むきっかけと
「こころの定年」の考え方を説明した。

今回から具体的な転進者のキャリアプロセスを紹介する。
初回に登場いただいたのは「日本一明るい経済新聞」の竹原さん。

実は、竹原さんは私が転進者に対するインタビューを始める
きっかけになった方だ。
このあたりは私が説明するよりも以前に朝日新聞が書いてくれた
記事のほうが、わかりやすいので下記に引用する。

「転機の一つになったのは新聞記事だった。03年元日。泊まり
がけで京都市の神社に初もうでに行き、戻ったホテルのロビーで
備え付けの朝日新聞社会面(大阪本社版)を開くと、
「元気のお年玉」というタイトルの連載があった。

老舗(しにせ)の経済新聞社の部長が、発足間もない小さな
月刊紙「“日本一”明るい経済新聞」の、たった1人の記者兼
編集長に転身した話。元気な中小企業を取り上げたいという
社会貢献の思い、迷った末の辞表、見守る家族との対話。
一つひとつ心にしみた。

『自分の求めていることのヒントがこの記事にあるのではないか。
迷いの中、一筋の光明のように輝いて力づけてくれました』

自分は会社から離れて何が出来るのか見つけようとしている、
と気づき、キャリアチェンジの「先人」に話を聞き始めた。」
          (平成18.01.19 朝日新聞(関西版))

60歳を前に活躍する竹原さんをとても「かっこいい」と思っている。
私の目標の一人である。


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2007年03月09日

「カネ、カネ、カネ」から「ヒト、ヒト、ヒト」へ

昨日は、中小企業の経営者にインタビュー。
徒手空拳から事業を立ち上げ、バブル期には不動産を
はじめとする事業で数百億の資産を持った経営者。

しかしバブルの崩壊とともに多くの負債を抱えた。
そこから復活した過程の話を聞いた。
特に負債を清算する部分の話が興味深かった。

印象に残ったのは表題の言葉
ー「カネ、カネ、カネ」から「ヒト、ヒト、ヒト」へー

「ヒト、モノ、カネ」が経営資源だと、色々なビジネス書で
説明されている。彼は高度成長期からバブル期までの時期は、
「カネ、カネ、カネ」と思っていたそうだ。
つまり「カネ」があれば、優秀な人も雇える、物も買える、
情報も入ってくる、と。

しかしバブル崩壊から立ち直る経験の中でそうではないことに
気がついた。
「カネ」ではなくて「人」であると。

彼は、立ち直る過程で社業を現在の社長に託して自ら会長に退き
代表権も返上した。
そうすると、社長が大きく成長して会社は再び発展を始めた。

それを見て彼は大きな間違いに気がついた。
「人」が育てば、「モノ、カネ」も入ってくる。「ヒト」も集まる。
いくら「カネ」を積んでも、優秀な人は採用できないことも分かった
という。

ビジネスの実体験から、この言葉を語れるヒトは少ない。



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2007年03月08日

森鴎外「高瀬舟」

最近文章を書くのに苦労するようになったので、たまには
名作を読んで見ようと思い立ち、森鴎外の「高瀬舟」を
手に取った。

むかし教科書にでも載っていたのだろうか、うっすらと題名、
大方のあらすじはなんとなく覚えたいたが読み直すと
引き込まれた。

流石、こういう文章を書く人を文豪というのだろう。
短編の中に無駄が無く、映像のように場面が頭に浮かぶとともに
登場者の気持ちが伝わってくる。

京都の罪人を遠島に送るために高瀬川を下る舟に、弟殺しの
喜助という男が乗せられた。護送役の奉行の同心羽田庄兵衛は、
喜助が犯罪人で島に流されるというのに、いかにも晴れやかな
顔をしている事を不審に思い、訳を尋ねることから始まる。

江戸時代の随筆集「翁草」の中の「流人の話」をもとにして
書かれたとのことだ。
財産の多少と欲望の関係、および安楽死の是非がテーマとの
ことであるが、短い文章の中にこれだけの内容が無理なく
込められている事に驚いた。

