楠木新(くすのき あらた)
楠木新の自己紹介

*講演・セミナー・研修および取材などの
お問い合わせは、kusunoki224アットマークnifty.comまでお願いいたします。
※アットマークを@に代えてください

2015年01月

2015年01月29日

「声を出して読みたい、知らないと危ない、会社の裏ルール」

昨秋に、浅田次郎さんの講演会に出席した話を書いた。

「はじめて浅田次郎さんの謦咳に接することができました」

その時に、原稿を書き終えると全体を声を出して読むということを話された。
前回述べた校正、推敲の話ともいえた。

一冊読み終えるのに4時間かかり、それ以上時間がかかるともう一度文章を
見直すという趣旨のことを語られた。

そこで今回の本では、推敲にあたって声を出して読み通すことにした。
そうすると同じ語句の重複や、リズムの悪い箇所、文章を区切った方が良い所も
黙読の時よりもよく分かる。

少し机が離れたスタバで一人ぶつぶつ言いながら読んでいたこともあった。

家に帰って、その浅田次郎さんの小説を改めて声に出して読んでみた。
必ずしもワンセンテンスが長いわけでもないのにすっと意味が入ってくる。
リズムが良いからだろう。
それと気が付いたのは、場面展開が早くなる箇所では、ワンセンテンスが短くなり
勢いがすごい。流れるようだ。

「新宿鮫」の大沢在昌さんは、「売れる作家の全技術」(角川書店)の中で、
「現代作家で文章が上手い作家といえば、浅田次郎さんなどは、まさにそうです」
と述べている。プロから見てもそうなのだ。

本書の中で、大沢在昌さんも「声に出して読んでみるのも一つの方法です」の述べられている。
これは定番なのかもしれない。

また彼は、その日の仕事を始める前に、必ず前回書いた分を読み返すそうだ。
これも「なるほど」と思ってしまう。

やはりプロに学ばなければならない。

声に出して読みたい『知らないと危ない、会社の裏ルール 」


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2015年01月27日

校了いたしました

一昨日の日曜日に、2月に刊行する本の原稿が校了となった。

出版社の人が何気に使う「校了」という言葉を辞書で引くと、
「校正が完了し,印刷しても差し支えない状態になること」だそうだ。

またここで原稿というのは、「ゲラ」のことで、原稿を活字に組みあげた
段階の校正刷りである。
辞書を引いてみると、元の意味は、galleyの訛りで、
「組み上げた活字版を収める長方形の盤。三方に縁がある」
と書いている。
校正を続けていると、つい辞書を引くようになる。

パソコンで書いた原稿と本になる前提でできたゲラとは
書かれた文字の内容は同じでも微妙に違っている。

パソコンの原稿では問題ないと思っていても、ゲラにすると、修正したくなる
箇所が出てくる。
今回も目次と本文中の2か所で表現や記載を変えた。
特に、目次は相当違うといった印象だ。

また「これで最終稿!」というつもりで、校正や推敲しても、やはり修正個所は出てくる。
今回も念のための最終校正だったが、やはり10か所ほど修正したい点が出てきた。


当初の原稿を赤や青のボールペンで直しながら文章を確認する作業は、
良くなるプロセスが実感できるので、精神衛生上とても良い。

私は、どちらかといえば口先人間なので、書く方は骨が折れる作業になるが、
推敲や校正ができると思うと、何か執筆も頑張れる感じがある。
きっと向いているのだろう。

本で伝えることは、ライブで話したり、ネットを通して伝えることとは、相当異なる。

会話やネットでは、自分と相手にある中間物がなくてダイレクトにつながっている。
一方で本を書くことは、自分の思いを手紙で相手に伝えることに似ている。

本における「推敲」、「校正」、「編集」といった作業は、自分と相手との中間にある
ものの通りを良くする作業だといえるかもしれない。

そう考えると、推敲や校正、編集は、伝えるべき(見えない)相手に対して、
どうすればうまく伝えることかを検討する取り組みなので、やはり相手を特定する
こと、相手のことを知ること、が重要である。

でもこれが一番難しい。
校正や推敲が好きでも、これが外れていてはどうにもならないかもしれない。
私の一番の課題であることはずっと変わらない

来月出版予定の本は、
知らないと危ない、会社の裏ルール (日経プレミアシリーズ) 」
この校正や推敲作業が、果たして功を奏するだろうか。

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2015年01月23日

「企業と学生とのすれ違い-認知度を上げるための企業努力とは?」

正月明けに、ダイヤモンド・オンラインの連載
「新卒採用では、なぜ能力やスキルを勘案しないのか?」
の連載で、学生の企業に対する認知度について書きました。

タイトルは、首記の表題通りです。

就職活動の仕組みの中で、なかなかうまくいかないと感じる
一つの要因は、この学生の理解面だと思っています。


下記に紹介いたします。
また直接ネット画面から読まれる方は、ここからお入りください。
「企業と学生とのすれ違い-認知度を上げるための企業努力とは?」


企業と学生とのすれ違い
認知度を上げるための企業努力とは?


