楠木新(くすのき あらた)
楠木新の自己紹介

*講演・セミナー・研修および取材などの
お問い合わせは、kusunoki224アットマークnifty.comまでお願いいたします。
※アットマークを@に代えてください

映画

2017年11月13日

角田光代さんのお話に聞き入りました

一昨日に、心斎橋の文壇バーで催しがあって角田光代さんのお話を
拝聴しました。

みなんご存知の通り、角田さんは次々とエンターテイメントな小説を
発表されています。

私は、『経理部は見ている。』(日経プレミア)を書くときに、『紙の月』を
書籍でも映画でも見て参考にしたのですが、その時もいろいろ考えさ
せられました。

現在は、『源氏物語』に取り組んでおられるそうです。
内容は紹介しませんが、『源氏物語』を訳しながら感じることや
そのご苦労なども率直に語っておられました。

原稿に取り組む真摯な姿勢が私にも伝わってきて、なぜか背筋が
伸びるような感覚でした。
とても上質な時間を過ごさせてもらいました。

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2017年10月30日

「パジャマ・ゲーム」

一昨日は、久方ぶりのミュージカル鑑賞。
行けなくなった人がいて、チケットがもったいないからと
娘と一緒にシアター・ドラマシティに。
ミュージカルについては何も知らなかった。

楽日前とはいえ、入場時には混雑がすごく会場もほぼ満席だった。
宝塚歌劇団の元トップスター北翔海莉が主演だったこともあるのだろう。

時は1954年。他の工場が給料アップを果たすのに、スリープタイト社
のパジャマ工場では労働組合が経営層と対立していた。
ストップウオッチを持った管理職が登場するので、経営学の人的資源
管理でいうテイラーの「科学的管理法」がまかり通っていた時代なのだろう。
ミュージカル・コメディだった。

前から二列目のほぼ真ん中の席だったので、出演者の表情までが手に
取るように分かる。

この中で、間違いなく見たことがあるが、誰だったのか、どうしても思い
出せない人が二人いた。主役の背の高い男性と、管理職の少し年配の男性だ。

テレビか、映画か、でも最近はテレビも映画も限られたものしか見ていない。
まさか道端か、どこかに立ち寄った店でもないだろうし、と気になりながら
舞台をじっと見つめていた。

その時、突然閃いた。
NHKの大河ドラマ『真田丸』で、豊臣秀吉のおいの・秀次役を演じていた人
だと気が付いた。秀次が自分自身で悩みの中に落ちていく姿が印象的だった。
そう思うと、もう一人の男性についても、同じ『真田丸』で、草刈正雄の横にいた
人だと分かった。

ドラマが終わって、最後のあいさつになった時に、主演の北翔海莉さんが、
「この会場の掃除のお姉さんが、『今回の人たちはみんな気さくないい人ばかりですね』」
という発言を紹介して、「このカンパニーはいつも楽しくやっていた」と話した。

その後をいきなり振られた、秀次役を演じた新納慎也さん(ネットで確認しました)が、
「そのお姉さんは京都の人で回りくどく言ったので、本当は『みな、アホばっかしや』
という意味かもしれませんよ。大阪の人だったらホンマのこと言います。僕は神戸です
けど」と言って会場の笑いを誘った。

地元ネタに変える機転と神戸出身ということで一度にファンになった。
『真田丸』の時の演技の時から気になっていたことも思い出した。
最後の最後が最もコメディだった。
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2017年03月28日

映画「生きる」が、本日の深夜にBSプレミアムで放映されます

黒沢明監督の映画「生きる」が、nhkBSプレミアムで放映されます。
3月29日(水)午前0:50〜3:14です。
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来月発売の『定年後ー50歳からの生き方、死に方』の中にも
引用して書きました。

サラリーマン・役人の生き方を見事に描いた作品だと思います。
黒沢明監督作品の中では、私が最も好きな映画です。

ぜひご覧ください。

この映画の中で、重要な役割を担う、小田切みきさんは、チャコちゃん
こと四方晴美さんのお母さんです。

また左ト全さんや菅井きんさんの若い頃の姿も見ることができます。

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2016年08月20日

「阿吽建設」のやり取りは引き込まれる

先日の『シン・ゴジラ』の映画の幕間 (まくあい)に、興味ある短時間の
アニメが登場していた。

私は昔から、この幕間でのPRなどが好きで、むかし神戸新開地で映画
を見まくっていた時には、『名もない茶房』が出ると、どんな喫茶店なのか、
『温泉劇場』では、男湯と女湯をまたぐ大きなスクリーンがあるのかなど
いろいろ想像したものだ。

今回のものは、全国 TOHOTOHO シネマズの幕間 で、一般公募のキャラ
クターなど3体たちが、各 45 秒のアニメーションで競いあっているそうだ。

「阿吽建設」、「みつアミーゴ」、「MC FAMILY」の3篇だった。

いずれも面白かったが、初めに登場した「阿吽建設」の二人のやり取りが
最高で、つい引き込まれた。
なんと仁王像がキャラクターとして、建設会社の社員になっている。

「キリンって、一日に何時間寝ると思う。バシッと当たったらおごったるわ」と
クイズを出すところから始まる。

この車に乗った二人の建設会社の社員のやり取りだけなのだが、
「こんな人、こんな会話している人いるいる」という感じなのだ。

どちらかと言えば、大阪、神戸バージョンだ。

キャラクターというよりも、私にはこの会話の運びに感心してしまった。
逆に、自分の力量のなさをはっきりと思い知らされた。
会話文をうまく展開させることは、難しいと思い知らされることがたびたび
だからだ。

興味ある方は、ユーチューブで上がっているので、どうぞ。
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2016年04月01日

映画「人生スイッチ」

いつも上京するたびに会う先輩がいる。
私のメンターみたいな人だ。
知り合ってからは、30年以上になる。
会えばいつも2,3時間は話し込む。

彼とは毎回同じ場所で待ち合わせる。
有楽町のビルの中にある映画館の前だ。

ここはいつも座れる椅子があって、ビルには
日本食、中華、洋食、喫茶店なども入っていて
便利なのだ。

待っている間は、映画館に入る人を観察できる。
平日の昼間は、会社勤めは引退したとおぼしき
男性が中心だ。
リュックを持っていて帽子をかぶっている男性が
多く、服装には頓着してなさそうだ。

それがあるときに、映画館の前が、年配の人で
一杯で、外にまで長い列ができていた。

何の映画だろうと思ってのぞいてみたときに、
「人生スイッチ」というタイトルを確認した。

彼らや彼女たちが感動できる映画なのか、どんな
内容なのだろうと、ずっと気になっていた。

そして昨日、その映画を観た。内容なども何も確認
していなかったので驚いた。

細かく書くと、ネタバレになるといけないので、これ
くらいにしておくが、些細な偶然やきっかけで連鎖
していく人の姿を爽快な展開で描くブラックコメディ。
独立した6つの短編でできている。

映画のタイトルの英文名は、Wild Tales、
「でたらめな話」とでも言ったところか。
「人生スイッチ」という訳は、素晴らしい。
とにかく面白かった。

日本人とは違った心情、感覚に触れることができた。
(スペイン、アルゼンチンの合作)

