楠木新(くすのき あらた)
楠木新の自己紹介

*講演・セミナー・研修および取材などの
お問い合わせは、kusunoki224アットマークnifty.comまでお願いいたします。
※アットマークを@に代えてください

第二の人生

2014年08月18日

定年延長は「働かないオジサン」を量産した

最新回の東洋経済オンラインの「なぜあのオジサンは、働かないのか?」
の連載は、実際の事例を多く盛り込んで書いてみました。

定年延長は「働かないオジサン」を量産した 』です。

私の同期は、還暦を迎えることもあって、友人の中にも区切りを迎える
人が多くいます。
でも聞こえてくる話は、必ずしも良い話ばかりではありません。

文中の話を抜粋すると、
*「知人のN君は、60歳。ほぼ40年間、同じ会社で働いてきた。60歳以降も働く制度に手を挙げていたが、数カ月前に会社から提示された条件を見て驚いた。週に3日勤務で、その労働時間は週にたったの20時間だというのだ。特にN君が衝撃を受けたのは、社会保険の付保がないことだった。給与が下がることは覚悟していたが、社会保険が付与されない嘱託扱いになることまでは想像していなかった。
両親とも同居しているN君は、経済的にやっていけないと思い、即座に上司に対して60歳以降は働かないと意思表示をしたという。現在は次の仕事を探している。」

*「年度末に定年を迎える5人が居酒屋で話し合った。Aさんは、60歳の年度末で退職して区切りをつけたいと思っているが、妻が許してくれないという。話を聞いていくと、彼が退職して毎日家にいることに耐えられないと主張しているらしい。そのためAさんは、やむなく65歳までのコースを選択するつもりだという。
また、『退職しても、行くところは地元の図書館くらいしかない。会社に勤めているほうがまだ健康にもいい』と言っている人もいた。

*「『自分の親を見ていると、80歳まで寿命があっても、外に出て元気にやれるのは70歳までだ。そう考えると残りはあと10年だ』と語ったのだ。
その発言を聞いたときに、5人の頭に浮かんだのは「エッ、あと10年? 残りの人生はそんなに短いのか」という共通した思いだった。「妻が許さないから」「まだ健康にいいから」といった理由で惰性的に働き続ける選択が、残りの人生の短さに見合ったものではないことを各自が感じ取ったのである。』

たとえ、会社を辞めても、人生は続きます。
皆が、元気で健やかな第二の人生を過ごすことを望んでいます。

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2014年08月03日

「本を書き、辻説法をやる」?

私も今年還暦になり、来年の3月には定年になる。
60歳以降の継続雇用を希望しなければ、そこからプータローだ。

毎日、会社に通って仕事をする時間と労力が急になくなるのだから、
それからどうするかを考えねばならない。

もちろん目標ややりたいことはあるのだが、それと目の前の
一日一日をどう過ごすかは、やはり次元の違う問題だといえそうだ。

今から助走しておきたいのは、「しゃべり」である。
本当はこれに対する憧れが大きい。

小さい頃、神戸松竹座でよく出演されていた西条凡児さんの話芸に
惹かれた。

毒舌もかましながら、司会もやれる。
『素人名人会』(MBSテレビ)や、『おやじバンザイ』(朝日放送テレビ)、
『凡児の娘をよろしく』(関西テレビ)などの司会者として活躍されたが、
舞台の上でも、説得力のある話芸だった。

松竹座の舞台では、腹話術の川上のぼるさんと、西条凡児さんには、
本当に魅せられた。

凡児さんの流れの中に、上岡龍太郎さん、やしきたかじんさんもいるのでは
ないかと勝手に思っている(今は、それを継いでいる芸人さんがいないのが残念)。

話を戻すと、、執筆とともに、「しゃべり」に傾斜してやっていきたいと考えている。
繁昌亭やNGKにもこれまで以上に通い、「しゃべり」の力を高めたい。

そう思っている時に、日経の電子版で面白い記事に出会った。

ライフネット生命保険会長兼CEO の出口治明氏が、ゼロから立ち上げた
生命保険会社の認知度や信頼度をどう高めていくかについて、いろいろな
諸先輩に教えを乞うたという。