君たちは
本当に「大企業志向?」


3年前まで関西大学で「学部学生のための会社学」という講座を
受け持っていた。その際に授業の合間に、就活生からときどき質問を
受けたりアドバイスを求められることがあった。

K君は、3年生の夏休み前に、インターンシップのことで相談に来た。
大企業か、ベンチャー系企業のどちらにエントリーすればいいだろうかという話だった。

K君は、「給与水準が高い」「福利厚生が整っている」「潰れる心配がない」
など大企業のメリットを並べ立てたうえで、でも自分を活かせるのは、
コンサル関係やベンチャー的な会社ではないかと熱く語っていた。

その時に、K君が語る「大企業」と私が思う「大企業」との間には、多少の
ズレがあるように感じた。
そこで、まず学生がどの程度企業を知っているかを実際に確認してみた。

そもそも「大企業とは何か」という議論があるだろうが、私は、とりあえず
東京証券取引所の一部上場企業を対象にした。

日本経済新聞の株式欄にある東証一部上場企業のページをコピーして
学生に渡した。
そして約1700社のうちで「企業名を知っている」「大略どんな事業をしているか
が分かる」の二つの要件を満たす会社をラインマーカーで印をつけてもらった。

学生は企業のことを
あまりにも知らない


2年生から4年生までの二十数名が、チェックした会社は、東証一部上場
企業の10%程度だった。

いちばん多くマークをつけた学生は、就活を終えて大手メーカーに内定を
得ていた4年生で、467社。
彼は、「就活中に知った企業が多かった。志望度の低かった業界は今でも
ほとんど知らない」と答えてくれた。
また2年生、3年生、4年生と年次が上がるにつれて知っている企業数は
若干増えるが、学年によってそれほど有意な差はなかった。

ご承知のように、東京証券取引所の一部上場企業は、日本経済を支える
主要企業がズラリと揃っている。かつての就職人気ランキングに挙がった
企業も、サントリーなどの一部の非上場の会社を除いては、多くがここに
含まれていた。

企業内容においては、時価総額、純資産の額、利益の額などクリアすべき
要件があり、上場審査の際にも、企業の継続性・収益性、企業経営の健全性、
コーポレートガバナンス及び内部管理体制の有効性などもチェックを受ける。
大企業の代表選手だと言ってもいいだろう。しかし学生は、10%しか知らないのである。

業界別にみると、いちばんチェックした割合が高い業界は、圧倒的に「食品業界」
である。3割程度の企業は学生に認知がある。次は「陸運」や「商業」、「金融」など
が比較的多くなっていた。

一方、「非鉄金属」(対象は24社)や「鉱業」(対象は7社)は、8割の人が1社も会社の
ことを知らない。

企業を知る手段は
テレビCM


このマーク付けが終了した後に、3つのグループに分けて受講生同士でグループ
討議をしてみた。
各グループとも学生から出た意見はほぼ共通していて、概ね下記の内容だった。

・「あまりにも、知っている会社の数が少なくて驚いた」
・「業種毎にかなり偏りがあった」
・「チェックしたのは、私達の生活に身近な会社が多い」
・「テレビCM(マスコミ)の影響が大きいことが分かった」
・「自分の出身地に関係のある会社は、まだ知っている」

こうしてみると、学生が認知している企業は、テレビCMを流している会社か、
生活に身近な会社、地元にある企業であるといえそうだ。だから一部の人気
企業にエントリーが集中することになるのだ。

翌週の授業では、東証一部上場のH食品とM金属を取り上げて、有価証券報告書
を使って二つの会社を比較してみた。

古い歴史を持ち、売上高や従業員数などの会社の規模ではM金属が、H食品を
上回っている。しかしながら学生の認知度はH食品の方が圧倒的に高い。
やはり「テレビCMが流れている」「身近である」ために認知度が高いことが分かった。
一方で、M金属は関係会社や取引先の会社も学生に馴染みのない企業が大半だった。

