楠木新(くすのき あらた)
楠木新の自己紹介

*講演・セミナー・研修および取材などの
お問い合わせは、kusunoki224アットマークnifty.comまでお願いいたします。
※アットマークを@に代えてください

2008年04月

2008年04月30日

「自分で決めていない」(父と娘の就活日誌)

(昨日から続く)

娘は、金融機関の一社からの内定が決まったので、もう
気分も落ち着いたのかと思っていたが、娘の顔はあまり
晴れ晴れとしたものではなかった。

少し話してみると、それは、内定が出たのに、まだ就活
を続けている後ろめたさ(決まった会社に対する)も
あったが「自分で決めていない」という物足りなさが
大きいと感じた。

でも自分のことを考えてみれば 人生の大きなイベント
である就職や結婚でさえ、強い意志で選ぶのではなく、
自分ではどうにもならない事柄に支配されていることに
気がつく。

これは、ある程度年齢を経て始めて分かるものかもしれ
ない。また長く会社員生活を続けると、自分の思いと異
なるものに流されざるをえない毎日が、その思いを強く
させる面もあるかもしれない。

でも自由業だからと言って、自分の決断の範囲はそれほ
ど大きくはないだろう。

「自分で決めていない」のが課題ではなくて、
与えられた場(それは会社という狭い範囲ではなくて)
で、いかに、やっていくかがポイントになるのだと
思っている。


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2008年04月29日

二つの内定を取得した友人との会話(父と娘の就活日誌)

内々定が決まった同じ大学の男子学生と娘との会話である。

娘「もう行くところは決まったの?」

友人「一応、信託銀行とコンサル会社から内々定をもらった」

娘「私は多分金融機関のB社になると思うけど。A君はどち
  らの会社にするの?」

友人「まだ迷っているんだ。信託のリクルーターに他社のこ
   とをポロっと話したら、『この時期に廻るなんて約束
   違反だ』って相当言われたよ。ゼミの先輩には、そう
   いうことを話すお前が悪いって言われたね」

娘「どうして、信託銀行とコンサル会社にしたの?」

友人「個人に役に立つというか、専門性の高い仕事がしたい
   んだ。信託は個人の財産管理や相続の相談、不動産な
   どの部門もあるからね。将来、独立したいと考えてい
   るので、就活が終わると、行政書士の試験も受けるつ
   もりだ」
(彼は、経済学部なのに、民法や商法の単位も取っている)

娘「私は仕事で何かやりたいことなんてないの。とにかく働
  いて、経済的にも精神的にも自立したい気持ちが強いわ」

友人「実は、僕もやりたいことを無理に作り上げている気持
   ちもあるよ。だから迷うんだ」

二人の会話を聞いていると、人生の大きなイベントである
就職や結婚でさえ、強い意志で選択するのではないという
ことが、まだ分からないのかもしれない。
きっと若いのだろう。昔は私もそうだった。
                (明日に続く)

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2008年04月28日

有線の「70年代歌謡ヒット曲」は最高!

機会があって宿泊したホテルに、有線放送がついていた。
実は、この「70年代ヒット歌謡曲」を聴くのが、私の大きな
楽しみである。

・桑名正博「セクシャルバイオレットNO1」
・あべ静江「みずいろの手紙」:僕の同級生で好きな奴がいた
・河島英悟「酒と泪と男と女」
・高田みずえ「硝子坂」
・河島英悟「酒と泪と男と女」
・平田隆夫とセルスターズ「悪魔がにくい」
・あみん「待つわ」
                        などなど

ずっと聞くだけで、飽きずに思い出が流れていく。
面白いことに、80年代,90年代ヒット歌謡曲では、思い出と
結びつかないのである。

70年代は、私の中学三年生から、新入職員の期間であり、
もっとも多感な時期でもあるからだろうか?

会社の女性の同僚に聞いてみると、やはり思い出と結びつく
のは、25才くらいまでとの回答だった。

なぜそうなるのか、年を経るにつ入れて、エネルギーが
少なくなるからではないかの仮説が思いつく。
皆さんは、いかがでしょうか?
「爆睡」ができる時期と言い換えてもいいような気がするの
ですが、、、、。

私と同世代の人は、ぜひとも「70年代歌謡ヒット曲」を
聞いてみてください。
ちなみに、ポップスが好きな人には「70年代ポップスヒット曲」
もあります。
こちらは、ポールモーリアやサイモント&ガーファンクル、
シルビーバルタンなどが登場します。





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2008年04月27日

街中でよく見かける疲れきった就活生たち(父と娘の就活日誌)

先週の午後、大阪本町のビジネス街にある外資系のコーヒー
ショップに入った。

18人のお客さんのうち5人就活生がいた(女性は版で押したように
、黒いスーツに白いシャツなので外見ですぐに分かる)。
4人が女性で男性は1人だった。

私の位置から、横顔が見える女性は、長い髪を後ろにきれいに
束ねていた。片足の靴を脱ぎ、その足を組みながら、机の上に
ノート(おそらく就活の)を広げ、携帯をチェックしながら、
時折セキをして中空を見ている。

私の右隣に座っている男性は履歴書を書いていた。机の左側には
以前に提出したと思われるコピーした履歴書があった。

左前方に見える女性は、やはり携帯を時々見ながらコーヒーを
飲んでいる。娘の話では会社から電話がかかってきても、就活中
でとれないことが多く、また非通知なので、どの会社からの連絡
かが確認できなくて困ることがあるらしい。

気がついたのは、5人のいずれもが不機嫌そうで、その顔は相当
疲れている。家での娘の顔と重なるのだ。

昼休みのモスバーガーやスタバにも女子の就活生が多い。おそら
く今は一般職の面接も重なっているのだろう。思わず
「がんばりや」と声をかけたくなる。やはり青白い顔つきで精彩
なくみえるのは私の思い過ごしではないだろう。
若い女性社員がグループでにぎやかに話しているのと対照的だ。