その中で、腑(ふ)に落ちたのは、当時さわかみ投信の社長だった沢上篤人さん
(現会長)の次の言葉だったそうだ。
 「機会があれば本を書き、僕のように年間300回ぐらい辻説法をやる。
 それを最初の10年続ければ何とかなるよ」。

全くわが意を得たりの感じだった。
私は、自分の認知度や信頼度をどのように高めていくかを考えてきた
からだった。

会社にも何も言わずに、勝手に動き出した。
でもサラリーマンとしてやれる範囲は、書くことぐらいしかなかった。
会社などの組織のバックもなく、ゼロから一人で社会に発信するには
苦手な執筆しか残っていなかった。

でも会社を辞めれば、「しゃべる」ことも、もっとできる。
もちろん芸人さんのような個性がないことは、重々承知の上である。
それでもどこまでやれるかをチャレンジしていきたい。

そういう意味で、下記の通り、9月に2回と東京で、話す機会を頂戴しました。
もしご興味のある方は、ご参加ください。

また、紹介した日経の電子版の記事には、別の観点でも感銘を受けたので
これは次の機会に書きたいと思います。

                    記

JSHRM2014年度コンファレンス(9月6日(土))
  − 多様化する「働き易さ」と「働き甲斐」〜日本の人事の再生〜ー
  この中での、《トークセッション》のスピーカーとして参加します。
  『「多様化する「働き易さ」と「働き甲斐」〜日本の人事の再生〜 』です。


◆峅I優汽エ塾・長月」(主催:一般社団法人バトン)(9月17日(水))
  私自身が自分のことをしゃべり倒すつもりです。
  『「複数の立場を持てば人生は安定する(仮題)」ほどイキイキと働ける

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2012年04月20日

「私もガンバルエネルギーをもらいました」

今週は、知人のサラリーマンが、西宮北口の兵庫県立芸術劇場
の小劇場で、初めて舞台に立つというので、会社を早く出て
観劇に足を運んだ。

さすがは立派な劇場だ。
その中で、2500円なりの入場料をとって演じるというのは、
やはり素晴らしい。

演者には、プロの役者と知人のようなアマチュアが混じっている
ように思えた。

劇が終了して、演者が出口の前で迎えてくれたのだが、
彼に放った私の始めの言葉が、「私も頑張らなければなりません」
と言ってしまったそうだ。

一緒に出演していた彼の奥さんを紹介いただいた場面だったので
たしかに奇妙な発言だったかもしれない。
しかし、それが私の本心だったのだから仕方がない。

今日の昼休み、彼も含めて一緒に食事をしたのだが、私の発言の
話題でもおおいに盛り上がった。

お金を稼ぐこと自体は目的ではないが、お金に換算できるレベル
のものを発信する為に努力することは大切だと思う。

趣味の場合は、自分は安全な場所にいることができるが、その
反面得ることができるものも少ないような気もする。
もう一歩進んだところで発信することも大事だ。

もちろん、人それぞれなので、趣味レベルが良くないというつもり
は全くないが、私はプロを目指したい。

そういう意味でも、今回はエネルギーをもらった。
多くのサラリーマンが、自分の大切なことを発信する世の中が
もっともっと広がればいいなぁ。

複数の自分を持つことが大切だと改めて感じた次第だ。

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2010年06月19日

「やり直し人生列伝」を見ました。

先週の日曜日に、テレビ大阪の「日曜ビツクバライティ」
で「やり直し人生列伝」を見た。

何組かのビジネスパーソンが紹介されていた。
(番組を知って、あわてて録画した)。

*農林水産省に同期入省して結婚した夫婦が、農家に転身。
ー妻もキャリア官僚で、家と職場の往復の毎日で、終電まで
 働くのも当たり前だったようだ。

*住宅メーカー敏腕営業マンから漁師に転身
ー偶然インターネットで見つけた漁業体験への参加が人生を
 変える契機となっている。始めは反対していた妻が一緒に
 イキイキ働いている姿が印象的だった。