学生からは、就活生のレベルでは、企業のことを本当に知ることは難しいという
声が上がった。

娘が就活を始めた3年生の秋に、「会社選びの基準は何か?」と私が尋ねたところ、
「身近なものを作っている会社がいい」と彼女は答えた。
具体的には食品、繊維や薬品メーカーなどが頭の中にあったようだ。彼女はユーザー
というか、消費者の目線から会社選びを考えていた。そこには働くという観点はあまり
感じられなかった。

就活を終えた時点で、彼女は「『身近なものを作っている会社』というのは、圧倒的に
イメージが先行していた」と語り、「結局は、働いてみないと分からない」とつぶやいた。

自社のことを
オープンに語る必要がある


はじめに私のところに相談に来てくれたK君は、自分が志望していたのは、
「大企業」ではなくて、「テレビCMが流れている会社」だったと気づき、頭だけで
考えていたと反省したそうだ。
「これからは自分の足でいろいろな会社を見て回る」と語っていた。

たしかに、さまざまな業種の社員に直接会って感じることが大切で、それ自体が
大いに勉強になる。そう考えてくると、面接に至るまでのエントリーシートの役割は、
それほど重要ではない。

企業側においては、学生の実態を把握しながら、今の採用の進め方でよいのか
一度再検討することも必要であろう。

現在の応募制の下では、母集団の形成(志願者を増やすための努力)に会社や
人事部は注力している。

しかし学生との対話や本来の意思疎通が十分に行われているかどうかを再検討
した方がいいだろう。学生側の志望度もつかみかねている会社もあるという。
むしろその労力を自社のことをオープンに語ることに振り向けたらどうだろうか。

働くことの実感を持っていない学生のことを考慮すると、自社の本当の姿を伝える
ためにリクルーターや管理職を動員する手が考えられる。トップが登場してもいいだろう。

また前回紹介した、会社側から学生にアプローチすることを支援するベンチャー企業
なども活用しながら、個別に学生との関係つくりに注力すべきであろう。

たとえ労力や時間はかかっても、学生、企業の双方にとって意味のある採用活動になる
と思えるのである。

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2015年01月18日

枠組みを揺るがした阪神・淡路大震災

20年前の阪神・淡路大震災では、いくつものドラマがあった。

家が崩れるのではないかと思われる激しい揺れの中で、一人別室にいた
長女を抱きかかえて寝室に連れ戻った時の記憶は鮮明だ。
震災当日は、神戸市灘区の実家に住む父母の消息は分からなかったし、
友人の自宅が潰れたという話も洩れ伝わってきた。
神戸出身の私には色々な情報が飛び込んできたのだ。

我が家にも遊びに来たことがあった娘の同級生が家の下敷きになって
亡くなった話を翌日聞いた。
その子と玄関先で話した記憶が鮮明によみがえってきた。
彼女と私の娘が入れ替わっても決して不思議ではなかったのだ。

自宅周辺も被害が大きく、水やガスもすべてだめで二日後にやっと電気がともった。
会社に顔を出すことができたのも地震から三日経ってからのことだった。
会社に出勤すると、「地震を言い訳にせずにがんばろう!」という支社長が
営業に宛てた文書が机の上に置かれていた。

「そんな問題じゃないだろう」と腹が立つのを通り越して呆れてしまった。
この時が本気で「会社を辞めたい」と思った最初だった。

隣に座っていた定年間近の先輩は、私の顔色が変わったのを見て、
「お前は変なことを考えるな。足許にはやるべきことが一杯あるぞ」と
声をかけてくれた。

当時は、支社の総務責任者だったので被災した社員の対応なども私の
重要な仕事だった。二人の女性管理者の家が全壊で、とりあえず
空いている社宅に入る手配をしたりしていた。

しかし震災は、厳しいことや苦しいことだけではなかった。

親の安否を確認するために、神戸の実家へ向う途中、阪神の青木駅から
国道二号線沿いを歩いていると、見慣れた景色のあまりの変わりように
映画の一シーンを観ているかのようだった。