また機会があれば、この時に感じたことを書いてみたい。

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2015年09月03日

映画『ボーイ・ソプラノ』の試写会に行ってきました

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昨日、会社員当時の同僚のお誘いで、映画『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』
の試写会に行ってきた、

「ボーイ・ソプラノ」、それは少年が声変わりするまでのわずか数年の間だけしか
出せない“奇跡の歌声”。その一瞬に仲間たちと音楽に打ち込んでいく少年たちと
それを支える大人の物語だ。

久しぶりに映画を見たが、上質な内容で、爽やかな感動があった。

最も印象的だったのは、なんと言っても、厳しさと優しさを同居させる
ダスティン・ホフマンの熱演だ。彼ばかりに注目してしまった感じだ。

私が中学生の頃の『卒業』は、その音楽とともにラストシーンは忘れられない。
また個人的には、彼が主役の『クレイマー、クレイマー』のVHSのテープを購入して
英語の聞き取りの教材にしたことだ。
おそらく数十回は繰り返して再生した記憶がある。
バブル期に東京で働いていた頃だから、もう30年位前の話だ。

その彼がまだ現役として、俳優を勤めている。
彼が映画の後半で語った、「キャリアでなくて、生き方なんだ」という言葉には
思わず引き込まれた。
役柄よりも、第一線をずっと走ってきたダスティン・ホフマン個人の言葉のように
受け止めた。

一緒に鑑賞した女性が後の食事の時にネットで彼の年齢を確認してくれた。78歳!
3人ともがなぜか唸ってしまった。なんと格好いい78歳なんだ。

映画の試写会というのは初めてだった。
淀屋橋の朝日生命ホールは、大きな会場にもかかわらずほぼ満杯だった。

大きなビルの階段に、多くの人が並んでいる。
こういう経験は、中学の時の神戸新聞会館で「ローズマリーの赤ちゃん」を
見た時以来だ。

やはり多くの人と一緒に見る映画は、家でDVDを見るのとはちょっと違う。
映画の後の、イタリアンも美味しかった。
昼食に新たに行ける店の開拓というおまけもついてきた。

時々は、映画にも行ってみよう。



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2015年08月03日

さかなクンと淀川長治さん

前々回のブログで、NHKスイッチインタビューのさかなクンと
歴史学者・磯田道史さんの対談のことを書いた。

さかなクンの言動を見ていると、自分の頬のあたりが自然に
緩んでくることが分かる。

画面を見ながら、わたしにとって、「やはり似ているなぁ」と
思い出す人物がいた。
私が小さい頃に憧れていた、映画評論家の故・淀川長治さんだ。

「ずっと楽しく、いい顔」という共通項があると感じた。
「さかな」「映画」と対象は違っても、好きで好きでたまらない
数奇心が何とも言えない。

二人とも、嫌なことや嫌な人は現れないのじゃないか。
淀川さんは、「私は嫌いな人は、一人もいない」と語っていた。

「最盛期には30軒近くあった映画館が、いまは3軒です」
と以前サンケイ新聞が神戸新開地のことを取り上げていた。
私が育った新開地は、映画が生活の一部だった。
聚楽館、新劇、新劇会館、神戸東映、松竹、日活、大映、
温泉劇場などなど、、。

新開地の映画館街で育ったともいえる淀川長治さんは、
子供の頃、毎週テレビの日曜洋画劇場で見る身近で、
魅力ある大人だった。

小さい頃から新開地の映画を見まくった淀川さんの話を
周囲の人からよく聞いた。

近所のおっちゃんが「チャップリンが、神戸の中突堤に豪華客船で
来た時に、多くの見物客が出迎えた。
その時に、チャップリンは、群集の中で、淀川青年だけを抱きしめた」
と言うのを聞いて、「すごいなぁ」と感嘆していた。

「好きなことは伝わる」という話に感動した。

後年、淀川さんが語った「私の履歴書」(日経新聞社)によると、
淀川さんが、船長に無理やり頼んで、チャップリンと42分間、
1対1で個室で話したと書かれている。

つくり話だったわけだが、こういう伝わり方は、とてもチャーミングだ。

また、淀川さんが考える理想的な最期は、「映画館で映写が終わったのに、
まだ座っている老人がいる。従業員が終わりましたよと声をかけると、
死んでいた」(私の履歴書)だった。

実際にも、亡くなる前週まで、「日曜洋画劇場」の解説の収録を
したのだから、人生を本当に全うしたのだろう。

年をとるに連れて、その憧れが大きくなる珍しい人だ。


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2015年07月12日

目指せ!高田純次さん(「情熱大陸」が取り上げた)

先週の7月5日 の「情熱大陸」で、高田純次さんが取り上げられていた。
実は、高田純次さんは、関西以外では、最も好きな芸人?俳優?
マジシャン?の一人だ。
ルー大柴さんとともに、双璧と言ってもいいかもしれない。

番組では、自身に戒めている「歳とってやってはいけない3つのこと」として
「説教」「昔話」「自慢話」を挙げる。
「だいたい年寄りはこの3つ(を話す)。だから、俺はこの3つを無くしてるから、
エロ話しかできない」と周囲をけむに巻いていた。

68歳だが、まだまだ若い。

「別にモノマネもできない、取り立ててこれというギャグもない、芝居がとりたてて
上手いわけでもない」と自己分析しながら、「結局実力かな〜」と笑いに持ち込み、
スタッフを笑わせていた。

また「褒められると、なんだか居心地が悪くなる」そうだ。
軽薄な行動やギャグは、その照れ隠しのようでもある。
自称マジシャンというのもナイス。
これらが35年以上、テレビの第一線にいる秘訣の一つかもしれない。
売れても、変なプライドを持たずに、ずっとやり続けることができる人が
いないので唯一無二の存在になれる。

「もう定年ですよ」と言いながら、「もう俺も68歳で、手の内をずいぶん
読まれてきてるから、70歳までの2年でどうやって変えていくのか、
これが難しいよね」と明かしている。
また「75歳まではやりたいね」と計算もしている。

勉強になるなぁ、と思いながら画面から目を離せなかった。

平成8年に、支社の次長をしていた時に、当時の支社長から
「君は、『5時から男』だからなぁ」と言われたことを思い出した。

当時は、「支社長、そんなこと言っていいのですか」と
笑いながら言い返した記憶がある。

高田純次さんのイメージがあったとすれば、この上もない褒め言葉
だったのだ。


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2014年12月26日

『昭和残侠伝』『仁義なき戦い』が体現した原型

この12月は、高倉健さんの各映画と菅原文太さんの「「仁義なき戦いシリーズ」
をよく見ている。

今月は、TUTSAYAに通う日々である。

その中で、今まで頭の中にあった二人の映画との日本型組織との共通点が
何度か浮かび上がってきた。

それを本日の東洋経済オンラインの連載「なぜあのオジサンは、働かないのか?」
の中で書いた。

タイトルは、『ライバル、戦友、友達…「同期」という謎の存在
        「仁侠映画」から読む、日本企業独特の仕組み』
「ライバル、戦友、友達…「同期」という謎の存在」