母の看病のために東京から深夜バスに乗って大阪に来た妹の話
では、予約が遅い後部座席には3人の女子就活生が髪を乱して
爆睡していたらしい。東京にしか採用の窓口が開いていない企業
には深夜バスを使って会社訪問しているのだ。関西の私大の中に
は、まとまって学生が東京に出向くのを支援する大学もある。

4月に入ってから娘の疲れはピークに達していたようだ。内々定
の前日に娘が話した言葉が印象的だった。
「もう本当に消耗戦だよ。5日間で就職活動が終わったお父さん
の頃がいいよ」。家での様子を見ていると、内々定の際に、
「ほっとしたのが正直なところ」というのもよく理解できる。

娘は、この日に新学期が始まったそうである。



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2008年04月26日

転勤は社員にとって大きな課題(父と娘の就活日誌)

就活の会社選びで、娘は、家の事情も考えて、地元から離れる
ことに悩んでいる。

先日、営業事務を担当していた一般職の女性に電話をすると、
「彼女は東京に転勤しました」と回答があって驚いた。たしか
結婚退職する筈だったからだ。

聞いてみると、以前にこの欄で紹介した、配偶者が転勤する
場合に、同じ地域に赴任できる制度を会社が新たに導入した
らしい。このように制度が時代に追いつくこともあるのだ。

また私は、大阪―名古屋―大阪―東京―大阪と転居を伴う異動
の経験があるが、いろいろな地域に住めるメリットも大きい。
一方、単身赴任や思いがけない海外への転勤で、将来設計や
キャリア計画が狂う場合もある。

組織の側からみても転勤はいくつかの効果を持っている。
社員に幅広い経験をさせる、仕事や人間関係に飽きるのを防ぐ
などの機能があり、キャリアアップや昇進のステップにするこ
ともある。
また金融機関では、全国一律のサービスを提供・確保(これは
大きなブランド力でもある)するために、頻繁に転勤が行われ
ている。

こうしてみると転勤は組織にとっても、そこで働く社員にとっ
ても大きな課題である。

しかし元に戻って考えると、私たちの日常は、人生の大きな
イベントである就職や結婚でさえ、周到な準備と強い意志で
選択するのではなく、自分ではどうにもならない事柄に支配さ
れている。

だから1つの事柄や自分の決断に固執しすぎると、身動きが取り
にくいし、偶然に飛び込んでくるチャンスをモノにできない
恐れがある。また何よりも人との出会いの機会を失うことに
なりかねない。

あれほど地元で働くことに固執した妻が、実際の場面では強く
主張しないのが面白い。娘自身が、自分のやりたいことを優先
して、あとは何か物事が生じた時に、柔軟に対応するほうが
いいのではないかと私は思っている。


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2008年04月25日

2)内定後も就活を続ける理由(父と娘の就活日誌)

(昨日から続く)

実はこの2月に、私の母が大きな手術をして、私の妹と交代で母の
実家で看病に当たっている。なにしろ私は勤めのある身なので、
どうしても妻が実家と家を往復しながら面倒を見ることになる。

その様子を見ていて、娘は自分が家から通える会社がいいかなと
思いだしたのである。今は元気な妻の両親のことも考えたようだ。

娘は、就活に忙殺されていても家族のことを考えていた。また祖
母の見舞いに顔を出せないのが残念だったようだ。3月から、今ま
で視野になかった地銀を訪問したのもそのためだ。

父「いま訪問している会社が決まればそちらに行くのか?」

娘「いやっ、それはまだわからない。働く場所にこだわらずに
  仕事に取り組みたい気持ちも強いから。それに他社を廻るのに
  後ろめたい気持ちもあるからね」

父「裕美の家族を思う気持ちは嬉しいが、漠然とした将来のために
  、あまり自分を縛るのは良くないね。裕美が自分のやりたいこ
  とを中心に決めればいいんじゃないか。家族のことは何とかな
  るから」

妻「そう、今は介護ヘルパーも充実しているから。大丈夫よ」

娘「会社を絞って廻ってみることにする。B社は、転勤を除いて
  私には合っている会社だと思っているから」

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2008年04月24日

1)内定後も就活を続ける理由(父と娘の就活日誌)

娘は、一社から内々定を取得したが、そこで就活を辞めずに
限られた範囲の会社の面接を受けていた。
その理由と状況である。

■4月8日

妻「裕美は、まだ面接を受けているの?もう就活は終わったと
  思っていたのに」

娘「今回おばあちゃんのこともあったから。内定が出たB社は、
  いい会社だと思ってるけど」

父「どういう会社を回っているんだ」

娘「やはり関西で働ける会社。エネルギーのC社や地銀、それに
  、地域限定総合職の制度がある金融機関も少し頭にあるの」

妻「B社だと関西にいることはできないの?」

娘「大阪に勤める人も多いけど、全国に転勤はあるからね。初め
  の赴任地は、地方の支店に行く人が多いらしい。一時は公務員
  も考えたけれども、あまりにも勉強していないから無理だしね」

妻「やはり転勤は大きな問題ね」

父「プラス面もあるよ」

娘が引き続き就活を続けている理由は家族のことだ。
                       (明日に続く)


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2008年04月23日

「面接は場数が大切」(父と娘の就活日誌)

(昨日から続く)

前にも書いたように、面接は、就活のテキストを読んで習得
できるものではなく、実際の面接を通して試行錯誤を繰り返す
ことでうまくなる。理屈ではないのである。

娘はそれほど意識していないが、やはり何度も面接を受けな
がら、相手の反応や結果を見るうちに、無意識のうちにどう
すればいいのかが分かってきたのだろう。

実際の仕事でも量をこなすと質に転化する場面はよくある。
そして次の壁に当たるとしばらく停滞期を迎えて、また一皮
向けるような経験を積みながら成長していくものだ。

3月の初めにインフラ系の会社の面接で、「話が長い」と言
われたことも、今となっては受け入れることができるらしい。



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2008年04月22日

「面接のコツが分かった」(父と娘の就活日誌)