懐かしい御影公会堂の中は人でごった返していた。
講堂には多くの被災した家族が、床が見えないほどシートやフトンを敷き詰めて
避難してきていた。

その玄関の前ではボランティアの炊き出しが行われていた。
横を流れる小さな石屋川を隔てたラーメン店では多くの人が発泡スチロールの
お椀で食べていた。
順番を争うこともなくむしろ譲り合いながら並ぶ姿を目にして、こみ上げてきた
感動を抑え切れなかった。

震災の数日後、給水車が来ている小学校に車で行くと、愛知県岡崎市の
消防士が徹夜で駆けつけてくれたことを知った。

校庭では、両手に重いバケツを持って家まで帰るおばあさんが多かった。
名前も知らない人たち同士で手分けをして、おばあさん達を車で家まで
送ったこともあった。
仕事に追われていた普段の私には思いもよらない行動だったが、それを
自然にできる自分がとても嬉しかったことを覚えている。

また誰もが震災当時の話を語り合い、一つ間違えれば自分も死んでいた
かもしれない、もし自分が崩れた家の下敷きで生き埋めになったとしたら
何を考えただろうかと自問した。

観念的な「死」のイメージが現実的なものに転化したのである。
震災との遭遇は、私の会社中心の働き方を根底から揺るがしたのは
間違いなかった。
おそらく死や大震災のような想定外の出来事は、会社を中心とするシステム
の中では意味づけできないものだからであろう。

20年前のあの日のことがなければ、今のような私はいないだろう。

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2015年01月17日

「店は閉めても明かりだけは終夜灯し続けろ」

「平成17年1月17日早朝、突然の大きな揺れの中で目が醒めた。
普段使わないラジオを聴きながら、私の頭に浮かんだのは今後の
水と食料の確保のことであった。

駅前のコンビニまでの景色は、倒壊した家屋、崩れた土塀、それは
もう凄惨なものだった。
私がコンビにについて驚いたのは、床に散らばった商品とは対照的
に、陳列棚の間のスペースに二列にきちんと並んだ客いの列だった。

私は棚から転がり落ちたジュースの缶を手にして列の後ろについた。
その整然とした雰囲気を作り出しているのは、カウンターで必死に
レジを打っている男女2名の若者であることに気がついた。

彼らは手際よく商品のバーコードを読み取り、元気に声をかけなが
ら次から次へとまさに鬼気迫る勢いで応対していた。

私はなぜ、この二人がここまで一生懸命なのか分からなかった。
神戸出身のオーナーの指示なのか、自発的ないしなのか、早く
家に帰りたい一心なのか。
また同時にこの若者の家は大丈夫なのか、家族の無事は確認でき
ているのか、無性に心配になってきた。

いずれにしても、何も語らずその行動だけで、30名程度の人を
統率している二人の若者を前にして、レジの前で驚きと共に涙が
出そうになるのをこらえていた。
、、、、、、、、、、、、、、、、(後略)」

この阪神・淡路大震災の時のコンビニは言うまでもなくローソンだった。
あの素晴らしい対応は、一体どうして生まれたのか?
その時はボンヤリとした疑問であったが、最近読んだ「カリスマ」
(佐野眞一)の中にその回答があった。

中内氏にも入念なインタビューを行なった佐野氏は、
「阪神大震災におけるダイエーの水際だった救援作戦は語り草に
なっている。手を拱くばかりの政府を尻目に、中内は陣頭指揮を
とって、ヘリコプター、フェリー、タンクローリー、大型トラック
を総動員して被災地神戸に救援物資を送り続けた。」と述べている。

彼の著書から時系列な部分だけを抜き出すと、
・中内氏は、1月17日午前5時49分に流れたNHKの臨時ニュースを
 見て災害対策本部の設置を命じる。
・午前7時に浜松町に対策本部が設置(政府の設置決定の3時間前)
・午前7時30分 中内は「流通業の生命線は生活必需品の確保に
 ある。開けられる店はすべてあけろ」と指示および厳命。
・午前11時、現地の対策本部長になった専務が、新木場ヘリポート
 から神戸ポーアイへ。
・午後1時45分、神戸ポーアイに到着、そこから泥だらけで2時間
 かけて歩き、ハーバーランドに現地対策本部を設置
・午後8時45分福岡から、飲料水、おにぎり、カセットコンロを
 満載したフェリーが出港