内容については、いろいろ書きたい点や補足をしたい点もありますが、まずはお読みください。

よろしくお願い申し上げます。

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2014年12月18日

闇金ウシジマくんに登場しました 

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「闇金ウシジマくん 17 中年会社員くんの哀しき”会社物語”!」(真鍋昌平著、 小学館)
に登場しました。

といっても、コミックの中に取り上げられたのではなく、コミックが終了した後のページ、
「2014年版 われらサラリーマン、これからの”楽しき”会社物語!!読本」という
コーナーの中で、「働かない中年社員くんが生まれる理由は!?」という見出しで
2ページにわたって考え方を掲載してもらっています。

『会社の構造が問題!!』、「こころの定年の迎え方』などの小見出しとともに、私が
説明を加えています(写真つきです。漫画の顔ではありません)。

本は、コンビニに置かれる廉価版(352円 (税込380円) )だそうです。
表紙には、「累計900万部突破!!」とあるので大人気のコミックなのでしょう。

インタビューを受けてから、原作を映画化したビデオ(「闇金ウシジマくん」 2012年、
監督:山口雅俊)も見ました。
主演は、山田孝之さんで、現代を切り取ったエンターテインメント作品です。

今回のコミックの内容は、サラリーマンを題材にしていますので、リアル感もあり、
一気に読んでしましました。

ご興味のある方は、ぜひお目通しください。

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2014年12月07日

高倉健さんが亡くなった。

高倉健さんが亡くなった。

むかし、私が育った近くの新開地は、映画館・飲食店がぎっしりと詰まった
神戸一の歓楽街だった。

32年にわたって「日曜洋画劇場」の解説を務めた映画評論家の淀川長治さんも
戦前から、新開地で上映される映画をすべてみていたという逸話もある。

私の子どもの頃でも、20-30程度の映画館があった。
湊川温泉劇場、テアトルKS、神戸松竹劇場、聚楽館、ロマン座、神戸東映劇場、
神戸東映パラス、公園劇場、神戸スバル座、菊水キネマクラブ、神戸東宝、
神戸シネマなどなど。

お金がないので、新作ロードショーには行けない。
封切館は、友人の親が持っている映画会社の株券についている入場券で
一緒に行くことが多かった。

それ以外は、過去の映画を上映する弐番館か三番館に足を運ぶ。
私がよく行ったのが、新開地の南にある、新劇、新劇会館、新劇ゴールドの3館。

新劇ゴールドは、ストリップ劇場だったので入らなかったが、前の二館にはよく通った。
新劇劇場は、邦画、新劇会館は、洋画が専門だった。

高倉健さんは、その新劇劇場のヒーローだった。
私の小さい頃の記憶では、二階席はまだ畳の席があって、時々お酒を持ち込み
ながら、映画を見ていたオジサンがいた。

昭和残侠伝シリーズで、高倉健と池辺良が、並んで殴り込みに行く最後のシーンでは、
「いけぇ〜」「がんばれ〜」といった声がかかることも多かった。

当時の叫んでいたオジサンたちが、存命であれば、高倉健さんが亡くなったことを
聞いてどのような感慨を抱いたのだろうか。

健さんに心酔していた友人もいた。
予備校で、玄関のところに、多くの運動靴やサンダルが乱雑にごった返していた。
その中に、文様の付いた雪駄が一足あった。
「誰や、こんなんはいてきている奴は?」と予備校の講師が騒いだらしいが、
周囲は、誰もが彼のものとわかっていた。
またいくら叱られても、殴られても彼がそれをはいて予備校に来ることを
止められないことを誰もが知っていた。

大学入学当時に見た「新幹線大爆破」の健さんにも驚いたが、
『幸福の黄色いハンカチ』の健さんには、またまたどうなっているのかと
頭の上に?マークがついた。
でも、この映画は、何回見たかわからない。
渥美清さん、高倉健さんが、絡むシーンがあるが、日本人の元型を体現する
二人が並んだという感じだ。

阪神大震災ののちに、中国を一人旅していた時期があった。
一人でなぜか中国を歩きたくなった。

その時に北京の百貨店に入ると、「君よ憤怒の河を渉れ」のビデオテープが
高く積まれていた。中国でも人気があるということは、まったく知らなかった。

亡くなったのちに、中国外交部の洪磊報道官の声明は、
「高倉健先生は中国人民が良く知る日本の芸術家であり、中日文化交流促進の
ために重要で積極的な貢献を果たした」との異例の哀悼声明であった。
あの報道官の発言かと耳を疑った。

この6月の船旅の船室で、『幸福の黄色いハンカチ』を見ていてよかったとなぜか
思った。

そう思っていると、菅原文太さんが亡くなったニュースも飛び込んできた。
川地民夫さんとコンビを組んだ「まむしの兄弟」は、神戸新開地を背景にしている。
もう頭の中がいっぱいになった。


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2014年10月01日

映画『利休にたずねよ』を観ながら

『利休にたずねよ』を書かれた山本兼一さんは、この2月に病気のために
亡くなられた。私より2歳年下である。

千利休は、現在の大河ドラマ「黒田官兵衛」にも登場する、「茶聖」と称えられた
茶人である。織田信長や豊臣秀吉の話にも必ず登場する。

山本兼一さんは、「千利休は一般的には枯淡の境地で茶の湯に専心していた人だと
思われています。しかし、私はむしろパッションの人だったと考えています。
そうでなければ、あれほどの茶の湯の美学は構築できなかったでしょう。
そのパッションの源泉となった「利休の恋」を小説に書きました。」
と映画のHPの中で、書かれている。

初めに原作を読んだ時にも、この「パッションの人」ということが、とても
心に響いてきた。

山本さんが言われている「茶の湯の美学は構築できなかった」ということは、
情熱がなければ、人には伝わらないということを含んでいると思われる。

そのことが、戦国時代の天下人を目指す信長や秀吉にも、魅力的に映ったに違いない。

主演の市川海老蔵さん、宗恩役の中谷美紀さん、秀吉役の大森なおさんなど、
興味ある配役だった。
千利休の師匠だった人物には、市川団十郎、実の親子の共演だった。

また私にとっては、久しぶりに見た大谷直子さんの若さにも驚いた。
初めは、よく似ている人かと思ったが、本人だった。
学生時代に、見た映画を思い出した。

「千利休の情熱は、若い頃の恋愛に根ざしている」
恋愛に限らず、若い時のことは、自分が還るべき場所であることを
忘れている人が多い(自分も含めて)のではないかという気分を持ちながら、映画を見ていた。

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2014年06月30日

「やはり映画っていいものですね」

6月の船旅で時間があった時に、室内のVODで、何本かの映画を見た。
前々回紹介した映画『幸福の黄色いハンカチ』もそうである。

洋画もあったが、私の場合は、邦画に偏りがちだ。

その中の一本が、『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』である。
2010年の映画で、当時も関心があったのだが、そのまま見過ごしていた。