2月の採用面接の際には、結構不合格になりことも多かった
が、4月に入ってきてからは、娘は順調にOKを重ねている。

内々定の出る直前に「面接のコツが分かった」と感じた瞬間
があったらしい。

そのことについて以下に書いた。

*「面接のコツが分かった」

父「4月に入ってからは、メガバンクの面接も順調だったじゃ
  ないか」

妻「初めの頃、連続して面接試験に落ちていたのがウソの
  ようね」

娘「金融の採用の仕方(リクルーターとみっちり話す)が私に
  合っていたと思うの」

父「場数を踏んで慣れてきたのだろう」

娘「そういうことはないと思うけど」

妻「この前、裕美の就活の話を聞いていて、とてもわかりやす
  いと感じたの。成長したね」

娘「特に変わらないよ。ただB社の最終面接の前に、何かコツ
  がつかめた感覚はあったけど」

父「具体的にはどういうことかな」

娘「『話の内容を短くまとめられる自信ができた』という感じ
  かなぁ。今までESにゼミやサークル、バイトの内容を書
  いてきたけど、それらをコンパクトにまとめて話せることを
  実感したの」
                    (明日に続く)

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2008年04月21日

ついに初の内定!(父と娘の就活日誌)

(昨日から続く)
ついに初の内定! 
きちんと話を聞いてくれたので、面接はまずまず納得いく
ものだった。終了後、元の部屋に戻ってしばらくすると、
大学の採用ヘッドから「おめでよう」と告げられた。

小躍りするような喜びを感じるよりも、ほっとしたのが
正直なところだった。「これで一区切りついた」という
安堵感が大きかったという。

この最終面接は、実質的な選考の場ではなく、第1志望か
どうかと、人物の最終の確認をしたのだろう。
「他社も廻りたい」と答えた学生は、おそらく残れなかっ
ただろう。
その後、内々定をもらった学生と先輩リクルーター達とで
居酒屋に行った。

娘から私の携帯に夜の9時前にメールが来た。
「内定をいただきました。また電話します」

妻は「よかった」と言った後、「でもちっとも私の思い通り
にはならないわね」と苦笑いした。妻は、「地元で働いて
ほしい」「結婚・子供を持っても働き続けることができる
職場がいい」と一貫して主張していたからだ。
彼女にとっては、地方公務員や教員(娘は教職課程は持って
いない)が理想の仕事なのだ。

ところが、数日後、妻が何度も話していたことが娘にも影響
していたことを知る。

週末は、同じ大学の内々定者数人と先輩リクルーターと一緒に
桜見物の日帰り旅行に行った。他の会社を訪問できないように
無理に拘束することはなさそうだ(これを実際にやると恐ろし
く労力がかかる)。



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2008年04月20日

「人事の最終面接に臨む」(父と娘の就活日誌)

「父と娘の就活日誌」での人事最終面接の紹介です。

人事の最終面接に臨む
■4月4日
先日書いたように、一昨日、面接で号泣したものの最終
面接に残った金融機関B社に午後1時に訪問。午前中は
メガバンクで面接を受けた。

B社では、狭い会議室に1人案内されて、その部屋に先輩
社員が入れ替わり立ちかわり入ってきた。顔見知りの若い
リクルーターから、入社7〜8年目の社員までの先輩が
「これから面接か、がんばってな」などと娘に声をかけて
くれた。その中には、まもなく産休に入る女性社員もいて
、なにか少し安心した気持になったという。

待機していた間に、最終面接に提出する履歴書の作成を
指示された。それまでは、簡単な面接シートを書いただけ
だった(エントリーシート(ES)は事前に提出済み)。

その後、先輩リクルーターが、面接の心構えを話すとともに
、実際に模擬面接までやってくれた。娘は、「こう話せば
いいのか」とその時はじめて面接のコツがつかめた感覚が
あったという。

長時間待ったので、1人にしてほしい気持ちもあったが、
先輩たちは次々と訪れた。この時点で内々定の見込がある
のはB社だけだったので、ここで落ちたらどうしようという
不安も頭をよぎっていた。

最終面接は午後5時から始まり、1時間程度だった。会社側は
、人事部長を中央にして3人が並び、娘を含めた6人の学生と
の集団面接だった。おそらく1時間ごとに、グループが分け
られていて順番に実施されたのだろう。5回面接を行えば30名
の最終面接ができる勘定だ。

面接では、先ほど書いた履歴書に基づいて、ゼミで学んで
いる内容やサークル活動について聞かれた。どちらかと
いえば、あまり突っ込んだ内容ではなかった。6人に共通
した質問は「当社からOKが出た場合には、就職活動を
どうされますか?」だった。

娘は「御社に行きたいと思います」と短く答えた。実際そう
思っていたし、中途半端に答えて縁がなくなった会社も
あったからだ。1人の男子学生が
「すごく嬉しいですけれども、もう少し他社も廻りたいと
考えています」と発言した。「ここで決まったら就活を
やめてください」とリクルーターから何度も聞かされて
いたので、この場に及んで「第1志望と言わない人もいるのか」
と驚いた。



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2008年04月19日

「連敗ボクサーが闘う理由(わけ)」

今日、NHKの総合テレビで「負け続けてもなお」という
題名の番組を見た。
〜連敗ボクサーが闘う理由(わけ)〜

元世界チャンピオンの花形進が経営する横浜の「花形ボクシ
ングジム」。
一人の世界チャンピオンと四人の日本チャンピオンを輩出した
名門のジムである。
一方で、勝てない選手たちもいる。1勝10敗、5勝13敗など。