*小学校校長先生から紙芝居師に転身

このほかにも
*ソニーのエンジニアからカフェレストランをオープン
*音響メーカー社員から、津軽三味線弾き語りのプロに転身
*市役所職員から耳かき創作職人に転身
*保険会社を早期退職して、卓球居酒屋を開店した人

など多くの人が紹介されていた。

転身のインタビューに没頭していた時を思い出して画面を
食い入るように見ていた。

「自分の憧れている仕事に転身したい」と思っても、実際は
頭に浮ぶだけだ。でもなかにはビジネスでの役職や収入を
諦めて、新しい仕事に挑戦する人達が、少数だがいる。

私の「こころの定年」でのインタビュー対象者とは
若干基準は違うように思うが、やはり興味が惹かれる。

テレビ番組にまでなっていることを思うと、転身に興味を
持っている人はやはり少なくないのだろう。

画面を見ていて懐かしいお顔にも出会えた。
(次回にも続く)

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2006年09月16日

「日常の課題」(B荼涓鵐ャリアチェンジ研究会)

今回の課題を読まれて、何か感じられることはありましたか。
研究会でもいろいろなレベルの意見が出た。
まず感じられるのは、大企業の恵まれたサラリーマンの例という
ことが頭に浮かぶかもしれない。

確かに給与が高く、身分が安定しているというのは確かに大きい。
でもそれで満足度が高いというわけでは必ずしもない。
これは私のインタビューでもいつも感じている点である。

当日出た意見をここで細かく紹介することまではできないが、
基本部分で一点気になることがあった。
それは現在のキャリアコンサルとは、就職や転職、定年後の再就職
などキャリアに段差がある時に行われている。
今回の例のように日常の業務を続けながらもいろいろな迷いが
生じている方は対象にはしていない。
段差のあるときには共通の立場に立ちやすいし、目的が明確である
から対応もしやすい。
ところが今回のように日常の業務をやりながら疑問を感じている方
の行き場所はあまりない。

過去には、会社の上司がそれを担っていた時期があったかもしれ
ないが、今はそういう機能が失われている組織が多いだろう。

本当はそのことで右往左往している人が圧倒的に多い。逆に言えば
潜在ニーズは大いにあるということでもある。
最近の「コーチング」が勢いを増しているのも、このニーズを
受け止める流れであろう。
私のインタビューで「コーチング」に転じた方、転じようとして
いる方は自分でこの課題に突き当たった人が多い。

昔からこのあたりを対応している方を紹介したい。
                       (明日に続く)


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2006年07月21日

「アバウト・シュミット」

7/26 「新現役ネット」の「学びの会」で話します。
7月26日(水)18:30〜20:30
於:大阪駅前第2ビル 5階。
詳しくは、下記をご覧ください。
http://www.shingeneki.com/index.html


昨日の「タナカヒロシのすべて」を見ていて思い出したのがこの
「アバウト・シュミット」である。
ひょっとしたら、「タナカヒロシのすべて」は、この映画を参考に
している部分があるのではないか。

両者とも、一人の人間の日常生活を淡々と映像にしているという
意味では手法は似ている。

オープニングは、勤め先の保険会社で定年退職の日の終業を
時計とともに机の前に座って迎える60歳を超えたシュミットの
姿である。

仕事一筋のまじめで平凡な一人の男が、定年退職を迎えて、
「第2の人生」を歩む日常の姿を淡々と描いているが、
私にとってこれほど身につまされる映画はなかった。

退職後しばらくして、自分がいなくて後任者が困っているかと
思って会社に行くが、自分の引継ぎ書類がダンボールに入れられた
ままであることにショックを受けて帰ってくる。
その後、妻が急死して、昔からの友人と妻が不倫をしていたこと
を知って憤る。
一人娘の婚約者は、どうみてもまともにみえない。結婚式の
スピーチを終えると、シュミットはトレイにかけ込み、その怒り
を爆発させる。
厳しいことはこれにとどまらない。
見ているだけで本当にハラハラしてくる映画である。
発展途上国の子供との、はがきでの交信がその孤独をさらに加速
させている。