主人公は大手メーカーの経営企画室長。出世の道をひた走っていたが、
東京で一緒に暮らす家族とは、すきま風が吹き、コミュニケーションもままならない。

ある日、故郷の島根に住む母が倒れたという連絡が入る。
また親友だった会社の同期が自動車事故で亡くなった。

そしてこれまでの人生を考えた上で、自分の子供の頃の夢だった
島根の一畑電車の運転士になるために、会社を退職して一畑電車に
中途入社することとなった。

そこでいろいろな出来事に出会う。

私が、過去から取り組んでいる転身者の取材と同じ構造だ。
この映画の場合は、母の介護、友人の死であるが、インタビューでは、
自分の病気を経験している人が多いことに驚いた。
またリストラ、合併、左遷、思いもよらない出向などの会社側の事情や
子どもの不登校、家族の介護、妻の病、家庭内暴力をきっかけに進路が
変わる人もいた。
友人や家族の死、阪神・淡路大震災がきっかけとなった人も多いのである。

このプロセスの中で、仕事中心の自分の中に変化が生じる。
「自己中心から、他者へのまなざし」「自己への執着から、他者への関心へ」と
いう価値観の転換なのである。

「この病気さえなかったら」と嘆いていた人が、「この病気のおかげで」という発言
に変化するのである。

そういう意味では、この映画と同じテーマを自分も追いかけていたのだとあらためて
感じた次第である。

「やはり映画っていいものですね」と昔聞いた発言と同じ気持ちになってくる。

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2014年06月25日

「あの日にドライブ」(還暦になりました)

今日から還暦となった。

若い頃は、60歳、還暦と言うと、どんなに思慮分別がついたオジサンかと
思っていた。
しかし実際には、オジサンという感覚も薄く、気分だけでいえば若い頃と
ほとんど変わらない。
 
あの時に、「こうすればもっとうまくいっていたのに」と思うこともあれば、
「なかなか頑張ってきたじゃないか」と自分を誉めてやりたい気持ちも
ないわけではない。

「人生が二度あれば」と思いをはせることもあるが、時計の針を元に戻す
ことはできない。
オジサンから若者には戻れないのである。

私の好きな作家のひとりである、荻原浩氏に「あの日にドライブ」という
小説がある。過去にそのことを本に書いた。

主人公は43歳のタクシー運転手。
堅実な銀行マンだった彼が、支店長に対して吐いた言葉によって出向を
命じられ、結局は銀行を辞めた。

ある日、乗客を降ろしたのが学生時代に住んでいたアパートの近く。
そこから、過去に思いをはせる。「もしもあの時〜していたら…」。

もう一度人生をやり直せたらと思わない人はいない。
彼は過去に戻り、思い出をたどって行動を始める。
その結果、自分の足もとにある大切なものに気づいていくという物語である。

過去の自分と現在の自分を比較してみる。そうした時にはじめて、自分の身に
何が起きているかが理解できる。

他の社員と比較した優劣ではなく、過去の自分と比較することが新たな自分を
発見できる契機となる。

日常の身近な生活の中でも、過去の自分や未来の自分に会える手立ては
一杯ある。

たとえばB級グルメの私は、死ぬ前の1ヶ月間の昼食で食べたいものを
ランキングしている。ベスト30を決めているのである。

1位は小さい頃に食べた地元神戸の店で販売されている豚まんである。
選んだものの大半が高額のものではなくて、小さい頃や青春の思い出と
結びついている。

大学受験の合格発表で自分の名前がない掲示板を確認した帰り道に
食べた吉野家の牛丼だったり、学生時代バイトをしていた王将の餃子
だったりするのだ。

あるニュース番組で、ジャイアント馬場さんが最期に食べたいものはと
聞かれて、「おふくろのおにぎり」とはにかんで答えられたのが印象に残っている。

もちろん死ぬ時だけがポイントなのではない。
ランキングを定期的に更新するので、日々の昼食をないがしろにしないための
手段でもある。美味しく昼食を食べることができる年齢が75歳までだとすると、
私にはあと6千回くらいしか機会は残っていない。
1回たりとも無駄にしたくないのである。

先般の船旅では、久しぶりに映画『幸福の黄色いハンカチ』を見た。
私の学生時代に、公開された日本映画で、『男はつらいよ』シリーズなど、
多くのヒットを生み出した山田洋次監督の作品だ。

ビデオを見ている時に、初めて映画館で見た時の感動をそのまま思い出した。
年を取るというのは、どういうことかよく分からないというのが実感だ。

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2014年03月09日

映画 「手紙」で、また泣きました。

久しぶりに、映画「手紙」を観た。
東野圭吾氏のロングセラー小説を映画化した人間ドラマである。

あらためて公開した時期を確認すると、2006年なので随分前だった
ことに驚く。当時は、テレビでも大々的にCMも流していた。

親のいない二人兄弟の兄が、弟の大学に行く資金を準備しているときに
出来心で、窃盗に入り、結果として強盗殺人という大罪を犯してしまう。
その兄のせいで、人生を狂わされる弟の受難の日々を描いている。

その兄弟が、交わす手紙とともに物語が進んでいく。
犯罪加害者の親族の立場から、その心情を丹念に描いた作品だ。
テーマは重い。
小説では、主人公・武島直貴は、バンドを結成するが、映画では
漫才コンビなっており、それがラストシーンで活きる。

映画『パッチギ!』は、2004年製作で、2005年1月公開なので、
沢尻エリカさんも少し大人になっていた。
また同じく『パッチギ!』に出演していた尾上寛之氏の幼馴染の
相方の役も良かった。はじめは同じ人物と分からなかった。

このブログでも、何回か書いた万城目学氏の小説を映画化した
映画「鴨川ホルモー」の主役が、この映画の主役でもある山田孝之氏
だったことも私にとっては興味深い。

なぜか、今回はキャストに改めて目が行った。
食堂のおばちゃん役の 山田スミ子さん。
小さい頃から、吉本新喜劇でどれほど楽しませてもらったか。

杉浦直樹氏も最近はあまり見かけなくなった。
主人公の山田と電気会社会長の杉浦のシーンが印象的で、杉浦が扮した
会長の言葉は、私の背筋を延ばさせるに足りる言葉だった。

前回と同様、大いに泣いてしまった。

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2013年09月07日

「創造的人生の持ち時間は10年だ。」(「風立ちぬ」) 

7月に家族と一緒に「風立ちぬ」をガーデンズの映画館で見た。

見終わった感想は、「もう一度、人生をやり直してみたい」ということだ。
もちろん、後悔があってのことではなくて、積極的な意味でである。
「人生は二度やり直す価値がある」という受け止め方である。

私にとっては、宮崎駿監督の作品の中で、最も感銘を受けた。
「トトロ」のようなファンタジーよりも、リアルさが私には合っているのだろう。

イタリアの飛行機製作者カプローニが、夢の中で主人公に語りかける場面に心が動いた。「力を尽くしているかね?」は、自分自身対する問いかけに聞こえた。

また、「創造的人生の持ち時間は10年だ。芸術家も設計家も同じだ」。このセリフは、宮崎監督の発言として聞いた。

やはり10年なんだ。
私も会社員をやりながらであるが、フリーランス的に仕事をやってきて9年になった。まだまだよちよち歩きだが、少しは全体感が見えてきたような気もする。