でも彼らはボクシングを辞めない。
職業も大手飲料メーカーの社員、郵便局員、アルバイトなど
色々だ。

毎朝ロードワークを行い、仕事のあと毎日ジムに来て黙々と
サンドバッグを叩く。年に数回の試合のために、毎日同じメニ
ューのトレーニングを繰り返す。
でも試合では毎回のように敗北する。
彼らの発言に興味を持った。

「リングに立っていない人に何を言われても気にならない」
「毎日の仕事では、自分と向き合っていない」
「ボクシングには生きる力を与えてもらった」

郵便局員のボクサーは今回も負けた。
年齢も30代半ば。それでも彼は、試合後数日してジムに来て
練習を再開する。
負け続けても彼らは闘うことを止めない。

昔、大阪府立体育館でのボクシングの新人王戦に足を運んだ。
画面を見ていて、それを思い出した。


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2008年04月18日

締切りの大切さ

現在、「ダイヤモンド・オンライン」に連載している
「父と娘の就活日誌」の先週号が、事情でアップされずにいる。
内容的な問題ではないので、もうまもなく読めるはずだが、
次の締め切りがはっきりしなくなると、書くことに対する
意欲が変わってくる。

今までは、月曜日の夜ごとに原稿を送って、水曜日にアップ
されるのが基本パターンだったのが、一回異なるとリズム
が違うからなのか、意欲がもう一つ湧かない。

こうしてみると「締め切り」があるから書いているのだ
と実感する。
もし締め切りがないと、私のような ずぼらな人間では
書き続けるのは難しいかもしれない。

昨年から今年にかけて、週の連載が2本続いていたが、
自然と書くものが溜まる点、適度な緊張感が確保できる
ことを考えると「締め切り」は本当にありがたい。

文豪や著名な作家は、「締め切り」とは無縁なのだろうか。



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2008年04月17日

父親も就活で号泣していた!」(父と娘の就活日誌)

(昨日からの続き)
娘が就活で号泣したという原稿を書いて、実は、私も号泣して
いたことを思い出した。

―父親も就活で号泣していた
30年前の私の就職活動では、就職協定もあって、4年生の10月1日
から一斉に会社訪問が始まった。短期間だったので金融関係の
5社程度しか廻れなかったが、4日目にS銀行の内々定が出た。
娘の場合のように、数人の先輩リクルーターと何度も何度も
話し込んだ。

内々定をもらった夜、家に一人でいると「あんな格好いい先輩
ばかりがいる銀行は僕には似合っていない」と感じ(これは今から
考えても、奇妙だが)別の会社にしようと翌日に辞退を申し出た。

最後まで迷いながらも、気持ちを伝えて何とか納得してもらった。
帰り際、受付で名札を返す時に、リクルーターのSさんから
「君との話は面白かった。社会人になったらまた会おう」と声を
かけられて申し訳なさと感謝の気持ちで号泣した。
彼の顔と受付の女性が涙でにじんで見えなかったことを思い出した。

本音を話せた、充分聞いてもらった、という気持ちが大きかった
のだと思う。

今回の娘の話とは場面は違うが、B社の面接者の顔を想像すると、
なぜか当時のS銀行の採用責任者に重なるのである。



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2008年04月16日

就活生は、将来の後輩・部下候補だ!(父と娘の就活日誌)

(昨日から続く)
―就活生は、将来の後輩・部下候補だ!
娘の話を聞いて気がついたのは、リクルーターとじっくり話す
機会を確保している会社はそれほど多くなさそうだ、ということ。

多数の学生を選別するには、形式的にやらねばならないことも
わかる。でも目の前の学生は、明日には後輩や部下になるかも
しれない候補生である。

会社からみれば多額の投資対象でもある。例えば15年勤めると
すると、給与や福利厚生費などで1億円近い投資なのだ。
その中身を十分見ないで決めていいのだろうか。会社の備品で
1億円を投資する際にはもっと内容を精査するのではないか。

だから、私が採用ヘッドの時も、学生とリクルーターが、
書生っぽくてもいいから自分を表現したり、互いに生活レベル
の感動や感受性を語り合うことが大事だと思っていた。
もちろんビジネスはそういうことだけで進んで行かないとは
分かった上でのことだ。

―生活レベルの感動や感受性を取り戻す
現在、企業は、合理性と効率性を必死になって求めている。
その結果、選択と集中、IT化、リストラ、分社化を推進して
いる。しかし合理性と効率性が、非合理なもの、非効率なもの
を、厳しく排除しすぎると、両者の根本は一体なので、後者は、
必ず自分の元の範囲を取り戻すために反逆に出て混乱が起こる。
それは組織にも個人にも当てはまることだ。

人が本当に頑張ったり、快活になれるのは、合理的な思考を
高めたり、効率的な計算を行なうからではない。日々の暮らし
の中で生まれる喜びや悲しみと無縁では力を持ち得ないのでは
ないか。

元気を失ったビジネス社会の現状を打開する1つの手立ては、
効率、機能を重視する中で排除されてきた生活レベルの感動や
感受性を取り戻すことだ。

それは就活での面接にも当てはまるのではないか。

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2008年04月15日

本音を話せる会社と出会えるか?(父と娘の就活日誌)

「ダイヤモンド・オンライン」の「父と娘の就活日誌」の
連載も大詰めを迎えつつあります。

下記に、引用を掲載します。24回目の内容になります。
http://diamond.jp/series/jobhunt/10024/

(一昨日から続く)
娘はB社のリクルーターからの電話に、「明日の人事の最終
面接、第一志望で受けます」と回答した。
この日予定が入っていた繊維メーカーの面接はパスした。
そして4月4日の最終面接の日を迎えることになった。

―たったこれだけしか見てくれないの?