当時は、ダイエー系のコンビニチェーンのローソンも復旧体制も
スピーディだった。これも著書から確認すると、

・午前7時半、大阪本社に対策本部の設置が決まり、午前10時半
 には担当専務が神戸に向け出発
・夕刻、水、ラーメン、おにぎりが東京、名古屋、岡山から被災地
 に向けて出発。
・地震発生当日、中内は、24時間営業継続の指示を出し、あわせて
 被害者を勇気づけるため、「店は閉めても明かりだけは終夜灯し
 続けろ」という大号令をかける。
・経営指導員など内部部門の750名の内、半数を被災地に投入
・18日に会長が被災地に入り、1週間ぶっつづけで、被災した
 オーナーを見舞う。

昨日私がブログに書いたコンビニの様子は、働いていた若者が素晴
らしかったことは言うまでもないが、組織としての対応でもあったのだ。

ひよっとすると、応援に入った人だったのかもしれない。
少なくとも政府のメッセージも、自治体の対応も何もなかった時点
でのことだった。

あの日から20年。
神戸新開地生まれの中内氏は今はいない。
彼が創業したダイエーも今はなくなった。

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2015年01月15日

「大阪のおばちゃん」バンザイ!

今年は、元旦から仕事をした。
2月上旬に発刊する本の最後の追い込みだった。

午前中は、初詣、その後、大阪に出て事務所で仕事、
夜は妻の実家で食事という算段だった。

朝は、晴天で気持ち良く初詣ができたのに、夕方に事務所を
出るころには、外は真っ暗で雪が舞っていた。

西宮北口からタクシーに乗る予定だったが、北側の乗り場は、
7,8人の列ができていた。

「そうか、元旦は出勤しているタクシーの運転手さんも少ないかも
しれない」とその時初めて気がついた。

南側の乗り場のほうが、タクシーは少なくても早く乗れるかも
しれないと思って引き返した。

そこには私くらいの年配のおばさんが一人待っていた。

タクシーは待てど暮らせど来ない。
それほど長い時間ではなかったのだが、雪の舞い散る吹きさらしの
場所だったので、これはヤバイと感じていた。

しばらくして、やっと一台のタクシーがやってきた。
乗り場にタクシーが到着すると、そのおばさんは振り向いて
「乗っていきません?どちらに行かれるのですか?」と
声をかけてくれた。

互いに行く先を言うと、全くの同方向だったので、礼を言ってすぐに
二人で乗り込んだ。車内の暖かさは極楽だった。

運転手さんに聞くと、やはり元旦から仕事に出ているのは
3割くらいだと話していた。タクシーが来ないのも当たり前だ。

そして、そのおばさんは、こちらの出身だが、長く東京に住んでいる
とのことだった。今から友人宅へ向かうらしい。

「東京では、声をかけることはないんですよ。でもこちらに来ると
口が勝手に動くのです」と笑いながら話してくれた。
こちらはもちろん感謝感謝の言葉のオンパレード。

目的地に近づくと、おばさんは財布を開けかけたが、勿論お金は私が払い、
二人とも気持ちよく各々の目的地で降りた。

正月から縁起がいいやと思いながら、タクシーを降りるときに、
以前にも紹介した「大阪のおばちゃん」 の文章のことが頭に浮かんだ。
なぜかこの文章には感動してしまう。
おばちゃんバンザイだ。
(下記に引用しました)

今年もいいことがあるに違いないと思える元旦だった。
どうもありがとうございました。

*「大阪のおばちゃん」  新井素子
2013/12/29付日本経済新聞 朝刊


今年の我が家を総括をするとなれば、この言葉しか、ない。“大阪のおばちゃん”

最初は、大阪在住の義父が、「なんだか頭が痛い……」って言い出したこと
だったんだけれど、病院へ行ってみたら脳内血腫発覚。入院して手術。
それを追いかけるようにして、義母が尿路感染症で緊急入院。
義父の手術は成功したものの、その間に入院中の義母が、脳梗塞の発作。
手術が成功した義父も、リハビリの病院に転院。脳梗塞が安定した義母の
血圧が急降下。

そんでまあ、そのあとも、両親あわせて、下血があったり、検査の為の転院が
あったり、左大腿骨を骨折して入院・手術をしたり、腎臓の石が痛んだり、
今度は右大腿骨を骨折して入院・手術をしたり、いや、もう、この経緯を
人に話した処(ところ)、「あんたの親、一体何人いるの?」って驚かれた。
(……二人で半年で十以上の病院を、出たりはいったりしていたのだ。)