偶には、昔の名作を読むのも面白い。



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2007年03月07日

生田神社と三宮神社

藤原紀香の結婚式で一躍有名になった生田神社であるが、
それを囲むように一宮神社から八宮神社が点在するのを
知っている人は少ない。

数字の順に各社を巡ることは、厄除けになるらしい。
そのうちの一つである三宮神社界隈はは、「湊川新開地」
と並ぶ神戸の盛り場であった(加藤政洋「花街」)。

三宮といえば、センター街あたりを頭に浮かべる人が
多いが、それは後年のことであって、大丸の向かえにある
居留地に程近い三宮神社あたりが中心であったらしい。

境内には、露店、映画館、寄席、玉突き場、飲食店、カフェ
などが並んでいた。今からは考えられない。
しかし西には今の元町商店街である西国街道、南には居留地が
広がっているので当然かもしれない。

もう少し巨視的に見れば、生田神社とその関係する八社とも
現在の生田区、兵庫区にあり明治の初年まで寒村だった場所に
神戸港開港に伴い一気に発展した地域であるということだ。

私は現在のインタビューがひと段落ついた後は、この地域の
歴史をやりたいと考えている。

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2007年03月06日

神戸中山手

昨日の観劇の帰り、三宮の鴻華園で妻と食事。
この店は、中山手通りの一本裏手の左の細い路地に入ると
突然出てくる。

ベトナム料理と広東料理が融合した味が楽しめる。
名物は(勝手に思っているが)「蒸し春巻」。
ベトナム料理の生春巻きや揚げ春巻きは多いが、
「蒸し春巻」は珍しい。

米粉でできた皮のモチモチ感が最高で、口に入れると意外な
弾力感に驚く。上に添えられた香草やネギもなかなかである。
昔は時々来ていたが、本当に久しぶりだった。

近くに「にしむら珈琲店」の本店もある。
この二店のセットもなかなかオツである。
「にしむら珈琲店」の珈琲は、私がこの世で一番美味しいと
思っている。
最近は大阪の曽根崎やOBPにも店がだされている。
うれしい限りだ。

中山手を下ると生田神社が左手に見えた。
境内は、結婚式などで一杯だった。
日曜日のせいかもしれないが、藤原紀香と陣内の結婚式の
ムードが続いているのか。




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2007年03月05日

「ドライビング ミス ディジー」を観劇

昨日の日曜日、神戸の新オリエンタルホテル劇場で
「ドライビング ミス ディジー」を妻と一緒に観劇。

休憩なしの1時間45分、舞台に釘付けになった。
劇団民藝の奈良岡朋子さんと無名塾の仲代達也さんの
組み合わせ。

ダブルキャストの息子役、千葉茂則さんを入れて登場人物
は三人だけ。舞台装置もデイジー宅は花模様のソファ、
息子宅の電話、二人が乗る自動車のセットのみ。
だが、全く退屈せず、淡々と息を呑むような凄さがあった。

ユダヤ人と黒人の使用人。最初はぎくしゃくしていた関係
が次第にうちとけ、強い絆が出来ていくさまが、時間の流れ
とともに見事に描かれている。
温かみやユーモアもあり、二人芝居に近いので名演技のぶつ
かり合いが際立った。

仲代達也さんは、70歳を越えているがとにかくかっこいい。
私が小学生の頃、神戸の新開地は映画館だけでも30を越える
ほどあった。銭湯の脱衣場に張られている映画ポスターを
見るのが楽しみだったが、仲代達也さんの「人間の條件」
(小林正樹監督)のポスターの絵をなぜか覚えている。
以前、演劇「セールスマンの死」(アーサー・ミラー)の時
にも同じことを思い出していた。

奈良岡朋子さんは初めてだったが、70歳後半とは思えない
素晴らしい演技だった。休憩のない舞台で、徐々に年をとる
ことを見事に表現している。
妻の感想も「全く飽きなかった」

二人がカーテンコールに現れると盛り上がった。
観客は年配の方が多かった。劇の素晴らしさもさることながら
自分たちの「ありたい姿」を体現していることの拍手だった
ような気がする。



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