娘は、就活自体は、いろいろな人に会えるし、勉強になると
積極的に受け止めていたが、面接などの選考プロセスには
大きな不満を抱えていた。

合否の結果よりも、「たったこれだけしか見てくれないの?
」という気持ちが強かったという。決まりきった質問に
理路整然と答える面接に歯がゆさも感じていたようだ。

当初志望度が高かった企業ではまったく消化不良のまま
終った。インフラ系の会社では、自分のことを語ると
「話が長い」と言われ、電鉄会社のグループ面接では、
何も出せないまま終わったからだ。志望していた運輸
会社も、30分で5人同時の面接から始まった。

そのためストレスも相当たまっていたようだ。面接の日
も夜遅く帰宅することが多く、家でゆっくりする気分では
なかったらしい。また食生活も少し乱れていて、体調も
必ずしも良くなかったという。

そういう伏線があって、B社の社員との出会いで気持ちが
はじけた(号泣した)のだと思う。



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2008年04月14日

それはないよ「桜花賞」

日曜日は、久しぶりに阪神競馬場のでの牝馬クラシック
第1弾「第68回桜花賞」に行く。

昔はよく通った時期もあったが、最近はトンとご無沙汰
だった。入れ込んだのは「ナリタブライアン」の時期だから
もう10年以上前のことだ。

曇り空だったが、人の入りはさすがだ。
パドックも人の頭の間からちらちら見るだけだった。
昨年の有馬記念と同様、今回は混戦になると見て阪神競馬場で
1、2着になった馬に限って流していった。

ところが大波乱。12番人気の伏兵レジネッタが差し切り、
2着に15番人気エフティマイア、3着に5番人気ソーマジ
ック。
3連単が、なんと700万2920円でクラシック史上最高配当。
馬単、馬連もG1史上最高配当だった。

久しぶりにファンファーレとともに、中央のボードを見ていたが
買った馬は、まったく視界にも入ってこなかった。
これほど惨敗すると呆れるほかない。

関西の若手漫才師が、3連単をとったという情報も流れている。
まぁ、久しぶりのクラシックを経験しただけでよしとしよう。

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2008年04月13日

「漫画トリオの懐メロ」を観ました。

昨日、「ワッハ上方」で「漫画トリオの懐メロ」という
ビデオをみた。
横山ノック氏が、参議院で落選した直後の正月に撮られた
もので久しぶりの漫画トリオのメンバーでの一時的舞台だ。

番組は米朝師匠が司会をしていた「和朗亭 28」の番組。
その時のテーマは「ベテラン漫才の味」で、「漫画トリオ
の懐メロ」という題名だ(1975.01.11 朝日放送:10分50秒)
やはり面白い。
下記に紹介します。
             記

米朝「漫画トリオを再結成してもらいましょう。昔のままの
   ネタをそのままやってほしい」
ノック「漫画トリオも懐メロになりましたな」
(米朝師匠は、息子の子米朝に余りにも似ているので驚いた)

*「ネタのメモ」
・「伊丹」「アメリカ」「電電公社」を思い出すのに、歌で
  思い出す得意な構成。
・「国会を勤めた人間が」と言いながら、タコオドリ→ピン
  カールつけて→やりだす。ハリセンでポンポン」
・「消防車は何で赤いのか→トンガラシが赤いから。アオト
  はどうする」消防車ネタは、ノックさんのお得意だ。
  これは、昔進駐軍の消防士をしていたからだ。
・ 上岡、フック「ウ〜カンカン、ウ〜カンカン「はげ頭」
  「ずるむけ」「なまはげ」「らくせんはげ」
  ノック「僕の気のせいかな」
  上岡「言うてんねんけど」


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2008年04月12日

「あの人はすごかった!」(父と娘の就活日誌)

(昨日から続く)
■4月3日
「あの人はすごかった」と台所で話す娘の目にみるみる
うちに涙がたまった。それを聞く私も目頭が熱くなった。
その男性社員に感謝するとともに会いたくもなった。
私が採用のヘッドだった時には、そんな面接ができてい
たのかと振り返りもした。

また娘の不器用さというか、自分をごまかせない姿勢に
自分を投影して、「似ているなぁ」と心の中でつぶやいた。
同時に自分も就活で号泣した30年前を思い出した。

父「裕美の『何のために働くか』の回答がいいね」

妻「そうよ、裕美を十分評価しない会社なんて大したこと
  なかったと思えばいいわ」

娘「まだ決まっていないよ」

父「たとえ駄目でも、就活でいい経験ができてよかった
  じゃないか」

娘「ゼミの先輩から、就活で泣けるなんて羨ましいって
  言われた」

父「今回の話で裕美がお父さんと似ていることを感じたね」

娘「それじゃ同じ業界に入ったら、途中で仕事が嫌になる
  かもしれない。まずいよ(笑)」

父「それは大丈夫。20年はもつから(笑)」



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2008年04月11日

思いがけない展開、面接で号泣?!(父と娘の就活日誌)

■4月2日
4月2日は、金融機関B社を訪問すると聞いていたので、
念のため娘にメールを送った。「今後は、全て第一志望
が原則。B社頑張ってください。」

午前中は、メガバンクのグループ面接に参加して、まず
まずの反応だった。就活を始めたころに比べると面接に
かなり慣れたようだ。

午後からは、金融機関B社へ。3月までに3回訪問、リク
ルーターともみっちり話し込んで志望度も高くなっていた。
この時点では、B社以外に見込みのある会社はなかった
ので、ここがダメなら、もう一度スタートラインに戻ら
ねばならなかった。