そんで、私達夫婦は、東京在住である。

 これが、どういう意味を持つかっていうと……もう、悪夢。基本、介護は
大変に決まっているんだけれど、東京在住の人間が、大阪在住の人間の
介護をするのは……。

この、私達の気持ちを救ってくれたのが、“大阪のおばちゃん”だったのだ。
“大阪のおばちゃん”。この人達は、ほんっとに、凄(すご)い。

 私は、東京生まれの東京育ちだから、大阪の土地勘は、まるでない。
そんでもって、実は、岡山育ちの旦那にも、大阪の土地勘が、まるでない。
(義父母が大阪に転居したのは、私達が結婚した後。故に、旦那も大阪で
暮らしたことがないのだ。)

この状況で、十いくつもの病院や役所や施設を、私達は、まわらなきゃいけない。
勿論(もちろん)、最初はタクシー拾ったんだけれど、定期的に大阪に通うように
なってからは、できるだけ、電車やバスで移動したい。

そしたらもう……まるで土地勘がないものだから、判(わか)らない判らない。
大正区って言われたって、最寄り駅が判らない、阿倍野区って言われたって、
それが大正区からみてどっちの方向にあるのか判らない、勿論最初に大阪の
地図を買ったんだけれど、まったく土地勘がないと、そもそも地図の中から、
大正区を探し出すだけで大騒ぎ。

そんで。当然のように、私達夫婦は、もの凄(すご)いいきおいで迷子になった。

ただ。実は、殆(ほとん)ど、困らなかった。

というのは、地図を手にした私達夫婦が途方にくれていると、必ず声をかけて
きてくれる人がいたから。大阪のおばちゃん。

 「どうしたの?(あ、大阪のおばちゃんの台詞(せりふ)は、当然大阪弁。
けど、私にはそれをちゃんと書ける自信がないから、東京練馬弁で書かせて
もらう)道、判らない?」

こっちから道を聞いた覚えは……うん……一回も、ないと思うの。すべて、
おばちゃんの方から、声かけていただいた。そんでもって、嬉々(きき)として道を
説明してくれるおばちゃん……が、ほぼ、半分。残りの半分は、

「ああ、その道、判りにくいから。私ちょうどそっちへ行くし、案内してあげるわ」

……これ……どう考えても、嘘だと思うのね。そんなに偶然、私達が行きたい方へ
行くおばちゃんばっかりが、大阪の道に溢(あふ)れている訳がない。

他にも。バス停でバスを待っていた私、まさに私が乗りたかった方向へ行くバスが
そのまま通りすぎてしまったので、驚いたことがあった。

したら、その時、そこにいたおばちゃんが、ふいに私の方を見て。
 「あのね、バスにはすべての停留所に止まる奴と急行があるの」

 え? 私、自分の心の中の台詞、言ったっけ? このおばちゃん、超能力者?
 「あのバスは急行で、だからこのバス停には止まらなくて、それを見分ける為には……」

極めつけは、入院した義母の下着を買いに行った時だっ。入院する義母の為の替えの
下着を……って意味の言葉を私が言った瞬間、そのお店のおばちゃんは、
「なら、あと、ゆのみと急須。タオルもあった方がいい。病院で使えるようなちょうどいい
急須が、確かあそこの店にあったから……」って、自分のお店放り出して、その急須を
扱っているお店に私のことを連れていってくれたんだよおっ。

凄い、と、思う。凄すぎるのではないか。

何なんだろう、この、大阪のおばちゃんの親切さ加減は。

そもそも、積極さが、凄い。“人に聞かれたから教える”んじゃなくて、“困っている感じの
人がいたら、とにかく声をかける”、この、親切の積極さは、一体何だっ!

勿論、私だって、日々の生活で、人に親切にしようと思ってはいた。道を聞かれたら
、自分で判る限りは、絶対に教える。
でも……困っている風情の人がいるからって、こちらから声をかけようとは……さすがに……。

この、のち。

私は、時間にゆとりがある時は、道を聞いてきた人を案内する処までは、やるようになった。
けど。とは言うものの。
困っている感じの人に、こっちから声をかけることは……まだできていない……。