ラストも昨日の映画のように「ほっと」することもなく、
「それでも生きていかなければならない」とのメッセージだ。

名優ジャック・ニコルソンが、勤めをやめたサラリーマンの
とまどいと孤独を見事に演じた。
画面を見ながら、三国連太郎に似ているなぁという感じがした。

この映画は、50代の定年前のサラリーマンにぜひ観てもらいたい
映画だ。アカデミー賞にもノミネートもされていたが、日本での
評判はあまりにも良くなかった。

この内容を吾事にできるターゲットは、限定されているのかも
しれない。

たまたま娘と一緒に見たのだが、「こんな怖い映画はないわ」
という私の呟きを彼女はどのような気持ちで聞いたのだろう。


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2006年01月29日

比較からいえるもの

これらの比較からいえるもの
 こうしてみると、日米の第二の人生における取り組みや課題点は
かなりの類似性があると考えられる。ただ、ドラッカーの具体的な
例を見ると、米国の方が、第二の人生の選択可能性はより大きいと
思われる(地域活動、教会、学校への取り組みなど)。

これからは「単に、仕事をすれば良いのではなく、定年後を含む
生き方(「引退」や「企業労働」だけでなく、自営やボランティア
活動、家事労働も含まれる)そのものが問われ、それを家族ととも
に共有して、自分の帰属する居場所を見つけていく作業が中年以降
に必要になってくる。」
組織人のライフイベントを考えれば、定年は、就職、結婚、出産、
転職、住宅購入等に劣らず重要なものといえよう。
 
 また、個人と組織の関係から見ると、個人としては、
「会社本位スタイル」で述べたように、会社への帰属に重点を置き
すぎているとすれば、今後は家族や地域、趣味のネットワーク等へ
の帰属を強めてバランスを回復する努力が必要だろう。
同時に、特定の企業における雇用の安定だけではなく、どんなメン
バーと、どこで、どのように仕事をしていくかを根本から考え直す
「キャリアチェンジの可能性」は重要であり、第二の人生にも大変
貴重なヒントを提供するだろう。
また、「転進された80名のキャリアに対する姿勢の共通項」は、
組織の中で「自立、自律の要件」や「リーダーシップ」を検討する
際に有効であると考える。

*参考文献
*「歴史の哲学」―そこから未来を見る 2003/10 ダイヤモンド社
*「変革の哲学」―変化を日常とする2003/07/31  ダイヤモンド社
*「経営の哲学」―今何をすべきか 2003/07/31  ダイヤモンド社
*「仕事の哲学」―最高の成果を挙げる 2003/07/31ダイヤモンド社
*「明日を支配するもの」P.F.ドラッカー 1993/03 ダイヤモンド社
*「挑戦の時」P.F.ドラッカー 中内功「往復書簡」1995/04
  ダイヤモンド社
*「創生の時」P.F.ドラッカー 中内功「往復書簡」1995/04
  ダイヤモンド社



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2006年01月28日

いきいきとした「第二の人生」を送るポイント比較

*いきいきとした「第二の人生」を送るポイント比較

E梢覆気譴80名のキャリアに対する姿勢の共通項
ア.「意味あることに一生懸命。意図が明確。」
  ー会社から与えられた仕事や地位のために、頑張るのでは
   なくて、自分で意味付けしたものに、一生懸命になる。
   その結果、仕事に   取組む「意図が明確」である。
(ド)「成果をあげる人たちは、気性や能力、職種や仕事のやり方
    性格や知識において千差万別である。共通点は、なすべき
    ことを成し遂げる能力を持っていることだけである。」
(ド)仕事が重要な時、自らを重要であると感じる。
  →「働くことの意味」の取り扱いが日本の場合よりも薄いよ
    うな感じがある。