しかし、彼女にとって思いがけないことが起こった。

――就活で作られたものは、外して話をしよう

B社では、入社20年目位の男性社員との一対一の面接。
冒頭、彼は「就活で作られたものは、外して話をしよう」
といきなり娘に切り出した。最初、「長所は何?」と聞
かれたので、エントリシートの内容を話し出すと「準備
したものではなくて、今考えたことを話してほしい」と
言われた。

その後、「何のために働くのか、イメージでもいいから
話してください」と質問された。

娘は、「自分が単にその仕事を好きだとか、自分が何か
やりたいというよりも、誰かのために働き、それを通じて
、自分が成長できることを目指したい」と述べた。

相手の社員は、その話を正面から受け止めてくれたので、
とても話しやすかったという。

「なぜそう思うのか?」と聞かれて、家族のこと、学生
時代やそのサークルのことも話した。面接者は「他人を
思いながら働くなんて、純粋な気持ちでいいね」と応え
てくれた。そして図らずも娘は話しながら目に涙を溜め、
後半は号泣したらしい。
気がつけば、1時間20分も経過していた。

「面接で泣くようじゃ、とてもダメだ」と思っていると、
終了後しばらくしてから、リクルーターが部屋に入ってき
た。「第一志望として考えてくれるなら、人事の最終面接
を受けてほしい。勿論その段階で落ちることもある」と
言われた。泣いたことも、リクルーターに伝わっていたの
か、「明日連絡するから、その時までに気持ちを整理して
おいて」と彼は付け加えた。



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2008年04月10日

「第一志望です」と言うのが原則(父と娘の就活日誌)

第一志望です」と言うのが原則

■4月1日
4月に入って、娘の就活は、大きな転機を迎えた。1日は、
金融機関A社の面接である。3月下旬から数えて5回目の
訪問だった。娘自身も結構気に入った会社で、リクルー
ターともよく話し、前回の終わりに「今度は、上の人に
会わせるからね」と言われていた。

面接が終わった夜、電話で娘と話した。様子を聞くと、
彼女の声のトーンは沈み相当落ち込んでいた。

(電話でのやりとり)

父「今日はどうだった?」

娘「15年目の男性社員との一対一の面接だった」

父「調子よくいったのか?」

娘「だめだった。『もったいない』という感じだよ」

父「どういうところが?」

娘「後半に『最後はどのようにして会社を決めるんですか?』
と聞かれて、『まだ決め切れないのです』と正直に言ったの」

父「相手は『第一志望ですか?』という意味だったのかな?」

娘「そこがよく分からなかった。会話自体は噛み合っていた
けど、その人の話に何か乗れなくて、ついそう言ってしまっ
たの。年次が上の人なので、もう見極めの面接だとは思って
いたんだけど」

父「なるほど。相手はどう言っていた?」

娘「『決めるタイミングはすぐに来るよ』って。会社を出て
から『第一志望です』と踏み込んで話せば良かったと後悔し
ている。でも実際迷っていたし」

                     (明日に続く)



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2008年04月09日

*面接で号泣?! その時、就活が動いた!((父と娘の就活日誌)

上記の題名で、「ダイヤモンド・オンライン」に原稿を書いた。
題名が過激なのか、時節があったからなのか、最新のアクセス
ランキングで5位以内に入っている。
http://diamond.jp/series/jobhunt/10024/

それに気をよくして、ここでも紹介したい。

*面接で号泣?! その時、就活が動いた!

娘は、3月上旬までは、メーカーや電鉄、インフラ系を中心に,
説明会に出席し、エントリーシート(ES)を書き、何社かの
面接を受けていた。しかし当初志望が高かった会社では、ES
やグループ面接の段階で途絶える会社も相次いだ。

一方、金融機関は、大量採用のイメージが強く、「働く姿が想像
できない」との理由で当初は積極的ではなかった。ところが、
3月下旬になって、金融機関がまとめて動き出したので一応訪問
してみると、リクルーターと充分話せる機会があり、「自分を出
せる」感じがして徐々に金融機関に傾き始めた。3月末までに
金融機関のA社とB社に各々4回、3回訪問していた。

そういう中で、4月1日を迎え、多くの会社が本格的に動き出した。
日経連の採用・就職活動に関する倫理憲章(「卒業学年に達しな
い学生に対して、面接など実質的な選考活動を行うことは厳に慎
む」)の影響も大きいのだろう。

大阪のビジネス街にも4月になって就活ルックの男女がさらに
目立つようになった。
                     (明日に続く)


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2008年04月08日

やっぱり「ルー大柴」はいいな(ようこそ先輩)

先週のNHKの「ようこそ先輩」は、ルー大柴さん。
題名が「ビッグなドリームをキャッチキャッチキャッチ!」

彼は小さい頃から国際的スターに憧れ、高校卒業後、海外を
放浪して、役者を目指して下積みを続けた。
最近は、結構ブレイクしている。

『浅草橋ヤング洋品店』の頃から、私はなぜか彼に引かれた。
年齢は一緒で、学年は彼が一年上だった。

今回の番組では、自分が「アカデミー賞をとる」夢を持って、
挑戦したことを話し、子供達にも夢を持てと声をかける。
授業では、その夢が叶った瞬間を芝居にする課題を与え、指導
する。子供の心を徐々に捉えていく様子が映像で確認できた。

数年前、『探偵!ナイトスクープ』で「まさか!?祖父がルー!?」
の依頼を受けて、依頼者の家の亡くなったおじいちゃん役を
務めたのは感動ものだった。
ルー大柴自身も涙を流し、やはりいい人だと実感したことも
思い出した。

頑張れ、ルー。


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2008年04月07日

人と話すことはやはり力を持つ(父と娘の就活日誌)