この発言の意味を 「人生で創意に満ちている期間は10年」というよりも、「一つのことを深めるにはやはり10年かかる」ということに解釈したい。サラリーマンから転身した人のインタビューで同じ発言をした人もいた。

またサラリーマンも同様ではないかと思っている。
3年で社会人への切り替えを行い、それ以降は働く仲間や顧客へのお役立ちを目指して仕事を進め、10年でプレイヤーとして一人立ちする。そして15年で組織を管理する力量を持ち合わせる、このあたりがサラリーマン人生における前半戦の一つのモデルであると考えている。

これが達成できれば、後半戦では、単に生活のためや消費のために働くのではなくて、自分が選択した働き方そのものが日々の充実感の源泉となる仕事人生が可能になるのではないだろうか。

短いフレーズが、心の中に響いてくる。
古典や名作の共通項であるような気がする。


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2012年06月18日

「衰えぬ韓流人気」

最近は、韓流ドラマなどの話題を社内外でよく耳にする。
追っかけの状態になっている女性の話も聞こえてくる。
いまだなお過熱気味な(私の周りでは)状況が気になっている。

16日の日経新聞の夕刊に、小倉さんという京都大学の教授の
「衰えぬ韓流人気」というインタビュー記事が掲載されていた。

彼によると、韓国ドラマが描く世界は主にモダン(近代)社会で、
理性の力とか家族愛を信頼している社会。
一方の日本は、ポストモダン社会になっていて、主体性は希薄で
停滞感があるので、韓流ドラマが新鮮で心に響くのだろうという
分析をしていた。

たしかにその見解は分かるような気がする。
(私はほとんど韓流ドラマを見ていないので無責任な発言でも
あるが)。

日本人が、失ったものを振り返った時に思い描くものと韓流ドラ
マが心の中でスパークしているのだろう。
根は、「三丁目の夕日」にも近いのではないか。

これで私が思い出すのは、映画「パッチギ」である。
DVDで何回も繰り返してみた。

主人公は、私と同世代(2歳上)で、学生時代を過ごした京都
が舞台だったので懐かしさもある。

この映画の設定の年、中学3年生だった私には、一つの思い出
がある。
仲の良かったクラスの友人が、授業中に隣の席から
「楠木は、いいよな。学校でたらサラーリマンになれるから。
俺は、在日やから、医者になるか、鍼灸師になるか、とにかく
手に職つけなあかんのや。」

何気なく話す彼の一言は、私には衝撃だった。
言葉に出来ない憤りと友人に対するすまなさみたいなものが
入り混じり複雑な気持ちだった。
(中3では、感情をうまく言葉に表現できなかった)

同じ日の放課後、当時(昭和45年)の学生運動のアジ演説を
たまたま聞いた。釜ヶ崎と共闘して、云々とアジっていた。
「あいつらは、何も分かってぇへん」と思ったことを今でも
覚えている。
 
この映画の主人公の終盤での言動は、その思い出を呼び起こし、
私を揺り動かした。この映画を見て何か自分が解放された様な
気分になったのは、私だけではないだろう。

冬のソナタは、2003年、映画「パッチギ」を見たのは2005年。
最近の韓流ブームの近代、ポストモダン社会とは少し異なるかも
しれないが、私も同じ流れに立っていたのかもしれない。
いずれにしても隣国のことから過去に回帰している。

しかし時間は戻せない。
前に向いてしか生きることはできない。
それと過去に失ったものと、どう関係づけるかが今私の課題である。

何のことかさっぱりわからないかもしれないが、この時間の流れと
いうものを書いてみたいと思っている。


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2012年02月22日

新作落語の面白さ

前回にも書いた「第四回 上方落語台本入選作発表会」は、
2月1日(水)に天満天神繁昌亭の夜席で実施された。

当日の演者は、下記のとおりである。
優秀賞、佳作ともいずれ劣らず新作落語の面白さを堪能
させてもらった。

 林家 花丸 「容疑者 田中」(優秀賞)
 桂   三風 「面接」(佳作)
 桂 あやめ 「結婚いろは」(佳作)
       仲入
 桂   三枝 「加霊ライス」(優秀賞)

・「容疑者 田中」は、太刀魚を刃物、竹輪をダイナマイトと
 間違われた男が大騒ぎに巻き込まれる話。
 やや強引だったが、時節ネタも入り、花丸さんが展開のある
 流れにしていた。

・「面接」は、優秀な学生に対する採用面接に臨んだ二人の
 部長と部下があたふたとする話。
 古典落語の流れもあり、採用面接という私が何度も何度も
 経験したネタだったので、とても面白かった。
 私がもし書くとすると、このような題材を選ばねばと教えて
 くれた。

・「結婚いろは」は、40代になった同窓会を場面に、いろは
 カルタになぞらえて話が進む。昔のマンガを読んでいるような
 気分になってきた。

・ 「加霊ライス」は、いつも父親と息子にガミガミ怒っている母親が
 急に亡くなったという話。一年後に3時間だけこの世に戻ってきて
 二人の好物のカレーを作る話だ。
 浅田次郎の小説をほうふつさせるような人情や生活実感も入った
 話だ。三枝師の話芸にも引き込まれた。
 
 この優秀賞を獲得した作者の女性は、昨年も優秀賞だったと
 紹介されていた。力量のある方なのだろう。

 ますます新作落語に興味を持った夜だった。

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2012年02月21日

第四回 上方落語台本入選作発表会に行ってきました

「第四回 上方落語台本入選作発表会」に行ってきた。
2月1日(水)の午後6時30分から天満天神繁昌亭の
夜席で実施された。

今までこういう発表会があることは知らなかったが、
会社の若い女性に誘われて久しぶりに新作落語を
堪能できた。
当日は、応募して受賞された素人の方が(プロの方もいた
かもしれない)舞台で挨拶もしていた。

今年は下記の通り、優秀賞2名、佳作2名が選ばれた。
(大賞は、該当作なし)

優秀賞
「カレーライス」  奈良県生駒市 石山 悦子さん
「容疑者 田中」  大阪市西区 今井 洋之さん

佳作
「結婚いろは」  大阪市淀川区 モリワキ ナオシさん
「面接」  神奈川県川崎市 水野 亮さん

当日は、桂 三金さんの司会で、選考委員の笑福亭福笑師、
月亭八方師が、初めに今年の選評と表彰式を行い、
その後各作品の披露となった。

演者は、
 林家 花丸 「容疑者 田中」
 桂   三風 「面接」
 桂 あやめ 「結婚いろは」
       仲入
 桂   三枝 「加霊ライス」   である。

入選作の賞金は、大賞30万円 優秀賞10万円 佳作5万円
(*入選作がない場合もある)
400字詰め原稿用紙15枚程度なので、一瞬チャレンジして
みようかとも思うが、今の状況では時間的にむつかしそうだ。
(力量的には、もっとむつかしい)

しかし新作落語の面白さをあらためて強く認識した一日だった。
(次回に続く)