イ.「自分を使って何が出来るかを考える姿勢
   (社会的な要請に応えようとする姿勢)」
   −「好きなことを仕事にする」という姿勢ではなく、一旦
     自分を客体化する。この点で、専門性が高くても、
     いわゆる「オタク」とは一線を画する。
   −組織の中での役割発揮を越えて、社会的な要請に応えよ
    うとする姿勢が強い。 

(ド)「選択肢を前にした若者が応えるべき問題は、正確には、
    何をしたいかではなく、自分を使って何をしたいかである」
(ド)「外部の世界に対する貢献に焦点を合せる」
  →表現も含めて、この2点は、非常に近い。

(ド)「仕事を生産的なものにするには、成果すなわち、仕事の
    アウトプットを中心に考えなければならない。技能や知識
    などインプットからスタートしてはならない。技能、情報、
    知識は道具に過ぎない。」
  →組織の中の役割発揮ではインプット中心になることが多い。
   日本のサラーリマンにとって耳を傾けるべき大切なポイント
   である。

ウ.「自意識の基準はひとつ=インテグレイト」
   ―「やるべきこと、やりたいこと、やっていることの同心円
     の重なりが大きい」
   ―これは、組織に所属する者が最も葛藤を持つ点である。
    自分と会社のベクトルをどのように調整するか。但し、
   「会社ベクトル」は、受け止め方を変えることが充分可能
    である。  
(ド)「企業家精神は、個人に関わることだからです。つまり
    イノベーションの欲求やその能力は、組織によって与え
    られるものではなく個人のうちに存在するものだからです」
(ド)「意思決定についての文献のほとんどが事実を探せと言う。
    だが、成果をあげるものは、事実からはスタートできない
    ことを知っている。誰もが自分の意見からスタートする。」
   →ドラッカーは、「組織と個人の葛藤」という観点は、
    インタビューを受けている私の実感よりも薄いのではないか。

エ.「自分の好きなことに、ジワリジワリとにじり寄る姿勢」
   ―変えることが出来るのはその姿勢と心構え。キャリア自体は
    変えれられない。
   ―「革命を起こして自分を変える」よりも「興味あるものに
     向かって、絶えず試行錯誤していると何かが生まれる」
     とのスタンスの方が現実的。
   ―自分のオリジナリティを発揮できるものを手放さないことが
    大切
(ド)「自らの成長のために最も優先すべきは、卓越性の追及である
    (オリジナリティ)。そこから充実と自信が生まれる。」
(ド)「今更、自分を変えようとしてはならない。上手くいくわけ
    がない。自分の得意とする仕事のやり方を向上させることに
    力を入れるべきである。」
(ド)「イノベーションはきわめて個性的であって、孤独な作業です」
  →コメントが難しいが、見方の違いの部分が大きいと思われる

オ.「得意な分野に、資源(時間・能力)を集中」
 −aからdの結果、この特徴が現れる。オリジナリティを磨く
   プロセスとして、必須である。
(ド)「成長に最大の責任を持つ者は、本人であって組織ではない。
    自らと組織を成長させるためには何に集中すべきかを、
    自ら問わなければならない。」
(ド)「不得意なことの改善に余り力を使ってはいけない。自らの
    強みに集中すべきである。無能を並みの水準にするには、
    一流を超一流にするよりも、遥かに多くのエネルギーと
    努力を必要とする。
(ド)「強みを中心に据える。優先順位を決定し、優れた仕事が
    際立った成果をあげる領域に力を集中する」。
   →内容は変わらないが、ドラッカーは、「強み」の部分を
    強調している。