(昨日から続く)
娘の就活の話を聞いていると、人と話すことの大切さを
再確認する。下記にそれを書いた。

――「1時間の面談」の重要性
複数のリクルーターとの長時間の話で、娘は外部からの
視点だけでなくて、自分と会社との関係を見つめるよう
になった。同時に、「1時間話ができるのがいい」とも
語り、自分を表現できることも大きいようだ。
志望度は高かったが、短い時間の集団面接で、ほとんど
何も話せないまま終わった会社もあったからだ。

20分の面接では、互いにどういう人かを知るだけで終わる。
ところが、1時間あれば、かなり自分のことを話すことが
できる。自然と自分の興味あることや思いも語っているの
だろう。娘は自分ではスロースターターだと思っているが、
相手の雰囲気を取り込みながら話すには20-30分ではちょ
っと足りないのが一般である。

――「就職活動で何か悩み事はないですか?」

4回目の面接に進んだ金融機関から娘に電話があり、「就職
活動で何か悩み事はないですか?」と言われたらしい。
次回の面接日までの合間にかかってきたそうだ。

これを聞いた時に、昔のリクルーター制度が生きている会社
だと感じた。
かつては体育会系のクラブやゼミの後輩だったが、今は何回か
の面接で評価を受けた学生が対象らしい。

当時、先輩後輩の絆が強い場合は、夜を徹して人生論を語った
り、私の最終面接の前に、その練習台を買って出るリクルータ
ーもいた。7月初めが採用の佳境だったが、「夏休みはいらな
いから就職活動に参加させてくれ」と支店の次長に直訴して
リクルートに加わる若手社員もいた。仕事では新人でも、
リクルートでは先達として自分の存在感が示せるからだ。

私は採用のヘッドとして彼らがかわいくて仕方がなかった。

 ヘッド2年目は、リクルーターに「自分の面白いことを語り、
いい顔で反応してくる学生を上げてきてくれ」と呼びかけな
がら採用を進めた。私自身、サラリーマンとして最も意義を
感じていた瞬間だった。金融機関は、特に設備も技術もなく、
人しかいないから、そういう採用方法をとっていたのかもし
れない。

会社側は、就活の機会をとらえて、自社の社員と就活生が
語り合う機会をもっと多くもってもいいのではないか。
下手な広報戦略よりも大いに意味があると思う。学生は、
就活でお世話になった会社には、その後の人生でずっと
ファンになる可能性がある。たとえ入社しなくてもだ。
事実、私は、その銀行の口座しか若いうちは作らなかった。
私の娘も社員との接触の中で気持ちが傾いている。

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2008年04月06日

娘の志望が変化(父と娘の就活日誌)

「父と娘の就活日誌」もかなり佳境に入ってきた。
娘もリクルーターとの面談を通じて志望が変化してきた。
それについて書いてみた。
全文は、
http://diamond.jp/series/jobhunt/10023/

*―「志望変化」の内容

娘はリクルーターと繰り返し話すうちに金融機関に対する
アレルギーがなくなり、逆に興味を持ち始めた。
人と出会うことによって、志望の度合いも変化したようで
ある。以前に考えていた志望の要素を見直してみよう。
(1月16日時点で書いた会社志望の5つの要素)

(1)「関西の会社」
(2)「身近な商品・サービスを提供」
(3)「面白い印象を受けた会社」
(4)「長い期間をかけて自分の成長が目指せそうな会社(
   裁量がありそう)」
(5)「女性にも仕事を任せてくれそうな会社」

(1)は、以前から揺れていて全国転勤のある会社を目指す
   半面、地銀も回り始めたりした。

(2)は、会社訪問をする中で、消費者側の視点からしか見て
   いないことに気が付き、こだわらなくなっている。

(3)は、「外面から見ているだけだった」と今は感じている
ようだ。面談を通じて「面白い」内容が変わったともい
えそうだ。

(4)は、コンビニやアパレル販売のバイトを通して感じたこと
だ。これは今でも娘のキーポイントである。むしろリクル
ーターと話し込むうちに、自分は金融に向いているのでは
ないかと感じ始めたようだ。

(5)は、大切な視点であるとは思っているが、実際の社員の話
を聞くと、あまり直接的な要素と感じなくなったようだ。

(2)(3)(5)の項目は、客観的に会社を眺めながらの外形標
準的な要素であるが、実際の社員と話し込むことで、自分の内部
からの視点、興味が優先し始めたのであろう。
やはり人に会うことは大切だ。
(明日に続く)

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2008年04月05日

王子公園の桜は満開

神戸の王子公園の桜は満開である。
王子動物園を開放して桜の通り抜けもやっている。
普段は夜になると、本当に静かな街だが、今日は人通り
もすごい。

園内は、一方通行で歩くだけだが近くの芝生では、敷布
を広げて飲んでいるグループも多い。
外で食べるのは美味しいだろう。

ついでに母校の高校まで歩いてみた。
急な坂道だが、昔は毎日歩いたかと思うと感慨深い。
かなり高台まで上がるので、人も少なくなり昔の
雰囲気そのままである。

王子公園ほど桜は素晴らしくはないが、校舎と校庭の
間にある大きな段差に腰掛けながら「父と娘の就活日誌」
の原稿の推敲をするのもなかなかいいものだ。

一昨日の竹内まりあの歌になぞえると、あと何回くらい
この桜が見れるのだろう。

高校卒業から35年、何も変わっていないような気もする。
校舎の色が変わったくらいか、校庭やその先に見える
神戸の夜景は、昔とちっとも変わっていない。


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2008年04月04日

第16回 「こころの定年/研究会」のご案内

第16回 「こころの定年/研究会」を4月24日(木)に
行います。多くの方のご参加を期待しています。

朝日新聞be「こころの定年」の連載が本日で終了しま
した。1年余りの間、多くの方にお世話になりました。
どうもありがとうございました。

さて、今回も前回に引き続き、楠木新から話材提供させて
いただき、その後出席者で自由に話す機会にしたいと思い
ます。(会場は、一緒ですが、議論しやすいように従来の
研修室から会議室に変えてみました)