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2011年09月15日

映画『浅草堂酔夢譚』

先週末に、阪急高槻市駅近くにある高槻セレクトシネマに行く。
ワンシーン・ワンカットで撮影する映画、浅草堂酔夢譚(あさくさ
どうすいむたん)』。
久しぶりの映画だった。

いくつか感じたこと、思い出したことがある。

・商店街の中にある、この高槻セレクトシネマは、9月末日を
 もって営業終了するらしい。
 こういう小ぶりの個性ある映画を放映するような映画館が
 なくなるのはやはり淋しい。
 30年以上前に、京都一乗寺にあった「京一会館」を思い出した。
 本当によく通った。
 近くにあった「王将」で食事をした後、映画三昧になった。

・この映画が取られた浅草は、映画にもあったファンタジーが
 似合う街だ。
 先日も京阪浅草ホテルに二泊して雰囲気を感じてみたが
 やはりいい。
 生まれて育った神戸新開地のことを最も思い出させてくれる。

・映画の中のBOROさんの歌が、とても良かった。
 今でもヒットするのではないか。三日間くらいメロディが頭から
 離れなかった。
 30年ほど前に、失意にあった名古屋のスーパー「ユニー」で
 聞いた「大阪で生まれた女」は忘れられない。

感じたことは、すべて昔のことだ。
やはり相当齢を経た証拠かもしれない。

現在と将来にも生きていかなければ。
でも過去は大切なんだなぁ。

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2011年08月13日

日吉ミミさん死去

「♪恋人にふられたの よくある話じゃないか〜」の鼻にかかった
独特な歌い出しが印象的だった日吉ミミさんさんが亡くなられた。

寺山修司さんが作詞した「ひとの一生かくれんぼ」「たかが人生
じゃないの」曲もあった。

検索してみると、このブログでも二回登場いただいている。
下記に紹介します。

日吉ミミさんのご冥福をお祈り申し上げます。

*「よくある話じゃないか〜」(日吉ミミ)2010/8/5

午後4時ごろ、ある案件を尋ねようとして、東京の担当者に
電話を入れたところ、「ただいま電話中なので、コールバック
します」と言われたので待っていた。

就業時間を過ぎても、かかってこないのでもう一度電話をすると
「課の全員が、暑気払いで退出した」との回答を隣の課の女性から
もらった。

彼女に「ひどいなぁ、電話を待っていたのに。でもよくある話じゃ
ないかもしれない」と言って、「昔こんな歌もありましたね」と
軽くいうと、すごくうれしそうな反応があった。

「この歌を知っている世代ですか?」と聞くと
「少し記憶にあります」と返してきて、受けている雰囲気がわかる。
「少し」ではなく間違いなく知っている模様。

「出だしはわかりますか?」と聞くと
「それはよくわかりません」
「そんなことはないでしょう。鼻にかかった出だしがポイントですよ」
と話すと電話口で相手の笑いが止まらなくなった。

「もうこれくらいにしときますわ」と言って電話を切った。
私の周囲も歌を知っている人は笑っていた。

見ず知らずの人でも、これくらい楽しい気分になるのは歌の凄さだろう。
変なおっさんと思われたことは、間違いないだろうけど。

(ご参考)

日吉 ミミ(ひよし みみ)
1970年5月に発表した『男と女のお話』が大ヒット、

(出だし)

恋人にふられたの
よくある話じゃないか
世の中変わっているんだよ
人の心も 変わるのさ


*「タナカヒロシのすべて」(2006/7/20)

先日、家でパソコンを打っていた時にWOWWOWで
「タナカヒロシのすべて」という映画が始まった。
「TSUTAYAでは2本あるこの映画のCDがいつも借りられている」
という娘の話を聞きながら横目でちらちらのぞいていたが
結構面白くて最後まで見てしまった。

主人公の「タナカヒロシ」は、30才を越えた独身。
不器用で、人付き合いもうまくなくていつも孤立している。
退屈な日々を淡々と過ごしているが、それも苦痛でもなく
フツーに暮らしている。
勤め先のかつら工場の社長がお見合いの席を設けてくれても、
すっぽかしてしまう。
でも画面になぜかコミカルなタッチが消えない、得体の知れない
映画である。

後半は、父親の急死。引越し、母の死、訪問販売員にだまされる
など不幸が続く。
「テルミンと俳句の会」というこれまた得体の知れない会合で、
彼女に出会うがこれもうまくいかない。

そしてラストシーンで、すこしほっとできるオチをつける。

不幸が続いても、タンタンとしている彼を見ているとこういう人も
結構多いのかなぁとも思ってしまう。

出演俳優が、日吉ミミ、小倉一郎、南州太郎など、
「まだやってたんか」という顔ぶれもあって、やはり得たいの
知れない映画であった。

この画面を見ていてもう一つ怖い映画を思い出した。


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2011年07月16日

饂瓩らメールをいただきました。

前々回に、ブログに伊丹十三氏のことを書きましたが、知人の饂
から彼についてのメールをいただきました。

「ブログで伊丹十三のことを取り上げられていましたが、僕も同様に
彼の才能を感じていました。

ある時点で、それまでの一三(いちぞう)から十三に改名した時のコ
メントにぶったまげました。
サラリと「マイナスからプラスに変えただけ」と言ったのです。

先ずグラフィック・デザイナー、レーサー?、エッセイスト、俳優、監
督とどんどん変身していきましたね。

ノーベル賞作家の大江健三郎が何かで述べていましたが、高校時代
に親友の伊丹から教えられた文化全般のことがすべて今日につなが
っているとのこと。音楽、文学、映画、人生etc. 
結果、大江は伊丹の義弟になります。

はじめて伊丹を見たのはTVで源氏物語の光源氏を演じた時。白黒
画面だったので、あまりインパクトが無かったのですが、60年代初頭
には国際俳優として「北京の55日」で義和団に包囲されるも奇跡の
脱出をする列強の指導者として、西欧諸国からも敬意を払われた柴
五郎(後に陸軍大将)を堂々と演じています。
他にも70ミリの大作「ロード・ジム」にも出ていました。せいぜい30
歳前後の頃だと思います。」

饂瓩稜醉強記ぶりには、いつも驚かされます。
また面白いことに、「TVで源氏物語の光源氏を演じた時」の姿は、
私の記憶の中にも残っていたのです。

最近は、文章を書くようになったからでしょうか、伊丹氏のような
クリエイターというか、自ら何か作り出す人に対する関心が
私に中でとても高まっています。

松山市内にあった伊丹十三記念館に、昨年は幾度となく行く機会は
あったのに、一度も足を運べなかったことをやはり後悔しています。

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2011年07月10日

映画「マルサの女」に驚いた

先日、税理士をしている知人と話す機会があって、その時に話題に
出た映画『マルサの女』をツタヤで借りた。

私が東京で働いていた時に映画館で観て以来だから、20数年ぶり
だった。当時は、バブルの真っ只中だった。

マルサ(国税局査察部)に勤務する女性査察官(宮本信子)と、脱税
者(山崎努)との戦いをコミカルに描いた内容だ。
監督は、あの伊丹十三である。

昔には、気がつかなかったシーンもあった。

特に興味があったのは、脱税に注力する山崎努扮するラブホテルの
経営者に、風体のさえない男が登場して、「5000万円の当たりくじを
5500万円で買わないか」ともちかける場面。
宝くじの当選金は非課税なので脱税に使えるからだ。