<私の観点にはないか薄い部分>
(ド)確実性を必要とする人は、起業家に向かない。そのような
   人は、政治家、軍の将校、外国航路の船長など、いろいろな
   ものに向かない。
   それらのもの全てに意思決定が必要である。意思決定の本質は、
   不確実性にある。
  →この観点は、私の中にはなかった。確かにインタビューで協力
   いただいた方を思い浮かべるとうなずける部分がある。
   私の実感では、組織を出るには、一種の「熱病」にかかって
   いる人が多い。

(ド)起業家精神は、気質ではない。実際の所、私は、過去30年間
   色々な気質の人達が起業的な挑戦を成功させるのをみてきた。
(ド)起業家精神とは、気質ではなく、行動である。
  →ここでいう「気質」という言葉が、充分に理解できないが、
   各人のキャリアは色々だというのは全く同感である。


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2006年01月27日

いきいきとした「第二の人生」を送るポイント比較

*いきいきとした「第二の人生」を送るポイント比較
ドラッカーの著作が各箇所の抜粋であるので私が「企業と人材」
(12月号、産労総合研究所)に書いたものを基準に両者を比較
対照したい。
ドラッカーの見解を私の基準に合わせて比較論ずるなど自分の
ブログでしかできない不遜な対応だろう。
(ド)の部分が「ドラッカーの著作」からの引用である
(但し、ドラッカーの著作は全てが、「第二の人生」に関する
 ものではないため、ややずれる部分があることは認識した上で、
 整理をした)

.ャリアをチェンジするきっかけ
 ア.「こころの定年」に陥る。
   ―前述のとおり。言葉で言うと
  ・「このまま組織にいても成長できない」
  ・「やっていることが誰の役に立っているのか実感できない」
  ・「残りの人生が短くなる中で、このままで良いのだろうか」
    と自問している。

(ド)「順調にやってきた45歳、50歳といえば、心身ともに働き盛
    りである。その彼らが仕事に疲れ、飽きたということは、 
    他への貢献、自らの成長のいずれにおいても、第一の人生
    では行き着くところまで行ったということであり、その
    ことを知ったということである。」
   →ほぼ、一致している。組織で働く中年の生き方にかなりの
    共通性があることが伺える。

 イ.偶発的事象が引き金になることも多い
   ―阪神大震災、リストラする立場、自分の病気・家族の介護、
    多感な時期の子どもとの葛藤、会社破綻・合併、など

(ド)「第二の人生を持つことが重要であるのは、もう一つ理由が
    ある。誰でも仕事や人生で挫折することがあるからである。
    離婚、こどもに先立たれる。知識社会でも全員が成功する
    ことはありえない。」
(ド)「知識労働者は、若いうちに非競争的な生活とコミュニティを
    作り上げておかねばならない。仕事以外の関心事を育てて
    おく必要がある。」
   →私のきっかけを、ドラッカーは、人生のリスクマネジメント
    の問題としている。

▲薀ぅ侫汽ぅルからみたキャリアをチェンジ(第二の人生)
−人それぞれで一概に言えないが、『40代でキャリアチェンジすれば
 50代半ばで、一定の社会的立場を確保することは可能だが、55歳
 から取り組んで、60歳すぎてその位置に到達する方は余り多くない』
 ような気がする。

(ド)「人は、20代のうちに遅くとも30代初めにイノベーション
    をはじめられなければ後は一生無理である。そのためには
    何よりもまして、大企業の組織をかえなければなりません」
(ド)「第二の人生を持つには、一つだけ条件がある。本格的に
    踏み切るかなり前から助走しなければならない」
(ド)第二の人生は、仕事への不満や倦怠から逃れるための酒や、
   火遊びや、精神分析医よりもはるかに面白いはずである。
   →ドラッカーは、かなり早い時期の取り組みに重点を
    置いている。



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2006年01月26日

日本の「第二の人生」で留意するべきこと

(前日からの続き)

日本の場合は、「週末企業」の本が売れたり、「アントレ」が
評判になることがあってもここまで区分して整理されていない
(私のインタビューはこのうち、(源とおり第二の人生を持つ
ことに焦点に当てている)