一応、話材提供は、楠木新から下記の2点を考えています。
)榮の「こころの定年」最終回にも書きました「転身者
 の人の出会い」について
∩芦鵑竜掴世涼罎能个拭崋\ぢ紊坊僂い嚢圓もの」に
 関する点

また、参加者からの話材提供も募集します。当日までに
ご連絡ください。

なお、前回の「お遍路のお話」「歌声喫茶の紹介」などの
情報提供も大歓迎ですのでよろしくお願いいたします

            記

1.日時:4月24日(木)18:30〜20:45

2.場所:大阪産業創造館(堺筋本町)6階のC会議室
 (従来の研修室は5階でした)
     http://shisetsu.sansokan.jp/access.html

3.当日の内容:
―仞兵圓隆蔽韻兵己紹介
⊇仞兵圈楠木新からの話題提供
C算間名刺交換
そ仞兵坡銅で意見交換

4.会費:一般1,000円、学生500円
(どなたでも参加できます。メールkusunoki224@nifty.com
にてご連絡ください)

5.定員:22名
*********************
「こころの定年」評論家
楠木新(くすのき あらた)
kusunoki224@nifty.com
http://blog.livedoor.jp/kusunoki224/
*********************


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2008年04月03日

竹内まりや 「人生の扉」(SONGSで見ました)

昨日、たまたまテレビをつけるとNHK番組でSONGSを
やっていて歌手の竹内まりやさんが登場していた。

「不思議なピーチパイ」の記憶が強いが、見ている
うちに釘付けになった。
彼女は、私と同学年ではないか。
高校時代の同期が彼女との仲を週刊誌に書かれたという
うわさを聞いた覚えがある(少し不確か)

年齢を感じさせない若さと笑顔、何と綺麗な姿。
コンサートで並んでいた松たか子を凌駕しているかの
ようだった。

番組では、前回に続いて「人生の扉」を歌う彼女の姿が
映像で流れていた。

一番を紹介したい。

人生の扉
作詞 竹内まりや
作曲 竹内まりや


春がまた来るたび ひとつ年を重ね
目に映る景色も すこしずつ変わるよ
陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く
気がつけば五十路を 越えた私がいる

信じられない早さで 時を過ぎ去ると 知ってしまったら
どんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ

I say it’s fun to be 20
You say it’s great to be 30
And they say it’s lovely to be 40
But I feel it’s nice to be 50

満開の桜や 色づく山の紅葉を
この先いったい何度 見ることになるだろう
ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ
ひとりひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ

これ以降は60,70、80、90代のことも書いている。

年齢を経て初めていいとわかる歌である。


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kusunoki224 at 20:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)訃報 | 音楽

2008年04月02日

3)新聞の誤謬(父と娘の就活日誌)

なぜ、新聞記事との誤差が生じるのか?

――「企業のスタンス」もいろいろ

視点を会社側に移すと、採用に対する企業側のスタンス
もまちまちである。

早く内々定を出すと、学生側にカードを握られて、採用
数が読めなくなるリスクを嫌がる会社もあれば、給与体
系が完全歩合制で、いくら多く採用しても経営の損益分
岐点が上がらない企業はどんどん内々定をだすだろう。

若年者の早期退職者が多くて、その分上積みして内々定
を出す会社がある一方、人件費を抱えるのに非常に慎重
な会社もある。

また、日経連のガイドラインを絶対遵守する会社もあれ
ば、そもそも新卒の定期採用自体に意味を感じない通年
採用の外資系企業もある。

紹介した新聞の同じページには、「09採用最前線」とい
う記事で、時計メーカーS社の人事担当者が「2月時点
で昨年の同時期に比べて2割以上多いエントリー数を得て
いる」と述べている。
2月時点でエントリーを締め切っていない企業もあると
いうことだ

以上のように、会社にも個性があり、特有の事情がある。
個々の会社の採用行動は不合理ではないが一般化しよう
とすると真実から離れて誤解が生じるのである。

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kusunoki224 at 23:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2008年04月01日

2)新聞の誤謬(父と娘の就活日誌)

昨日書いた新聞の内容は、以下のとおりである。

*日経産業新聞
「内々定、1割獲得」〜09年春の就職予定者.レジェンダ
  2月調査.企業の採用活動早く〜

(2008/03/07、日経産業新聞、21ページ)

人事業務支援のレジェンダ・コーポレーション(東京・
新宿)は二〇〇九年春に入社予定の学生の就職活動
状況を調べた結果をまとめた。二月だけで六社以上の
面接を受けた学生もおり、約一割の学生はすでに内々
定を得ていた。企業の多くが学生囲い込みのため、
採用活動を早めている様子がうかがえる。
(中略)
調査は2月23日から29日にかけて、インターネットを
使ってアンケート形式で実施した。対象は09年4月入社
を希望する学生7445人(有効回答数千1510人)。

娘の話と冒頭の新聞情報は一見するとかなり乖離して
いる。「2月末で1割が内々定を獲得」の記事のアンケ
ート条件を見ると、会社規模や業種は書いていなくて、
学生1500人のネットでの結果である。

就活の全体状況を新聞記事などで情報を得ることも
大切であるが、内々定を経て入社に至るのは1社限り
なので、相当狭いミニコミの世界と考えた方がよい。

また『採用面接でこういう発言をしたら内々定を獲得
した』だとか、『何々会社がもう内定を連発した』など
の伝聞情報に振り回される必要はない。

私が採用責任者だった当時も、驚くような噂を信じて
いる学生もいた。あくまで情報の主体が明確で、かつ
信頼できる人の情報だけを取り入れればよい。
「顔の見える範囲」の数人の友人を持っていると大いに
役立つし、それで十分だと思われる。

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