また「仲の良い夫婦は、離婚すれば良い」との発言もあった。
離婚の際の慰謝料は、非課税だからだという。

伝票を手早く繰りながら税務調査をする場面では、そのリアルさ
に驚いた。コミカルな内容ながら、リアルな場面が満載だった。
税理士もそのことには感心すると話していた。

また流れる音楽も、テンポがあって映画の場面展開をよりスリリ
ングにしている。

「お葬式」「タンポポ」とは、全く違った映画を製作できる伊丹監督
の才能をあらためて感じた。
松山にあった伊丹十三記念館に、昨年は行く機会は何度もあった
のに、一度も足を運べなかったことを後悔している。

あまりに面白かったので、続編の『マルサの女2』も観た。しかし
こちらは地上げ屋との戦いが中心で、一作目ほどの税務面での
驚きもなく、少し期待はずれだった。

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2011年06月26日

不思議な世界「ナンタ」

ナンタとは韓国語で「乱打」の意味だという。
でもこのパフォーマンスは一体何なのだ。

今日、家族と一緒に森之宮のピロティホールで、韓国の
なんといえばいいのか、なんともいえないパフォーマンスを見た。

「打楽器の伝統芸能のようでも伝統芸能でない、(ベンベン)
ミュージカルのようでも、ミュージカルでない、(ベンベン)
新喜劇のようでも、新喜劇でない、(ベンベン)
それは何かとたずねたら、アァ、『ナンタ』『ナンタ』『ナンタ』」
という感じである

台所や厨房にある包丁やまな板、フライパンなどを打楽器にし、
乱打してリズムを刻み、曲芸あり、笑いありのミュージカル・
パフォーマンスだ。

HPを見ると、「1997年10月の初演から爆発的な反応をみせ、
現在まで韓国公演史上最多の観客を動員し、海外初デビュー
の舞台である1999年エディンバラフリンジフェスティバルで
最高の評点を受けた。
以後、アジアの公演物で初のニューヨークブロードウェイ進出に
成功し、韓国の公演界の核を担う作品として評価されている」
という。

せりふで、進んでいくわけではないので、言語の壁がない。
また内容もわかりやすいので、子どもも楽しめる。
今日の公演でも、子どもの笑い声が会場に響き渡っていた。
ユニバーサルな内容を持っていると直感した。
舞台も誰もが知っている、親しんでいる台所なのだ。

また、観客を直接舞台に上げてショーに参加させたり、会場
と拍手や声援を掛け合ったりと、客席をイジルことも忘れない。
奇術まで、内容に盛り込まれている。
小さい頃に神戸松竹座で見た、ゼンジー北京さんを思い出した。

この世の中には、自分の知らない面白いものがまだまだたくさん
隠れている。

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2011年05月22日

やはり黒澤映画「生きる」だ。

この映画の冒頭は、志村喬さん(この方は、私の高校の先輩
なのです)扮する市役所の「市民課長」がうず高く積み上げら
れた書類に囲まれてハンコをついている場面から始まる。

初めのナレーションは、「この男、忙しい、忙しいと言いながら、
じつは、何もしていない。この椅子を守ることをのぞいては」と
一言で場面を言い尽くす。

この市民課長は、胃ガンであと半年の命であることを知って、
自分が何のために生きてきたのかを考え始める。

30年間無欠勤だった職場を休み、夜の盛り場を放浪しながら
「生きる」意味を自ら問い直す。
小説家と出会い、キャバレーやダンスホールなど意味を求めて
歩き回る。

元部下の若い女性とデート?を重ねながら、何ができるかを
考え続ける市民課長。
彼女が工場で作っているウサギのおもちゃを動かしてみせて、
市民課長に「これを作りだしてから日本中の赤ん坊と友だちに
なったような気がするの。課長さんも何か作ってみたら?」と
言います。

課長は「遅すぎる…」と答えた後に、突然「いや、遅くない。
あそこでもやればできる」とつぶやいて今いた喫茶店から飛び
出していく。
隣で誕生パーティーをやっていた若者たちの「ハッピー・バース
デー」の歌が新たな市民課長が踏み出した門出を祝うかのよう
に流れている(このシーンは本当に印象的なのです)。

この後、課長は、不衛生な水たまりを除くために庶民が要望して
いた公園作りに奔走する。そして課長は雪の降る日に完成した
公園のブランコで亡くなる。

お通夜の場面で、亡くなる直前に彼の姿を見たお巡りさんが、
「声をかけようかと思ったのですが、彼があまりに嬉しそうな顔を
していたので」と語った時に、市役所の同僚達は一様に押し黙っ
てしまう。

この映画ですごいと思うのは、サラリーマン生活を経験したことが
ない黒澤明が、初めのナレーションを初め、勤め人の心情を見事
に描ききっていることだ。

臨床心理家で元文化庁長官、京都大学名誉教授だった河合隼雄
氏の著作が最も会社員の心情を捉えているのと同様である。
レベルが深まるとその人々が透けて見えるのだろう。

NHKの記者から、プロの落語家に転身された林家竹丸氏にインタ
ビューした際に、最も好きな映画は、この「生きる」だと聞いて
急に親近感を増したことを思い出す。

その彼にインタビューをお願いしたのは、たまたまではなかったの
だろう。名作は、それを愛する人同士を結びつける触媒の働きを
持っているのだと思っている。

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2011年05月03日

妄想は大切?

前回の「スーちゃん亡くなる」で、
「高校生の時に、初めて二人で三宮の映画館に行った同級生も
同タイプである(映画は「小さな恋のメロディ」)。」と書いた。

そうすると連休中に同級生の集まりがあって、彼女は誰かと話題に
なって、友人から「KKか?」という確認のメールが来た。

私はその通りだと答えたのだが、その友人が面白いことを
書いていた。
その会合で、
「私(友人)が初めて、女性と映画に行ったのはNさんだという話を
したらその場にいた彼女は記憶がないとのことでした」と。

実は、私も全く同じ体験をしていた。
「小さな恋のメロディ」の同伴者であるKKさんに、2回ほど前の
同窓会で彼女に確認すると記憶がなかった。

彼女は、映画「小さな恋のメロディ」を見た記憶と、高校一年生の夏に
着ていたタンクトップの横縞の服を着ていたことは覚えているのに
私の記憶だけが欠落していた。

「最低やなぁ〜」と誰に向けたか分からない言葉を発してしまった
ことを思い出す。

でもこんなものかもしれない。
自ら自分に問い詰めると自分の記憶も曖昧に思えてくる。
頭の中で記憶が変容しているのかもしれない。

その友人も私と一緒で神戸新聞会館(今のミント神戸)の映画館と
いう記憶は共通している(当時は、神戸の先進スポットだった)。

ひよっとしたら、彼も私も妄想の中で生きているのかもしれない。
たとえそうであっても、そういうことは結構大切な気がするのである。


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2011年04月03日

映画「マイレージ、マイライフ」

米国映画「マイレージ、マイライフ」を観た。

年間300日を超える日々をリストラ担当として出張する主人公
(ジョージ・クルーニー)は、「バックパックに入らない人生の
荷物はいっさい背負わない」と言い、カードに貯まったマイレー
ジをためることが人生の目標となっていた。