あらい・もとこ 1960年生まれ。SF作家。77年デビュー。
99年「チグリスとユーフラテス」で日本SF大賞。
著書に「イン・ザ・ヘブン」「銀婚式物語」など。


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2015年01月02日

楠木新の自己紹介

勉笑写真楠木新楠木新2











*事務所
〒541-0044
大阪市中央区伏見町4-4-9
淀屋橋東洋ビル3F

*プロフィール
1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。
人事・労務関係をはじめ総合企画、支社長などを経験。
会社に勤務のかたわら、「働く意味」「個人と組織」をテーマに取材を続け、
執筆、大学の非常勤講師、講演などに取り組む。
朝日新聞be(土曜版)キャリア欄で「こころの定年」を1年余り連載。
2015年3月に定年退職。その後も引き続き幅広く活躍中。
MBA(大阪府立大学大学院)、産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、
関西大学商学部非常勤講師(「会社学」)(〜’11年)
現在、神戸松蔭女子学院大学非常勤講師。

*書籍
『良い定年後と悪い定年後』(文春e-Books Kindle版 2017年10月)
『定年後ー50歳からの生き方、終わり方』 (中央公論新社 2017年4月)
『経理部は見ている。』(日本経済新聞出版社 2016年9月)
『左遷論ー組織の論理、個人の心理』(中央公論新社 2016年2月)
『「こころの定年」を乗り越えろ 40歳からの「複業」のススメ』 (朝日新聞出版社  2015年10月)
『知らないと危ない、会社の裏のルール』(日本経済新聞出版社 2015年2月)
『人事のプロが教える 働かないオジサンになる人、ならない人』(東洋経済新報社 2014年6月)
『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか− 人事評価の真実』(新潮社 2014年4月)
『会社の「仕組み」を知っている人だけが、上手くいく』(大和書房 2013年10月)
『サラリーマンは、二度会社を辞める。』(日本経済新聞出版社 2012年11月)
『人事部は見ている。』(日本経済新聞出版社 2011年6月)
<中央公論新社主催、新書大賞 19位>
『就活の勘違い 採用責任者の本音を明かす』(朝日新聞出版社 2010年9月)
『会社が嫌いになっても大丈夫』(日経ビジネス人文庫 2010年6月)
『会社が嫌いになったら読む本』(日本経済新聞出版社 2009年8月)
『就職に勝つ! わが子を失敗させない「会社選び」』(ダイヤモンド社 2009年3月)
『ビジネスマン「うつ」からの脱出』(創元社 2003年4月)   ほか。

*マスコミ・講演・セミナー実績
・(マスコミ)
 NHK Eテレ 「めざせ!会社の星」出演、
 「週刊BS-TBS報道部」の特集「こころの定年」出演、
 「日経プラス10」(BSジャパン)出演、
 BS-日テレ「深層NEWS」出演
 NHKテレビ「かんさい熱視線」の「定年後 輝くために」
NHKラジオ第一放送、ABCラジオ「おはようパーソナリティ道上洋三です」
 など。

・(メディア掲載)
 東洋経済オンライン連載、ダイヤモンドオンライン連載、日本経済新聞、朝日新聞、
 毎日新聞、サンケイ新聞、AERA、週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済、プレジデント
週刊文春、週刊現代、週刊SPA、日刊ゲンダイ、日本の論点、など多数

・(講演・セミナー)
 NHKハートフル講演会、日本能率協会、日本マンパワー、明治大学、関西大学、
大阪府立大学、玉川大学、龍谷大学、神戸松蔭女子学院大学、社会保険労務士会
  朝日カルチャーセンター、各企業、各労働組合 など多数

*講演テーマ(例)
・「定年後」
・「中高年社員の活性化」(5年後、10年後の働き方)
・「こころの定年を乗り越えろーもう一人の自分のススメ」
・「管理職、人事担当者向けメンタルヘルス研修」
・「ビジネスマンうつからの脱出」
・「働かないオジサンにならない4つの働き方」
・「定年前後の自分革命」
・「ライフワークの見つけ方、目指せ!生涯現役」
・「サラリーマンとフリーランスのハーフハーフ」
・「サラリーマン、一冊本を書こうよ!」
・「就活は、最後の子育て」
・「採用面接の4つのフェーズ」
・「あなたが、もし志望する会社の人事課長だったら?」
・「経理部は見ている。」


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kusunoki224 at 13:39|PermalinkComments(4)