私が考えるには、日本の場合は、「高度経済成長」(*)を
契機に醸成された
「会社本位スタイル」(会社勤め中心のライフスタイル)とも
よぶべき働き方が、依然として中心である。日本では、この
「会社本位スタイル」とどのようにつきあい、脱却するかが
「第二の人生」との関係で大切である。
(「高度経済成長」(*)が「働き方」に与えた影響の大きさ
 については、別途述べる)

以下に若干私の見解のポイントだけ示す。
 峅饉卷椣魅好織ぅ襦廚稜愀
ビジネスパーソンが働く根拠は、雇用契約であるが、意識して
いる人は極めて少ない。これは、社内外の規範よりも、実際の
「職場のルール」を優先しているからである。
今までは会社が圧倒的に強い立場にあった。そこに勤めるものは、
その組織から離れると、社会的な多くの権益も一挙に失うのでは
ないかと考えて、過度に組織への帰属を強めてしまう。極端になる
と、不当な労働環境、サービス残業、持ち帰り仕事など労働の
ダンピング化が生じる。

このような「会社本位スタイル」の結果、自分の信念を貫いて
仕事を進めることが難しくなり、内面の価値観や動機との間に
葛藤を抱える。
過労死事件に詳しい川人弁護士は、「(日本の)中高年労働者の
過労自殺の根底には個人の会社に対する強い従属意識があり、
(中略)、これを「会社本位的自殺」と呼ぶことが可能であろう」
と述べる(「過労自殺」川人弁護士、岩波新書)。過労死事例
というやや極端な例を元にしているが、考え方の根本は同じもの
である。

日本の場合は、この「会社本位スタイル」とどのようにつきあい
脱却するかがポイントである。
=「会社本位スタイル」脱却の自己決定とは、
「これまでの会社勤め中心のライフスタイルから自分の内面的
価値観や動機に準拠した独自のスタイルに再構築(=自己決定)
すること」。
この中には、「経済的基盤の課題」や「家族との関係」
「本当に好きなことをするという決断」がある。
 またこれに加えて「意味あることを行動に結びつける情熱」
「社会の要請に応えようとする姿勢」(「会社本位スタイル」の
反対語は、「自分本位スタイル」ではない)がその中に含まれて
いるかどうかも重要である(これが私の修士論文のテーマのひとつ
であり、現在分析中である)。
 この自己決定も、もう少しインタビューの関係で具体的に述べ
たいが、別の機会に述べるとして、先に進む。


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2006年01月25日

ドラッカーの著作における「第二の人生」

(前回からの続き)
それでは、どうすればよいのか。
ドラッカーの見解を要約すると下記の通りのとおりである。
「(米国での)「第二の人生」は3つの方法によって解決できる。

(源とおり第二の人生を持つこと
 仕事があまりかわらない場合の例―大企業の経理責任者が病院
 の経理部長になる。 全く仕事が変わる場合の例―企業で成功
 して聖職に入る、ロースクールに入る

▲僖薀譽襯ャリア(第二の仕事を持つこと)
 すなわちもう一つの世界を持つことである。20年、25年、やって
 いる仕事は続けて、あえてパートタイムになったり、コンサルタ
 ント的な契約社員となる。そしてパラレルキャリアを持つ。
 たとえば、教会の運営を引き受ける、ガールスカウトの会長を
 引き受ける。夫の暴力から逃れてきた女性のための保護施設を
 設ける、地元の図書館でパートの司書としてこども達を担当する。
 地元で教育委員会の委員になる。

ソーシャル・アントレプレナー(篤志家)になること。
 成功した人たちで、仕事は好きだが、もはや心躍るものではない。
 プロテスタント教会に手を貸す、私立学校の設立に奮闘する。
 (また、こうも言い切っている)
 勿論誰もが、第二の人生を持てるわけではない。そのまま仕事を
 続けて退屈しきって定年の日を待つ人たちのほうが多い。
 しかし、模範となるべきは、彼らのような数の少ない方の人たち
 である。かれらこそ成功者として位置づける人たちである。」
(「明日を支配するもの」)と述べている。