彼が、女性との出会いや新入職員の教育係を任じられたり、妹の
結婚などを契機に自分の人生に迷い始めるという物語だ。

この映画でまず感じたのは、昨日まで働いてきた社員(仲間)に
一方的に解雇を言い渡すことは、どんな国のどんな企業においても
厳しい仕事だということだった。
だから主人公のようなリストラを言い渡す専門職があるのだろう。

米国では簡単に解雇が行われるという俗説があるが、そんな簡単
な仕事ではないことがクビを言い渡された社員の反応で良く分かる。
そういえば、かつての優良企業だったIBMやヒューレッド・パッ
カードはレイオフをしない会社で有名だった。

以前、コメントを本に書いた労務行政研究所の企業調査で、人事
部員に聞いた「最も大変だったエピーソード」では、リストラに
関することが圧倒的に多かったことも思い出す。

中年になって合理的な生き方に迷い始める主人公の姿も印象的
だった。

邦題では「マイレージ、マイライフ」だが、原題は、「UP IN
THE AIR」(宙に浮いている)である。
彼の生き方と実際に米国を飛行機で飛び回る姿を掛けている題名は
なかなか味がある。
ジョージー・クルーニーの魅力的な作品である。

主人公である彼が、妹のフィアンセに送った次の言葉が印象的だった。
「人生で一番大切な瞬間を思い出してほしい。その時君は一人だったか?」

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2010年05月16日

「君となら」(佐藤慶氏逝く)

5月14日の朝日新聞の夕刊を見ていると、三谷幸喜氏が
5月2日に亡くなられた佐藤慶さんの追悼文を書いていました。

その中に書かれていた「君となら」の舞台を観て爆笑したこと
を思い出しました。
今はなき大阪の近鉄劇場で観劇しました。

父親よりも年上の恋人を佐藤慶さんが演じていて、主人公の
斉藤由貴さんとの年の離れたカップルが、いろいろなドタバタ
を演じるという設定です。

佐藤さんが年の差をまったく意識しないで、主人公を愛して
いるのに対して、周りが、年の差こそを気にしているという
対比がとても面白かった記憶があります。

佐藤慶さんは、映画でもテレビでも見るたびに不思議な感じ
が残る人でした。私にとっては岸田今日子さんと並ぶ存在で
した。

この新聞記事では、三谷氏が、明るい雰囲気を持った方だ
ったと書かれていたのが印象的でした。
それにしても、この「君となら」は、最高でした。

おそらくDVDにはなっていないでしょうが、ツタヤに確認に
行こうと思っています。

これほどまた見たい演目は少ないものです。
佐藤慶さんありがとうございました。

「君となら」(初演版)
作:三谷幸喜 演出:山田和也



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2010年02月20日

巨星、落つ!(藤田まことさん、ありがとうございました)

藤田まことさんが、2月17日亡くなられた。
昨年出版した拙著「会社が嫌いになったら読む本」にも
書かしていただいた。

「私の好みの話になって恐縮だが、時代を体現する大スター
 の高倉健さんと藤田まことさんは、年齢もほぼ同じである
 が、役者としての立ち位置はかなり対照的である。

  高倉健さんが、主に硬派の役柄、シリアスな演技を若い
 時から一貫して貫いているのに対し、藤田まことさんは、
 喜劇「てなもんや三度笠」のあんかけの時次郎、「必殺
 シリーズ」の中村主水、その後も「はぐれ刑事」の安浦刑事
 、「剣客商売」の老剣客、秋山小兵衛など、いろいろなタイ
 プの役柄に挑戦している。

 比較の問題ではないと承知しながらも、高倉健さんの一つの
 役割を貫き通す人生にもとても憧れるが、私は藤田まこと
 さんの多様な役者人生に興味を引かれるのである。
  いくつかの異なる世界を経験したり、違う役割を担いながら
 、人生を反芻するという生き方はとても豊かであり、転身者
 の「いい顔」の幾分かはこの多様な自分を体験するところから
 きていると思っている。」

このほかにも、「その男、ゾルバ」を飛天でみた時にも感激した。

小学校、中学校の「てなもんや三度笠」は、嫌なことを忘れさ
せてくれた。
高校時代に「必殺シリーズ」の中村主水で再び現われた時には
背中がぞくっとしたことを覚えている。

どうもありがとうございました。





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2009年11月03日

「パッチギ」「鴨川ホルモー」を巡る京都の旅に行った(糺の森編)

映画「パッチギ」「鴨川ホルモー」にちなんだ京都の場所を
巡ってきた。
京大吉田寮ー京大構内ー西部講堂ー吉田神社ー糺の森
(下賀茂神社)ー新京極などだ。

吉田神社を後にして、下賀茂神社を目指す。
「鴨川ホルモー」では、神社の参道でもある糺の森で
主人公達は「京大青竜会」なる怪しげなサークルに勧誘される。

百万遍から、出町柳を越えて行くと、叡電の出町柳駅周辺が
綺麗になっていたことに驚いた。昔は、寂れたところに趣が
あってタクシー待ちで車が並んでいることなど信じられなかった。

京阪電車が、出町柳まで特急を走らせて始発駅になっているのが
大きいのだろう。ここから通っている会社の同僚もいる。
でも車両は趣があるので、「パッチギ」「鴨川ホルモー」でも
京福電鉄の車両を写した場面が出てくる。
「鴨川ホルモー」では、茶山駅でロケをしたらしい。

糺の森に入ると、すごく暑かった秋の日差しが一変して涼しく
なった。何か少し凛とした気分にもなってくる。

この上賀茂、下賀茂神社は、平安京ができる前からの神社で
あったらしく、その自然がまだそのまま残っている部分もある
のだろう(現在の糺の森は、昔のごく一部らしい)。
祭事である賀茂祭(通称葵祭)から映画は始まる。

下賀茂神社に到着すると、結婚式が数組記念写真を撮っていた。
最近は、結婚式にもほとんど出なくなったが、こういう神社で
式を挙げるのはやはり趣がある。

たまたま特別展が行なわれていたので、拝観料を払って見学。
やはり、この神社は格式が高く、御所が大火などにみまわれた
時には、天皇がこの神社に住んだという。その建物が公開され
ていた。
また神社の中から、ご本尊の近くを眺めることもできた。

こうしていくつかの場所を歩いてみると、「鴨川ホルモー」の
場所設定は結構計算されたものであることが感じられた。

下賀茂神社を出た、みたらし団子の店も美味しかった。
単なるみやげ物の店とは違い、近所の人がまとめて
みたらし団子を買っていた。
その店のお酢で食べるところてんは、何ともいえなかった。

やはりもう一度京都で暮らしてみたいと感じながら、お酢の
出汁を最後まですすった。

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