2015年01月01日

新年漫才事始め

新年事始
あけましておめでとうごいざいます。

今年は、会社を辞めて、「芸人一本」でいきます。
「執筆」「講演・セミナー」「楽しく遊ぶ」
を目指して、いくよくるよ、
みなさんのお顔が、いとしこいし、

大晦日に行った百貨店は、ダイマルラケット、
大丸は、たかしひろし、タカアンドトシ
横のヨドバシカメラは、やすしきよし、やすこけいこ、やすよともこ
藤崎マーケットに行き、買ったのは、カウス・ボタン、ハイヒール、
とWコロン、かまいたち、トータルテンボス
西宮の、どんきほ〜ては、本当に、安田ダイサーカス、ナイツ。
代金は、テンダーラー、未知やすえやすよ、ビルは綺麗で、
非常階段、あり,でも問題は、外側ではなくて、中川家、
蕎麦屋は、てんやわんや、スタバのコーヒー、ブラックマヨネーズ、
街を歩くは、サンドイッチマン、警察官の腰には、二丁拳銃、

外は、さゆみかつみ、サブロー・シロー、
少し風邪気味で、はな寛太・いま寛大
我が家、に帰って風呂に入って、シャンプーハット、
家に帰っての飲食は、銀シャリ、クリムシチュー、アメリカザリガニ
、 とろサーモン、レモンティー、ソーセージ、和牛、ワッフル共和国
タンドリーチキン、ササミストリートで、ハライチ、まんぷくアカデミー

昨年の反省は中途半端で、チャランポラン、
紅白の総合司会は、ウドさん。
日本エレキテル連合の「ダメよ〜ダメダメ」が、森進一の「年上の女」の
「だめよだめだめ つらいのよ」のパクリ?であることが判明

今年の紅白の鳳(おおとり)啓介・京唄子は、松田聖子。
勝負は、白組が、かつみ、さゆり

流れるテンポは、ツービート、変ホ長調
空には、 流れ星、三日月マンハッタン

時計が、チックタック、除夜の鐘が、ぼん・はやと、ひびき・こだま
街の明かりは、レイザーラモン
昨年は、三球・照代、嫌なことは今日で、捨丸・春代、
時刻は、シンデレラ・エクスプレス

新年の敏江・令二で、気分は、ちゃっきり娘、 周囲は紳助・竜介
服装は、ノンスタイル、天気も、雨上がり決死隊で、Hi-Hi
凧が、はるかかなた、大空テント、
この気持ちを、南都裕二・ミヤコ蝶々、今年も、のりおよしお、
テレビ番組は、コメディNo.1、フットボールアワー、
オリエンタルラジオ
観た映画の女優は、オドーリー、ヘップザ・パンチ,キングコング、

雑煮は、やはり日本の、アジアン、
年をとっても、Wヤング、ゆーとぴあ、をみたい。
よゐこは、コタツを囲んで、トミーズの、オセロ、ゲーム、囲碁将棋、

友達が、洋介・今喜多代、一緒に初詣に、オール阪神電車で、
レッツゴー3匹、行ってき、ますだ・おかだ、
神社の前は、人が、くにおとおるで、かしまし娘、
ウーマンラッシュアワー、

モンスターエンジンの車は、スバル、スピードワゴンだが、
とんねるずで、パンクブーブー、道は、U字工事、
通る犬もキャイ〜ン

鈴を鳴らすと、ジャルジャルと、こだまひびき、
参道で食べた、こん松・せいべい 、おぎやはぎ、ざぼんち、あげ、
なすなかにし、天津、あまぐり、ビタミンSがいっぱい
ハムは、プリマドンナ、銀シャリ
横山プリン、笑い飯、〆さば、チキチキジョニー、コーヒールンバ、

これではハライチで、無理だよスリムクラブ

引いたおみくじ、今年の、メッセンジャー、
ダイアン吉日、華丸・大吉道、
爆笑問題の解答はB&B、カンニングでも無理
えんにち、で売っているアメリカザリガニ、ハリセンボン、
へびいちご

リアルキッズは、かける・めぐる、時々コロンビア
トップライト前のオジンオズボーンの次長課長は、千鳥あし
で、おしどり、夫婦も歩く,ダウンタウン直前、ダイノジ
歌うは、大阪、ベイブルース、
歩くは、サンドイッチマン、

今年もこんなしょうもないことを、南海キャンディーズ、
チュートリヤル、もうこのへんで、エンタツアチャコ。
今年も、人生幸朗・生恵幸子、幸助・福助、スマイルでいきたい。
今年は本気で芸人目指して頑張ります。

今年の 十八番の芸は
「日本型雇用システム」「こころの定年」「働かないオジサン」の三本立て。

よろしくお願い申し上げます。

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