日本の場合は、「週末企業」の本が売れたり、「アントレ」が評判に
なることがあってもここまで区分して整理されていない
(私のインタビューはこのうち、(源とおり第二の人生を持つこと
に焦点を当てている)

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2006年01月24日

ドラッカーの著作における「第二の人生」

ドラッカーの著作を通して米国の「第二の人生」について
考えてみたい。

米国での「第二の人生」については、ドラッカーも
「既にアメリカでは、組織から組織へ動くことは一般化した
慣行である。しかし、そのアメリカでさえ、働くものが組織
より長命であって、したがって「第二の人生」が必要などと
言うことは、誰にも心構えができていない革命的な変化である。
退職制度を含め、既存のいかなる制度も想定していなかった
事態である。」と述べている(「明日を支配するもの」P.F.
ドラッカー 1993/03 ダイヤモンド社)。

米国では、雇用における年齢差別禁止法(ADEA)を制定している。
1986年の改正で40歳以上のあらゆる年齢差別を禁止しており、
米国の企業は定年制度なしの経営を行っている。(慶応大学の
清家教授「定年破壊」講談社 p210〜。「年齢差別禁止の
経済分析」(日本労働研究雑誌487号 01年1月号)
米国の背景には人種や性による差別禁止規定に始まる一般的な
差別撤廃の思想があるのだろう。いづれにしても日本とはかなりの
相違が見られる。企業における定年制度の落差は、日米間で大きい。

しかし、米国の場合も「組織人の第二の人生」は、困難を伴うよう
である。
ドラッカーは、アメリカの組織人でも「中年の危機」があると
指摘する。
「30年間組織が存続しているとは言い切れない。そのうえ、
ほとんどの人間にとって、同じ仕事を続けるには40年、50年は
長すぎる。
飽きてくる。面白くなる。惰性になる。耐えられなくなる。
周りのものも迷惑する。ごくわずかの芸術家は別として。
45歳にもなれば全盛期に達したことを知る。同じことを20年も
続けていれば仕事はお手のものである。学ぶことは残っていない。
仕事に心躍ることはない。」
これは私がインタビューした方々にも多くの場合当てはまる。
就業規則上の60歳定年の前に「こころの定年」ともよぶべき状態
に達する方は多い。
・「このまま組織にいても成長できない」
・「やっていることが誰の役に立っているのか実感できない」
・「残りの人生が短くなる中で、このままで良いのだろうか」
と自問している。
                         (続く)



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kusunoki224 at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年11月11日

「僕のミッキーマウス」

先般、家族と一緒に東京旅行に行き、ディズーニランドに
立ち寄った。
 
その際に、お客さんの世話をするキャストの中に50代と
おぼしき中年の男性の姿が時折目についた。

あるテーマ館の横隅では、年配の男性キャストが若い女性
キャストから「自分で書いて、渡してください」と指導を
受けていた。
そのキャストは神妙な顔つきで彼女の話を聞きながら、
カードに何かを書き込んだ。

そして彼は背筋を伸ばしてお客さんの所に歩み寄り、
そして満面に笑みをたたえて語りかけた。

その時私は「かっこいい」と思った。
ひょっとすると、自分の子供位の先輩から指導を受ける
ことは、彼には複雑な感情があったかもしれない。
しかしそれをものともせず切り替える姿が素晴らしかった。

メリーゴーランドで孫くらいの男の子に安全バンドを装着
した後、笑顔で手を振るキャスト。
多くの人でごったがえすパレードの整理のために、若い人と
一緒に歩き廻るキャスト。

ここを訪れるお客さんは、年齢、性別、国籍も様々な人がいる。
きっと若い女性のキャストには見えないこと、カバーできない
ものもあるだろう。
 
私より年配の男性の働く姿を見て何かとても暖かいものを感じた。
もう一人のミッキーマウスがそこにいた。


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kusunoki224 at 07:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)